さて、お芋教徒に続いて2人目の探偵さんとの接触だ。
もちろん、この
それを考慮した上で本物の「探偵」かどうかを見極める必要がある。
ちなみに通話については通常の電話ではなく矢上君に頼んでWeb会議システムで通話を行っている。
IDをあえて表示させなければ、俺の連絡先を辿るのはほぼ不可能だ。
「和泉様には矢上君がお世話になったようで、感謝しております」
『いえいえ、こちらこそ、うちの麻沼が九州でお世話になったようで。報告は受けております』
お芋教徒の居場所をあえて間違えた上で俺が本物かの確認を取って来た。
まずは向こうが先制攻撃を仕掛けてきたか。
ただ、予想の範疇だ。問題なく打ち返す。
「麻沼さんは帰路に就かれましたか? 伊賀のコンビニで乗り物が破損していたようですが」
『まだ連絡はありませんね。さすがにこの時期にバイク移動では長距離移動が辛いし危ないと。私は止めたんですけどね』
「和泉さんは八頭さんにバイクを勧められませんでしたか?」
『はい。私も勧誘されましたが、きっぱり断りましたよ。都内の移動に電動スクーターを使うだけで十分です』
「そうですよね。あと麻沼さんは、バイクを長い間、メンテに出していないようなので、戻ったらディーラーに預けるように言ってあげてください」
今の会話からこの和泉という男は麻沼さんの仲間と考えても良さそうだ。
警戒レベルを1つ落としておく。
『ところで、こちらの矢上さんとはどのような関係で?』
「彼らは『神父』の被害者です。窮地に陥っていたところ、偶然に通りすがった私が助けに入ったという繋がりです」
『では、彼らはあなたの所属団体の構成員ではないと』
「はい。ただ、諸々の問題が発生しておりまして、連絡や支援活動を行うようにはしております」
『なるほど。ただ、彼らはとても危険な行為を行おうとしていました。未成年者を巻き込んでしまったことはあなたの監督不行き届きが原因です。この点については反省して、彼らにきちんと謝罪してください』
和泉は語尾に怒気を含ませながら俺に伝えて来た。
実際その通りだ。
正体不明の教団に対して矢上君たちを危険に晒してしまったのは、止めなかった俺にも責任がある。
これについては後程謝罪したい。
そして、今のやり取りでこの和泉という人物が決して悪人でないということはわかった。
初対面の子供が危険に晒されたことに対して怒ることができる人間は、少なくとも俺よりも良識と倫理観を持っている。
組織全体としてはどのような理念を持っているかは不明だが、少なくともこの和泉という人物については信用しても良さそうだ。
「はい、それは大変申し訳なく思っています。相手が議員も動かせるような危険な組織であることを十分に周知すべきでした」
『わかっていただけるとありがたいです。それでは本題です。週末の件ですが』
早速、本題に入って来たか。
話が早いのは助かる。
「『神父』は旧校舎の地下遺跡……ダンジョン地下にとある宝を狙っているようです。
『確認します』
そう説明すると電話の向こう側で何やらメモを書いているのかペンを走らせている音が聞こえて来た。
『神父の目的や旧校舎地下の遺跡について何か情報をお持ちである。そういうことですね』
「はい。ですが、電話越しに口頭で話すような内容ではありません。土曜日に子細まとめた紙の資料を持参いたします」
『承知しました。では、詳しい日時と集合場所などについて指定があれば共有ください』
「年齢、性別がバラバラの集団が集まるのですから、そういう集団がいても目立ちにくい場所が良いかと思います。JR港南台駅の駅前バスターミナルに集合というのはどうでしょう?」
移動しやすさを考えるとやはり駅がベストだろう。
学校近くは住宅地なので、そこで不審人物が待ち合わせをするというのはさすがに悪目立ちする。
特に俺が深夜アニメのようなコスプレファッションで登場すると即警察に通報されそうである。
「続いて集合時間です。私が同型の遺跡を調査した際には最深部まで片道で1時間ほどかかりました」
『つまり往復で最低2時間。しかもそれは戦闘で足止めされることは考えていない』
俺が潜った奈良の遺跡は昔のえらい人が頑張ってくれたおかげでショゴス以外の敵は残っていなかった。
もし他の敵が残っている状態で、そいつらを倒しながらだと更に時間がかかるだろう。
「ちなみに翌朝は日曜日ですが、運動部は朝練のために6時30分には登校してくるようです。ですので、可能ならば5時前には退去したいところです。生徒が被害に遭う可能性が出ます」
『ということは、
遁甲隠形術?
陰陽道系統の用語だな。
夢枕獏が書いてたから知ってる。
要するに、この和泉という男が使う術が陰陽道系統の何かなのだろう。
探偵事務所の正式名称が
幸徳井家は徳川幕府ができた時に江戸に移った賀茂家の子孫らしいので、陰陽師系統が幅を利かせているというのはよく分かる。
もちろん俺は結界や魔法陣の類ならば簡単に破壊可能ではあるが、張り方については全く知らない。
誤魔化すのは簡単だが、後で問題になってもややこしいし、正直に伝えておこう。
「私は結界の展開はできません。それに、私がその学校の近くを訪れた時には学校全体が黒いドームのようなものに覆われていました」
『ドームのようなもの? その術の正体などは?』
「不明ですが『敵』による能力の可能性があります。それと干渉、もしくは上書きされることで、無効化もしくは悪影響が発生することは考えられないでしょうか?」
現在判明している情報を伝えると、少し考えるような時間があった。
『術への過信は危険ですね。では、ゆとりを持たせて攻略時間は4時間としたいと思います。タイムリミットは5時撤収。3時までに最深部へたどり着けなければ仕切り直しというところでしょうか?』
「時間ギリギリは精神的な余裕がなくなりますよ。早く始める分には問題ないので22時集合、23時スタートにしましょう。4時間かけても3時には終わります」
『少々お待ちください。上司に確認します』
和泉が自分のスマホで「上司」……おそらく
これは許可というよりも、どちらかといえばお芋教徒とほか1名が参加できるかのスケジュールの確認の可能性が高いだろう。
何故なら、この突入作戦は俺の方からの提案だ。
探偵さんがずらしてくださいと言ったところで「じゃあいいです」と一方的に断ることができるからだ。
まあ、そんなことをやるつもりはないが。
3分ほど待ったところで連絡が来た。
『すみません、私の失態です』
電話口で突然によくわからない話を突き付けられた。
一体どういうことなのか?
『私が尾行されていたようです。教団の実働部隊です』
「何人ですか?」
『1人ですが、妙な怪物を喚びだす能力を持っています。直にここも隔離されて連絡が繋がらなくなると思いますが……矢上君たちは私が護ります』
「わかりました。その相手は高校生ですか?」
『いえ、何度か私が会ったことがある相手……成人男性です』
良かった。
例の木島君たちではないようだ。
ただ、やはり俺は外道かもしれない。
未成年の矢上君たちを戦闘に巻き込もうとしているのだから。
「確認します。結界に隔離されて外部からは見られなくなるんですね」
『はい……周囲に霧が立ち込めているので、直に隔離されます』
「わかりました。ところでライターって持ってます? オイルライターならなお良いです」
◆ ◆ ◆
「よう、久しぶりだな和泉」
「
突如として現れた鋭い目をした獣のような男が和泉に呼びかけた。
その声は低く、重たかった。
互いに知り合い同士のようだが、和やかな再会というわけではなさそうだ。
「やはり昨日の夜に動いていたのは貴様か。あの炎上騒ぎは何人がかりだ?」
「何の話だ?」
和泉は東屋のテーブルの上にアタッシュケースを置いてその中身を豪快にぶちまけた。
クリアファイルに入った書類やらモバイルバッテリーやらが転がり落ちる。
和泉はそれらには目も止めずに短いナイフのようなものを掴み取って構えた。
「未だにカビの生えた術を使ってるのか? 時代に取り残されてるぞ」
「アンケートに答えたら貰えるような術と違って格式高いんでね。それとも入信と抱き合わせの洗剤がそんなに欲しかったのか?」
「それはもちろん! 地球に優しいエコ派なんでね!」
真桑が天に向かって獣のような咆哮をあげた。
それと共に、まるで夜のように公園が暗闇に包まれ、天から白い雪が降り注いでくる。
「君たちは何とかここから逃げろ。こいつの相手は私がする」
「結界から一般人が出られると思ってるのか?」
「南無!」
和泉は真桑に答えず、手に持ったナイフのようなものを構えて、音が鳴るほどに地面を強く踏みしめた。
「臨! 兵! 闘! 者!……」
和泉はそのままナイフを空中に何かの図形を示すように振り回しながらジグザグに歩みを進めていく。
それはまるでダンスを踊っているような軽やかな足取りだった。
「
真桑が叫ぶと同時に長い毛が生えた熊のような怪物が姿を現した。
腕が異様に太い上に長い。
腕の先には刃のような鋭い爪も生えており、引っ掻かれたら人体など軽く引きちぎられるだろう。
その異形の熊は、和泉に対して、容赦なく巨大な腕を振り下ろした。
和泉は咄嗟に後方へ飛び退いて避けるが、熊はかなり動きが速い。
逃げた先に熊は一瞬で追いついて追撃を加える。
和泉はうまく立ち回って避けているものの、いつまでも避けられるものではないだろう。
「どうします、先輩?」
友瀬さんが不安そうな顔で僕を見た。
「決まってる。敵がよく分からない魔法を使うならどうしようかと思ったけど、接近戦オンリーならば僕にも勝ち目がある」
「いえ、そうじゃなくて……この人の前で使っていいんですか?」
「和泉さんは僕たちを助けようとしてくれたんだ。なら、それに報いるのは当然のことだ。ちょうどいいものもあるみたいだし」
僕はアタッシュケースからぶちまけられて地面に落下したオイルライターを拾いあげて点火した。
「ジャック・オー・ランタン!」
炎が高く立ち上り、その中からカボチャ頭の怪人が姿を現した。
すかさずカボチャ頭を、真桑が喚びだした獣と和泉との間に割り込ませた。
振り下ろされた獣の腕の付け根にパンチを当てて軌道を逸らせる。
それでも獣の腕の振り下ろしを完全に止めることはできなかった。
巨大な腕がカボチャ頭と和泉のギリギリのところを掠めていく。
風圧で公園の砂が舞い上がり、まるで爆弾が爆発でもしたような音と風が吹き荒れる。
真正面からパワー勝負すれば負ける。
「アルゴス! 分析開始!」
やや遅れて友瀬さんが赤い孔雀……アルゴスを喚びだした。
友瀬さんの目の前に半透明のコンソールが出現し、そこにデータが表示される。
「名前はノフ=ケー。6本足の獣です。口から冷気を吐くので気を付けて」
「6本足? でも腕は2本しか……」
「横薙ぎのやつが来るぞ!」
和泉が叫んだのに反応して、カボチャ頭は襲いかかる前足を両腕で掴んだ。
鉄棒のように体を一回転させ、逆立ちの体勢を取る。
たった今までカボチャ頭が立っていた場所を、獣の腹から生えた「第二の腕」が薙ぎ払った。
獣の腹からは新たな2本の腕が生えていた。
大地を踏む2本の後ろ足。
先ほどまで攻撃に使っていた2本の前足。
それに加えて、たった今、腹から生えた2本の中足。
全部を足した昆虫のような構造をもってして、6本足の獣ということか。
友瀬さんの分析のおかげで、中足による不意打ちを避けることができた。
「なんだこのカボチャ頭のピエロは!」
「アクロバットを行うのはピエロじゃなくてロデオクラウンだ! 覚えておくといい!」
和泉が素早く獣の左側へと飛び込み、無防備な獣の脇腹へ短剣を突き立てた。
「
空いた右手で素早く印を切る。
青白く光る長方形の力場が出現すると、刃と化して、獣の腹から生えたばかりの中足の片方を付け根から抉り取った。
獣が苦痛の叫びをあげる。
和泉は反撃を察し、スキップのように足をトントンとつきながら後ろへ飛び退いた。
「まいったな。今の一撃で決めるつもりだったが……腕一本だけか」
「ここは共同戦線ということでいいですか?」
「ああ。君たちのその力について確認したいところだが、それは後回しだ」
「即席ですが連携お願いします!」
和泉は靴のかかとで円を描きながら、またもスキップのような動きで移動を始める。
「皆! 陣! 列! 在!」
「ノフ=ケー! そっちのピエロはいい! 和泉の方の歩法を止めろ!」
「そうはさせるか!
カボチャ頭は逆立ちの体勢のまま火炎弾を発射した。
その反動で宙へと舞い上がり、放たれた火柱は獣の全身を飲み込む。
「火を出せるくらいで有利を取れると思うな!」
だが、獣が大きく息を吐きだすと、あっという間に炎は消火されてしまった。
友瀬さんが言っていた冷気を吐き出すという能力か。
せっかくの火柱も、すぐに消火されてしまっては
「ならばパンチの手数で攻めろ!」
「ザコが鬱陶しい!」
カボチャ頭がパンチを連続して放つが、獣にはまだ3本の腕がある。
速度のアドバンテージを腕の本数で潰されて、なかなかクリーンヒットを狙えない。
「パワーでも勝ち、スピードも大差なし。特殊能力は封じた。素人に負ける要素なんてねぇよ!」
「ならばプロの攻撃で沈んでもらう!」
カボチャ頭と獣が正面から殴り合いをしている間に、和泉が獣の背後に回り込んだ。
獣の背中へナイフを突き立てる。
「
術と印を合わせると今度は獣の体に一本の光の筋が走った。
獣はその光によって大きく体を抉り取られて動きを止めた。
「今だ! アサルトラッシュ!」
獣は和泉の術で受けたダメージが大きいのか、防御が間に合っていない。
すかさずマシンガンのように拳の連続攻撃を叩き込み、最後は回し蹴りでとどめを刺す。
「バカな……せっかく貰ったばかりの俺の新しい術式だぞ……」
「お前が昔に使っていた術の方が応用力は高かったぞ。契約書を読まなかったのがお前のミスだ」
獣が砕けて塵のようになって宙に溶けていくと同時に和泉の術が完成したようだ。
何やら呪文を呟きながらナイフを持たない左手の指で何度か宙を切る。
「玉女待傍、追吾者死、捕吾者亡、牽牛織女、化成江河、急急如律令!」
最後に和泉が短剣を握った拳を左手に打ち合わせて「パン」と音を鳴らすと突然に空が晴れた。
先程まで降っていた雪も何もなくなり、町の喧騒が戻ってきた。
「先輩、使い魔の解除を」
「そうだった」
友瀬さんが先にアルゴスを消していた。
僕もオイルライターを受け取ってカボチャ頭を消す。
和泉と真桑の方を見ると、真桑は口から泡を吹きだして倒れており、和泉はその横に膝を立てて座って様子を見ていた。
「何をやったんですか?」
「こいつが使った術を全部そのまま返してやった。こいつがそれなりの術師だから通じる技だ。当分は起き上がるのは無理だよ」
和泉はそれだけ言うとスマホを取り出して電話をかけ始めた。
「仲間に来てこいつを回収してもらう。君たちにはまだ聞きたいことが多数あるんだが、こちらの処理があるので、詳しくは後日にしたい」
「わかりました。連絡ください」
今のところ和泉は悪い人物ではなさそうだ。
僕の電話番号ならば伝えてもいいだろう。
手早く電話番号を交換する。
「では土曜日の午前中というのはどうだ? 魔女の山田さんにもまだ聞きたいことは多数ある」
「わかりました。僕たちの仲間にも伝えておきます」
「ああ、よろしく頼むよ。あと、こいつの仲間が来たらややこしいことになる。君たちは新手がやって来る前に早く引き上げた方がいい」
「でも大丈夫なんですか?」
まだ先程のような能力者が現れたら和泉一人で戦えるのかどうかが気になるので尋ねる。
「大丈夫だよ。私はこう見えてもプロだからな。もしかしたら、真桑の身柄を敵に取られることはあるかもしれないが、私まで負けて捕まるということはないさ」
念のために友瀬さんにも確認するが、特に異論はないようだった。
「では続きは土曜日だ。メシくらいはおごるよ」
「はい、ありがとうございます」
僕と友瀬さんは和泉と真桑を残して公園から立ち去った。