保健室に生徒2人を運び込んだ時にカーターから電話が入ってきた。
丁度、連絡が欲しかったのでベストタイミングと言える。
「そちらはどんな状況だ?」
『今は東京の病院で入院中の新坂少年から能力を消したところだ。召喚能力消去後は血圧や呼吸も安定したので一安心ってところだ。後付け能力に体力を相当奪われていたんだな』
「それは朗報だ。それでお疲れのところ悪いんだけど、今すぐに来てくれないか?」
『放課後までに時間があるし、麻沼さんとメシにでも行こうかって話をしてたんだけど』
「飯を食うなとは言わないが、出来れば食事はコンビニ飯か何かでサっと済ませて急ぎでこちらに来て欲しい。能力者2人を保健室で確保している」
電話越しではあるが、今の「能力者二名確保」説明で空気が変わったのが分かった。
だいたい今の状況について理解してもらえたようだ。
『麻沼さん、急ぎらしいからすぐに出るぞ』
『急ぎならマックに寄りましょうマック。ポテトの割引クーポンがあります』
『マックなら時間もかからないし寄ってもいいだろ。多分1時間もあれば着く』
「マクドなら大丈夫。どうせドライブスルーだろ」
『マクドってどこの県民だよ。関西か!』
「兵庫産まれの兵庫育ちだよ」
電話を切ったタイミングで保健室に矢上君がフラフラと入ってきた。
負傷か病気かと思ったら、どうやら肩を貸しながら別の男子生徒を運んで来たようだ。
小柄な矢上君からすると、標準的な身長の男子生徒でもここまで運んでくるのは大変だっただろう。
そのすぐ後ろから友瀬さんも付いて保健室に入ってきた。
「小森君、
「いったい何があったんだ?」
「話をしていたら使い魔がいきなり暴走して……流石に暴走してすぐだったから何かやる前に倒せたんだけど……」
矢上君が保健室のベッドに寝かされている2人の生徒と、自分が運んで来た男子生徒の顔を見比べた。
「もしかして先客がいる?」
「こちらも暴走した能力者だよ。どうなってるんだ今日は」
矢上君が運んで来た男子生徒をソファーの上に寝かせた後に、小森くんが手早く回復能力で治療をおこなっていく。
幸い、傷は大したことがなさそうだが、やはり使い魔が破壊された衝撃が大きかったのかぐったりとしている。
「ベッドが足りないね」
「傷は回復能力で癒えたので、ソファーで寝ていてもらおう。少し休ませればなんとかなるだろう」
「でも、このタイミングでの連続暴走ってのは流石におかしいというか……」
小森くんと柿原さんが俺を見た。
言葉がなくとも分かる。
今のところ俺が知っている情報を全部教えてくれという雰囲気だ。
「放課後に落ち着いて……という状況ではなさそうだな」
「早い方がいいですけど、寝ている人がいる保健室の中で延々と話すのはちょっと……」
「場所を変えましょう」
もちろん異論はない。
今の状況を全く把握しきれずにオロオロしている完全に部外者の数寄屋さんもいる。
どこか開いている部屋があれば良いのだが。
「保健室のすぐ近くにミーティングルームがあるけど、そっちに移動しない?」
「あの部屋って使うのに許可が必要だろ。今から先生に頼むのか? どういう理由で?」
「無断で借りるに決まってるけど」
相変わらず柿原さんは無茶苦茶だが、こういうなんでもありな状況だと実に頼りになる。
「数寄屋さん、保険の先生が来るまで曽我さんの付き添いをお願いしてもいいですか?」
「それはまあ……でも、何が起こっているのかは後でちゃんと説明してよね」
「もちろんです」
数寄屋さんと曽我さんとの確執も色々ありそうではある。
本来なら時間もない上に俺には全然関係ない話なので、当事者同士で話し合ってくれと丸投げしたいところではあるが、乗りかかった船だ。
今の召喚者絡みの事件が片付けば、ある程度解決するところまでは面倒を見るつもりだ。
保健室を出て柿原さんに付いていくと手書きで「ミーティングルーム」と書かれた紙が貼りつけられた「生徒指導室」とプレートが上がっている部屋の前で止まった。
「ここを借ります」
「借りるというか無断使用というか」
室内に誰もいないことを確認した後に柿原さんを先頭に中へと入っていく。
「ここは元は生徒指導室だったんだけど、何年か前から生徒への指導を狭い密室で行うのはどうという話になって」
「そこをミーティングルームとして再利用しようとしたという感じですか」
「だいたい当たり。防音が利いてるからWeb会議システムを入れるのにちょうど良かったみたい」
そう言いながら、さも当然のように灯りを点けて入口すぐの場所にかかっているホワイトボードを確認した。
「14時までは開いてるみたいだから余裕ね。狭い場所だけど入って」
「お前が言うのか」
「私が言わないと誰も言わなさそうだし」
柿原さんが言うところの狭い部屋だが、一応5人が入って座るスペースは確保されているようだ。
壁には防音材が入っているようなので、外部に音声が漏れる心配はないだろう。
プロジェクタ投影用スクリーンやWeb会議用マイクスピーカーなども完備で小会議などには丁度良い空間だ。
椅子は二脚だけだったので、壁に立てかけられた折り畳み椅子を人数分並べた。
「さっきカーターさんから掛かってきた電話も何か関係していますよね。今の最新の情報を教えてください」
「ああ、もちろんだ」
どの道話すつもりだったのだ。
俺は召喚能力を消すことが出来るのは新坂君を含めて20名であること。
つまり、現時点だと残り19名だ。
能力者は議員宅で入手した情報により35人いたが、そのうち10名が亡くなり、現状は25人であること。
それ以外に
当然ながら説明を受けた一同の反応は渋い。
あからさまな罵倒が飛んできたりはしないが、どこか失望感漂う反応である。
「約束しておいて、今さらこんなことを言うのは本当に……申し訳ありません」
「上戸さんが悪いんじゃないから仕方ないです」
社交辞令でもそう言っても貰えると救われた気がする。
「僕だって自分と保健室で寝ている3人を含めた中から3人しか治せないと言われたら自分を入れようとは思いません」
「でも、何も方法がないわけじゃないんでしょう」
柿原さんの言う通りだ。
召喚能力を消す枠がないというのは、あくまでも今回手に入れた赤い宝石で補充出来た魔力分の話だ。
「もちろんです。召喚能力消去のためのエネルギー源を手に入れたら問題ないわけですから。今のところ日本全国、あちこちにある古代遺跡の調査を考えています」
「遺跡を?」
「奈良の遺跡からは破損した赤い宝石しか手に入れることが出来ませんでしたが、他の旧支配者の遺跡にはまだ無事な赤い宝石や充電設備が残っている可能性は高いと思います。なので、あちこち回って調査をしてみるつもりです」
「それなら、折戸先生に会ってみるというのはどうですか? あの先生って何か色々知ってるみたいですよ」
矢上君の提案はなかなか有効そうな案である。
俺が奈良の遺跡を見付けられたのも折戸教授の著書があってこそだ。
素人の俺が宛てもなく遺跡を捜しまくるよりも、専門家の協力を取り付けた方が間違いないだろう。
折戸教授は教団の協力者ではないようだし、交渉してみる価値は十分ある。
「伊原さんの力は借りられないんですか? 魔術に関してならばあの人が一番詳しそうですけど」
こちらは小森くん。
もちろん伊原さんについては検討済ではある。
検討済なのだが……
「今回の件には向こうの世界は全然絡んでないからな。俺達だけで解決しないといけない問題だと思う」
「それでも打つ手がなくなったら頼るのは悪いことではないと思います」
「本音を言うと頼るのが悪いことの気がするんだよ……認識阻害魔法の件といい、次元の壁を閉じたらトナカイが取り残された件といい、税金1億7千万の件といい、伊原さんが絡むと何か他のトラブルがセットでやってくるから……」
包み隠さずに伊原さんに頼りたくない理由を説明すると小森くんも思い当たる節があったのか無言になった。
「……って待ってください、最後の1億うんぬんの話は初耳ですけど」
「酷い話だから言ってないだけだよ。多分聞かない方がいいよ」
「教えてください」
「九州に俺達の先輩達がいたという話をしたと思うけど、その人達が黄金の腕輪とか宝石なんかを異世界から日本に持ち帰っていてさ。それを換金出来ないか伊原さんに相談したら、すぐに石油王へ売って換金してくれたんだけど、代金を銀行口座に振り込んだせいで税務署が――」
「――オチは分かりました。もう大丈夫です」
小森くんが青い顔をしながら答えた。
最後まで説明しなくても何があったのかは察してくれたようだ。
もちろんこれで起こったのは税金だけの問題ではない。
様々な各所に大混乱をもたらした挙句、当の本人は地球から消えてしまっているというどうしようもない話だ。
荒らし、混乱の元にしかなっていない。
困ったものである。
伊原さんはメールで今の状況を報告すればすぐに来てくれるだろうし、文句を言いながらも召喚能力を消すこともやってくれるだろう。
ただ、その後で「実は〇〇だけど気にするな」と、とんでもないデメリットを押し付けて帰っていく光景もありありと予想出来る。
俺達だけの問題ならば「まあ世話になっているし」で流せなくもないが、流石に無関係の矢上君達にデメリットを押し付けるのも問題だ。
伊原さん本人は悪いことをやっているつもりはないのだろうが、邪神に力を借りた人間から邪神の化身そのものになりつつあるだけあって、何かがズレている。
頼るのは本当に最後の手段としたい。
「その伊原さんというのは何者なんですか?」
「異世界の邪神」
「邪神に力を借りるのはちょっと……」
俺達は流石に慣れっこになっていて忘れ気味だが、これが普通の反応だ。
こういう普通の反応を忘れてはいけない。
「この学校のリストに載っているのは友瀬さん、矢上君、柿原さん。それに、昨日入院した新坂君、保健室で寝ている3人と、未だ会っていない2人です」
「木島は?」
「教団に直接能力を貰った木島君はそこにカウントされていません。なので、彼と同様の能力者が他に数名居ると考えられます」
「保健室の3人と他の2人からは能力を消すこと確定で良いんですよね」
「私はそのつもりです。異論があればお願いします」
異論はないようだ。
流石にあの保健室で寝ている3人を見た上で、自分を優先してくれという声は出てこない。
自分を後回しにしても誰かを助けたいという考えが良いことなのか悪いことなのかについては、とりあえず横に置いておく。
「でも、今の状況だと良かったかもしれない。ここで能力を捨てて自衛手段をなくすのは自殺行為でしょ」
柿原さんが鞄から銀色のメダルを取り出した。
「放課後に相談しようとは思ってたんだけど、みんなはメダルの話は知ってる?」
「全校集会で気を付けろって言われていた奴か」
「それだけじゃなくて、匿名掲示板にこのメダル買取の話が書き込まれてたわけ。たとえばこの銀のメダルは30万円で買い取りだって」
「30万!?」
流石の小森くんも表情が変わった。
先程の税金1億7千万に比べると微々たる額ではあるが、十分に大金だ。
むしろ現実味がある数字なだけに想像しやすい。
もちろん本当にその金額が出るかどうかは便所の落書き程度の信ぴょう性しかないが、そんな噂を立ててまで無理矢理ことを進めようとしているという話だ。
「全校集会の話もですけど、何か事態が動き始めたってことですよね」
柿原さんも俺とは別ルートで情報を入手していたようだ。
それならば話は早い。
「計画の中心人物である神父がいなくなったことにより、教団……というか東議員は50人の能力者を揃えることを諦めたのだと思います」
「それってつまり」
「ゲームの開幕宣言だと考えて良いでしょう。現時点で揃っている能力者同士でバトルをして、相手を倒して出現したメダルを奪い取れと」
「でもメダルは死なないと出てこないんでしょう……殺し合えってことですか?」
矢上君が……否、ここにいる全員が真剣な目で俺の顔を見た。
「単に相手の使い魔を自分の使い魔で倒せとしか説明されていなくて、ゲーム感覚で挑んでくる相手がいないとも限りません」
先手必勝で相手の隙を狙う能力者も現れるだろう。
自分が倒されるくらいならばと専守防衛を理由に不意打ちを仕掛けてくる能力者もいるかもしれない。
メダルに掛けられた報奨金に釣られたり、召喚能力が万能のチート能力だと過信して暴れ出す能力者がいないとは言いきれない。
兎も角、何が起きるか分からない以上は、その芽を事前に摘むのが正解だろう。
「気になるのは曽我さん達の能力の暴走です。曽我さんは今朝に能力覚醒したばかりということでしたが、この昼休みにいきなり暴走は流石に早すぎます」
「暴走を促したり、操ったりする能力を持っている能力者が居る可能性は?」
「それも十分あり得ます。まともな倫理観の持ち主ばかりだといつまで経っても戦いに至らない可能性は高いので、それを煽る存在はいてもおかしくありません」
「ならば、この学校の外でも同じような能力者同士の戦いが始まっている可能性もあるということですね」
「状況からするとそういうことです。ただ、学外の能力者がどこにいるかを探す方法が現状ありません」
「うちの学校のリストの別バージョンが必要なんですね」
それが問題だ。
なので、学外の能力者のリストの入手は必須だ。
「そこで皆さんに頼みたいのは――」
「――掲示板にあったメダル買取を持ち掛けている人に接触しろ……そういうことですね」
「えっ?」
柿原さんから予想外の内容が飛び出した。
俺が考えていたのはまずはこの学校内にいる能力者を片付けて安全圏として専守防衛に徹してもらい、その間に俺と探偵達で秘書や議員宅を再調査。
リストを入手して学外の能力者に当たっていくつもりであった。
「恵太とも話していて、放課後みんなに提案はしようとしていたんですよ。このメダル買取の話をしている連中は黒幕に繋がっているって」
「だから、僕達がこの銀のメダルを使って潜入捜索をすれば、能力者の一覧は手に入るんじゃないかって」
矢上君はそう言うとテーブルの上に置かれていた銀のメダルを掴んだ。
「ですが危険です。匿名掲示板の書き込みなんてどう見ても罠ですよ」
「前にも言いましたよね。せっかく解決出来る能力があるのに、何もしないで見てるだけってのは気に入らないんです」
「それに、相手の召喚能力を消して無力化出来るなら、圧倒的にこっちが有利だと思わないですか?」
「上戸さんや探偵さん達には迷惑をかけるかもしれませんが」
「この学校……町は私達が護ります」
矢上君と柿原さんが矢継ぎ早にまくし立てて来た。
「私の分析能力も絶対に役に立てると思います。やらせてください!」
いつも控え目な友瀬さんも語気強めに主張してきた。
「何かあれば俺が護ります。ラビさんも分かってますよね、俺のスキルの防御力と回復能力は」
「それでも護れる範囲には限度がある。手の届かない範囲を護ることが出来ない」
「だから、ラビさんや探偵さん達の協力が必要なんです」
小森くんまでそう言って来たならば仕方がない。
みんなの意志……本気だということは理解出来た。
全員がテーブルの上に手を出して重ね始めたので、一番上に俺の手を置く。
「今回の件は能力者の命がかかっている。それに来週からのテストのこともある。スピード勝負なので今日は目が回るほど忙しくなるぞ。覚悟はいいか?」
「OKです。やりましょう」
「ならば、大目標は誰も怪我をせずに無事に作戦を終えること。そして、今回のクソみたいなゲームに巻き込まれた25名全員を救うこと。誰も死者を出させない」
「倫理観の問題だけじゃなくて、誰かが死んでメダルが出現することが教団や議員の利益になるってことですね」
「そういうことだ。だから、誰も死なせるわけにはいかない。異論は?」
「ありません」
決まりだ。
方針が決まったからには全員が助かるように作戦を立てて、それを洗練させていく。
ここに向かっているカーターと麻沼さんだけではない。
和泉さん、須磨さん、探偵事務所の八頭さん、協力してくれそうな警察……関係者全員を巻き込んで、一気に事態解決に向けて駒を進める。
人間の命をおもちゃにするようなゲームの被害者は俺達だけで十分だ。
カーター達が到着する1時間後が作戦開始で作戦をまとめよう。
「ここからはスピード勝負だ。日が変わるまでに決着をつけるぞ」