リストの一番上に載っていた生徒、
時間的には午後の授業が終わり帰宅しているはずだが、インターホンを鳴らしても誰も出てこない。
ポケットから折りたたんだリストを取り出して再度住所を確認する。
建物名も間違いなし。部屋番号も303。間違いなし。
「まだ帰っていないんでしょうか?」
「学校からかなり近い立地のマンションなので学校帰りに寄り道するルートはないはずなんですけどね。居留守を使われているか、それとも別の場所に居るのか……」
一応居留守の可能性を考えてマンションの周りを一周りした後にバルコニー側へ回り込むも、カーテンがかかっていることくらいしか分からない。
「友瀬さん、お願い」
「分かりました。303ですよね」
リストにある住所だとそれで間違いない。
友瀬さんの手元にコンソールと赤い孔雀……アルゴスが現れて分析を始める。
麻沼さんと一緒に結果を期待してコンソールを覗き込むも特に何も表示はされなかった。
友瀬さんは首を横に振った。
「303には誰もいないみたいですね。電灯も点いていないので誰も帰っていないと思います。303だけではく、近くに能力者は誰もいないみたいですけど」
友瀬さんがコンソールを僕達に見せてきた。
レーダーのような画面が表示されているが、そこには何も表示されていない。
「多分共働きが多い地域なんだと思います。今の時間は半径200mに人が20人くらいしかいません」
「このレーダーはどこまで広げられます?」
「これが限度ですね。距離だけなら500mくらいまで伸ばせますけど、人数は多分50人を超えると私がパンクするので……」
友瀬さんが申し訳なさそうに言ったのを聞いて麻沼さんがスマホの地図アプリを起動した。
「ここから50mほど移動出来ませんか? リスト2番目の
「そういうことなら」
レーダーを起動したまま移動するも、やはり友瀬さんは首を横に振った。
「402を直接覗きましたけどやっぱり誰もいないですね」
「2人揃って不在というのは気になりますね」
麻沼さんはそう言うとスマホアプリの地図を動かし始めた。
「リスト3人目の自宅より学校が近いので、そちらに寄って行きましょう」
「でも、学校は多分人が多すぎてレーダーは……」
「そこは足で稼ぐから大丈夫です」
◆ ◆ ◆
「学校が当たりですね」
神奈川県……というより、全国的に高校は学年末テストの時期なのか、それとも朝の全校集会の影響なのか、校庭にはほとんど生徒の姿は見られない。
だというのに学校敷地の隅にある体育館には肉眼で確認出来るほどの巨大な黒いドーム……結界が展開されている。
一般生徒はそれに気付いてもいない。
もちろんドームに近付いたり中に入るとどうなるかは分からない。
「これは既に誰かが交戦中なのか? それとも暴走?」
「罠の可能性もあります。僕達がここに攻めてくると分かって、網を張っている」
どちらが正しいのかは分からない。
ただ、確実に言えるのはあの結界内に踏み入って調べないと分からないということだ。
単に話し合いだけで解決出来るとは思えない。
「学校内にはほとんど人はいないみたいので、レーダーで全部捕捉出来ます。ただ、結界内まではアル君の探知が届かないので」
友瀬さんが自主的に学校の分析を開始していた。
「能力者は?」
「いません。多分いるとしてもあの結界の中……」
つまり、学校の敷地に入るだけならば、いきなり奇襲を受ける可能性はほぼない。
「上戸さんがこちらに向かっているとか。あと15分もすれば着くと思います。あと和泉も高校生グループとの話し合いが終われば来るとは言っていますが」
麻沼さんがメールを確認しながら言った。
和泉さんはこれから話し合いとなると、少なくとも1時間以上は来ないだろう。
こちらは後処理には助かるかもしれないが、援軍としては期待出来ない。
上戸さんは15分くらいで到着ということだが、それだけの時間があれば、相当状況が変わる。
もし、結界内で誰かが襲われているならば、一秒一刻を争う。
わずかな遅れのせいで手遅れになる可能性がある。
「リスト3番目の人の家ってどれくらいですか?」
「
「上戸さんの移動手段は電車ですか? それともタクシーですか?」
「タクシーですね」
「なら、リストの3番目の生徒の家に向かってもらうように連絡って出来ますか? 僕達が歩いて移動よりもタクシー移動して貰った方が早いのでそれが一番効率が良いと思います」
「待たなくて大丈夫ですか? 中で待ち構えている可能性の能力者の数は最大で4名なので、私達だけだと数の時点で負けています」
麻沼さんが僕の目を見て来た。
意見を聞きたいということなのだろう。
もちろん、根拠のない自信で回答すればダメ出しをしてくるだろう。
和泉さんは未成年者が傷つくことを嫌うので、なるべく安全策を取ろうとするが、麻沼さんは僕の答えが正しいと納得してくれたら協力してくれる。
そういうタイプの人だ。
だからこそ麻沼さんが納得出来る根拠を添えた回答を出す必要がある。
「上戸さんの鳥の使い魔の射程距離は2Kmです。この学校からリスト3番目の人の家を調査できます。その後すぐに結界内に入ってもらえれば、15分後には援軍として入って貰えます」
「もしリスト3番目の生徒の家で何か問題が起こっていれば?」
「その場合は結界内に居るのは最大で3人の能力者です。対処できます」
「中に4人居て、私達を待ち構えていたら?」
「結界内に入れば今度はアルゴスのレーダーで相手の位置を調べられます。一か所に固まっていれば待機。逆にあちこちに散って待ち構えているなら各個撃破していくうちに、上戸さんが援軍として入ってくれると思います」
「OKです。ただ、何も事情を知らない一般人から見ると、私達は部外者です。どうやって中に入ります?」
流石に初めて来た学校なので情報はない。
だけど綾乃流……新聞部伝統の方法はある程度応用出来そうだ。
「体育館は裏手にあるので、学校の裏手に回れば、フェンスの外側からギリギリ結界内に入れると思います」
「では、その方法で行きましょう。こちらです」
麻沼さんが早くも先導して歩き始めた。
多分、麻沼さんも僕と同じように裏から回り込む方法を考えていて、スマホの地図アプリの航空写真から位置関係を見ていたようだ。
「念のためですが私達の目的は分かっていますよね」
「基本的には交渉。そうでない場合も無力化」
「その通りです。犠牲者を出さずに多くの人を助けることが目的です」
◆ ◆ ◆
結界内に侵入してすぐにまずは現状の把握だ。
「アルゴス!」
友瀬さんのアルゴスが子機を飛ばしすと、すぐにコンソール上に周辺の地形図と敵の位置が表示された。
迷路になっているようだが、これだと流石に迷うポイントはない。
「割と形はそのままですね。中心部の広場に使い魔が2体。その近くに召喚者の相崎さん、烏野さんがいます」
自宅は不在の2人はここにいたようだ。
戦っているのか、それとも使い魔が暴走してそれに巻き込まれているのか。
「リストにあった峰岸さんは見つかりません?」
「いません。人はリストの2人だけです」
「なら、この近くで何人か倒した容疑者の少年……」
そこまで言って名前を知らないことに気付いた。
「
「証拠はそれだけなんですか?」
「それだけなんですよ。一般の警察が追求し切れなかったのも犯行に使用されたであろう凶器を何一つ所持していなかったのが理由です。ただ、和泉は、その少年は魔力持ちであることを看破し、事件との関連性を疑っていました」
「今のところは何も分からないのと同じですか」
「残念ですが」
その2人もここにはいないが、もしかしたら自宅の方には居るのかもしれない。
峰岸君の方は上戸さんが当たってくれているはずなので、その間に僕達は出来ることをやろう。
「それで使い魔の種類は?」
「アポピスとアペシュとなっています。アポピスが攻撃系、アペシュが守備系みたいです」
ややこしい名前だ。
実際の戦闘になったら区別がつく気がしない。
「どちらもエジプト神話出典ですね。蛇と亀です」
「なんか蛇やエジプト系が多いような気が」
「神父がエジプト系だったからですかね? どういう原理か分かりませんが」
流石に友瀬さんの能力で地図が表示されていれば迷いようがない。
最短ルートで中央の大広間を目指す。
「そうだ、忘れていました。重要な話があります」
麻沼さんが畏まった顔をして告げた後におもむろに頭を下げた。
突然に謝罪に理解が追い付かない。
「な、何が有ったんですか?」
「なんですか、急に?」
僕も友瀬さんも突然に麻沼さんの謝罪に何をどう反応して良いのか分からない。
「大変申し訳ありません。化け物……使い魔に有効な特殊弾ですが、実は昨晩の戦闘で使い切りました」
「えっ?」
昨晩の戦闘というのはおそらく神父が次々に召喚した使い魔との戦闘の話だ。
麻沼さんはあの時、何発も特殊弾を当てて敵を倒したのは覚えている。
かなり頼りになる武器だと思っていたが……。
「弾切れってのはまた嘘なんですよね?」
「昨日のは敵を騙すためのフェイクですが、今日は本当の話です」
そう言いながら上着をはだけて、そこに吊るしてあった予備弾倉ケースを見せてくれた。
空だった。
何も入っていない。
それどころかガンホルダーに拳銃自体が入っていない。
何故空なのにガンホルダーだけを上着の下に隠し持っているのかさっぱり分からない。
「普段は1ヶ月に2発も撃てば良いところ、昨日の晩だけで1年分を撃ち尽くしましたので……弾丸を回収して再加工しないといけないので、弾丸が補充されるのは3か月後です」
「銃は?」
「弾がないと何も出来ず、重いだけなので置いてきました」
「なるほど」
なるほど。
なるほど。
「なら、さっき上戸さんが来るのを待とうと何度も言っていたのは」
「戦力的に不安でしたので」
「それならもっと早く言って欲しかったです」
「でも、矢上君が頑張ってくれるようですので期待しています」
とりあえず友瀬さんと顔を見合わせた後に拳を握り、突き合わせた。
僕達が頑張らないといけない。
「もちろん戦闘面以外でのサポートは精一杯行うつもりですし、可能な限り、戦闘は回避するつもりです。ですが、戦闘となれば昨晩のようなパフォーマンスは発揮出来ず、矢上君達に迷惑を掛けることになるかもしれません」
「戦闘中じゃなくて今のタイミングで良かったです。サポート期待しています!」
軽く屈伸運動をした後に背筋を伸ばして一言「ヨシっ!」と気合の声を出すと、少しだけ気持ちが楽になった。
大広間は目の前だ。
「では行きましょうか。矢上君、友瀬さん、何としても全員助けましょう」
「はい!」
◆ ◆ ◆
体育倉庫のような金属製のスライドドアを押して開けると、紫色の煙が室内から噴き出してきた。
内部は体育館そのもの。
その中心部で巨大な……5mほどの蛇と亀が取っ組み合いの争いをしていた。
巨大な蛇が亀の甲羅に絡みついて動きを封じようとするが、亀の方が暴れ出す。
お互い距離を取って光線を放つもそれらは中心部分でぶつかり合い、相殺されてお互いのダメージはならない。
まるで昨晩新坂家で起きた事件の再放送だ。
「友瀬さん、召喚者の2人は?」
「部屋の端です!」
友瀬さんが指し示す先には2人の男子生徒が倒れ伏していた。
ただ、その下には赤黒い液体が溢れている。
あれは……血か?
ただ、よく見ると腹部が微妙に上下している。
まだ息は有る。
「まだ生きているみたいです。アル君の能力だと死んだ人からのデータは取得出来ないので」
友瀬さんのコンソールには2人の名前の横に様々なデータが表示されている。
現時点では不要なものが多いが、それでも死人のデータは取得出来ないという話を信じたい。
「戦闘は僕達に任せてください。麻沼さんはあの2人の救護を!」
「任せてください! ただ、すぐに救急車を呼びたいと思います。連絡をするために結界解除を!」
上戸さんの到着を待たず、スピード重視で結界内に入って良かったと強く思った。
あの2人が傷を負ってからどれくらい経っているのかは不明だが、遅れると命にかかわることは間違いない。
大丈夫だ。
何回もの戦闘で僕も戦い慣れている。
冷静に連続攻撃を叩き込めば必ず勝てるはずだ。
「友瀬さん、分析は止めていい。僕に合わせて攻撃を蛇の方に集中を!」
「分かりました、先輩。信じています!」
僕が大声を上げながら近寄ると、蛇と亀のどちらもが戦闘を中断してこちらを向いた。
「ジャッコ!
走りながらカボチャ頭が亀の頭部に向けて火を放つ。
当たるか当たらないかは別に気にしない。
結果を確認せずに両手を伸ばして大蛇の尾を全力で締めあげた。
「いけぇ!」
渾身の力で振り回して大蛇の身体を亀へと叩き付ける。
その時、亀が放った光線が大蛇の身体を貫いた。
咄嗟の防御行動だったのだろう。
「ホーミングレーザー!」
友瀬さんのアルゴス……赤い孔雀が尾羽を広げ、その先端にある目玉からレーザー光線を放った。
前方からは亀、側面からはアルゴスからの光線を浴びせられ、周囲に焦げ臭い匂いが立ち込めた。
「もう一度いけぇ!」
カボチャ頭が再度振りかぶって、先程の火の粉が炎の柱となって燃えている亀の頭部へと叩き付ける。
その後に飛び上がり、亀の甲羅部分に飛び乗った。
「
炎の鎌を引き出したと同時に亀の首筋へ鎌を力任せにねじ込む。
「アサルトラッシュ!」
蛇の頭と亀にねじ込んだ鎌の柄の両方を素早く踏みつける。
これで倒れてくれないと、泥沼になって時間が掛かってしまう。
「先輩、少しだけどいてください! 大技を出します!」
「大技?」
友瀬さんの方を見ると、アルゴスが翼を広げ、全身に炎をまといながら浮かび上がっていた。
カボチャ頭を一時的に退避。
間髪入れず、アルゴスは孔雀らしからぬ鋭い鉤爪を前面へ突き出した。
「アルゴス! プロミネンスドロップ!」
疾風のように駆け抜け、一瞬で大蛇の胴体を引き裂いた。
勢いは止まらず、突き刺さったままの死神の鎌の柄を押し込み、更に爪で亀の甲羅に覆われていない首元から鉤爪で引き裂いていく。
「……すごい」
そう言えば最初にアルゴスが暴走した時にもその鋭い爪で襲い掛かられたことがあった。
動きは直線的。速度も大したことがないので避けられやすいかもしれないが、こうやって仲間と連携して逃げられない状況にしてやれば最大の効果が出せる。
協調などせずにお互いに戦っていた蛇や亀と僕達との決定的な差だ。
「先輩、まだです! 蛇は倒しましたけど亀はまだ生きてます!」
「分かってる! ジャッコ! まだ生きている死神の鎌を使え!」
まだ結界は解除されていない。
またも甲羅の上に飛び乗り、今度は力任せに死神の鎌を引き抜いて、更にもう一度突き刺し直す。
それがトドメになったようだ。
蛇と亀は粒子となって溶けだしていき、広いホールのような空間はただの体育館に戻った。
「敵は倒したけど……」
「ナイスです。こちら応急措置は済ませました」
麻沼さんが親指を立てて僕達の方へ向けながら、電話をかけ始めた。
慌てて負傷した2人に駆け寄る。
友瀬さんも近寄ろうとしたが、以前に新坂家で倒れたこともあるので制止してその場で待機してもらった。
「救急隊に連絡が付きました。すぐこちらに向かうそうです。都会の真ん中なので10分掛からないかと」
「それまであの2人は大丈夫ですか?」
「それについて説明します」
麻沼さんは手に持っていた鞄の中へ救命キットを戻した後に移動した。
「あの2人は至近距離からナイフのようなもので腹を刺されたようです」
「ナイフ?」
負傷は使い魔による攻撃ではないのだろうか?
「あの2人は手ぶらでした。なので、お互い刺し合ったのではなく、第三者に刺されたことは疑いようがありません」
「でも誰が何のために……」
「そこであの2人の傷が関係してきます。この出血量だと、普通ならば即死してもおかしくないんですよ」
改めて血だまりになった体育館を見る。
かなりの出血量なので、危険だということは流石に分かる。
「幸いなことにまだ息はあります。この分ならば、救急隊が到着して病院へ搬送されるまでは大丈夫でしょう。臓器など急所を巧みに避けて、出血しすぎないように調整して刺しているんです」
まるで意味が分からない。
誰が一体何のためにそんなことをやる必要が有るのか。
「どういうことですか?」
「即死をさせたくなかったのでしょう。意味もなくそんなことをすると思えないので、使い魔の暴走かメダルか何かに関係しているのかと。もちろんテストなんて出来ない状況証拠からの推測の域を出ませんが」
「もしかして、新坂君の家で起こった事件もこれと同じ?」
「共通点の多さから、同一犯による犯行の可能性はありますね。これは犯人を捕まえてみないと分かりませんけど」
「犯人を捕まえる……」
「いくら即死しないとは言っても、治療しなければ何十分も持つとは思えません。この犯行はまだ行われたばかり……犯人はまだこの近くにいますよ」