大胡を捕縛後の事後処理はとにかく大変だった。
まずは昨日に接触した6人全員から能力を消去。
保護を求めていた2人は警察と提携済の病院で入院という形で保護措置を取った。
教団側にもう動かせる手駒はないが、もしやのことを考えての対応だ。
大胡と峰岸の2人は和泉さん付き添いで東京の警察へ護送となった。
以前に発生していた6人の惨殺事件の件も含めての事情聴取があるからだ。
スマホ内に保存されているメールにどれだけの証拠能力が認められるかに全てがかかっている。
警視庁とのコネを利用して最速で回線業者にアクセスログを提出させるとのことなので、早ければ金曜日には捜査令状を取って教団事務所への家宅捜索開始である。
何とか今週中には解決できそうだ。
もう1人、能力者ではないが重要人物である大城戸可奈についても説明しておきたい。
立場が立場だけにこのまま即時解放というわけにはいかないが、流石に未成年である彼女を連絡なしで延々と連れ回すことも出来ない。
八頭さん達と話し合った上で、やはり保護プログラムという形で他の2人と一緒に東京の警察へ運ぶことになった。
形の上では、怪しい団体に狙われているので警察で身柄を保護しているという形である。
父親である秘書には一応警察経由で連絡を入れてはいるが、抗議などは一切ない。
大城戸さんには最低限の情報しか持たせていないので漏れようもないし、保護を理由に警察で身柄を確保出来るのは一日が限度だと向こうも分かっているからだろう。
余裕の対応だ。
実際、彼女から得られる情報は俺が聞き込みした内容が全てだ。
単にこちらの情報を向こうに渡さないためだけの拘束でしかないので、明日の昼頃には開放されるだろう。
「明日はどうされます?」
「試験前ですけど、流石に休まざるを得ませんね。昼過ぎに投げ出されたところで学校に戻る頃にはもう夕方です。連絡を取ろうにもスマホの電源も0ですし」
「ということは会うのは明後日ですね」
「また学校で会いましょう、不審者さん」
こうして大城戸さんは峰岸、大胡の2人と一緒に東京の警察へと護送されていった。
出来れば戻ってくるまでに勝負は決めておきたいところだ。
大胡に負傷させられた2人については、北の高校で交渉を終えた小森くんに連絡を取って病院へ来てもらうことで対応することにした。
2人の負った傷はかなりのものではあるが、小森くんの
スキル2回でほぼ傷を塞げるのは大きい。
もちろん、失われた血液と体力までは回復能力で癒せないので、当分入院での治療が必要なことに代わりはないのだが。
「小森くん、お疲れ様。今日は1日大変だっただろう」
「ラビさんこそ丸1日お疲れ様です」
治療を終えた小森くんが休憩のために病院の自販機スペースにやってきた。
既に面会時間も終わり、廊下も消灯済。
自販機のライトが1番明るいくらいの薄暗く殺風景な場所だが、他に入院患者もいて静かにしなくてはいけない病院内で落ち着いて話を出来そうなのはここだけだ。
「お疲れ。何か飲み物でもどうだい?」
「うーん、紙パックの健康的な感じの飲料ばっかりなのが病院の自販機って感じですね」
「たまには健康的なのも良いぞ」
自販機に100円玉2枚を入れると小森くんはコーヒーとオレンジジュースの間で指を彷徨わせた後に、オレンジジュースのボタンを押した。
ガコンと紙パックのジュースが飛び出たのと同時に小銭がお釣りとして吐き出される。
俺はそのお釣りに100円玉を追加して紙パックの牛乳を買う。
こういう日々のタンパク質とカルシウムの摂取が成長に大切なのだ。
一応身体は14歳相当。
栄養さえ取ればきっとまだまだ成長するはずだ。
どんな時も希望を捨ててはいけない。
紙パック牛乳付属のストローがなかなか梱包から取り出せず、爪先でカリカリと擦るがなかなか出てこない。
まあ、そんなことは些細な問題だ。
些細ではない問題の方を確認しておきたい。
「こっちはバタバタしていて詳しくは聞けていなかったんだけど、北の学校との交渉の方は?」
小森くんは無言で親指と人差し指で丸印を作った。
「大成功です。向こうも戦いをする気はないので、すぐに受け入れてくれました。むしろ、今の状況と能力を消すのに何をする必要があるのかの説明を聞きたかった感じですね」
「それは良かった」
交渉は無事に終えたようで良かった。
まあ当然といえは当然である。
みんな普通の倫理観を持った現代日本の高校生だ。
好きで戦いをしたい人間のほうが稀だろうし、こちらが怪しい組織ではないことと、安全を保証することさえ説明出来れば戦闘など起こるわけもないのだ。
懸念としては教団が例のフューリーチケットを持ち出して誰かを暴走させることだったが、教団側も人手がいないからか、今のところそれも起こっていない。
「今は6人全員が俺と一緒にこの病院に来てますよ」
「6人?」
北の学校にいる能力者は10人なのでは?
と聞こうとしたところ、先に小森くんが説明を始めた。
「北の学校のリーダー……
「つまり残る4人は不明なのか」
「富士川さんの仲間に友瀬さんと似た感じの探査系の能力者がいて、それで学校内にいる仲間を捜したらしいんですけど、学校内には他に能力者はいなかったらしいです」
6人しかいない?
となると俺の推理が間違っていて、残る4人の能力者は他の学校にいるのか?
それとも未だ能力が未覚醒で見つけられていないだけなのか?
そんな話をしていると、自販機コーナーにまた1人やってきた。
「こんなところで休憩してたのか。オレも混ぜてくれよ」
召喚能力者から能力の削除の儀式を行っていたカーターだ。
一瞬で終わる儀式とはいえ、流石に6人連続。朝からだと通算10人以上となると、それなりに疲労があるようだ。
顔から若干の疲れが見える。
「お疲れ。6人から消すのは大変だっただろう。まあ一息どうぞ」
「7人だよ。北の学校の連中の消去も始めたから。今は魔力結晶が売り切れて最後の充電中。それが終わるまでは暇なので休憩に来たんだ」
俺が金を自販機に入れると自販機の前で手を顎に当ててしばし思案を始めた。
「病院の自販機だから健康的な感じの飲み物ばっかりだな。うちの役所に入れてる自販機も水とお茶とスポドリしかなくてな」
「小森くんと同じことを言ってんな。普段は不摂生なんだから健康に良いやつを飲めよ。野菜ジュースとか」
「健康に悪い方が美味いんだよ。このコーヒーもブラックじゃなく甘いやつだしどうしたものか」
悩んだ後にカーターは緑茶のボタンを押した。
紙パックのお茶を取り出すと右手だけでパックを掴みながらストローを取り出して飲み口に刺すという器用なことをやってみせた。
「器用だな」
「コツが有るんだよ。日常生活だと全然役にたたない技術だけどな」
「これが日常生活だよ」
カーターはなかなかストローを取り出せずに難儀していた俺から牛乳パックを取り上げた。
そして、またも片手だけでストローを取り出して飲み口へ突き立てて牛乳パックを返してきた。
「ほらよ」
「あ、ありがと」
「じゃあ休憩すっか」
3人で並んで長椅子に座る。
「久々に茶菓子くれ。クッキーだぞクッキー」
俺のクッキー目当てに緑茶を選んだのかと合点がいった。
「はいはいハロウィンです。クッキーをどうぞ」
もちろん断る理由などないので、クッキーを取り出してカーターに渡すと、一口で口の中へ投げ込んでモゴモゴと咀嚼を始めた。
それをお茶で流し込む。
「そうそうこの味。売ってないんだよな、パサパサで口の中の水分を持っていかれる感じのやつ」
「確かに売ってないですよね。店に売ってるやつはみんなしっとりタイプなので。ラビさん。俺にも久々にクッキーをください」
小森くんもカーターの意見に相乗りを始めた。
「褒められているのか、けなされているのか分からん」
「褒めてるんだよ。流石に向こうだと何ヶ月も毎日食ったせいで飽きたけど、たまに食いたくなってくる」
スキルの再使用間隔を待って小森くんの分のクッキーも取り出して渡す。
この3人で雑談をするのも随分と久々の気がする。
この事件が解決したらまたそれぞれの生活に戻る。
住んでいる場所が違いすぎて集まる機会も減るだろうし、残りの人生であと何回、こんな感じの無駄な会話が出来るのだろうか?
「残り4人はどうやって捜しましょう?」
「これから警察と探偵が共同で調査を進めて、教団事務所に対して家宅捜索を行うことになっている。その時に教団が把握している能力者全員の情報が出てくる可能性は高い」
「教団事務所には俺達も知らない能力者のデータが有ると?」
「矢上君が手に入れたリストからしてあるのは間違いない」
俺達が教団事務所に殴り込みをかけるよりも間違いないだろう。
入手出来る情報次第では一気に本丸の議員や秘書も崩しにかかることが出来る。
「問題は、これから北の学校の連中……残り5人から能力を消すわけだが、魔力結晶には7-5で2回……2人分が残ってしまうってことだ」
カーターが指折り計算を始めた。
「この2回分は矢上達や見つかってない4人じゃなくて、教団にいる能力者2人のために残しておけと探偵に言われている」
「あと何回足りないんでしたっけ?」
小森くんが確認を取った。
「赤い宝石を壊しても、まだ見つかってない4人と矢上、柿原、友瀬、木島で8。1足りない」
「1人だけ……」
「オレとしては教団の協力者とかどうでも良いと思うんだけどな。犯罪者だろ」
「木島君を知ってしまったからな。同じように改心するつもりがあるならば、その相手を安易に切り捨てたくはない。それに端数切り捨てを俺達が嫌う理由は分かってるだろ」
俺の話を聞いたカーターがしばし無言になった。
思うところは有ったのだろう。
「もちろんただの悪人の可能性は高いだろうし、そのために顔見知りが苦労させられるというのも変な話だとは思う」
「探偵達はまた違う考えなんだろうけどな。捕まえた能力者は野放しには出来ないけど、延々と拘束し続けるにはコストがかかるので、無力化出来るならさっさと解放したい……そんな感じだ」
何にせよ難しい話だ。
充電さえ出来れば全部解決なのだから、何とか代替の充電手段が見つかれば良いのだが。
「せめて、いつ暴走するか分からない柿原からだけでも消しておきたいんですけどね」
「気になってたけど、小森は本当に柿原と付き合ってないのか? 赤土と別れて乗り換えたとかそんなのではなく?」
カーターが余計な人間関係を掘り起こし始めた。
本当に止めてくれ。
「柿原はただの友人ですよ。それよりもカーターさんこそ麻沼さんと距離が近くないですか?」
「こっちの複雑な事情も理解してくれる貴重な相手だぞ。しかも話も合うし、せっかくなんだからデートのお誘いくらいするだろ」
「このまま交際ってことですか?」
「そうだよな……オレはどうしたらいい? 付き合ってもいいのか?」
カーターは何故かその状況から俺にキラーパスを飛ばしてきた。
「何故俺に聞く」
「だって、オレが付き合うってことになって、嫉妬とかしないのか?」
「嫉妬とか言われても」
ここで「ハァー? 嫉妬とかないんですけど! もしかして俺がお前のこと好きだとか思春期の中学生みたいなこと思ってんの?」と過剰反応しても仕方ないだろう。
「仲の良い友人が急に家庭に入ると、そのまま他人に取られて寂しいという感情は有るけど、それは嫉妬とは呼ばないだろう」
「お前じゃなくて
「自意識過剰なのはお前の方だから安心しろ」
「本当に2人とも仲良しですよね」
「まあなんだかんだで半年近く一緒に旅をしてる友人だしな」
だからこそ、手がかかる子供のようなカーターの人生は心配なところが多い。
普段から不摂生で寿命を縮めるような生活をしているやつが、生き方を改めるチャンスならば、それはそれで良いことだと思う。
ただ、ここまで考えて、相手があのポテトだということに気付いた。
大丈夫か?
2人揃って酒を飲み過ぎて自宅で倒れたりしないか?
流石に山梨県までそんな頻繁に助けには行けないぞ。
「じゃあそろそろ休憩は終わりだな。お前らはどうする?」
カーターは紙パックのお茶を飲み干すとゴミ箱に投げ込んだ。
俺と小森くんもそれに続く。
「俺は家に帰ります。来週からテストだし」
そっちの問題も有ったな。
小森くんの学校でもまだやることが残っているので、なんとかしないといけない。
「ラビさんは休まないんですか? 昨晩からずっと動いてますよね」
「そうは言っても、俺はまだやることがあるから」
そう言って断ろうとするとカーターが頭の上に手を置いて、そのまま撫で回すように髪をくしゃくしゃにし始めた。
「おい、急にやめろよ」
「昨日の晩から頑張りすぎだろ。お前も休め」
「みんな頑張ってるのに、俺だけ休めないだろ」
「じゃあラビ助が休むべき理由について合理的に説明してやる。まだ明日以降も教団関係の対応が山ほど残ってる。だから主力のお前が過労や寝不足で倒れるとシャレにならん」
「でも」
「いいから今日はもう帰って寝ろ」
流石にそう言われたら食い下がる理由はない。
「じゃあラビさん、駅までは同じだし、一緒に行きましょう。横浜滞在中はホテルですよね」
「ああ、駅まで一緒に行こう」
◆ ◆ ◆
病院は微妙に町外れに立っている。
横浜滞在中はホテル暮らしではあるが、そこに戻るには電車を2本乗り継ぎしていかないといけない。
頼みの綱のバイクもホテルの駐輪場に置きっぱなしだ。
病院の前にはバス停が有ったが、面会時間を過ぎて来る患者や見舞いはいないと分かっているからか、19時が最終だった。
国道沿いに出たら他にも走っているバスはありそうだが、それらを探すよりも駅までは2kmほど。
歩いた方が早そうだ。
「どうしよう、タクシーを呼ぼうか?」
「地図を見るとすぐそこが地下鉄の駅ですよ」
「じゃあ歩こうか」
タクシーも来るまで15分くらいかかることを考えると、やはり歩いた方が早い。
スマホの地図を広げてルートを確認した後に地下鉄の駅を目指して歩くことにする。
「あとは何が残ってるんでしたっけ?」
「教団側にはもう手駒がいないし、能力者は一通り救済した。あとは矢上君達からどうやって能力を消すかって問題なだけ」
「メダルとか議員とかは?」
「だから手駒がいないって言っただろ。向こうは何も出来ないんだから、最悪放置でいいって話」
中途半端ではあるが、一応は解決だ。
俺達がやるべきことは一通り終えた。
極端な話、あとは探偵に丸投げでも良いだろう。
「前から考えていたことを言っていいですか?」
小森くんがかしこまって俺に言った。
「いいよ」
「来月……3月に終業式があるんですけど」
「そうだね」
「そこでみんなで遊びに行ったら……高校3年、大学合格までの1年間は勉強に専念しようと思うんです」
高校3年間の1年間は1番大事な時期だ。
夢に向かって進むために勉強するというのは分かる。
ただ、わざわざ宣言したのには意味があるのだろう。
「俺はもう会わない方が良いってことだね」
「はい……縁を切るとかそういうのじゃなく、みんなで遊びに行ったり、Webで勉強会をやってもらったり……そういうことを一度全部断とうと思うんです」
「理由は?」
「今やっている受験勉強です。一生懸命頑張っているのにどうしても壁を越えられない。その理由を考えた時に気付いたんです。誰かに頼り切っていないかって」
「俺は特に何もしてないよ」
「そんなことありません。俺は異世界に行ってからずっとラビさん頼りでここまで来ました。生活も、勉強も。だけど、このままじゃ本当の意味で成長出来ないと思うんです」
「それを打ち明けるために2人だけで話せるこの状況を待っていたと」
「事件が一区切りつくのを待っていたのも有ります」
「そうか」
一応覚悟はしていた。
ただ、別れの時期は大学合格した時期が区切りだと考えていた。
小森くんも独り立ちについて色々と考えていたのだろう。
もしかすると、元々は結依さんの墓参りとエリちゃんと3人で遊んだ日が決別の日のつもりだったのかもしれない。
正直、他人に頼ってなんぼの精神の俺には小森くんの悩みは理解出来ない。
ただ、自分で考えてその答えを出したということは、それが小森くんが大人に成長するための最後の壁なのだろう。
その手助けは誰にも出来ないし、してはいけない。
「俺は反対しない。今の小森くんならば俺がいなくても十分にやっていける。支えてもらえる友人もたくさんいる」
「はい」
「ただ、絶縁じゃない。PCが欲しいけどスペックが分からんとか、カーターがウザいとかそういう相談には乗る」
「……はい」
「流石に文化祭はあくまでも客として見に来る。小森くん以外にもこの学校に知り合いが増えたしね。それに文化祭には思い出もある」
首から下げた勾玉のペンダントを指で弄る。
文化祭の出し物で作られたこれが全てを繋いでくれたのだから。
「……はい」
「あとエリちゃんと柿原さんの勉強のサポートは続ける。あの2人は放置するとマズい。実にマズい。なんとか大学に投げ込むところまではサポートする」
「それはお願いします。切実に」
事前に相談されて良かった。
3月になって急にこの話を出されたらもっとパニックになったに違いない。
今ならまだ心の準備が出来る。
「じゃあ最後の一ヶ月だ。悔いのないように行こう」