超低空飛行で天井裏を移動させる。
天井板を歩かせた方が安定はするのだが、その場合はどうしても鳥の足音が鳴ってしまう。
時代劇のように「なんだネズミか」では誤魔化せないだろう。
バッテリー残量は気になるが、気付かれないことを優先するために慎重に移動する。
須磨さんがタブレットPCのボリュームを操作したので、意外と音は拾えそうだ。
『……がこれほど早く動き出すとは思わなかった』
早速会話が聞こえて来た。
今話しているのはそれなりの年齢の男の声だ。
少なくとも若い感じはしない。
『どうやら魔術師の協力者がいるようです。参加者と結託して何かしているようで』
今度は別人の声。
会話の内容からしてこちらが秘書で、先程話していたのが議員か?
『海外勢か、それとも京都の連中か?』
『不明ですが、正体不明の男が探偵や学生たちと昼食を摂っていたのを確認しています。おそらく今回妨害してきたのもそいつかと。
昼食を摂ったというのは例の焼き肉屋でポテト祭りに参加していたカーターのことだろう。
その場に俺もいたはずだが「学生」で一まとめにされて、個体認識されていなかったようだ。
遠見というのは例の運転手のことだろうか?
あっさり反撃で倒されて警察に護送されたことはまだ情報が入っていないのか、それとも余程自信があったのか?
今のところ議員や秘書たちは俺やカーターについての情報を何も持っていないために、京都や海外からやってきた魔術師だと予想しているのだろう。
さすがに「異世界帰り」という存在が日本に居ることは考慮されていないようだ。
『今のところ35名まで集めました。あと15名増やせばゲーム開始できます』
『だが、既に浮かれたバカどもが勝手に殺し合い、そのせいで既に10枚が失われておる』
ここで第3の人物……老人の声が聞こえて来た。
議員と秘書は良いとして、こいつは何者なのだろう?
「議員の父親とかですかね?」
「少し待ってください」
麻沼さんがスマホで検索を始めた。
「
麻沼さんが表示させたスマホの画面には啓太郎氏が30代の時に、父から地盤を受け継いで議員になったことが紹介されていた。
その時点で啓一郎氏は政界を引退して隠居生活という説明になっている。
あえて84歳と説明されると、高齢の老人の声だと思えてくるあたり、人間の耳などいい加減なものだ。
「啓一郎氏は議員を辞めた後、会社役員などをこなした後に数年前からNPO法人の代表になっていますね。この声の主が本人でしょう」
麻沼さんが見せてくれたページに記載されているNPO団体名には見覚えがある。
以前に神奈川県の予算を調べた時にもそのNPO団体が登場していた。
完全に身内人事と予算の流用であるが、誰もツッコミを入れていない以上は、それでOKなのだろう。
『連中にメダルが渡ったところで何も活用はできない。だから、ここからは取りこぼしがないようにすれば何も問題はない』
ここで第4の男の声が聞こえて来た。
静かで落ち着いたバリトンボイス。
ネットワーク経由のカメラ越しだというのに、その声は他の誰よりも威厳と風格に満ちていた。
秘書も議員もやり手なのだろうが、この第4の男と比べると明らかに格の違いというものを感じる。
『能力は誰に与えても良いというわけではない。実際、そこの男の指示通りに能力を与えた連中は覚醒に失敗して自滅したり、未熟な力を持て余して暴走したりと、ろくなことがない。厳選は必要だ』
『だが、お前に任せていてはいつまで経っても計画を始められないのは事実だ』
『そうやって暴走した連中の後始末に出向いた結果が「これ」なのだが』
第4の男がテーブルを指先でテンポ良く叩く音と、秘書が悔しそうなうめき声を上げるのが同時に聞こえて来た。
「この場合の暴走はどういう意味だと思いますか?」
「秘書が推薦した人物に能力を与えたところ、暴走……この場合は使い魔が召喚者に対して反抗したという意味ではなく、能力者が手に入れた能力を犯罪に使おうとしたのだろう」
須磨さんの意見も一理ある。
単純に召喚者に使い魔が反抗したという意味の「暴走」ではなさそうだ。
「なので秘書が責任を取らされてわざわざ出向いてきた」
「そこへ和泉たちが現場にやって来たので、慌てて逃走して現在に至る……か?」
つまるところ、素行の悪い連中を能力者にしたところ、勝手に能力者バトルを始めた。
秘書はその責任を問われて、仲裁か何かをやろうとして新坂家にやって来たものの、既に襲撃者2人が返り討ちにあって死亡していた。
せめてメダルくらいは回収しろと命令されたが、それも失敗。
ここで失敗の報告をさせられることになった……ということか?
『人数が足りないのならば教団内から見繕えば良いではないか。能力者に違いはないだろう』
『それは……』
『それとも、教団の戦力が削られるのは困ると?』
『あまり教団の活動が表立つと世間から圧力がかかって潰されてしまう……お前も教団がなくなれば困るだろう』
『重要なのは形ではない。神を信じる人の意識だ。信徒が集まればそこにまた教団は生まれる』
秘書が第4の男に食って掛かったようだが、まるで相手にされていないようだ。
そして、一連の会話を見ていた探偵2人……麻沼さんと須磨さんも気付いたのだろう。
この第4の男こそが、俺たちが捜していた「神父」だ。
『まあ良い。明日からは違う地域……海沿いの方でも散歩して勧誘してみるとしよう』
『例の幽霊屋敷か? 少し前から我々にも内密に何かをやっているようだが、事前に情報がなければこちらもサポートはできんぞ』
幽霊屋敷? 海沿いの地域?
また新しい情報が出て来た。
今の会話が真実ならば、神父が議員や秘書も知らない何かを行っているようだ。
その幽霊屋敷とやらに先回りすることができれば、こいつらの計画を事前に潰せるかもしれない。
『それは、実験がある程度形になれば説明しよう。それよりも……だ』
第4の男が室内を歩く音が聞こえた。
それまでは部屋の端にいたようだが、部屋の中心……俺が使い魔を待機させている位置の真下まで歩いてきて立ち止まった。
『天井裏に間抜けなネズミが一匹潜んでいるようだ。京都勢だか海外勢だか分からんが、ここまで尾行されたようだな、間抜けめ』
『バカな……魔術結界があるから忍び込まれてもすぐに分かるはずだろう!』
『それだけの相手ということだ。もちろん私の目は誤魔化せんがね』
これはこちらに気付いているのか?
それともハッタリか?
「落ち着いて対応してくれ。ここで迂闊に反応すると逆にマイナスだろう」
「分かっています。さすがの神父も、議員の家の天井を破壊してまで、こちらへ攻撃を仕掛けてくることはないと思いますので」
まだ慌てる状況ではない。
あくまでも冷静に対応するつもりだと須磨さんに伝えた。
物音を立てずにじっとしていれば気付かれることはない……はずだ。
『何か電波を送信しているようだ。魔術ではなくドローンかもしれんな。反応が機械的だ』
神父がそう呟くと、室内が途端に騒がしくなった。
『盗聴対策の装置があっただろう。あれならばある程度場所を特定できるはずだ』
それを聞いた須磨さんの顔色が変わった。
これは発見されたと判断していいのだろうか。
「こいつら、カメラが発信している電波の方を探知してきた!」
「魔術でそんなことできるものなんですか?」
「今の話を聞いただろう。魔術ではなく、科学だ」
残念ながら、部屋の中の様子は分からないが、何らかの電波検知器のようなものが設置されているのかもしれない。
盗聴対策は完璧ということか。
だが、この悪いニュースの中でも良いニュースはある。
この神父ですら俺の使い魔の存在を探知し切れず、あくまでも電波を発するカメラの存在しか気づけていない。
これならばまだ潜伏からの盗聴を継続できるかもしれない。
「電波を出しているカメラの無線機能だけをオフにすることができれば、向こうも気づけないのでは? オフラインでもカメラ機能は使えるんですよね」
「それが良さそうだ。やってみる」
須磨さんがタブレットを操作すると、画面に「機能を有効にするため再起動します。残り59秒」という悠長なカウントダウンが表示された。
「これって今すぐシャットダウンとかできないんですか? この状況であと1分も待たされるのは辛いです」
「どうなんだろう……試してみるか」
須磨さんが再度操作すると「キャンセルされました」と無情な表示が出た。
再度挑戦するとカウントダウンは59秒に戻っている。
カメラを運んでいるのは俺の使い魔なので電波さえ止まればこちらの存在が気づかれることはない。
だが、カメラ回収のために天井裏へ入ってこられたり、換気口を塞がれたりすると逃走不能になる可能性はあり得る。
俺の使い魔は遠隔で解除できるが、カメラはその場に置き去りになってしまう。
「ハイテク機器は便利なんだか、不便なんだか!」
「誤動作でのシャットダウン防止なんでしょうけど!」
この分だと電源が切れる時にそれを通知するためのアラーム音すら鳴りそうである。
大きなお世話過ぎる。
鳥の使い魔を移動させて入ってきた時と同じように換気口へ向かわせ、そこから連中がいた部屋の死角方向へと脱出させた。
「おい、カーテンが開くぞ」
須磨さんはまだ映像の送信を続けているタブレットPCではなく、肉眼で確認できる議員宅を指差した。
そこには部屋のカーテンと窓を開けて周囲を見回している神父の姿が視えた。
アフリカ系であろう黒い肌に黒い髪。
黒い神父服の胸元には紅い宝石。
矢上君から聞いていた通りの風貌。
間違いなく神父本人だ。
そして……あいつ本当に無貌の神の関係者か?
以前にナイアルラトホテップから力を貰っていた中村を知っているだけに、同一人物……というか同一の神とは思えない。
蟇の神、イソグサとゾス=オムモグ、中村、伊原、ウムルさん……そしてトナカイ。
邪神にも格があり、後に挙げたほど、脅威度が増す。
その経験からの感想だが、神父は邪神クラスかと聞かれると否だ。
どちらかと言えばホンジュラスで見た赤い女に近い。
あいつも人間離れした体力と能力を持っており、実際、人間ではなかったのだが、やはり本物の邪神とは格が違っていた。
一度本物を見た後だと、本人に成りすましているだけのただのモノマネ感がある。
もちろん本人が無能とか有能とかそういうのは全く別の話だ。
どのような能力を持っているのか、それをどう使いこなせるのか不明な相手に油断など一切できない。
「あまり頭を上げるな。向こうからも丸見えだ」
須磨さんが手のひらを地面に向けて下方向へ動かす動作を行った。
頭を塀の下に下げろということのようだ。
俺と麻沼さんは同時に頭を下げる。
須磨さんも陰に隠れて、塀の上から出しているのはカメラのレンズだけだ。
「一応、議員と結託している証拠は掴めたが……」
「警察は動かせそうですか?」
「難しいな。神父は要注意人物ではあるが、法的にはクリアな状態だ。今のところは怪しい奴がいるというだけで週刊誌のネタにすらなりはしない」
須磨さんはそれだけ言うとカメラを引き下げた。
タブレットPCには「機器とのリンクが切断されました」と表示されている。
先程仕掛けていた無線機能のオフ命令がようやく通ったらしい。
「連中も窓とカーテンを閉めた。電波が止まった上に魔術でも追跡できないドローン……使い魔を追跡するのは困難だと向こうも判断したのだろう」
そうは言いつつもまだ顔を上げようとはしない。
何らかの方法で俺たちを探っている可能性を警戒しているようだ。
カメラを持たせた鳥は念のために俺たちが居る場所とは反対方向にあった公園の街路樹に隠れさせた。
そこにカメラが隠されていることには気づきようがないのか、今のところ誰も来る気配はない。
「カメラは後で回収でも大丈夫ですよね」
「適当にここを離れた後に、移動中の道路で受け取ろう」
須磨さんはそう言うと屈んだままの状態で車へと移動していく。
「張り込みはこれで終わりですか?」
「ここは住宅地が近いし、人通りも多い。地元住民に不審者として通報されると一気に動きにくくなる。向こうも我々が盗聴したことを警戒しているだろうし、もうまともな会話は期待できないだろう」
せっかく神父の尻尾を掴んだというのに、何も手を出せないというのは悔しいところだ。
ただ、得られた情報は有益なものが多かった。一度状況を整理したいところだ。
◆ ◆ ◆
状況整理のために保土ヶ谷から少し離れた国道沿いのファミレスに入ることにした。
距離にして10キロほど離れているので、尾行などはないと思いたい。
まずは回収したカメラを須磨さんに返却した。
その後に作戦会議だ。
「あいつらは『ゲーム』という言葉を口にした。これは連中が能力者を増やしてお互いに戦わせるバトルロイヤル的なことをさせようとしていると考えられる」
その意見は同意だ。
俺たちを召喚してスキルを与えた召喚装置的なものを神父が回収しているのならば、同じことをやろうとしているのは明白だ。
以前に推論は出していたが、ここに来て新坂君の自宅で行われていた戦闘と議員や秘書達の発言がその裏付けになったと言える。
「そして、ゲーム開始にはまだ15名が不足しているということが分かった。つまり、まだゲームは始まっていない」
「まだ止めるチャンスはあると」
ここからは時間との戦いだ。
推定50名が揃ったら一体何をやる気なのかは分からないが、ろくなことではないことは間違いない。
それまでに決着をつける必要がある。
「続いて海沿いの幽霊屋敷なる謎の言葉だ」
「それについての情報は?」
「『幽霊屋敷』という言葉が曖昧過ぎてさっぱりだ」
麻沼さんがスマホで検索を始めたが、その顔は渋い。
満足な検索結果が得られなかったということは分かる。
「何かの符丁か、それとも文字通り幽霊が出る屋敷なのか」
「海沿いというのも、東京湾沿いなのか、それとも逗子や葉山、鎌倉の方なのかが全く不明だ」
「ここは地元民に頼りましょうか」
探偵さんたちは基本的に東京在住だ。
俺も関西から来ているので、横浜の地元の情報については分からないことの方が多い。
ぶっちゃけると横浜は中華街と1/1ガンダムのイメージしかないし、そのガンダムも関西万博に出掛けたきり行方不明になったので、実質何も分からないのと同じだ。
こういうことは実際に横浜に住んでいる地元民の方が詳しいかもしれない。
まずは小森くんにメールで相談だ。
時間はまだ21時。
さすがに、まだ起きているだろう。
メールの返信はすぐにあった。
内容は「俺は知りません。ただ新聞部ならその手の記事を書いているので詳しいかもしれません」というものだ。
そういえば小森くんと柿原さんが揉めた切っ掛けは、俺……じゃない結依さんの幽霊が出るというオカルト記事を掲載したことだ。
小森くんの「不謹慎だからやめろ」と、柿原さんの「幽霊なんて実在しない。学校の噂を調べているだけ」という理屈がぶつかったのだ。
そう考えると、オカルト的な情報について調査していてもおかしくはない。
とりあえず柿原さんに聞くかとメールを打つか考えていると、小森くんから続報のメールが届いた。
「柿原です。海沿いの幽霊屋敷だと候補は3つありますが、実際に現地で取材した恵太の方が詳しいです」
完全に予想外の内容がメールで飛んできて頭が真っ白になった。
待ってほしい。
何故小森くんのスマホで柿原さんがメールを送ってくるのか。そこが分からない。
21時だぞ。
何やってんの君たちは?
まさか不純異性交遊なんてやっていないだろうな。
憤っているところに、また新しいメールが届いた。
「柿原にスマホ取られました。今から矢上君に代わります」
なんだ、矢上君もいたのか。
それなら良かっ……いや、全然良くないんだけど、21時を過ぎて高校生3人で何やってんの?
帰れと言ったよね。
いや、これは3人ではなくて友瀬さんも含めた4人なのだろう。
気になったので電話をかけると小森くんがすぐに通話に出た。
そして開口一番に謝罪である。
『すみません。やっぱりあの後、気になったので、みんなで集まって対策会議をやってました』
思わずため息が漏れる。
ある程度は予想していたが、まさか本当にやるとは思わなかった。
電話の向こう側からワイワイと楽しそうに話をしている声が聞こえてくる。
これはこれで青春なのかもしれないが、状況を考えてほしい。
「それで今いる場所は?」
『俺の家です。一応試験前の勉強という建前で集まって、みんなで食事した後に打ち合わせです。さすがにもう解散しようかって言ってたところですけど』
「友瀬さんもそこにいるんだね」
『木島もいます』
一応木島君は保護観察扱いなのだが、すっかり仲間になっている気がする。
小森くんと木島君に足りなかったのは、本当に腹を割って話す切っ掛けだけだったのか。
「まあ、自分たちで納得して後悔しないのであれば、俺からはこれ以上小言を言うつもりはないけど、決して無理はしないように」
『もちろん分かっていますよ。では、矢上君に電話を代わります』
全く分かっていなさそうな軽い返事がノータイムで返ってきた。
親の心子知らずとはこのことだ。
『幽霊屋敷の件ですけど、候補は3つあります。だいたい同じ場所に固まっていますけど、他に何か情報はありますか?』
「残念だけどない。しらみつぶしに当たっていくしかないと思うので、詳しい場所を教えてくれませんか?」
『それでしたら案内します。今から自転車で行きますので、どこかで待ち合わせしましょう』
本日何度目のため息だろう。
言った直後から、いきなり「これ」である。
『僕も何かやりたいんです。せめて案内くらいは協力させてください』
「前もって言っておきますけど、今のこの情報は曖昧なものです。空振りに終わるかもしれません」
『大丈夫です。いつものことです』
「危険があるかもしれませんよ」
『それでも何かやりたいんです』
「学年末テストは近いんだけど、勉強は大丈夫?」
『明日上戸さんが教えてくれるんですよね。もちろん頑張ってやります』
矢上君が意外と頑固だ。
電話越しで説得するのは無理だろう。
逆に、ここで念押しをして電話を切ったとしても、独断で動きそうだ。
ならば、まだ俺が傍について口も手も出す方がマシまである。
「では条件を付けます。決して1人で独断専行はしないこと。0時までには自宅に帰ること。もし戦闘が発生するような状況でも1人では戦わず、必ず仲間を頼ること」
『もちろんです。僕1人でなんでもできるとは思っていません』
「というわけです。皆さんいかがですか?」
念のために麻沼さんと須磨さんに確認を取ることにする。
「未成年を危険な任務に参加させることには躊躇いがあるが、今は少しでも情報がほしい。情報提供のみに限定するならば、協力は助かる」
「和泉さんなら絶対に
ならばOKだ。
いや、全くOKではないし、何一つ納得などしていないのだが仕方がない。
矢上君に協力してもらうことにしよう。
「さすがに他のみんなは来ないですよね」
電話の向こうで少しワイワイと騒がしい声が聞こえた後に矢上君が再度電話に戻ってきた。
いいから高校生は夜なんだから、家に帰って寝ろ。
『今晩は僕一人です。みんなは打ち合わせ通りに明日から頑張るってことで』
「分かりました。ただし、自転車移動はなしにしてください。この寒い中を自転車で走るのは無駄に体力を使う上に危険です。車で迎えに行きます」
須磨さんに視線を送ると、人差し指と親指でマルを作った。
OKということらしい。
「では……矢上君の自宅マンション前がいいですね。そこで待っていてください。あと一つだけ小森くんに代わってもらっていいですか?」
ここで声のトーンを一つだけ落とした。
さすがに、これは言っておかないといけない。
「小森裕和くん。もう夜遅いので、そこに集まっているみんなが帰宅するためのタクシーを呼びなさい」
感情は込めず、丁寧な口調で機械的に命令を伝えた。
『タクシー? そんなお金なんてないし、みんな近くに住んで――』
「――タクシーを呼びなさい。皆さんの安全のためです。これは命令です」
『俺が払うんですか?』
「割り勘で、分配の比率は任せます。そこにいる全員で負担してください」
『でも……』
「いいですね」
さすがの小森くんも折れた。
意気消沈して「はい」と弱々しい声だけが聞こえた後に、通話は切れた。
言葉では通じないならば、高校生に対して最大限のダメージを与えられる財布へのダイレクトアタックしかない。
もし誰かが払わないという選択をしても、誰かに支払いを肩代わりしてもらったという負い目は残る。
それくらいやらないと、懲りてくれそうにない。
「まだまだみんな子供だな。しばらく保護者を続ける必要がありそうだ」