収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第62話 「突入前」

 

 無事に地獄の学年末テストを乗り切り、ついに決戦の日——週末がやってきた。

 

 親には「今日は部活だから」と告げて、制服姿のまま家を出る。

 ちょうど同じタイミングで、同じマンションの隣の部屋に住む綾乃も玄関を出てきた。

 

 どうやら家族への言い訳は僕と同じだったらしく、2人揃って制服に通学鞄という出で立ちだ。

 

 顔を見合わせた瞬間、発想が同じすぎて思わず吹き出してしまった。

 

「恵太、テストの結果はどうだった?」

「全体的に平均よりは上だったと思う。試験勉強の成果は出せたよ」

 

 これは胸を張って言える。

 色々あったことを成績が落ちた理由にはしたくなかった。

 

 だから事件の調査は上戸さん達に任せ、自分達は試験勉強に集中してきたのだ。

 

「綾乃は?」

「フフフ……フフフ……」

 

 綾乃の顔は若干引きつっていた。

 

 結果を聞かれたくないのは分かるが、あえて聞いてみる。

 

「試験はどうだった?」

「……勉強しただけの甲斐はあったと信じたい」

 

 にわか漬けとはいえ、みんなであれだけ頑張ったのだから少しは報われて欲しい。

 来週に良い結果が返ってくることを祈ろう。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか」

「ちょっと待って。服部(はっとり)さんからメッセージが来てる」

 

 綾乃はスマホを取り出し、画面を指でなぞった。

 

「服部さんって誰だっけ?」

「隣の高校の生徒会長。もう能力者じゃないんだから気にしなくていいって言ってるのに、まだ何か手伝えることはないかって」

「心配してくれてるんだね。いい人じゃない」

「向こうの学校の能力者同士を調整してお互い喧嘩したりしないようまとめてたからね。やっぱり今回の事件の結末は気になるんだと思う」

「なら、その生徒会長に良い報告が出来るよう頑張らないとね」

「もちろん。何より自分達のためにね」

 

 二人並んでマンションを出て、坂道を下っていく。

 

 いつもなら裏道を通って学校へショートカットするところだが、今日の目的地は学校ではない。

 

 県道に出たところで、信号待ちをしている小森君の姿を見つけた。

 

 小森君の家は僕達とは県道を挟んで反対側の丘の上にあるが、集合場所までの距離は大差ない。

 

 同じ時刻に同じ場所へ向かう以上、ここで顔を合わせたのは偶然というより必然だった。

 

 彼は制服の上から異世界産のポンチョを羽織り、手にはスポーツバッグ。

 そこにはバトンサイズに縮めた槍が紐で括り付けられている。

 

「小森君、おはよう。テストはどうだった?」

「おはよう。自己採点したけど、まあまあだったよ」

 

 小森君の場合は「まあまあ」というのは大きな失敗はなかったという意味だろう。

 

 医学部を目指す彼にとって、普通の公立高校の学年末テストでつまずいてなどいられないのだと思う。

 

「そういえば、上戸さん達は?」

「家を出る前に新横浜駅に着いたってメールが来てた。直接待ち合わせ場所に向かうってさ」

 

 そう答えながら、小森君は信号待ちの間にスマホを取り出し、手早く返信を打ち込んだ。

 

「新横から直接現地だとどれくらいかかるんだろう」

「電車とタクシーを乗り継いで30分くらいかな? おっと、今度は片倉さんからメッセージだ」

 

 上戸さんからの返事が来る前に片倉さんの方から連絡が入ったようだ。

 

「すぐ近くまで車で来てるから、県道沿いのコンビニ前で待っておけって。横浜組は全員乗せてくれるらしい」

「せっかくだし好意には乗っかりましょ」

「乗るのは車だけどね」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 コンビニの駐車場で待っているとアメリカ製の大型SUVが爆音を轟かせながら駐車場に入ってきた。

 

 その車の運転席からは片倉さん、助手席からは探偵の麻沼さんが降りてきた。

 

「よっ、みんな久しぶり……って程ではないか」

「一週間ぶりくらいですね」

「全員がハードスケジュールで動いてるもんな。でも、それも今日で終わりだ……終わりにしたい」

 

 片倉さんが言った通り、それはみんな思っている。

 流石にずっと事件を追い続けるのはなかなかに大変だ。

 

 ずっと飛び回っている上戸さんに至ってはそろそろゆっくり休んで欲しいと思う。

 

「これから友瀬と木島の2人を拾って目的地まで連れて行くわけだが、せっかくなのでここで買い出しをしておきたい」

「買い出しって何か買うものがあるんですか?」

「今日は短期決戦予定だが、それでも何か飲み物くらいは持っておかないと体力が持たんぞ。オレの体験談だ」

「おやつはどうします?」

 

 何故かそれを聞いたのは僕達ではなく、助手席に乗っていた麻沼さんだった。

 

「ちょっと待ち時間は出るだろうし、あってもいいかな」

「では買いましょう」

 

 麻沼さんはおやつについて強く主張するとコンビニの中へ駆け込んでいった。

 

「僕らもお茶くらいは」

「そうだね。今のうちに準備だけはしておこうか」

 

 特に異論は出なかったので僕達もコンビニの中に入った。

 

 おごりだというので、各々飲み物を片倉さんが持った買い物カゴの中に投げ込んでいく。

 

「小遣いが厳しいので助かります」

「それも今だけだろ。来月からそれなりに金が入るんだし。高校生でそれだけ持ってりゃハッピーだ」

 

 片倉さんは棚に並んでいたウイスキー瓶を掴んでラベルを見回した後に棚へ戻した。

 

「そういえばお金の詳細って聞いてないですけど」

「なんだ、まだ聞いてなかったのか。後でラビ助……上戸から説明されると思うが、形式上は毎月総務省からのアンケートに答えて貰い、その協力料が支払われるって方式になる。まどろっこしいけど」

 

 片倉さんの話から本当にややこしそうな話が出て来た。

 

「なんでそんなややこしいことに」

「月の収入が一定額を越えると税金や社会保険の支払い義務が出て来たり、親の控除額やらに影響が出てきてトータルで見るとマイナスになったりするんだ。それを回避するための方法だ」

 

 理屈はわかるがやっぱりややこしい。

 

 ただ、アンケートとやらが何をやらされるのか分からなくて微妙なところだ。

 

「毎月メールが送られてくるのでそれに返信するだけでいい。協力料として8万7千円が振り込まれる」

「8万か……多いような少ないような」

 

 綾乃が正直に感想を漏らした。

 

 上戸さんの話だとそれなりの金額ということだったが、実際放課後のバイトで届きそうな額だ。

 

「それが12ヶ月続く」

「!?」

 

 それだと話は完全に変わってくる。

 要するに月に一度メールを送るだけで100万円入ってくるということなのだから。

 

 月に8万円も冷静に考えるとかなり大きい。

 月々で無駄遣いするか、貯めて大きく使うか悩むところだ。

 

「それ以上の金額が欲しければ、能力を消さずにうちで働いていただくという契約が出てくると思いますが、仕事はハードなのでオススメしません。拒否してください」

 

 麻沼さんがカゴにミネラルウォーターのペットボトルを投げ込みながら言った。

 

「魔術の世界なんてろくなもんじゃないです。ブラック企業も真っ青の命を賭けて日本中を飛び回る過酷な労働が待ってます。手を切れるうちに離れた方が良いですよ」

「そうそう。この事件のせいでみんなプライベートを潰されてるからな。これで終わりにしようぜ。地上に戻ってきたらオレが能力を消してやるからな」

 

 それは同意だ。

 

 使い魔のカボチャ頭に馴染みは出て来たが基本的には戦闘にしか使えない力だ。

 

 いつ暴走するか分からない危険な面を考えると、ここで消してしまった方が良いのは間違いない。

 

「そうですね。これで終わりにしたいです。受験もあるので」

「ああ、それだ受験……受験なぁ」

 

 片倉さんが小森君の肩に手を置いた。

 

「小森、一生の問題だってのはあるんだろうけど、流石にちょっと気負い過ぎなところがあるんじゃないか?」

「そうでしょうか?」

「かつての受験生かつ人生の先輩からのアドバイスだが、受験勉強はメリハリが大事だぞ。気を引き締めるのは悪くはないが、そればっかりじゃどこかで潰れるぞ」

「カーターさんは気を抜き過ぎの方が多いじゃないですか」

「それでも決めるべき時はちゃんと決めてるぜ。オレは仲間の中では最年長なんだから、たまには頼ってくれていいんだぞ」

 

 片倉さんは肩に乗せていた手を背中に回して軽く叩いた。

 

「もちろん頼りにしてますよ。今回の事件がらみだと何人もの能力者を救ってくれてるわけですし」

「能力だけじゃなくてプライベートでも頼りにしてくれってことだ。これから能力を使わない人生の方が長いんだから」

 

   ◆ ◆ ◆

 

「やっぱりアメ車はスゲェな。この人数が乗っても広々としてるのか」

 

 駅で合流した木島君が車の内装をキョロキョロと見回している。

 

「そう言ってくれるのお前だけだよ。分かるやつには分かるよな、この車の良さが」

「もちろんさ。男のロマンって感じが詰まっていてすごい」

「そうだろう、そうだろう」

 

 木島君と片倉さん、2人は完全にだけで盛り上がっている。

 

 僕達にはちょっとわからない世界だが、楽しそうなことは分かる。

 

 そうしているうちに車は公園の敷地内へと入っていった。

 

 公園に入ってすぐに気付いた。

 

 道中はずっと晴れていたというのに、この公園の周辺だけはまるで夕暮れ時のように薄暗い。

 

 原因はどう考えても1つしかない。

 

 上空にある黒い塊……宇宙船が太陽の光を遮っているからだ。

 

 一般人にはその宇宙船は見えないはずだが、やはりこの薄暗さに違和感があるのか、公園にいる人間の数はまばらだ。

 

「でもなんで公園の真上に浮かんでいるんでしょう? ここの公園に何かが?」

「別に中心ってわけじゃないぞ。あくまでも中心は東議員の自宅だ。空に浮かんでる宇宙船がデカいから、この公園や周辺の住宅が巻き込まれているだけで」

「でも現状は何をやっているわけでもない?」

「何もやっていないわけではないと思うぞ。空をよく見ろ」

 

 片倉さんが車の窓ガラスを手の甲で軽く叩いた後にワイパーを動かした。

 

 するとワイパーが動いた範囲だけフロントガラスの色が一瞬変わった。

 フロントガラスには細かく黒い砂のようなものがうっすらと積もっており、ワイパーの動きで払い落とされたようだ。

 

「宇宙船から灰みたいなものが常時ばら撒かれている。たまに虫らしき小さい生物も降ってきているようだ」

「そんなのが降ってきて影響はないんですか?」

「無害には見えないし、無駄なことをするとも思えないし何かあるんだろうな。被害が出る前に片付けないととんでもないことが起こるぞ」

「アル君の分析でも何も出ないですけど、本当になんなんでしょうね?」

 

 気付くと友瀬さんが赤い孔雀……アルゴスを出していた。

 外にある灰を分析しようとしていたようだ。

 

「魔術的な何かなんだろうな」

「ちなみに科学的な分析では草木灰となっています」

 

 片倉さんの話に麻沼さんが補足してくれた。

 

「それで魔術的には?」

「不明です。単体で効果があるのではなく、複数の条件が重なることで効果を発揮するものなのでしょう」

 

 そうしている間に車は公園の奥にある駐車場にたどり着いた。

 

 片倉さん以外の車は公園管理事務所の車くらいしか停まっていない。

 

 みんな目には見えなくとも不安を感じて公園に近寄るのを避けているのだろう。

 

 そんな公園で傘を差して立っている2人の少女がいた。

 

 黒い折り畳み傘を差しているのは上戸さん。

 今日は黒いコートと帽子という全身黒ずくめスタイルだ。

 

 横に立っているピンクのダウンジャケットを着て黄色い傘を持っているのはおそらく以前に一度会った赤土さん。

 

 先に到着して待ってくれていたようだ。

 これで全員集合だ。

 

「じゃあよし、今から作業開始だ。降りるぞ」

「うう、あんまり車から降りたくないなぁ……」

 

 綾乃がここに来て渋り始めた。

 

「少しくらい灰を被るのは仕方ないよ。さっさと終わらせよう」

「灰? ああ、灰ね。確かにそれも嫌だ」

「ここで車に乗っていても何も解決しない。覚悟を決めよう」

 

 小森君がそう言って最初に車から降りた。

 僕と木島君、男子チームが続く。

 

「先輩、行きましょう」

「うん、分かってる。分かってるんだけどね」

「大丈夫ですって、悪い人じゃなさそうですよ」

「前に一度会ったから知ってる……悪くない人だから困るんだって」

 

 最後に友瀬さんが渋る綾乃を連れて車から降りてきた。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「これで全員集合ですね。以前に矢上君と柿原さんは一度会っていますが、こちらは私の友人の赤土恵理子さん。皆さんと同じ高校生です」

「どうも、赤土です。よろしくお願いします」

 

 まずは初対面の友瀬さんと木島君が赤土さんと軽く自己紹介をしながら挨拶を交わした。

 

「矢上君と……えっと柿原さんは久しぶり。いつも、うちの裕和がお世話になっております」

「誰がうちのだ」

 

 小森君が赤土さんの頭を軽く叩いた。

 

 これはからかう程度の仕草で、赤土さんも特に反応は見せない。

 むしろ無関係の綾乃の方が拳を強く握り、動揺していたのが分かった。

 

「恵理子の方も学年末テストだったんだろ。結果はどうだった?」

「今はテストのことは忘れたいな」

 

 赤土さんが苦笑まじりに即答する。

 

「おい、忘れるなよ。勉強を頑張るって約束しただろ」

「もちろん頑張ったよ。努力はしたけど……結果がたまたまついて来なかっただけで」

「——などと申しておりますが、どうしますラビさん?」

 

 小森君に話を振られた上戸さんが、赤土さんの肩にすっと手を置いた。

 

「よろしい。来週からまた勉強だ」

「お手柔らかに出来ないでしょうか?」

「ダメです」

 

 上戸さんがにべもなく断る。

 だけどこれはチャンスかもしれない。

 

 綾乃の手を引き、上戸さんの側へ連れていく。

 

「お手数ですけど、こちらもお願いします」

「え? いや私は……」

「もしかして柿原さんもダメだった?」

「……はい。ダメだったみたいです」

 

 それを聞いた上戸さんは手を額に当てて「アチャー」と声を漏らし、苦笑したまま言葉を失った。

 

 綾乃と赤土さんの視線が交わる。

 その直後、赤土さんの表情が少し引き締まった。

 

「ラビちゃん、私……やっぱり来週から勉強頑張る」

 

 綾乃に向けて言いながら、赤土さんは上戸さんの方へ振り返った。

 

「急にどうした?」

「出来ないからってこのまま諦めるのはダメな気がしてきた。もちろん、急には出来るようにならないだろうけど、だらしない姿を見せたくはない。見せちゃいけないと思う」

「それなら私も!」

 

 綾乃も表情を引き締めて一歩前に歩み出た。

 

「途中で諦めて妥協したんじゃなくて、最後まで頑張ったと証明したい」

「……あの、念のため確認しますけど、2人とも勉強の話をしてますよね」

「勉強だけど何の話と思ったの?」

「勉強の話しかしてませんけど」

「嘘だ! 2人とも俺を修羅場仲間に巻き込もうとしている!」

 

 上戸さんが突然2人に背を向けてダッシュで逃走を図ろうとした――ところを片倉さんがコートの襟を掴んで阻止した。

 

「どこへ行くんだ。これから殴り込みだぞ」

「でも修羅場が」

「お前は何を言っているんだ。疲れているだろうが、これから儀式が始まるぞ。早く持ち場に戻れ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 公園の片隅で異様な光景が広がっていた。

 

 空からは絶え間なく黒い灰が舞い降る中、まるで対極の象徴のように白い着物をまとった巫女や神主たちが立ち並ぶ。

 

 彼らは榊を掲げ、太鼓を打ち鳴らし、鈴を振り、祭壇の前に置かれた幾つもの祭具を順に使って舞のような華麗な動きで儀式を進めていく。

 

「今回は京都の組織から専門家をお呼びしました。戦闘力はありませんが、このような術の行使では国内トップの術者達です」

 

 隣で見守っていた麻沼さんが静かに言う。

 

 その声は巫女達の祝詞(のりと)と金属音にかき消された。

 

 神主が大きな幣を大げさな動きで振り回して「恐み(かしこみ)……恐み(かしこみ)も白す(もうす)」という言葉と共に灰の流れが一瞬止まり、周囲にしんとした沈黙が落ちた。

 

 まるで全ての音が時間ごと止まったような静謐な空気が広がっていく。

 

 祭壇に置かれた灯明の火が一瞬高く燃えあがったと同時に空の彼方から、低い振動音が伝わってきた。

 

 まるで雷鳴のような轟音と共に雲を割るようにして巨大な金属製の円柱が姿を現した。

 

 それは音と震動にそぐわないゆったりとした速度で地面に到達した。

 

 次の瞬間、柱の一角に四角い切れ目が走り、機械的な音を響かせながら自動ドアのように入り口が開いた。

 

「儀式は成功か」

「そのためにプロを呼んだのですから失敗されても困ります」

 

 麻沼さんが白装束の集団の方へと駆け出していき、そのまま公園の外へと誘導していく。

 

「じゃあここからは任せたぞ。オレはこのエレベーターが勝手に戻っていかないように地上で見張り番だ」

 

 片倉さんが車に積んでいた折り畳み式のアウトドア用の椅子を組み立ててエレベーターが見える位置に置いた。

 

「見た感じ、エレベーターは意外と狭い。全員が一気に宇宙船に乗り込むのは無理だぞ」

「もちろん最初に行くのは決まっています」

 

 上戸さんが鳥を喚び出してエレベーターの中に入れた。

 

「まずは安全の確認を行います。その後に4人ずつ上がることになりますが、最初はどうしても露払い的な役割が期待されます。そこで」

 

 上戸さんがコートの裾を翻してエレベーターの前で振り返った。

 

「皆さん、覚悟を決めてください。いよいよ決戦です」

 

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