収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第65話 「ゴリ押しは全てを解決するかもしれない」

 自動ドアが無音で左右に割れた。

 

 先に広がっていたのは無機質な部屋だった。

 

 壁面には一枚の巨大なモニターが鎮座し、他には何も存在しない。

 

 床は磨き上げられた金属で、光を鈍く反射している。

 

 中央には以前に赤い宝石を回収した台座が据えられ付けられている。

 

 その祭壇に根を下ろすようにして、一つの存在があった。

 

 5つに分かれた花弁のような器官を広げ、まるで静かに呼吸するかのように微かに脈動している。

 

 植物に似てはいるが、むしろイソギンチャクやウミユリのような生物に近いだろう。

 

 茎……否、胴体にあたる部分は紡錘型で、足元にはいくつもの触手が生えている。

 

「いにしえのもの」

 

 古代の日本……地球を訪れて文明を築いていたが、古代のご先祖様達に追いやられて滅んだはずの存在。

 

 

 部屋の空気がわずかに震えた。

 花弁の先端部分、眼球のような何らかの感覚器官を室内に入った俺達の方へ向けた。

 

 小森くんとエリちゃんは相手がいつ飛び掛かってきても応戦出来るように身構えているが、「いにしえのもの」側からは攻撃の意思は感じられない。

 

 相手もバカではない。

 埴輪軍団やショゴスを速やかに撃退したことからして、俺達の戦闘能力については理解しており、真正面から戦っても勝ち目などないことは理解しているはずだ。

 

 空気が震えた。

 

「いにしえのもの」が音でこちらに意思を伝えようとしているのだろう。

 

 だがその音には人間の耳には聞き取れない波長を含んでいるようだ。

 それを言語として理解できる能力も知識もない。

 

 頼れるのは船の翻訳設備だが、その前に——こちらに対話の意志があることを示す必要があった。

 

「こういう場合、どうやってコミュニケーションを取ればいいと思います?」

 

 俺は麻沼さんに尋ねた。

 

「どうするつもりです? 相手は人類の敵かもしれない存在ですよ」

「それでも、街の上空に浮かぶこの巨大宇宙船を無理に破壊すれば、どれだけの被害が出るか分かりません。武力を使わず解決できる可能性を探りたいんです」

 

 俺たちの任務は眼下に広がる街を守りつつ、この宇宙船をどうにかすることだ。

 

 頑丈そうな機体を空中で粉々にして跡形もなく消すことはほぼ不可能。

 ならば、宇宙船ごと別の場所に移動させるしかない。

 

 そのためには船の制御権を握る必要がある。

 

 しかし、古いコンピュータ——マッキントッシュやIBM5100をスーパーハカーが持ち出したとしても、未知のシステムを人間用に書き換えられるはずもない。

 

 目の前の宇宙生物は本来なら敵だ。

 

 だがもし会話が成り立つのなら、交渉によって宇宙船を動かせる可能性がある。

 

「……絵を使うのはどうでしょう。腕も足もない相手にジェスチャーをしても誤解を招きかねません」

 

 麻沼さんも納得したようだ。

 

 確かに絵なら伝わるかもしれない。

 外宇宙に向けて飛ばされたボイジャー探査機も、図と音声で地球の情報を記録して未知の存在に伝えようとしていた。

 それと同じだ。

 

 俺は手帳にペンを走らせて簡単なイラストを描いてから麻沼さんに見せた。

 

「会話をしたい、という意図を描いたつもりなんですが……どうでしょう?」

「……パックマンですか?」

 

 ダメだった。

 同じ人間同士ですら伝わらない。

 

 そんな中、エリちゃんが飛び出した。

 

 全員が戸惑う中、堂々とした声で言った。

 

「少し話したいんだけど分かる? 翻訳できるでしょ、やってみて」

 

 日本語のまま、真正面から押し切るように言葉を投げかける。

 相手がわずかに反応すると、さらに畳みかけるように「話したい。分かる?」と繰り返した。

 

 すぐに攻撃されることはないだろう。

 もし相手が軽率に手を出せば、即座に致命的な反撃を受けるのは分かっているはずだ。

 

 何度か同じやり取りを続けるうちに、「いにしえのもの」の反応が変わってきた。

 

 顔などないのに、エリちゃんのゴリ押しに困惑しているのが伝わってくる。

 そのうち、こちらの意図を少しずつ理解し始めたようだということも分かる。

 

 つよい。

 

 結局、押しの強さ——いや、揺るがぬ意志こそが突破口になるのかもしれない。

 

 エリちゃんは自分の成果を誇るように親指を立て、得意げにこちらを見てきた。

 

 すごい。

 本当にすごい。

 

「なんというかすごいね、小森の彼女」

「こういうすごいのは要らないんだけど。大阪のおばちゃんみたいであんまり好きじゃない」

 

 あまりのすごさに小森くんと柿原さんもドン引きだ。

 

「そこっ、聞こえてるんだけど! 誰が大阪のおばちゃんだって?」

「言葉が悪かった。それだけ事件を解決するための能力が高いってことだよ」

「それならよろしい」 

「うわっ、早くも尻に敷かれてる。今からでも考え直したりしない?」

「それも個性だと思ってる。毎日楽しいだろ」

「まあ、楽しいのは間違いないけど」

 

 エリちゃんの問題はこのすごさでゴリ押しが身に染み込みすぎて、テストでも同じようにゴリ押ししようとするところだ。

 

 間違った回答を勢いでごまかそうとするクセは止めた方が良いと思う。

 

 社会人になれば武器になるかもしれないが、あと数年はもう少し控え目になって欲しい。

 

「いにしえのもの」が再び聞き取り不能な音声を発した。

 意味はおそらく「理解した、試みてみる」だ。

 

 次の瞬間、その体から細長い触手が伸びて壁面に触れた。

 

 触れた箇所はタッチパネルのように赤や青に発光し、何らかの操作が進められていった。

 

 やがて、壁に埋め込まれたスピーカーから声が響く。

 

『理解できますか? 人間と対話するための機能を起動しました』

 

 聞こえてきたのは日本語だった。

 ぎこちなさもなく、聞き取りやすい。

 宇宙船の機能を通じ、言語の橋が架けられたのだ。

 

「会話の内容は理解できます。こちらの言葉も伝わりますか? 分かったら、何らかのジェスチャーをお願いします」

 

 呼びかけに応じ「いにしえのもの」は頭部を九十度回転させた。

 

 人間で言うところの首を縦に振る仕草——同意の表現に見えた。

 

 これが対話へのファーストステップ。

 ここからがラストミッションだ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 まず現状を確認する。

 

 この「いにしえのもの」は一体何を目的としているのか。

 

『突然、起こされて敵性生物の船に乗せられた。状況は分からないが、この船を好きに使って良いと判断した』

 

 予想外の言葉が返ってきた。

 

 どうやらこの宇宙船と「いにしえのもの」は無関係らしい。

 では、この船の出所は何なのか?

 やはり古代にもたらされた何かだと予想されるが……

 

「この船から放出されているものは何かご存じですか?」

『XXだ。人間を奉仕種族に。魔力のない地表をXXXXに近い環境に作り替える』

「聞き取れない部分がありましたが、それは?」

『XXXXX、XXX……XXXX』

 

 全く聞き取れない音声が立て続けに流れた。

 

 翻訳機能を通しても意味を持つ言葉に変換できないということは、おそらく人間の理解を超える概念なのだろう。

 

 だが、事態の深刻さだけは分かる。

 

 要するに、地球をテラフォーミングして「いにしえのもの」が棲みやすい環境に変え、かつ人間を別種の生物に作り替えようとしている。

 

 とんでもない計画だ。

 流石にシャレになってない。

 

「迷惑ですので今すぐ止めてください。この宇宙船も速やかに元の海底に戻していただきたい」

『断る』

「力づくで止めると言ったら?」

『人間にこの船は扱えない。コントロールできるのは私だけだ。お前たちは私に危害を加えられない』

 

 悔しいが、その通りだ。

 だが、こいつも交渉に応じる気はあるらしい。

 

 自分の安全を確保するためなら話は聞くということだ。

 

 「いにしえのもの」と宇宙船が無関係なら、今行われているテラフォーミングもこいつ自身の意思ではない可能性が高い。

 

 ならば命を賭けて続ける理由はない。

 

 逆に止めても損害がないのなら、それは強力な交渉材料になる。

 何しろ自分は痛くも痒くもないのだから。

 

「要求があるなら提示してください。すぐに判断はできませんので、まずは上に報告します」

 

 麻沼さんが尋ねる。

 

『ではリーダーに会わせろ。こちらの要求を伝え、違わず履行するよう契約させる』

「すぐの対応は不可能です。調整しますので、その間に宇宙船を引き上げていただけませんか?」

『却下する。人間はすぐ嘘をつく。まずはリーダーをここへ連れて来い。それまではこの船を動かさない』

 

 雲行きが怪しい。

 

 麻沼さんの上司である八頭さんや蘆名さんはもちろん、政治家たちがこんな要求を受け入れるはずがない。

 

 しかも交渉の間もテラフォーミングは続いてしまう。

 

 仮に総理大臣をなんとか動かしたとしても、明日明後日の話ではないだろう。

 

 その頃には手遅れになる可能性が高い。

 

 ここは無理矢理でも話の流れを変えてやる必要がある。

 

「確認したいのですが、この船から放出されている虫のようなものの影響を受け続けた人間はどうなるのでしょう?」

『奉仕種族になると既に告げた』

「それは思考が支配されるということでしょうか? それとも生態的に別の生物になると?」

『後者。人間ではない別の生物に作り替えられる』

 

 今の攻撃範囲は東京都全域を覆っている。

 

 そこにいる人間全員が別生物……おそらく化け物に変えられると日本は間違いなく終わる。

 

 ただ、それは相手にとってもマイナス要素しかなく、やる意味などないということを強調して説明してやれば良いという話でもある。

 

 メリットなどなく、むしろデメリットの方が大きいと理解すれば考えも変わるはずだ。

 

「そうなれば、人類は今のような慎重な対応を続けません。自らの生存を脅かす敵として全力でこの船を攻撃します」

『人間の力で落とせるものか』

「どうでしょうか? 実際私達は10人足らずの人員ですが、1時間で敵を全て倒してここまで侵入してきました。貴方が封印された鎌倉時代はどうでしたか。刀や槍、弓しかない時代の武士に攻められて敗れたのではありませんか」

『むっ』

 

「いにしえのもの」が短く唸った。

 

 過去に触れられて不快だったのか。

 

 あるいは、人類が本気を出せば勝ち目がないという事実を突かれたことが痛かったのかもしれない。

 

「聞けばこの船と貴方は直接関係ないどころか敵性生命体が使用していたものとか。敵の技術を全面的に信用して、自分の命をベット出来ますか?」

 

 返事はない。

 ただ悩んでいるように思える。

 

「我々がこの船を攻撃しない理由はただ1つ。この船の下には街があり、多くの住民が巻き込まれる可能性があるからです。なので、人間がいなくなって化け物になれば攻撃を躊躇する理由は消えてなくなります」

『では、どうすればいい?』

 

 相手がようやく譲歩する気になってくれた。

 

 ここで意地を張っても損しかしないと気づいてくれたならそれでいい。

 

「停戦協定を結びます。交渉が始まるまで互いに攻撃を停止。貴方は散布を止めて影響のない洋上で待機する。不満があれば協定は破棄されたとして、攻撃を再開すればよい。その場合、我々も反撃しますが」

『停戦はいつまでだ。期日を決めないと永遠に待たされる恐れがある』

 

 今の話だと時間制限がないことに気付いたか。

 頭の回るやつだ。

 

「まずは貴方の要求を正式に提示してほしい。その内容を受けて我々は関連機関に連絡し再交渉の期日を提示します。仮に10日と設定いたします」

『我々の要求は2つだ。人間のいない土地を我々の居住地として提供すること。そして、まだ生存する仲間の捜索と回収だ』

「承知しました。関連機関に伝えて返答します」

 

 短い合意だった。

 だが合意の輪郭はまだ薄い。

 

「では停戦協定の条件として」

『分かった。地上へのXXXXを停止させよう』

 

「いにしえのもの」がまたも触手を伸ばして壁をリズム良く叩いた。

 その度に赤や青の光が灯り、何らかの動きが行われたことがわかる。

 

『XXXXを停止させた。確認すると良いだろう』

 

 地上に残していた使い魔に命令を出して地面に落書きをさせると、カーターがそれを覗き込んだ。

 

 その後にノートを取り出してそこにサインペンで何やら書き始めた。

 

「降り注いでいた何かが止まった。片付いたのか?」

 

 仕事が早くて助かる。

 

 使い魔に「OK」と書かせて交渉の成功を伝えさせた。

 

「停止を確認出来ました。では皆さん、地上に戻りますよ。ここでの役目は終わりです」

「えっ、もう終わり? ボスキャラとの戦闘は?」

「戦闘は終わりですよ。仕事はまだまだ続きますが」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 エレベーターホール近くで待機していた矢上君達と合流。

 

 全員が地上に降りると役目を果たしたのかエレベーターが入っていた円柱は自動回収された。

 

 そして、恐ろしいほどの速度で宇宙船はいずこかへと飛び去って行った。

 

 約束通りだとどこかの洋上に移動したはずだが。

 

「よっ、お疲れ様。一応解決ってことでいいのか?」

「全員怪我もなく任務完了。まあ、事件解決にはまだまだやることはあるんだが」

「そうみたいだな。結局あれも撃墜出来てないし」

「今回の目的はあれを撃墜することじゃなくて、街を護ることだから目的は達成しているんだが……」

 

 これから山積みの仕事を考えて大きくため息をついた。

 

 自分で体を張ってやる仕事は少ないが、それでも関係機関への調整などといった細々とした仕事は山ほどある。

 それでも今までの仕事に比べるとはるかに楽だ。

 

 あとはメールと電話で仕事を丸投げするだけで良いのだから。

 

「上戸さん、どうするのですか? あの怪物は居住地を要求していましたが、政府が交渉に応じるとは思えません」

「関連機関というのは別にこの国の政府という話はしていませんよ。まあ、日本政府にも最終的には出張ってもらいますが」

 

 スマホを取り出して今回の事件についての報告メールを3通打つ。

 

 まず最初の1通は今回のキーマンになるであろう政府の偉い人にして関連機関だ。

 

 事態の説明を書いた報告メールを打った直後に返事があった。

 時差は以前よりはマシになるように手を打ったらしいが、それもなお差があるのだろう。

 こちらの数秒は果たして向こうの何時間だ?

 

 続いて市ヶ谷議員。

 

 前からいつか政府の偉い人と会ってもらいたいと考えていたが、今回の宇宙人騒ぎは良い機会だ。

 

 一度会って色々と協力関係を持ってもらえると助かる。

 

 最後に蘆名さん。

 

 国の偉い人同士の会談など、色々と調整をしてもらう必要がある。

 

 時計を見ると13時。

 昼前には片付く予定だったが、少し遅くなったか。

 

「じゃあ学生達はここで解散だ。打ち上げにでも行って来いよ」

「なんか呆気なかったけどこれで終わりなんですか?」

「終わり終わり。さあ学生達は帰った帰った」

 

 カーターが矢上君と木島君の背を押して公園から追い出そうとする。

 

「待ってくれよ。俺たちゃあんたの車に乗ってきたから、ここから帰る方法なんてないぞ」

「近くに星川って駅があるみたいだから、そこから電車に乗ればいいだろ」

「どこだよそれ」

「自分の町に住んでいるのに知らないのか?」

「知らねえよ。横浜は広いから区が違うと別の町みたいなもんだぞ」

 

 食って掛かる木島君を尻目に柿原さんがスマホで帰宅ルートを調べ始めた。

 

「JRの保土ヶ谷駅まで出てるバスがあるみたいだからそれに乗る。横須賀線で大船まで行けるからそこで現地解散で」

「バスの時間は?」

「何本もあるから、来た奴に乗れば良いんじゃないかな? 皆の者、Suicaの残金は潤沢か?」

「私は足ります」

「僕も何とか」

「むしろ私が足りない。小森貸して」

「潤沢じゃないのかよ……なんで俺が」

 

 高校生達はみんな楽しそうでよろしい。

 空気を読んでみんな帰宅してくれるようだ。

 

「ラビちゃん、私はどうしたらいい?」

「後で迎えに行くから高校生組と一緒に行けばいいよ」

 

 エリちゃんが尋ねてきたので一緒に行くように促す。

 

「それなら! 私もICOCAだけど大丈夫?」

「チャージされていたら相互利用出来るから乗れるよ。金額は大丈夫?」

「裕和、ちょっと貸して」

「なんなんだよお前らは!」

 

 本当に君達何なの。

 

 そう思っていると、突然にカーターに背中を押された。

 

「お前も学生組と一緒に行くんだ」

「こっちはまだ仕事があるだろ」

「そういうのはこっちでやっておくっての。お前は1人で頑張りすぎなんだよ。もう何もするなとは言わないし、なんなら後で迎えに行ってまだ働いてもらうつもりだが、今くらいは休め」

「でもまだやることが……」

 

 食って掛かろうとすると、顔の前に1万円札を押し付けられた。

 

「それよりもあの腹ペコ高校生達をそのまま家に返すつもりか? 駅に着いたところで何か食わせてやれ」

「でも」

「デモじゃなくて休め。メールの返事が来たら作業はこっちでやってるからって押し付けろ」

 

 流石にそこまで言われてなお抵抗するつもりはない。

 1万円札を受け取って頭を下げた後に高校生達に合流する。

 

「皆さん、片倉さんからのおごりですよ。駅に着いたら何か食べましょう」

「何があるんですか?」

「地元住民である皆さんが知らないのなら、私はなお何も知りませんよ」

 

 一応宇宙船騒ぎはこれで終わりだ。

 

 まだ事件は終わってはいないが、今くらいは休憩しても良いだろう。

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