高校裏の自然公園は春先や秋の紅葉シーズンだとそれなりにハイキング客が来るのだろう。
だが、真冬の今の時期には、訪れる者はほぼいない。
地元のお年寄りが、野鳥の撮影のために、巨大なレンズと三脚の先にちょこんとカメラがくっ付いた、どれが本体なのか分からない謎の塊を担いで、ひぃひぃと歩いて行ったっきりだ。
そこまで苦労して撮影機材を運んでも撮りたい何かがあるのだろう。
「低山だから景観目当てとは思えないし、野生動物目当てかな? 珍しい何かが棲んでいるんだろうか?」
「ああ、隼だよ。どこかから流れてきて近くに住み着いたらしい。私は見たことないがね。あの人は毎週のように、ああやって大きなカメラを担いで歩き回ってる」
俺の独り言に回答してくれたのは、折戸教授……もとい折戸教諭だった。
スーツの上に、寒ささえ凌げればいいという割り切りで安物のカラフルなペラペラダウンジャケットを羽織っている。
一周回ってセンスを感じる。
落ち葉を踏みしめる靴も、作業服店で安く購入したであろう、丈夫だけが取り柄の作業靴だ。
お互いに軽く自己紹介を済ませる。
「本日はありがとうございます、折戸教授」
「今の私はただの地方の高校教師。教授呼びは止めてくれ」
「でも探求を諦めてはいなかったのでしょう。だから、監視の目が厳しい奈良や京都を避けて、関東地方の外れまで出て来た。実際、この地域に古代の遺跡なんてないとみんな思っているから割と自由に振る舞えた」
折戸教諭の眉がわずかに動く。
だが口元は固く結ばれたままだ。
「目的の場所はこちらです。少し道が悪いですが気をつけて」
俺はハイキングロードを少し外れ、藪をかき分けながら、山道を歩き始めた。
折戸教諭も無言で付いて来る。
「隼ってやっぱり撮るのは難しいんでしょうね」
無言は気まずいので、軽く雑談の話題を振ってみる。
「ああ。この山は完全に放置状態で木の枝や蔦が伸び放題。空を飛ぶ鳥は木々の隙間に一瞬見えるだけ。鳥はあんなに自由なのに、地を這う人間は自由じゃない」
「ですけど、都市開発から免れて放置されていたおかげで、横浜市内だというのに、これだけの自然が残った」
「開発されなかったのは恣意的なものを感じるがね。よほど、人を立ち入らせたくなかったんだろう。迂闊に掘るとすぐに巨大な遺跡が見つかってしまうから」
俺たちは少し歩いたところにある岩塊の前で立ち止まった。
以前に遺跡から脱出する際に使用した推定メンテ道の出口がある場所だ。
今は近くの石を積み上げ、出入り口が分からないようにカモフラージュしている。
だが、ハイキングコースの入り口からは、10分も歩けばたどり着ける場所だ。
誰かが発見するのは時間の問題だろうし、早いうちにちゃんと埋めないといけないだろう。
「ここに遺跡への隠された入り口があります」
説明すると折戸教諭が一歩踏み出した。
目を細めて割れ目の奥を覗き込む。
「タヌキのねぐらにしか見えんな。だからこそ、千年以上誰も気付かなかったんだろうが」
「知人にドローンを借りてきているので内部の構造も途中までなら見ることができますが、いかがいたしましょう?」
少しの沈黙の後に返事があった。
「頼む」
予め運び入れていたドローンを収めたケースを開く。
これをここまで運び入れるのにはなかなか骨が折れた。
その姿は先程の撮影機材を運び込んだ老人と大差がなかっただろう。
今回使用するドローンは有線で、かつタイヤ走行するタイプだ。
無線では遺跡内部にまで電波が届かないので、有線タイプでなければならない。
一見すると子供用のおもちゃのリモコンのようなドローンを、岩の隙間から遺跡内へ潜り込ませる。
操作用のノートパソコンを操作すると、ワイドタイヤを履いたドローンはモーター音を唸らせて、障害物何するものぞ、と元気よく走り出した。
ケース内に格納されているリールから、勢いよくケーブルが吐き出される。
「ケーブルの長さは?」
「400メートルのものを借りてきました。1キロのケーブルもありましたが、重さが倍になるので持ってきていません。ただ、それでも美味しいところまでは届くと思います」
さらに鳥の使い魔を喚びだして、やはり隙間から地下へと潜り込ませた。
折戸教諭は異能の力を見たにも関わらず、特に驚いた表情もなく、淡々と使い魔の動きを目で追った。
こういうところは、異世界で出会ったアンカス教授と同じだ。
あの人も専攻こそ歴史学だったが、それ以外の分野に対しても旺盛な好奇心を隠さず、貪欲に知識を求めていた。
学者というのは似るものなのだろう。
「その能力はやはり魔術かね?」
「
飛行する使い魔が走行中のドローンに追い付いた。
さすがにタイヤ移動では途中の縦穴などの立体構造には対応できないため、一部箇所は鳥の使い魔でドローンを運ぶ。
鳥の足でドローンを掴んで空中を移動させると、勢いよくケーブルが地中深くへと吸い込まれていく。
ケーブルリールから250メートルほどケーブルが伸びたところで、ドローンは地下5階のホールに達した。
ノートパソコンを操作すると、ドローンに搭載されたライトが点灯した。
天球を再現したであろうドーム状の天井に取り付けられた発光体やカビに浸食された壁画などがライトに照らされて、モニターに映し出される。
若干崩れてはいるが、まだ原型を保っている。
さすがに地下6階まではケーブルが届かないが、この遺跡の一番おいしいところである、地下5階は一通り見られるはずだ。
ホールのような空間を、少しだけタイヤ走行させる。
教諭はその映像を瞬きもせず食い入るように見つめていた。
一通り見せたいものは見せたので、使い魔に命じてドローンを引き上げさせる。
「録画した映像はSDカードに保存されています。カードは差し上げます」
「遺跡内には入れないのか? 潜れるものなら休みの日に機材を揃えて潜ってみたいが……」
「落盤が始まっているので危険です。旧校舎から繋がっていた出入り口も爆発による崩落で埋まりました。安全を確保しながら掘り進むには大規模な工事が必要ですね。それこそ数十億の大規模プロジェクトが」
「どこの世界も結局金か」
「どのみち、市街地のド真ん中にこんなものがあるとバレたら大騒ぎだから掘らせてはくれないでしょうけどね。魔術とか次元の歪みとか隠したいことが山積みでしょうし」
ケーブルをリールに巻き取り、ドローンの汚れを雑巾で拭ってケースに戻す。
ドローンは須磨さんから借りた探偵事務所の備品なので、汚れたままでは返却できない。
「私が書き置きを残して、この遺跡内で失踪すれば警察は救出のために動いてくれると思うかね? 途中でマスコミが少しでも映像を映してくれたら……」
「隠蔽工作には警察が一枚かんでいるので難しいでしょうね。もし警察が助けに来ても、あくまでも、天然洞窟で遭難していた以上の内容は報道されないかと」
「では止めておこう。娘が大学に入ったばかりで、まだまだ学費を稼がないといけないんだ」
「本当に止めてくださいね」
本当にやりかねないので念を押しておく。
好奇心を止められず、単独で遺跡に潜ったところ、崩落で脱出不可になり、遺跡と共に心中という最悪の未来もありうる。
そんな事態が起これば、案内をした俺に責任などないとは決して言えない。
「君は……何故、今更こんなものを私に見せる?」
「ここまでは状況説明です。御存知の通り、学校の地下には古代の遺跡が存在しています。それも決して表には公開できない裏の歴史とでも言うものが」
「奈良から逃げるように関東まで来たというのに、また古代遺跡に巡り会うことになるとは」
「縁があるってことなんでしょうね。多分、一生つきまとってくるやつです」
「運命なんだろうな。シュリーマンみたいに好き放題できる金と権力があればどれだけ良かったことか」
本当に人生はどこで何が繋がっているか分からない。
良いも悪いも含めて縁か。
では本題に入ろう。
「私は見ての通り魔術的な能力を持っています。この高校の生徒にもつい最近魔術的な能力に覚醒した能力者が存在しています」
「うちの高校の生徒に!? 校長含む教師連中の中には腹に一物抱えた連中がいるのには気付いていたが」
折戸教諭の驚きの表情は演技には見えない。
これが演技ならば、高校教師なんて辞めて助演男優賞を狙っていった方が良いと思う。
「問題はその能力が、本人は望んでいないのに、この遺跡から発掘された物によって強制的に与えられたものということです」
「だからと言って、私に何を求める? 魔術的な物なんぞ、ただの高校教師には全く分からんぞ」
「他の遺跡の所在地について」
以前に潜って撮影した奈良の遺跡の写真をスマホに表示させた。
画像ビューワーで表示させたフォルダ内には千枚近い枚数の遺跡の写真が保存されている。
ホモサピエンスとは異なる亜人種。
遺跡を護るショゴス。
明らかに地球外生命体である『いにしえのもの』
そいつを封じた謎の黄金の金属剣……本当に神武天皇が使った武器ならば
「あなたが著書で記した奈良の遺跡は、古代日本人が制圧した異世界人のものでした」
「まさか……あの遺跡を掘ったのか?」
「掘りました。もちろんあらゆる関係者には内密に」
「他に写真があるのなら見せてほしい。結局あの遺跡は何だったのか……我々のチームに何を見せたくなかったのか」
悪意はなさそうなのでスマホごと渡す。
「1500年前の状態で、盗掘などはないようでした。土蜘蛛一族と呼ばれた……旧支配者と、古代人との戦いの跡が各所に残っていました」
「そのようだ……これが誰にも知られず、朽ちて消えてしまうのは無念でしかない」
「この写真データも複製できますが、いかがいたしましょう?」
「いや、不要だ。こんなものがあっても、未練が増すだけだ」
教諭はそう言いながらも食い入るようにスマホの画面を見ている。
俺にはただの失敗写真にしか見えないものも、何か貴重な情報だったりするのだろう。
一見すると価値のないものでも、別の誰かにはそれが宝というのはよくあることだ。
「写真に一部損壊した赤い宝石のようなものがありますが、それが魔術的な能力を与える祭具です」
「話の流れだと、宝石は人間に力を与えるだけではなく、消すこともできるのだね」
「ご認識の通りです。オリジナルのままだと人類には扱いきれないので、一度エネルギーだけを別の媒体に移して使用しますが」
「なるほど」
独り言を呟きながら写真を次々とチェックしては「ほう」と声を出す折戸教諭からのリアクションを待つ。
「奈良の赤い宝石は破損済み。横浜の遺跡は既に力が残っていません。なので、能力を消すためにはエネルギーが残った状態の赤い宝石が必要なのです」
「何故能力を消す必要が?」
当然のように教諭が言った。
「超常的な能力が手に入ることに何の問題が?」
どうやら折戸教諭は能力の消去には否定的のようだ。
その考えも分からなくもない。
召喚能力は暴走の可能性もあるが、うまく使えば魔法のように様々なことができる。
現代社会でどれだけ使い道があるかは別の話としてだ。
「現代では……いえ、古代でもその能力は異質です。だからこそ古代人も、自ら能力の獲得を目指すでもなく、協調するでもなく、旧支配者を滅ぼしにかかった」
「それは過去の話だ。成熟され、多様性も考慮されるようになった現代ならば受け入れられる可能性は十分にあるはずだ」
「人間はそこまで進歩していません。受け入れられる前に排除されるでしょう。それこそあなたが警察に研究を止められたように」
折戸教諭はまたも無言になった。
研究を政府筋……警察に止められた件は余程のトラウマだったのだろう。
「すみません、言い過ぎました」
「いやいい。私が短慮だった。確かに、急に能力者にされた当事者はたまったもんじゃないだろう。もし娘が能力者にされたと考えると君の気持ちも分かる」
「ありがとうございます。私たちは能力を消すために赤い宝石が必要なので、それらが残っていそうな古代遺跡を探しています。その遺跡を発掘するために折戸教諭の知識が必要なのです」
ようやく話が振り出しに戻ってきた。
赤い宝石が残っている未盗掘、未発見の遺跡なんてものを探し出すには識者の知識は絶対に必要だ。
そのためには折戸教諭に協力していただくしかない。
「実地調査もしていない。古文書を解読したわけではない。あくまでも私の経験から来る推論の域を出ていない話でも良ければ」
「お願いします」
今は赤い宝石についての手がかりがほしい。
神父に能力を与えられた犠牲者全員を助けるにはそれしかないのだ。
「旧支配者だったか? 私がムー大陸人に喩えたその勢力は、最初に九州に上陸。そこから太平洋を移動しては適当なところに上陸し、境界……
「はい、それは先生の著書にもありました」
「ならば、ここと同じ条件の場所。房総や伊豆には同じような場所があるだろう……と言いたいところだが、どちらも隅々まで開発が入っている。そんな遺跡があったとしても、とっくに発見されているはずだ」
「なので、ここと同じような場所があれば」
「この遺跡が健在なのは、遺跡を見て見ぬ振りして、その上に学校を建てるという、恣意的な運用を行った結果に過ぎない。同じような隠蔽工作をされているならば、外部からは調べようがない」
話はもっともだ。
俺たちがたまたまこの町に来たタイミングで神父達が事件を起こしていなければ誰にも気付かれないままだった可能性は高い。
実際、この手の事件の調査をしている探偵ですら、大胡が起こした殺傷事件について知るのが限界だった。
この学校の地下に、遺跡があることに気付けていなかった。
「なので発想を変える。未発見、未盗掘の遺跡なんてそう簡単には見つかるわけがないので、既に発見済みではあるが、誰も手を出せずに放置されている……そんな場所を狙っていく」
「たとえば誰かの私有地……などですか?」
「その場合は土地所有者が調べるはずだ。なので、本当に手を出せない場所を調べたい」
随分ともったいぶるな。
ただ、言いたいことは分かった。
政府筋や教団ですら手が届かない……簡単には行けない場所だ。
「横須賀の米軍基地……ではないですね。それなら米軍が気付いているはずだし、戦前はまだ日本軍の基地なので手を出していない訳がない」
発想を変えよう。
見えているのに行けない場所だ。
「高い山の上、もしくは海の中」
そこで気付いた。
著書では古代人はムー大陸からやってきたという珍説が唱えられていた。
ムー大陸は海に沈んだという伝説がある。つまり、遺跡も海の中というわけだ。
「海底遺跡……ですか? でも、海の中を総当たりなんて、なおさら無理です」
「総当たりではなく、既に開発された場所を狙う。東京湾の
東京湾の海堡というと、明治から大正にかけて建設された砲台施設を備える人工島のことだ。
今も残っている第二海堡はたまに観光ツアーが開催されており、俺も以前に抽選に申し込んだことがある。
もちろん外れたので、仕方なく近くにある猿島の砲台跡を見て行って、それで終わりだ。
「でも海堡はあくまで軍事要塞であって遺跡と関係ないのでは……」
「私は何の根拠もなくムー大陸がどうのと唱えたわけではないよ。きちんと日本各地に残る海底に沈んだ遺跡についての伝承を調べた上での話だ。鎌倉時代から、その遺跡の存在は知られてはいたが、調査には膨大な費用と労力がかかるので誰も手を出せずにいた。私がフィールドワークで突き止めた」
折戸教諭が拳を握りしめた。
今の話で、矢上君が、教諭は休日になると山を歩いていると言っていたのを思い出した。
遺跡発掘と研究の夢が忘れられず、近くにある鎌倉時代の遺構を調査していたのだろう。
「その問題を軍事用という建前で国の予算を使って解決した連中がいると」
俺の質問に折戸教諭は頷いた。
以前の調査で、神父と東知事は横須賀関連の軍事施設の開発に協力していたという情報があった。
神父が海底遺跡の存在を知り、当時の日本政府が考えていた要塞建設の計画に自分たちの計画を混ぜ込んだと考えると、話は自然に繋がる。
「有名な第二海堡ではないだろう。そこならば今も船さえ出せば行けるのだから。なので、遺跡に繋がっているとすると……おそらく第三海堡だ」
「第三海堡なんてあるんですか?」
第三海堡をスマホで調べてみると、明治時代に建設が開始された人工島の情報が出て来た。
大正時代、完成した2年後に関東大震災の影響で海の底に沈んでしまったと出て来た。
条件としては完全に合っている。
海底遺跡を調査、利用するために人工島を作ったものの、地震によって人工島も計画も水の泡と消えた。
第三海堡の残骸の一部は日産追浜工場近くの公園に移設されており、現在も見られるらしいということも分かった。
「今の所、私が出せる情報はそれだけだ。実際、どうやって海底遺跡なんて調査すればいいのかという問題は残る。船を出してダイバーを潜らせたところでどうにもならないだろう。だが君の先程の能力――」
「――私の使い魔ならば海底遺跡内に侵入できる……」
もちろん海底遺跡なんて存在しない可能性もある。
第三海堡が健在な大正時代には既に遺跡は調査済みで、現在は何も残っていない可能性もあり得る。
それでも現状は何の手がかりもないのだからやれることは一通りやってみたい。
あてもなく彷徨うよりは目標ができただけありがたいと前向きに考えよう。
「何か役に立ったかね」
「もちろんです。ありがとうございます」
「私の方でも他に遺跡がありそうな場所については調べてみよう。もちろん海底だけではない。高い山にも何か未発見の遺跡がある可能性はある」
折戸教諭と握手して解散となった。
古代遺跡についての有識者の協力を取り付けられたのは大きい。
海底遺跡の方は、あまり過度の期待はせずに、地道に調べていくことにしよう。