地下遺跡の探索に使用したドローンを須磨さんに返却した。
高校に戻った時には既に昼前になっていた。
これから海底遺跡について入手した情報の精査と、調査のための計画を練らないといけない。
教団本部への家宅捜索に参加したり、高校生組に待ち受けるラスボス「学年末テスト」のサポートが残っていたりと色々と予定が山積みだ。
だが、その前に片付けておかないといけない問題……相手がいる。
2年1組の教室前で午前の授業が終わるのを出待ちする。
授業終わりのチャイムが鳴り響くと、
「数寄屋さん、いかがですか? 食事でもしながらゆっくりと説明でも?」
「そうね……色々と説明してもらいたいのはあるかも。それともう1人にも」
数寄屋さんの後ろから暗い顔をした
「皆さん、お食事は?」
「購買に行こうと思ってたんだけど。あんたは?」
「わ……私は……」
曽我さんが若干どもりながら言った。
これは特に用意していないという解釈で良さそうだ。
「では、学校を出てすぐのところのファミレスにでも行きましょうか」
「ってまだ午後の授業があるのに出て大丈夫?」
「学校がこんな状態なんですよ。昼休みに抜け出したところで、それにやいやい言う教師はいませんよ」
学校側は、先日からずっと続いている異臭やボヤ騒ぎの対応でてんてこ舞いになっている。
昨日は能力者から能力を消すという建前で数人を病院へ連れて行ったのだが、それは表向きには、再度発生した異臭騒ぎによる健康被害ということになっている。
教団側が面白い嘘を用意してくれたので、それに乗っかった方がメリットがあるからだ。
その異臭騒ぎの重要参考人である教師、
もちろん、トイレで混ぜたら危険な薬剤を混ぜたくらいでは、校舎全体に拡散するほど大量のガスは発生しない。
刑事罰に問うのは難しいので、本日中には解放されるだろう。
だが、刑事罰がないからと言って、学校関係者と生徒を散々振り回したのに、無罪放免が通るかというと否である。
校長や教頭などはPTAや県の教育委員会など各所への説明のために走り回っているらしい。
さすがに、学年末テストの前という状況だけに、授業だけはきちんと行われているが、それだけだ。
午前中に授業がなかった折戸教諭が学校裏の自然公園で仕事をサボって趣味の活動をしていたとしても、気付けない、構っていられないというくらいだ。
生徒が昼休みに抜け出して、コンビニや弁当を買いに行ったとしても、咎められる人員がいない。
「それは分かるけど、私はそこまでお金が……」
「私のオゴリで」
「じゃあゴチになります! あんたもそれでいいよね」
「は、はい……」
では決まりだ。
大の大人が、女子高生2人を伴ってファミレスへ向かうのは限りなくアウトに近いという説もあるが、気にしたら負けだ。
チラリと教室の中を覗くと小森くんと木島君が弁当を片手に、何をやってるんだという顔でこちらを見ていた。
だが、指で合図をすると空気を読んでくれたようで、スルーしてくれた。
「では行きましょうか。近いとはいえ、店から学校までの往復で時間を食われたら昼休みが終わってしまいますよ」
◆ ◆ ◆
ファミレスの窓際席に着くと同時に手早くメニューを注文。
飲み物はドリンクバーでのセルフサービスだ。
それぞれ飲み物を注いだ後、席に着いた。
料理の方も、さすが昼時のチェーン店だ。
回転率を少しでも上げるためか、売れ筋メニューは事前に作り置きでもしていたのかと思えるスピードで料理が運ばれてくる。
CMでもやっていたクリームパスタを頼んでみたが、見た目も味もなかなか良い感じだ。
数寄屋さんは野菜たっぷりのサラダっぽいパスタ。
曽我さんはトマトソースパスタ。
注文したメニューでなんとなく性格の違いみたいなものも見られて面白い。
「それで……
どう話を切り出そうかと思っていたところ、先に数寄屋さんから質問が飛んできた。
全てを正直に話しても良いのだが、事情を知らない数寄屋さんには完全な真実よりも、当人が理解しやすいような形でアレンジした情報を伝えたほうが良いだろう。
「簡単に説明しますと、この世界には現代の科学では説明できない技術……魔術が存在します」
「魔術? 魔法ってこと? ゲームとか?」
「そのようなものです。昨日起こっていた奇妙な現象もその魔術的なものです」
「そう……じゃあこいつが出していたなんか変なクラゲみたいなやつも魔術?」
数寄屋さんにフォークを向けられた曽我さんは、肩をすくめて背筋を丸めた。
「彼女は犠牲者です。あのような魔術で喚び出された化け物……使い魔を人間に寄生させる犯罪者がおり、その能力に操られていました。ですが、昨日のうちに彼女からその化け物を追い払いましたので全て元通りです」
「違う!」
ここで曽我さんが口を開いた。
「それは違う。私の意思で操っていた使い魔で、私が操られていたわけじゃ――」
「――昨日の状態がまともな精神状態だったと言えますか? あなたはクラゲを制御することができず、結果として暴走していましたよね」
「それは……」
曽我さんがまたも口ごもった。
ここは悪いようにはしないから任せてほしいところだ。
そう思っていると、曽我さんが一度水を飲み、目を閉じて大きく深呼吸をして、目を開いた。
何かを決意した……そんな表情だ。
先程までのおどおどしていた態度は消えていた。
「あれは私の意思で動かしていた使い魔……数寄屋さん、あなたが憎かったから、私の命令で襲わせた」
「私が? なんで? 憎いってどういうこと? 意味不明なんですけど」
数寄屋さんが狐につままれたような顔で曽我さんの方を見た。
まるで身に覚えがないといった雰囲気だ。
「私ってあんなに恨まれるようなことなんてした?」
「自覚ないの? 品田さんが死んだ責任を私1人に押し付けようとしたでしょ!」
「してないわよ! だってあれは誰も悪くないでしょ!」
「嘘つき! 私だけが悪いみたいにみんなに言っていじめ始めたのに」
「……ねぇ、もしかして、あんた、私がいじめたって思ってたの? ただちょっと話しかけたり、冗談を言ったりしただけでしょ?」
「冗談って、あんたが言ってるだけじゃん!」
曽我さんがついに爆発した。
今まで溜め込んでいた感情がここにきてようやく解放されたのだろう。
「みんなの前で、私だけを責め立てて、自分は関係ないみたいな顔して……それで満足だった、数寄屋さんは?」
「……そんなの、あんたが黙ってるからでしょ。嫌なら嫌って言えばよかったじゃん」
「言えるわけないでしょ! 言ってもあんたは私の話なんて聞かないでしょ! 何でも勝手に決め付けて!」
曽我さんの声が、一瞬だけファミレスの空気を揺らした。
数寄屋さんは唇を噛んだまま言葉を探しているようだった。
「私はさ、みんなと普通にしてただけ。いじめとか、そんなつもりなかったんだよ、本当に」
「ここに来てようやく品田さんの気持ちが分かった。私と同じだったんだって。誰でも良かったんだよね」
数寄屋さんが目を白黒させる。
まさか曽我さんがそこまで思いつめているとは思いもよらなかったのだろう。
というか、俺が思っていたよりも酷かった。
具体的に結依さんに何をやっていたのかは当事者のようなものである俺も知らない。
ただ、結依さんの自殺の責任を全部曽我さんに押し付けて言葉責めをしたとか、それはキレられても仕方ない。
そして2人とも結依さんを恐れていた理由が分かった。
自分たちの行為が原因で結依さんが自殺したという罪悪感が心の底にわだかまっていた。
そこに幽霊というか、生まれ変わりというか、俺が姿を現したので、怨みを晴らすべく化けて出たと思い込んでパニックになったと。
何より哀れなのは当事者である結依さんが無反応だということだ。
かつて、自宅を少し見ただけであれだけ取り乱した結依さんが、今回の件に関しては無反応だ。
この2人のことは、もうどうでもいいのだろう。
「責任がないわけじゃない。数寄屋さんはずっといじめの中心にいたんだから……みんなを煽って!」
「私が悪いってこと?」
「私からも一言良いでしょうか?」
今のままだと話は平行線だ。
一応関係者として噛ませてもらおう。
2人の視線が、同時に俺に向いた。
「今ここで言い争っても、すぐに結論は出ないと思います。数寄屋さんに悪気はなかった。でも、数寄屋さんの言動で曽我さんも……品田さんも深く傷ついた。それは間違いなく事実です」
数寄屋さんが何か言いかけたが、軽く手を挙げて制した。
これだけ拗れると短時間で解決までに持って行くのは無理だ。
なので、ここで諭すべきは、2人をいかに話し合いで解決できる流れに持って行くかだ。
単純にメリット、デメリットの説明だ。
「少し話を変えます。昨日のクラゲの件についてです。曽我さんは自分の意思で操っていると思っていたようですが、実際には暴走状態で逆に使い魔の攻撃的な意思に操られていました」
「なんで加古川さんにそんなことが分かるの?」
ただ、説得力を持たせるために少しだけ声のトーンを落とした。
感情を出さないように淡々と喋る。
「私は学生ではありません。先日から発生している魔術的な事件を解決するため、生徒のふりをして学校に忍び込んだエージェントです」
エージェントはさすがに嘘だが、事件解決のため、学校内に潜入したことは事実だ。
概ね嘘はついていない。
「事件解決の過程で、曽我さんのクラゲと同じように暴走した使い魔を何度か倒したことがあります」
「生徒じゃない?」
「はい。学生ではありません。でも、誰も気付かなかったでしょう。これが能力の一部です」
実際、結依さんに間違えられることはあったが、学生ではないということは今まで気付かれなかった。
なので、潜入に失敗しているわけではない。
セーフだ。
「暴走状態の使い魔は召喚者の意識や意思、判断力を奪って無差別に暴れる存在です。さて、その状態で悪いのは誰ですか?」
「……そりゃクラゲでしょう。人を無理矢理操ってるんだし」
「その通り。悪いのは使い魔と、そんな迷惑な力を与えた奴です」
ここは断言しておく。
実際、使い魔召喚なんて妙な能力さえなければ凶悪な事件を起こすこともなかったのだから。
「ただ、曽我さんの話では、クラゲを操っていたのは自分だとおっしゃっています」
「それは私が言ったとおりでしょ」
「その通りです。実際に言葉にしないと伝わらないんです。今回曽我さんが使った手段はクラゲでした。それが人によっては拳だったり、言葉だったり、あるいは他の誰かと組んで集団でからかったり嫌がらせを続ける行為だったりします」
2人は俯いて黙った。
「話を戻します。これは数寄屋さんにも当てはまります。自分では軽い冗談のつもりでも、それで実際に傷つく人はいるってことです」
「つまり、私が悪いって言いたいの?」
「自分が何もしていないつもりでも、攻撃を受けたと感じる人はいますし、相手によっては反撃してきます。実際、今回は曽我さんに、たまたま変な怪物が取り付いていたので手痛いしっぺ返しを受けました」
手元でフォークをクルクルと回転させた後にパスタの具であるブロッコリーを串刺しにする。
あまり行儀はよろしくないが、意図したことは伝わると思う。
「これは曽我さんも同じです。クラゲを使って軽く痛めつけるつもりだったのかもしれませんが、あれは強すぎました。一歩間違えれば、学校中の生徒を殺害することも可能だったでしょう。曽我さんが本当にやりたかったことは殺人ですか?」
「違う……私はそこまで思っていなかった」
フォークで串刺しにしたブロッコリーを口の中に投げ込む。
「これから社会に出たら、色々な人に出会います。見知らぬ相手だったり、仕事仲間だったり、客だったり、はたまた愛する人だったりするかもしれません。そんな人についうっかりやりすぎな手段で攻撃をしてしまったとしたらどうします?」
「一体どうすれば?」
「自分の行動が他人からどう見られているかを少しだけ考えてください。あまり深く悩まなくて良いです。それこそ寝る前の5分で、その日の出来事を思い返すとか」
「それで、もし自分が間違っていた時は?」
「自分が悪いと思ったら素直に謝る。相手が悪いと思ったら解決できそうな他人に頼って仲裁してもらう。それだけです。どうせ生きるならば、他人に恨まれるよりも、お互いハッピーに生きたほうが得だし楽しいじゃないですか」
一度ここで言葉を切る。
カウンセラーでもないし、今週末にはここを去る俺にできることは以上だ。
「曽我さんの方からはまだ何かあります?」
「放課後に数寄屋さんとちゃんと話をしたい。ケンカはなしの方向で」
「やりすぎないように。それでいて言いたいことを全部言うってことで」
曽我さんと数寄屋さんがお互いの目を見て言った。
この後、2人の関係はどうなるのか、俺には分からない。
仲直りするのか、それとも拗れるのか。
ただ、お互い少しだけ歩み寄れたとは思う。
これから本音で語れば、少しくらいは人間関係がマシになると信じたい。
結依さんもこれで満足ですかね?
《ドリンクバーでコーラとメロンソーダを混ぜるべき》
はい。
「では、早く食べて学校に戻りましょう。昼休みが終わりますよ」
「そのことなんだけど……加古川さんは部外者なんだよね」
「そうですけど何か?」
「大丈夫なの? また学校の中に入ってくるって。それともまだ未解決事件が?」
数寄屋さんが身体を震わせた。
また、昨日のクラゲが引き起こしたような怪現象が起こることを恐れているのだろう。
「今は最後の仕上げにかかっています。逆に私の姿が学校から消えたらもう安全だと思ってください」
「加古川さんが消えたら?」
「加古川さんはもう帰ってこないの?」
今度は曽我さんから尋ねられた。
「残念ながら私はどこに行っても異物……通りすがりの魔女です。用事が済めばそのまま旅立ちます」
「そうなの? せっかく友達になれると思ったのに」
「そう言っていただけると嬉しいです。ただ、今生の別れということはありません。文化祭には顔を出そうと思いますのでその際にはよろしくお願いします」
◆ ◆ ◆
「あと、この学校で残された課題は来週からの試験対策か。それが終われば、この高校ともおさらばだ」
無人の新聞部の部室でひたすら試験対策のレジュメを作成していく。
できれば側について教えてあげたかったが、さすがに状況が許さない。
俺が会社に提出した休日の期間は一週間だ。
教団と議員を潰して海底遺跡を掘るとなるとギリギリだ。
もう学校に滞在していられる時間がない。
試験対策の勉強に役立つ資料は残していくので、あとは自主学習でなんとかしてもらいたい。
さすがに、もう事件に追われる日々はないので、あとは試験に専念できるだろう。
短い間だったが、この学校でも色々なことがあった。
校長室に潜り込んだり、結依さんの幽霊だと間違われたり、こうやって試験勉強の資料を作成したり……。
「うん? なんか思っていた学校生活と違う気がするな」
俺は別に高校生に混じって高校生活をやりたかったわけではない。
ただ情報収集と戦闘のサポートのためだけに、この学校に忍び込んだのだから、高校生活とは何かが違うのは当然の話だ。
あくまでも異物として入り込んだだけなので、その異物が出ていく。
ただそれだけの話。
なのに、この寂しさは何だと言うのだろうか……。
少し考えて、ようやく寂しさの理由が分かった。
「そうか……結依さんは今日でこの懐かしい学校とお別れなのか」
記憶の大半が破損した結依さんには、この学校の思い出はほとんど残っていない。
俺にとっては全く知らない学校に過ぎない。
なのに、朧気ながら懐かしさのようなものが感じられるのは、魂のどこかに学校の記憶と……学校生活への未練が残っているのだろう。
ただ、それは俺にはどうしようもない。
決して解決できない問題だ。
俺の中にいる結依さんは既に終わってしまった過去の残滓……残骸に過ぎない。
所詮は別人の俺では結依さんの代わりの人生は生きられないし、そんなことをやる意味はないと思っている。
だからこそ、まだ人生が続いている、この学校の生徒には、結依さんには叶えられなかった学校生活を満喫してほしいと思っている。
可能な限り犠牲者が出ないよう……取りこぼしがないように全員を救うための努力は精一杯してきたつもりだ。
この学校にいた能力者も全員助けられた。
木島君や大城戸可奈のような教団に協力した生徒も退学にならないように動くこともできた。
数寄屋さんや曽我さんに起こっていた問題も何とか解決の目処が見えるところまでは行けた。
一通り資料の作成を終えたので、部室を出てのんびりと校舎の中を歩いて散策することにする。
さすがに、まだ午後の授業が行われている最中なので校舎の中は誰も歩いていない。
人の声は聞こえるが、誰もいない……そんな奇妙な感覚を覚えながら、各教室や特殊教室を見て回っていく。
「次に別の学校に忍び込む機会があれば、教職員とか、清掃員とか、その辺りに忍び込んで身分証をゲットした方が動きやすそうだな。まあ、そんな機会は流石にないだろうけど」
最後に中庭、運動場を抜けて校門に出て、振り返り深く一礼をする。
校門の前には和泉さんが待っていた。
「お疲れ様です。今の状況は?」
「捜査令状が発付されたようですので、本日17時から警察が教団事務所へ家宅捜索を行います」
「能力者が立ちはだかった際に普通の警察だと対処できない……そういうことですね」
「そういうことです。私が露払いをする予定ですが、協力していただけると助かります」
もちろん断る理由などない。
このまま教団事務所を落としてしまえば、残る敵は議員だけになる。
神父が残したメッセージ「200スタディオン」やメダルの謎も解けるかもしれない。
腕時計で時間を確認すると15時30分だった。
教団事務所に移動して襲撃準備を整えるには十分だ。
「では行きましょう。全てを終わらせるために」