収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 4 「カトレア」

 煙突の煙を頼りに探すと大豆油の加工店はすぐに見つかった。

 

 交渉することで大豆油の絞り滓を少量分けてもらうことには成功した。

 

 大豆油には圧搾式と成分のみを抽出する溶媒抽出式の二種類の方法があったはずだが、この世界で利用されているのは圧搾式。

 

 人力の機械で押し潰して搾り取る形式だと、絞り粕にもまだそれなりの油が含まれている。

 

 乾燥のために何日も放置されたものは油が回りすぎている上に酸化していて、とても人間の食用には耐えられない味だが、油を搾った当日中のものならば十分食用として加工できそうだ。

 

「まずは寮の厨房で試作だな。その上で豆おばちゃんと芋おばちゃんの感想を貰って明後日には出したいところだ」

 

 ショートカットのために路地裏へ入って階段を少し降りたところで、背後の階段の上の方から突然に大きな声が聞こえてきた。

 

「エクセル・ワード・パワーポイント!」

 

 何だろう? 新作PCの販売でもしているのだろうか?

 

「365契約中なので失礼する」と無視して階段を降りきり、その先に続いている緩い下り坂を進もうとしたところ、再度エクセルがどうのと声が聞こえてきた。

 

 声のする方を振り返ると、先程校内で散々敵意を向けてきた金髪女こと副会長が真後ろに立っていた。

 ぜいぜいと肩で息をしていることから、全力で走ってきたことは分かる。

 

「何のご用ですか?」

「貴様は誰だ?」

 

 そう言うと副会長は腰に差していたサーベルを抜きはなった。

 

 魔法学校の生徒。しかも生徒会副会長を名乗るくせにいきなり抜刀とは。

 

 思っている以上にストレートな暴力に訴えてくる。

 しかも、いきなり「貴様」呼ばわりとか。

 

 町中での突然の刃傷沙汰と併せてら全く穏やかではない。

 

「あれから生徒会で手に入る名簿を全て調べてみたが、学内にはエクセルという名の生徒は在籍していないと分かった」

 

 なるほど、さすが謎生徒会だけあって、それなりの権力も能力も兼ね備えているというわけか。

 

 まあ、さもありなんである。

 エクセル・ワード・パワーポイントとかいう、雑な名前の人物が実在している方が驚きだ。

 

「もう一度訊ねる。貴様は何者だ?」

 

 面倒なことになってしまった。

 

 このままエクセルを名乗る偽生徒が学校内をウロウロしていることが知られると、調査が面倒になる。

 

「確認したいのですが、ここへはあなた1人で来られたのですか?」

「私1人だ。大人しく事情を話して、それが重犯罪でないと分かれば、私の判断で見逃してやらんこともない。だが、もし貴様が――」

「いや、ちょっと待って」

 

 両手を前に出して副会長の口上を制止する。

 

「なんでそんな独断を? あなたは副会長なんでしょう。誰か人を使うなり、関係各所と連絡を取るなどして対処した方が良いのでは?」

「そんなことをして事態が重大化すれば、もし貴様が重犯罪者ではなくただ学園生活に憧れるだけの一般人だった場合に見逃すことが出来なくなるだろう」

「待って、ならもし私があなたを簡単に返り討ち出来るくらい強かったらどうするつもりなのですか?」

「言っておくが抵抗しても無駄だ。私は王国の近衛兵に匹敵するほどの剣技と魔術を習得している。ただの一生徒が抵抗したところで、取り押さえるのは余裕だ」

 

 なるほど、事態は把握できた。

 この子はアホの子だ。

 

 ポンコツ副会長はアホの子ではあるが、もし相手に情状酌量の余地がある場合には個人的に見逃すという優しさと清濁併せ呑む寛容さも備えている。

 

 だが、その優しい性格が通じない相手に遭遇した場合には酷い事件の被害者になる可能性も高いということである。

 

 本当に「魔術学校の闇」が実在するのならば、この滞在期間5日の間に、アイリスだけではなく、この副会長を守るためにも闇の調査は進めておいて、出来れば解決させた方が良さそうだ。

 

「さあ構えろ。お前の特技は何だ? 魔術か? それとも剣技か? それとも卑しい暗殺術でも使うのか?」

 

 なんだこいつは?

 

 副会長の特技は人を爆笑させてその隙に攻撃する技か何かなのか?

 全てのセリフが笑わせにかかっているとしか思えない。

 

 なんて恐ろしいやつだと帽子を脱いで額の汗を拭う。

 

「ならば、これを見てもらいましょう」

 

 制服のポケットから書類……例の退学通知書を取り出して副会長に見せる。

 こちらの最大の特技であるハッタリの威力を是非とも体感してもらいたい。

 

「学籍がないのは当然でしょう。私は学校側に学籍を抹消された立場です」

 

 書類を見せた途端、副会長が口をポカンと開けて目を見張ったアホみたいな表情で固まった。

 

「あの……読ませていただいても?」

「どうぞ」

 

 急に丁寧口調になってかしこまる副会長に手紙を差し出すと「そんなバカな」と何度も呟きながら書類を読み始めた。

 

 隅から隅までに目を通し、更には書類を透かして紙の確認まで始めた。

 

「本物の学校の公式文章だ。学長のサインやエンボスも見覚えがあるものだし、使われている紙も公式文章用の余所で手に入らないもの。これを偽造するには並大抵のことでは出来ないはずだ」

 

 副会長はそう言うと書類を返してきた。

 

 サインやエンボス付きの書類はそれっぽい小道具程度にしか思っていなかったが、相当高レベルの偽造品のようだ。

 やるじゃないかゲームの運営。

 

 いや、全然出来てない。

 

 そもそも人を間違える時点で論外だし、それだけ偽造技術だけは高レベルなのに何故名前欄にエクセル・ワード・パワーポイントとかいうお遊び要素をそのまま残してしまうのか?

 何故日本語で「テスト文章です」の文字を残したのか?

 

「だが、学籍抹消など今まで聞いたことがない。貴様……いや、あなたは何をやらかしたんだ?」

「学校の闇……私はそれを知ってしまった。そして、突然学籍を奪われてしまった」

「闇……まさか殿下と第三王子……会長のことか!?」

 

 適当に何も考えず適当に意味深な話をしただけなのだが、何故か副会長の方から「それって表に出して大丈夫な情報ですか?」という話を出して来た。

 

 あの金髪のあざといイケメン会長が第三王子だったのか。

 

 そして、浪費癖のある「殿下」と第三王子とは別人だということも分かる。

 

 第三王子がいるのならば、必然的に第一王子と第二王子もいること。

「殿下」はそのどちらかを指しているということも分かる。

 

 そしてわざわざ両方を呼んだということは、この2人が何かしらの対立をしているということも分かる。

 

 第三王子がその他との間で王位継承権争いでもしているのだろうか?

 

 情報収集には役立つのだが、アホの子過ぎて心配になってくる。

 こんなポンコツが味方にいたら泣くぞ。

 

 少し顔がひきつりそうになるが、なるべく平然を装って話を続ける。

 

「他にもおかしなことはあります。修復されない学校の設備、減らされていく学食の予算。そして……」

「生徒会の予算も削られている。なので、会長や私の個人資産から捻出している状態だ」

 

 思っているより酷い状況だった。

 

 個人の資産を出し始めたら組織としてはもうアウトである。

 

「研究の資金も削られているのではないですか? 一部を除いて」

「確かに! 他の教授は授業中も文句が増えているのに学長派のダウマン教授などは新しい機材をどんどん購入している。まだ使える機材もすぐに廃棄して買い換えるお大尽っぷりだ」

 

 なるほど、ゴミ捨て場に捨てられていたあの粗大ゴミはそこに繋がるのか。

 

 適当な思い付きを投げると、副会長が勝手に補足してくれるので、どんどんと話が繋がっていく。

 

 こうやって延々と聞いたことになんでも教えてくれるAI副会頭に話を聞いているだけで全ての謎が解けたりしないだろうか?

 そうすれば、あとは黒幕を叩き潰して勝ちである。

 

「もっと大きな陰謀に繋がるかもしれません。学校側に籍が残っていないのはそういうことですね。余程、私が存在していると都合の悪い何かがあるのでしょう」

 

 実は学籍がないのは元からで、退学と学籍抹消というのはゲームの運営の手違いから始まったつじつま合わせのただの設定です。

 などと今更言える雰囲気ではない。

 

 とりあえず夕飯はどうするかなと考えながら空の方を見る。

 

「まさか、お前はその学校側と戦うつもりなのか? 学籍を奪われ、全てを持たない今の状況から」

 

 それについては確かにその通りだ。

 肯定の意味で頷く。

 

「学校は強力だぞ。魔法学校は有力貴族どころか王族からの支援も受けている、国内でも上から数えた方が早い権力を持つ組織だ。それを王族でも有力貴族でもないお前がたった1人で?」

「1人じゃありません。何故ならばあなたが私の仲間になるからだ」

「私が?」

 

 様々な情報を持っている上に生徒会副会長というポジション。

 

 アホの子ではあるが正義感は強く、根は悪い子ではなさそうだ。

 逆に可愛く思えてきた。

 

 ここで突き放すと、どこで何の情報を流出するか分かったものではない。

 目の見える範囲内で監視しておきたい。

 

「少し会話をして分かった。あなたは基本的に善人だ。たとえ自分が不利な状況になるとしても、見ず知らずの他人が救えるならば良いと思っている。そして、今の学校の運営体制にも疑問を抱いている」

「私はそこまで立派な人間ではない。ただ会長と同じところに立ちたいと思っているだけで……」

「あなたは会長の手助けになりたいと思っているのでしょう」

「確かにその通りだ。私は会長のためならば全てを投げ出しても良いと思っている」

「そして、私が言うところの『闇』は会長の行く手を阻む壁になる。排除せねばならないということも気付いている」

 

 副会長に手を差し出した。

 

「協力するなら握手を」

 

 副会長は躊躇いなく握手をしてきた。

 

「私はカトレア・ソレイユだ。君のその自信と洞察力に賭けよう」

 

 どうやら副会長……カトレアが協力者になってくれるようだ。

 

 もし、これで「そんな話は知らん。お前は敵だ」と向かってきたら、5日くらい病院のベッドから出られないくらいに叩きのめして再起不能(リタイア)してもらうところだった。

 助かった。

 

「だが、権力に対してどう立ち向かうつもりだ? さすがに何の展望もないというわけではないのだろう」

「なので、まずは崩しやすいところから崩します」

「どういうことだ?」

「ダウマン教授。学長と繋がりが大きく、実験用の機材を購入するほど予算に余裕があるというなら、何か不正な取引の証拠がある可能性は高い」

「なるほど」

 

 ダウマン教授が容易な相手で、何か予算使い込みについての真相に近いという根拠など何一つない。

 

 だが、情報が一切ない「殿下と第三王子」とかいうよく分からないワードよりは切り崩せそうな雰囲気がある。

 

「それでも相手は魔法学校の教授だぞ。国内でも有数の魔術の使い手で、いくつもの戦闘用の魔術道具を開発してきた有識者。軍事機密にも関係していることから、スパイを恐れて研究室はいくつもの魔術結界を張り巡らした無敵の要塞だと言う」

「では、その部屋は誰が掃除しているんですか? 教授はそこに住んでいるんですか? 食事は? トイレは?」

「えっ?」

「私は生徒達がその教授の研究室から不要になったゴミを持ち出して捨てに行くという姿を目撃しています。つまり、そこは進入出来ない場所ではない。方法さえ間違えなければ容易に入ることが出来る」

「それは、その生徒に許可を出しただけで……」

「では、私達も教授の許可を貰って室内への入室許可をいただきましょう。それも真正面から」

 

 一応脳内で作戦を立ててみた。

 あとはそれを実現可能か確認するだけだ。

 

「まずは調査ですね。一度学校に戻りましょう」

「この時間からか?」

 

 確かに日は傾き、生徒は全て下校済である。

 疑問に思うのも仕方がないだろう。

 

 逆に考えると、この時間には学校に誰もいない。

 調べ放題ということだ。

 

「この時間だから良いのですよ。案内してください」

 

   ◆ ◆ ◆

 

「この生徒が課題のテキストを校内に忘れてたらしく付き添いで来ました。今後このようなことはないように指導いたしますので今日のところは」

「あんた生徒会の……それなら仕方がないな。早く戻ってきてくれ」

「ご迷惑をかけて申し訳ございません。すぐに戻ります」

 

 副会長ことカトレアに門番の対応をいていただくことにより、何事もなく学内に入ることが出来た。

 

 生徒会の信用のお陰か、こちらが学生証を見せなくても顔パスというのはありがたい。

 学生証を出せと言われていたら話はもっとややこしくなるところだった。

 

「あまり時間をかけると怪しく思われるぞ。速やかに対処しよう。付いて来い!」

「はいはい。今すぐ参りますよ」

「『はい』は一回!」

「へいへい」

「へいもダメ」

「ホイ」

「ああ言えばこういうやつだな」

 

 カトレアに案内されて、施設奥の方にある建物の前に案内された。

 

「ここが研究棟。教授の研究室はこの建物のどこかに有るはずだ。ただ、どれが教授の部屋なのかまでは私も知らない」

「窓が開いている部屋と閉まっている部屋が有りますね。窓が開いている部屋は在席中と考えて良いのでしょうか?」

「必ずしもそうではない。研究棟がある裏側は山が近いからか、窓を開けるとよく虫が入ってくるらしい。それを嫌がって換気をせず一日中窓を閉めたままの教授も多い」

 

 研究棟の壁に近づくと日本でもおなじみのカメムシが大量に張り付いていた。

 

 窓を開けたままにしておくと、こいつらが室内に入り込むのか。

 

 それは確かに嫌だ。

 窓を閉めたままにしたくなる気持ちも分かる。

 

「あれ? でも部屋は強力な魔術結界で守られているはずなんですよね。なんで虫が入ってくるんですか?」

「言われてみれば確かにおかしい。使い魔をスパイとして送り込まれる可能性があるから、魔術結界を張り巡らせているはずなんだが」

「ということは、カメムシには魔術結界を突破できる特殊能力が?」

「そんなわけがないだろう。そうなると、魔術結界なんて張られていないのか、それとも」

「魔力を持たない生物は対象外にしている?」

 

 思い付いた疑問をぶつけてみる。

 

「確かにこの世界の人間はみんな多少なりとも魔力を保有している。だから魔力の有無でチェックすれば、人間や使い魔、他の魔法や魔導具だけを遮断出来るのか?」

 

 「この世界」の人間はみんな魔力を持っている。

 魔力を持たないものは魔力結界をすり抜ける。

 

 これは貴重な情報だ。

 

「でも何故そんな面倒なことをしているんでしょう? 魔力を持つ持たない関係なく、全てを防ぐ遮断で良いのでは?」

「そ、それを私に聞かれても……」

 

 カトレアが困り顔で答えた。

 普段は毅然と振る舞っているが、こういうあまり頭を使うことは苦手なようだ。

 

「逆に考えましょう。魔力を持たない小動物などを通過させたいために、虫まで素通しになってしまったと」

「魔力を持たない小動物? だが使い魔などは魔力を帯びているから防がれるはずだ」

「ならば、伝書鳩のような、魔術とは関係ない、ただの訓練された動物ならば?」

「まさか。魔法でいくらでも遠距離通信を出来る人間が、あえて魔法を使わずに伝書鳩を使うなんて……」

「なら、この推論を確かめましょう。付いて来てください」

 

 研究棟の外壁に沿って歩くと、裏側に来た辺りで鶏糞が入った肥料のような臭いが漂ってきた。

 

 土の地面なので分かりにくいが、よく観察すると鳩の糞が大量に落ちている。

 自然に鳩が住み着いた場所でもこうなる可能性はあるが、伝書鳩の推論の補強としては、その鳥小屋が近くにあると信じたい。

 

「野良の鳩がたまたま住み着いて、誰かが定期的に餌をやっている説と、伝書鳩に使う鳩をここで飼っている説のどちらが好みですか?」

 

 見上げると、窓が全開に開けられて、そこから灯りが漏れている部屋があった。

 よく見ると、その角のところに鉄の棒が紐で縛り付けられ、そこから鳥かごが何個かぶら下げられている。

 

 鳥かごのそこはただの網なので、当然鳥の糞はそのまま真下の地面に落ちて、鳥かごのメンテは最小限で良いという寸法だ。

 

「魔法の通信があるというのに伝書鳩とは」

「だからこそ逆転の発想なんでしょうね。今時こんな古臭く効率が悪い方法で通信なんてするわけがないという裏をかいた」

 

 言った側から鳩の糞が真上から降ってきた。

 これは間違く真上にある鳥かごの中で鳩が飼われている。

 

「よくこんな場所に気付けたな。まるで空に目があって全てを見透かしているようだ」

「学校の上空を中心にあれだけ多くの鳩が町のあちこちを飛び回っているんです。自ずと推測つきますよ」

 

 随分と買われたものだ。

 こちらは別に推理などしていないのだが。

 

「三階の角部屋。誰の部屋なのか特定出来たわけでは有りませんが、位置は覚えておきたいと思います」

 

 これでダウマン教授の研究室に侵入する方法の目処はたった。

 

「エクセル……お前は本当に何者なんだ?」

 

 カトレアが訝しげな顔でこちらを見た。

 

「学籍が抹消されたのは学校側の工作で間違いないだろうが、これほどの洞察力と行動力がある生徒が在籍していたのならば、生徒会にもその話題は入ってきているはずだ。なのに今日まで、お前の話など一度も聞いたことがない」

「貧乏学生で小遣い稼ぎばかりしていたので、他の生徒とはあまり付き合いがないので評判は広がっていないと思います。大変なんですよ貧乏ってのは」

 

 あまり追求されると今まで適当に話してきた会話の矛盾を突かれかねないので、適当に誤魔化すことにする。

 貧乏学生時代が有ったのは本当の話だ。

 

「まさか、会長を持ち上げている隣国の工作員じゃないだろうな? もしそうならば、私はお前を切らねばならない」

 

 また新しい話がポンコツ副会長から出て来た。

 

 もうこのChat(カット)GPTレアを締め上げて持っている情報を全部出させた方が早いんじゃないかという気がしてきた。

 

 そして、逆にその工作員とやらにカトレアが捕まったら情報は全て垂れ流されて、学校内に大きな混乱が発生することも分かる。

 

 カトレアは個人的には嫌いではないし、守ってやりたいという思いも湧いて来ている。

 工作員とやらも早めに発見して始末する必要があるだろう。

 

「私はそんな大層なものでは有りませんよ。ただの通りすがりの魔女です」

「いくら闇に触れたとはいえ、ただの生徒が大きく出たな。魔女とは何か分かっているのか?」

 

 そんなことを言われてもこの世界の魔女の定義など知るはずもない。

 

「自称ですよ。通りすがりは事実ですが」

「そうだな。魔女というのは我々のように技術ではなく、悪魔やら邪神やらと契約して魔法を手に入れた邪悪な存在のことだが、お前はそのような存在には見えない」

「邪神ねぇ」

 

 少し考えるが、うちの神さんは邪悪でもないし、故に邪神ではないのでセーフだろう。

 

「そんなに邪悪な存在に見えますか?」

「いや、魔法の実力がな。これほど近くにいるのに、お前から全く魔力を感じない」

「魔力の有無ってわかるものなんですか?」

「私はそこまでではないが、分かる人間が見ると数値化出来るそうだ。一般人は5で達人は100とか。で、魔女とやらは1000くらいあるらしい」

 

 そういうことならば、魔法のない異世界から来た自分が0なのは当然だろう。

 

「私は見ての通り、運動能力も体力もなく、まともな魔法などを使えるはずもなく」

「何も出来ないのはお前の鍛錬不足だな。頑張れ。日々精進だ」

 

 どうやら工作員疑惑は晴れたらしい。

 

 何も出来ない人間に工作員なんて勤まるはずなどないと思ったのだろうか?

 

 あからさまに怪しい服装で破壊活動を行う工作員よりも、一般人に紛れ込んで淡々と情報を送信する工作員の方が見つけるのが大変で厄介だというのに。

 

「それでは次の場所へ行きましょう」

「待て、今から侵入するのではないのか?」

「情報がないのにそんなことはしません。それに言ったでしょう。正面から堂々と入れてもらうと。それよりも清掃員がどこにいるか教えていただけないでしょうか?」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 カトレアに案内された先は作業員の待機室だった。

 ノックをしてから室内に入るが中には誰も居ない。

 

光よ(ライト)

 

 室内は暗闇に包まれていたが、カトレアが呪文を唱えると魔法の明かりが出現した。

 

「施錠もしないで不用心だな」

「明かりは消していっていますし、そもそも学校内は入ることが出来る人間は限られていますので、そこまで不用心ではないと思います」

「それはそうだが」

 

 壁に貼られたスケジュール表を見ると、本来は10人で学内施設の掃除や修復などを行うはずが、現在は3人だけで仕事を回しているようだ。

 

 これでは人員が足りなさすぎて、雑草の刈り取りまで手が回るはずもない。

 

「カトレアさん、これを見てどう思います?」

「作業員が勤勉とか怠慢とかそんな次元ではないな。半分以下の人員で仕事が片付くわけがない」

「仕事表を見ると、明日の午前中がダウマン教授の部屋の清掃に入ることになっていますね」

「明日の午前中ならば私も教授の講義を受けることになっている。つまり授業中の間に掃除を済ませておけということだ」

「では、その間に私が工作を仕掛ければ大丈夫ですね」

 

 計画としてはほぼ完璧なはずだ。

 後はそれを実行するだけである。

 

「1人で大丈夫なのか? 私は手伝わなくて良いか?」

「ええ。副会長は学業に専念なさっていてください。その間に私が準備を終わらせておきます」

「そうか。だが決して無理はするなよ。相手は国内でも名うての魔術の使い手だ。どんな罠が仕掛けられているかわからないぞ」

「大丈夫です。午前中に仕掛けるのは、午後の調査の仕込みだけですので」

 

 要件は済ませたので、作業員の待機室を出た。

 そのまま校門で門番に礼をして学校を後にする。

 

「本日は解散と言うことで。ありがとうございました」

「ああ。明日の午後にまた会おう」

 

 カトレアは上級貴族用の別の寮に住んでいるらしいのでそこで別れを告げて、自分はアイリスの待つ寮の部屋へと戻ることにする。

 

「今日の成果は殿下と第三王子との確執と、スパイの存在。予算使い込み。まだ触りの部分だけだから、これを深堀するのに残り時間はあと四日……まあ、やれるだけやるしかないか」

 

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