収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 8 「ジンジャーティー」

 噴霧器と虫取り網を返却。

 カメムシを入れた瓶を廃棄した後は、とにかく全身がカメムシ臭いので運動部が使っているという部室棟のシャワーを借りて浴びることにした。

 

 服も全てからカメムシの悪臭が漂ってきているので、一度全て洗濯する必要が有るだろう。

 

「カトレアさん、成果は?」

「実際に金額がどうのと直接は書かれていないが、教授が学園長と何らかの取引を行い、見返りとして機材購入の見返りを貰っていた事実はハッキリと記載されている」

「それで、私が持ち帰った細かく折りたたまれた手紙の方は?」

「なんだ、これ紙くずじゃなかったのか?」

「紙くずじゃないですよ!」

 

 捨てられてはたまらないと慌ててシャワールームから顔を出した。

 

「待て待て、いい年頃の女子が裸で出てくるな!」

 

 カトレアは顔を真っ赤にして両手をブンブン振りながら早く戻れと連呼を始めた。

 なんだよこのポンコツ副会長、いちいち可愛いな。

 

「出ませんって。顔を出しているだけですよ。それよりも、それだけ細かく折り畳んだ痕が残っている手紙の意味は分かるでしょう」

「伝書鳩か!」

「当たり! 伝書鳩に持たせるため、無理矢理小さく折り畳んだら折り目だらけになった」

「分かった。お前が出るまでの間に読みやすいように皺を伸ばしておく」

「頼みます」

 

 ゴミと間違えられて捨てられることはないと安心したのでシャワールームに戻る。

 

 ちゃんと話をしておかないと下手をすると捨てられるところだった。

 

 油断も隙もないとはこういうことだ。

 

「書類の内容については、一緒に吟味しましょう」

「ああ、分かった」

 

 身体を拭いて髪の水分を切り、制服を着て外に出るとカトレアが渋い顔で座っていた。

 

「手紙の内容はどうでした?」

「とんでもないことが起ころうとしている」

 

 カトレアが綺麗に折れ目やシワを伸ばした手紙には特殊な召喚術で喚んだ魔物を学内に解き放つという計画について記されていた。

 

 現在は学校の地下に隠して飼っているが、タイミングを見計らって解き放つという。

 

 具体的にいつ決行するのかについては明記されていないが、そう遠くはないだろう。

 

 

「これは捨て置けないな、一体何が始まろうとしているんだ?」

「学校に地下が有るんですか? 下水道ではなくて?」

 

 まさか旧校舎の地下に古代遺跡が隠されていたりするのだろうか?

 そこまでの再放送は望んでいないぞ。

 

 

「私も知らない。下水道のことだと思うのだが。生徒会の管理資料の中にもそれらしい記録が何かあるかもしれないから調べてみよう」

「私の方でも別ルートで地下施設があるのか調べてみます」

 

 実際に地下に何があるのかは分からないが、調べてみる価値はあるだろう。

 

「教授と学園長との談合についてはどうしましょう?」

「この書類数枚だけだと告発するには弱いな。どの道、学園長は横領側の人間……共犯者なので、告発したところで教授を潰すことは不可能だ。握りつぶされる」

「ということは、この内容は会長にも報告できませんね」

「もちろんだ! 不正な手段で盗み出した書類など会長に見せられるか!」

 

 ここにある書類が会長に見つかれば入手ルートについてとやかく聞かれてややこしいことになりかねない。

 書類は一度自分が預かることにする。

 

「談合の件ですが、会長とは別に頼れる筋があります。そこで一度話をしてみましょうか?」

「会長以外の? だが、考えて動いてくれ。もし会長に危害が及ぶようならば、私はお前とて容赦をするつもりはないぞ」

「分かっています。もし私が間違っていたら、容赦なく斬りに来てください」

 

 カトレアとは一時解散した。

 次にまた何か作戦を思い付けば、協力して欲しいところだ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「地下への入口と言ってもそう簡単に見つかるはずもないな」

 

 学校の敷地内をあてもなく歩いてみるが、ノーヒントだとさすがにどうにもならない。

 

 こういう時は発想を変えよう。

 

 中庭にベンチがあったので腰掛けて、脳内で今まで入手した情報の整理からやり直すことにする。

 

「逆に考えてみよう。既に魔物は召喚済。地下で飼っているとして、そいつは食べ物を食べるのか食べないのか? もし食べるならどうなる?」

 

 人を食ったような話とはいえ、さすがに人間を食わせたりはしないだろう。

 となると、何か餌となる食料を確保して定期的に地下へと運ぶ必要があるとする。

 

 ここで重要なのはどこかで食料を買っているのか?

 そして誰がそんな面倒な作業をするのか?

 

「エクセルさん」

 

 ネックになるのは食料の調達方法。

 魔物が大きければ大きいほど大量の食料が必要だと推測されるが、そんな買い物をすれば絶対に目立つ。

 

 地下への輸送ルートもだ。

 誰がどうやってそんな大きな荷物を運ぶ?

 

「聞こえてますかエクセルさん?」

 

 もう少しで色々と解明できそうだが、繋がらない。

 喉元まで出てきているというのに、答えが出てこない。

 

「もしもし、大丈夫ですか?」

「ふえっ?」

 

 気付くと眼の前にアイリスと生徒会庶務。

 そしてもう1人、初見の少女の姿があった。

 

 考えにふけっていたので、まるで3人が近付いてきていることに気づかなかった。

 

「こんなところで何か考え事か?」

「何か深刻な顔をしていましたけど、何かトラブルですか?」

 

 アイリスと庶務が顔を覗き込んできた。

 

「いえ、たいしたことではありません。それよりも2人は何故ここに?」

「フッドさん達に学校の中を案内してもらっています」

「昨日編入したばかりだってって聞いたからな。色々と困らないように、俺が校内を案内してやってるってわけだ」

 

 フッドというのが庶務の名前か。

 アイリスの相手をしてくれるのは助かる。

 

 助かるのだが、手を繋ぐ必要は有るのだろうか?

 

 お母さんはこんな喧嘩っ早い不良に憧れているけど、実は育ちが良さそうな子なんて許しませんよ。

 

 いや、別にアイリスの選択なので良いのだが、何か納得がいかない。

 

「えっと、そちらの方ははじめましてでしょうか?」

 

 2人の後ろにいた眼鏡をかけた小柄な少女に話しかける。

 黒い髪を三つ編みにしており、見るからに文学少女という雰囲気だ。

 

「うちの書紀だよ。こう見えても書類作成と計算に関しては学校内でも最高レベルだ」

「生徒会で書紀を務めておりますロータスです。よろしく」

「そうですか。エクセルです。よろしく」

 

 庶務がべた褒めしたからなのか、書紀は嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな紅潮した顔をしていた。

 

「会長が褒めていたのはあなたのことですか」

「褒めていた?」

「はい、学校にあれほどの人材がいるなど知らなかったと珍しく興奮して色々と語っていました。あんな会長を見るとは初めてです」

「まあ、確かにこんなのは他にいないもんな。オンリーワンだ」

 

 庶務に「こんなの」呼ばわりされる謂れはないが、悪く言われているわけではないようなので、それなりに気分は良い。

 

「私達はまだもう少し学校を見て回りますので」

「明日の弁当、楽しみしてるぜ! 結局メニューはなになんだい?」

「明日のお楽しみです。アイリスさんに運んでいただく予定ではありますが、都合がついたら学食に直接いらしてください。温かい方が美味しいので」

「ああ、都合が付いたらな」

 

 3人は他に用事があるのか、そのまま中庭から去っていった。

 

「さて、こちらもぼーっとするシンキングタイムも終わりだ。そろそろ足で稼ぐ調査を再開するか」

 

 ベンチから立ち上がろうとして、何やら背後に青白く光る何かの存在が「居る」ことに気付いた。

 

 さりげなく視線を動かすと、即座に死角へと移動して、決して視界に入らないように立ち回っている。

 

 否、厳密には一瞬だけは視界の隅に入るので完全な隠密は出来ていない。

 

 そういう術なのか、術者が未熟なのか、それともあえて姿をチラ見させてこちらのリアクションを待っているのか。

 

 ともかく隠れているつもりで完全に隠れ切れていない。

 

 適当に歩き回ると、物音1つ立てずにこちらの移動ルートを着実に追跡してくる。

 

 窓ごしに校舎の中を覗き込むフリをしてガラスの反射で姿を確認すると、それは猫の姿をした青白く光る粒子の塊だった。

 

 いくら異世界とはいえ、自然の生物ではないだろう。

 魔法使いが魔術で操る使い魔としか思えない。

 

 ここは魔法学校だ。

 

 使い魔を操る能力を持った術者は山程存在しているだろう。

 

 使い魔の本体を今の手持ちの情報だけで見つけるのは困難だ。

 

 問題はいつどのタイミングで付けられたのか?

 いつから監視されていたかだ。

 

 カトレアと一緒に行動中なら、流石にカトレアが気付いているだろう。

 

 ならば、先程ベンチで考えを整理している最中に付けられたと考えるのが自然だ。

 

 カトレアが術者であり、使い魔を付けた魔術師である可能性については一応ないものと考えたい。

 

 あえて気付かないフリをするのか? それとも追い払ってしまうか?

 

 その時、天啓的に対処法が降りてきた。

 

 後方を振り返ることなく、まっすぐと研究棟目指して歩いていくと、猫の使い魔も適度な距離を開けながら、付いてくる。

 

 そのまま躊躇いなく研究棟の扉を開けて施設内へと入る。

 

 猫の使い魔も同じように付いてきて研究棟内に入ろうとして……入口に仕掛けられた魔法結界に引っかかり、そのままバチバチと放電のような音と光を出しながら、霧のようになって消えてしまった。

 

 やや遅れて甲高い警報音が鳴り始める。

 

 猫の使い魔という哀れな犠牲者は敵対者からの攻撃として検知されて、自動的に防衛プログラムが働いたのだろう。

 

「魔力がないものは魔法結界には引っかからない。だが、使い魔やこの世界の人間のような魔力を持つものは結界に阻まれ侵入出来ない。聞いていた通りだな」

 

 出る時も同じ。

 一切、結界に引っかかることなく研究棟の裏口を通って建物から出た。

 

 今の状況から確認出来た事実が2つある。

 

「敵」は研究棟に魔力結界が張られていることを知らなかった。

 よって「敵」は教授やこの研究棟に居る相手ではないことが分かる。

 

 まさか、異世界人は魔力を持たないなどという結論には至らないだろう。

 カメムシと同じ扱いなのは若干心外なところもあるが、今回はそれが功を奏した。

 

 レベルを持たないとはレベル0のことではないとコンマイ語でも言うとおり、魔力を持っていない自分が結界に引っかかることはない。

 

 そして、この使い魔を操っていた「敵」は勘違いしたに違いない。

 

 エクセルという人物は、研究棟へ自由に出入り出来るパスを所持しており、この魔力結界に引っかからなかったと。

 

 研究室にいる誰かの命令で使い魔を付けた相手が所属する組織への調査、妨害を行う工作員だと考えてもおかしくはない。

 

 あの使い魔の杜撰な動きからして、おそらく、自分が付けた使い魔の存在に気付かれることなどないと思いこんでいたのだろう。

 

 こちらが追跡に気付いていないと思い込んで何も考えずに強引な尾行を続けた結果、こんなあからさまな誘導に引っかかってしまった。

 

「さて、次のアクションは何だ? 再度、使い魔を付けに来るのか? それとも偵察はやめて本体が直接接触に来るのか?」

 

    ◆ ◆ ◆

 

「エクセル・ワード・パワーポイント!」

 

 何故ここの住民はいちいちフルネームで呼ぼうとするのだろうか?

 家電店のPC売り場の呼び声にしか聞こえないので止めて欲しい。

 

 第二王子とその側近2人が歩いてきた。

 

 何故か全員が学校の制服を着ているせいで「うぁぁぁ、制服姿のうわきつ集団が廊下を練り歩いてる」と思わず言葉が出る。

 

 20歳を越えて高校の制服を着るのは絵面がキツいぞ。鏡を見ろ。

 

「なんで全員この学校の制服を着ているんですか? 変な趣味ですか?」

 

 近くで見てもやはり学生には見えない。

 

 いくら学校の中に入るためとはいえ、他の服装はなかったのだろうかと思って尋ねる。

 

「さすがに失礼極まることを考えていないとは思うが、念のために言っておくぞ。私も側近も全員この学校の生徒だからな」

「えっ? 何の冗談ですか? 殿下もそちらの側近の方々も全員成人されているでしょう?」

「失礼な。私達は全員18歳だ」

 

 改めて顔を見ると、微妙な幼さがあるので、未成年に見えないこともない。

 

「うわきつ」感があるのは、全員体格が良くて小さい制服を無理矢理着ているように見えるからだろうか?

 

 二の腕のあたりなど、ぱっつんぱっつんで、少し動いただけで制服がバリバリと破けそうで怖い。

 

「ということは、殿下達はまだ学生なのに夜の街で酒を飲んで遊んでいたと」

「それは言わないでくれ」

 

 王位継承権のある第二王子がこの体たらくでは流石に何か言いたくもなる。

 

「それよりも、どこかゆっくり身を潜められる場所を知らないか? 出来れば弟には会いたくないのでな」

「弟……ああ、生徒会長ですか」

「それだよ。あいつは本当に頼りになるやつだろう」

「そうですね。それは否定しません」

 

 生徒会長は実際によくやっているとは思う。

 

 ただ、あくまで生徒会長としてであり、国王になるとどうだろうかと思わない点もなくはない。

 

 

「それで、どこか身を潜めてゆっくり出来る場所だが」

 

 いつの間にか「ゆっくり出来る」という要望が増えている。

 

 これは先輩と同じく時間をかけると際限なく要求事項が増えていくパターンだ。

 

「食堂ですかね。この時間からは生徒も来ることもなくて、職員も帰ってしまったので、施錠してしまって今は誰も入れない状況です」

「そこにお前は入れるのか?」

「まあ、裏技というか、入り方を知ってしまったと言うか」

 

 第二王子と側近を連れて食料倉庫の搬入口に案内する。

 

 不定期に配送業者が食材を倉庫内に搬入するために普段から施錠をしていない。

 

 倉庫に入った後は、更に奥で繋がっている調理室の扉を開く。

 

 ここも倉庫内への閉じ込めを防ぐために施錠はされていないので、簡単に調理室の中へと入ることが出来る。

 

 これで正規の出入り口を一切通らずに食堂の中へ入ることが出来た。

 

「こんな方法が有ったとはな。これからちょくちょく利用させてもらうよ」

「止めてくださいよ。部外者をあまり入れると私が怒られます」

「固いことを言うな。そもそも退学処分になったお前も部外者みたいなものだろう」

「それを言われると、流石に辛いですね」

 

 調理場には簡易な椅子しかないので、食堂から比較的状態の良い椅子を3脚持ってきて並べる。

 

「約束通りお茶を入れてくれ。茶葉はどんなのが揃っている?」

「いつも食堂で出している茶葉が一種類だけですよ。安いやつですが」

「それでいい。あと茶菓子があればなお良い」

 

 少し隙を見せると要求を積み重ねてくるところが困りものだ。

 浮かぶ知り合いの顔が2人に増えた。

 

 贅沢を言うなと思いながらも皿へクッキーを並べていく。

 1人2枚として合計8枚あれば良いだろう。

 

 紅茶は茶葉の保存状態が悪く、そのまだと色が付いたお湯にしかならないので、鍋に水と茶葉と砂糖と生姜を入れる。

 量は庶民感覚なので適当だ。どうせ保存状態の悪い茶葉だ。

 

 それを低温で煮出してジンジャーティーにする。

 

 紅茶の濃度を通常の10倍ほどの濃度で煮込めば、香りも味もそれなりには出るだろう。

 ミルクも欲しいところだが、さすがに食材に乏しいこの調理場にはそんなものはない。

 

 ティーセットもないので鍋から食堂のコップに注ぐ。

 

「こちらジンジャーティーです。ある程度は茶こしで漉しましたが、底の方に茶葉や生姜の滓が沈んでいるかもしれません。最後までは飲まずに少し残してください」

「またよく分からないものが出てきたな。どこの地域の入れ方なんだ?」

「ベトナム?」

「どこなんだそれは?」

 

 王子達はなんだかんだ言いながら、特に文句を言うこともなく、ジンジャーティーを飲んでクッキーを頬張っている。

 

 こちらとしては美味しく頂いて貰えるなら満足だ。

 

「これはもっと良い茶葉で作ればもっと美味くなるものか? 今度メイドに同じものを作らせてみようと思うのだが」

「茶葉がイマイチだったのでこういう作り方をしましたが、良い茶葉なら紅茶を主役にして生姜は脇に控えさせた方が良いでしょう。作り方自体を変えるべきです。ただ、そうなると味も全く別物になると思います」

「適材適所というわけか」

「そうですね。質の悪い主役でも名脇役を配置すれば生かせる方法はあるということです。違いは間違いじゃないんですよ」

「質の悪い主役でも生かし方はある……か」

 

 王子は何やら考えているようだったが、どうせ大したことではないだろう。

 

「それでエクセル、学園の闇とやらは見つかったのか?」

「そうですね。どうやら学長と教授が組んで魔物を呼んで学内で暴れ回させるつもりのようですよ」

 

 さらりと説明しながら、教授の部屋から入手した手紙を王子に見せると、いきなり紅茶を吹き出した。

 

 慌てて布巾を持ってきてテーブルを拭いていく。

 

「テーブルを拭いた布巾ですけど服を拭くのに使います?」

「テーブルを拭いた布を渡すな」

「はいはい、それではこちらが私のハンカチです」

 

 仕方無くハンカチを差し出すと、王子は何故か口を拭い始めた。

 

 服は良いのだろうか?

 後で変なシミが残っても知らないぞ。

 

「しかしとんでもない闇を見つけたものだ」

「他にもダウマン教授が学長と談合して、見返りに研究費用を貰っているという書類も何枚か手に入れました」

「おい、ちょっと待て!」

 

 王子が突然立ち上がった。

 

 側近2人も慌てて同じように立ち上がるが、3人とも特に何も出来ないと悟ったのか、何をするわけでもなく、再度椅子へ座り直した。

 

「その事実を誰かに伝えたのか?」

「誰に伝えれば良いと言うんですか? 学長がその張本人で、学校の運営陣もどこまでが学長の仲間なのか分からないのに?」

 

 王子に話した理由もそれだ。

 

 自称無能で、実際アホの子だとは思うが、腐っても王位継承権持ちの第二王子である。

 

 現状でこの情報を伝えて有効活用できそうなのは、この人しかいない。

 

 今のところ、この世界で信用しているのはアイリスと嘘が付けないアホの子2人。カトレアと第二王子だけだ。

 

 庶務のフッドも嘘を付けないタイプだとは思うが、それほど会話をしたわけではないので確証が持てないし、何かあれば会長の味方につくことくらい分かる。

 

「それで私に伝えたのか?」

「はい。この国の未来を憂いている殿下ならば判断致しました」

「そういう言い方はやめてくれ。憂いているのは私なんかが王になってしまった時の国の未来だ。それに弟……生徒会長だって居るだろう」

「失礼を承知で申し上げますが、あなたの弟である生徒会長……第三王子について私は信用しておりません」

「何故だ? 弟は生徒会長で実績も出している。私よりも優秀なのは理解しているだろう」

「第三王子を持ち上げようとしている隣国外勢力の問題がありますよね。その点ではどこで誰と繋がっているのか分からないので完全に信用出来る相手とはいえません」

 

 理由について説明すると王子は何とも言えない顔をした。

 

「いや、あいつはおかしな連中に操られるようなやつじゃないんだ」

「本人にその気がなくても人質を取られたりしたら? 余計な情報を吹き込まれたりしたら? 誰かの悪事を『恩人がそんなことをするわけない』と見て見ぬ振りをされたら? 今の私にはそれをされると致命傷に繋がりかねません」

「人質……確かにそれは有るかもしれない。あいつは優しい奴だから隣国に居る母方の親戚を盾に取られたら簡単に折れるのは分かる」

「それって国王として正しい形なんですか? 隣国にいる親戚から外交圧力をかけられる国は?」

 

 王子は眉に間に皺を寄せたまま黙っている。

 

 もうすぐいなくなる自分にはどうでも良いことだが、本当に大丈夫なのかこの国?

 

「会長の話は今は置いておきましょう。それよりも地下の魔物の話です。すぐに暴れさせないことから、何かのタイミングを待っているんだと思いますが、それについて何か気付いたことはないでしょうか?」

 

 この国の王位の話は後で適当に話し合って何とかして欲しい。それよりも優先すべきは学長の陰謀だ。

 

「ならば、明後日だな」

「明後日?」

「隣国から大臣の含む視察団がこの学校へ視察に来る。私や弟も懇親会に参加して、夜には食事会も予定している。どちらかの会合中に奇襲をかければ私の命も狙える上に外交関係を無茶苦茶に出来る」

 

 それならば明後日で決行で間違いないだろう。

 

 使節団と第二王子に傷を負わせる……若しくは殺害することによって警備体制の不備を指摘。

 

 損害賠償と謝罪要求から外交で優位に立つつもりなのだろう。

 

 その上で第二王子の命が失われたならば、自動的に第三王子である会長へ王位継承権が転がり込んでくる。

 

 学長は隣国の勢力と手を結んでおり、教授にもその見返りが期待できる。

 

 だいたいわかった。

 シナリオの流れは見えた。

 

「何が有っても殿下は私達が守ります」

「お前達の力は信用している。だが、その召喚された魔物の種類によっては私も危ういかもしれん」

「いえ、私達は命を賭しても殿下をお守りするためにここにいるのですから」

「お前たち……」

 

 側近2人と王子が自分達の世界を作り始めた。

 

 そういうのは余所で時間があるときやって欲しいので、こちらは話を進めることにする。

 

「殿下と側近の方々の覚悟については分かりましたが、まずは魔物を出現させない方向で行きませんか?」

「出現させない?」

「はい。隣国からの視察団がいるところへ魔物が襲撃してきたら、その時点でたとえ負傷者0でも外交的にはこの国の負けなわけです。教育体制どころかろくに治安維持もできない、生徒も守れない国だと」

「ならばどうしろと? 学長達を切るような権限は私にはないし、そもそもペラ紙一枚では何の証拠にもならんし、誰も動かんぞ」

 

 当然の反応だ。

 

 もちろんこちらも王子が全解決に向けて動いてくれるなんて思っていない。

 

 こちらが欲しいのは「前からずっと学長が怪しいと思ってました」と偉い人が保証してくれるという錦の旗だけだ。

 

 政治で逃げられるとこちらはテロで対抗するしかなくなるが、なるべく暴力で解決はしたくはない。

 

 手持ちの手札で戦うにはどうするか?

 

 敵に負けない偉い人をバックに付けるという強いカードを手札に加える。

 そうすれば互角以上で戦える。

 

「ですので、地下への通路を探すために協力していただきたいのです。もし、地下に何もなければ、手紙も学長の陰謀も全部デマだったということで一件落着。もし地下に魔物がいればその場で倒してしまえば明後日の視察は何事もなく平和に終わり一件落着。何も問題はありません」

「それくらいなら手伝おう。どうせ学内にいる間は暇なんだ」

 

 第二王子は催促するように何度もカップの縁を指で弾いて音を鳴らし始めた。

 

「そんなことよりも茶がなくなってしまった。さっき鍋にたっぷり作ったのは知っている。早く注いでくれ」

 

 こいつ本当に王子か?

 実は偽物か影武者じゃないのか?

 そう思いながらも仕方ないのでカップにジンジャーティーの残りを注いだ。

 

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