収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 9 「表計算ソフトロータス1-2-3はIBMから2003年まで販売されていました」

「制限時間は明日の昼までです。それまでに地下への入り口を見つけてください」

「ああ、わかっている。私を誰だと思っている」

 

 第二王子が食料倉庫から出て行ったことを確認した後に、鍋とカップなどを洗い、念のため、搬入口周辺に人や使い魔がいないことを確認して時間差で外に出た。

 

 外は既に日が傾いていた。

 

 あらかたの生徒は下校しており、校内にはもう数人の生徒は残っていないようだ。

 

 校舎近くの茂みに木の棒を突っ込んで遊ぶという小学生レベルのことをしている三人組は第二王子と側近だろうか?

 

 そんなただの茂みの中を探したところで、見つかるのはせいぜい野良猫かゴミくらいだろう。

 絶対に地下への出入り口はないと思いながらも、何も言わない。

 

 

 そんなバカ三人組が茂みの中からダウマン教授の装置を引っ張り出した。

 以前ゴミ捨て場から拾ってきたものだ。

 

 何やら深刻そうな顔をしながらなにやらああだこうだと話を始めたが見なかったことにした。

 

 こっちを見るな。指を指すな。手招きするな。

 

 

「何か地下についてのヒントくらいは見つけないとな」

 

 カトレアや第二王子も調査してくれるはずではあるが、頼りきりだともし空振りに終わってしまった時に困ることになる。

 

 どちらも肩書きは一級だし、見た目だけは優秀なのにどちらもポンコツなのが問題なのだ。

 

 ただ、アホな子ほど可愛いという言葉もあるように、どちらも不幸にならないように助けてやりたいとは思う。

 

 特に第二王子はどうも友人とイメージが被って無視できない。

 自己評価が低いところだけではない。

 生活がだらしないところとか酒が好きなところとか、どこか抜けていて危なっかしいところとか。

 

 

 これだから縁が出来たからといって人に関わるのは嫌なのだ。

 

 人数が増えるに比例して面倒事もどんどん増える。

 

 ただ、どんどん親しい人の数を増やすと、そのうち手が足りなくなって、どこかで誰かを切り捨てないといけない選択を迫られる。

 

 頭を切り替えよう。

 

 地面を見ていると、食料倉庫から伸びている荷車の轍が不自然なことに気付いた。

 

 通用門から伸びている轍は、購入した食材を業者が倉庫まで運んでくれている証拠だ。

 何もおかしなところはない。

 

 ならば、食料倉庫から別の方向に続いている荷車の轍は何なのか?

 

「食材泥棒? それとも食料倉庫が施錠されていないことを知っていて何かの置き場に利用している?」

 

 消えた食材。

 消えた食堂の予算。

 地下の魔物は何を食べているのか?

 

 全てが一本のラインで繋がりそうだ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 轍は建物と建物を繋ぐ廊下で消えていた。

 石畳が敷かれているために、これでは轍が残るわけがない。

 

 石畳の隙間には微妙に土が詰まっているが、これは荷車が運んだものなのか、それとも生徒の靴についてきたものかの判断がつかない。

 

 ただし、荷車はそれなりの幅がある。

 

 教室がある尖塔へ繋がる扉はかなり狭いので、荷車が通過できるとは思えない。

 

 そう考えると移動先は教室に向かう通路ではない。

 別の建物だ。

 

 怪しいのは先にある講堂らしき建物。

 

 しゃがみ込んで、石畳に詰まる土の傾向から何か一定の法則……荷車が通った痕跡を見つけられないか確認していると、人影が近寄ってきた。

 

「こんなところで何をやっているんだ、エクセル?」

 

 近寄ってきたのは両手に手には山のような資料を抱えている会長だった。

 そう言えば今日は学校側との定例会だと言っていた。

 

「こんな時間までお疲れさまです」

「いつものことだし慣れてるよ。それよりも君はこの時間まで何を?」

 

 本当のことは言えないし、怪しまれない内容で無難に返しておこう。

 

「アクセサリーをこの近くで落としてしまいましてね。こうやって探し回っていたところです」

「大切なものなのか?」

「いえ、高価でも貴重でもない、旅先の土産で買ったものです。ただ、なくしたままというのはスッキリしないので」

「そうなのか。だが、もう日も暮れる。暗くなってから女子が1人で出歩くのは危険だから早く帰るように」

「はい、お気遣いありがとうございます」

 

 会長を見送ろうとして、最優先の確認事項が合ったことを思い出す。

 

「そう言えば食堂の予算はどうなりました?」

「それが……」

 

 言いづらそうな内容だったのか、一度言葉を切った。

 

「確認してみたのだが、学校側としては予算を減らした事実はないそうだ。業者からの納品書も揃っていて金額も合っているので、職員が予算や食材の使い方を失敗したせいで、食材のストックが切れたのではという見解だ」

「書類の数字は合っている?」

「ああ数字に不正はなかった」

「なるほど『数字に』不正はなかったんですね」

 

 数字に不正はない。業者もきちんと納品はしている。

 だけど、実際に食料倉庫は空。

 

 ということは、何者かが食材を勝手に注文して、勝手にその食材を持ち出している?

 何のために?

 

 数字は嘘をつかなくても、数字で嘘をつくことはできる。

 

 いくら正しい計算でも、前提の条件が狂っていたら、決して正しい解答にはたどり着けない。

 

 どんどんと推理を固める根拠が揃っていく。

 

「もう一つ確認したいんですけど、この先にあるあの建物は講堂ですよね」

「ああ。それがどうしたんだね?」

「私は見たことがないのですが、あそこで演劇を行うことは」

「まさか君は見ていないのか!」

「えっ?」

 

 突然に会長が大きな声を出した。

 そのまま何やら物凄い剣幕てこちらへ詰め寄ってくる。

 

 何か間違えた回答をしてしまっただろうか?

 

「毎年、生徒会でやっている演劇を見ていないのか? 去年はあれほど頑張ったというのに」

 

 違った。大きなミスはなかったようだ。

 

 ……いや、ミスと言えばミスなのだが、そこまで致命的なものではない。

 

「すみません。私は別の用事がありまして。貧乏学生は色々と厳しくて」

「そ、そうか……確かにエクセルは家庭の事情があるのだったな。すまなかった」

 

 誤解してくれた。セーフだ。これならばリカバリできる。

 

「今年はちゃんと見たいと思います。次はいつなんですか?」

「再来月だ。楽しみにしていてくれ。実は毎日寮に帰ってから、自室で練習をしているんだ」

 

 会長は急に無邪気な子供のような表情になり、フラフラと肩や腰を動かす変なダンスを始めた。

 だが、両手に書類を抱えたままそんな動きをしたらバランスが崩れるに決まっている。

 

 思っていた通り、手に持っていた書類がバラバラと落ち始めた。

 

「大変だ、これは全部大切な書類だというのに」

「拾うのは手伝いますよ」

「すまない」

 

 なんだこのあざといキャラはと思いながら地面に落ちた書類を拾いあげていく。

 

 ついでに書類の内容を確認するが、特にこれという内容はなかった。

 残念だ。

 

「それで今の踊りは何だったんですか? 酔拳?」

「有名な歌劇の題目なんだが……」

 

 酔っ払いが登場する歌劇……まあ有りそうではある。

 

「あああれですね。名作なので知っています」と、とりあえず知っているフリで適当に頷いておくと、会長は「分かってくれたか」と嬉しそうだ。

 

「書類を大量に抱えていては変なダンスになっても仕方ないですよ。公演で見られるのを楽しみにしています」

「ああ、楽しみにしていてくれ!」

 

 そう言うとまたも書類がひらりと風に飛ばされたので、地面に落ちる前に素早く空中で掴み取り、書類の山の一番上へ乗せた。

 

「今度は落とさないでくださいね」

「ああ。私もこの書類を生徒会室に置いたら帰ることにするよ。エクセルも早く帰るように」

「はい、私も、もう少し探したら帰ります」

 

 校舎の中へ入っていく会長を見送り……入れ違いに出てきた人物に目をやる。

 

 小柄な眼鏡の少女。生徒会書紀のロータスだった。

 

「えっと、ロータスさんでしたっけ?」

「あなたは何者なの?」

 

 ロータスはこちらへ睨むような視線を向けてきた。

 

「ここ10年間の学生についての資料を全て調べたけど、あなたの在籍情報はもちろん、賞罰の記録も一切なかった」

 

 カトレアと同じパターンかと思い、例の退学通知書を取り出そうとしたが、嫌な予感がして止めた。

 

 このロータスは「賞罰の記録」と言った。

 ならば例の退学通知書を見せることは逆効果だ。

 

 偽物だと即看破され、逆にそれをどこで手に入れたのかを問い詰められる。

 

 別の対応をする必要が有るだろう。

 

「何者だと思います?」

「魔力の完璧な隠蔽。そして隙だらけにしか見えないのに全く隙がない。先程書類を空中で受け止めた動きも只者とは思えない。相当卓越した潜入工作員。おそらく役割は私達への牽制」

 

 

 ロータスからは弱々しい文学少女の気配が消えていた。

 隠していた本性をむき出しにしたのか。

 

 

 そして、魔力を持たないというのを隠蔽と解釈したのか。

 

 だが「私達への牽制」とはどういう意味だ?

 頭をフル回転して考えを巡らせる。

 

 会長は第三王子であり、その背後には隣国の勢力が付いている。

 

 その勢力ならば当然生徒会のメンバーの中にも自分達の手駒を紛れ込ませていてもおかしくはない。

 

 まさか、その隣国勢力の手駒がこのロータスか?

 

 役割は書紀だと言ったことから、書類の改ざんにかかわっている可能性も高い。

 そして、学校側はロータスの仲間なのだから、当然その改ざんもチェックされることなく見逃される。

 

 数字を使えば嘘をつけるのだ。

 

「さあ、お前の特技を見せてみろ! 魔法か? それとも卑しい暗殺術か?」

 

 おいやめろ。お前もカトレア一族なのか?

 

 生徒会メンバーは全員そうやって他人を笑わせて油断させた隙に攻撃をする作戦を取るのか?

 

 それならば、こちらもそれなりの対応がある。

 見せてやろう、こちらの最大の特技を。

 

 何度か咳払いを行った後にポケットから手帳を取り出して、それをスマホのように手に持って耳へ当てる。

 

「俺だ。現在敵対組織……機関のエージェントからの示威行為を受けている。間違いない、奴らの一味だ」

「待て、誰と会話している?」

 

 会話などしていない。

 これは相手を動揺させるためのエア通話だ。

 

 だが、こちらが凄腕の工作員と勘違いしたロータスはそうは思わなかったようだ。

 

 敵を前にして隙だらけで何の意味もない行動を取るはずないだろうと。

 

「ああ、状況は良くない。相手はそう、ロータスを名乗り、生徒会の書紀として潜入しているようだ。これは間違いなくあの組織の……至急確保を願う」

「待て、その手に持っている物は何だ? 何かの魔道具なのか?」

「答える必要はない」

 

 何故か異様に焦り始めたロータスを軽くいなして会話のフリを続ける。

 

「そうか、お前は教授とも繋がりがあるのだったな。それが通信技術の魔道具というわけか?」

 

 教授がどうこう言っているので、例の猫の使い魔はロータスの仕業で間違いないようだ。

 

 こちらは無視して会話のフリを続ける。

 少しでも情報を吐いてくれるとありがたい。

 

「そうだ。黒髪で三つ編み。眼鏡をかけている。かなり小柄でメリハリのない体型だから幼い子供にしか見えないが注意しろ。ああ、そうだ。全体的にボリュームが乏しい」

「お前も大差ないだろう! 全てが薄っぺらい棒みたいな体型の癖に」

「ハァ? 何だとふざけるな! 自分はゴボウなのを棚に上げて誰が白アスパラだ! こう見えても毎晩豆乳を飲んでシェイプアップ体操をしてるんだよ! 実際半年で調子の良い時は0.5cmも胸囲は成長している。翌日には戻るが、たまに1cmも増えている時だって有る! 1cmだぞ1cm! 3週間……いや、2週間ほど調子の良い日が続けば巨乳の仲間入りだ」

 

 一瞬だけ頭に血が上ったが、一度深呼吸して落ち着く。

 BeCOOLだ。KOOLになれ。

 

「いや、何でもない。少々雑音が入っただけだ」

「その会話をやめろ!」

「まずい、奴から直接の警告が来た。これ以上の通話は危険なようなので一度回線を切断する。お互いに命があればまた例の場所で落ち合おう。これも世界の選択なのだから。エル・プサイ・コングルゥ」

 

 手帳をポケットに戻して再びロータスの方へ向き直る。

 

「最後の暗号はどういう意味だ? まさか呪文か?」

「さてね。私も聞きたいくらいです。それでどこまで話しましたっけ?」

「私が隣国からの工作員だといつ気付いた?」

「えっ? よく聞こえませんでした」

「私がこの国への潜入を命じられた魔術師だといつ気付いた?」

 

 なるほど、語るに落ちたというわけだ。

 

「だそうですよ、如何致します、殿下?」

「まさか弟の周りにこんな連中がいたとはな」

「へっ?」

 

 ロータスの小柄な身体がヒョイと浮き上がった。

 

 背後に回り込んだ第二王子の側近が脇から手を回してそのままの持ち上げたのだ。

 

「殿下、この子供は如何致しましょう?」

「子供とはいえ他国からの工作員だ。丁重な対応を取る必要があるだろう」

 

 それを聞いた側近2人はどこからか取り出した布でロータスの口に猿ぐつわを噛ませ、手足を拘束して、どこかへと運んでいった。

 

 ゴツいお兄さん2人が小柄な少女を拘束してどこかへ連れていくという、誰がどう見ても限りなくアウト中のアウトな絵面が眼前で展開されたが、見なかったことにした。

 ウス=異本でまた会おう。

 

「食堂を出たのが、ほぼ同じ時間なので、まだ近くにはおられるとは思っていましたが」

「さっき弟と何か話していただろう。それで物陰に潜んで様子を見守っていたのだが……まさか直後にバカな工作員が自ら名乗り出るとは思わなかったぞ」

「こちらも驚きました。適当な小芝居をすれば全部喋ってくれるんじゃないかなと思ったら、本当に正体を自分から話し始めて……」

 

 本当に何だったのだろうか?

 工作員ではなく新しい芸風の芸人か何かの可能性もある。

 

「ところで弟のあの変なダンスは何だったんだ? 酔っ払いの真似か?」

「有名な歌劇の題目らしいですよ」

「酔っぱらいが登場する歌劇?」

「レ・ミゼラブルでジャン・バルジャンがやさぐれている時期とかそんな類のやつでは?」

 

 この世界に「ああ無情」そのものはないだろうが、似たような題材の演劇があってもおかしくはない。

 

「それで、さっきから石畳にしゃがみ込んで何かを探しているようだったが、何か証拠を見つけたのか?」

「確実な証拠では有りませんが、怪しいところならば見つけました。あの講堂です」

 

   ◆ ◆ ◆

 

「食料倉庫からこちらの講堂の方に荷車を引いた轍が残っていました。何故講堂に食料を運ぶ必要があるのかを考えた時、最初に浮かんだのは『何か』の食料として使われているのではないか? という推論です」

「『何か』というのが、地下にいる魔物だと?」

「そう考えるのが自然だと思いました」

 

 講堂の窓を適当に掴んでは引っ張るという動作を繰り返していると、1つだけ施錠されていない窓が有り、窓が少しだけ開いた。

 

「窓が多い建物だとよくあるんですよね、施錠忘れ」

「学校側にはもっと管理を徹底させんといかんな」

「これも作業員が減っている影響だと思いますけどね。なにせ本来10人で回すところを2人で回しているみたいなので」

「ひどいな」

「根本的な見直しが必要だと思いますよ」

 

 

 窓を全開にして、そこから講堂の中へ入る。

 

「なんというか、すごいなお前」

「この学校に来てからよく言われます。褒められると照れますね」

「別に褒めてはいない」

 

 壇上に上がり、そこの床を調べると、やはり思う通りの物が有った。

 四角く入った約2メートル四方の溝。

 

「それは何なんだ?」

「奈落ですよ。ここで演劇をやるという話を聞いてピンと来ました」

「奈落というのは何だ?」

「演劇などで登場人物が突然出現したり、地面からせり上がるような演出をする時に使う仕組みのことですよ」

 

 壇上の横にある金属製のハンドルを指差した。

 

「あのハンドルを回すと壇上にある一部の床が下がったり、せり上がったりする仕組みです。完全に下げた状態からならば、舞台裏から壇上へ自由に出入り出来るというわけです」

「でもそれが、何故地下と繋がるんだ?」

「通常の奈落は舞台裏と同じ高さまでしか下がりません。ですが、それが舞台裏よりも更に下方向……地下まで下がるとしたら?」

 

 第二王子を連れてハンドルがある場所へ移動する。

 

「それではお願いします」

「ああ、任せる」

 

 どちらもハンドルに触ろうとしない。

 

「私は王位継承権二位の第二王子であるが」

「私は非力な女子ですが」

 

 やはりどちらもハンドルに触れようともしない。

 これは先にハンドルを掴んだ方が負けだ。

 

「お願いします、回してくださいよ」

「何故私がそんなことをやらねばならんのだ」

 

 こういう肝心な時に王子の側近2人はいない。

 

 今頃ロータスと表には出せない行為(隣国のスパイに対しての尋問など)をよろしくやっているのだろうが、こういう力仕事くらいはきちんとこなして欲しい。

 

「仕方がないですね。おそらくまだ実直に調査をしてくれていそうな、もう1人の協力者を連れてきます」

「そういう相手がいるなら、最初から連れてきておけ」

「分かりました。ただ、その人に会っても喧嘩はしないでくださいね」

 

    ◆ ◆ ◆

 

「待てエクセル! 何故ここに従兄弟殿がいるんだ? こいつは会長の敵だぞ!」

「そういうお前こそ何故エクセルとつるんでいる?」

「あなたこそエクセルの何なんですか?」

 

 校舎の裏で木の棒を持って茂みを突くという小学生レベルの調査をしていたカトレアを肉体労働担当として連れてきたのだが、事前にあれだけ喧嘩をするなと念を押したにもかかわらず、いきなり口喧嘩が始まった。

 

「落ち着いてください。ここは学校の平和を守るために一時共闘といきましょう」

「こいつと組むのは拒否する」

「私もこのクソ従兄弟とは組みたくはない」

「クソ従姉妹はお互い様だ」

 

 アホの子同士、どうでもいい争いを始めた。

 

 それにしても第二王子の従姉妹ということは、カトレアもそれなりの地位の貴族なのだろうか?

 

「カトレアさんと殿下はどのような関係なのですか?」

「従兄弟」

「母方の叔父の娘。まあ従姉妹……こんなのでも辺境伯のご令嬢だ。幼い頃から三度の飯より鍛錬が好きな百戦錬磨の強者達に囲まれて育ったせいでこんなになったわけだが」

「こんなとは何だ! そちらの方がこんなだろう」

「なるほど。大丈夫かこの国?」

 

 あまりにも良いポジションにろくでもない人材がついていることに、つい本音が口に出た。

 

「大丈夫ではないな。だからこそ弟に国を立て直して貰いたいわけだ」

「そういうところだ! 何でも面倒事を押し付けてくるせいで会長がどれだけ苦心していることか分かっているのか?」

「ならば、お前たちがもっと仕事を引き受けてやれ! 他人を上手く使うのも王としての素質だぞ」

「だから、あの方は王には向いていないと何度言えば!」

「はいはい。だから、この場は協力しましょう。まずは学校を守るため。そして会長を守ることにもなります」

「『はい』は一回!」

「はい」

 

 ダメだ。

 自分が仕切らないと物事が何一つ前へ進まない。

 

 なんとか2人をなだめながら口喧嘩を止めさせる。

 その上で改めて協力要請だ。

 

「カトレアさんは、このハンドルを力いっぱい回してください」

「分かった。これを回せば良いのだな」

 

 カトレアがハンドルを回すと、壇上の床の一部がどんどんと下へ下がっていく。

 

 そしてある程度経ったところで、急に下がる速度がゆっくりになった。

 

「どうした、遅いぞ?」

「こんな重いハンドルをそんな簡単に回せるか!」

「本当に頼りない従姉妹だな。貸せ!」

 

 王子がハンドルを掴むと、二の腕、そして胸筋が膨れ上がる。

 

「こんなものは力任せに回せば済む話なんだよ!」

 

 カトレアが回すとゆっくりだった奈落の穴がどんどん開いていく。

 

 本当にこの人は自己評価が低くてやる気がないだけで、その気になってやれば何でも出来る人なんだなと感心する。

 

 床は舞台裏よりも低い位置へと沈んでいき、そして急に止まった。

 

「ハンドルが回るのはここまでだな。奈落はどうなっている?」

 

 王子はハァハァと息を切らしながら言った。

 

 奈落の様子を見ると、床の一部は舞台裏よりも低い位置まで沈み込み、そこには地下へと下る階段が現れていた。

 

「地下への入り口が出て来ました。さて、地下には召喚された魔物がいるかもしれないという話ですが? 2人ともどうします?」

「私が行かなくてどうする」

「ハンドルを回したのは私だぞ」

 

 2人とも地下へ降りることに異論はないようだ。

 

「では3人で行きましょう」

「まあ待て……光よ(ライト)

 

 カトレアの光の魔法による明かりが灯った。

 

「地下は暗いのだから灯りは必要だろう」

「ああ、気をつけて進もう」

「2人とも頼りにしています」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 階段を少し降りると、レンガを積み上げた水路のような場所に出た。

 学校地下にある下水道の一部なのだろう。

 

 水路には汚水が流れており、悪臭が漂っている。

 

「臭いな」

「注意してくださいね。こういう地下に溜まったガスは臭いだけではなくて、吸い込むと人体に影響のあるものもありますので」

「魔物も、そいつにエサを与えている何者かも生きているんだから大丈夫だろう」

「それは確かに」

 

 王子とカトレアは怖いものなどないと言わんばかりに通路を進んでいく。

 こういう行動力についてはたいしたものだと感心せざるを得ない。

 

 しばらく進むと、広い空間が有った。

 その中央に鎖で縛られた巨大な生物が存在していた。

 

「キマイラ……」

「何故こんなところに、こんな巨大な魔物が?」

 

 そこにいたのは全長10m程の巨大な獣だった。

 

 頭部にはライオンと山羊の2つの頭。

 

 胴体は極端な前傾姿勢を取った人間のようにも見えるが、脚に比べて腕が極端に大きくゴリラのような剛毛に覆われており、指先からは鋭い爪が生えていた。

 

 背中には鳥のような羽毛を持った翼が生えている。

 

 この巨体で空を飛び回ることが出来たら脅威だろう。

 

「あまり近付くなよ。伝承通りのキマイラならば山羊の頭が魔法を使うぞ」

 

 状態を確認しようと近付いたところ、王子から警告が飛んできたので慌てて引き返す。

 

 流石に様子を見ていたら魔法で攻撃されたとはたまったものではない。

 

 なるべく暴力反対の方向で終わらせたいのに、そんなつまらないことで台無しになってしまうのは悲しい。

 

 下水の臭いに紛れてわからなかったが、部屋の隅にはこいつの糞尿に混じって、かつて人間であったらしいものや食べ残しなどが散乱している。

 

 犠牲者の身元などについては別途調査が必要だろう。

 

「こんな魔物が不意打ちで出てきたら側近2人がどう頑張ってもダメだな。私が殺されて終わりだ」

「これが召喚された魔物なのでしょうか?」

「下水道に住み着いている野生生物とも思えないし、おそらくはそうなのだろう」

 

 確かに下水道にワニがいるとかそういう次元ではない。

 

 こんな歪な生き物が野生動物として湧いてくるなら、この世界は終わりだとしか思えない。

 

 こいつがイベント中に奈落から腕組みでせり上がってくる光景は絵面こそシュールだが、実際にはシャレになってない。

 

「それでこいつはどうします? すぐに処分するか、それとも関係者がここに来るのを待って確保してから処分するのか?」

「私はこいつを倒せるような魔法を持ってはいないぞ」

「私もだ。一度戻って軍を呼んで戻ってくる必要があるな」

 

 どうも話が通じていないようだ。

 聞き方が悪かったのだろう。

 

「いえ、ここで罠を張って学長の仲間がここに来るのを捕まえるか、それとは無関係に倒してしまうかを確認したかったのですが」

「それならば、関係者が来た後に動かぬ証拠として拘束した方が良いな。いつ頃に来るか予想は出来るか?」

「業者がこいつの餌になる食材をここへ運び込んで、それから食堂関係者が出勤してくるまでの早朝、しかも夜明けすぐくらいの早い時間ですね」

 

 確証はないが、動くとしたらその時間しかない。

 自分の考えを王子へ伝える。

 

「明日の早朝ならば、日が変わる前には準備を済ませておいた方がいいな。相手に気付かれないように待ち構えておこう。お前も手伝え」

「流石にこんなものを見せられては手伝わざるを得ないでしょう従兄弟殿」

 

 どうやら、このキマイラ討伐と関係者の捕縛に関しては王子とカトレアが動いてくれるようだ。

 

 それならば、こちらは何もしなくても良いようなので楽で良い。

 

「私は今から戻って兵士達を連れてくる。この化け物の討伐、及び、ここへやってくる連中を待ち構えて捕縛するための戦力だ」

「なら、うちの家の者を回しましょう。明後日の警護のために近くの詰め所に来ています。私ならすぐに話を通せます」

「お前じゃ本当に話をするだけだろう。命令と指揮系統を持っているのは私だ」

 

 こちらの手を離れてどんどんと話が進んでいる。

 ならば、あとは成果を確認するだけで良いだろう。

 

「では、明日の早朝にまた会いましょう」

「ああ。早朝ならば、もう終わっているかもしれんがな」

 

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