「私達だけで無人島貸し切り?」
1学期の期末試験も終わり、これから夏休みという直前に、探偵事務所から僕――
あちこちの企業に新人の研修施設などの用途で島まるごと貸し出している瀬戸内の無人島があるらしい。
その無人島でとある事件が起こった。
探偵たちが解決したものの、その影響で全ての予約受付をキャンセルしてしまい、稼ぎ時の8月に予定がまるごと空いたとか。
そこで、格安でもいいから人を入れたいという話が探偵事務所に回ってきて、それが更に僕たちの耳にも届いたというわけだ。
1人8000円で2泊。
島の施設は使い放題というのは間違いなく安い。
「私のところには届いてないんだけど」
「友瀬さんや小森君のところにも来たのに?」
「でも届いてな……いや来てたわ。迷惑メールフォルダに入ってた」
綾乃はスマホを操作しながら眉をしかめた。
こういう微妙に抜けているところは、昔から何も変わっていない。
道理で綾乃だけ参加表明の連絡がないわけだ。
「参加するメンツは?」
「僕と友瀬さん。小森君と赤土さん。保護者枠で麻沼さんと片倉さんが来てくれる。あと、小森君の知り合いの小学生4人とその両親が来るって」
「恋人同士ばかりの中で、シングルの私が空気を読めない人になってるんだけど」
「大丈夫、上戸さんも来るらしいから」
「それならいいか。小森に蹴られた負けヒロイン同士、上戸さんと一緒に豊橋へ行こう」
「行くのは瀬戸内海だよ」
改めて地図を見る。
場所は岡山と広島、香川と愛媛4県の境目あたりにある島のうちのどれか。
スマホの地図だと点でしかない、かなり小さい島らしいのでよくわからなかった。
岡山の笠岡という港からチャーターした船で出発。
そこから船で二時間ほど……らしい。
帰りもその船が迎えに来てくれる。
宿泊は島に古い邸宅を改装したホテルがあるらしいのでそこに泊まる予定だ。
昼は海水浴、夜はバーベキュー。
瀬戸内の美しい景色の島らしく、友瀬さんは「写真を撮りまくる」と、フィルムを大量に買い込んで張り切っている。
僕も一緒に写真を撮って回るつもりだ。
島では何をやってもいい。
なにしろ僕達以外は島には誰もいないのだから。
「そういや木島は? 絶対、首を突っ込んできそうなのに」
「木島君はバスケ部新人への指導で行けないんだって」
「木島、気合入ってんなぁ」
「学校にも垂れ幕がぶら下がってたけど、過去最高のベスト4。来年は準優勝か優勝を狙ってるらしいから、そりゃ気合も入るよ」
「木島本人は秋には引退なのに」
「だから、せめて出来ることを精一杯やりたいんだろうね」
部の合宿として島に行くことも考えたらしいが、新入部員達が交通費を出せなくて断念したらしい。
さすがに岡山までの往復料金は高校生には負荷になりすぎる。
学校も合宿費用にそこまでの予算は出してくれない。
僕達も事件解決の臨時収入がなければ往復の交通費を払えず、諦めたかもしれない。
4月から毎月9万近いお金が入ってくるのは少し怖さ反面、色々と助かっているところもある。
「せっかくだし、別に誰に見せるわけでもないけど、新しい水着でも買おうかな……」
「水着姿を見せたいんだね」
「小森は関係ないわよ」
「なんで自白するんだよ」
「せっかくなので恵太も私の魅惑のボディを見る?」
綾乃がからかってきたが、本気で興味がなかった。
ずっと兄妹みたいな感覚だったので、突然そんなことを言われても困惑しかない。
「別にどうでもいいかな」
「これだから彼女持ちは」
綾乃も分かって言っているだろう。
お互い付き合いが長いので、だいたい相手の考えていることくらい分かる。
「ついでに新聞部の取材もやろうか。その島の歴史とか何かないの? 無人島なのに事件が起こったってくらいなんだから、何かあるんでしょ」
「そういえば……なんで無人島なのに事件が起こったんだろう。誰も人なんて住んでいないのに」
メールの出所は探偵事務所の
優秀だけど、裏で何を考えているのか全然わからない人だ。
保護者として来てくれる麻沼さんにも知らせていない何かがあるかもしれない。
ただの旅行の案内を僕達に振ってきたとは思えない。
きっと何か裏がある。
もしかしたら、事件はまだ未解決で、僕達に何かをさせたいのかもしれない。
僕達の能力はもう消えてしまったけど、普通の一般人よりははるかに動ける。
それに異世界帰りの小森君、上戸さん、赤土さんと片倉さんも来るのだ。
少々何が起こっても解決出来るだろう。
逆に言うと、何かを解決させるためにそのメンツを集めたのかもしれない。
「どうしたの、急に深刻な顔をして」
「もしかして、島には何か秘密があるのかもしれない。上戸さんに相談してみよう」
◆ ◆ ◆
「分かる範囲で調べてみた」
勉強会のWeb会議でついでに聞いてみたところ、上戸さんが画面共有して資料を見せてくれた。
「この島は今はメールにあった通りで無人島なんだけど、平成中期まで人が住んでいる島だったことは分かっている」
表示されたのは何かの白地図。
そこにはスマホの地図アプリには表示されなかった島の名前がはっきりと書かれていた。
弓月島。
名前の通り、島の形は三日月型をしている。
「戦後、どこかの富豪が買い取って別荘を建てていたらしいが、持ち主がいなくなって放置されていたところ、第三セクターが買い取って企業や学校の研修施設として再利用することにした」
「いなくなったとは?」
「当主とその息子たち、孫も含めてある日突然亡くなったんだ」
頭の中が???とクエスチョンマークだらけで埋まる。
僻地の島なので不便で出ていったならば分かる。
高齢の当主が亡くなったのも分かる。
息子や孫まで亡くなったというのはよくわからない。
「残念ながらネット上の情報で追えるのはそこまでだ。何故ここに住んでいた人達が亡くなったのか、その理由はわからない。幸い自宅の近くなので図書館でも調べてみる予定だけど」
せっかくの旅行にいきなりケチが付いた気分だ。
それは実質事故物件に住むようなものではないか。
「もちろん20年以上前の話だ。もし凶悪殺人犯などがいたとしても、いつまでも島にいないだろうし、警察も調査に入っている。その後にいくつもの企業が研修で利用しているので、事故が起こる可能性は極めて低い」
上戸さんはそう説明するが、口調からして、まだ何か起こることを警戒しているような口ぶりだ。
「そこで、更に昔に何かあったのかを調べてみると、面白い事実が分かった。この島には旧日本軍の研究施設があったらしい」
「もしかして、神父が使っていた施設と同類とか?」
思い出したのは、横浜の古いアパートの地下にあった研究施設だ。
元は日本軍の軍事施設だったその場所で、神父がおぞましい研究をしていたのは忘れられない。
「それも詳細は分からない。ただ、近くにあるウサギ島として有名な
「待って、テレビで見たけど、あのウサギだらけの島って近いの?」
綾乃が即食い付いた。
「近いよ。大久野島に行くには一度本州に戻って別の港に電車か車で移動する必要が有るけど」
上戸さんがそう説明すると女性陣、友瀬さん、綾乃、赤土さんが同時に黄色い悲鳴をあげた。
「行こう、ウサギ島!」
「無人島のあとはウサギ島へ!」
「ウサギさん楽しみです。可愛く撮れるかな?」
女性陣はみんなウサギが大好きなようだ。
話が本題から逸れて完全に興味がウサギ島の方に流れている。
「なんだよ楽しそうだな。俺もやっぱり行こうかな」
木島君が未練を隠さずに呟いた。
「行こうよ、一緒に」
「気持ちは嬉しいけど、新入部員達の指導もあるしな。あいつらスゲェ頑張るんだよ。来年は勝たせてやりたいなと」
木島くんもやっぱり行きたかったのだろう。
だけど、あえて部活を優先した。
その選択が悪いとは思わない。
そこは人それぞれだ。
「あの……話を元に戻していい?」
「ウサギの島への行き方の話でしたっけ?」
「弓月島の話」
綾乃がゴホンとわざとらしく咳をすると、女性陣はみんな大人しくなった。
話を続けられそうだ。
「この島での事件を探偵が解決したって話だけど……多分いつものパターンで八頭さんが嘘をついている」
「どういうことですか?」
「電話で確認したけど、麻沼さんは事件のことを知らなかったんだよ。そして和泉さんはずっと九州にいる。当然須磨さんしか動けないわけだけど……」
「もしかして、探偵は事件の解決なんてしていない?」
「探偵が解決したんじゃなくて、多分俺……私達がこれから解決するんだよ、その島で起こっている事件を」
話がなんとなく見えてきた。
事件はまだ解決していない。これからするのだ。
なので、安く無人島を貸し切れるという話を僕達に持ちかけてきたと。
「どうします? 危険そうなら中止でもいいですけど」
「みんなの意見を聞きたい。私としては決行で良いと思う」
「理由は?」
慎重派の上戸さんにしては珍しい。
どういう根拠があるのか意見を聞いてみたい。
「多分、本気で解決に走れば到着したその日のうちに解決して、残る2日は好き放題無人島リゾートを堪能出来るから」
上戸さんが無茶苦茶なことを言い出した。
「危険はあるんですよね」
「先に言ったとおり、そこまでの危険はない。八頭さんは裏で何を考えているかわからないけど、罠にハメて他人が傷つくのを良しとするような性格はしていない。ちょっと安上がりで効率よく事件解決出来ないかな? くらいの考えで仕事を振ってきたんだろうし」
そう説明されると理屈は分かる。
あの探偵事務所の人間は、裏に色々と抱え込んではいるが、基本的には一般人を護るために動いている。正義と言ってもいい。
「人が傷ついたり死ぬような事件が発生していれば、もっと大きな騒ぎになっている。そこから逆に考えると、事件というのは、幽霊が出て怖いとか、変なラップ音が鳴るとかいう怪現象が起こって困るといった類のものだ」
「小学生も来るんですよね。大丈夫なんですか?」
「4人のうち2人はわりと強いから……」
「小学生が?」
「あの宇宙船の中で戦ったギリメカラなら秒殺できるくらい」
「どういうこと?」
上戸さんが言うのだからやたら強い謎の小学生がいるという話に嘘や誇張はないのだろう。
小森君の知り合いということは、やっぱり異世界帰りなんだろうか?
今は能力がない僕達よりも余程頼りになるかもしれない。
「ただ、あの探偵に踊らされるのは嫌だったり、それでも危険は避けたいと思うのは当然だ。だから強要はしない」
「私は当然行くけど。なんか面白そうじゃない。新聞部のネタにもなるし」
綾乃が意外に乗り気だ。
むしろ「事件」とやらを楽しみにしているように感じる。
「それに、高校生が旅行に行ったら事件に遭遇とか、謎の無人島に旅行とか、この機会を逃したらもう一生体験出来ないかもしれないでしょ。私はそんな楽しみを逃したくはない」
「私もOK。久々に全員揃うチャンスなんだし、行かないって選択肢はない」
綾乃に続いて赤土さんも参加を表明。
「先輩は私を護ってくれますよね」
こちらは友瀬さん。
プレッシャーが痛いが、もちろん逃げるつもりはない。
自分の彼女くらい護れなくてどうするんだ。
「もちろん。何があってもみんなで力を合わせて乗り切ろう」
「あとは、ここにいない小森だけど」
「裕和は幽霊とか虫とか怖がるからダメかも」
赤土さんがボソリと言った。
思い当たる節はある。
小森君は以前から、虫や暗がりに対しては露骨に嫌そうな表情を隠さなかった。
子供の頃は品田結依さんと同じで2人して怖いもの知らずという感じだったが、何が有ったのか?
綾乃に何か成分を吸われたんだろうか?
「まあ、それでも何とか克服しようという成長の兆しは見せているし」
「上戸さんは普段見てないからですよ。学校の中だと蜘蛛を見つけただけでも大騒ぎだったからダメじゃないかな」
「蜘蛛なんて異世界であんなに倒したのに?」
「赤土さんもあまり会ってないでしょ。一緒にいる期間は私が長いので」
「でも今年の2月まで疎遠だったんだよね。私達は半年近く一緒にいたので」
「やっぱり最近のことを知らないでしょ」
「最近小森くんとは話していないけど、あれだけ弱点を克服しようとしているんだから虫だって……」
綾乃、上戸さん、赤土さんがこの場にいない小森君について、ああだこうだと口論を始めた。
突然褒め讃え始めたと思ったら急に愚痴ばかりになったりする。
全員が小森君の事情に詳しいせいで僕達が聞いてはいけないような恥ずかしい話がどんどん飛び出してくる。
本人がいなくて良かったかもしれない。
正直よそでやって欲しい。
「なあ矢上、異世界ハーレムってどこに行けば手に入るんだろうな」
僕と同じことを考えていただろう木島君が話しかけてきた。
「異世界じゃないかな?」
「異世界って電車で往復出来る距離にないかな? 小田原くらいまでなら電車で通っていい」
「せめて箱根の峠は越えようよ」
「箱根越え? その発想はなかった。持久力トレーニングで箱根の坂を部員みんなで走って登るか」
「うちの高校の前の坂をダッシュで往復で十分だと思う」
結局全員で旅行に行く以外に何もまとまらず、混迷のままこの日のWeb会議は終了した。