収穫祭の魔女   作:れいてんし

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閑話 8 「さらば弓月島」

 柿原さんと二日目の昼食を作る。

 料理は無人島からの連想で島の空気を感じるハワイを意識したロコモコだ。

 

 調理は海水浴場の近くに設けられた、ブロックを積み上げて作った簡易スペースで行う。

 焚き火でも調理できるのだが、火力調整が難しいので、あえてカセットコンロを使う。

 

「ロコモコは、ハワイ式のビビンバみたいなものだ。ご飯の上にハンバーグと目玉焼き、野菜を乗せて、デミグラスソースをかけて混ぜながら食べる」

「昼にはちょっと重くないですか? 海で遊んで疲れてるから、みんなサッと食べたいはずですよ」

「しかも昨晩の夕食はカレーだ。デミグラスのハヤシ風味は味が被る。そこで――」

 

 取り出したのは、だしの利いた醤油ベースのめんつゆ。

 そして大根とレモン。

 

「今日は和風だしレモンアンドおろしソースの、さっぱりロコモコを作る」

「ハワイ要素が消えましたけど?」

「鳥取県の羽合(はわい)町の料理かもしれない」

「今からでも焼きそばにしません?」

 

 やめろ。せっかくの準備を無駄にする気か。

 

 ハンバーグは衛生面を考えて、事前にこねたタネを冷凍して持ってきてある。

 あとは焼くだけで完成するので手間は少ない。

 

 気温の高い中で挽き肉を練るという不衛生な作業もなくせる。

 

 目玉焼きも、しっかり火を通す。

 夏場の卵は食中毒のリスクを考えてしっかり火を入れておきたい。

 

「上戸さんは目玉焼き担当でいいですか? 私がハンバーグを焼きます」

「行けるのか?」

「もちろん! こう見えても料理はそこそこ得意なんです」

 

 柿原さんが胸を張って言い切る。信じない理由はない。

 

 二人でガスコンロに火を入れる。

 柿原さんがフライパンに油を引き、ハンバーグを焼き始める。

 

 俺も卵をフライパンに割って入れる。

 

 二人の前にあるフライパンから勢いよく高温の水滴が弾けて周囲を飛び回った。

 

「あっつ! あっつ! 油が飛ぶ! 熱い熱い!」

「なんでこんなに熱いんだ……って、水着だからか? 何も肌を防御するものがない……!」

 

 もろに高温の飛沫の直撃をくらい、調理スペースの前で2人してもだえた。

 

 想定できたはずのことだった。

 

 フライパンに油を入れて水分の多いものを焼けば油ははねる。

 普段は服が守ってくれるが、水着はほぼ裸同然。防具ゼロだ。

 

「上戸さん、エプロンは?」

「そんなものはない」

「せめて蓋を!」

「蓋もない」

「ならせめてまな板を蓋代わりに」

「その手があったか」

 

 やはり頼れるものはまな板である。

 まな板をバカにするやつには、まな板の偉大さが分かっていない。

 

 少々凸凹しているから何かというのだ。

 

 フライパンの上に水蒸気が適度に逃げるように少しだけズラしてまな板を置くと、もう飛んでくる飛沫はなくなった。

 

「でも良かったです。まさかこんな機会が来るなんて」

「無人島でのキャンプなんてロマンの塊だしな」

「いえ、そうじゃなくて……品田さんが亡くなったと聞いて、なんでもっと前に気付いてあげられなかったんだろう。話を出来なかったんだろうって後悔してたんです」

 

 柿原さんが紙皿にご飯を盛りながら、少しうつむいた。

 その手元は慎重で、米粒ひとつもこぼさないようにしている。

 

 ハンバーグを乗せた皿を差し出してきたので、受け取って野菜と目玉焼きを添え、だしとレモン、大根おろしで作ったソースをかけた。

 

 ソースは少し苦くて酸っぱいが、それがアクセントになる。

 

「でも上戸さんのおかげで、もう一度品田さんと……幼馴染で集まることが出来た」

「俺は品田さんとはあくまで別人だよ。本人も話は聞いているけどね」

「前はずっと丁寧語だったのに私たちの前で取り繕うのをやめてくれましたよね」

「ああ。みんな友達だからな。隠し事はなし。無礼講でいきたい」

「なら同じですよ。上戸さんの執り成しで友達同士で集まれた。友達同士で楽しい思い出をつくれた。それでいいじゃないですか」

「そうだな」

 

 俺は別に結依さんが自ら終わらせた人生の続きを代わりに生きているつもりはない。

 これは俺の人生だ。

 

 だけど、それで新しい友人達が古い友人を懐かしんで楽しめるなら、それでいいだろう。

 

 全員分の調理が終わったところで、匂いを嗅ぎつけたのか、海水浴を楽しんでいた腹ペコ軍団が調理場の近くに集まってきた。

 

「今日の昼メシは柿原が作ってくれたのか?」

 

 柿原さんがまず最初に感想を聞きたいであろう本命の小森くんも近寄ってきて、ロコモコが盛られた紙皿を掴んだ。

 

「どうよ。すごいでしょう」

「本当にすごいな。恵理子はうどんしか作れないのに」

「私だって作れますけど! うどん以外も出来ますけど」

 

 エリちゃんが不服とばかりに小森くんの肩に手を掛けて、そのまま体重を預けた。

 

「ラビちゃん、私にも活躍の機会をもらってもいい?」

「じゃあ日暮れ前当たりから夕ご飯の手伝いをしてもらってもいいかな? 夕ご飯は予定通りバーベキューだよ」

「バーベキューの手伝いって?」

「野菜を切ったり……あと、昼からカーターが魚釣りチャレンジをする予定だから、その成果次第でメニューが増える」

「魚を捌けばいいんだね。それなら楽勝」

 

 柿原さんへの対抗心からか、うまく乗ってくれた。

 

 せっかくなので、ありものの食材で作れる小鉢料理も何品か教えておきたい。

 

 来年、無事に合格すれば実家から離れた関東の大学に通うのだから、簡単な料理が出来るに越したことはないだろう。

 

「これはさっぱり味で箸が進むな」

「ただ、ビールと合わせるにはもう少しパンチが欲しいところだな」

 

 但馬さんとカーターが一気に飯をかきこむ。

 そんなに腹が減っていたのか。

 

 ロコモコはまあ好評のようだ。

 少し量を少なめに作ったのもあるが、みんなペロリと平らげた。

 

「おかわりはあるか?」

「ないよ。食材を余らせても仕方ないし、この後はスイカ割り予定なのであえて少なめにしてる」

「スイカか……長いこと食ってねえな」

「ワシも食っておらんな」

 

 さもありなん。

 フルーツは意識して買わないと、あまり食べなくなることが多い。

 

 せっかくなので、この機会に食べてもらいたい。

 

「スイカは別腹として、何かビールのアテみたいなものはないか?」

「卵が残ってるし、だし巻きでも作るか」

「そういうのでいいんだよ」

「他はハンバーグの欠片が微妙に残っているので、残りのご飯と混ぜてそぼろおにぎりくらいなら作れるそうだ」

「そういうのだよ。こっちにくれ」

 

 思わぬ追加料理の発生だ。

 

 残っていた卵を溶いて、ロコモコでも使った和風だしを混ぜてあえて塩分気持ち多めでだし巻きを焼いていく。

 

 続いてそぼろおにぎり。

 こちらはあまり量はないが、酒のアテくらいにはなるだろう。

 

 残り物も無駄にはしないのが俺達のポリシーだ。

 

「上戸さんは本当に器用ですね。いいお嫁さんになれますよ」

「お嫁さんになるつもりはないんだけど……」

 

 麻沼さんは純粋に褒め言葉で言ってくれたと思うのだが、あまり嬉しくないのは事実だ。

 

「佑はうちのお母さんだもんな」

「はいはい、大きなお子様も何か酒のつまみは必要ですかね?」

 

 優紀がビールを持って絡んできたので軽く流す。

 

「私はもういいよ。それよりも午後はどうする?」

「子供たちのスイカ割りに付き合って、その後は夕食の準備かな。釣りにも興味は有ったけど時間がね」

「なら私も付き合おう。子供たちの手伝いも楽しいし、食事の準備も2人で分担すれば早いぞ」

「夕食の手伝いはエリちゃんも手伝ってくれるから3人だ」

「それなら更に倍だな。せっかくの休みなんだ。2人でのんびりしたい」

「そうだな。お互い忙しいんだし、今日くらいはのんびりしよう」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 午後はこども達と一緒にスイカ割り。

 

 その後は浜辺をウロウロしてカニなどを獲ったりしていると子供達は電池切れのようで15時頃に4人ともダウン。

 

 但馬夫妻に協力してもらってホテルへ運んでもらった。

 

 その後は合流したエリちゃんと優紀を含めた三人で、黙々と夕食の準備を進めた。

 野菜を洗い、刻み、肉を串に刺す。

 

 日が暮れる頃にカーターと小森くんが疲れ切った顔で小さなアジを一匹だけ釣ってきたので、その場で刺し身にして食べてもらった。

 

 さすがにバーベキューの具に足すにはあまりにも釣果がショボすぎる。

 

「なんというか……道具じゃないんだな」

「難しいんだよ。外海は波止場の突堤から竿をおろすのと違って」

「サザエとかウニとか穫っていいんだから、穫ってくれば良かったのに」

「海に潜らなきゃいけないし、何より釣りをしたかったし」

 

 別に食材の確保ではなくて楽しみたかっただけならば、まあそれで良かったのかもしれない。

 

「釣りはやっぱり朝からやらないとダメですね」

 

 小森くんがしみじみと言った。

 

「そうそう。波の流れが変わる午後からの釣りなんてそんなもんだ。受験が終わったらまた朝から釣りに行こうぜ」

「その時はまた誘ってください」

 

 魚を捌くと息巻いていたエリちゃんもこの釣果には消沈だ。

 

 仕方ないので小森くんとカーターには設営の手伝いに入ってもらう。

 

 昨晩のカレーの時と同じくライトを点けたり、蚊取り線香を仕掛けたりといった地味な裏方作業だ。

 

 そして日が暮れた。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 昨晩と同じく、ホテルの前の庭にテーブルなどを設営。

 

 夕飯は予告通り、炭火で食材を焼いていくバーベキューパーティーだ。

 野菜も肉もたっぷり用意した。

 

「というわけで、こんなに楽しかった無人島サマーキャンプももう終了だ。みんな楽しかったか?」

 

 歓声が上がる。

 楽しんでいただけたようで何よりだ。

 

「食後は持ってきた花火で最後の打ち上げだ。その後は……」

 

 このサマーキャンプも終わり。

 本州へ……元の日常に戻るのだ。

 

「明日の朝には出迎えのフェリーがやってくるから、それに乗って島を出る。怠いだろうが、チェックアウト時にホテルの中や海岸を簡単に清掃するってことになってるので協力して欲しい」

「本州は何時着ですか?」

「12時。笠岡で飯を食うも良し。新幹線で駅弁を食うも良し。そのまま別の場所で夏休み延長戦をするもよし。自分の判断で行動してくれ。もちろん家族にはちゃんと連絡を入れること」

「もう嘘はダメだぞ、小森くん」

「今回の旅行はちゃんと親に説明してから来ましたって」

 

 それならばOKだ。

 

 女子高生チーム、エリちゃん、柿原さん、友瀬さんの3人は、本州に戻った後は広島の大久野島(おおくのしま)……ウサギ島に行った後に尾道で一泊して、それから帰るらしい。

 

 例の事件解決の報酬があるので金銭的な心配はない。

 エリちゃんがいれば変な虫が寄ってきても大丈夫だろう。

 

 女子以外はみんな直帰ということになっている。

 大人組は短い夏休みも終わり、仕事の日々が戻ってくる。

 

「もし都合が合えばの話だが、また来年も集まってこんな感じでゆるいサマーキャンプをやりたいと思う。もし暇なら連絡してくれ」

「そういうお前は暇なのか?」

「なんとかなるだろ。人生はこれくらいの息抜きが重要だぞ」

 

 昔ならば何を怠惰なとバカにしていただろう。

 

 だが、俺も変わった。

 

 人生はたまには息抜きが必要だ。

 ずっと仕事ばかりだと身体も精神も持たない。

 

「夕飯は予告通りバーベキューパーティーだ。どんどん焼いていくから、自分のペースで食べてくれ。じゃああんまり話ばかり長くても肉が焦げるし、そろそろ宴を始めよう。乾杯!」

 

 カーターからの簡単な挨拶の後にバーベキュー大会が始まった。

 

 食べざかりの男子高校生である小森くん、矢上君が肉肉肉と連続肉チャレンジを始めた。

 

 エリちゃんと柿原さんも肉チャレンジをしているが、さすがにそこまでではない。

 

 麻沼さんは、隅の方で冷凍フライドポテトを揚げては、カーターと一緒に淡々と食べている。

 どちらもゆるく人生を生きている感じでお似合いなのかもしれない。

 

 2人の生活態度を知っているだけに、本当に大丈夫かと思ったこともあったが、こんな感じの緩さ……ゆとりも人生を生きる上では精神的に安定していて良いのかもしれない。

 

 俺の方はというと、別の用事がある。

 

 ホテルの調理室に入って別の料理の調理を始める。

 小麦粉と牛乳で丁寧にホワイトソースを仕込み、バターで炒めたタマネギとカニの缶詰を加えてベースを整える。

 

 それを冷やして成形し、パン粉をまとわせて――油へ。

 ジュッと音を立てて、香ばしい匂いが立ちのぼる。

 

 完成した熱々のコロッケを皿に盛り、レルム君のところに届ける。

 

「師匠、これは?」

「異世界で約束しただろう。カニクリームコロッケだ。前に現地の材料で作ったのはイマイチだったけど、今回はちゃんとレシピも工夫して作ってある」

「覚えていてくれたんですか?」

「もちろん。色々と事件があっていけなかったけど、今回はちょうど良い機会だと思って作らせてもらった。バーベキューとは合わないかもしれないけど」

 

 昨晩のカレーはドロシーちゃんからの注文。

 今日のコロッケはレルムくんからの注文。

 

 色々と仕事にかまけていて、ほぼ一年越しになってしまったのは本当に申し訳ない。

 ただ、時間があった分だけ、レシピについては色々と工夫しているので、それで手打ちにしてほしい。

 

 いつぞやの古本屋で買った洋食の本から手に入れたレシピもうまく取り入れている。

 うぬぼれかもしれないが、自分の料理の中では最高傑作だと断言できる。

 

「いただきます。覚えていてくれて嬉しいです」

 

 レルム君がフォークでコロッケに刺す。

 揚げたてなのでまだ衣がサクっと音を立てて、中からとろりとホワイトソースが溶け出してくる。

 

「熱いから気をつけて」

「はい。わかってます」

 

 息を吹きかけ、慎重に口へ運ぶ。

 

 カリッとした衣の音のあと、柔らかなうま味の気配が伝わる。

 

 言葉はいらない。

 レルム君のその満足そうな表情だけで、調理の成否は十分だった。

 

「うちも欲しい!」

「僕もほしいです」

「もらっていいですか?」

 

 ドロシーちゃんと但馬さんのところの子供たちもコロッケを食べたいと訴えてきた。

 もちろんそれを見越してちゃんと4人分作ってある。

 

 調理室に戻り、他の3人分のコロッケを持ってきてそれぞれの前に並べる。

 

 これで、異世界から持ち帰った宿題はオールクリアだ。

 

「ラビさん、俺の分は?」

「残念ながら、子供たちの分しか食材を用意していないからないよ。今はバーベキューを楽しんでくれ」

「なら仕方ないか……また機会があればお願いしますよ」

「わかったよ。また機会があれば」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 翌朝。

 ホテルやバーベキュー場、海水浴場を総出で掃除を始めた。

 

 せっかくなので漂着ゴミなども分別して廃棄していく。

 来た時よりも綺麗にだ。

 

 可燃物についてはその場で極光で焼き払っておく。

 

 不燃ゴミは業者を手配していて笠岡港周辺に来てもらうので、あとは渡すだけでいい。

 

 終えた後に港の桟橋に並ぶと、遠くの水平線に白い船影が見えた。

 

 迎えのフェリーだ。

 ホテルを施錠して桟橋に向かう。

 

「忘れ物はもうないな」

「ありません」

 

 荷物を積み込み、最後の確認をする。

 

「お菓子が余ったな」

「欲しいやつにやればいい。子供でもJK達でも」

「それなら子供達優先でいいだろう」

 

 食材はいくらでも使い道はある。

 小分けして子供達のリュックサックに入れてやる。

 

「本当に、楽しかったな」

「ええ。あっという間でした」

 

 フェリーが岸に横付けされ、甲板に潮がはねる。

 エンジンの低い音が響く。

 

 振動するスロープの上を渡って船室に入ると、一気に疲れがやってきた。

 だが、まだ寝るわけにはいかない。

 全員が無事に帰宅するまでがサマーキャンプだ。

 

 子どもたちは名残惜しそうに浜辺を振り返っていた。

 レルム君も、ドロシーちゃんも、但馬さんの子供達2人も、ただ静かに波を見ている。

 

 俺もまた、その景色を目に焼きつけた。

 

 フェリーがゆっくりと離岸する。

 白い航跡が、青い海を裂くように伸びていく。

 

「結局日本軍はあの島で何をやっていたんでしょう」

「流石に時間が経ちすぎた。もう何もわからない」

 

 小森くんの呟きに答えた。

 今は事件が解決しただけで良いじゃないかと締めくくる。

 

 もしかしたら、この日本軍の実験が何か別の事件につながるかもしれないが、その時はその時だ。

 

 今は楽しかったサマーキャンプの思い出にひたりたい。

 

 麻沼さんのバッグの中にはガタノソアの像が入っている。

 

 念のためにそれを東京まで届けて、探偵事務所に引き渡すまでが俺の仕事だ。

 

 ウサギ島には俺も行きたかったが、邪神像を放置は出来ないので、まあ仕方ない。

 高校生のみんなに楽しんでもらおう。

 

 無人島は、もう小さな影になっていく。

 

「また来ましょう。今度は事件も受験もなく」

「そうだな。また来年に会おう」

 

 こうして、俺たちの無人島サマーキャンプは幕を閉じた。

 

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