サマーキャンプから早くも1ヶ月。
9月の臨時国会で、ようやく市ヶ谷議員の提出した法案が可決された。
ようやく政府、警察、探偵……伊原さんを含む向こうの世界が一丸となった異世界関連への対策組織が発足することになったのだ。これは大きな一歩だ。
もちろん、これは問題が山積みだ。
今のところ、法案が可決されたというだけで、実際に予算が出るのは来年度以降の話。
当分は予算がない中でうまくやりくりしながら動かないといけない。
それでいて、成果が上がらなければ野党や活動家が予算の無駄だと小突きにくる。面倒な話だ。
他の問題は、俺が巻き込まれた「異世界魔法学校」事件だ。
今までは半年に一度50人参加のデスゲームの参加者だけが被害者だと思われていたが、どうやら他にも少人数のゲームが開催されていることが分かった。
だが、日本全国の行方不明者全てを俺達や探偵だけで調べ上げて、運営関連の事件か、それとは無関係なのかを調べるというのは手が足りなさすぎてほぼ不可能だ。
これまで以上に各都道府県の警察との連携が大切になってくる。
そこで、政治家、官僚などの関係者が一堂に会しての第一回のレセプションが行われて……わずか30分で終了した。
「あいつら本当にやる気があるのか?」
30分で終了した理由の1つがこの伊原さんだ。
今回の会合のために異世界からわざわざ東京霞ヶ関までやってきていただいたことには感謝しかない。
ただ、伊原さんが最初の挨拶の場で運営がいかにクソなのかを熱く語り続けたのだが、あまりに口が悪すぎた。
そのため主賓だというのに厳しく注意を受けて、本会議場から追い出されてしまった。
なので一応、本会議場ではまだレセプションは続いている。
続いているのだが、このままだと追い出された伊原さんが、そのまま帰ってしまう可能性が高い。
いや、早く帰るだけならまだいい。大人気なくいきなり暴れ出す可能性もある。日本で余計なことをされても困るので、なだめ役として俺も会議場から離脱したという次第だ。
会議場には市ヶ谷議員や探偵事務所長の
だが、肝心の異世界で何が起こりどのような被害が発生するのかを聞けなくなったという損失はあまりに大きい。
なんとか会議に戻ってもらわないと困る。
「だから、私はこういうのには向いていないんだ。
「もう少し大人になってくださいよ。今年で何歳でしたっけ?」
「わからん。150を越えたあたりで年齢を数えるのを止めた」
「よくランクアップのメダルが続きますね」
「ランクアップは瑞穂と夕子が亡くなった80年前くらいに止めたよ。でも老化はしない。私はもう人間じゃないから、そういうのからは解放されたんだろうな」
伊原さんが片手を上げると、一瞬だが手が漆黒の渦巻のような形状に変わったのが見えた。
見間違いかと思って目を擦ると元に戻っていた。
トナカイが言っていた通りだ。
不老不死になった人間はもはや人間ではない。ヒトの形を維持できず変異すると。
相変わらず若々しいと思ったら、とっくに人間ではなくなっていた……完全に邪神の化身になっていたのか。
そして、俺達が昨年11月に中村夕子……伊原さんのかつての友人を倒してから、あちらの世界ではもう80年が経ったということに気付いた。
気付いてしまった。
あの世界に残ったみんなは……もう誰も生きていない。
二度と会うことはないと覚悟はしていたが、流れた年月の長さを数字を叩きつけられると辛いものがある。
「あちらの世界と地球での時差はどうなったんでしたっけ? 2月くらいから少しづつ補正したと聞いていますが」
「今は2対1くらいだな。地球の1日は私達の世界で2日だ。これくらいの差まで詰めたんだから、もう補正はいらないだろう。大きな支障はない」
「ならば、もうしばらくはこちらの世界に滞在していてもそこまで影響はないんですね」
「いや、あのジジイ連中がクソすぎて腹がたつから、昼飯を食ったらもう帰って寝るつもりだ」
伊原さんがジジイ連中と切り捨てたのはドサクサで自分達の利権をねじ込んできた肩書きだけはえらい方々だ。
嫌う気持ちもわかる。
だが、ある程度は見逃して融通してやってほしい。
世の中には金がかかわらないと動かない連中が山ほどいるので、そんな人達を手っ取り早く動かすには、やはり金を使うのが手っ取り早い。
説得する時間を金で買ったようなものだ。
それに、こちらには警察がバックに付いているのだから、やりすぎた連中はいつでも吊るせる。
老人達はそれに気付いていなくて、警察を手玉に取ったつもりなのかもしれないが、むしろ逆。警察が不正行為の証拠という首輪を付けて利用している形だ。
蘆名さんが日付を入れてハンコを押すだけでいつでも裁判所に提出できる逮捕状請求セットを人数分並べた時には思わず噴き出した。頼もしすぎる。
異世界に帰る前に、せめてその説明を聞いてもらいたい。
ここで帰られては、今までコツコツと準備してきた異世界対策が初っ端から転けてしまう。
少なくとも、キーマンである
霞ヶ関周辺から離れたくない。
「東京都内で美味い店知らないか? 君だけが頼りだ」
「そうですね……中華料理とかどうですか?」
「せっかくだから、日本食……江戸前寿司でも食べようと思っていたが、有名な中華の店があるのか?」
「横浜に中華街ってあるでしょう。あそこで修行した料理人が、人口が多くて安定した客を期待できると東京に店を出しているんです」
「技術も味も保証されているわけだ。ここから歩いていける距離なのか?」
良かった、食いついてくれた。
「ここは桜田門。店があるのは虎ノ門ですので、歩いて10分くらいですね。有名なのは麻婆豆腐ですけど、以前に私は黒酢鶏を食べました」
「酢鶏? 味の想像が出来ないが」
「酢豚の豚を鶏の唐揚げに替えたと思ってください。黒酢とXO
「私達の世界にはない味だな……いや、多分中国に行けばあるはずなんだけど、まだ国交がないんだ」
「なら、中華料理というのは悪くない選択肢だと思いますよ」
「それもそうだ。行ってみよう。そろそろ太平洋航路も開拓しようと考えているし丁度良い。日本がどれくらい地球の歴史と乖離しているのかも見てみたい」
「太平洋はノータッチなんですか?」
「大西洋関係が最近きな臭かったからな。南北アメリカにやってきた欧州諸国が地球と同じアレで平和的な話し合いが出来ない感じだったので、第一次大戦が始まりそうに——」
「——ストップ! 向こうの世界の話はなしで」
さりげなくとんでもない話が一瞬聞こえた気がしたが、多分気のせいだ。
そんなSteamで売ってそうな洋ゲーみたいな話をされても困る。
記憶から消したい。
よし記憶から消した。
「早く中華屋に行きましょう。数量限定なのでなくなる前に」
「待った、そこの店は数量限定なのか? 好きなのを頼めないのか? 私は待つのが嫌いだぞ」
「まだ昼食タイム前だから多分大丈夫ですよ。選びたい放題」
伊原さんの気持ちが変わる前に中華屋へと歩みを進めた。
◆ ◆ ◆
「そうそう、こういうのでいいんだよ。全部美味い。気取った感じじゃないのもいい」
「満足していただけて何よりです」
2人で炒飯、黒酢鶏、麻婆豆腐、レバニラに餃子。色々欲張って注文し、小皿で取り分けた。
どの料理の味も満足していただけたようで何よりだ。
食事ついでに蘆名さんの仕込みについても説明したら、そういう小細工は大好きだと大喜びだった。
今のテンションの高さならば会議の場に戻ってくれるだろう……子供か?
「おいおい、こんなところにいたのかよ」
そうやって美味しい中華を堪能しているところにカーターが合流してきた。
後ろから蘆名さん、八頭さん、市ヶ谷議員が姿を現す。
カーターは店員を呼び止め「この二人の知り合いなので相席で。追加でこの青菜炒めを。会計はまとめて」と手早く注文を済ませる。
「老人にはさすがに脂っこいのは辛いのでね。私も麻婆豆腐をいただきましょうか」
「私も同じものを」
「同じく。会計は私がまとめて支払いますので」
蘆名さん、八頭さん、市ヶ谷議員もカーターに続いて手早く注文を済ませて隣のテーブルに着いた。
どうやら俺達の食事代まで八頭さんが経費で落としてくれるようだ。ありがたい。
「迎えに来たのか?」
「もちろん。この三人が是非とも話をしたいということだ」
「最初からそれでいいんだよ。数合わせの連中の雁首並べられても困る。私はリーダーだけと話をしたいんだ」
「伊原様の期待に添えると自負しております」
市ヶ谷議員が自信満々に答えた。
「君が孤児院院長の父親か。なるほど、親子だな。どこか似たところがある」
「孤児院の院長? もしや娘について何か御存じで?」
「娘……娘か。あまり喜べる話ではないが、生き様については少し聞いている。自伝も出版されているので、必要ならば入手しよう」
「生き様……自伝……」
市ヶ谷議員に一瞬浮かんだ期待と喜びの表情が曇った。
頭の回転が速い議員のことだ。
今の言い方で理解したのだろう。
娘さん……市ヶ谷理乃さんはもう生存していないと。
「込み入った話もあるようですし、食事の後はどこか酒の飲める場所でゆるりとお話でも如何ですか?」
蘆名さんの問いに市ヶ谷議員は無言で首を縦に振った。
「そうだな。ゆっくり飲むのも一興だ」
伊原さんもOKのようだ。
すかさず八頭さんがどこかに電話をかけ始める。
酒を飲めて、秘密の話を出来る料亭を予約するのだろう。
ここは日本の政治の中心地。そういう場所はいくつもある。
「では私たちはここでお
「そうだな。あとは仕事と……他人にはあまり聞かれたくない話だろうし、帰っていいぞ」
伊原さんは市ヶ谷議員の顔を少し見た後に、手の甲を俺に向けて追い払うような仕草をした。
「どうせ来月にも会うんだ。それまでにここの近くで和食の美味い店を探しておくこと」
「うどん屋でいいですか?」
「なんでそこでうどんなんだよ? 何系の発想なんだ?」
そうは言っても俺達の標準はうどんベースだ。
だが、伊原さんの望みとあらば何か調べておこう。
「洋食でも良いですよね。独自進化した日本にしかない料理。確かな伝統と技術者に裏付けられており、味は保証します」
「私が食べたいのはそういうのだよ。わかってるじゃないか」
ならば決まりだ。
今度は大正時代からやっている洋食の名店を案内しよう。
◆ ◆ ◆
食事を終えて、伊原さん達は予約したという店にタクシーで向かっていった。
そして、俺とカーターだけがその場に残された。
時間はまだ12時になったばかり。
一応、この会議に参加するために休みは2日を確保しているので、今すぐに帰るのは交通費が勿体ない。
「どうしよう。横浜にでも行くか」
「また横浜でいつものメンツに会うのかよ。それなら、たまにオレと一緒にドライブにでも行かないか?」
「今日は車で来ていたのか? ドライブってどこに?」
「オレんち。せっかくだからほうとうでも食おうぜ」
「そうだな。これからどんどんと異世界関係で忙しくなるだろうし、今が良いチャンスかもしれない」
急に決まった話なので他のメンツがいないのは寂しいが、たまには気の合うカーターと二人旅も楽しいかもしれない。
「途中で富士五湖にも寄れるけどどうする?」
「富士五湖は学生時代に一度見たからいいかな。それよりもサマーキャンプに持ってきていた美味いベーコンの店に行きたい。あとはスーパー」
「スーパーに行って何をするんだ?」
「ほうとうを作るんだろ。野菜とスープと本体の麺を買わないと」
そう説明すると何故か言い出しっぺのカーターが動揺し始めた。
「本当にうちに来るのか? 誰も家族はいなくてオレ一人しかいないんだぞ」
「何か問題でも?」
「だからそういうところがな……まあいい。行くならさっさと行くぞ。下手に遅くなると渋滞に巻き込まれるし」
一緒に駐車場まで歩いて行って助手席に乗り込む。
後部座席に座ったことはあるが、助手席は思っていたよりも広かった。
「広いのは良いけど、シートが高級車の割に思っているよりも固いな」
「アメリカ仕様なんだよ。同じ外車でもそこがドイツ車との差だ。その代わりに高速走行で安定する仕組みだ」
カーターがエンジンを起動すると、日本の道路を走るにそぐわない巨大なGM製V8エンジンが唸りを上げた。
一瞬で制限速度に達した後はアクセルを緩めて巡航。
エンジンの回転数は低くとも、圧倒的な馬力で巨体を物ともせずグイグイと進んでいくので、思っているよりも振動は少ない。
なるほど、これがアメ車の魅力か。
「面白いだろう。こういうのは日本車にない魅力だ」
「だけど狭い路地を走るのは大変じゃないか? このサイズの車だと大変だろ」
「そうは言ってもアルファードあたりとそこまで寸法は変わらないからな。日本の道でも特に何も困らないぞ」
「アルファードがデカいんだよ」
「それはある」
あっという間に高速を抜けて山梨県へ。
そこから国道、県道を走り、牧場でベーコンを購入。
また高速道路に乗ってすぐに降りる。
日が暮れる前にカーターの住むマンション最寄りのスーパーに到着することが出来た。車を降りて青果コーナーに。
「ほうとうのレシピは調べたんだけど、具材が地域によってまちまちで分からない。カーターの家は何を入れるんだ?」
「うちの家族の味はかぼちゃとごぼうと人参に長ネギ。薄揚げと豚肉も欲しい」
カーターが記憶を頼りに使われていた食材を挙げていく。
「ごぼうのカットはささがき?」
「うちは筑前煮と同じサイズで一口大。人参も同じサイズだ。歯ごたえと泥臭さを味わうんだ」
「了解。筑前煮だな」
指定された食材を購入。
手早く買い物を済ませて車に戻る。
カーターの住んでいるマンションはそこから10分ほどだった。
オートロック付きで駐車場もなかなか広い高そうなマンションだ。駐車場も屋根付きだ。
単身者ワンルームにしては広いなと思っていたら、普通に家族連れも住んでいる。かなり良いマンションだ。
「もっと古いアパートみたいなのをイメージしてたけど違うんだな」
「家賃補助も出るからな。2LDKを借りた」
「俺と同じこと言ってるな」
「田舎は大学の周り以外はワンルームの選択肢がないんだよ」
「趣味で買った物が多くてワンルームの小さい部屋には入りきらないから言い訳してるだけだろ」
「バレたか」
カーターが鍵を開けて招いてくれたので室内に入る。
意外に感じたのは部屋は綺麗に片付いていることだ。
入ってすぐの場所はリビングダイニング。
奥の部屋への扉は開いたままだったので中が見える。
ベッドルームと……書斎か?
「ちょっと奥の部屋を見せてもらってもいいか?」
「おい、ベッドルームを勝手に覗くな!」
「そっちじゃない。こっちの書斎だ」
「そっちもダメだ」
チラリと書斎を覗くと、手前の書架は土木、建築関係の本で埋め尽くされているのが見えた。
全て市役所の土木課という仕事関係の本なのだろう。
普段のズボラな性格と違い、本のサイズごとに几帳面に綺麗に分類、並べてある几帳面さが見える。
背表紙の端が折れたり曲がったりしていないのも好ポイントだ。本を大切にしているのが分かる。
「じゃあ調理を始めていくか」
ゴボウはたわしで擦って表面のヒゲと薄皮だけを取る。
その後にカーターの要望通りに一口大に切り揃える。
あく抜きは最低限水に
ゴボウのアクは山菜によくあるシュウ酸ではなく人体に無害なので独特の風味が失われるからだ。
これはどちらかと言えば、火が通りにくいゴボウを煮えやすくするための下準備にすぎない。
カボチャ、ニンジンもやはり煮えにくいので、あく抜きしたゴボウと共に早めに鍋に投げ込んで炊き込む。
並行して薄揚げをさっとお湯に入れて油抜き。
ここは関西のきつねうどんと同じ工程だ。
「二人だけだと食材は余りまくるので、煮えるまでの時間を使って、別の料理を作っていくぞ」
「何を作るんだ?」
「ゴボウと人参はささがきにしてキンピラに。カボチャは小さくイチョウに切ったものをバター炒め。冷蔵庫に入れておくので、明日以降食べるといい。三日くらいは持つ」
「OK。酒の肴にするわ」
賄いはフライパン一個で手際良く調理する。
そうしているうちに、鍋で煮込んでいる具材が柔らかくなってきたので、豚肉と購入したほうとうのたれを投入。
味は完全に市販たれ依存ではあるが、メーカーの開発部を信じたい。
野菜に味が染みたタイミングで薄揚げと麺を投入。
最後にネギを入れてひと煮立ちさせたら完成。
確かにこれは一人暮らしで食べるのは厳しい。
野菜をたっぷり入れるので、とんでもない量になる。
早速ほうとうをいただく。
関西のうどんと比べると麺は太くて固い。
だしも濃い目の味付けだが、名古屋の味噌煮込みほどではない。優しい味だ。
「お前すごいな」
「別にすごくない。たれのパッケージの裏に詳しい調理法が書いてある。レシピ通りなら誰でも作れるって大垣が言ってた」
「誰だよそれは。これは完璧にオレの家の味だぞ」
「材料もたれも同じものを使ったんだから、味も同じになるのは当然だろう」
汁まで飲み干して完食だ。
世間の気温はまだまだ夏なので若干暑いが、これから寒くなる時期に食べると身体が温まって良いかもしれない
「要するに、これは豚汁うどんなんだな」
「豚汁うどんは別にあるから違うぞ」
「別にあるのか……」
自分が住んでいない地域については分からないことが多い。
だからこそ旅は面白い。
後片付けで器を洗っていると、カーターが真剣な目で俺を見た。
何か言いたそうで、それでいて言えない。
そんな葛藤を感じる。
それでも一度目を閉じた後に、意を決したのか口を開いた。
「また食パンを買いに行けばいいのか?」
「茶化さないで聞いてくれ」
カーターの目からはただならぬ決意を感じた。
流し聞きは失礼だと思い、器を洗うのを一度止めた。
手を拭いて居間に戻った。
座して話の続きを待つ。
「お前とは長い付き合いだ。最初は何事かと思ったよ。見た目は女子中学生なのに中身は男でオッサンだと」
「24歳ですけど」
「知ってる。ただ、事情が色々とあるとはいえ、胡散臭いのはむしろオレの方だった」
「結局、お前とゲームマスターの見た目が同じなのは何だったんだ?」
「うちのスポンサーは何も言ってくれないが、おそらく別次元のオレ本人がゲームマスターなんだろう」
「マルチバースってやっぱりクソだわ」
最後はしおらしかったものの、非道な行為を繰り返してきたゲームマスターと、頼りないけど本当は誰にでも優しい友人のカーターが同一人物であってたまるか。
「お前はそんなオレにも優しい言葉をかけてくれた……いや、オレだけじゃない。お前は会った人間みんなに優しかった。世の中にはこんな人間がいるのかと思って……それからはもう夢中になった」
返事はしない。続きを待つ。
「お前が好きだ。友人としてでなく、女性としてのお前が好きだ。好きだった」
「知ってる。さすがに俺はそこまで鈍感じゃない」
カーターの気持ちはだいたい分かっていた。
その上で偽らない気持ちを応えないといけない。
「俺も友人としてはお前は好きだけど無理だ。まだ心の中では男なんだよ。女性として男性を愛することは出来ない」
「でも、オレが一人暮らしで他に誰もいない部屋にお前は入ってきた。もしオレが衝動のままにお前に襲いかかったらどうするつもりだったんだ?」
「エリちゃんにも似たような話をしたけど、麻沼さんにプロポーズしようとしているお前が、同意なくそんなことをするはずないと信じている。もし変なことをされたならば、その時は何か異常事態が発生している時だから犬に手を噛まれたと思って諦める。もしかしたら麻沼さんが死んだのかもしれない」
「勝手に人を殺すな」
「前も同じことを言われたよ。それくらいありえないってことだよ」
結局のところはそういうことだ。
俺は小森くんを信用しているのと同じで、カーターのことも同じくらい信頼している。
俺たちの仲間に自分の欲望を叶えるために他人の意思を無視して傷つける人間なんて一人もいないと信じている。
「俺に混じった結依さんの影響で小森くんに対して女性として好きという気持ちが出ることはあるが、それとこれとは話は別だ」
「それはあるんだ」
「定期的にあるし、そのせいで意味不明な言動をするから割と困っている」
「なるほど」
聞いていますか結依さん。
そういうとこだぞ。
「ただ、オレは全部踏まえた上でこの気持ちは伝えておきたかった」
カーターはそういうとベッドルームに入り、そこから小さい小箱を持ってきた。
両手で大切なものを慈しむように小箱を開くと、中には小さな指輪が入っていた。
「麻沼さんにプロポーズしようと思う。だけど、お前へのこの気持ちを心の中に隠して抱えたままプロポーズをするのは、彼女にもオレの心にも良くないものを残すと思っていた」
「本当にいいんだな」
「ああ、後悔はない。彼女はお前が考えているよりももっと繊細で、助けを求めている女性だ。ずっと誰かを頼りに生きてきたオレでも、誰かの支えにならたいと思っている」
「ならば神に仕える聖女として目一杯の祝福の言葉を送らせてもらうよ。神は神でも邪神だけどな」
「お前みたいな聖女はいねぇよ。魔女だ魔女」
「その通り。俺は
カーターが抱えていた悩みも解消したようだ。
そして俺達の友人関係は変わらない。これからもずっとだ。
結婚して足抜けする気満々の麻沼さんがプロポーズを断ることはないだろうが、良い結果が返ってくることを祈りたい。
「ところでこの近くにホテルってあるか? もう新幹線の時間が過ぎてるから帰れないんだけど」
「じゃあうちに泊まるか? ベッドも使っていい」
「それは助かる。シャワーとか貸してもらえると助かる」
ここはカーターの善意に甘えよう。
シャワーを借りて汗を流す。寝間着がなかったのでカーターのシャツを借りてベッドに倒れこんだ。
明日は朝から動くことになる。
今日は早く寝てしまおう。
◆ ◆ ◆
夜も遅かったが関係者に電話をかける。
3コールで電話に出てくれた。
「助けて小森、オレの部屋のベッドで半裸のラビ助が寝てるんだけど、オレはどうすればいい?」
『爆発すれば良いんじゃないですか?』