収穫祭の魔女   作:れいてんし

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番外編 4 異界都市東京
第一話 「幻のニュータウン」


 東京での仕事と聞いていたのに「新幹線を新横浜で降りろ」という意味不明な連絡が来た時点で察するべきだった。

 

 新幹線のチケットと乗車券が送られてきたので交通費はタダで移動出来てラッキーとかそういう話ではない。

 

 交通費を払うから急いで来いという催促だ。

 

 新横浜駅から40分間電車に揺られて到着したのは八王子駅。

 

 最近は温暖化で秋まで暑いとはいえ、さすがに11月ともなると冷え込んでくる。

 以前に蘆名さんからいただいた黒いコートと帽子が役に立つ。

 

 神戸の洋裁店に持ち込んで寸法直しを頼んだので、寸法もピッタリだ。

 

 コート裏にバルザイの偃月刀を隠し持てるのも大きい。

 

 待ち合わせ場所である駅前バスターミナルで待っていると、一人の青年が近づいてきた。

 

 探偵の和泉隆成(いずみりゅうせい)さん。

 横浜の事件で別れたキリなので半年ぶりくらいだろうか?

 

 髪は茶髪で指にはいくつも指輪。グレーのスーツ。

 相変わらず見た目だけだとただのチャラいホストである。

 

「上戸さん、お久しぶりです。色々と活躍は耳にしています」

 

 髪をかき上げる仕草も完全にホストである。

 この人、職業間違えているんじゃないだろうか。

 

「和泉さんもお元気なようで何よりです」

 

 社交辞令でこう言ってはみたものの、あまりお元気そうではない。

 目の下にクマが出来ており、日々の仕事の仕事の過酷さが伝わってくる。

 

 これから、政府の新組織が動き始めると更に忙しくなるというのに、誰か補充要員が来ないと和泉さんは過労死するのでは?

 

「過労で倒れそうですがね。同僚は年末で寿退社ですし、これから更に仕事が増えるかと思うと……」

「ああ、麻沼さんね」

 

 実はまだプロポーズは成立していない。

 

 カーターがプロポーズはクリスマスイブに夜景が見える高層ビルのレストランでやりたいと宣言して、麻沼さんがそれにOKを出した。

 相変わらず形から入るやつだ。

 

 20時の鐘が鳴ったタイミングでカーターが指輪を取り出してプロポーズ。

 

 脚本に沿ったセリフを読み上げた後に、翌朝は早いので食事後に一度解散。

 

 翌日25日、役所に2人で書類を提出するのだが、カーターにとっては役所=職場なので、その後は仕事に戻るらしい。

 

 ファミレスに入った俺の目の前で二人がポテトをつまみながら脚本の添削とリハーサルを始めたのを見た時は頭がおかしくなりそうだった。

 俺の知ってるプロポーズではない。

 

「プロポーズ会は誰にも見学OKってことでしたけど和泉さんは行かれますか?」

「内容は説明されたのですが、一から十まで意味が分からなかったので行きません」

「ですよね」

 

 良かった、この人はまともな感性を持っていた。

 

 柿原さんが「面白そうなので見に行きます」「ブーケが飛んで来たらもらいます」などと意味不明な発言をした時は、俺の信じていた世界は実は間違っているのではないかと少し悩んだが、どうやら杞憂だったようだ。

 

「人手不足は上戸さんが転職していただけると少しは解消されるのですが」

「ハードすぎる仕事と給料のバランスが悪いので無理ですね」

「ですよね」

 

 お互い即答だった。

 

 あまりに仕事がハードすぎるのと、求められる技術が特殊すぎるために、誰も新人など入ってこないことを和泉さんも分かっている。

 

「上司も警察内に誰か代わりを勤まりそうな人材がいないか探しているようですが、魔術について理解のある人間はほぼいないので候補者選定が大変なようです」

「魔術師なんてそうそういないでしょうしね」

「魔術師でなくとも須磨のように道具を使えば何とかなりますが、それでも特性というものがあり、都合よく警察の中から見つかるかというと……」

 

 当然の話だ。

 求められる能力は特殊でかつ仕事の量、質も半端ではない。

 

 それでもなお、正義のために動くことが出来る人間なんて、そんな都合の良い人材がいるわけが――

 

 ――1人いるな。

 

「今は高校生ですが、来年に警察官採用試験を受けようとしている正義感の強い若者がいますけど誘ってみます? 魔術的な知識も特性も経験もあります」

「異世界関係者ですか?」

「違いますが、和泉さんも会ったことがあると思います」

「私も会ったことがある?」

 

 本人への確認も必要だし、一応は警察採用試験後に警察学校で基礎訓練を受けた後という形にはなるだろうが、本人の希望にも特性も合致している。

 

 政府関係のお仕事なので、仕事はハードではあるが、給料も悪くはない。

 

 町のおまわりさんから始めるよりも、多くの人を護っていきたいという本人の希望に添えるかもしれない。

 

「まあ、今日明日の話ではありませんので、後ほどじっくりと」

「そうですね。では、今は現在進行形の話をしましょうか」

 

 駅から少し歩いたところにレンタカー屋がある。

 そこで本日の目的地まで移動するための足にする車……5人乗りのコンパクトカーを借りる。

 

「運転はどちらがします?」

「車を借りたのは私ですので、もちろん私が運転します」

 

 和泉さんがスマートキーに付いたリングを指先で振り回した後に運転席のドアを開けて乗り込んだ。

 

 俺が助手席に乗り込んでシートベルトを締めるのを確認した後に、スタートボタンを押してエンジンをかけた。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 運営による日本国民の拉致。

 そして異世界から迷い込んでくるモンスター。

 

 それらに対抗するため手段として伊原さんが導入を提案してきたのが「次元の壁」だ。

 

 要するに、この地球を別の次元から隔離して、あらゆる往来を禁止するシステム。

 

 導入すれば、運営が地球から人を拉致することは不可能となる。

 

 あちらの世界でも導入の実績があり、効果は保証されている。

 

 ある程度の次元間移動が可能なトナカイ相手ですら制限をかけられるくらいの強力な防御システムである。

 

 もちろん、既に地球に入り込んでしまっているモンスターなどが消えるわけでもないし、伊原さんが自由に出入りするために常時開けている穴をハッキングされて悪用されかねないという懸念事項もある。

 

 ただ、それを差し引いても効果的なことは間違いない。

 しかも、伊原さんは悪用しないという条件で技術の無償提供を行ってくれると約束してくれている。

 

 地球にはシステムを維持できる魔術師もなければ、エネルギー源である魔力もないので、電気を動力とした設備……携帯電話の電波塔のような施設を建てて、それを賄うことを予定している。

 

 ここまでが10月の定例会で決まった内容だ。

 

 そして、ここからが初耳の話。

 

 探偵事務所から新幹線のチケットと3万円がチャージされたIC乗車券が送られてきた理由だ。

 

「その建設予定地で現地調査をしていたチームが、突然消息を絶った」

「……さすがにクマが原因じゃないですよね」

「現地調査のチームは5人。クマ5頭以上が同時に奇襲してこない限り、一瞬で全滅はしない」

「ここで発想を変えてみます。クマ以外の……異世界関係の謎のモンスターが出現したとしても、同様の理由により、一瞬で全滅はありえない。スマホですぐに連絡できるから」

 

 ポケットから社用スマホを取り出し、画面を見る。

 

 山地部とはいえ、八王子市内、東京都内であるり

 電波は弱いが、繋がらないわけではない。

 

 GPSもちゃんと補足して現在位置をマップに表示させる。

 

 行方不明になった人達も当然スマホを持っているはずだ。

 遭難したり負傷で動けなくなっても、自分で連絡するなり、救助チームがスマホの位置補足機能で追跡なり出来るはずだ。

 

 なのに調査チームからの連絡はなく、救助隊も捕捉出来ていない。

 

「地元警察と消防が動いたが成果なし。そこで、新設予定の組織の候補者3名を訓練を兼ねて派遣した……が、その3人も消息を絶った」

「新組織の候補者って、つまりエリートですよね」

「警察でも暴力団事件を担当していた百戦錬磨の刑事。若手ながら剣道で国体出場経験を持つ警察官。そして鑑識官が一人」

 

 和泉さんが、信号待ちの間に鞄からクリアファイルを出した。

 

 現地調査チーム5人と、後続のチーム3人の経歴が並ぶ。

 顔写真も添付されていた。

 

 この顔写真を頼りに捜索しろということだろう。

 

 新人2人はともかく、50代のベテラン刑事――安坂(あさか)巡査長の経歴が目を引いた。

 A4用紙一枚に収まらないないほど多くの事件が記載されている。

 

 加齢により体力は全盛期より落ちており、20代に若手には負けるかもしれないが、それを補う経験があるはずだ。

 

 その安坂刑事が、痕跡一つ残さずに消えるというのは信じがたい。

 

 最初に行方をくらませた調査チームには測量士もいた。

 

 職業柄、山や森などの移動には慣れているはずだ。

 全員が全く身動き一つ出来なくなるような大規模な滑落事故を起こすとは思えない。

 

 では、彼らに何が起こったというのか?

 

「上戸さん、この事件をどう見ます?」

「先程説明した通りです。単純なモンスターの襲撃ではありません。おそらく横浜の事件と同じで異界化に巻き込まれた可能性が高いかと」

「現地調査チームが行方不明になって5日。後続チームは2日」

「前者が限界ですね。負傷していなくても、水も食料も尽きて身動きが出来なくなる頃でしょう。……あ、すみません。あのホームセンターに寄ってください」

 

 道路脇にホームセンターが見えたので立ち寄ってもらう。

 

 店舗に入って必要なものを素早く選ぶ。

 

 竹箒、水筒、経口補水液。あとは包帯や痛み止めなどの応急措置に使える医薬品。

 食料は俺が無限にクッキーを出せるので必要ない。

 

「発見次第、レスキューヘリを呼ぶ予定ですが、それらは本当に必要ですか?」

「行方不明者が異次元に囚われているなら、すぐに救助を呼ぶのは難しいと思います。事前に備えていても無駄にはなりません」

 

 買い物を終え、車は再び走り出す。

 

 街並みが途切れ、山の闇が迫る。

 舗装路が細くなり、気温がわずかに下がった。

 

「関東は詳しくないのですが、ここは埼玉との境ですか?」

「埼玉は繋がっていません。南は神奈川ですが、距離があります」

 

 獣除けフェンスを開けて更に細い山道を進む。

 

 積もった落ち葉の量から、誰も通る者はいないであろうと分かる道を進んでいくうちに、やがて、開けた場所に出た。

 

 そこには白い商用バンとパトカーが停まっていた。

 

 バンは調査チーム、パトカーは警察チームのものだろう。

 

 バンには厚く落ち葉、パトカーにも薄く埃が積もっている。

 数日間、誰もこの車に戻っておらず放置されていることが分かる。

 

 スマホを取り出し、GPSで現在地を確認する。

 

 まだ電波もGPSも補足できるようなので、地図アプリを起動してピンを打っておく。

 

 これならば、少々場所を移動しても、必ずここに戻ってくることが出来るはずだ。

 

「上戸さん、少しその竹箒を貸してもらえないだろうか? ここに陣を展開して拠点を作っておきたい」

「拠点にするということですか?」

「レンタカーに傷が付いたら修理費の請求が怖いから、敵が入ってこないよう対策しておきたいと思います」

 

 和泉さんは冗談めかして言ったが、目は笑っていなかった。

 

 この広場はすでに戦地。何が起きてもおかしくない。

 空気に張りつめた警戒が漂う。

 

 手早く落ち葉や小枝などを箒で掃いて土を露出させた後に、アタッシュケースから釘のような祭具を取り出して幾何学模様を描いていく。

 

「上戸さんは分からないかもしれませんが、この周囲にはおかしな魔力が漂っています。注意してください」

「分かりました。では、私も周辺の調査を始めます」

 

 鳥の使い魔を喚び出して四方へ放つ。

 もちろんこれだけで簡単に異変の原因が見つかるとは思えない。

 

 だが、空へ使い魔を放って……すぐに異変に気付けた。

 

「関東の地理にはあまり詳しくないのですが……すぐ近くに集落があります」

「集落?」

「新興住宅地という感じですね。同じハウスメーカーが建てたのか、似たような形の家が並んでいます。空き地も目立つのでまだこれからという感じですが」

 

 深い山の中に土地が安いからという理由だけで造られた集落はたまに見かける。

 

 もうすぐに鉄道やバイパスが通って便利になる。

 

 人が集まればスーパーや病院などという宣伝文句で売られたものの、結局は何も作られず、単に不便な場所に家を建ててしまった被害者だけが残った幽霊ニュータウンは県境などでは定期的に見かける。

 

 鳥の目で空から見つけたその集落も、そのように建てられたバブルの遺産のように見える。

 

「そんな馬鹿な。何もない場所だからこそ、わざわざ調査チームを送ったんだ。人が住んでいる場所でそんなことをする必要がない」

「では、偽物の町の可能性が高いということですね」

 

 上空から集落に繋がる道路を探しているのだが、車が入っていけるような幅の道路がまるで見つからない。

 それどころか周囲には電柱も電線も見当たらない。

 

 普通の町として考えるとかなり異様だ。

 

「まずは上司に今の状況の報告を済ませておきます。ここで何の連絡もせずに二重……じゃない、三重遭難になったら洒落になりませんからね」

 

 和泉さんがスマホでメールを送信し始めた。

 俺の方も連絡をしておきたい。

 

 この場所にすぐ来られる面子となると……カーターか。

 

「48時間以上音沙汰がなければ三重遭難した可能性もあるからヘルプ頼む。受験が近い高校生組には伝えるな」と書いて、GPSで現在位置を取得した後に送信する。

 

「無茶はするなよ」とすぐに返事があったので念のためだと返しておく。

 

「では和泉さん、行きましょうか」

 

 先程ホームセンターで購入した荷物を、やはり買ったばかりのナップサックに投げ込んで背負う。

 箒はナップサックに括り付けた。

 

 水のペットボトル数本が入っているのでズシリと重いが、これは仕方がない。

 

「待ってください。上司から情報提供がありました。どうやら、バブル期にはここにニュータウンを作るという構想だけはあったようです」

「あった……ということは実際には作られていない?」

「計画があったのは1990年代。バブルが崩壊して頓挫したようです。破産した土地所有者が夜逃げして、紆余曲折した後に東京都が土地の所有地となった」

「つまり、そこにあるのは、本来は存在しないはずの幻のニュータウン」

 

 明らかに何かの超常現象が発生している。

 それでも引くという選択肢はない。

 

 8人の行方不明者が助けを求めて待っているのならば、見捨てるわけにはいかない。

 

 空から再度ニュータウンの位置を再確認。

 

 現在位置の広場からそちらの方向を見ると、木の枝に、まるでおみくじのようにねじって丸めた紙が巻き付けてあるのが見えた。

 どうやら手帳のページを千切ったもののようだ。

 

 しかも、紙は全く劣化しておらず新しい。

 ごく最近に付けたものだと分かる。

 

「これは安坂刑事の仕事かな? さすがベテランといったところか。自分達に何かが起こると予測して、メッセージを残してくれていた」

 

 木から紙を外して広げていくと、ボールペンで文字が殴り書きされていた。

 

「恵田集落へ行く?」

「これのことじゃないですかね」

 

 和泉さんが雑草の茂みの中から古びたプラスチック製のプレートを引っ張り出した。

 文字はほとんど消えているが、なんとなく痕跡は読める。

 

「幸福が丘ニュータウンまで300メートル。恵田集落というのはここの土地の本来の住所でしょうかね」

「案内板があるということは、ここは自然に還りかけているけど……」

「ニュータウンの入り口ということ」

 

 箒で掃いてみると、砂に隠れているが、路面はコンクリ舗装されているようだった。

 枝が左右から張り出して半ば消えているが、もしかすると、数十年前はここは車が通れた道だったのかもしれない。

 

「警戒して進みましょう。このニュータウンで何かが起こっていることは間違いありません」

 

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