収穫祭の魔女   作:れいてんし

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閑話 10 「急に浮かんできたんです。文化祭という言葉が」

 楽しかったサマーキャンプから早くも1か月。

 

 年月が経つのは早いもので、もう9月も終わろうとしている。

 

 そんな時期に小森くんが通う横浜の高校で文化祭が開催された。

 

 なんでこんな時期に文化祭があるかというと、11月開催だと3年が受験の準備で文化祭どころではないからだ。

 

 まさか文化祭は一般的に11月だから、まだまだ気にする必要なんてないと思っていたやつはいないな?

 

 文化祭が終わって1か月。教室にずっと残されていた展示品がゴミになるのがキーだからな。

 

 今は9月だぞ9月。

 ハロウィンの前だぞ!

 

「アニメのオリジナルストーリーって、無茶苦茶話の途中で『それはさておき』『大人の事情で』という感じで、それまでの流れを無視して、急に別の話が始まることが多いんだけどさ」

「はい」

斬魄刀(ざんぱくとう)が人の形になるシリーズなんかは、後に本編にもキャラが逆輸入されたりと好評なエピソードが多いんだ」

「はい」

「ところで今日は何日だっけ?」

「秋分の日ですね」

「そうだよな。勤労感謝の日じゃないよな」

「はい」

 急に寒くなった日があって、もう冬が来るのかと思ったけど、カレンダー上は9月だもんな。まだまだ暑い日が続くよ」

「最近は気温の変化が激しいですね」

「はい」

 

 せっかくなので俺とエリちゃんの2人は客として文化祭を堪能しに来ている。

 

 以前に潜入した時のような偽生徒としてではなく、真正面から来客としてだ。

 

 校門で来客名簿に名前を書いた後にパンフレットを受け取る。

 文化祭と書かれたゲートを通ると特別感がある。

 

 まず最初に訪れたのは小森くんのクラス。

 3年1組の出し物である「この町の歴史紹介」だ。

 

 教室内に設置されたパネルには、古代人がたたら炉を作っただの、鎌倉時代に北条氏が、室町以降は後北条氏が支配していただの、とにかく地味な歴史の紹介が続く。

 

 室町時代から急に「昭和に宅地開発されました」まですっ飛ぶあたりはご愛敬だ。

 

 パネルは丁寧に作られているが、文章量が多く、一般の客には若干ハードルが高い。

 

 しかも、「昨年にもう見た(なんなら結依さんが参加していた)」し、春先の事件でも散々調査しまくった情報なので面白みはない。

 

 ただ、今年はそれらの資料の展示に加えて目玉の企画があるようだ。

 

 案内された教室の一番奥には、「発掘品のレプリカを作ってみた」という企画で、何本もの銅剣が展示されていた。

 

 溶かした銅を粘土型に流し込んで剣を作るという、本格的な製造の過程が写真付きで紹介されている。

 

 粘土型の焼成手順や、型から外した直後の剣の写真など、去年の展示と比べて明らかに手間がかかっている。

 

 古代史に詳しい折戸教授……じゃなかった、折戸教諭の監修も入っている。

 

「高校生が文化祭で作るならこんなもんじゃないの?」

 

 という折戸教諭の投げやりなコメントが何ともいえない味わいを添えている。

 

 思わず奈良の古代遺跡で見つけた黄金剣を並べて、教諭に早口で語ってもらいたくなる。

 

 昨年もレプリカを作ってみたという同様の企画があったが、グラインダーで翡翠(ガラス片)を削って作った勾玉のアクセサリーという、とにかく地味な代物だった。

 

 それに対して今年は銅剣。

 

 サイズが大きくなったことと、人間が持てる大きさの巨大な剣が何本も並んでいる光景は壮観。

 昨年の地味さとは比べ物にならない。

 

 客へのアピール力は完璧だと言わざるを得ない。

 

 もちろん、昨年の勾玉を否定しているわけではない。

 何しろ、そのおかげで、とても大切な思い出の品が生まれたのだから。

 

 胸元に吊るした勾玉のアクセサリを握りしめる。

 

「大事にしてくれているんですね」

「小森くんと結依さんと俺を結び付けてくれた大切な品だからな。壊したりなくしたりしたくないから、こういう大切な時にしか身に着けないようにしてるけど」

「それで十分です。結依が生きた証だから……」

 

 小森くんの心遣いがありがたい。

 もちろん、このアクセサリは一生大切にするつもりだ。

 

《でも僕はそんなに手伝ってない。ほとんどカズくんが削ってた》

 

 結依さん、いちいち言わなくていい。

 そういうとこだぞ。

 

「でも裕和、銅を溶かして剣なんてすごいことやってるね」

 

 エリちゃんが展示用の剣を持ち上げ……不思議そうな顔をした。

 

「銅にしては妙に軽いんだけど」

「溶かした金属を高校生が扱うのは危ないってことで、レジンを使うことになったんだよ」

「レジンってあの光で固まるやつ?」

「それじゃなくて、液を混ぜると乾燥して勝手に固まるやつ。工作なんかで使う」

 

 小森くんが言う通り、銅剣製作過程の写真にもその材料が写っていた。

 

 業務用の無発泡ウレタン樹脂と書かれた缶に入ったA液、B液を混ぜ合わせて型に流し込んでいく工程だ。

 

 写真には作業台が映っており、計量カップや混ぜ棒が雑多に並んでいる。いかにも「文化祭直前の教室」という雰囲気が漂っている。

 

 粘土型を作り、そこに液体を流し込んで固める。

 

 なかなか粘土型の奥まで液体を送るのは難しかったようで、柄だけ固まって中はドロドロの液体のままなどの失敗作が山と積まれており、苦労が偲ばれた。

 

 そうやって出来上がった無色の剣にスプレーでそれっぽく塗装をした後に、古びた雰囲気に加工するために絵の具で追加塗装をすれば完成。

 

 作業には大城戸可奈(おおきどかな)さんも参加していた。

 口にマスクを。服には噴き返しの塗料で制服が汚れないよう使い捨て紙エプロンを付けて色を吹き付けている。

 

 溶かした銅もレジン液も粘土型に液を流して固める工程は同じなのだから「レプリカ」という趣旨からは外れていない。

 

 昔から使いまわされている資料をそのまま出すのではなく、クリエイティブな活動を加えるという意味では正しく文化祭をしている。

 

「いいものを見させてもらったよ。ありがとう」

「去年は不評だったので、良いものが出来て良かったです。俺はあと1時間くらいはここで展示の番をしてるので。あとで合流しましょう」

「分かった。その間に他のみんなの展示を見て回ってくる」

「柿原達ならクラス展示じゃなくて新聞部の方で展示やってますよ。木島も表で焼きそばを焼いてます。暇なら寄ってやってください」

 

   ◆ ◆ ◆

 

「よう、上戸さんに赤土さん、せっかくだから食っていってくれよ」

 

 焼きそばの屋台から俺たちを呼び掛けてきたのはで三角巾とマスクを付けた木島君だった。

 

 屋台には「3年3組横浜焼きそば」と書いてある。

 

「横浜焼きそばって初めて聞いたんですけど、地元で流行っているB級グルメであったりします?」

「さあ、知らない」

 

 思っているより適当だった。

 

「うちだけのアレンジとして、焼きうどんも用意してあるぜ。まあ聞くまでもないだろうけど、そばでいいよな——」

「——うどん」

「——うどんで」

 

 即答。

 こういうところでは俺もエリちゃんもブレない。

 

「本当にうどんでいいのか? やっぱりそばが——」

「——うどんで」

 

 強く繰り返すと、木島君はしぶしぶ既にホットプレートの上に載っている焼きそばをトレーに移す。

 

 焦げつきなどを取った後にうどんを炒め始めた。

 

 なるほど、既に焼きあがって後は乾いていくだけの在庫を早めに処分したかったのか。

 そういう事情があるならば財布にゆとりのある大人余裕で協力するのも悪くない。

 

「そっちの焼きそばも貰うよ。まとめて勘定を」

「へへえ、ありがとうございますお代官様」

「よろしい。よきに計らえ」

 

 軽口を交わしながら、焼きうどんが焼きあがるのを待つ。

 

 木島君が調理中に暇なので周りを見る。

 

 高校の文化祭らしく、クレープやパフェなど簡単な料理が多い。

 そんな中「2年4組鎌倉焼きそば」なる幟が目に入った。

 

 そこでも木島君と同じようにホットプレートの上で焼きそばを焼いていた。

 

「同じ学祭内で焼きそば店が被ったのか」

「下級生のくせに上級生に対しての配慮が足りないんだよ。そのせいで売り上げが二分されるっていうのに」

 

 木島君が怒りをホットプレートの上のキャベツにぶつけ始める。

 

 既にレンチンで柔らかくなっている人参がそれに耐えきれずに砕け散った。

 豚肉も細かく千切れて宙を舞う。

 

「鎌倉焼きそばって初めて聞いたんだけど、それも地元のローカルグルメで有名だったりする?」

「俺も初めて聞いた」

 

 なるほど、高校生らしい互角の勝負だ。

 

 そんなどうでもいい話をしている間に焼うどんが仕上がったようだ。

 

 具はキャベツ、ニンジン、豚肉。

 塩コショウにソースをかけただけのシンプルな味付けの焼きうどんだ。

 

「横浜らしく中華風の味付けになっているとかは?」

「その発想はなかった」

「なかったのか」

 

 まあいい。早速いただくことにする。

 

 これでいいんだよと言わざるをえない屋台の味。

 うまくもまずくもないが、これがいい。

 雰囲気だけで美味く感じる祭の味だ。

 

「そういえば今日は彼女さんは?」

「景の学校の学祭も同じ日なんだよ。同じ県内の公立高校だから日程が被った」

 

 木島君がエリちゃんに悔しそうに答えた。

 

「赤土さんのとこの文化祭はいつだっけ?」

「うちは10月」

「みんなで行けるといいんだけどな」

「どうだろ。みんな受験だからね」

 

 さすがに10月中になると、高校3年生が新幹線に乗って出かけるのは難しいだろう。

 

 車で2時間も走れば余裕の俺だけは行くつもりだが、横浜組が岡山にあるエリちゃんの高校まで行くのは少し難しいかもしれない。

 

「まあ、今年だけじゃないよ。大学の文化祭で会おう」

「そうだな、会えるといいな」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 新聞部の展示は他の文科系クラブと合同で1階特別教室の一角で行われていた。

 

 内容は区内のおススメスポット。

 地味かどうかと聞かれたら、即答できるくらいには地味である。

 

「時間だけはかかってるんだけどねぇ」

 

 留守番をしている柿原さんが腕組みをしながら展示に目を向けた。

 

 内容は写真部との合同展示で、区内にある自然公園で撮られた野鳥や動物の写真もある。

 野鳥撮影には時間も手間もかかっているのはわかるが、地味だ。

 

 被写体の良さはあるものの、文化祭の賑やかさとは別方向である。

 

「新入部員に機材の使い方を教えるって意味があったので、色々と任せたのがまずかったか」

「公立高校には地元民しか来ないんだから、町の情報を出しても、今更興味なんて持たないのでは?」

「その発想はなかった」

 

 直近に聞いたばかりの回答が返ってきた。

 

 木島君もそうだけど、せっかくWeb会議を定期的にやってるんだから、事前に相談しようよ!

 

「もう少し新聞部らしい企画とかありませんでした?」

「といっても、春の異世界関連の事件のことを書くわけにもいかず」

「でも、この田谷の洞窟というのは面白そうでいいじゃないですか? もっとこういう感じの隠れスポット的なものを押し出せば……」

「それって恵太が友瀬さんと一緒に取材して持ち込んできたネタだから、私はよく知らなくて」

「野鳥の写真は?」

「それも恵太がレンタルで借りたお高い望遠レンズで撮ったやつで」

 

 お高い望遠レンズとは、もしやネットでたまにネタ画像に出てくる巨大エビフライのようなレンズのことか?

 矢上君は、彼女の影響もあるとはいえ、えらく気合いの入ったカメラ趣味が身についたようだ。

 

「なら、柿原さんはこの展示で何を?」

「学校側への手配とか新入生へのパソコンの使い方の指導とか……表に出ないところかな」

「後輩への指導をやったなら部長としての仕事は果たしたからOKなのでは?」

「でも、もう少し何か盛り上がる企画をできたかもしれない」

 

 今更後悔しても仕方がない。

 柿原さんが指導した後輩が作る来年に期待だ。

 

「でも、高校最後の文化祭がこれで終わるのは納得できないものがあり」

 

 柿原さんは何か魂胆があるのか、にやけながら俺たち2人の顔を見た。

 

「こういうのって興味あります?」

 

 柿原さんが取り出したのは一枚のチラシ。

 

 そこには「学祭バンド飛び入り参加募集」とあった。

 

「上戸さんも赤土さんもやりません? ガールズバンド」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 どうしてこうなった?

 

 目の前には校庭に作られた特設ステージがある。

 

 そして俺の前にはベースギター。

 エリちゃんがぶらさげているのはエレキギター。

 

 俺たちは、柿原さんの誘いにまんまと引っ掛かり、学祭バンド大会に飛び入り参加することになった。

 

「私はギターとか全然弾けないんだけど」

 

 エリちゃんが明らかに困惑した顔で柿原さんに言った。

 

「そこで、ここにネットで検索してきた動画があります」

「はぁ」

「それと同じ動きをしてください」

「うーん」

 

 エリちゃんがステージの上を見ながら、エレキギターを奏でた。

 

 すさまじい手の速さで巧みにギターを弾いていく。

 これには俺も驚きだ。

 

「すごいじゃないか、いつの間にそんな特技を?」

「動画を見てから同じように弾いているだけなんだけど。私は楽器なんて弾けないし」

 

 エリちゃんは怪訝な顔をしながらも、器用すぎるほどのテクニックでギターを操っていく。

 

 本人はまったく納得していないようだが、演奏技術はプロ顔負けだ。

 

 リハーサルとは思えないほど迫真のサウンドに、控え室にいた全員の視線が俺たちの方に向いた。

 

「柿原さん、これは一体?」

「サマーキャンプの後にウサギ島に行った時、待ち時間に女子みんなで音ゲーをやることがあって」

「まさか……」

「その時に、リズム感とか無視して、画面が光った瞬間にボタンを押してパーフェクトを出したのを思い出したんですよ」

 

 ようやく理解できた。

 エリちゃんがたった今やったのは異世界チートだ。

 

 動画で手の動きをチェックして、同じ手の動きを真似して音を鳴らした

 

 やったことはそれだけだ。

 だが、それが刹那の間隔……音よりも速い手の動きならば、指で和音を弾くぎこちない動きが、超絶テクニックと化す。

 

 常人の目や耳では判別できない音速のギター演舞。

 

 圧倒的に足りない技術をフィジカルだけでゴリ押す。

 いわば、レベルを上げて物理で殴る音楽!

 

「これってズルじゃない?」

 

 あまり反則を好まないエリちゃんが嫌悪感を示した。

 

「赤土さん、お願い! 学祭……高校生のカラオケ大会だと思って協力して!」

「うーん、まあカラオケ大会だと思えば」

 

 エリちゃんが困った顔をしながら俺に助けを求めに来たが、文化祭を堪能したいという柿原さんの気持ちも分からなくもない。

 

「……エリちゃんの気持ち優先で」

「柿原さんは友達だし、断るのは悪いと思うから……一つだけ条件を。私が知ってる曲にしてほしい。さすがに知らない曲はリズムが取れないし」

「ありがとう、みんなありがとう!」

 

 まあ、柿原さんが喜んで、それで学祭が盛り上がるならば仕方ないところもあるか。

 

 それはともかくとして、一つ問題が。

 

「あの、ベースギターなんて全く弾けないんだけど」

 

 実際にステージに上がっても恥をかくだけなので事前に言っておく。

 扱える楽器なんてアルトリコーダーくらいだ。

 ベースギターなんて弾けるわけもない。

 

「大丈夫です。上戸さんは数合わせです。弾く真似だけお願いします?」

「……真似だけ?」

 

 意味が分からず問い返す。

 

「はい。上戸さんのハッタリテクニックなら、全然弾けないギターでも弾けているように偽装できると思います」

「エアギターは一時期流行っていて、実際に学祭でもやったことがあるからできなくはないけど、結局ベースの音が出てないってならない?」

「大丈夫、学祭のガールズバンドなんて、どうせ誰も聞いていません! しかも飛び入りOKの大会なんて、ただのカラオケ大会です!」

 

 あまりにも身も蓋もない答えが返ってきた。

 

「でも、カラオケ大会でも注目を集めたら勝ちじゃないですか」

「そうかな? そうかも」

「なので、私がボーカルを歌います。曲は赤土さんと協議で決めたいかなと。手元が映っている動画があるかどうかもかかわってくるし」

「じゃあ、あれなんてどうかな? アレキサンドロスの——」

「——連邦に反省を促すテーマ? 矢上君を呼んできて後ろで踊ってもらわないと」

「——オグリ?」

「ワタリドリ」

「知らない」

「知らない」

 

 なんだこれ。

 3人とも全く趣味と知識が一致していないぞ。

 

「YOASOBIの——」

「——祝福?」

「——アイドル?」

「夜に駆ける」

「それならわかる」

「サビしか知らない」

 

 ちょっと近づいた。あと少しだ。

 

「シンデレラガール」

「アイドルマスター!」

「へぇ、あんたが私のプロデューサー?」

 

 こうして遊んでいる間にも出場の順番は近づいてくる。

 

 ギター演奏の手元がわかる動画も探さないといけない。

 

 もう余裕はない。

 

「もうなんでもいい、ギター演舞で検索して、最初に出てくるやつで適当にお茶を濁すしかない」

「何が出てくる? 何が?」

 

 もうどうにでもなーれ!

 

   ◆ ◆ ◆

 

 俺たち3人は司会の案内でステージの中央に進む。

 もう、あとは野となれ山となれだ。

 

「飛び入り参加しました。3年2組柿原と友達のガールズバンドです」

 

 柿原さんがマイクを受けて答えた。

 

「この日のためにコツコツ練習してきました。私たちの成果を聞いてもらえると嬉しいです」

「なるほど、お友達との仲良しグループの参加なんですね。それで曲は?」

「君が代でお願いします」

 

 司会が一瞬動きを止めた。

 

「えっと、ガールズバンド……」

「君が代でお願いします!」

「あっ、えっ? 君が……えっ?」

「国歌斉唱です。みなさん、ご起立願います」

「アッハイ。柿原さんとお友達による君が代です。みなさんお聞きください」

 

 司会がステージから掃けた後にエリちゃんが早速伴奏を始める。

 

 文化祭の飛び入りバンド祭りにそぐわぬ静かな曲が流れだした。

 

 客席にいた数寄屋(すきや)さん、曽我(そが)さんと目が合った。

 合ってしまった。

 

 展示の番から解放された小森くんが、

 イベントをやっていることを聞きつけてやってきた矢上君と友瀬さんが、

 

 みんな同じようにポカンと口を開けたまま固まっているのが見えた。

 

 正直辛いので、あまり見ないで欲しい。

 

「きーみーがーよーはー」

 

 柿原さんの静かだが力強い歌声とは対照的に、「せっかくの休みを使って、高い交通費を払って何をやっているのか」という疑問が浮かぶ。

 

「ちーよーにー」

 

 もうヤケクソだ。

 気持ちを切り替えて、柿原さんと一緒に歌い始めた。

 

「やちよにー」

 

 エリちゃんも歌い始めた。

 

 3人の国歌斉唱が高校のグラウンドに響く。

 

「さざれいしのー」

 

 すると、なぜか観客席までもが歌い始めた。

 

「いわおとなりてー」

「こけのーむすまでー」

 

 観客席も含めた大合唱が終わったところで深々と礼をしたところ、司会が恐る恐る近づいてきた。

 

「あの、終わりですか?」

「以上です。みなさん、ご静聴ありがとうございました」

 

 日本代表になった気分で襟を正し、背筋を伸ばして退場した後に割れんばかりの拍手が響いた。

 

 柿原さんの希望通り注目は集まったし、今日のことは一生忘れられない思い出になるだろう。

 

 日本は良い国だ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 なんだかんだで夕方になった。

 楽しかった文化祭ももう終わりだ。

 

 久々に横浜にいるみんなとも会えた。

 イベントも楽しめた。

 

 文句の付けようがない。

 

 一人だけ「明日から学校をどうしよう」と死にそうな顔をしている柿原さん以外はみんな笑顔だ。

 

「次に来られるのは卒業式かな。保護者枠で会いに来るよ」

「もうそんな時期なんですね」

「ああ。みんな頑張ったし、受験も乗り越えられると思う。より良い未来があることを信じている」

 

 さよならの挨拶は不要だ。

 祭りの日に辛気臭くなっても仕方がない。

 

 俺とエリちゃんの2人は学校を離れて最寄り駅まで歩いていく。

 

 丘の上にある学校は坂を下るとすぐに見えなくなった。

 

「当分横浜はお預けかな」

「俺は異世界関係の打ち合わせでちょいちょい東京には行くけどね」

「ラビちゃんズルい」

「といっても東京の中を動くだけで終わりじゃないかな。ほとんど会議で終わりなんだし」

 

 カーターがほうとうを食いに来いという話も放置したままだし、そのうち時間を見つけて行くことを考えないといけない。

 

 今後のことを色々と考えながら駅前まで来た時に、崎陽軒の販売所があることに気づいた。

 

「リベンジする?」

「そうだな。変な神様ももう打ち止めだと思うし、再チャレンジしよう」

 

 2人でシウマイ弁当を購入。

 ホームへの階段を下りていって、電車を待つ。

 

 今度こそ帰りの新幹線でタケノコの煮物、そしてシンカンセンスゴイカタイアイスをうまく食べるのだ。

 

 人生はどんなことでも楽しんだものが勝ちだぞ。

 

 

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