収穫祭の魔女   作:れいてんし

280 / 338
第十話 「臨時会議」

 八王子山中、次元の壁生成施設建設予定地に異空間が出現した事件から一週間が経過した。

 

 11月の連休を控えるこの時期だが、異世界関係で動く俺たちにとっては実質休みなしが確定している。

 

 忙しいのは運営が活動している今だけの可能性が高いとはいえ、さすがに本業も忙しいので普通につらい。

 

「先日の事件についての報告書がまとまりました」

 

 司会進行の八頭(やず)さんも連日ハードワークが続いており辛そうだ。

 目の下のクマがその疲労を無言で物語っている。

 

 この臨時報告会に集まったのは、

 

 探偵事務所の八頭さん。

 来年春に発足する新組織の局長になる予定である警察庁課長の野島さん。

 初対面である、総務省役人の棚橋さん。

 事件を実際に解決した俺と和泉さん。

 オブザーバー参加の伊原さんの6人だ。

 

「保護できたのは29名。そのうち死亡5、重体3」

 

 ラバンたちと先に離脱した6人を含めた9名。

 最初の部屋に取り残されていた子供2名。

 結界崩壊時に現れた13名。

 

 脱出時に倒れていた5人は既に死亡しており、救急隊も手の施しようがなかったらしい。

 

 よって、現在、政府が保護できているのは24名。

 

「3名は生命の危機であり、現代の医療では治療が間に合わないために、特例として民間人協力者に治療を依頼しました。現在は回復傾向であり、都内の病院でリハビリ中です。退院は来月の見込みです」

「重体患者を瞬時に治療できるその協力者とは何者ですか?」

 

 質問をしてきたのは、棚橋さん。

 

 新組織のリーダーになる予定だけあって、やはり能力者については気になるようだ。

 

「我々の組織とは無関係の一般人であり、治療依頼にあたっての条件に個人情報の隠匿が含まれておりますので、現在の情報以上は公開できません」

「今後も依頼はできると考えてよろしいでしょうか? 新組織へのスカウトは可能ですか?」

「能力から察していただけると思いますが、大変忙しい人物であり、スケジュールを確保するのが難しいです。治療依頼を出すことはできますが、常時雇用は不可能でしょう」

「承知しました。ですが、タダで呼ぶわけにはいかないのでしょう。かかった経費については別途報告をいただきたい」

 

 棚橋さんに対して八頭さんは淡々と説明した。

 

 棚橋さんの方も人物像に興味は湧かなかったのか「まあそんな魔術師もいるのだろう」と資料に目を戻した。

 

 ちなみに民間人協力者とは小森くんのことである。

 

 保護できた24名の中に治癒、回復能力を保持した能力者はいなかったので、小森くんの回復能力(ヒール)は未だにオンリーワンだ。

 

 電話で状況報告をしたらすぐに来てくれたのはありがたい。

 

 だが、受験直前なので、あまり心労に負荷をかけたくはない。

 頼るのは本当にどうしようもない場合だけにしたい。

 

 棚橋さんが言っている経費については、本人が受け取りを拒否したために、往復の交通費と夕食のラーメン(ライス小と餃子付き)1280円しか払っていないなどとはとても言えない。

 

 絶対に後で金を払った払ってないでややこしいことになりそうなので、八頭さんと話し合って正体不明の謎のスーパードクター(コモリ)の存在でもでっちあげて誤魔化すしかない。

 

「それで、今回の被害者たちの身元は分かりましたか? 過去事例だと日本のどこかから攫われたということになりますが」

「それについてですが……」

 

 八頭さんが言葉を濁した後に野島さんと顔を見合わせた。

 

「彼らは日本人ではありません」

「日本人ではない?」

 

 棚橋さんが首を傾げた。

 

「正確には日本人ですが、地球人ではありません」

「言っている意味が分かりませんが」

「では、私から説明しよう」

 

 ここでようやく出番が来たとばかりに伊原さんがおもむろに立ち上がり、会議室のホワイトボードにマーカーで文字を書き始めた。

 

「マルチバースという言葉を聞いたことは?」

「あれだろう、全身タイツのヒーローたちが暴れるアクション映画の設定だろう。それくらいは知っている」

「認識はそれで間違いない。細かい説明はSFマニアにでも聞いてくれ」

 

 伊原さんがボードの中央に「運営」と書いた。

 

 その横に「地球」「並行世界」「幻夢境」「魔法学校の世界」

 

 順番に書き連ねていく。

 

「この世には、こんな感じでよく似ているが少しずつ違う世界が無数にある。世界の距離が近いほどに似通っていて、離れるほどに地形や人種どころか物理法則まで異なっていく」

「その書き方だと『運営』の世界がこの世の中心に見えるのだが」

「説明を簡単にするために『運営』の世界からの相対距離を書いたものだ。連中が世界の中心のわけがない!」

 

 伊原さんが少し不満げに声を荒げた。

 

「『運営』の座標を1とすると、この地球は3。私のいる幻夢境(ドリームランド)は16。そこの上戸が召喚された魔法学校がある世界は29にあたる」

「地球が太陽系第3惑星であることと何か関係は?」

「『運営』との相対距離だと言っただろう。何も関係ない」

 

 これは俺も初耳の情報だ。

 

 そこまで伊原さんの解析が完了しているとは思わなかった。

 

「この距離は三角測量の応用で計算した。地球と幻夢境、幻夢境と魔法学校の世界、地球と魔法学校の世界が分かれば、あとは相対距離50くらいまでなら『運営』の世界を含めて全て計算で割り出せる」

「計算の数式を見せてくれないか? 部下にも計算させてみたい」

「人間が理解できる数式で表すとこんな感じか」

 

 伊原さんがホワイトボードの端に次々とギリシャ文字が登場する算術記号を書きなぐり始めた。

 高校の数学でも登場するシグマは良いとして、他の3文字のアルファベットは何を表しているのか?

 

 ただの数式ではない。

 

 相対性理論やらひも理論やら何やらを知っていること前提で書かれた数式だ。

 

 ちょっと計算が得意程度で理解できるわけがない。

 

「超ひも理論の更に先にある多次元を表現する概念なので、まずは十次元式を書いて——」

「——もういい、もう大丈夫だ」

 

 数学者が書くような複雑すぎる計算式を見て棚橋さんが止めた。

 

「こんな数式が本当に必要なのか?」

「私たちはこの理屈を感覚で理解できるが、人間にはその感覚器官がない。だからその擦り合わせのためには数式が必要だ」

「つまるところ、八王子の山中に現れた連中は3番世界の人間ではないのだな」

 

 棚橋さんが数式で理解することを諦めてぶっちゃけた。

 並の人間にはこの表現の方が良いだろう。

 

「彼らは4番世界。つまり隣の世界の住人だ。地球とほぼ変わらないが、何かが少しだけ異なる世界」

「話を聞ける21名から本名を確認して調べたところ、彼らと同一存在である人物は全員日本で普段通りの暮らしをしていました。それが資料の5ページ目以降です」

 

 八頭さんが説明すると、野島さんと棚橋さんが分厚い紙の資料をパラパラとめくった。

 

 どこからどうやって入手したのかは不明だが、保護された被害者と、この地球にいる本人の顔写真付きの簡単な経歴が並んで表示されている。

 

 顔、名前、性別、年齢も同じ。

 

 髪や目の色が異なるのは、召喚時に別の姿に変えられた影響だろう。

 

 ただ、俺たちのように大きく姿が変わったというのは保護された中には誰もいない。

 世界が近いことと何か関係しているのだろうか?

 

 現住所が1番違いだったり、家族構成が微妙に異なったり、通っている学校や会社が違うという間違い探しのような微妙すぎる差異が続く。

 

「彼らについては、私が次元の門を開いて、まとめて元の世界に帰す予定だ」

「こちらは伊原様の協力により達成予定です」

「もちろん、2、3人を送るだけならともかく、数十人単位を通れるゲートを地球や隣の世界に影響を与えないように作るとなると、今日言って明日というわけにはいかない。1か月ほど時間が欲しい」

 

 伊原さんがそう説明すると、野島さん、棚橋さんも首を縦に振った。

 

「問題は行方が知れない能力者たちです。資料の17ページです」

 

 八頭さんが示したページには、保護された被害者たちから聞き取りした人物像が記載されている。

 

 自分の力を試すために、弱そうだと判断した相手に襲い掛かる、メダルが食料と交換できると知って躊躇なくたまたま近くにいたというだけの人物へ攻撃を仕掛けるなど。

 

 いずれも好戦的な人物ばかり。

 

 彼らに攻撃を受けたことにより、5名が亡くなり、1名が重体を負わされた。

 

 他にも彼らの攻撃で軽傷を受けた者は8名。

 

 直接攻撃こそ受けてはいないものの、彼らから襲撃されることを恐れて、ずっと民家に息を殺して潜んでいた方も多数いる。

 

「好戦的な彼らは『運営』から何かしらの見返り、報酬的な何かを約束されて、八王子山中から別の場所に移動したと考えられます」

「別の場所というのは?」

「お忘れですか? 事件が発生した八王子の山中は『次元の壁形成施設』の建築予定地でした」

「つまり『運営』が、我々の計画を阻止するための先兵として、各地で工作を始める可能性が高いと」

「何よりも懸念しているのは、彼らがこの日本国内で潜伏するために、地球に住んでいる自分の同一存在を殺害して入れ替わることです。そうすれば、前科もなく動機などを事前に調べようがない、最大21名の工作員が生まれます」

 

 ここが問題だ。

 

 今のところ、行方が知れない21名については、保護した被害者からの証言しかない。

 どんな人物がいて、どのような能力を持っているのか全く不明だ。

 

 運営の工作員として働く者もいれば、普通に日本人としての生活に溶け込む者もいるだろう。

 

 どう動くのか全く予測できない。

 

「どうにかして調べる方法はないのか? 横浜の事件の資料は見たが、レーダーの能力持ちがいたはずだ」

「残念ながら、彼女は既に能力を失っています。ただ、代替の探知系能力者がいます。20ページを参照ください」

 

 20ページ目には「合田陽子(あいだようこ)」という能力者の情報があった。

 俺が会ったソーラを名乗る眼鏡をかけた少女だ。

 

「彼女と同じチームの仲間たちが、他の能力者探しに協力していただけるということです」

「信用できるのかね、この3人は」

「不明ですが、八王子結界からの脱出に協力いただけたことは事実です」

 

 あの3人のうち、少なくとも合田さんだけは信用できそうだ。

 

 ただ、パインこと梨本海(なしもとうみ)は何を考えているのかわからないし、ラバンこと端島兵司(はしまへいじ)は与えられた力に酔っている節がある。

 

 この2人は完全には信用できないが、それでも他の能力者探しに協力を約束してくれた。

 

 人手不足な現状、彼女たちを頼りにするしかないところはある。

 

「続いての問題です。25ページをご覧ください」

 

 各々がページをめくる。

 

「『次元の壁形成施設』の建設候補地に八王子の山中を選んだことは、一部関係者と、地質調査を依頼した調査会社しか知らないはずでした。ですが、その情報が運営に漏れていた。内通者がいるとしか考えられません」

「調査会社は?」

「全員が正社員で身元は確か。過去に何度も公共事業の調査を請け負っている会社ですので、ここから情報は漏れることはあまり考えたくありません。何よりも、調査会社には総務省管理の電波設備建設の調査としか伝えていません。次元の壁うんぬんなんて気付きようがありません」

「となると、音頭を取っている市ヶ谷議員か」

「彼の義理の父は『運営』とも繋がりのあった東啓一郎(あずまけいいちろう)氏です。疑わしいといえば疑わしいですが」

「それはない。あいつは娘を失った件で『運営』に対して憤りを感じている。その怒りは、私やこの国の法律を動かすほどの力を生み出している。連中に利することは絶対にない」

 

 伊原さんがマーカーを片手で振りながら断言した。

 

 市ヶ谷議員と直接話をして、人となりを知っているからこその発言だ。

 

「捕縛中の東啓介(あずまけいすけ)は、かつて政界の大物として、多くの政治家や官僚に影響を与えています。その中の誰かが『運営』に紹介されて繋ぎ役、スパイとなっていてもおかしくはありません」

「それがこのページのリストと」

 

 25ページには俺もニュースなどで名前を見かける政治家の名前が何人か並んでいた。

 

「その中でも、今回のこの案件に関係している方々の名簿です」

「公安を動かせと?」

 

 野島さんが資料から顔をあげて八頭さんに言った。

 

「私の口からは何とも」

「言っているのと同じだろう。大物政治家相手に調査をするにはどれだけ慎重に進めないといけないか分かっているのか」

 

 そう言いながらも野島さんは胸ポケットから万年筆を取り出してカリカリと音を立てて名簿の名前に数字を付け始めた。

 

 口元にペンを持って行った後に小声で計算を呟きながらまたも書き込み。

 

「伊原さんではないが、調査の結果を出せるまでは最低一か月はかかる」

「我々も協力予定です。蘆名(あしな)が事前に集めた資料もございます」

「警察でもないのに勝手に調査するのは——」

「——違法ですよね。存じております」

「全く……警察を何だと思っているのか」

 

 文句を言いながらも調査はしていただけるようだ。ありがたい。

 

「上戸さんには京都の魔術協会と組んで、西日本方面の調査、事件対応をお願いします。和泉は合田以下協力者と合同で首都圏の調査を継続」

 

 京都か。

 

 迦具土(かぐつち)はいないだろうが、他のメンバーも知らない顔ではない。

 何かあれば協力はできるだろう。

 

「これから何が起こるかは予想不可、予断を許さない状況が続きます。くれぐれも油断めさらぬよう」

 

 かくして臨時会議は解散となった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「堅苦しい会議は終わったぞ! じゃあ約束通り飯屋に案内しろ!」

 

 会議室を出た直後に伊原さんにガッシリ肩を掴まれた。

 

 これは完全に満足するまで解放してくれないやつだ。

 

「伊原さんの方もややこしいミッションを押し付けられましたけど大丈夫ですか?」

「次元の門を作るくらいは余裕なんだよ。問題は影響を極小にするってことだ」

「そんなにややこしいですか?」

「多分、隣の世界は運営なんて知らないから、地球に50人を拉致されたと考える」

 

 妙に具体的かつ怖い話がやってきた。

 

「そこに別次元を繋げる門が突然開くわけだ。どう考える?」

「……ややこしい話になりそうですね」

 

 別次元という認識がなくとも、世界が別の場所に繋がり、そこに50人以上の人間が連れ去られたという事件についてはすぐに理解できるだろう。

 

 何をどうしてもよろしい結果にはなりそうにない。

 

「なので、開く時間は最小限。できれば時間移動機能もくっ付けて、地球に喚ばれた連中が同じ時間に帰ることができるように調整する。お互いの世界の住人は事件があったことにも気づかない」

「本当にそんなことができるんですか?」

「私たちの世代は誰も帰ることができなかった。お前たちの世代も7人だけ。だけど、今回は一気に40人以上を元の世界に帰すことができそうなんだ。やってみせるさ」

 

 伊原さんはやる気だ。

 やる気になった彼女は実に頼もしい。

 

「それで今日は何の料理を用意してくれるんだ?」

「洋食を考えています。日本で独自進化を遂げた謎の西洋料理、オムライス! ハヤシライス! トルコライス!」

「そういうのだよ。分かってるじゃないか」

 

 早速霞が関から飯屋方向へ歩いて向かおうとしたところに、和泉さんがスッと現れた。

 

「どうしたイケメンホスト。おまえも飯屋か?」

「いえ、私は遠慮しておきます。代わりにこちらの3人をお願いします」

 

 和泉さんの後ろから、運動用のジャージを着た3人。

 ラバン、ソーラ、パインが姿を現した。

 

「その服装は?」

「さすがにコスプレまがいの服装で現代日本の町中をうろつけないだろ」

「新宿とか渋谷ならギリセーフかも」

「それはない」

 

 3人だけではなく、和泉さんまで口を揃えて言った。

 

「呆れないでやってくれ、こいつは脳みそまで年中ハロウィンなんだ。年中ハロウィンのことを考えている」

 

 伊原さんがフォローなのか追い打ちなのか分からないことを追加してくる。

 

「確かにハロウィンの魔女をやっていますけど」

「しっかりしてください。ハロウィンはもう終わりましたよ。そろそろサンタの時期です」

 

 それは知っているが、何故そこまで言われないといけないのか。

 

「それはともかくとして、お願いしますってどういうことですか?」

「3人がしばらく滞在する上での部屋を用意したのですが、そこまでの案内をお願いします」

「それくらい和泉さんが案内すれば——」

 

 そこまで言いかけて何となく察した。

 和泉さんが途中で仕事を投げ出すなんてよほどのことだ。

 

 緊急の仕事が入ったのだろう。

 

「部屋は世田谷の方に用意してあります。こちらが部屋の鍵と生活必需品を揃えるための予算です」

 

 和泉さんが封筒を渡してきたので受け取る。

 中は現金30万円と部屋の鍵。そして住所。

 

「この人数で移動するし、買い物も必要ならばレンタカーを借りても良いですよね」

「はい、経費申請は別途お願いします」

「待て、私の洋食はどうなるんだ? 世田谷なんて未だに未舗装で平屋が並んでる昭和の町なんだろ」

 

 どんな偏見だ。

 150歳越えとはいえ、あんたも令和の時代を知らないわけではないだろうに。

 

「伊原さん、世田谷に行ったことは?」

「世田谷の町並みはサザエさんで見たから知ってる」

 

 偏見の理由が分かった。

 何十年も景色が変わらないアニメしか情報ソースがないならば、認識も必然的にそうなる。

 

「さすがに別物ですよ。サザエさんの時代から何年経ってると思ってるんです」

「地球時間で30年くらい?」

「70年です。30年はクレしんです」

「それはさすがにウソだ。クレしんはせいぜい地球時間で10年前のアニメだよ」

 

 ついにわけのわからないことを言い始めた。

 異世界での生活が長いとはいえ、さすがに地球の文化のことを忘れすぎている。

 

「町が別物に変わるには十分な時間です。早く行きますよ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。