収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第12話 「ヌルヌルパラダイス」

 和泉さんから「今は事務所には入れない」と連絡を受けたので、待ち合わせ場所であるコインパーキングに車を停めた。

 

 探偵事務所まではかなりの距離があるはずだが、絶え間なく消防のサイレンの音が聞こえてくる。

 

 建物の間からは黒い煙がもくもくと立ち上り続けており、まだ消火が終わっていないことがわかる。

 

「防具はいらないかな?」

「さすがに町中でフル武装は目立ちすぎますからね。武器だけ持って行ってください」

 

 端島ことラバンの剣、ソーラこと合田の杖、パインこと梨本の爪付き手甲。

 

 それぞれの装備をトランクから出していると、一台のワゴン車がコインパーキングに停まった。

 

 中から和泉さんと須磨さんがそそくさと降りてきた。

 

「お怪我はありませんか?」

「全員が事務所を離れている間に起こった火災ですので、被害者はいません」

 

 様々な手続きや打ち合わせのために霞が関周辺を飛び回っている八頭さん、蘆名さんは難を逃れた。

 

 別任務で事務所を離れていた和泉さんと須磨さんはもちろんのこと、貯めに貯めていた有給を消化している麻沼さんも影響なし。

 

 被害者が出ていないというのは幸いだ。

 

「紙の書類は駄目でしょうが、デジタルデータは警視庁のサーバに保存されていますので無事です。ただ、問題は——」

「——これから行ってもらう地下の倉庫」

 

 須磨さんがタブレット上に近隣の地図を表示させた。

 全員でのぞき込む。

 

「ここから歩いて5分ほどの場所に都営大江戸線の駅がある。そこのメンテナンス通路から探偵事務所の地下倉庫に入ることができる。駅員には既に話を通している」

 

 須磨さんが地図をタップすると白黒の地図に切り替わった。

 

 地下鉄のメンテナンス通路の地図を加工したもののようで、電気や水、ガスの配管の位置も含めて記載されている。

 

 一般人はまず見ることが出来ない、存在すら気付かない通路が記載された地図だ。

 

「事務所の防犯カメラが最後に送信した動画から切り出したものです」

 

 和泉さんのスマホには、エレベーターに入る武装した3人の青年が映し出されていた。

 そのうちの1人がエレベーターの制御盤を力づくで引き剥がした。

 

 特別な操作をしないと地下には行けない探偵事務所のエレベーターだが、配線直結した場合は話は別なようだ。

 3人が地下へ移動していく映像が記録されていた。

 

 カメラが切り替わる。

 今度は地下の入り口の映像。

 

 侵入者の人数は6人に増えていた。

 

 その6人が武器や手から発せられる炎などで鋼鉄のシャッターを力任せに破壊して中へと入っていく。

 

 その直後、カメラに炎が映り込んだ。

 

 おそらくシャッターを破壊した際に何かに引火したのだろう。

 

 そのまま炎は勢いを強めていき、やがて地上にまで達して事務所全体に燃え広がったようだ。

 

「探偵事務所の地下に秘密の倉庫、そして独房があることは一部の人間しか知りません」

「やっぱり内通者がいるんですね」

「おそらくは。その上で侵入者は地下鉄のメンテナンス通路からも入ることが出来ると知らなかった」

 

 それは重要な情報かもしれない。

 こういった漏れ出た情報がそのままヒントに繋がるのだから。

 

「ですが、内通者探しは後で良いでしょう。問題は、この地下施設にあるものです」

「具体的には何があるんですか?」

「上戸さんが夏に回収された邪神像などは、ほんの一部に過ぎません。日本全国の事件発生時に回収した様々な呪われた品を保管しています。一部は無力化していますが……」

「機能が健在のものもあると」

「春先の横浜の事件で回収したメダルなどは、単体だと何の効果も確認出来なかったために封印されていません。こちらも最優先で狙われるかと」

 

 よりにもよってメダルはそこに保管されていたのか。

 

 今のところ新人召喚者はメダルの用途はショップ機能のみ。

 ランクアップシステムには気付いていないようだが、もしランクアップされたら厄介なことになる。

 

 能力のアップに加えて事実上の不老不死システムは殺し合いを更に加速させてしまう。

 

「他の問題として、独房の収監者があります」

「誰か収監されているのですか?」

「地下に収監しているのは警察では対処できず、現行法では裁けない魔術的な事件の犯人です。そのうちの1人、東啓輔氏は『運営』の情報を知っているからと伊原さんが別の場所に連れて行きました。ですがもう1人」

 

 そこまで聞いて誰が収監されているのか理解できた。

 

 日本の法律では裁きようのない怪人が1人いる。

 

「星の智慧(ちえ)教団の神父」

 

 俺が名前を挙げると和泉さんが肯定を示すように頷いた。

 

 捕縛された後にどうなったのか気にはなっていたが、まさか探偵事務所の地下に拘束されたままだったとは。

 

 改めて端島たちを見回す。

 

 端島や梨本はそれなりの戦闘能力はあるようだが、あの神父を相手にするには圧倒的に経験値が足りていない。

 

 神父が次々に召喚する使い魔を俺と麻沼さんで撃退。

 矢上君のジャック・オー・ランタンとの一騎打ちにもちこんでギリギリ勝利だったくらいだ。

 

 もし神父が全力で攻撃してきたら端島たちはあっという間に倒されてしまうだろう。

 

「地下施設だけは死守しなければなりません。幸い、正規の入り口からだと防犯シャッターは3枚あるので侵入には時間がかかるでしょう。なので、その間にこちらは裏口から侵入して迎え撃ちます」

「つまり、迎撃が俺たちの役目ってわけか」

 

 端島が気合いを込めたのか、右拳を左手のひらに叩きつけてパンと打ち鳴らした。

 

「でも、同じ人間同士なんでしょ。戦えるの?」

「それはもちろん。そのために来たんだ」

「でもただの喧嘩じゃないよ。殺し合いだよ」

「それは……」

 

 梨本に問われて端島は言葉を濁した。

 やはり同じ人間同士で戦うことに抵抗があるようだ。

 

 能力者はカメラにより確認できる時点で6人。

 

 鋼鉄製の分厚いシャッターを破壊できるくらいの能力を持っているが、現段階だとそれほど戦闘経験を積んでいるとは思えない。

 

 勝つだけならば楽勝だろうが、襲撃者は運営に騙されたあくまで被害者だ。

 

 いくら放火犯とはいえ、なるべくならば殺傷なしで片づけたい。

 どうやって全員を取り押さえて無力化させるかが問題だ。

 

「そこでこれを使う」

 

 須磨さんがグレネードランチャーのような口径の大きな筒がついた銃器を車から取り出した。

 拳大の球体を発射するような構造をしている。

 

「これは暴徒鎮圧用のトリモチ弾を発射するトリモチランチャー。粘着力が高く、これで四肢を壁や床などに貼り付ければ無力化できる。取り除くには特殊な薬品が必要だ」

「この特殊弾だけ予備はありますか? 私が使い魔でバラ撒きたいと思います」

「では10発渡そう。他にも無力化用の特殊弾としてローション弾を用意してあるが」

 

「ローション」の名前だけで惨事になる予感しかしないが、一応効果について聞いてみる。

 

「それってバラエティ番組でよくあるヌルヌルで足が滑ってまともに立てなくなるやつですか?」

「足だけではなく、手に持った武器なども滑ってまともに掴めなくなるし、剣などの刃物も打撃面で滑って武器としての機能が大幅に低下する」

「それはひどいですね。効果的に使おうと思います。トリモチ2発ローション8発で行きます」

「ひどいのに使うのか?」

「ひどいから使うんですよ。相手の強さとか関係なく無力化できるのは大きいですよ」

 

 今の話を聞く限りはおそらく能力者に猛威を振るうのはローションの方だ。

 

 トリモチの方は力尽くで引きちぎるパワーさえあれば対処できそうだが、ヌメって滑るのを初見では対処できないだろう。

 

「じゃあ、わたしはトリモチランチャーを使わせて貰うよ。ローションでヌテヌテになった相手と殴り合いなんてしたくないし」

 

 梨本が須磨さんからトリモチランチャーを受け取った。

 

「俺は剣だけでいい。トリモチだけで倒せる敵ばかりじゃないんだろ」

「私も後方支援なので武器はなくて良いと思います」

「わかった。ただ可能な限り襲撃者は情報を集めるために生け捕りという方針は忘れないようにしてくれ」

 

 結局、和泉さん、須磨さん、梨本の3人がトリモチランチャーを装備。

 俺と端島、合田の3人が自前の装備で挑むことになった。

 

「では急ぎましょう。地下の倉庫から危険なものを持ち出される前に」

 

   ◆ ◆ ◆

 

『速やかに退去してください。ここは私有地です』

 

 静寂に包まれた地下倉庫内に大音量の音声での警告が鳴り響く。

 拡声器か何かを使っているのか、若干声がくぐもっている。

 

 反響して若干位置は探りにくいが、後方から追いかけてきていることくらいはわかる。

 

「あれだけ派手にやれば追っ手も来るか。どうする?」

 

 先頭に立っていた『タンク』が声に反応した。

 

 タンクとはキャラ名でも本名でもない。

 

 敵を引き付けた後に攻撃を防ぎ、カウンターでバランスを崩し、味方の反撃に繋げるための壁役。

 そのポジションから与えられたあだ名だ。

 

 手に持った頑丈な大楯と防御系スキルの効果により、剣などの打撃はもちろん、炎などの魔法攻撃も防ぐことができる。

 更に本人限定だが、傷や状態変化を癒す能力も持っているので、耐えることに関しては他の追随を許さない能力者であった。

 

「どうせ一般人なんだろう。軽く痛めつけて逆に追い払ってやる」

 

 槍使いが声をあげた。

 この探偵事務所の襲撃に参加したのは良いものの、今のところ必要とされているポジションは火力でシャッターを破壊することだけだ。

 速度で圧倒する彼は付いてきたものの、活躍の場面はなくうっぷんが溜まっていたところだ。

 

「銃には気をつけろよ」

「銃くらい避けてみせるさ。それにタンクもいる」

「すぐに片づけて戻って来いよ。この先に敵がいないとは限らない」

「分かっているさ」

 

 タンクと槍使いの2人は、他の仲間と別れて、声の主がいるであろう先に向かって歩みを進める。

 

 声のする方へ進んでいくと、通路の先が開けた小さな空間に出た。

 そこにあったのは、床の上にぽつんと置かれたスマホと、無造作に転がった拡声器だけだった。

 

 スマホからは先ほどと同じ警告のメッセージが発せられる。

 通話ではなく、録音を再生しているだけのようだ。

 

「……人がいない?」

 

 槍使いが眉をひそめる。

 警告を発していたはずの声の主が見当たらない。

 

 ただ機械だけが残されている光景に、さすがに気付いた。

 

「待て、これは罠だ! その音声を囮に俺たちをおびき寄せたんだ!」

「なら逆に俺を囮に敵を引きずり出してやるだけだ!」

 

 タンクが訝しげに言いながら、床に置かれたスマホへと歩み寄る。

 

「来るならどこからでも来い! 俺の無敵の楯が全てを防いでやる!」

 

 タンクが楯をたからかに掲げた直後、足がずるりと横に流れた。

 

「おわっと」

 

 短い声とともに巨体が傾き、そのまま派手に床へと倒れ込む。

 大楯が甲高い音を立てて床を打ち、低い振動が周囲に伝わった。

 

「大丈夫か、タンク!」

 

 槍使いが慌てて駆け寄る。

 しかし、一歩踏み込んだところで、彼の足もまた滑った。

 

 何とか槍を床に杖のように立てかけるが、その槍の柄尻もつるんと何の手ごたえもなく滑った。

 槍使いも尻餅をついてタンクの隣へと倒れ込む。

 

「くそっ、なんだこれ……?」

 

 床に手をついた槍使いは、すぐに違和感に気づいた。

 掌の下に広がるのは、水でも油でもないぬるりとした感触。

 

 指を動かすと、糸を引くような粘り気がまとわりつく。

 

 手を付けて起き上がろうとするが、その手がまた滑る。

 

 なんとか立ち上がろうと槍を杖代わりに握りなおそうとした時に自らの失敗に気付いた。

 

 粘液が手についている状態で槍に触れたせいで、滑ってまともに握ることができない。

 いくら力を込めてもウナギのように手元からすり抜けていく。

 

「おい、大丈夫か?」

「やめろ、その手で楯を握るな!」

 

 タンクが大楯に手を伸ばしたが、やはり槍使いと同じく、楯がまるで意思を持っているかのようにその手からぬるりと逃げ出した。

 

 そのまま勢いよく別の生き物のように床の上を滑っていく。

 

 それだけでは済まず、楯を取り落とした反動でタンクはまたも尻餅をついて転倒する。

 

「なんでこんなに滑るんだよ!」

「やられた、ローションだ!」

「ローション!? 何のバラエティ番組だよ!」

「大丈夫だ。ローションの量はそれほど多くない。ゆっくり足がぶれないようにバランスを取れば立てるはずだ」

「なるほど」

 

 2人とも両手を横に伸ばして、なんとかバランスを取りながらゆっくりと立ち上がる。

 足はぷるぷると震えていたが、それでも倒れることはなかった。

 

「いいか、ゆっくりと一歩ずつ歩いていくんだ。今のところ他の攻撃はない」

「他の攻撃が来たらどうする?」

「その時は俺の能力で防ぐ。俺は一流のタンクだぞ」

 

 2人はガニ股になりながらそろそろと歩き始めた。

 

 そのタイミングで黒いコートに黒い帽子を被った少女が「てってれー」と言いながら暗闇の奥から小走りで現れた。

 

 しかも「ドッキリ成功」と書かれたスケッチブックを掲げての登場だ。

 意味が分からない。バカにしているとしか思えない。

 

「なんだお前は!」

「ドッキリです。楽しかったですか?」

「何がドッキリだ! ふざけるな!」

 

 少女に指摘した直後、頭上から水風船のようなものが2人の頭上に降ってきた。

 

 気付いた頃にはもう遅い。

 避けきれず、脳天に直撃を食らう。

 

 風船のようなものが割れて、中から大量のローションが溢れだした。

 

 ここでようやくタンクは気付いた。

 少女が突然に目立つ仕草と共に登場したのは注意を引き付けるためだ。

 

 実際、タンクもバカにされたと思い、意識が少女の方に向いていて、頭上にまで気が回らなかった。

 もう少し慎重でいれば、防御スキルで頭上からの追加攻撃は防げたというのに。

 

 2人は風船の直撃と追加ローションを全身に浴びたことで、またもバランスを崩して転倒。

 

 なんとか起き上がろうとするも、ローションに視界を覆われている上に、滑って立ち上がることすらできない。

 

 更に動けないところへトドメとばかりに今度は網が投げ込まれた。

 

 丈夫な繊維で編まれた網が体に絡みついて立つことも動くこともままならない。

 素手で網を破ろうとするも、指が滑って網をまともに掴むことができない。

 

「大丈夫です。このローションは30分もすれば乾くので、それまでは、そこで滑っていてください」

「おい、まともに戦えよ!」

「ならば、違法侵入などせず、真正面から勝負を挑むべきでしたね。そちらが何でもありと奇襲を仕掛けたのですから、逆になんでもありな反撃をされても文句は言えないと理解してください」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 梨本、和泉、須磨の3人によるトリモチランチャーの連携攻撃で、斧を持った戦士の四肢にトリモチが貼りついた。

 なんとか逃れようとするも、今度は床に四つん這いの体勢のまま貼りついて全く動けなくなった。

 

 ここまでは良かった。

 

 だが、斧戦士とコンビを組んでいた剣士にはトリモチランチャーは通じなかった。

 

 先に斧戦士が倒されたことで、トリモチの直撃をくらうのはまずいと学習したのだろう。

 

 鋭いサイドステップでトリモチ弾を避けながら、トリモチランチャーを構える3人を切り倒すべく、抜刀して一気に距離を詰める。

 対抗できるのは敵と同じく帯剣している端島だけだ。

 

 端島は一気に飛び出し、敵剣士の技の出始めを潰さんと、剣を真っすぐ突き出した。

 

 敵剣士も端島に素早く対応。

 鋭い突きに対して斜め下から跳ね上げるような動きで軸を受け流して回避。

 

 敵剣士がこの回避運動を取ることは端島も予測の範疇だった。

 攻撃で相手を倒すためではなく、ターゲットを自分に逸らすことが目的だったので、何ら問題なしだ。

 突きの動作を早々と切り上げ、バックステップで大きく距離を取った。

 

 お互い間合いから離れたために、一度仕切り直しとなった。

 

 端島と敵剣士は剣の切っ先だけを軽く何度か打ち合わせて、お互いの出方を伺う。

 

 真正面からの打ち合いはしない。

 細身の端島からすれば、敵剣士の方が体格も良く、腕の太さも違う。

 単純な力比べをしていては確実に競り負ける。

 

 SSRの自分ならば能力は高いはずだが、ラバンのスキルのメインはドラゴン召喚であって剣はオマケにしかすぎない。

 

 スキルの打ち合いになってもやはり手数の差で負ける。

 スキルを使わない純粋な剣の技術で勝負するしかない。

 

 それに、今は防具をつけていない。

 

 買ったばかりのファッション重視の服なので、迂闊に剣を受ければ予想以上のダメージを受ける。

 

 慎重になるのも当然の話だ。

 

「お前、覚悟が足りていないな」

「どういうことだ?」

「自分が傷つくこと以上に、人間を切るという覚悟が足りていない。何かと理由をつけて打ち合いを避けてる」

「当然だ。俺はSSRだぞ。弱い相手に全力を出すつもりなんてない」

「そんなに弱いのにSSRなのか」

 

 軽口を叩きながら敵剣士が切りかかってきたが、これは冷静さを失わせてミスを誘うための挑発だ。

 その手には乗らないと冷静に剣で受ける。

 

 すると、今度は敵剣士が絶え間なく連撃を打ち込んできた。

 技量では負けているが、フィジカルでは勝っている。

 敵剣士はそれが分かっているからこそ、端島のミスを誘ってきた。

 

 単発ならば確実に返せるが、連発されると、そのうちどこかでミスる。

 長引いて体力と精神力を削られればその可能性はどんどん増す。

 

 単純だが効果的な攻撃だ。

 分かっていても相手の思惑に乗って攻撃を捌き続けるしかない。

 

「ドラゴンを……」

 

 一瞬、ドラゴンを喚ぶことを考えたが、すぐに否定した。

 この狭い空間で巨大なドラゴンを喚び出せば他の仲間に影響が出る。

 

 合田の強化は?

 ダメだ。

 攻撃の威力は上がるが、それだと殺さずに生け捕りするのが難しい。

 

 自分の力だけで立ち向かうしかない。

 

「本当に弱いな。やっぱりレアリティ詐欺だろう」

「違う、俺は強い!」

「負け惜しみだ! お前は弱い!」

「そんなことはない!」

「あなたが弱いことだけは分かりますよ」

 

 剣の応酬が続く最中、2人の真横を高速で通り過ぎる影があった。

 

 影は一瞬で敵剣士の背後に回り込み、そのまま持っていたナイフで二の腕を切り裂いた。

 敵剣士の右腕がダランと重力に負けて垂れ下がる。

 

 影の正体は、いつの間にか飛び出した和泉だった。

 

「これは一対一の勝負ではない。周りがまるで見えていない」

「ふざけるな、多対一なんて卑怯だぞ!」

「残念だが、これはスポーツではない」

 

 敵剣士は右手が使えないと分かると、左手に剣を持ち替えたが、その隙を見逃す和泉ではない。

 鋭い蹴りを腹に放って蹴り飛ばし、そのまま通路の壁に叩きつける。

 

 そこに須磨と梨本が続けてトリモチ弾を両足に向けて発射し、完全に動きを拘束した。

 

「す、すまない」

「いえ、チーム戦ですから。敵の注意を引き付けていただいたおかげで助かりました」

 

 和泉がナイフに付いた血を拭き取りながら端島に淡々と答えた。

 

 和泉は責めることなく、淡々と事実だけを述べている。

 それが逆に、端島には悔しかった。

 もっと活躍できたはずなのにだ。

 

「そうだよ。あんなにブンブン剣を振ってくる相手を一人で食い止めたんだから、決して弱くないよ」

「その通り。自分の役目も役割も見えていて動くことができる。立派なものです」

 

 梨本がフォローしてくれるが、やはり端島には納得できないものがあった。

 

 今の攻防はもう少しやりようがあった。

 相手の剣筋は見えていた。踏み込める隙もあった。

 

 だが、体が動かなかった。

 

 悔しいが、相手の剣士の言葉は事実だ。

 

 傷を負うのを恐れた――相手が傷つくのを恐れた――何より、もし踏み込んでも避けられて反撃されて……自分が弱いことが証明されてしまうのが何より恐ろしかった。

 

 SSRという最高レアリティなのに。

 能力は圧倒的なはずだ。

 なのに活躍できないとしたら……自分が弱いからだ。

 

「……もっと、やれたはずなのに」

 

 誰にも聞こえないほどの小声で呟く。

 

「これで残るは4人ですか」

「残り2人ですよ」

 

 どんよりと落ち込む端島の横から軽い足音が近づいてきた。

 陽動に引っかかった2人の拘束に向かった上戸だ。

 

 1対2という数の不利があったというのに、服の汚れもなく、息一つ上がっていない。

 まるで散歩から帰ってきたかのような涼しい顔だ。

 

 手に持っている「ドッキリ成功」と書かれたスケッチブックなど、ふざけているとしか思えない。

 

「……上戸さんは、無傷なんですか」

 

 端島が思わず尋ねると、上戸はキョトンとして、手に持ったスケッチブックを振ってみせた。

 

「ええ。まともに戦っていませんから。ローションを撒いて、転んだところを網で捕まえただけです。相手がまだ戦闘慣れしていないようでしたので何とかなりました」

 

 あっけらかんと言い放つ上戸に、端島は言葉を失った。

 自分は一人の剣士を拘束するにあれだけ苦戦したというのに、上戸は一人で2人を拘束したと。

 

 和泉もそうだ。

 スキルを持たない、ただの一般人だというのに、速度も技術も自分や敵の剣士を完全に上回っていた。

 おそらく殺害が許可されていれば、あのナイフを使って一瞬で敵剣士を切り刻めたはずだ。

 

 これはあくまでの経験の差なのか?

 それとも自分が力を使いこなせていない……弱いのでは……。

 

 剣士が言った「覚悟が足りない」という言葉が端島の心の中で何度も繰り返される。

 

「罠に釣られたのは盾持ちと槍持ちの2人でした。カメラ映像通りだと、他にパワータイプと火を出す魔法使いタイプがいるはずですね」

「一応、それ以外に人がいる可能性も考えておきましょうよ。もし6人以上いた場合は取り逃がすことになりますよ」

 

 合田が注意を促す。

 上戸たちは今の戦いの話題を終えて、次の戦いの話に切り替えていた。

 それが余計に端島にとっては悔しかった。

 

「合田さんはレーダー的な能力はないのですか?」

「残念ながら私に出来るのは視界に入った人の能力分析です。見えない相手のことは分かりません」

「ということは能力には頼れませんね。ここからは慎重に行きましょう」

 

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