収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第15話 「海の見える拘置所」

 バーにいた4人が交番に自首(諸説あり)した翌日。

 

 俺たちは和泉さんから連絡を受けて、練馬区の公民館に集まることになった。

 

 到着すると、既に和泉さんの他に横川さんが待っていた。

 

「すみません、昨日の今日で後片付けが済んでおらず、こんな場所しか用意できなくて申し訳ないです」

「いえいえ、ある程度会議ができるスペースがあれば大丈夫です」

 

「多目的室」というプレートが掲げられた部屋は、隅に流しやレンジが置かれた簡素なスペースだった。

 

 隣の部屋との区切りは間仕切りのみで、丸テーブルに丸椅子が置かれている。

 

 普段の利用は会議室ではなく、まさに多目的室なのだろう。

 市のイベントが開催された際にちょっとした食事やお茶を用意するための給湯室的な役目も果たしていそうだ。

 

 そのテーブルの1つに数台のノートPCと紙のファイルが雑に積み上げられている。

 

「空いている席にお掛けください」

 

 言われた通りに全員同じテーブルに着く。

 

 その前に和泉さんがガラガラとホワイトボードを押して運んできた。

 

「事務所への襲撃者4名、そして昨晩に練馬の交番へ……」

 

 和泉さんがここで言葉を切った。

 

「……『自首』した4名への事情聴取が済んだ」

 

 和泉さんの口から「自首」という言葉が出てくるまでに若干の間があった。

 実際「自首」ではなくて、自分たちはあくまで被害者だと主張しながら、警察に助けを求めにやってきただけなので、あまり適切ではないのだが。

 

 和泉さんがホワイトボードに説明を書いている間に、横川さんがA4用紙数枚を綴じ紐でまとめた資料を渡してくれた。

 紙の質や一部文字が印刷時にインクが滲んで黒くなったりと、お世辞にも質は良くない。

 

「その資料は後で回収、処分します」

「ありがとうございます」

 

 今どきデジタルではなく紙の資料。

 しかも、この会議の後に回収というのは情報漏洩対策だろう。

 

 異世界対策のために集められたメンバーの中にスパイが紛れ込んでいる疑惑が浮上している。

 そのため、情報の取り扱いについて、これまで以上に厳しくして、これ以上情報を漏洩させたくないという意気込みが伝わってくる。

 

 公民館の会議室を事務所代わりに借りたのも、ただの公民館の会議室に「もしかしたら探偵が来るかもしれない」と予想して事前に盗聴器などを仕掛けることは事実上不可能に近いという理由もあるのかもしれない。

 

 資料を数枚めくってみる。

 

 よほど急いで作成したのだろう。

 誤字などが目立つし、印刷されている写真も一部が切れて見えなかったりとガバガバだ。

 

 ただ、今回の会議は身内しかいないこと、どうせ後で回収して処分するのだから、内容が伝わりさえすればなんでもいいという割り切りが伝わってくる。

 

 資料には全員への聞き取りの概要が簡単にまとめてある。

 

「8人に共通して確認できたのは、自分たちはあくまでも騙されただけの被害者だという意識。これはリーダーである能生(のう)(ゆたか)。バーの店長に成りすましていた男も含んでのことだ」

 

 和泉さんが頭をかきながら答えた。

 

「『自分たちは、よく分からないゲームに強制参加させられた被害者だ。だから、そのゲームの黒幕に対しては当然殴り返す権利がある』というのが共通認識だった」

「理屈はわかります。ただ、その理屈で探偵事務所へ襲撃をかけた理由がわかりません」

「そこで出てくるキーマンが逢坂(おうさか)という男。資料3ページ目」

 

 資料には逢坂(仮名)という名前が書かれていた。

 

 20代。男。分析系の能力を持っている。中肉中背などの大まかな情報が記載されている。

 聞き取りで得た情報ということで、当然ながら顔写真など、はっきりした外見の手がかりはない。

 

「この逢坂という男がリーダーである能生豊への情報提供を行っていたらしい。現在も都内のあちこちで情報を集めているとかなんとか」

「その逢坂(なにがし)が探偵事務所が運営の拠点だと吹き込んだと」

「ほぼ間違いなく。襲撃当日にワープ系の能力で探偵事務所に移動したことも分かっている」

 

 和泉さんの話を確認しようと資料をめくると、防犯カメラの映像を印刷した写真が載っていた。

 

 何もない空間から人間が次々と現れて探偵事務所横の地下へと向かうエレベーターに押しかけている。

 

 ただ、画像がかなり不鮮明だ。

 相当遠くから撮影した動画を限界まで拡大したように見える。

 

「見えない車ってわけではないんですよね」

「聞き取り時点だと瞬間移動だったが、その可能性もあるな。ただ、この写真だけでは追跡は無理だ」

 

 目を皿のようにして写真を見るも結果は変わらず。

 

 無理矢理引き延ばした結果、半分溶けたようになっている画像からは、数人が探偵事務所の地下へ向かった以上の情報を拾えそうにない。

 

 ただ、逢坂という男が実質のリーダーであり、運営側のスパイである可能性は高そうだ。

 

 異世界から召喚された被害者たちに嘘の情報を吹き込み、工作員として仕立て上げたと。

 

 もしかしたら逢坂とやらも更に上から嘘の情報を教えられている可能性もあるが、それはそれだ。

 

「念のために確認したい。逢坂という名前に聞き覚えは? 偽名の可能性もあるが」

「ない……ないが、多分顔は知ってる」

 

 和泉さんの質問に対して、端島は含みを持たせた答えを返した。

 

「もしかして、ちょっと変な感じの人かな?」

 

 梨本も逢坂という人物について反応した。

 その後ろで合田も無言で首を縦に振っていた。

 

「最初の部屋にいた時に『俺は全てを知っている』『俺についてくりゃ悪いようにはしない』みたいに声をかけて胡散臭がられていたやつがいたんだ。名前は聞いていないが、多分そいつが逢坂ってやつだ」

「それだけだと大言を吐いている誇大妄想癖がある人にしか聞こえないのですが」

「もちろん『変なやつがいる』くらいの認識で見向きもされなかったよ。そいつが有言実行するまでは」

「どういうことですか?」

「一見何の変哲もないブロック塀に偽装されたケースの中からリモコンとサンプルのメダルを取り出してショップ機能を実際に使って食べ物を取り出したんだよ」

「そのリモコンというのはこれですか?」

 

 和泉さんが鞄の中からビニール袋に入ったタブレット端末のようなものを取り出した。

 

「これは探偵事務所にやってきた襲撃者の1人が持っていたもの。能生の話だと他にも複数あるとか」

「それと同じものだ。自分には隠されたものを探し出す能力があるって言い出して、デモンストレーションをやってみせた」

「流石に都合が良すぎませんか? 私は運営側が送り込んだサクラでスパイとしか思いませんが」

 

 たまたま目玉アイテムが見つかるというのは分からなくもない。

 

 ゲームの運営としては、何の事件も起こらずに淡々と時間が流れるよりも、不和の原因になりうるアイテムを早めに参加者たちに見せることで、動きをコントロールしたいと考えてもおかしくはない。

 

 ただ、さすがに都合が良すぎる。

 

 全員の前でサクラにデモンストレーションをさせたとしか思えない。

 

 ここでふと思い出したことがある。

 

 俺たちが向こうの世界で出会った変態眼鏡マン……本名は忘れた……もショップだのランクアップだの誰も知らない情報を独自の手段で入手していた。

 

 その情報を元に変態戦士や全身タイツマンなどの仲間を集めて、最終的にはゲームマスターに招かれて運営の下働きをしていた。

 

 逢坂というやつも眼鏡マンと同じように、運営と何らかの取引を行い、都合の良い情報を流したり、細かい下働きをする役割を与えられたのではないだろうか?

 

 なぜそんなことができると聞かれても「自分にはそういう能力がある」と突っぱねれば、それ以上は周りも突っ込みにくいのはあるだろう。

 何しろ、自分の能力すら満足にわからない状況で、他人がどんな能力を持っているかなんて自己申告を信じるしかないからだ。

 

「俺たちを含めた大半も胡散臭がっていたよ。こいつスパイじゃないのかって。だけど、それでもそいつ……逢坂に協力するやつらはそれなりにいた」

「割り切りもあったんだと思いますよ。もしスパイだったとしても、食べ物や情報が手に入るならそれでいいじゃないか、という」

「見た目は弱そうだったから、いざとなれば倒してアイテムだけ奪っちゃえば良いと考えていた治安の悪い考え方をしている人も多かったんじゃないかな」

 

 合田と梨本が端島に続いた。

 

「その後は上戸さんたちも知ってる通りだ。ケンカ別れでチームが半分に割れて、その後は仲間同士の争いに巻き込まれるのが嫌でそれぞれバラバラに散っていった」

「だけど、この逢坂(なにがし)が所属するチームは行動し続けたと」

「食い物やあの町からの脱出の約束を餌に何人か釣り上げたってのは予想できるな」

 

 あの結界を無理矢理解除した際にも召喚者50人のうち半数以上はいなかった。

 

 おそらく逢坂(なにがし)が何かしらの方法であの空間から脱出させたのだろう。

 そして、逢坂から情報提供を受けた彼らは今もこの東京のどこかに潜みながら、何かを企んでいる。

 

 その第一弾が探偵事務所への襲撃とメダルの入手だったのだろう。

 

「この逢坂という男と接触することが、今の最優先事項と考えています」

「それについて何か方法は?」

「能生が連絡を取り合っていたようですが、本人は黙秘を続けていますね。何も信じられないと」

「一度俺たちに話をさせてもらっていいですか?」

 

 端島が和泉さんに尋ねた。

 

「意見の相違はあったとはいえ、俺たちは同郷で元々仲間という境遇はほぼ同じ。警察よりは話を聞いてもらえるかもしれない」

「ですが……」

「お願いします」

 

 端島に続いて合田、梨本が続いた。

 

「私からもお願いします。私は能生さんからすると運営の手先ってことになってるので、多分話も聞いてくれないでしょうし」

 

 俺からも頼み込む。

 いくら茶番とはいえ、さすがに運営の手先役をやったやつがノコノコ出て行ったところで話がこじれるだけだろう。

 

「他にやって欲しい調査があったのですが、仕方ないですね。能生の身柄を確保している施設へ案内します。上戸さんには、当初の予定どおり別件の調査をお願いできないですか?」

「分かりました。では3人をお願いします」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 端島たちが車で案内された先は元々はどこかの企業の保養施設のようだった。

 

 町からはかなり離れた場所。

 道中は車の後部座席に座っていたために外を見ることが出来ず、東京からどこをどう移動したのかはさっぱり分からない。

 

 分かるのは海沿いの宿泊施設というだけだ。

 

 敷地の境界には鉄条網付きのフェンスが張り巡らされており、害獣注意の看板が取り付けられている。

 

 鉄条網は害獣が敷地内へ侵入しないための獣除けなのだろうが、皮肉なことに、中の人間を出さない壁として機能している。

 

 敷地内には何棟か建物があるようだが、建物の周辺には背の高い防風林が立っており、見通しはかなり悪い。

 

 隣に何軒の建物があるのかはもちろん、この保養施設の外側に何があるのか?

 住所はどこなのかはさっぱり分からない。

 

 外部から隔離されたその環境は、海の見えるホテルというよりも「刑務所」という言葉が頭をよぎる。

 

 警察に「自首」した8人は全員この施設に隔離されているようだった。

 一見すると自由だが、実のところは24時間行動を監視されており、全く自由な環境はない。

 

 実際、この施設は拘置所なのだろう。

 現行法では裁けないが、そのまま野放しにはできない異世界からの犯罪者を隔離するための施設。

 

「千葉か伊豆か」

「場所の詮索はしないよう」

「しませんよ」

 

 そう言いながらも土の道を靴で軽く蹴飛ばすと、白い砂が間から出て来た。

 

 伊豆や三浦半島ならば富士山の火山灰の黒い砂が出てくるはずだ。

 

 更に海の方を見る。

 海の先に陸が見えないので、東京湾でないだろう。

 見えているのは太平洋だ。

 

 それらを総合して考えると、おそらくここは千葉。

 それも外房の方だ。

 

 交通網が弱く、いくら能力者でも財布を取り上げられた状態だと東京都心まで戻るのは困難だ。

 

 鉄道にしろ、道路にしろ、逃走ルートはそう多くない。

 都心に出る前にどこかで見つかり、捕まって連れ戻される。

 

 それを考えると、やはりここは拘置所なのだろう。

 

「直接戦った4人とは会わないように調整します。基本的に能生以外とは会えないと考えてください」

 

 そんなことを考えていた端島に和泉が念を押して説明を始めた。

 

「大丈夫です。そもそも誰とも面識があるわけじゃないので」

「話は以上です。私がいると話しにくいこともあるでしょう。少し席を離します。終わったら建物から出てきてください」

 

 宿泊施設の1つに入るよう促される。

 遠くから見ると綺麗だったが、近くに寄って見ると外装は意外に劣化が酷い。

 

 潮風が当たる環境なのにあまり手入れはされていないのだろう。

 

 蝶番が錆びているのか、妙な音が鳴るドアを開けた。

 ロビーの薄汚れたソファーに3人で座って待っていると、バーのバーテンダーが2階から階段を軋む音を鳴らしながら下りて現れた。

 

「お前たちも無事だったのか?」

 

 開口一番、端島を心配するような口調。

 

 どうやらあの茶番も無駄ではなかったようだと端島は胸をなでおろす。

 能生は今のところ疑っている様子はないようだ。

 

「俺たちも警察の保護に入った。こことは違うところに泊まっているので、今日は他の仲間に会えるよう特別に調整してもらった」

「そうなのか」

 

 ここで能生は声のトーンを落とした。

 

「ところで、この世界の警察ってのは本当に信用できそうか?」

「警察は分からないが、俺たちの先輩って人がいる。同じように異世界に召喚されて変なゲームに巻き込まれたらしいが、無事にそこから逃げ出したみたいで、今度は俺たちを元の世界に返せるよう頑張ってくれている」

「そんな人がいるのか? あいつは教えてくれなかったぞ」

「あいつ?」

 

 ここで言う「あいつ」とは逢坂のことだろう。

 

 だが、ここで慌てても仕方ない。

 端島はまるで知らないという体裁で続ける。

 

「『あいつ』ってのは誰だか知らないが、先輩ってのは能生さんたちが脱出した後から来たんだよ。ゴールの場所が分からずに町に取り残されていた全員を助け出してくれた。怪我人や病人は病院送りだったが、他はみんなここと同じような場所にいる」

「そんな都合の良い助けが来るのはおかしくないか?」

「えっ?」

「今のところおかしなところはないかな。黒幕を倒すために協力してくれって感じだったし」

 

 横で聞いていた梨本が端島のフォローに入った。

 

「善人とか正義の味方じゃないな。黒幕を倒すという目的のために、警察や……俺たちを含む何でも利用してるって感じだ。こういう関係を共犯者って言うのか?」

「共犯者……なるほど」

 

 端島はたどたどしくもあるが、今の関係を端的に説明した。

 

 和泉たち探偵はともかく、上戸や伊原は、決して法と秩序の番人という感じではない。

 

 目的のためには法も破るという、いわば混沌側のカテゴリだ。

 

 それでも自分たちが同じ立場だという理由だけで手を貸してくれている。

 なるべく他人も傷つけないよう、助かるように動いている。

 

 他人の立場を乗っ取って、探偵事務所を襲撃するという明らかに悪人である能生たちと話を成立させるには、どこかですり合わせが必要だ。

 

 ならば、狙っていけるポイントはそこ「黒幕を嫌っている」と「目的のためには手段を選ばない」だ。

 

 そこを説明して、協力することにメリットがあると訴える。

 

「黒幕の野望を阻止するために他に俺に何かできることはあるか?」

 

 そう訴えると能生は少し何かを考えるような表情を見せた。

 本当に端島を信じて良いのか葛藤があるのだろう。

 

「まあ大丈夫か。『あいつ』なら変なやつが近づいてきても逃げるだろう」

「さっきから何度か話に出てるけど『あいつ』って誰なんだよ」

「協力者だよ。『あいつ』に、その先輩とやらが協力すれば、もっと効率よく黒幕に迫ることができるはずだ」

「でもどうやって近付くんだ?」

「渋谷だ」

「渋谷?」

「あいつはこの世界にいた異空間を作ることができる能力者と組んだんだ。俺たちのような能力者ならば渋谷の裏路地からその空間に入って『あいつ』に会える」

 

 現実感がなくて鵜呑みにはできない話。

 だが、今の流れで能生が嘘をついているとは思えなかった。

 

 まずはその渋谷の裏路地に行ってみるしかないだろう。

 

「できれば、運営の手先が俺たちを狙ってるから、メダルはしばらく持っていけないと伝えておいてくれ」

「ああわかったよ。できれば伝わるようにしておく」

 

 

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