収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第17話 「フラワービル」

 裏路地から入る謎の異空間……裏東京への入り方は簡単だ。

 

 まず、能力者が入り口を見つける。

 最初に発見したのは渋谷の道玄坂だったが、おそらく今の東京都内には他にも複数出入り口があるようだ。

 

 実際、和泉さんや端島たちが到着するまで暇だったので周辺を少し歩いただけで、JR渋谷駅周辺で3カ所ほど入り口を見つけた。

 

 それはビルとビルの隙間だったり、コインロッカーと壁の間のわずかなスペースだったりと、とにかく狭くて目立たない場所だ。

 

 もちろん、こういった出入り口は渋谷だけではなく新宿や品川などの場所にも隠されているに違いない。

 

 出入り口を見つけたらそこへ体を押し込む。

 

 狭いので、荷物が大きい場合は斜め方向だと良い感じかもしれない。

 

 とにかく身体をねじ込んで、ぬるりと出入り口を抜けると、あっという間に廃墟が立ち並ぶ、不気味な紫色の空が広がる裏の東京に到着だ。

 

 時間は現実世界と連動しているようで、俺が最初に入ったときはまだ明るかったが、今は太陽が落ちたのか、その紫の空も黒く染まり、月も星もない暗闇に包まれている。

 

 人の文明が生み出す熱がないからだろうか?

 現実世界よりも若干ひんやりと感じる。

 

 出入り口の位置は完全に固定されており、人が出入りしても消えることはない。

 

 ただ、一度裏東京に入ってしまうと、帰りの出入り口は景色に埋もれて非常に分かりにくくなる。

 近くに旗を立てる、ペンキなどで色を塗るなどして、目印を付けておくと良いかもしれない。

 

 裏東京のあちこちから獣が唸るような音が聞こえてくる。

 これは風の音がたまたまそう聞こえるとか、空耳とかではないだろう。

 

 明らかに何かしらの生物、あるいは類する存在がこの謎のエリアに存在して活動している証拠だと思う。

 

 友好的、敵対的かはもちろん、力や外観など一切不明なので、正体を見極めるまでは慎重に進めたい。

 

 これらの特徴を持つ裏東京を、実際に自らの目で確認した和泉さんはもちろん、端島、合田、梨本の3人とも口をポカンと開けたまま、ビルの廃墟が広がるという現実感のない光景をただ眺めていた。

 

「上戸さん、意見をお願いします」

 

 出入り口の近くから10メートルほど歩いたところで和泉さんが尋ねてきた。

 

「知ったかぶりをしても意味がないので正直に言いますね。理論的なことは何もわかりません。その上で所感と検証の結果だけをお話ししますけどそれでよろしいでしょうか?」

「お願いします。何もわからないのは私も同じです」

 

 確認が取れたので、まずは検証結果について説明しよう。

 

 論より証拠ということで、コートの内側からバルザイの偃月刀を引き抜いて近くの瓦礫を切りつけた。

 キキッとひっかき音と共に瓦礫に細く浅い線が走る。

 

「ただの幻覚ならばこの時点で術が破壊されて解除されます。更に言うと、この傷は現実世界に戻った時にどこにも反映されていません。裏東京のオブジェクトは現実世界と完全に分断されている証拠です」

「なるほど」

 

 和泉さんはアタッシュケースの中からナイフを取り出すと、俺と同じように近くの瓦礫に傷を付けた。

 更にそこへ赤いサインペンを取り出してバツ印を書き込む。

 

「念のため私も検証をしてみます」

「ありがとうございます。そして次の検証の話ですが、私の使い魔は別の空間に突入させると接続が途切れて消滅します。これは射程距離や次元を超えてまで私の力が伝わらないことを示しています」

 

 こちらも分かりやすく説明するために、次元の狭間へ鳥の使い魔を放った。

 外の現実世界でビルの隙間に捨てられていたビールの空き缶を回収して手元へ戻らせる。

 

「この通り、この現実感のない世界は地続きの空間であることを示しています。この空き缶は後でゴミ箱に捨てておきます」

「他の検証はいかがですか?」

「スマホの電波ですね。その出入り口周辺は電波が強くなりますが、距離が離れると弱くなり、やがて途切れます。ただし——」

 

 説明した後にスマホを頭上に掲げてその場でグルグルと回転をする。

 

「角度によってアンテナの本数が増える場所があります。これは、現実世界との出入り口は一つではなく、複数あって、そこから電波が漏れ出していることを証明しています。実際、この方法で近くに3カ所見つけました」

「スマホのアンテナの本数が未知の出入り口を見つけるための、簡易的なセンサーとして機能するということですね」

「はい。オシロスコープのような、携帯電話だけではなく、テレビやラジオを含む電波を正確に計測できる機器があれば、さらに捗ると思います」

「測定器は須磨が持っていたはずですので……いや、あれは火事に巻き込まれたのか? あとで確認してみます」

「では、一度引き上げましょう。続きの話は外で」

「えっ、今から探索は?」

 

 剣を片手にして、周囲に警戒を払っていた端島が素っ頓狂な声をあげた。

 

「少なくとも今日はという話です。陽が落ちて真っ暗な中をライトもなしで夜通し探索するつもりですか?」

「そこの出入り口を出たら渋谷の町だぞ。コンビニでもなんでもライトくらい買えるだろ。少なくとも駅前のフラワービルは見ておきたい」

「端島クン、今日は和泉さんの言うとおりにしよう。明るい時なら、ライトもいらないんだし」

「それに……何かが私たちを見てますね」

 

 合田が眼鏡を上げ下げしながら暗闇を睨みつけた。

 

「何か分かりますか?」

「スキルの効果でなんとなく。具体的にどうまでは言えませんが、確実に何かがこちらを見ています」

 

 合田のスキルの効果は既に実証されている。

 信じても良いだろう。

 

「こっちはなーんにも見えないね。でも、やっぱり何かがいる気配は感じるよ」

 

 梨本も続いて何かを感じ取ったようだ。

 微妙な音や風の流れなどを鋭い五感が掴んだのだろう。うちのエリちゃんと同タイプだ。

 

「戦っても勝てるとは思うよ。だけど、それは明るくて奇襲を受けないってのと、相手が一匹だか一人だかが前提」

「……分かった。今日は引き返そう」

 

 端島はちゃんと説明するとわかってくれるのがありがたい。

 

 全員の意見が一致したので、来た道を引き返すと、すぐに人通りが多い渋谷の町に戻ってきた。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 和泉さんは周囲を見回しているが、やはり先ほどナイフで付けた傷やサインペンの印はどこにも見当たらないようだ。

 

「端島クン、剣は隠して。町中だよ」

「あっ、そうだ、町の中だった」

 

 端島が慌てて布のカバーを取り出して剣を覆い隠す。

 少々不自然なところもあるが、ギリギリ剣道男子で通らないこともない……かもしれない。

 

「上戸さん、今度は所感をお願いします。推論でも構いませんので、何か気付きがあればお願いします」

 

 根拠がなくてもOKということならば、気付いた点を話していこう。

 

「まず面積が巨大すぎます。使い魔の暴走でも異空間は作られますが、それはもっと狭い空間がループしているだけです。これは人間1人の能力を超えていると思います」

 

 結界を作り出せるスキル、能力は俺が知らないだけで他にも色々とあるかもしれないが、さすがに人間の限界を超えている気がする。

 人間を超えた何者か、もしくは世界の法則を変える装置、魔術式などがどこかにあるとしか思えない。

 

「大きさとしては先日のニュータウンよりも巨大なようです。おそらく東京都と隣接県である埼玉、神奈川、千葉を含む範囲が再現されていると考えてもよいかと」

「私もそんな広大な異空間など聞いたことないですね」

「襲撃者はこの空間を移動した後に現実空間に復帰したために瞬間移動で探偵事務所の近くに現れたということですかね」

「証言に逢坂(おうさか)は転移の能力者と組んだという話がありましたが、それをどう解釈します?」

「実際に瞬間移動ではなく、この裏東京と現実世界の出入り口をある程度好きな場所に作り出せる能力なのでは?」

 

 確証はないが、そういう能力ならば探偵事務所の襲撃が少し不自然だった理由にも説明がつく。

 

 地下倉庫が目的なのだから、最初から地下に出口を作れば良い話だ。

 なのに、それが出来なかったのは、こちらの裏東京には地下空間が存在しなかった、もしくは現実世界の正確な位置座標を取得できなかったからだ。

 

 だから、探偵事務所の横に出現してから、エレベーターを降りて隔壁を強行突破するという余計な手間をかけたのだろう。

 

「これを放置しておけば、同じ理屈で、警備を無視して国会議事堂だろうが議員会館だろうが東京都内どこでも襲撃が可能だと思います」

「その仮説が正しければ、警察庁を巻き込んで動かせますが、もう少し証拠が欲しいところですね。専門家の意見を聞いてみましょう」

「専門家というのは?」

「上戸さんに来週以降に会っていただこうと考えていた京都の魔術勢力です。数人は春の事件の際に会われていると思いますが」

 

 春の事件とは、件の「いにしえのもの」が宇宙人の円盤で汚染物質をばら撒いていた事件のことだろう。

 その際に、神主や巫女の扮装で変な歌や踊りで儀式をしていたのは覚えている。

 

「京都の魔術勢力は、直接戦ったりは苦手ですが、(いにしえ)の時代から伝わる知識や技術を継承しています。私たちの苦手な部分を補ってくれるでしょう」

「さすがにアポ取りはお願いしますよ。知らない組織のインターホンをピンポン鳴らして飛び込み営業みたいなことはやりたくないので」

「それはこちらで対応しますのでご安心ください」

 

 それならば良かった。

 せっかく話を聞きに行っても「どちらさんですか? ぶぶ漬け食べてお帰りやす」されても困る。

 

「場所は京都市内で良いんですよね」

「私も詳しくは知らないのですが、京都市の左京区と聞いています」

「左京区? 本当に左京区? 叡山(えいざん)電鉄エリア内の左京区?」

「私も行ったことはないので詳しくはわかりません。平安神宮や銀閣の近くが左京区なのでは?」

 

 和泉さんはあまり京都について詳しくないから左京区についてそれくらいしか知らないのだろう。

 

 実際の京都市左京区は、比叡山やら鞍馬山はもちろん、更に山奥に入っていった福井県の県境あたりまで、京都市の洛内という中心エリア数個分がすっぽり収まるとんでもなく広大なエリア、その全てが左京区だ。

 

 京都の魔術勢力とやらが、人知れず京の都の鬼門(北東)の位置を護っていたという性質や、安倍晴明を含む陰陽道宗家、土御門家の墓が、京都府南丹市だか福井県おおい町だか分からない山中にあることを踏まえると、秘境にあるのは確定だ。

 

「貴船神社の奥の方は何があるんだろう?」と歩いて山を登って行ったが、その後にバス路線がある大原三千院にたどり着くまで何時間歩いたことか……悪夢が蘇る。

 

 ちょっと行ってくださいと言われても「ちょっと」では済まない。

 移動だけで半日使う覚悟だけはしておく。

 

「京都訪問とは別に並行して友人の片倉と伊原さんにも聞いておきます。もっとも伊原さんは今日連絡して明日調査に来るというわけにはいかないと思いますが」

「ありがとうございます。私の方も文献を辿るなどして別途調査は進めてみます」

「じゃあ俺たちはどうすればいいんだ? このまま専門家の意見が来るまで待機か?」

「いや、それだと時間が勿体ない。少しずつで構わないので、あの裏東京を調べてほしい」

 

 和泉さんがそう説明すると、端島は喜びを隠さず拳を握って頭上に突き上げた。

 

「それでどうする? キャンプか何かで泊まり込めばいいのか?」

「いや、毎日の進捗状況を確認したいのと、安全を確保しながらという意味で、朝の9時から17時まで、1日8時間を目安に無理せず調査を進めてほしい。現実世界に戻ったら、18時にその日何があったかを報告。翌日の探索ルートと攻略地域を考えよう」

「なんだよ、バイトかよ」

「そのつもりだ。君たちの働きに対して報酬は用意するつもりだ」

「報酬? それは実際の金で?」

「まだこれから契約をまとめる必要があるが、高校生が飲食店でバイトするよりは割の良い金額になる予定だ」

 

 端島は冗談のつもりだったのかもしれないが、本当に働きに対して報酬が出るという話に逆に面食らったようだ。

 

「悪い話じゃないと思いますよ。東京は広いんですから、1日で回る範囲は狭いほうが助かります」

「そうそう、出入り口があっちこっちにあるなら、途中までは電車で移動してもいいんだし」

「なんか俺が期待していた冒険とどんどん離れていくんだけど」

 

 合田、梨本の2人は賛成のようだ。

 端島も口では不満そうに言っているが、それほど不服はないように見える。

 

「まだあちらの裏東京は謎しかありません。くれぐれも安全第一でお願いしますよ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 裏東京の調査は翌日からということが決まり、端島たちは一度用意された世田谷のマンションに戻ることになった。

 

 安普請のアパートのドアを開けると、外とさほど気温が変わらなかった。

 綺麗に手入れはされているが、壁の薄さはどうしようもないようだ。

 

 端島は寒さに強い東北出身とはいえ、さすがに外の温度と同じというのは厳しい。

 

 入口近くにあったエアコンのスイッチを入れ、追加で購入した荷物を買い物袋ごとベッドの上に投げ出した。

 

 椅子に座り、テーブルの上に手を組んで「この世界」の渋谷と「裏東京」の渋谷の光景を思い起こす。

 

「この世界」の渋谷の駅前のビルには「109」の看板がついていた。

 

 端島が元々居た世界。

 渋谷駅前のビルには大きな花の看板が付いていた。

 

 その目立つ看板から、フラワービルと呼ばれて親しまれていたことは知っている。

 

 問題は、あの「裏東京」の渋谷駅前のビルにも同じ花の看板が付いていたことだ。

 花びらの部分こそ破損していたが、かなり原型を留めていた。

 

 上戸はあんなに目立つ看板に気付かなかったのだろうか?と考える。

 東京出身者なら、あんなに目立つランドマークに差異があれば、すぐに気付くはずだ……と。

 

 端島は机に備え付けられたパソコンを起動する。

 OSの見た目は同じ。アプリケーションの起動方法も同じ。

 

 地図アプリで表示される日本列島の形や町の名称も同じ。

 

 だが、やはり違和感がある。

 

 駅の位置、ショッピング施設、町の発展状況。

 一見すると同じなのに、全てが微妙に違う。

 

 元の世界の自宅近くのショッピングモールも全く知らないチェーン店にすり替わっている。

 

 似ているようで何かが異なる。

 

 ほんの数ミリずれた「知っているはずの日本」で、その数ミリがやけに気味悪く感じられる。

 もしかして、あの廃墟だらけの「裏東京」の方が自分たちの知っている世界に近いのでは?

 

 居ても立ってもいられなくなり、部屋を飛び出した。

 

 隣の合田の部屋と、2つ隣の梨本の部屋のインターホンを押して呼び出す。

 

 少し待つと部屋の中から2人とも姿を現した。

 

 合田は室内でも生真面目に買ったばかりの私服を着ていた。

 梨本はTシャツジャージに薄いパーカーという完全に気の抜けた格好。

 性格の差が出ている。

 

 2人が話すより先に端島が尋ねた。

 

「梨本は東京のどこに住んでいた? 俺は調布だ」

「赤羽だよ。埼玉に近いところ」

「赤羽か……なら調布よりは近いな。合田は?」

「私は神奈川に近い方、大田区です」

「なら、梨本の自宅の方が近いのか」

 

 端島は脳内で東京の地図を浮かべながら考えた。

 

 渋谷は3人の実家からどこも適度に離れた場所にある。

 どこが近いというほどでもないが、あえて言うならば赤羽だ。

 

「端島クン、一体何を考えているのかな?」

「明日は裏東京の渋谷周辺を調査と言われていたけど、それを変更したい。梨本の実家の近く、赤羽の方を調べたい」

 

 強く主張する端島に梨本は呆気に取られたようだった。

 

「一体何のためにそんな」

「もしかすると、この世界よりもあの『裏東京』と呼ばれた世界の方が俺たちの世界に近いのかもしれない。それを証明したい」

「そんな話を急にされても……そもそも、赤羽近くの出入り口ってどこにあるのか分かるの?」

「わからない。だけど、言ってただろ。練馬の探偵事務所の近くには出入り口があるって。ならば、そこを使えば赤羽はかなり近くなる」

 

 大田区、北区、調布市。

 どこも渋谷からはそれなりの距離があるが、探偵事務所がある練馬からならば北区の赤羽はまだ近い。

 一度荒川まで出て、そこから川沿いに進めば、仮に地形や道が変わっているとしても迷うことはないだろう。

 

「でも、和泉さんにはどう説明します?」

「せっかくだからあの世界がどこまで続いているのか見たいから、まずは東京の端を見てみたいと説明しよう。それなら文句は来ないだろう」

 

 それから3人で細かい打ち合わせをして、調査の方針は決まった。

 あとはどう探索するかだけだ。

 

 

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