陸軍と交戦中の
上空から俯瞰して見ると戦況が分かりやすい。
兵士たちがライフル銃で攻撃を仕掛ける。
一見効いていなさそうに見えるが、一応巨人は損傷しているようだ。
だが、その異常なまでの再生能力が発揮されて傷は修復。何事もなかったかのように歩みを続けている。
ダメージがほぼ入っていないであろうことは明白だった。
幸いなことに、巨人は兵士たちを脅威と感じていないからなのか、全くと言って良いほど視線や歩く向きを兵士たちの方に向けることはなかった。
そのおかげか、見える範囲では兵士たちに被害は見られない。
牽制や誘導という目的を全く果たせないという任務としては大失敗なのだろうが、人的被害が少ないのは俺の価値観からすると成功だと言える。
「では、まずは軽く小突いて様子を見るか」
機体の高度をギリギリまで下げ、わざと巨人の頭上を素通りして白煙を被せた。
一度通り過ぎた後に大きく旋回。そしてまた巨人の頭上を素通り。
それを3回ほど繰り返すと、ようやく巨人が俺の存在に気付いたのか、頭を回して俺の方を見る。
首の関節がどのような構造になっているのかは不明だが、巨人の首はフクロウのように360度回転した。
見ているだけでも不安になってくる不気味さがある。
「では、誘導作戦を開始する」
もう一度巨人の頭上を素通りしたところで機体をターンさせて巨人の背中へ機首を向けた。
「極光!」
機首から虹色の光を放ちながら巨人を中心に円を描くような動きで巨人の前方に回り込む。
期待はしていなかったが、やはり巨人には傷一つ付いていない。
極光のスキルでは、火力も攻撃範囲もまるで足りていない。
有効なダメージにはほど遠いだろう。
だが、蚊が刺したような攻撃でも、巨人の注意を俺に向けることには成功したようだ。
なにしろ、一度はこの巨人を倒しかけたスキルだ。
気にならないわけがない。
「お前を一度倒しかけた相手はここにいるぞ! 俺を倒したかったら黙ってついて来い!」
機体を斜めに傾けてターンさせた。
巨人に背を向けた状態で、罠を仕掛けたポイントを目指して直進飛行を始めた。
エンジンの負荷を考えて、回転数は低め。速度は遅めだ。
なおもライフルで攻撃を続ける兵士たちと、その場から立ち去ろうとしている俺。
巨人は両方を見比べた後に、ややあって兵士たちを完全に無視して俺の方を追い始めた。
兵士たちは巨人の移動方向が変わったのを確認した後にそれぞれの方向に散っていく。
次の作戦場所に移動するのだろう。
巨人は一歩一歩を踏みしめるように、ゆっくりと俺に歩み寄ってきていた。
その重量により、土煙がもうもうと上がり、大地が震える。
だが、そのゆっくりとした歩き方だといつまで経っても俺に追いつけないと悟ったのだろう。
段々と足の回転が速くなり、体勢も前傾姿勢で全力疾走をするような動きへと変わっていった。
巨人が速度を上げるのを見て、俺はスロットルレバーを上げて機体を加速させる。
エンジンとプロペラの音が更に大きくなり、白煙と虹色の光が背後に流れる。
虹色の光は普通に箒に乗って飛行している時には発生しなかったエフェクトだ。
やはり普通の箒と、この鋼鉄の箒とでは根本的に「何か」が違うのだろう。
「これは機械ではなくて魔女の箒です」という無茶苦茶な認識により、魔女の力で無理矢理動かしているので、何らかのバグが発生しているのかもしれない。
巨人と距離が開きすぎず、近寄りすぎず、適度に速度と距離を調整しながらダム建設予定地に向かって進む。
誘導作戦としては見事に成功だ。
◆ ◆ ◆
罠を仕掛けた谷が近づいてきたところで、巨人の動きが変わった。
一度しゃがみ込んだかと思うと、足を大きく蹴りだして、蛙のように跳躍した。
今までは足が大きく手が小さい、ティラノサウルスだと思っていたが、こいつの正体がようやく分かった。
蛙だ。
ヌメヌメしたボディと大きな足、小さい手。
全て蛙の特徴だ。
巨人は凄まじい速度で俺の方向に向かってくる。
「なんだこいつ? 急に動きをっ!」
スロットルレバーを最大に上げて箒を急加速させる。
だが、それだけでは速度が足りない。
このままだと巨人に追いつかれて掴まれてしまう。
「スピードが欲しい。もっとスピードを!」
箒を一気に垂直方向に上昇させて、巨人の跳躍では届かない高度まで一気に上昇する。
あまりの急な動きにフレームが限界を迎えたのか、機体が捻じれるような違和感と共に、ギギギと悲鳴のような音を上げる。
航空力学を完全に無視した動きにはさすがの巨人もついて来られずに、俺への攻撃は空振りに終わった――かに見えた。
巨人頭部の中心にある目へと赤い力場のような光が収束したかと思うと、間髪を入れずに真っ赤な
極光のように光速で放った瞬間に直撃というわけではないが、その光条は俺に向かって驚異的な速度で突き進んでくる。
戦艦を破壊した熱線とやらはこれのことか!
身体を全力で傾けて重心を移動させて機体を急旋回。回避運動を取る。
完全には避けきれずに光条は箒の先を若干かすめたが、この機体の先端は何の機械も仕込まれていないただの鉄骨でしかない。
先端が少し真っ黒に焼き焦げたが、飛行に大きな問題は発生していない。
光条による熱も、耐熱性の高い航空服のおかげで、俺自身へのダメージはほぼない。
直撃を避けたので、光条は空の彼方に飛んで消える――
そう思った矢先に、光条は二股に分かれた後に、くるりと向きを180度変えた。
何もない空中から再発射されたように、光条は俺に向かって突き進んでくる。
ただの光条ではなく
「鳥を5羽召喚! 3羽で
光条のうち1本は形成した盾に当たると、そのまま光の粒子になって飛び散って消えた。
盾の方も光条を相殺することで力を使い果たしたのか、跡形もなく消滅している。
遺跡ボスであるSFロボの機関砲の連射を防ぎきった盾が、2本に分かれた光条の片方を防いだだけでこれである。
光条の直撃を盾なしで受けたらひとたまりもないだろう。
これから先は1発だって当たってやるわけにはいかない。
1本は盾で防いだが、もう1本はまだ健在だ。
残りの鳥は2羽。
盾を形成するのは鳥が3羽必要なので、追加の盾を出すことは出来ない。
そして、残り2羽では魔女の呪いに変えることも出来ない。
それぞれの能力は強力だが、そのエネルギー源である鳥を5羽ずつしか出せないというのは、実にゲーム的にうまくできたバランス調整だ。
スロットルレバーはもう最大に上げている。
高負荷をかけ続けているせいなのか、エンジンからはブスブスと黒い煙が上がり始めた。
素人目に見てもあまり良いコンディションには見えない。
エンジンは試作型ということなので、あまり過激な運転をしてはいけないのだろう。
俺が箒を浮遊させている結果として発生している虹色の光の方は健在だが、エンジンがこの状態では、これ以上加速する方法はない。
「くそ、どうすればいい」
後方から追ってくる光条の方ばかりに注意が向いていたが、ふと殺気を感じて視線を進行方向に戻すと、いつの間にか眼前に巨人の巨体が有った。
「しまった!」
光条の動きに注意を払いすぎて、巨人本体の動きにまで気が回らず、回り込まれていることに気付けなかった。
このままでは巨人と光条との挟み撃ちに遭う。
ならば発想の逆転だ。
スロットルレバーを上げるのでなく一気に下げると、エンジン出力が低下してプロペラの速度が一気に遅くなった。
急な減速が発生して、ガクンと強い衝撃が箒と俺に走った。
だが、減速にはそれだけでは足りない。
何かブレーキになるものが必要だ。
「
目の前の盾を形成していた鳥たちに解除命令を出した。
今まで盾で遮断していた風が吹き付けてきて、体が後方へ強く押される。
「まだ足りない!」
航空服のフードの紐を解くと今まで頭が入っていた部分に空気が溜まり、若干だがエアブレーキとして機能した。
フードは風圧に耐えきれず、そのまま千切れて後方に飛んでいったが、減速させるという目的には成功した。
機首を無理矢理上方向に向けて機体の下部全てで風を受けてエアブレーキをかける。
急に発生した減速による慣性と空気抵抗で、機体は後方に縦回転をしながら吹き飛んだ。
失速し、そのまま木の葉のように回転して不規則な動きで地面へと落下していく。
戦時中に零戦乗りが使ったという木の葉落としなる荒技。
3Dシューティングゲームでやっただけの動きをぶっつけ本番で試したがなんとかなった。
巨人の頭に付いている何十本の触腕が先程まで俺が居た空間をなぎ払ったが、その位置に俺はもういない。
平衡感覚が狂ってどちらの方向を向いているか一瞬分からなくなる。
今は真下に落ちている。
90度曲げれば、上下はともかくとして、とりあえず地面と平行にはなるはず!
雑な結論を出した後に、機体の向きを進行方向から90度無理矢理曲げた。
そこからスロットルレバーを再度最大まで上げて、エンジンを吹かすと再加速が始まった。
高速回転するプロペラから虹色の光が放たれて、巨人と熱線を突き放す。
直進運動になって機体のブレが安定すると、ようやく上下の平衡感覚が戻ってきた。
頭を地面に向けて飛んでいたことに気付いたので、姿勢制御をした後に機体をやや上方に移動させる。
軌道こそ航空力学を無視できるが、慣性の法則はそうはいかない。
急停止からの急加速、更に急な軸移動と一連の無茶な動きに強烈なGがかかり、シートベルトと箒のフレームが加速と慣性の動きに耐えられないのか一挙動ごとにギシギシと悲鳴を上げていた。
フレームが大きく震えながら、唸るような音を鳴らす。
何かを固定していたボルトらしき部品がいくつか下の方へ落下していった。
溶接されたはずの補助フレームの鉄骨までも落下していく。
慣性に耐えられないのは機体だけではない。
俺の身体の方も、それなりのダメージを受けていたのだろう。
いつの間にか鼻血が出て口にまで流れ込んできていたので、唾と一緒に吐き捨てた。
ゴーグルのガラスにも亀裂が入っていることに気付いたので、そのまま脱ぎ捨てる。
ゴーグルは機体の速度について来られず、はるか後方に置き去りになって消えていった。
頭のフードがなくなったことで、肩まで伸びた髪が風圧でバサバサと暴れる。
最大のピンチは切り抜けた。
だが、背後からは巨人と光条が迫っている以上はまだ全てのピンチが解決したわけではない。
……しかしなんで俺はファンタジー世界で
世界観が迷子にも程があるだろう。
「盾を再形成。鳥を5羽召喚。更に鳥を3羽
箒の「機首」の先に黒い球体が発生した。
俺が通過した場所の下にある木々が次々と霧状になって消えていく。
陸軍の兵士はここにいてくれるな。
心の中で思う。
こちらも高速で飛行しているので、さすがに眼下の木々の中に誰かいたとしても、確認する術も余裕もない。
俺の軌道上にある木々が消えていくのを見て、巨人が歩みを止めた。
やはり、昨日に俺が放った熱線の威力を理解しているから警戒をしたのか。
熱線は発射せず、黒い球体を機首に携えたまま速度を上げる。
眼下の光景を見ると、原生林が途切れて、木が生えていない山岳地帯に突入していた。
罠が仕掛けられたポイントまではあと5分と言ったところか。
負荷をかけすぎたからか、エンジン音にカラカラというノイズが混じり始めた。
内部で部品が破損して、それが空回りを起こしているのだろう。
エンジンの回転音も不規則になっている。
古いバイクや車でも起こるが、燃料を正しく燃焼できなくなってきている症状だ。
エンジンがお亡くなりになる前に決着をつける必要がある。
後方を振り返ると、巨人が追加で光条を発射していた。
光条は今度は最初から2股に分かれた。
ずっと俺を追跡してきていた1本と合わさり、3本の光条がカクカクと無駄に回折を繰り返しながら俺に向かって近づいてきている。
箒の移動速度よりも光条の方がはるかに速い。
まだ距離のアドバンテージはあるが、すぐに追いつかれるだろう。
やるしかない。
エンジンは不規則な爆音を鳴らしながらも、まだ耐えてくれた。
高度を上げて真上へ上昇する。
空を飛べない巨人は追いついてくることが出来ないが、3本の光条だけはしっかり「まっすぐ」追尾してくる。
「これがラストミッション!」
箒を空中でターンさせて機首を真下から追いかけてくる3本の光条に向けた。
3本の光条が、ちょうど重なったタイミングで魔女の呪いを放つ。
一瞬だけは、熱線同士の押し合いになったが、出力はこちらの方が勝っていたようだ。
追尾してきていた3本の光条は跡形も残さず消滅した。
それでもなお熱線の放出時間に余裕はあったので、地上にいる巨人の脳天めがけて撃ち込む。
それで巨人が倒れてくれたならば理想なのだが、さすがに巨人の巨体に対して攻撃範囲が狭すぎる。
頭から生えた触手を数本なぎ払っただけで熱線の照射は終わってしまった。
触手や頭部も瞬時に再生されて終わり。
追撃が来ないうちに速やかに退避する。
俺は左右の岩山が切り立って出来たようなV字谷……作戦ポイントに突入していた。
背後からは巨人が追いかけてきている。
機体の速度はもう正常時の半分以下しか出ていない。
エンジンは失火を繰り返し、白煙ではなく黒煙が上がり始めた。
熱も異様なほど放出されている。もう長くは持たない。
真っすぐ進んでいるつもりなのに、上下左右にブレながらしか飛行できない。
だけど、なんとか間に合いそうだ。
チラリと崖の上に目をやると、起爆装置を持った兵士たちの姿が見えた。
巨人が作戦ポイントを通過次第、有線で爆弾を起爆するはずだ。
爆弾が仕掛けられた作戦地点を巨人が通過するまではあと10秒。