グネグネと曲がった
バスを降りた場所は、ただ峠の頂点だと示す
せっかくの紅葉の時期ではあるが、どの方向を向いても並んでいるのは林業用の常緑樹の杉ばかり。
景観も何もあったものではない。
一緒のバスに乗った外国人観光客は、更に
なので、ここでお別れだ。
長時間、バス立ち乗りを共有した戦友へ別れ際にクッキーを渡すと、飴玉が返ってきた。
京都駅構内、八条口側のハーベスで売っているハッカ飴だ。
ありがたくいただくことにする。
これから多分50キロメートルほど山道を歩くことになるだろうが、頑張ってほしい。
途中離脱は出来ない。
最寄りの電車の駅はそこから更に数十キロだ。
さて、問題はここからだ。
いくら京都北部の山中とはいえ、なんだかんだ言って国道だ。
車やバイク、自転車にハイキング客とそれなりに通りすがるので、箒に乗って飛んでいくわけにはいかない。
仕方なく、地図を頼りに旧花背峠へ向けて細い旧道を歩き始める。
未舗装の道ではあるが、こちらには異世界で未開の未舗装路を千キロ以上歩いた経験がある。
これくらいの山道など別にどうということはない——
——などということはない。
代わり映えのない真っ暗な未舗装の山道を何キロも歩くのは地味に辛い。
なぜこんな仕打ちを受けるのか?
現代なのだから、町の中に拠点を移転すれば良いのに。
そう思いながら、ひたすら左右両側を杉に挟まれた山道を歩く。
旧道をある程度進んでいくと、道の脇にスライド式の鉄柵が見えてきた。
端には防犯カメラ。
ここが目的地で間違いないようだ。
「私有地につき、御用のない方立ち入り禁止」
「御用の方は事務所に電話を」
柵にはそんな札がかかっているが、電話番号は記載されていない。
知っている関係者のみ掛けろということだろう。
もちろん、俺は電話番号を事前に聞いている。
山中とはいえ、一応は京都市内だ。ちゃんと携帯電話の電波も入る。
防犯カメラのレンズの方を見ながらスマホから架電する。
数回コールすると通話が繋がった。
幸徳井探偵事務所から紹介を受けた
その直後に鉄柵が駆動音と共に自動的に開いた。
見た目は山の中にある獣除けゲートでしかないが、どうやら電動らしい。
電話+防犯カメラで二重のセキュリティを施しているのだろう。
用心なことだ。
中に入っても数十メートルは未舗装路が続いていたが、外の旧道が見えなくなったあたりから、立派な石畳に変わった。
よほど通りすがりの人間に、この施設の存在を知られたくないと見える。
まあ、現代はネットで簡単に航空写真を確認できるし、テレビ中継で鞍馬寺がドローン撮影で紹介される度に、この寺院も映り込んで存在はバレバレなのだが。
右手には「駐車場」の立て札と脇道があり、奥には数台の車が停まっている。
未舗装路に強い四駆のSUVや、小回りが利く軽トラばかりなのは、ここまでの道中が大変だからだろう。
真正面には古びた石段。そして、重厚かつ立派な山門が見える。
樹齢数百年はありそうな太い木材をふんだんに使用した山門は、国宝認定されている有名な寺のようでもある。
石段も年季は入っているが、破損もなければ汚れてもおらず、定期的に掃除とメンテナンスがされているのがわかる。
「さて、鬼が出るか邪が出るか」
◆ ◆ ◆
山門の奥に建っていたのは、黒塗りの屋根が大きな建物群だった。
黒漆に朱と金が塗られた重い色の
やはり黒基調で朱が添えられた三重塔。
屋根瓦も武骨で分厚い。
京都というより、奈良の法隆寺や飛鳥の古寺を思わせる雰囲気が漂っていた。
それでいて純粋な仏教寺院では見かけないものが並んでいる。
灯篭や鳥居、注連縄。
神社でしか見かけないようなものが敷地内に当然のように並んでいる。
明治の廃仏毀釈などまるで意にも介さず、この寺は、はるか昔からここに存在し続けたのだろう。
「上戸様、お待ちしておりました。こちらへ」
石畳の先、本堂の陰から音もなく、白い服に袴という、まるで神主のような服装の男が現れた。
顔に見覚えはある。
今年の初めに起こった事件の際に、横浜で会ったことがある男だ。
「桂と申します。本日はよろしくお願いします」
「本日はよろしくお願いいたします。こちらはつまらないものですが」
桂と名乗った男に挨拶した上で土産を渡す。
宗教的に何がOKなのか分からないので、とりあえず肉も卵も使っていない赤福だ。
東京の組織に紹介された兵庫から来た人間が京都在住の相手に京都駅で買った伊勢銘菓の赤福を持ってくるという意味不明な絵ではあるが、細かいことを気にしたら多分負けだ。
「ここまで遠かったでしょう。今日はどうやって来られました?」
「市営バスで林道の入り口までです」
「帰りの時間にバスはありませんよ。誰かに車で
それはありがたい。
下手をすると帰りは叡山電鉄の駅まで歩きになったところだ。
それを堅田まで送っていただけるとは――
?
――堅田って京都のどこだ?
「あの、堅田って? 京都のどのあたりでしょうか?」
「琵琶湖大橋の
「それ滋賀ですよね。京都駅方面はダメなんですか?」
「紅葉の時期の京都ですよ。下手に南下すると身動きが取れませんよ」
そう説明されると納得しかない。
ここに来るまでも大概だったのに、貴船と鞍馬の紅葉ライトアップ目当ての観光客に巻き込まれたらそれこそ一切身動きが取れなくなる。
「今日はこちらの部屋で会議を予定しております」
桂が案内する先には、プレハブ作りの事務所があった。
寺の本堂で正座して話を聞くというのを覚悟していたが、どうも違うようだ。
「本堂に穴を開けて光ファイバーの工事をするわけにはいきませんので、近年はこちらを活用しています」
「この山奥にも光ファイバーケーブルが届くんですね」
「一応は京都市内ですから」
古い寺で文明など無縁だと思っていたが、そういうところはしっかりと現代だ。
そもそも入口の電動式の鉄柵も防犯カメラからして、文明の利器だった。
ただ古い技術を護っているだけの組織ではないということだろう。
桂が事務所の扉を開けると、中は近代的な事務所になっていた。
事務用机の上にはモニタにパソコン、固定電話が設置され、この組織の関係者らしき数人がキーボードを叩いて何かの書類作成などを行っている。
見た目だけだと会社の事務所と大差ない。
「すみません、散らかっていまして。応接室はありませんので、会議は奥の会議室で行います」
事務所を通り過ぎて、奥の部屋に入る。
そこは長テーブルに事務用椅子が並ぶ、まさしく会議室だった。
桂が会議室に置かれていたノートパソコンを操作すると、壁に備え付けられた大型モニタにデスクトップの画面が映し出される。
「当方3名で参加します。準備いたしますので、お掛けになって少々お待ちください」
なんか思っていたのと違うなと思いながらも席に着いた。
◆ ◆ ◆
「マルチレイヤーという言葉をご存じですか?」
「マルチバースではなく?」
「レイヤーです。ドローソフトなどでよく使用される」
会議が始まった直後に、桂がモニタに映し出した資料には、画像編集ソフトのキャプチャ画面が表示されていた。
マルチレイヤーについてはもちろん知っている。
絵具で絵を描く場合には、1つのキャンバスに色々な色を乗せていく作業を行う。
これがCGになると、Aというキャラの線画、Aの塗り、Aの影……というように、パーツ単位で絵を何層に分割し、最終的にそれらを重ね合わせて1枚の絵として表示させる仕組みだ。
パーツ単位で
「東京で起こっているのはそれと同じ現象だと考えられます」
「どういう意味ですか?」
「東京……いえ、厳密には関東圏はとっくに滅んでいるという話です」
「さっぱり意味が分かりませんが」
否……マルチレイヤーと同じ現象が起こっているという話を聞いて、関東圏で何が起こっているのか、だいたい理解できた。
ただ、それを――手遅れだと認めたくないだけだ。
「では、説明します。今の関東圏は、とある現象のせいでバラバラになりました。次元単位で分解されているんです」
「とある現象というのは、春に『いにしえのもの』がバラ撒いた謎物質と関係しますか?」
「要因ではありますが、それだけでは起こりえません。他にプラスアルファの関与が有ったからです」
それ以外で何かの干渉があったとするならば、考えられるのは運営だ。
よほど気に入らない何かがあったので、その阻止のために直接攻撃を仕掛けてきたと考えるのが自然だ。
それにより、関東圏は次元単位でバラバラのパーツに分解されてしまった。
今のところはうまく重なり合っているので以前と同じように見える。
だが、実際にはバラバラの状態だ。
一部レイヤーを少しズラす、削除する、逆に違うレイヤーを追加する……いくらでも無茶苦茶にする方法はある。
異世界で突然に全く違う場所にあった町が突然出現するなどの怪現象が発生していたが、それと同じことが、この地球でも起ころうとしている。
いや、既に裏東京という形で起こっているのか。
壁際のモニタには次々と証拠から分析したデータが表示されている。
その中には端島たちが裏東京から持ち帰った品の写真なども含まれている。
「でも、それをどうやって調べたんですか?」
「後ほど説明いたします。直接話を聞いていただくのが一番だと思います」
直接話を聞く?
今の話だと、東京で起きている現象について、より詳細な事実を知る人物が存在するような言い回しだ。
京都の魔術組織にはこの桂以外に詳しい人物が存在するということだろうか?
「今のところ出来るのは、これ以上被害が広がらないように、東京で何か工作を行っている工作員を発見、撃退してこれ以上の関与を防ぐことです」
「それについて何かプランなどは?」
「そこは、我々よりも、直接調査を行っている探偵事務所の方が詳しいかと」
それはそうだ。
京都の組織は、実際に手や足を動かすよりも、昔からの知識や技術を生かして分析などを行う学術的な組織に近い。
リアルタイムで動き回っている工作員の情報は、こちらも足を使って追い回すしかない。
「ご存じの通り、まだ、そこまで大きな影響は出ていません。ですが、今後はどうなるか分かりません。修復可能である今のうちに手を打つ必要があります」
「修復する方法があるんですね」
それを聞いて少し安心した。
まだ手遅れではない。
今のうちに動けばまだ助かるのだ。
関東圏には友人、知人が多く住んでいる。
小森くんたち横浜組もそうだし、東京にも昔からの友人の只野や探偵事務所の方々など……両手の数では足りない。
決して放置は出来ない。
「修復方法については……神のみぞ知るというところです」
だが、回答は完全に期待外れだった。
神のみぞ知るなど、何もわからないと言っているのと同じだ。
「それは、何もわからないということでは?」
「いえ、神のみぞ知る。つまり、神ならば知りうるということです」
「『神』……神に匹敵する存在がいるということですか?」
「はい。本来ならば部外者には存在を公表することすら禁忌なのですが、今回は特別措置です。御本尊本人から上戸様をお連れするよう言われてもおります」
「御本尊?」
「もしかしたらご存じかもしれませんが、この日本には数か所『聖地』と呼ばれる場所があります。神と交信するための、次元の狭間……
磐境――次元境界は高千穂、奈良、横浜……位置的には鎌倉の3ヶ所で確認されている。
かつて都があった場所にあるならば、当然京都のどこかにもあるだろうと予想はしていたが、それが証明された形だ。
「私が知っている現役の場所は高千穂で、他は既に滅んで何もいませんでした。高千穂も本来の主はもうとっくにいなくて、代わりにトナカイが居座っていましたが」
「それです」
桂が突然に両手を叩いた。
「御本尊はトナカイから上戸様の話を聞いたとおっしゃっられておりましたが、トナカイの意味がわからず、何かの暗喩か? サンタや北欧的な何かと関連しているのかと議論になっていたのですが」
「トナカイの関係者かよ!」
思わず言葉に出た。
つまるところ、ここの御本尊とはどこか別の世界からやってきた邪神の類だ。
別に手を貸してくれるほど人間に寄り添ってもいないが、別に敵対しているわけでもない。
人間……というより地球に被害が出るような状況だと手も貸してくれる。
だが、今は力を貸してくれる相手ならば何でも歓迎したい。
「いるんですね、トナカイと呼ばれる何かが」
「トナカイという名称は私が勝手に言っているだけですが」
「でも御本尊はトナカイから直接聞いたと」
なんだこの意趣返しは。
あいつ、わざと「自分はトナカイと呼ばれています」とあちこちで触れ回っているのだろう。
「もしかして、御本尊というのは火の神ですか?
「違いますよ。鞍馬山の大天狗――護法魔王尊は金星から降り立った神の化身ですから」
完全に予想外だ。
例の迦具土が現れてお茶漬けを出してくれるパターンを予測していたのだが、どうやら居るのは別の神のようである。
なら、新幹線に乗っていたあいつは一体何だったんだ?
「金星というとルシファー的な」
「本人は同じ金星の化身でもケツァルコアトルの方に近いとおっしゃっておられました」
「南米の神話の? もしかして御本尊というのは、直接話ができる存在ですか?」
「はい。ただし、人の形はしておらず、思考も人と異なるために、基本的に会話は成り立ちません。今回のようにトナカイなどという謎の単語を使用するために、意図を把握するのに時間がかかります。一応御本尊として祀ってはいますし、神託もいただけるのですが……」
桂は立場上、直接言えないのだろうが、不満がありそうな含みを込めて言った。
「それはトナカイも同じでしたので、大丈夫だと思います。話せば分かります」
「既に扱いはご存知のようで、説明が省けて助かります」
「もしかして、そういう扱いですか?」
「ええ……まあ……」
本当にやりにくそうな相手だ。
だが、その御本尊とやらから話を聞かないことには何も始まらない。
「こちらとして提示出来る資料は以上です。ここから先は、御本尊に直接会って話を聞いていただけたらと」
「ありがとうございます。それで本尊とやらはどこに?」
「あちらです。ここの本堂の裏手から少し山へ入ったところに巨岩があります。そこへ行っていただければ分かるかと」
桂の案内でプレハブの事務所を一度出た。
桂が指差す先には深い京都の山が広がっている。
背の高い杉ばかりで視界は悪いが、桂の言うとおり、その先に巨岩――次元の裂け目と「御本尊」が存在する遺跡があるのだろう。
「徒歩だと非常に険しい道ですので、ここから数時間かかりますが、距離にすれば2キロメートルほどです」
「ありがとうございます。それならば、飛べば5分もかかりません」
ようやくここまで苦労して運んできた箒の出番だ。
足をかけるための乗馬用の鐙をくくりつける。
「それでは行ってきます」
「戻られたら、こちらの事務所にお越しください。堅田まで送ります」
「ありがとうございます」
箒にまたがり、一気に空高く飛び上がった。
目指すは次元境界――磐境だ。
◆ ◆ ◆
構造自体は高千穂のものと同じだった。
巨岩の隙間に入っていくと、狭い玄室があり、その奥にはスライド式の扉がある。
異なるのは、ここには今も人の手が入っており、丁寧に清掃されていることだ。
玄室の隅には箒やモップ、バケツなどの清掃用具が収められた掃除用具入れが置かれており、石造りの小さい祭壇には花が添えられている。
おそらくここはずっと……平安京が作られた頃から1300年近く、ずっと誰かが手入れを続けているのだろう。
扉の向こうには下へと降りていく階段があるが、そこにもLEDのライトが点けられている。
大規模な工事が出来ないからなのか、配線はむき出しではあるが、いたれりつくせりだ。
階段を降りきった先にはやはり四角く切りそろえられた玄室が広がっていた。
その一番奥には、先の見通せない闇が広がる「歪み」
そして、蛇のような頭部を携えた鳥のような「何か」が目を閉じて鎮座していた。
もちろんただの鳥ではないことは明白だ。
足がある部分にはイソギンチャクのような触手が垂れ下がり、全身の黄色い羽毛は細かく、それでいて長い。
翼を畳んで佇んでいる様は、まるで黄色い服を着込んだ人間のようにも見える。
頭頂部には鶏のような赤い
問題は、これをなんと呼称するかだ。
「私にはあだ名を付けてくれないのかね?」
「そいつ」は突然に話しかけてきた。
当然のように人語を解する謎の存在が突然にあだ名を要求という異常事態ではあるが、ここで気圧されるのはダメだ。
「一応御本尊とお聞きしてから来ましたので、さすがにいきなりあだ名は失礼だと思いまして。見た目は少しクソバードっぽくもありますが」
「いきなり他人をクソバード呼ばわりとは酷いな。一体、それは何由来なんだねその概念は?」
「人の死の直前に現れてあなたは生まれ変われませんホホホと煽ったり、人間を果肉植物に変えたり、何代もに渡って人を醜くする呪いをかけたりするコズミック不死鳥のことです」
「待って欲しい、それは本当に不死鳥の話なのか? 山羊ではなくて?」
「えっ?」
「えっ?」
こちらは創作の話をしているのに、なぜ本当の話だと思ったのか? なぜ山羊の話だと思ったのか?
考えられる答えは一つ。
そういうことを実際にしている山羊が知り合いにいるからだ。
見損なったぞトナカイ。
「それで本題なのですけど、本日はクソバードさんに尋ねたいことがありまして」
「待った、何故クソバード呼称のまま進行するのだ」
「ダメですか、クソバード呼ばわりは?」
「ダメに決まっているだろう。他に何かないのかね?」
「じゃあペンギンで」
「ペンギン? えっ、ペンギン?」
ペンギンが何やら困惑しているようだが、何かあだ名を付けてくれと言って、あとからそれは気に入りませんというのはダメだと思う。
決定だ。
この御本尊の名前はペンギンだ。
私がそう判断した。
「キリがないのでペンギンのまま進行しますね。現在、東京で発生している現象について、何か解決策があると聞いてここまで伺いました」
「つ、続けるのか? 何か他の名前を……」
「事件について何かご存知でしょうか?」
無視していると、ペンギンはしばらく口をパクパクと開閉していたが、やがて諦めたのか、話を続けた。
「ユゴスという星がある。今年の初めに、太古のユゴス星の開拓船が環境改変のための物質を撒き散らしたことは既知であろう」
無言で頷く。
ペンギンが語るのは、横浜の事件で海底遺跡から発掘された宇宙船が「いにしえのもの」に乗っ取られた事件のことだろう。
そのせいで、首都圏に汚染物質がバラ撒かれたことは知っている。
「いにしえのもの」には別世界に移住いただき、宇宙船は再度海の底に沈めたが、汚染物質は回収できないままだ。
「全てはそこから始まっている。人間が言うところのナノマシンが次元を変性させるのに働いているのだ」
「つまり、それを回収する必要があるということですか?」
「回収は人間の技術では不可能だ。人間の技術がそこまで達するには、あと千年は必要だ」
「私たちには別世界の技術の提供者がおりますが、それでも千年かかりますでしょうか?」
「その者は知らぬが、それで技術研究が倍に進んだとしても五百年。それで間に合うかね?」
当然無理だ。
今の状況だと1年も放置していたら関東圏全てが消滅するだろう。
技術の進歩をとても待ってはいられない。
「通常ならば、命令が与えられていないナノマシンは、すぐに大気に散って薄まり、消えるはずだった。だが、それに外部から別の命令を出している存在がいる。次元を変性せよと」
「なので、その命令を中断させるか、逆に修復の命令を出させることで元に戻ると?」
「中断だけではダメだ。既に同様の手順で滅ぼされた別の世界を重ねられているので、その除去が必要だ。その世界の幽鬼も含めてだ」
「幽鬼?」
「まだ世界が滅んだことに気付いていない、自分を生者だと信じている過去の亡霊。
内容としてはシンプルで分かりやすい。
調査の方針も変わらない。
運営の工作員を見つけ出して叩く。それだけだ。
神父が言っていた初心に帰れとはこのことだったのだろう。
「ありがとうございます。その命令を出している存在を探してみます」
「そこは神頼みでなくて良いのかね?」
「どうせ教えてくれないのでしょう。人間には不干渉だと。他の方々もそうでした」
「その通りだ。眷属を貸し出すくらいはするし、実際貸し出しているが、基本的に人間には不干渉だ。だが、諦めが早くないかね? もっと泣きついてくれたら考えなくもないが」
「神よ。決着は人間の手でつけます。どうか手をお貸しにならないで」
有名な漫画のセリフだが、眼の前のペンギンに今の状況で必要な、伝えるべき言葉に最適なのはこれだ。
「いにしえのもの」を呼び覚ましたのも、それを阻止できなかったのも人間の問題だ。
ならば、そこから先は、やはり人間が解決するのが筋というものだろう。
次元が崩壊しそうな危機の原理と、その解決策を教えていただけただけでも僥倖というものだ。
「本日はありがとうございました。危機を乗り越えられたら結果報告に来ます。ちょうどクリスマス頃だと思いますのでトナカイも呼んでおいてください」
「そうか。ならば次来るまでに私にふさわしい名前を考えておくこと」
ペンギンに無言で手を振り、背を向けた。
今すぐ関東が壊滅することはなさそうだが、時間もそれほど余裕はなさそうだ。
一刻も早く次元変性とやらを阻止する必要がある。