収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第22話 「タイムリミットは2週間後」

 端島と合田は、都内の貸しオフィスに臨時で設置された探偵事務所の出張所を訪れていた。

 

「裏東京」……今の世界に重なって存在する異空間の「端」がどこにあるのかの調査の報告のためだ。

 

 出張所は長いテーブルとパイプ椅子が置かれているだけの質素で狭い会議室だ。

 そこにノートパソコンが1台置かれているだけ。

 昨日利用した公民館よりはマシだが、あくまでも臨時で短期間、間借りしているだけというのが伝わってくる。

 

「梨本さんは今日もダメですか?」

 

 部屋に入るやいなや、室内で待っていた和泉が尋ねてきた。

 

 梨本は探索初日に裏東京、パラレルワールドの自宅を見てしまってからずっと部屋に引きこもっている。

 よほどショックだったのか、一日中部屋から出ようとしない。

 

 せめてもと夕食時には無理矢理引っ張り出して、寮のまかないを3人で一緒にとるなど、なるべく一緒の時間を増やすようにはしている。

 だが、それ以外は全く部屋から出ようとしない。

 

 戦力不足のために、裏東京の調査はほとんど進んでいない。

 

 裏の世界の秘密に繋がりそうなものはもちろん、怪しげな工作をしているであろう能力者、逢坂(おうさか)の活動の痕跡もまだ見つけられていない。

 当初に立てた予定は消化できず、時間だけが無駄に過ぎていく。

 

「頭の中では別物と分かっていても、見慣れた景色が壊れていて相当ショックだったんだろう。俺だって地元、調布の町や自宅を見たらどうなるか分からない」

「端島さんたちはあくまで善意の協力者です。無理強いも途中離脱することを咎めもしません。他の方々と同じく保養地に移っていただくこともできます」

 

 探偵事務所を襲撃した襲撃犯たちは海の見える廃ホテルに隔離されているが、それ以外の被害者は病院に併設された施設で待機している。

 そこにいれば戦闘をする必要もなければ、他の嫌なものを見ることもない。

 

 行動に制限はかかるが、梨本のことを考えるとそれが良いのかもしれないと端島は考える。

 

「週末まで待って欲しい。もう一度説得してみたいので」

「分かりました。離脱ということでしたら連絡をください」

「ただ、その場合は3人一緒に離脱したい。俺たちは同じチームなので、安易に一人だけ追い出すようなことをしたくない」

 

 端島、合田、梨本の3人はそれほど長い付き合いがあるわけではない。

 

 最初に集められた50人の中から、お互いの能力を生かせそうという理由だけでチームを組んだ、いわば打算からの関係だ。

 

 友人でもなければ、ましてや恋人関係などでもない。

 

「ゲーム」を攻略するためだけに協力を誓っただけのチームメンバー。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 そう割り切るつもりだったが、それでも同じところで生活していると、それなりに仲間意識も湧いてくる。

 

「分かりました。どうするか決まったら一度連絡ください」

 

 それはそれとして、裏東京の調査報告の時間だ。

 

 端島はまず、使い捨てフィルムカメラを和泉に渡した。

 

 裏東京の調査で見つけた変わったものは全てカメラに収めている。

 フィルムカメラなので、今この場で写真を見ることはできないが、現像すれば、実際の光景が確認できるだろう。

 

「ありがとうございます。こちらは後で確認させてもらいます」

 

 端島と合田がパイプ椅子に座ると、和泉がテーブルの上に関東地方の白地図を広げた。

 和泉はその白地図の横浜市、保土ヶ谷区にサインペンで黒い点を書き入れた。

 

 中心点は横浜市の保土ヶ谷区、東議員の自宅。

 春の事件で宇宙人の円盤が停止していた地点だ。

 

「では報告を」

「埼玉に入ってすぐのところ。舎人(とねり)公園の少し先。毛長川ってところに北の端があった」

 

 端島が現像された写真と共に調査結果を報告する。

 

「端にあったのは見えない壁だ。八王子の山奥にあったニュータウンと同じだと思う」

 

 端島は裏東京の「端」で実際に見て、感じたことを報告した。

 

 裏東京を北方向に向かって歩いていると、突然に先の見通せない濃い霧が立ちはだかった。

 

 慎重に進もうとゆっくり歩みを進めたところ、つま先が何か柔らかいものを蹴飛ばしたような感触があった。

 見た目はただの霧なのだが、なぜかその中に入ることが出来ないという奇妙な感覚だ。

 

 足元に転がっていた石を投げると跳ね返ってくる。

 剣を構えて突くように体重をかけて切っ先を押し込もうとするも、剣が霧の前で全く動かなくなる。

 

 ゆっくりと剣で切りつけると、まるで硬いものを叩きつけたような振動が手に返ってきたが、それで何が起こるということもなかった。

 

「壁の向こう側に何か見えましたか?」

「何も。霧が濃すぎて何があるのかは分からなかった。もしかしたら何もないのかもしれない」

「私のスキルでも何も分かりませんでした。多分、本当に何もないのかもしれません」

 

 合田が支給されたスマホで撮影した写真を和泉に見せた。

 

 霧はおそらく白い色なのだが、不気味に光る裏東京の紫色の空の光を反射してか、濃い紫色の霧がまるで何かの生き物のように渦巻いているように見える。

 見ていてあまり気持ちの良い光景ではない。

 

「それ以上、北には進めないようだったので、今度は壁に沿って東の方へ歩いていったら、東京と千葉の県境、江戸川にもやっぱり見えない壁があって、先に進めなかった」

「なるほど」

 

 報告を聞いた和泉は白地図の中心点を基準に、コンパスを使って円を何本も描き始めた。

 

「これは中心点から40キロ、45キロ、50キロの距離です。続いて端島さんたちが今回確認した裏東京の『端』の場所です」

 

 今度は赤鉛筆で端島が歩いた道をなぞっていく。

 

 新たに地図上に引かれた赤い線は、45キロから50キロまでの範囲内に全て収まっている。

 

「黒い粒子は半径40から50キロの範囲に散布されたという事前情報があり、今回の調査は黒い粒子の散布範囲との裏東京の関係を調べていただくという意味がありました」

「千葉側には裏の世界はなし。埼玉も東京とくっついた近い範囲だけか」

「この分だと、逆に神奈川県にはほぼ全域に裏の世界があることは間違いないでしょう。端の方にある小田原や箱根は際どいところですが」

 

 今回端島たちは西や南の端、神奈川県の方を歩いてはいないが、北と東と同じような状況になっていると考えられる。

 

「でも、何故範囲を調べる必要が?」

「最悪の場合、関東圏から人々を避難させることを考えています」

「避難? 何が起こるって言うんですか?」

「裏東京と表の東京が反転させられ、表の住民たちが裏の世界に押し込められます。その後、次元が修復する際に潰される」

 

 和泉が無表情のまま淡々と語った。

 

 ただ、顔では平静を装っていても、動揺は隠せていなかった。

 コンパスを持つ右手が若干震えている。

 

 和泉は左手を右手に被せるように動かし、震えを止めた後にコンパスを机の上に置いた。

 

「影響する人数は人口過密地帯の東京と神奈川。合わせれば2500万人だ。できるわけがない!」

「防げないのか?」

「もちろん、そのために今も動いています」

 

 和泉が封筒から10枚ほどの写真を取り出し、白地図の上に並べた。

 

 かなり距離があるところを望遠で撮影をしたようで鮮明ではないが、スーツ姿の男が車から次々と降りてくるものだった。

 身長や顔が異なるので、全部で5人はいるだろう。

 

「まずは確証が欲しいので、この写真に写っている人物に見覚えがあるか教えてください」

 

 端島と合田はそれぞれ写真を手に取り、被写体の顔を見ていく。

 

 写真は若干ぼやけた感じで顔の判別はつきにくい。

 そのため確証は持てないが、端島は見覚えがあると感じた3人の写真を左側に、それ以外の2人の写真を右側に並べた。

 

「合田はどう思う?」

「同じ結論だと思います。3人は見覚えありますけど、2人は見覚えがない。もちろん会話もしていないので名前すら知りませんけど」

「なら決まりだ。俺たちの結論はこれだ」

「それでOKかね?」

「はい」

 

 あえて尋ねられると少し不安になるが、自分の記憶を信じることにした。

 

「君たちの話は信じられそうだ。こちらの3人は、事件の関係者だが、残り2人は今回の件とは無関係の別の事件の容疑者だ。既に檻の中にいる」

 

 和泉はそう言いながら、無関係という2人の写真を回収して封筒に入れた。

 

「試したんですか?」

 

 自分たちは信用されていないのも同じだと端島は露骨に表情に出して訴えた。

 

「すまない、悪気はないんだ。ただ、人間の記憶は頼りにならないと実感しているので、何度も会っている相手でも同じテストしているんだ」

「知っている人でも引っかかるものなんですか?」

「かなりの確率で。先入観というのは怖いものだよ」

 

 そう説明されると怒る気にもなれない。

 なるべく正確な情報が欲しいという和泉の話も分かるからだ。

 

「たまに上戸さんみたいに変なパターンで当てたりもする人もいるが、例外みたいなものだ」

「あの人が、また何かやったんですか?」

 

 和泉は「また」の言葉に反応して苦笑した。

 どうやら前からの知り合いである和泉が知る中でも、彼女はおかしな言動を繰り返しているのだろう。

 

「一番酷いのは写真を見てくれと言っているのに、印刷面を見ないで、裏側だけ見て分類を始めた時だ。もちろん全部合っていたので、それ以降は違う用紙を買うようにした」

「ええ……」

 

 端島が写真をつまんで裏返すが、違いなど判らなかった。

 

「裏だけ見てどうやって区別を?」

「前に買ってた写真用紙には裏にメーカーのロゴが薄く入っていたんだが、それで見分ける方法があるらしい。今はメーカーを変えたのでもう分からないよ」

「本当にそんな方法があるんですか?」

「分からない。聞いたこともないよ。だが、今になって考えれば、別の方法で見破った種を隠すためにハッタリを言ってただけの気もする。当時は彼女がそういう嘘が得意だと知らなかったから」

 

 そう説明された端島の脳裏に浮かんだのは上戸がニュータウンで披露した謎解きだ。

 

 最初に見たときは感心を通り越して呆気に取られていたが、もしかするとあの時も別の方法で答えを出してから、後から説明を付けていただけにも思える。

 

「でも、先に嘘で試したのは私の方だからそれ以上は追求できなかった」

「そこまで能力を隠すことに何のメリットが?」

「別に隠している能力などないのかもしれない。だけど、一度そういう対応をされると、こちらも未知の能力に対して警戒をせざるを得ない。キリがなくて無駄なのでお互い嘘はやめようということになった」

「ない能力をあるように見せる……ですか。使えそうですね」

 

 合田が何を関心したのか「うむうむ」と呟きながら頷く。

 

「あの人は詐欺師か何か?」

「狸だよ。うちの所長と同じだ」

 

 和泉は続いて新聞記事の切り抜きを取り出した。

 

 何やら政治家らしきスーツの男と老人が握手している写真が載っている記事だ。

 見出しは「大手システム開発会社が文科省と連携」となっている。

 

「これ、総理大臣ですか?」

 

 端島はスーツの男を指さして和泉に尋ねた。

 

「いや、違う……違うが、何故そう思ったんだ?」

「思ったも何も総理大臣——」

「——私たちの世界の話です。多分、同じ人物がどちらの世界にもいて、私たちの世界では総理大臣でした。ニュースにもよく出てました」

 

 端島の話に合田が割り込んで説明した。

 

「この人物は文科省の周防(すおう)大臣だ。ただ、与党内でも力を持っている議員なので、こちらの世界でも将来的に総理になる可能性は0ではない」

「でも、この人が何か?」

「保土ヶ谷の公園に『運営』と関係すると予想される施設の許可を出した人物を数珠つなぎに追っていくと、この人物に行き着いた。おそらくこいつが『運営』のスパイだ」

「こいつを倒せば全部解決するのか?」

「政治家の大物だぞ。そんな簡単な話ではない。そもそも現代社会で武力行使など許されない」

「難しいもんだな」

「君たちも力任せの解決は正義でないと理解してほしい。いや、本当に勘弁してくれ……なんで、みんなそんなに常識がないんだ……」

 

 和泉の声が段々と小声になっていき、最終的に手で顔を覆った。

 

 端島と合田はそれ以上聞くのをやめた。

 

 今の和泉は中間管理職であちこちとの調整役をやっているため、おそらく知らない方がいい苦労を背負っているとだけ理解していれば十分だ。

 

「話を続けよう。問題は、この議員の事務所に出入りしているスタッフ。このメンバーの名前に逢坂(おうさか)という人物がいると分かったことだ」

「やっぱりこいつが逢坂」

 

 端島は写真の一枚をつまみあげて改めて顔を見る。

 

 間違いなく、最初の部屋を出た48人が揃っている時に、自分についてくれば間違いないと大言壮語(たいげんそうご)を吐いていた人間だ。

 

 屈強な体格もなければ、誰もが驚くような知識やひらめきを持っているわけでもない。

 人を惹きつけるような魅力があるわけでも弁舌がたつわけでもない。

 

 だが、不思議と集団の中ではイニシアチブを取っており、いつの間にかリーダーの座に収まっていた人間。

 色々と正体不明の点が多すぎる。

 

「こちらの世界の記録だと、この逢坂という人間はテレビ番組制作会社の編集員だった。映像系の専門学校からすぐに就職していて、今までの人生の中で政治家との接点はないんだ」

「ということは、もう入れ替わっている?」

「ほぼ間違いない。他の2人の身元も調べてみたが、やはり政治家との接点は見つけられなかった」

「ということは、他の人は最初に逢坂さんに付いていった2人でしょうか?」

 

 他の2人は、顔は覚えているものの、印象は薄い。

 

 合田の言う通り、逢坂に付いていった人物のようにも見えてくるし、それとは無関係の男たちにも見えてくる。

 

「つまり、俺たちは独自で逢坂を追えばいいのか?」

「その前に君たちは、まず梨本さんを含めてどうするのかを決めて欲しい。それに、まだ情報が不足している段階だ。下手に刺激すると、何が起こるかわからない。準備を整えてから挑みたい」

「でも、急がないと東京が……関東が危ないんだろ」

「それでも今日明日の話ではないはずだ。実際、周防議員や逢坂と思われる人物はまだ東京都内にいる。自爆覚悟で行動を起こすとは思えない。黒い粒子も一瞬で次元改変は行えないらしい」

「なら、いつ頃起こるって言うんだ?」

 

 和泉はスマートフォンを取り出して、カレンダーアプリを起動させた。

 

「2週間後の12月中旬に周防議員はアメリカに外遊予定だ。ちょうどそのタイミングで、伊原さんが次元の壁の建設プランのやり直しのために来日予定だ」

「東京もろとも、その伊原さんという人物を狙うと?」

「さすがに次元破壊に巻き込まれると、伊原さんもダメージを受けるかもしれないという話だった。おそらく『運営』が狙うならこの週だ」

「あと2週間……」

 

 やるべきことは多い。

 

 梨本を説得。

 裏東京を動き回るモンスターをなんとか駆除。

「運営」に協力している逢坂以下の能力者を捕縛、もしくは説得して破壊活動を止めさせる。

 

 そして最終的には「運営」と通じている周防議員を無力化する。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 端島と合田が下宿先のアパートに戻るとちょうど入口で梨本と出くわした。

 その手にはパンパンに膨れ上がった大きめの布バッグが握られている。

 ただごとではない。

 

「ありゃ、見つかっちゃったか」

 

 梨本は悪びれずに言った。

 

「どこに行こうとしているんだ?」

「2人にこれ以上迷惑はかけられないよ。もう出ていくよ」

「出ていくってどこに?」

「……さてね」

 

 そう言って出ていこうとする梨本の手を端島が掴んだ。

 

「もう少しだけ話をしないか? 今後のためだ」

「今後って何? もう見たでしょ、あの世界を。手遅れなんだよ」

「あの世界はただのコピーだ。ただ、ここで動かないと、この世界も、俺たちの世界もああなるかもしれない」

「手遅れなんだよ!」

 

 梨本が無理矢理に端島の手を振りほどいた。

 

 梨本は格闘系の能力を持つだけあって、単純な力勝負となると端島の力では止められない。

 梨本が無理やり端島の手を振りほどいた。

 

 端島はなすすべなく体勢を崩して転倒しそうになる。

 

「やめてよ。もうわたしは行くから」

「ダメですよ」

 

 今度は合田が梨本の前に両手を開いて立ちはだかり、真っ直ぐに目を見据えた。

 合田は知識担当であり、体力筋力、それに戦闘技術も梨本には遠く及ばず、たちはだかったところでどうなるものでもない。

 

 それでも、梨本は足を止めた。

 

「失礼かもしれませんが、梨本さんに尋ねます。もしかして、前からあの世界のことを知っていましたか?」

「知らない、知るわけないでしょ!」

「あの世界は私たちの世界を悪趣味にコピーした場所だと思っています。だけど、梨本さんは違った。まるであの世界が正しいみたいな振る舞いだった」

「知ってる光景があんなになってたらそうにもなるよ! 店だってあの日からそのままだったんだよ!」

「『あの日』というのは?」

 

 梨本が何かうかつなことを話したとばかりに口を手で塞いだ。

 

「私たちのデメリットにはならないだろうと思って言いませんでしたが、前から疑ってはいました。この人、何か私たちの知らない情報を知っているんじゃないかなって」

「なんでそんなことが分かるの? 合田チャン、適当なことを言ってるでしょ」

「梨本さんが切り札を隠しているように、私も切り札を隠し持ってるんですよ。私の分析(アナライズ)は相手の持ってる能力を読み取ることができますが、効果はそれだけだっていつ説明しましたか? もっと他のことも分かるんですよ。たとえば……」

 

 合田が眼鏡を上げ下げしながら梨本の体を頭の先から足の先まで視線をめぐらす。

 その後に不敵な笑みを浮かべた。

 

「そんなところに隠していましたか」

「まさか、通信を……」

「端島さん、上着のポケットです! 早く取り上げて!」

 

 合田の叫びに端島が素早く反応した。

 梨本に低い姿勢から体当たりを仕掛けて、そのまま体重をかけて押し倒した。

 

 抵抗されないよう、下腹のあたりに馬乗りになって動きを封じる。

 

 素手での格闘技術は梨本の方が上だが、体格や体重では端島が圧倒的に勝る。

 立ち上がれないように腰と足の動きを封じれば、そう簡単には脱出できない。

 

 殴るような動作で腕を振り上げると梨本が咄嗟に両腕で顔と胸をかばったので、その隙に上着のポケットへ手を伸ばし、中から小さい円筒状の物体を取り出した。

 

「なんだこれは? 懐中電灯?」

「返して!」

「通信機です! 早く彼女の手が届かないところに隠して!」

「来いドラゴン!」

 

 端島が手を空に掲げると、透明な翼を持った虫のような龍が姿を現した。

「ドラゴン」はその足で器用に小さい円筒形の物体を掴みとり、素早く空高く舞い上がる。

 

「って、町中で目立ちすぎぃ!」

「俺にはこれしか方法がないんだから仕方ないだろ!」

 

 ドラゴンは高速で空高く舞い上がり、姿を消した。

 

「まさか、アイテムにまで分析が通じるなんて……」

「出来ませんよ、そんなの」

 

 悔しそうな梨本に合田はあっさりと言ってのけた。

 

「ただのハッタリです。でも、私が分析の効果について説明して睨みつけたら、すぐに上着のポケットへ視線を送ったでしょ。しかも、手を伸ばして中身を確認しようとした」

「えっ、ハッタリ? でも、切り札があるって……」

「本当に切り札はありますよ。もちろん、敵かもしれない梨本さんには教えませんけど」

 

 梨本はそれで黙った。

 馬乗りになった端島に対して抵抗をしようともしない。

 

「俺はまだ梨本のことを信じている。詳しい話を聞かせてくれないか?」

「端島さん、それはそうとですね」

 

 合田がわざとらしく「ゴホン」と咳払いをしながら端島に近付く。

 

「端島さんが梨本さんを押し倒していかがわしい行為をしようとしているようにしか見えません。一度、梨本さんの上から降りてください」

「俺は仲間に対してそんなことはしない!」

「端島さんの意思は関係ないです。そういう風にしか見えないから止めてくださいって言ってるんです」

 

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