現在位置の体育館からは直接道路に出ることはできない。
少し高台にあるので、道を大きく回るか、木々を突っ切って段差を無理に飛び降りるかの二択になる。
もちろん「敵」はこちらのそんな都合なんて知ったことじゃないだろう。
真っ直ぐ……あくまで真っ直ぐ最短距離でこちらへ突っ込んでくる。
まだ途中にある茂みや木々で「敵」の視認は出来ないが、かなりのスピードで向かってきている。
悠長に対策を考えている余裕などない。
素早く今後のルートを決める必要がある。
「服部さん、脱出ルートの相談があります」
声を掛けるも返事がない。
顔は「敵」が近づいてくる正面に警戒したまま、視線だけを横の彼に向けると、彼は青ざめた顔でただ呆然と立ち尽くしていた。
手に持ったバットを力を込めて地面へ振り下ろす。
大きな音が鳴り、土が飛び散った。
その音は彼の意識をこちらへ向けさせるのに十分なようだった。
ビクリと肩を震わせ、焦点の合っていなかった瞳が私を捉える。
「しっかりしてください。ここから逃げますよ!」
「逃げるってどこへ?」
「ルートは3つ思いつきました。その1は隣にある遊具広場から道路に抜けるルート。でも、ダメです」
「根拠は?」
「さっき見ましたけど、小学生くらいの親子連れが来ていました。あの子を巻き込めません」
これからやってくる「敵」がどんな攻撃を仕掛けてくるかは分からない。
だけど、もし周囲にいる人たちを巻き込むような攻撃を仕掛けてくるならば、それは避けないといけない。
私たちの事情に何の関係もない人が巻き込まれるのはダメだ。
「その意見には同意だ。第2のルートは?」
「みんなが掃除をしているピクニック広場から外へ抜けるルート。あそこには花見のゴミが落ちてました。つまり、すぐ近くに公園の外にある桜並木へ抜けられる道がある」
「遊具広場と同じ理屈で容認出来ない。広場にはまだ掃除を続けている仲間がいる」
「私も同じ意見です」
やはり服部さんは信用出来る。
たとえ自分が不利な状況になったとしても、信じている正義を貫ける心の強さがある。
ただ、それを受け入れろとは言わない。
より良い結果を手に入れるための打開策は後で考えれば良いのだ。
「敵」が接近する音は更に大きくなっている。もう時間はない。
「なので、第3のルートを取りたいと思います。多分、ありえないと思うかもしれないですけど、私を信じてください」
「わかった、柿原さんを信じよう」
「『前進』します!」
体育館から抜けられる道は少ない。
遊具広場かピクニック広場、ここから繋がるラグビー場のどれかだ。
ただ、ラグビー場からは他のテニスコートやサッカー場などの別の施設にしか抜けられず、出口が遠のくだけだ。
あまり長期戦になると、私たちの体力が持たない。
「ありえない! 敵に向かって進むと言うのか?」
服部さんが否定的なリアクションを返してきた。
ただ、これは当然の反応だ。
まだ細かい作戦を説明していない現状だと、ただ無謀な特攻にしか聞こえないはずだ。
無条件で受け入れるようなら、逆に何も考えていなさすぎるか、私を過信しすぎていてさすがに怖い。
「運動広場は臨時駐車場として使われることもある場所で、外の道路に繋がっています。敵への接近が出口への最短ルートです」
「『敵』の攻撃をどう回避する?」
「この金属バットで一発食らわせて怯んだ隙に突っ切ります」
再度バットを地面に振り下ろした。
振ってみて気付いたが、どうやらバットは微妙に曲がっているようだ。
先端がボコボコに凹んでいるからか、バットをまっすぐ振り下ろせず、微妙に軌道が斜めにブレる。
「ありえない!」
「私はお世辞も体力自慢じゃないです。全力疾走で走れる距離なんてたかだかしれているので、運動広場からの最短ルートが限界です」
「短期決戦に全てを掛けると?」
「私は体力だけじゃなく、頭も良くないので、他に思いつきませんでした。代案があるならお願いします。10秒以内で」
「その案で行こう。考えている時間が惜しい」
「
私の要望通り、即決で返してくれた。
凹んでボロボロの金属バットを肩に担いで道を駆け出した。
服部さんがすぐ後に続く。
鬱蒼と木が茂る公園の道を進んでいくと、すぐに、近くの茂みから枝を折り、草をかき分けながら私たちの方へ向かってくる音が大きくなった。
そして、風切り音と共に何か大きな……1メートルくらいの円盤のような何かが飛び出してきた。
「ホームラァン!」
正体はあえて確認しない。
動体視力が追い付かないものあるが、塔と同じように見ただけで気分が悪くなるものならば、それだけで抵抗できなくなる。
「それ」に向けて腰のひねりを加えたフルスイングで金属バットを叩き込んだ。
鈍い音と共に、元から凹んで曲がりかけていたバットからメキメキと悲鳴が上がる。
同時に、バットを叩きつけた衝撃が振動となって腕を駆け上がったが、構わず勢いでバットを振りぬく。
「それ」が壊れた感触など全くなく、動きも止まらなかったが、それでも軌道を大きく変えることには成功した。
「それ」は不快な風切音をたてながら、私たちが立っている場所よりはるか上の方へ飛んでいった。
握力の限界を超えたからかバットは手からすっぽ抜けたが、拾っている時間はない。
逆に身軽になって助かったと前向きに考えて全力で地面を蹴って駆け出した。
「ヒトデだった」
「何が?」
「『敵』だよ。イトマキヒトデみたいな紫の星型が手裏剣みたいに回転してた」
何故ヒトデが空を飛んで襲いかかってくるのか?
色々と疑問が浮かんだものの、無駄に酸素を吐き出して話す余裕などない。
ただ前だけを見て必死で駆け出した。
◆ ◆ ◆
運動広場に出た。
幸いにも工事現場の周囲に立てられている防音壁のおかげで、アンテナに偽装している塔のような生物の姿は見えなかった。
空飛ぶヒトデの姿は周囲には確認できない。
だが、確実に近くにいる。
心臓は破裂しそうなほど激しく脈打ち、息も絶え絶えだ。
筋肉の限界なのか、足の痺れが足裏、ふくらはぎ、太ももと順に上がってくる。
体力的にはもう限界に近いが、ここで歩みを止めるわけにはいかない。
思えば半年ほど前に学校の旧校舎で「敵」に襲われた時もこんな風に体力の限界まで全力で走っていた。
その時との最大の違いは、助けが来る見込みはないことと、歩みさえ止めなければ安全圏にたどり着けるということだ。
運動広場を抜け、車止めのために設置されたポールを避けて公園の外に出る。
歩道の少し先には車が行き交う道路があった。
国道はまだ先だが、それでも交通量はそれなりにある。
さすがにここまで来れば襲ってくることはないだろう。
あとはどうやって「敵」に追跡を止めさせるかだ。
「伏せろ!」
「えっ? 何——」
最後まで言い切る前に服部さんが後ろから殴りつけるような強い力で背中を押してきた。
既に力が残っていない足ではろくに耐えられず、そのまま歩道の上に強く打ちつけられた。
咄嗟に腕でかばったので顔は打たずに済んだものの、腕や膝はもろに打ったようで激しい痛みが走る。
その直後、頭のすぐ上を高速で何かが通り過ぎた。
「それ」は道路の真ん中あたりに着弾。
大きな切れ目を作り、周囲に欠けたアスファルトを撒き散らした。
地面に刺さっているのは服部さんが先ほどたとえた通り、紫色の巨大な手裏剣に見える、五角形の巨大なヒトデだ。
そのすぐ近くを自動車は何事もなかったかのように通過していく。
やはり一般人からはあのヒトデは見えていないのだ。
つまり、こいつは一般人から見えないことを良いことに、一度標的に決めた相手をどこまでも追跡してくる。
車の事故に紛れさせて、私たちを「ただの不運な事故」に巻き込ませるつもりだ。
ならば、どうにかして倒すしかない。
「まずいな。こいつ一般人の目とか関係なく襲ってくる気だ」
ヒトデは左右にその体を揺らしながら地面に突き刺さったままの体を引き抜き、身体を宙に浮かせた。
「早く逃げよう。多分、こいつは人目があっても止まらない可能性がある」
「待ってください。こいつの動き、何かおかしい」
ヒトデは宙に浮いた後もすぐには襲ってこない。
回転しながら何度も角度や向きを変えて何かを調整しているようだ。
おそらくこいつには前後の向きがある。
そして、回転方向も右回りのみ。
動きもそれほど複雑な知能を持っているとは思えない。
目標を定めてまっすぐに突撃。
障害物に当たったら向きを変えて再突撃。
あまりにシンプルすぎる動きだ。
自分の意思を持った生物というよりも、決められたプログラム通りにしか動けないロボットに近いかもしれない。
何とか息を落ち着かせながら、ヒトデの一挙一度を観察する。
「服部さんも観察してください。こいつを倒すヒントは今の動きにあります」
「倒す? どうやってこんなのを?」
「それを観察します」
このヒトデの動きを観察していた連想されたのは親がセールで買ってきたロボット掃除機だ。
一見すると前も後ろもない、どの方向でも自由自在に動けるような形をしているものの、前後左右は必ず決まっている。
前面には障害物検知をするためのセンサーが。
後面には充電のためのバッテリー接続端子がある。
センサーがある方向でしか障害物やゴミを検知出来ないので、何度も回転して目標を正面に捉える必要がある。
このヒトデは動きからして、そのロボット掃除機と同じ理屈で動いている可能性が高い。
ならば、こいつを倒す方法もなんとなく見えてくる。
ヒトデは回転しながらセンサーを周囲に向ける。
ターゲットがいれば方向を確定、周りの障害物を確認。
センサーで確認したデータを入力。ルートを設定したら移動を開始——
「——こいつを食らえっ!」
服部さんがいつの間にか拾っていたバットを真っすぐ投げるように突き出した。
空中でバットに当たったヒトデが金属バットを弾き飛ばしたが、それでまたも軌道がズレた。
私の肩を少し掠め、服と皮膚に浅い切れ目を入れただけで、明後日の方向に突っ込んでいった。
「こっちです。倒す作戦を思いつきました」
痙攣している太ももを叩きながら駆け出した。
転倒した時に擦りむいた膝が痛いが、立ち止まってはいられない。
再度公園の中へ入る。
あの場所へ行けば……誘い込めば勝てるはずだ。
そして、こいつが単純な直進しかしてこないというならやりようはある。
方向転換して、やはり再突撃してきたヒトデを公園入口の鉄の門……鉄柵に巻き込ませる。
さすがに鉄製の柵は頑丈だ。
まるで鉄工所のグラインダーのような不快な音を立てながら火花が飛び散っているが、そう簡単に切断は出来ないようだ。
これでまた少し時間が稼げる。
全身の痛みを堪えながら先へ進む。
「逃げると言ってもどこに?」
「管理事務所の近くです」
「管理事務所? だがそこには」
そんなことは分かっている。
管理事務所の前にはゴミ集積所があり、そこへゴミを運びに行った仲間がいる。
他に散歩をしている人も大勢いる。
だけど、あの自動追跡するヒトデを仕留めるなら、そこしかない。
◆ ◆ ◆
「柿原さん、その怪我どうしたの?」
管理事務所へ近付いていくと、ゴミを廃棄し終えた仲間たちが駆け寄ってきた。
だけど、みんなを巻き込めない。
手を前に出して制止する。
「少し階段から落ちただけなので」
「大丈夫? 病院へ行く?」
「その方が良いかも。なので、タクシーを呼ぶからちょっと待っていてね」
服部さんに肩を預けて管理事務所から少し離れた広場へ進む。
そうしているうちに、目的の場所に到着できた。
「向かって来い! 私はここにいるぞ!」
宙に向けて叫ぶと、木々を抜けてヒトデが私の前に飛来してきた。
空中で何度か位置と角度を変えながら、私の方へ「正面」を向けた。
「柿原さん、本当にここでいいんだよな」
「大丈夫です。ここで間違いないです。多分」
「多分?」
位置については私の記憶だけが頼りだ。
ただ、だいたいは大丈夫だと思う。
「服部さんは逃げても大丈夫ですよ」
「そんなわけにはいかない」
服部さんの手は震えていた。
私は、その冷たい手をぎゅっと握りしめた。
私の体温が伝わったのか、彼の震えが少しだけ収まるのが分かった。
2人でヒトデの方を見る。
「むしろこの公園で仕留めるならここしかない!」
ヒトデの角度補正がようやく完了したようだ。
空中で同じ場所に静止して、私の方を真っすぐ見据えている。
「さあ向かって来い、邪悪な生き物!」
私の挑発を聞いたのか聞いていないのか、ヒトデは思惑通り真っ直ぐ突進してきて……空中で突然動きを止めた。
回転速度はだんだんと低下していき、やがて糸が切れたようにガクンと落下、地面に激突した。
私はヨロヨロと歩いて、少し離れた場所にある排水溝まで歩き、重い金属製の蓋を渾身の力を込めて開いた。
中は深く、底まで2メートル以上はあるだろう。
「箒を持ってきてくれます?」
「箒? 何をするんだね?」
「忘れたんですか? 今日の目的はゴミ掃除ですよ」
服部さんが少し離れた場所にある管理事務所へ走り、大きめの竹箒を借りてきてくれた。
その箒を使って地面に落ちたまま動かないヒトデを押していき、排水溝の中へと投げ込むと、ヒトデは五本の腕(?)を折りたたんで落ちていき、ドボンと音を立てて底に沈んだ。
排水溝の幅は1メートル四方。
移動や浮遊のためには必ず回転と方向転換が必要なこいつは、最小回転半径以下の場所に閉じ込められると、何も出来なくなる。
もうここからの脱出は出来ない。
ロボット掃除機が机と椅子の脚に引っかかってバッテリー切れになって動けなくなるのと同じ理屈だ。
蓋を戻したところで流石に体力と気力が尽きた。
力なくその場でヘタり込んだ。
「待ってくれ、排水溝の理屈はわかる。だけど、それ以前にどういう理屈でこのヒトデは動きを止めたんだ?」
「春に円盤がこの上に浮かんでいた事件については知ってますよね」
「ああ、それは聞いている。君たちだけで解決するとかなんとか」
そう言えば、その時も服部さんは能力を失ったが、それでも何か出来ることがあれば力になりたいと申し出てくれていた。
あの時はまだ、善意はあるけど頼りにならない人というイメージだったが、今ならばそれを考え直してもいいかもしれない。
「ここは、その円盤の動きを止めるために儀式を行った場所です。その時の結界の術がまだ生きてるんですよ」
私の周囲の地面からは、まだうっすらと光が立ち上っている。
京都からやってきた魔術師とやらが、複雑な儀式を行って作り出した結界だ。
なんでも古代に日本へやってきた宇宙人の乗り物らしくて、人間の知識や能力をはるかに上回る神にも等しい存在だったという。
そんな円盤の動きを封じ込めるためのとっておきの超強力な結界術。
役目を果たして結界自体は解除されたとはいえ、あまりに強い術過ぎて、その残り香が半年経った今でも微妙に残っている。
円盤本体は無理だとしても、こんな謎のヒトデ一匹程度の動きを封じるには十分だ。
「最初にこの公園に来た時には、まだこの結界が残ってたんだくらいの認識だったんですけど、もしかしてこれを利用できないかなと」
全部片付いたと思うと、急に全身が痛みを訴えてきた。
あちこち切られたり、転倒で擦りむいたり、打ち身があったりとひどい状況だ。
「上戸さんに報告もしないとですけど、先にお医者さんに来てもらいましょう。このヒトデの処理もあるし」
「お医者さん?」
「10年後くらいにお医者さんになる予定の謎の無免許医、スーパードクターですよ」
◆ ◆ ◆
ボランティアの清掃活動が終わった。
一応は活動としては成功。
動画のネタもそこそこ集まり、配信には最終的に50人ほどが集まっていた。
どうやら藪の中で発見された自転車の話がクチコミで自転車コミュに広まったらしく、フレームに貼られたステッカーの特徴から、所有者を特定できるかもという話が出てきたらしい。
まあ、後は警察が処理してくれるだろう。
「じゃあ俺たちもう帰りますけど、本当に大丈夫っスか?」
「ええ、こちらは大丈夫です。あまり手伝いにならなくてすみません」
「いえいえ、こっちも十分助かったので。次のイベントやまとめ動画も楽しみにしてます」
次原さんが心配して様子を見に来てくれたが、これから頼りになる援軍も来てくれる予定なので大丈夫だ。
安心なことを伝えて別れる。
「服部さん、もう付き添ってもらわなくても大丈夫ですよ。そろそろ頼れる援軍が来てくれるみたいなので」
「援軍?」
そう話していると、スマホにメッセージの着信が届いた。
もうすぐ公園の駐車場に着くらしい。
運動広場に厄介な存在がいるので、遠くの駐車場を使ってくれ、遠回りで管理事務所の方まで来るように伝えた。
しばらくして、援軍に呼んだ3人が歩いてきた。
小森と片倉さん、それに麻沼さんだ。
服部さんも一応は全員と面識があるはずだ。
小森は最初こそ余裕の表情で歩いていたが、私の負傷状況を見て、顔面蒼白になって飛んできた。
「なんでこんな無茶をしたんだ! 俺かラビさんを呼べば良かっただろ」
「上戸さんは別の調査にあたってるし、小森は受験勉強中でしょ」
「友人の方が大事に決まってるだろ! それにもう12月だぞ。受験勉強はだいたい終わってる」
「でも、試験は来年でしょ。まだ勉強は続くんじゃ」
「試験日ギリギリまで勉強をやってるようじゃ医学部合格なんて無理に決まってるだろ。模試でA判定取ったら後はそれを維持するためにひたすら反復。それだけだ」
それを聞いて安心した。
小森の夢を叶えられそうならば。
その邪魔にならなければ、それでいい。
「とにかく話は後だ。治すぞ」
小森が私の傷口に手を当てて
「待て待て、ここで能力を使えばあいつに見つかるぞ」
「あいつ?」
片倉さんが右手を額の上に置いて遠くを眺めるようにした。
木々が茂っているので直接は見えないが、その方向には運動広場。そして例の石塔がある。
「謎生物っぽい何かがアンテナのフリをして立ってるんだよ。結構デカいから、ここへ来る途中、道路の防音壁の間からもチラチラ見えてたぞ」
「見たんですか?」
「
「望美って誰でしたっけ?」
「私ですけど」
麻沼さんが小さく挙手した。
前から知り合いではあるけど、名前は初めて聞いた気がする。
前に会ったときは片倉さんはまだ「麻沼さん」呼びだった。
プロポーズが近いという話が実感を帯びてくる。
「倒してしまうのはダメなんですか?」
「倒していないのには理由があるんだろ。たとえば東京の異変を直せなくなるとか」
「東京の異変って何ですか? 八王子の後は全部解決して何も起こってないって聞いてるんですけど」
小森が不思議そうに片倉さんに尋ねた。
どうやら上戸さんが小森の受験に配慮して、事件の情報を何も伝えていなかったようだ。
「ラビ助が、オレにも秘密でコソコソ動いているんだろうな。また、いつもの自己犠牲病が始まった」
「またですか」
小森が呆れたように言った。
「……どうします? シメますか?」
「そうだな、シメるか。縛り上げて熱々おでんを食わせてやろう」
「熱さよりも味に文句を言うタイプですよ。罰ゲームにならないです」
「じゃあ、おでんを作ってもらうところから始めるか。小田原で美味いはんぺんを買っていこう。だしも作らせる」
「ラビさんが作るおでんって姫路おでんですよ。はんぺんとかがんもの代わりにちくわとゴボ天が入ってますし、ショウガ醤油で食べる変なおでんですよ」
「なんだよ姫路おでんって? どこのローカルフードだよ」
「多分、姫路」
「それはそう」
どうやら上戸さんへの罰ゲームが決まったようだ。
2人は前から仲が良かっただけあって、話がまとまるのも早い。
「とにかく、一度車に乗ってこの公園から離れるぞ。小森もそれでいいな?」
「俺は大丈夫です。それよりも柿原は一人で歩けるか?」
「それくらいなら大丈夫だけど……」
私の横で微妙な顔をしている服部さんを見た。
彼がいなくて私だけならば色々と危なかった。
移動するならば彼も一緒だ。
「服部さんが柿原を護ってくれたんですか?」
「いや、私はそこまでのことは——」
「——頼りになったよ。服部さんがいなければ危なかった」
小森にそう伝えると、服部さんが何やら目配せをした。
「ありがとうございます。俺の友達を護ってくれて」
「大切な友達を護るのは当然のことだ」
「はいはい、青春劇をやるのはそこまで。一度この場を離れるぞ」
片倉さんがポンポンと手を叩きながら私と小森、服部さんの間に割り込んできた。
「まずは柿原の治療と状況の確認。それから敵の本拠地への殴り込みだ」