東海道新幹線を降りたのは新横浜駅。
どうせ近くに入口があるだろうと、駅近くを散策していると、ビルの隙間に裏東京への入口を見つけた。
そこから世界の裏側へ入っていく。
まだ横浜なのに「裏東京」というのは若干定義がおかしい気もするが、そこは多分気にしたら負けだ。
舞浜のランドとシーとか、東京ドイツ村チャイニーズガーデンとかそれと似たようなものだ。
紫色の空に浮かぶ雲が木星のような巨大な渦を巻いており、たまにその切れ間からオーロラのような光が漏れ出している。
果たして雲の上は正常なのか?
それとも異常な空間が続いているのか?
現実の世界の上にドーム状の結界のようなものが出来ていると考えると、何も存在しない可能性もあるだろう。
まあ、そんなことを気にしても仕方ない。
表の世界を移動するのは電車にしろタクシーやバスにしろ時間がかかる。
この裏の世界ならば障害物も人の目もないので、最短ルートで飛んでいける。
まずは、新横浜から端島たちが待つ世田谷まで直接迎えに行く。
電車で移動するとそれなりに時間がかかるが、空を飛べば数分の移動でしかない。
頭上には元の世界と違って電線などの飛行を遮るものは、この裏東京には存在しない。
鞄の中から装備品……サバイバルゲーム用の肘、膝、胴体用のプロテクターを取り出して装備する。
気休めだがないよりはマシだろう。
その上から白い外套を羽織り、黄金剣が入ったケースを腰のベルトにぶら下げる。
全ての準備を終えた上で、使い魔の鳥たちを喚び出した後に箒にまたがった。
崩れたビルの隙間から空へと舞い上がる。
どうやらボロボロのビルでもビル風は起こるらしく、外套の裾がうるさくはためいた。
帽子を飛ばされないように深く被り直した。
高度を上げるほどに、想像以上に酷い町の破壊状況が露わになった。
瓦礫の影が無数の裂け目になって走り、クレーターの縁は焼けて黒く、輪郭だけが妙にくっきりしている。
川崎の工場街、多摩川沿いのタワマンはもちろん、高層ビルも軒並み崩れ落ちているようだ。
中心部から離れた場所の住宅地や古びた雑居ビル、病院や学校などの頑丈そうな建造物。
寺や神社など一部残っている建物もあるが、それでも現在の神奈川や東京の町は原型を留めていない。
高層建築が立ち並ぶ町が、すっかり赤茶けた色の平面と化している。
和泉さんは、富士山が噴火した後に大地震が起こって破壊された世界と予想していたが、ただの地震で建物がこんな壊れ方はしない。
単純な耐震技術やらコンクリートの耐久性の問題で崩壊したわけではなさそうだ。
地震以外に何かが起こったとしか思えない。
「地震以外で壊れたとなると……火山岩でも降り注いだか?」
富士山の噴火で空高く打ち上げられた岩石が地上に落下する際に、高層建築が真っ先に破壊された。
ただ、それだと崩れていない建物の説明が出来ない。
最新の耐震基準で建てられた高層ビルの方が古い雑居ビルより先に崩れる理屈がわからない。
箒の飛行高度を更に上げたところ、ようやくこの破壊をもたらした原因と、景色に対する既視感について理解できた。
地上を歩いている時には分からなかったが、町のいたるところにクレーターが開いていた。
そのクレーターを中心に建物が放射状に倒れ、コンクリートやアスファルトが一部焼け焦げている。
これは天災だけの破壊ではない。
爆撃などの爆風による攻撃を受けて破壊されたとしか考えられない。
しかも軍関係や政府関係の施設だけを破壊する近代戦のピンポイント爆撃ではない。
クレーターのサイズも位置も同じものが二つとない。
法則性も見られない。
もう少し古い時代の精度よりも数で攻撃する絨毯爆撃による無差別破壊。
地震の後に出てきた「何か」を倒すために執拗なくらい攻撃を加えたという印象だ。
そんな狂気の中でも一応、学校や病院が爆撃の対象から外されているように見えるのは、果たして理性が残っていると言えるのかどうか。
今の状況を端的に説明するならば、教科書や本で見た歴史の白黒写真……東京大空襲だ。
「じゃあ、何を倒したかったのかというと――」
その時、その理由を説明しようと言わんばかりに、眼下の瓦礫……コンクリート塊が高速で跳ね上がった。
コンクリート塊は滞空中の俺のすぐ脇を風を切る音を引きずりながら通り過ぎ、空の彼方へと消えていった。
もしも直撃していればそれなりにダメージが有っただろう。
「――こんな感じの敵を駆除したかったのか?」
コンクリート塊が飛来してきた方向を見ると、奇妙な「生物」が瓦礫の隙間から、のそのそと這い出てくるところだった。
「生物」はその大半をまるで昔の大砲のような長すぎる円筒状の砲身が占めている。
金属の鈍い光ではなく、白い骨に不健康そうな青白く薄い皮膚が張り付いたような砲身の根本には、関節の位置がおかしい人間のようなひょろ長い腕が2本生えている。
更に、腕のすぐ上には頭部らしき球状の部位が飛び出していた。
その頭部らしき部位――鼻も口もない、ただ中央に野球のボールくらいの巨大な目を持つパーツが俺の方を向いた。
砲身の下部から生えた無数の触手を海生生物の繊毛のように動かし、緩慢ではあるが正確かつ機械的に砲身を動かし、俺の方へ狙いをつけている。
先ほど外した砲撃のデータを元に標的である俺への再補正を行っているのだろう。
そこまでやれば次の動きは決まっている。
次弾装填だ。
このタイミングならば早撃ちになる。
いつでも攻撃を出来るように使い魔一羽を頭上で旋回させて攻撃の準備に入らせる。
大砲生物の腕の一本が地面へ伸び、近くにあったビルの残骸。針金が突き出したコンクリート塊……砲弾を掴みあげた。
ただ、砲弾を装填するための動きが遅い。
巨体に対して細すぎる腕には、重いコンクリート塊を軽々と持ち上げるための腕力が足りないようだ。
この装填タイミングが最大の攻撃チャンスだ。
ここから先の動きを見る必要はない。
先手必勝。相手が次弾装填完了前に仕留める。
砲身は石塊を発射する機能のために相当頑丈な構造に見える。
そこを攻撃しても効果は薄いだろう。
本体から飛び出た頭部もあからさまな弱点に見えるが、そこに脳はなく、ただのセンサーでしかない可能性が高い。
破壊しても本体の動きは止まらない可能性がある。
ならば狙うのは砲身の付け根。
コンクリート塊を高速で弾き飛ばすためのエネルギー貯蔵庫兼動力部を持つ胴体部分。
鳥の使い魔を頭上で一度大きく旋回させることで遠心力で更に加速。
鳥そのものもドリルのように高速回転させながら眼下の大砲生物に向けて突撃させた。
「貫け!」
重力により更に加速。
弾丸と化した鳥は皮膚を引き裂き、肉をかき分け、地面まで一気に貫いた。
大砲生物は体に開いた大穴から黄色い液体を噴出。
全身を大きく引きつらせた後に腕からコンクリート塊を取り落とした。
砲身ごと横倒しになり、何度か痙攣した後に、その先端からも、胴体の穴から噴き出したのと同じような液体を垂れ流して動きを止めた。
もちろん、それだけで油断はしない。
こんな遠距離特化型、接近されたら終わりの敵が単体行動をしているとは思えない。
追加で鳥の使い魔を喚び出して備えていると、予想通り、瓦礫の隙間から同形状の大砲生物が次々と姿を現した。
同じように角度を調整しながら砲弾に使うコンクリート塊を調達するために瓦礫へ手を伸ばす。
だが、対処方法は既に1匹目で把握済だ。
こいつらは砲弾の装填タイミングで動きが極端に遅くなり、隙だらけになる。
そこを使い魔による先制攻撃……急降下爆撃で相手に何もさせず的確に屠っていく。
十匹ほど倒したところで、瓦礫から這い出して来る敵はいなくなった。
在庫切れのようなので、一度地上に降りて残骸を確認することにする。
死体は別に粒子化などして消えたりはせず、その場に残ったままだ。
もちろんメダルなどのアイテムが出現する気配すらなしだ。
半ば機械じみた動きをするこの敵が、自然に生まれたとは思えない。
兵器として使用するために人工的に製造されたとしか考えられない。
だとすると何の目的があって?
地震発生後の混乱に乗じて町を占領するつもりだった?
もちろん、運営がゲームの敵として用意した背景設定のないただのザコでもないだろう。
能力者にぶつけたいならば、配置する場所は東京都内だろう。
こんな主戦場から離れた場所にいること自体が不自然だ。
撃破した敵の残骸を眺めていると、そのうちの1体の指に指輪が付いているのが見えた。
瓦礫の山から砲弾の材料を回収する際にワイヤーか何か金属ゴミが引っ掛かったのがそう見えただけの可能性も考えて何度か見直したが、やはり指輪だ。
人間ならば左手薬指にあたる箇所に
「まさかとは思うけど」
腰に下げたホルダーから黄金剣を引き抜き、「えい」と勢いよく振り下ろす。
大砲生物の薬指が切断され、指輪と共に地面に転がった。
指輪を拾い上げて裏側を見る。
ファッションブランドの横には所有者のイニシャルらしきアルファベットの刻印があった。
兵器としての機能以外に用途も知能もなさそうなこの謎生物が、人間から指輪を奪ってわざわざ自分の指にはめるとは思えない。
そう考えると理由は一つ。
「……もしかして、こいつらって元人間か?」
確証はないが、指輪という物証から考えても、その可能性は高いだろう。
ただ、原型などほとんど留めていない状態から何をやっても元の人間に戻せるとも思えないし、そもそも機械的な動きからして、意思があったとはとても思えない。
人間の遺体を材料として作られた、冒涜的な生体兵器を壊しただけ。
さすがに良心の呵責などない。
だとしても、こんな終わり方は不憫過ぎるだろう。
指輪を切断した指と一緒に大砲生物の残骸の上に戻した。
更に鞄の中に入れておいたケースから線香を数本取り出し、ライターで火を付けて上に置いた。
だが、ビル風に煽られて線香の煙は真っ直ぐ昇らず、少し上に上がったところで宙に溶けて消えた。
◆ ◆ ◆
探偵の報告からスパイを通じて外に情報が洩れているとはいえ、さすがにこの調査結果を報告しないわけにはいかないだろう。
裏東京から外へ電波が繋がる場所を見つけたので、とりあえず和泉さんに架電。
メールで裏東京にいるモンスターは元人間の可能性があること。
その元人間を駆除するために爆撃などが行われた可能性があることを端的に伝えた。
「裏東京について、仮説がありますけど、よろしいでしょうか?」
そして、一連の事象により、一つの仮説が浮かんだことを伝える。
返事はないが続けることにする。
「春の事件で宇宙船から関東圏に汚染物質がバラ撒かれました。その汚染物質……黒い灰のようなものは、環境を作り変えて、そこにいる生物を奉仕種族とやらへ作り変えるという話がありました」
やはり返事はない。構わず続ける。
「裏東京の範囲が汚染物質の散布範囲と一致していることから考えて、もしかして、この裏東京はその計画を止められず、人間も環境も別の世界に変えられてしまった
『私たちの世界の汚染範囲が他の世界と繋がったのではなく、別の世界も同じように汚染されていたと?』
ようやく返事があった。
「他の並行世界でも同様の事件が発生したのだと思います。さすがに離れすぎた世界ならともかく、隣り合った別の世界ならば、十分に考えられます」
『端島さんたちがいた世界がそれだと?』
やはり和泉さんも、梨本が「運営」から伝えられた情報の全てがデマだと考えてはいなかったようだ。
町の看板だけではない。
梨本の実家にあった許可証や写真などは、流石にパラレルワールドに同じものはないだろう。
「よく似た別のパラレルワールドがたくさんあると考えるよりも、裏東京が端島たちが召喚されてから数年後の未来の世界だと考える方が自然です。私たちがいなかったせいで、横浜の計画を止められず、関東圏が崩壊した世界」
『次元移動しただけではなく、時間移動もしたと?』
「和泉さんはご存じないでしょうが、次元間には時差があります。時間の流れが違うんです」
次元間には時差がある。
俺たちの世界での半年が
次元間移動がそこらの歪みを補正して行われているのならば、逆に言うと空間だけではなく、時間も移動可能ということだ。
時間と空間には密接な関係があるのだ。
うちの神さんもそう言っている。
おそらく端島たちは世界が崩壊する前の世界からやってきて、その後に世界が崩壊した。
その崩壊した世界のテクスチャが俺たちの世界に重ねられた。
「確証はありませんが、この仮定で話を進めます。むしろ、その話がデマではないと考えると、全ての辻褄があうんです。『あなた達の住んでいた世界は崩壊しました。ですが、元に戻す方法があります』。そう伝えられた人たちが自分の信じる正義のために破壊活動を行っていると」
前に端島たちと話したが、ごくごく普通の現代日本人と変わらないと感じた。
並行世界だけあって文化などは微妙に違うものの、メンタルなどはほぼ変わらない。
そんな普通の倫理観、常識を持った日本人が超能力を与えられたところで、突然に町中でテロ行為を行ったりするだろうか?
もちろん、現代日本人にも悪人は存在している。
力に溺れて暴走している悪人がいないと断言は出来ない。
だが、それにしてはあまりに逢坂側に付いている人数が多すぎる。
何かのメリットがあって動いていると考える方が自然だ。
『仮にその説が正しいとして、どうされるつもりですか?』
「逢坂とやらの仲間になった人たちを説得します。他に世界を救える手段はあると。そうやって実働要員を削っていけば、敵がどれほど強力だとしても何もできなくなります」
やることは以前にやった教団潰しの時と同じだ。
実働要員という手足をもいでしまえば、敵がどんな権力者や能力者だろうが、何も出来ることはなくなる。
世間に公表できないやましい行為ならば尚更のこと、代替要員などそう簡単には見つからないだろう。
政治家を政治的に追い込んで……という正攻法だと時間も手間もかかる。
だからといって物理的に始末というわけにはいかない。
ならば、何も出来ないように無力化させるだけだ。
「説がもし間違っていたとしても、なるべく説得したいという気持ちに変わりはありません。誰も動く人間がいなくなれば、それ以上計画が進むことはないわけですから」
『説得が通じなければ?』
「その場合は仕方ないのでこちらも力で武装解除させます。その場合は拘束をお願いします」
和泉さんの唸り声が聞こえてきた。
俺はつい最近に八王子で独断専行をして一度やらかしているので、信用されていないというのは分かる。
そこで独断専行ではないこと、暴走しないことについて、補強材料を追加する。
「説得には端島さん、合田さん、梨本さんにも入ってもらうつもりです。私はただの部外者ではありますが、彼らは当事者です。話を聞いてもらえる可能性はあると思います」
『説得をするという方針については理解しました。ですが、本当に彼らの世界を救える手段があると? その場凌ぎでの適当な嘘で騙せば、後で手痛いしっぺ返しがありますよ』
「世界を救う方法について一つ考えがあります。かなり精度の高い方法です」
これは言葉の通りだ。
この裏東京の世界を救う方法についてある程度の根拠ならある。
ただし、この情報はさすがに和泉さんには伝えられない。
作戦の鍵なので、スパイを通じてこの情報が敵に流れたら台無しになってしまう。
根拠は、伊原さんが召喚者を元の世界、「元の時間」に戻すゲートを作ると言ったことだ。
俺たちが夢幻境から帰還するときに召喚された直後の時間に帰還したことと同じ現象が起こる。
つまり、端島たち能力者は世界が崩壊する前、宇宙船が汚染物質をバラ撒く前の時間に戻る。
何しろ、本人たちが自分たちの世界は崩壊などしていなかったと主張してるのだから、まだ間に合うことは確定だ。
そこから急いで横浜の事件を解決すれば、世界は崩壊しない。
俺たちの世界が異世界帰りの能力者によって救われたのと同じように、この裏東京の世界も、これから現れる異世界帰りの能力者によって救われる。
俺たちに出来たことが、端島たちに出来ないとは思わない。
何しろ、今度は既に亡くなった人たちを除いても30人の能力者が世界を救うために立ち上がれるのだから。
だからこそ、貴重な戦力は一人でも確保したい。
交渉は失敗できない。
「まずは、計画の第一歩として今から端島たちと合流して、東京タワーの位置に出来た謎の塔の調査に向かいます」
『本当にそれだけですか?』
やはり勘がいい。
俺がスパイを警戒して端島たちと極秘で動こうとしていることもお見通しのようだ。
「それだけです。東京タワーの攻略だけでもかなり時間がかかるでしょうからね。明日明後日はお休みをいただきます」
やや沈黙が続いた。
真面目な和泉さんの中では、たとえスパイがいると分かっていても俺たちの行動について仔細に報告しなければならない。
だが、調査活動のためにはなるべくそれはしたくない
その葛藤があるのだろう。
ややあって、電話口から「あああ!」とヤケクソ気味の叫び声が聞こえた。
『わかりました! では、連休明けの火曜日に報告をお願いします。お忙しいでしょうからね!』
「ありがとうございます。火曜日に報告します」
それで通話を切った。
最大限の配慮をしていただけたようだ。
まずは東京タワーの攻略。
その後は「自由時間」だ。
その与えられた時間の間に決着をつける。