「証拠はあるのか?」
崩壊した東京の町……裏東京は端島たちが元いた世界の未来かもしれない。
その仮説を端島、合田、梨本の3人に話したところ、そんな質問が返ってきた。
もっともな意見だ。
なにしろこの仮説に証拠などない。
そもそも証拠があったとして、突然に「あなたたちの世界は崩壊しました」と言っても受け入れてもらえるとも思えない。
「運営」が通信機を使って流したデマ情報となんら変わらないのだから。
「現状は状況証拠からの推測でしかありません。ですので、ただの戯言だと受け取っていただいても構いません」
物証はないし、仮説の根拠もない。
ならば、別の証拠を示すことで、発言に重みを持たせるしかない。
端島たちを騙したところで得られるメリットなどないという客観的な事実だ。
「すみません、少し距離を取っていただけますか?」
「距離?」
「とりあえず根拠というものを示したいと思います」
端島たちが訝しげな顔をしながら数メートルほど離れたが、それではさすがに距離が足りない。
自分で50メートルほど更に距離を離れた上で使い魔を召喚する。
こんな使い方はしたくなかったが、話を聞いてもらうためには、まずは力を見てもらうのが一番だろう。
右腕を斜め左方向へと向け、手のひらを開いた。
「3羽を
囁くように唱えると、5羽の鳥の使い魔のうち3羽が虚空に溶ける。
同時に、手のひらの少し先に黒い球体が獣の唸り声のような空気を切り裂く音と共に現れた。
「魔女の呪い」
それを発動条件ギリギリの最低限の出力で発動させた後に、更に周囲からの生命力吸収によるエネルギー補充なしで放つ。
最低×最低。
これが通常のスキルならば、そこらの瓦礫の山が少し吹き飛ぶ程度の影響で収まるだろう。
ただし、この「魔女の呪い」は違う。
あらゆる時空に遍在的に存在し、君臨する時空の神が限定的とはいえ顕現するのだから、出力の桁が違う。
適当に空へ逃がすなどせず、全てを破壊のためだけに使えば――こうなる。
黒い球体は赤熱化して大きく膨れ上がり、一瞬のうちに収束。
熱線へと姿を変え、音もなく前方へと放たれた。
半径は15メートル。有効射程は2キロ。
光速で放たれた熱線は照射範囲内にある物質を瞬時に焼き尽くす。
端島が唾を飲む音が、妙に大きく聞こえた。
合田は肩を落として腰を引き、梨本も瞬きを忘れたように固まっている。
かざした右腕をゆっくりと右方向へ動かし、波打つ熱線――
30秒後、スキルの発動時間は終了して破壊の奔流は止まった。
超高熱が作り出した真空状態は猛烈な風を巻き起こし、熱線によって発生した熱を射程外へと押し流していく。
その余波だけでも廃墟を町を平らに出来るだけの余力はある。
前方の60度ほどの扇状の空間内に存在していた廃ビルや瓦礫、アスファルトの残骸……全ては消滅し、赤熱した地表以外何もない平面。虚無の空間が広がっていた。
異世界の兵士がたとえた通り、ソドムとゴモラを焼き尽くした硫黄の火。
神が放った浄化の炎だ。
あまりの威力にさすがに自分でもドン引きであるが、ここで俺まで驚いていると、次の説得に繋がらない。
全身に浮かび上がった紋様からは常に色を変える虹色の光が放たれている。
最低出力で放ったので、半日もあればこの光は消えるだろう。
気にするほどのことはない。
荒野に背を向けて端島たちの方へゆっくりと歩いて近付いていくと、端島たちが一歩、また一歩と後ずさりながら距離を取られた。
「御覧いただきました通り、私には少し強い能力があります」
声はできるだけ平坦にした。
別に脅したいわけでも、力で屈服させたいわけでもない。
「何が少しだ! とんでもないチート能力じゃないか!」
「別にそうでもないです。これを直撃させても仕留めきれない相手はたくさんいましたし、これからあなた達の世界を滅ぼす敵にも一度は弾かれました。1人の人間が持てる力なんて所詮限界があるんです」
言うほどたくさんいなかったような気もする。
宇宙船も破片が落下しても被害が出ない海上にいる間ならば落とせたのだが、今は関係ない話だ。
重要なのは――
「今の攻撃ですら倒せなかった?」
――まだ青ざめた顔をしたままの合田が尋ねてきた。
首を縦に振って肯定の意思を示す。
合田の言う通り、スペックゴリ押しだけで解決出来ることなど、世の中にはそれほど多くない。
それよりも、単純な力任せでは倒せない相手がいて、しかも、そいつらとこれから戦う必要がある。
それを伝えることが重要だ。
「その敵……宇宙船は一撃では撃ち落とすことが出来ませんでした。その結果、汚染物質をバラ撒かれて、結果として発生したのがこの空間……裏東京です」
「なんなんだよ……今のビームに比べたら俺の力なんて……」
端島が手に持っていた剣を落とした。
金属音が虚しく響き渡る。
「俺は選ばれた人間じゃないのか? レアリティは最高のSSRなんだぞ……」
待ってほしい。
なんでこのタイミングで今更、個人の能力の話に戻るのか?
「SSRの表示を見た時に最高の能力を貰った。これで人生を変えられるって。なのに、なんで?」
「端島さんは立派にリーダーをやれていますよ」
合田がフォローに入るが、それでも納得していないようだ。
前から思っていたのだが、端島はSSRのレアリティが当たったのを良いことに、人生を大きく変えたいとかそういうことを考えているようだ。
他人から与えられた力ではあるが、それを言い出すと宝くじに当たった金の使い方を色々と言われるようなものだと思う。
せっかくあるものなのだから、別にどう使おうが本人の自由だ。
ただ、急に降ってきた力は、また急に失う可能性もあるだろうし、あまりに過信するのは危険だと感じる。
傲慢になるのも問題だ。
力の強弱だけで作った関係は壊れるのも早い。
「能力としては強い方だと思いますよ。召喚能力と同時に個人の戦闘も出来るというのは応用も利きますし」
話が進まないので俺もフォローに入る。
「上戸さん、あんたのレアリティは?」
「SRです。ただ、経験の差が大きいと思います。私は能力を使えるようになってから1年半ほど経ちます。その間にいくつもの障害を乗り越えてきました。端島さんが能力を使えるようになってどれくらい経ちますか?」
「……3週間? 1か月も経っていない」
端島が悔しさを滲ませながら答えた。
経験不足については自覚しているらしい。
だが、それでも誤魔化しも言い訳もしない。
たとえ自分のマイナス要素だとしても、そこに真摯に向き合おうとするところには好感が持てる。
最初に召喚されてからは安全地帯である消防署に立てこもり、そこからは対人戦もあるにはあったが、基本的にたまに裏東京を散策して安全確保を優先にすぐに倒せるザコ敵との戦闘をしていたのみ。
能力を研鑽する機会がなかったのは事実だろう。
能力の応用もまだ出来ず、単発で使うしか出来ていないのではないだろうか?
能力の使い方は後で考えよう。
自分の能力と、そのメリット、デメリットを正しく把握することが、自他ともの安全に繋がる。
刃物と同じで、正しく付き合っていくには、正しい知識が必要だ。
「俺には英雄になれるチャンスなんてないのか?」
「あります。今回はその話をしたかったんです。世界を救うための話です」
「世界を……救う?」
ようやく流れが本題に戻ってきた。
まずは梨本に話を振ることにする。
和泉さんの話によると、梨本さんは運営から自分たちの世界は崩壊したと聞かされ、そのことを気に病んで一時期は引きこもっていたという。
「運営」の話は所詮はデマなので、気にする必要はないと励まして立ち直ったらしいが、ここで「やっぱりその話は真実でした」と説明してぶり返すとややこしいことになる。
「この裏東京は梨本さんの世界の可能性の一つではありますが、あくまでも、
「壊れてない……みんな普通の生活をしている平和な町だった」
「突然に宇宙船が現れた、関東圏に何か怪現象が頻発しているという話はありましたか?」
「それもない……と思う。誰もそんな話はしてなかったし、SNSにも流れてない」
念のために合田の方へ視線を向ける。
「私も聞いたことはありません。もちろん、政府に何か大きな組織がいて、隠蔽していたら別ですけど」
「それだけは実際に調べてみないと分からないですね」
俺たちの世界と同じならば、それほど大きな権力を持った組織はいないと思う。
ただ、断言できないので、そこは実際に調べてみないと分からない。
「ただ、崩壊していないのは事実です。そこからたった一ヶ月でここまで崩壊すると思いますか?」
「思えない――」
――けどまでは言わせない。
「まだ間に合います。元の世界に帰って、ここで得た力を使って関東圏を滅ぼしに来る宇宙船を撃破すれば、平和な世界は続くし、崩壊した世界も消えてなくなります」
たった今破壊したばかりの背後の風景は見なかったことにして、まだ健在である……いや、健在ではないが、ともかく周りの廃ビル群を指し示した。
「救えるんですか、この世界を?」
「じゃあ、なんで通信機は、わたしたちの世界が滅んだって?」
「『運営』にとっては邪魔な私たちを潰させたかったんでしょう。自分たちの手を汚すことなく、勝手に潰しあってくれればメリットしかない。だから、元の世界を救いたいならばこの世界を潰せと吹き込んだ」
「その話はどこまで本当なの?」
「少なくとも、私たちの世界と潰しあっても何の解決にもならないことは間違いありません。この世界を壊せば梨本さんの世界が戻るってどんな理屈ですか? 別に直接繋がっているわけではないのに」
理論的に説明すると梨本も分かってくれたようだ。
「運営」が争わせるために作り上げたデマ情報なんてそんなものだ。
「それに、もし、この世界の関東圏が壊滅して、梨本さんの元の世界と同じ建物と入れ替わったとして、それは元の世界の復元ですか?」
少しの沈黙の後に返事があった。
「それは……違うと思う。もしそっくりの町が出来たとしても、それはただの偽物。私たちの住んでいた町じゃない。問題は何も解決してない」
「それだけではありません。梨本さんがこの世界に残ったままだと、元の世界が崩壊という未来が確定するだけです。まだ未来は変えられるのに」
「聞かせてください。未来を変えられるというのはどういう理屈ですか?」
今度は合田が周囲の地形と退路を一度見回してから質問してきた。
ただし、他の人と違って、怯えたり俺の話を疑っている様子もない。
今の状況を変えるために、より良い判断とは何か?
それを見極めるために更なる情報を得て、真実を見極めたい。
そんな表情だ。
「次元を越える場合と同時に時間も移動することが出来るんです。合田さんたちは召喚直後、まだ世界が崩壊する前に時間軸に戻ることができます」
「時間移動も出来るという根拠は?」
「私たちがそうでした。召喚された直後の時間に帰ってきましたから。家族や友人も何も心配することなどなく、元の生活に戻りました」
嘘である。
帰宅したところで着替えの服もない。靴もない。予備の下着すらない惨事は元の生活ではない。
服を一通り買い揃えるまでは、友人が中学時代に着ていた服を借りるしかない恥ずかしさ。
両親へ異世界に召喚されたら女子になりましたと事情の説明に行ったら「前から娘が欲しかった」などと暴言を吐かれた挙句、ファッションショーが始まった悲劇。
その写真が知らないうちにSNSへアップロードされていた黒歴史。
そして、カーターだけでなく小森くんや柿原さんまでその写真を見て爆笑していた、あまりに辛い記憶。
俺は決して忘れない。
報復として、将来、結婚式に呼ばれたら、家族の前で当事者の恥ずかしい過去を延々と語るつもりだ。
まずは直近に予定されているカーター、お前だ。
閑話休題。
「破壊前に戻り、召喚前にはなかった私たちの能力を使って、世界の崩壊の原因と戦え……そういうことですか?」
「その通りです。異世界帰りの能力者が世界を救う」
「ですが、上戸さんは先ほど、世界を滅ぼす敵はビームに耐えたと。そんな敵に私たち3人だけで勝てると?」
「いえ、3人だけではありません。あなた達には同時期に召喚された人たちがまだ30人以上いるじゃないですか」
「30人!?」
合田も最初はこの数字を理解できなかったようだ。
指を折って人数を数えている。
「亡くなった5人の方は残念ですが、それを除いても今は34人を確認しています。今のところ敵に回っているであろう
いきなり散り散りにされた上で、罠にかかって大勢が亡くなった上で、味方同士の殺し合いでどんどん数を減らしていった俺たちの世代と違う。
本当の総力戦だ。
それだけの戦力が集まって、負けるわけがない。
「34人は敵だった人も含めての数字ですよね。それ以外も、意見の相違で別れた人が大半です。その人たちと肩を並べて戦えと?」
「しがらみを超えて共闘できるかどうかの判断は任せます。ただ、能力者の数は一人でも多い方が作戦の成功率は上がるでしょう」
「でも、それは難しい――」
「――やってみる価値はありそうだ」
否定的な合田に代わって、端島が答えた。
「意見が分かれたのは、いきなり殺し合いが始まりそうな流れになったからだ。共通の敵がいて、そいつを倒すことが世界を救うことになるなると説明すれば、きっとまとまれるはずだ」
「わたしも……こんな世界がわたしたちの未来なんて信じたくない。少しでも成功率が上がるなら、組むことに反対するつもりはないよ」
梨本も端島と同じ意見のようだ。
「意気込みはわかりましたが、それでも説得が難しいという問題はクリアされていませんよ」
「だから合田も力を貸してくれ。俺じゃ説得なんて無理だ」
端島の思考は「人からチヤホヤされたい」「優越感を得たい」と非常に
他人を傷つけてまで自分の利益を得たいと思わないようだし、誰かが正しい道を示せば、それに向かって進んでくれる。
合田もそれを分かっているから協力しているのだろう。
決して悪人ではない。ただ少し子供っぽいところがあるだけだ。
そして、自分に出来ないことは素直に他人に頼る純粋さもある。
意固地になって自分一人でやろうとせず、素直に他人に頼れる純粋さがある。
そこは俺も見習わないといけないところではある。
「わかりましたよ。本当に面倒事だけはどんどん持ってくるんですね」
「本当に悪いと思っている。だけど力を貸して欲しい」
合田はわざとらしくため息をついてから答えた。
「もちろん、頼まれたのだから力は貸しますよ。なんてったって仲間ですから」
この3人はもう大丈夫だろう。
「運営」側がまた何か仕掛けてくるかもしれないが、もうそれらに惑わされはしない。
あとは、他の能力者にも今の内容を伝えて、力を貸してもらえるように説得してもらうだけだ。
「でも、私たちの世界を救うのは後の話です。今日やるべきなのは、あの東京タワーの調査ですよね」
「はい。あの塔が何の目的で建てられているのか? 罠の可能性もありますが、無視も出来ません」
遠くから見ても異様な雰囲気が漂っていた謎の塔。
もちろん、何の意味もないオブジェクトだとは思えない。
たった今説明した通りで罠の可能性も高いが、調査、場合によっては破壊をしなければならない。
「じゃあ今回の調査のリーダーは上戸さんってことでいいのか?」
「いえ、端島さんお願いします」
「俺が?」
「経験を積みたいのでしょう。それならば、リーダーポジションをやるのが一番ですよ。権限が強い分だけ、仲間のことや、ミッションの成功のために頭も使わないといけない。成長のチャンスです」
この話にも偽りはない。
リーダー職を務めた方が成長に繋がるのは本当の話だ。
決して俺が怠けたいわけではない。
あくまで、端島たちの成長のためにリーダーポジションを任せたいだけだ。
何度でも言うが、決して後方から腕組みで見守るポジションについて怠けたいわけではない。
「ついでに、皆さんの能力について再検証していきましょう。それが大きく成長できるチャンスにも繋がります」
「成長? 何かパワーアップアイテムとか?」
「いえ、能力の使い方の認識を変えるんです。きっと、そこに強くなれるきっかけがあります」
同じ世界の仲間の説得も大事だが、もしもそれが失敗した時に「ダメでした世界は滅びます」だとシャレにならない。
最悪の事態に備えて、この3人だけでもそこそこ戦えるように鍛えておきたいところだ。
「そうだな。じゃあ俺についてきてくれ。目指すは東京タワーだ!」