3日間食事なしだったという2人のために、クッキーを20枚ほど出してみた。
途中から何もないところからクッキーが出現するという感覚と現象自体が面白くなってきたので、つい調子に乗って出しすぎてしまったというのはある。
だが、2人はよほど腹が減っていたのか、俺の出したクッキーを残さず平らげてくれた。
これだけ美味しそうに食べてくれると俺の方も嬉しくなってくる。
最初の数枚はとにかく無駄に体力と気力を使ったが、慣れてくると楽なものである。
10枚ほど出した後は、何の予備動作も必要とせず、身体の一部を動かすような感覚でクッキーを取り出すことが出来た。
「若い子はしっかり食べんといかんぞ」
クッキーはスキルの発動が完了した瞬間に何もない場所から無音で突然出現する。
特に何が消費された、何かが代償として消えたということもない。
質量保存の法則を完全に無視した、原理不明の能力だ。
どういう原理でクッキーが現れるのかについては全く分からない。
小森くん曰く。
「俺たちのスキルはMP的なものや触媒の類も何も消費せず、スキルごとの待機時間さえ待てば何度でも無条件で使用できます」
とのことだった。
もしかしたら見えない何かを消費している可能性もあるが、ゲームやアニメのように、
小森くんと赤土さんの2人は、この部屋に閉じ込められてから3日の間に
「自分達は何が出来るのか?」「スキルを応用して何とかこの場所から脱出出来ないか?」
について、徹底的に検証したそうだ。
その結果、スキルの使用方法と応用方法については完全に習得したということだ。
ノーモーション、使おうと決めた瞬間に発動できるらしい。
「質量保存の法則をガン無視してるんだけど、本当に大丈夫なのかこのスキル」
「多分、制作者の人そこまで考えてないと思うよ」
真顔でなんてこと言うの赤土さん。
何もないところから食料を出すというのは、普通に奇跡に分類される能力だ。
だけど、どうせ理屈を考えても分からないのだから、細かいことは気にしないという赤土さんの方針は正解なのかもしれない。
ちなみにスキルはアイコンの1番左側にある物は30秒、2番目が90秒、3番目は180秒ほど待てば再使用可能になるとか。
やはりここはゲームの中の世界なのだろうか?
「俺は槍の穂先に青く光る力の塊を出す、光の粒子で出来た壁を作る、傷を治すという3つのスキルを使えます」
小森くんが俺が持っていたのと同じようなデザインのカードを見せながら説明をしてくれた。
[モーリス R]
Rというの、俺のカードに付いていた文字「SR」のことを考えると、キャラのレアリティのことだろう。
モーリス部分が名前だ。
下の方にはキャラ解説のようなものが書かれている。
[英雄にあこがれる村の少年。村の生き残りで幼なじみのリリィと共に冒険に旅立つ未完の大器。村の神官から教わった守護と癒しの力で仲間を守る]
「リリィって誰? 幼なじみ?」
「幼なじみなんていない!」
小森くん改めモーリス君が突然に目を見開いて大声を出した。
あまりに突然の感情の発露に思わずたじろぐ。
赤土さんも同様に「何があったの?」と唖然としてモーリス君の方を見つめている。
小森くんは一度深呼吸をした後に頭を下げた。
「いえ、すみません……それはゲームの設定で俺とは何の関係ありません。リリィが誰なのか、どこに居るのかなんて心当たりもありませんし、そもそも面識なんてないので」
モーリス君が乾いた笑みを浮かべながら答えた。
ただ今の反応は過剰すぎた。
「幼なじみ」絡みで何か地雷を踏んでしまったのかもしれない。
もちろんカードのフレーバーテキストに書かれたリリィなる謎の人物のことではない。
モーリス君になる前のカズ君がまだ日本にいた時の話だ。
……いやカズ君って誰だよ。小森くんだ。
まあ、本人が言いたくないなら触れる必要はないだろう。
誰にだって言いたくない過去の一つや二つくらいあるものだ。
俺は人間関係のそういう面倒なことに足を突っ込むのは好きじゃない。
他人は他人、自分は自分。
みんな人それぞれに人生があって、譲れない価値観というものがあるのだ。
今までずっとそうして生きてきたし、これからもそうするつもりだ。
しかし、キャラ説明がちゃんと書いてあるというのはうらやましい。
俺など「お邪魔するわよ」とばかりにクッキーの話が割り込んできたせいで、それ以外の情報が何もないというのに。
1番目の鳥と3番目の光線はどういうスキルなのか?
当たりくらいはつかないことには、使いようがないのだから。
せめて、小森くんと赤土さんの2人から話を聞いて、ヒントを手に入れたい。
「スキルにはオーラウエポン、プロテクション、ヒールと名付けました。スキル123だと俺も使う時に混乱するので」
「そういえばスキルの情報ってアイコンだけだから名前なんて分からないもんな」
スキルに名前を付けるのは、わかりやすさという意味でも重要そうだ。俺も何か考えておきたい。
「ヒールは直接治したい場所に手を触れないと使えませんが、プロテクションは好きな場所に好きな形で出すことが出来ます。色々使えるので便利ですよ」
流石、3日間研究し尽くしたと言うだけあって自分のスキルをよく把握している。
カードに記載されたテキスト以外の情報がないこの限定された環境でよくそこまで調べ尽くしたものだと感心する。
モーリス君はかなり頭が回るのだろう。
「私はエリスです」
赤土さん改めエリスちゃんが提示したカードを見る。
カードに記載された名前は[エリス R]
[戦鬼と呼ばれ人生の全てを戦いに投じてきた少女はそれ以外の生き方を知らなかった。戦いを否定する者たちに自らの力を示すべく今日も戦場へと赴く。二種の打撃強化と速力強化を使い分けて戦う拳法使い。至近距離の戦闘を得意とする]
「『戦いしか知らない』って書いてるわりに服はオシャレなんですよね私。能力は攻撃する時に手や足を光らせて攻撃力を上げたり、速く走れたりします。名前は付けてません」
「スキルに名前を付けなくても大丈夫?」
「私って何も考えないのが得意なので大丈夫。ドーンといってバーンですよ!」
「なるほどフィーリングタイプか」
エリスちゃんは見た目通り、頭より身体が先に動く元気いっぱいのスポーツ少女と言ったところのようだ。
能力も近接格闘タイプ。実に分かりやすい。
ただ、先ほどまで俺に対して変態だのなんだの言っていたというのに、食べ物を恵まれただけで急にフレンドリーになるようなチョロさ……いや、若干危なっかしいところがあるのは気になる。
俺とモーリス君でサポートしてやる必要があるだろう。
「ところで、なんでこんな部屋に3日も閉じ込められていたんだ?」
ずっと気になっていたことを尋ねることにした。
モーリスとエリス……リス部分が被って呼びづらいので、分かりやすく「モリ君」と「エリちゃん」と呼べばよいだろうか?
リス部分はリスキリングによりチタタプされました。
この部屋に2人は3日間も閉じ込められていたというが、何故出られなかったのか?
出られない理由があったのだろうか?
まず今後の指標として、それを確認したい。
「壁のところにある扉を見てください」
モリ君の指す先には金属製の大きな両開きの扉があった。
装飾などは一切なく、取っ手以外の突起物はない。
蝶番らしい部品も壁の中に埋め込まれているのか見当たらない。
「あの扉は、人数が3人揃わないと開かない仕組みなんです」
「なんでそんなことが分かるんだ?」
「最初は50人が一斉にこの部屋に集められたんです」
完全に予想外の答えが返ってきた。
モリ君とエリちゃんと俺。
合計3人しか喚ばれていないと思っていたが、全部で50人……いや、俺も含めると51人もこの空間に喚ばれていたというのか。
「合成音声のような抑揚のない機械的なアナウンスが流れました。『扉を開けてゴールにたどり着いた方のみをここから解放します。扉は3人1組でチームを作ると開きます』」
「それ以外の説明はなし? ここに集められた目的とか、状況やスキルの説明とか」
「ありませんでした」
なんだろう、その不親切なアナウンスは。
一時期流行った理不尽系デスゲームマンガでも最初にはもう少しルールの説明はあったはずだ。
説明がなければ強制的に集めた参加者が自主的に殺し合いのゲームなどやるはずがない。
少なくともアメとムチ……何か報酬などのアメと、参加しないと不利益を被るというムチの説明がなければ参加者も困るだろう。
そんな雑な対応で俺達に何をさせたいと言うのか?
「さすがに状況が全く分からず、みんな最初はパニックになりました。ただ、しばらくすると、冷静になった人から3人組を作ってあの扉を開けて出て行きました。みんな気付いたんでしょうね。これは椅子取りゲームだって」
なるほど椅子取りゲームの喩えはわかりやすい。
3×16=48
3人ずつしか出られないというならば、48人が出たところで最後には2人余ってしまう。
椅子の数が足りないのはすぐに分かるから、人数の余裕があるうちに動いた方が正解だ。
先に何があるのかは不明でも、この最初の部屋に閉じ込められて良いことなどあるわけがない。
「私たちは端数だった……」
「端数は俺だよ。完全な人数調整枠なんだから」
エリちゃんの表情が曇ったのを見て、軽くフォローの言葉をかけた。
本当にこの娘は危なっかしい。
大人の俺が守ってやらないと。
「2人だけでなんとかあの扉を開けて出ようとしましたがダメでした」
モリ君が、扉の手前を指した。
目を凝らすと、扉の表面には、黒いシミ……否、血痕が無数に散っているのが分かった。
手前に落ちている鉄の棒のようなものは、モリ君のカードにあった槍のようだ。
2人は全力で扉を破ろうと挑んだ。
それでも、扉はびくともしなかった。
「壁も殴ったんですけど、そっちも壊せなくて」
「ヒビから水が湧いてきたのが、唯一の収穫でした」
幸いにもモリ君の
それでも、この扉のルールは、力ずくでは絶対に破れなかった。
そこまで考えて、ひとつの引っかかりが頭の芯に残った。
「なんで、俺たちを喚んだやつは3の倍数の数を喚ばなかったんだ? 最初から48人喚べばいい。ぴったり16組だ。なのに、わざわざ2人余る50人を喚んだ。人間の姿を変えて超能力を与えられるやつが、さんすうにがてか?」
「喚び間違えたとか嫌がらせじゃなくてですか?」
「その線もありえた。俺が来るまではな」
モリ君が、はっと顔を上げる。
「ミスにしろ、故意にしろ、自分で召喚枠を調整できるなら、すぐに追加で1人喚べばいい。じゃあ、なぜ3日後だったのかだ」
「3日経たないとできない理由があった」
「手続き的なものが必要だったという説も考えられるけど、もっと自然なのは、君たちを召喚した奴と、俺を召喚した奴は別枠だという説だ」
「あ……」
エリちゃんは、まだ半分ついてきていない顔だ。
モリ君のほうは目を閉じ、俺の言葉を小声で追っている。
一拍おいて、俺は結論を口にした。
「仮に、前者を超越者A、後者を超越者Bと呼ぼう。前者は何らかのルールが決まっていて、50という枠を自由に変えられない。万能じゃなくて制限があるんだ」
「対して超越者Bはルール無用と」
モリ君が、目を開けた。
「あの……それが分かると、何かいいことあるの?」
エリちゃんが、おずおずと手を挙げた。
良い質問だ。核心である。
「Aとルールを破ってまで俺を送り込んだBは何かしらの形で対立していて、別の思惑がある」
「思惑……」
「そのBに接触できれば、日本へ帰る糸口が掴めるかもしれない」
「なるほど!」
「もっとも、期待しすぎるのは危険だ。これは状況だけで仮定に仮定を重ねた机上の空論でしかないし、俺の人生を無茶苦茶にしているBも味方かどうかは怪しい」
なにはともあれ今からやるべきことは分かった。
あの扉を3人で開けてこの部屋から出る。
扉の先に何があるのかは分からない。
超越者が用意したゴールとやらに仕掛けがないわけがない。
だとしても、先に進むしかない。
仮に扉を開けて先に進むこと自体が罠だとしても、この部屋に留まって何もしないで朽ちていくよりははるかにマシだろう。
それに、この2人はただの高校生だ。未成年だ。
ペーペー社会人とは言え、最年長の俺が引っ張ってやらないでどうするんだ。
最初こそ混乱して頭が回らなかったが、少しだけ冷静さが戻ってきた。
俺の最大の武器は、得体のしれない超越者に与えられた「スキル」なる現実感のない能力ではない。
現実生活ではあまり役にたたない、無駄に回るこの頭だ。
「なので、もう少し近いところに目標を用意しよう。モリ君は誰か他の人が扉の先で待ってるとかそういう約束はしなかった?」
「モリくん?」
モリ君は一瞬呆気にとられた表情を見せた。
「すみません、その『もりくん』と言うのは、止めて貰って良いでしょうか? ちょっと昔のことを思い出してしまいますので」
「え、ダメかなモリ君?」
「それいいですね採用。日本人っぽくて呼びやすいしね。これからもよろしくねモリ君」
エリちゃんも乗ってきてくれた。
ほら分かる人にはわかるだろう。
「わかりましたよラビさん」
モリ君が俺にすかさず意趣返しをしてきた。
「本名の
「クッキーちゃんとラビさんのどっちがいいですか?」
人の話聞けよ、この高校生バカップルめ。
そもそもクッキーは俺の自由意志ではなく強制されたものなのだ。
クッキーをアイデンティティにしたようなクッキーちゃんだの、ス○ラおばさんだの、そういう呼称には反対したい。
「クッキーちゃんと呼ばれるくらいなら、まだラビさんの方が……」
「よろしくラビちゃん」
「ちゃんはやめて」
「はいはい。ではモリ君エリちゃんラビさんで」
話が完全に逸れた。
モリ君に話を再開するように促す。
「4番目に出て行ったチームのリーダーのアムネジアさんという方と話をしました。最初だけは3人でチームを組むよう強制されたとしても、そこから先は、人数が多い方がきっと有利だって」
4番目か。
チーム数は全部で16あるはずだから、かなり序盤のうちから動けていることになる。
その上で、短時間で「人が多いことが有利」と分析した上で、チームをすぐに結成。
他人に声をかけて協力を要請したというのは、利己的ではない上に、行動力、判断力がある人物と考えて良い。
そういうリーダーシップを持った人が率いているチームに加わって協力することに異論はない。
「でも、俺たちが3日間この部屋にいたという話はしましたよね」
「扉の先がどうなっているのか分からないが、3日も経てば、アムネジアさんも待つのを諦めて既にゴールしてしまっている可能性は十分有りうるか」
ただ、今のところは先行きも他に見えない。
行き当たりばったりで行動するのには色々とリスクがある。
最低限の指針だけは決めておきたい。
「こういう時には大目標、中目標、小目標を決める」
「目標ですか?」
「大まかな方針だよ。それをどうやったら達成できるか考えたら、悩んだときにどうすれば良いのかの参考になる」
「もしそれが間違っていたら?」
「都度修正すればいい。むしろ間違っているのに目標にこだわっていたら、変な方向に行っちゃうだろ」
「なるほど」
「最終目的は全員でこのわけのわからない、人を人とも思わない酷い世界から日本へ帰ること」
モリ君とエリちゃんが頷く。
「中目標としてまず『ゴール』とやらへ向かう。それを達成させるために、第4チームの人達と合流するのが小目標」
「そんな感じのざっくりとしたので良いんですね」
「ただの方針だからね。小目標中目標は状況を見て随時更新する」
あまり緻密な計画を立てても何の情報もないのだから修正が大変になる。
最初はざっくりとした感じで良いだろう。
「決まりですね」
モリ君エリちゃん、それに俺の3人が扉の前に立った。
重い金属製の扉がギギギと軋む音を立てながらひとりでに開いていく。
高校生の2人が死力を尽くしても、全く微動だにしなかった扉が「3人揃った」というだけで自動的に。
まるで2人の努力など無駄だと言わんばかりに。
だが、それもここまでだ。
俺は今のところはただの数合わせなのかもしれない。
それでも、モリ君とエリちゃんを死ぬまで閉じ込め続けるという運命からは解放することが出来た。
同じように、これから様々な壁が立ちはだかるだろう。
だけど、それを全部はねのけて見せる。
そして、このよくわからない世界から日本へ……家へ帰る。
「準備はOK?」
「とっくに済んでます。俺たちは3日間、あなたが来るのをここで待ってたんですよ」
「ラビちゃんは忘れ物とかないですか?」
「もちろん。俺の荷物はこの箒だけだ」
3人で扉の先へと歩みを進める。
「俺たちの戦いはこれからだ!」