収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第31話 「野良Wi-Fi」

 東京タワー跡に建った塔の物理的な広さ自体はさほどではない。

 

 それこそ、面積自体は実在の東京タワーとほぼ変わらない。

 1フロアを回るのに3分もかからないだろう。

 

 だが、そこに何らかの魔術効果が加わることで、実際の数倍の面積を持つ複雑な迷宮と化している。

 

 真っ直ぐに上層階を目指すだけならば簡単だ。

 適当に壁をぶち破りながら、上のフロアへの階段を探せばいい。

 

 だが、迷宮の中に潜んでいる特定の誰かを見つけ出すとなると、途端に難易度が跳ね上がる。

 

「さすがに探知系の能力がないと難易度が高すぎますね」

「今からでも戻って、この女の代わりに合田を連れてくるか?」

 

 端島に「この女」扱いされた船木が不満を隠そうとせず、ムッとした顔になった。

 

「その合田って人の能力が分からないけど、単に探知系能力の効果があるなら麻美を連れてきてるわよ、襲撃者B!」

「誰が襲撃者Bだ! えっと……その……女」

「名前を呼びなさいB!」

「お前こそ名前を呼べよ、女!」

 

 お前は地球に来てすぐの頃のベジータか。

 

 背後の方で何やら険悪な雰囲気になっていたが、今は黒い球体を抱え込んだままなので近寄るわけにはいかない。

 この球体は、近くにいる生命体から敵味方の区別なく、生命力を吸収するためだ。

 

 だからといって能力を早々に切り上げるわけにはいかない。

 

 塔の内部のあちこちでは、目に見えない微細な寄生虫が潜んでいて、俺たちが近寄るのをじっと待ち構えている。

 

 接近すると、服などを伝って耳やら鼻やらから体内に潜入して、内臓系にダメージを与えるらしい。

 

 そんな目に見えない寄生虫を手っ取り早く駆除するには、黒い球体で「収穫」してしまうのが一番手っ取り早い上に確実だ。

 

 それでも、何とか仲裁に入った方がいいだろう。

 放置しておくと、敵より先に味方同士で喧嘩が始まりそうだ。

 

「待ってください。そもそも私たちってちゃんと自己紹介をしましたっけ?」

「私はもう名乗ったんだけど」

 

 それは知っている。

 船木小百合(ふなきさゆり)さんだ。

 最初に挨拶をしたので覚えている。

 

「俺は聞いていな――」

「――船木さんですよ」

「もちろん覚えてる」

 

 一瞬でバレる嘘をつくな。

 

「じゃあ俺も自己紹介をしよう。名前は端島兵司(はしまへいじ)。キャラ名はラバン。レアリティはSSR。職業は多分ドラゴン使い」

「端島ね。そっちの邪神の巫女さんは?」

上戸佑(うえとたすく)。キャラ名はラヴィ(ハロウィン)(かっこハロウィン)。レアリティはSR。職業は魔女です」

 

 端島の自己紹介に合わせた形で簡単に答える。

 

 職業は魔女と邪神の巫女、どちらを名乗るか考えたが、今まで別に巫女らしいことなど何もしていないし、スキル構成も巫女らしいものは何もない。

 

 分かりやすい方を取った。

 

「待って。魔女はともかくハロウィンって何?」

「限定キャラなんですよ。同期に他に誰かいませんか? (水着)(かっこみずぎ)とか、(クリスマス)(かっこクリスマス)とか」

「俺は知らない」

「私も知らないけど……そんな変なカテゴリがあるんだ」

 

 本当に何なのだろう、この限定キャラというふざけたカテゴリは。

 

 ただ、無駄に恥ずかしい服装を着させられたせいで、センスがおかしくなる後輩がいないのは喜ばしいことだ。

 

 (水着)だったマリアさんなど、水着姿でいることに完全に慣れきったせいで、俺たちと別れる日までずっと町中でも水着を着たままという痴女スタイルだった。

 

 さすがに10年後のビデオレターでは普通の服装に着替えてはいたが、町中をさも当然のように水着で歩くという罰ゲーム状態でも、通常進行していたのはかなり異常だった。

 

「ハロウィン限定って割には、あんまりその要素らしさがないんじゃない?」

「ハロウィンらしさとは?」

「頭にカボチャを被るとか、もっと腕にカボチャの飾りを付けるとかさ」

「頭にカボチャを被るのは、神経がいらだってる宣伝部長だけで十分です」

 

 ある程度近寄れたら、とりあえずクッキーを配るところだが、今はそれは出来ない。

 諦めてもらおう。

 

「そこのバカのために改めて。私は船木小百合(ふなきさゆり)。キャラ名はキルケー。レアリティはSR。職業は上戸さんと同じく魔女」

 

 キルケーはギリシャ神話に登場する、魔獣を操る魔女の名前だ。

 

 人型の異形を操ったり、寄生虫の動きを封じたり出来るのも、その元ネタ由来の能力のおかげか。

 

 多分、ケネスもギギも量産型ニューも多分関係ない。

 人類に反省を促すダンスの人はなお関係ない。

 

「スキルは魔獣の制御と創造、召喚。能力はコスト式で、複雑な機能を持たせるとコストが大きくなっていく。総コスト内なら3種の能力を自由に配分して使える。今は何も使えないのは分かるよね」

「寄生虫の制御に全能力を費やしているからですか?」

「当たり。全能力ってのは、今が全開ってわけじゃなくて、松葉(まつば)が虫を操って攻めて来た時に、制御権を奪うための余力を残してるって意味」

 

 船木が能力の説明の意味も込めてか、右手を軽く上げると、そこに青白い光が灯った。

 

 キャラの元ネタと能力がストレートに結びついているのは分かりやすくて良い。

 

「レア度だと俺が一番か」

「まあ、レア度なんて完全に飾りだけどね。別に上だから強いってわけじゃないし」

「それはおかしいだろ。ただの飾りなら、レアリティは何なんだよ」

「SSRに選ばれた連中ってみんなそんな感じだから困るわ。キクさんもだけど、たかだか当たりくじを引いただけで傲慢すぎ」

「別にいいだろ。選ばれたってことなんだし」

「自分の実力と関係ないところで偉そうにするのはバカっぽいから止めた方がいいよ」

 

 先ほどよりはマシだが、あまり良い空気とは言えない。

 梨本ではなく端島を連れてきたのは人選ミスだったか。

 

 多少無理矢理でも流れを戻すことで喧嘩を止めさせよう。

 

「船木さん、その松葉とやらの能力はどういうものなんですか?」

「基本的には私と同じ。さっき能力を説明したでしょ。被ってるのが嫌なんだけど、なぜか同じなのよ」

 

 船木が露骨に嫌そうな顔で言った。

 

 船木と能力が被っているということは、虫の創造、召喚、制御か。

 

 寄生虫をばら撒く能力、それに命令を与える能力。

 それとは別に、戦闘能力が高い虫を喚び出す能力があるならば警戒が必要だ。

 

「とりあえずサンプルを観察するか」

 

 俺や船木の能力の射程距離外、部屋の隅へと放った。

 

 鳥の眼は俺よりも鋭い視力を持っている。

 1ミリにも満たないサイズの寄生虫ではあるが、そいつらが床を歩いている動きを捉えることが可能だ。

 

 部屋の隅には能力の範囲内から逃れた寄生虫が十数匹ほど蠢いていた。

 

 バッタのようにピョンピョンと跳ねている。

 

 そのうちの1匹を追跡して、観察をすることにする。

 

 形状はヤマビルに似ている。

 粘液に覆われた黒くて細い軟体の体で、手足などの部位は見当たらない。

 

 頭部にはアンテナ状の細い突起が二本。

 それを動かすことで標的や障害物の位置と距離を確認しているようだ。

 臭いセンサーか熱センサーかのどちらかだろう。

 

 移動は、細長い棒状の体を一度丸めて、一気に元に戻る。

 その際に、ゴムのような性質を持つ体が反発すること利用して、一気に跳ねるようだ。

 

 1回の伸縮は約1秒で1メートル。

 壁や天井に張り付くことも出来るようで、何度も跳躍を繰り返しながら、器用に複雑な迷宮を突破していく。

 

 たまに間抜けな個体が黒い球体の射程内へ自ら跳び込んでは塵になって消える。

 

 動きはシンプルかつ機械的。それでいて無秩序だ。

 単純なプログラム通りに自立稼働するロボット的なものと考えるのが自然だ。

 

 もう観察の必要はないだろう。

 接近して黒い球体による「収穫」で塵に変えて消滅させる。

 

「ふむ」

「何か分かった?」

「いえ、そろそろ黒い球体のキャパオーバーなので一度放出します」

 

 黒い球体が生物を分解するのはあくまでもエネルギーを補充するためだ。

 

 当然、エネルギーが満杯になれば、吸収を停止し、本来の能力である熱線が放出される。

 

 黒い球体は真っ赤に赤熱し、一度大きく膨れ上がった後に、熱線へと変化した。

 そのまま屋内の壁、そして塔の外壁を難なく蒸発させた熱線は空の彼方へ消えていった。

 

「待って、今の威力は何?」

 

 船木が青ざめた顔をしながら近付いてきた。

 

 だが、俺の全身に奇妙な紋様が浮かび、そこから虹色の光が発せられていることに気付いて途中で足を止めた。

 熱線=魔女の呪いを使用すると、このように俺の全身には紋様が浮かび上がる。

 

 それ以上何があるわけでもない。

 時間経過で自然と消えるのだが、何も知らない人間が見ると不気味に思って当然だ。

 

 紋様から放たれた虹色の光が船木の顔を照らす。

 

「ああ、気にしないでください。人に向ける気はありませんので」

「気にするわよ! 第一、その光ってるのは何なの?」

「能力を発動すると、こんな感じでしばらく光るんですよ。今のは最低出力なので3時間くらい続きます」

「人間を辞めてるってそういうこと?」

 

 船木が後ずさりしながら顔を反らした。

 初見の反応としては、まあ冷静に対処できている方だろう。

 

「それもありますけど、人間を辞めた理由はランク……」

 

 ランクアップの話を途中まで言いかけて止めた。

 

 逢坂たちはメダルを集めて使えるショップ機能については知っているが、基礎能力を大幅に上げるランクアップについては知らない。

 

 手っ取り早くパワーアップする方法があることが、船木経由で逢坂に伝わる可能性を考えると、詳細は教えられない。

 

 船木はあくまで松葉という共通の敵が現れたことで、一時的に共闘しているだけなのだから。

 

「まあ、そんな感じです。能力を使う度に人間離れしていくんですよ」

 

 適当に誤魔化すことにした。

 こんなことが出来る人間など他にはいないのだから、概ね間違ってはいない。

 

「……それ、大丈夫なの? 突然言葉を解さない謎のモンスターになって襲ってきたりしない?」

「なので、あまり使うつもりはありません。ただ、寄生虫対策としては効果絶大ですので使わざるを得ません」

「リスクの割にメリットもないのに? 敵の私たちは放置してあんたたちだけで逃げりゃいいでしょ」

「困っている人を助けるのに理由が必要ですか?」

 

 実際のところ、派手に光って目立つのと、友人から「怖いから止めてくれ」と言われたので使いたくないという精神的なデメリット以外はないのだが、物は言いようだ。

 

「それよりも、発射後は少し間を空けないと再使用ができません。インターバル中に寄生虫がまた来るかもしれないので、警戒をお願いします」

「えっ? あ、はい」

 

 船木が再度距離を取った後に制御能力を発動させた。

 

 モンスターの制御能力に成功すると、操られたモンスターが一度赤く光るので、それを利用して接近してくる寄生虫を見つけ出すことが出来る。

 力技のレーダー機能だ。

 

「近くにはいないみたい」

「では、少し待って別の階に移動しましょう。一度駆除したフロアに、再度寄生虫が出現すれば、それは近くに松葉が潜んでいるという証拠です」

「随分と力技だな」

 

 端島は若干不満そうだが、塔の正しい地図などの情報がない以上はこうやってローラー作戦をやってくしかない。

 

「代案があればお願いします」

「少し考えたんだが、その松葉ってやつは俺たちを何かの方法で見て能力を使っているんだろ。なら、監視方法が分かれば、逆に辿れば潜伏場所も分かるんじゃないか?」

 

 端島の話で目から鱗が落ちた。

 確かにその通りだ。

 

 俺たちの動きを科学にしろ、魔法にしろ、何かしらの手段で見ているはずだ。

 

 鳥の使い魔を操って船木の肩の上に乗せる。

 

「私の使い魔は視覚を共有することで偵察が可能です。船木さんは魔獣で同じことができますか?」

 

 船木が鳥を両手で捕まえて持ち上げ、その目を覗き込んだ。

 その後に鳥の翼を引っ張ったり頭を撫で回したりと遊び始める。

 

「できない。私にもできないってことは、多分松葉にもできない」

「ありがとうございます。参考になります」

 

 船木はまだ鳥をおもちゃとして遊んでいる。

 視覚以外の共有がなくて良かったと思う。

 

「魔術的に見ているのでなければ、文明の力を借りて見ているということです」

 

 スマホを取り出してWi-Fiの電波発信状況をチェックする。

 本当は電波を視覚表示出来るオシロスコープ的なものがあれば良かったのだが、ないものは仕方ない。

 

 この裏東京には基本的に俺たち以外の人間はいないという認識だ。

 

 なのに、不明なWi-FiのSSIDが表示されている。

 

 Camera1……Camera2……カメラシリーズは5まであった。

 そして、謎の電波、MatMain11111。

 

 Matは松葉のローマ字の頭から3文字だろう。

 1が並んでいるのは、おそらくモバイルルータの設定画面でセキュリティのために推奨最低文字数が決められていたので穴埋めに入れた値。

 

 これでもし松葉と関係なければ逆にビックリだ。

 

 最も電波強度が大きいのはCamera4。

 続いて強いのがCamera5。

 

 東京タワーと同じ300メートル超の塔を5台のカメラだけで全て監視できるわけがない。

 カメラを常時移動させて俺たちの動向を追っていると考えた方が良いだろう。

 

 つまり、カメラで監視されていない階の方が多い。

 

 現在位置は頂上階から2階層降りた場所だ。

 頂上階が5。

 この階は4で検知されていると考えて良さそうだ。

 

 ただ、俺たちがこのWi-Fiに気づいたことを悟られてはいけない。

 松葉が油断している間に奇襲を仕掛けないと、また隠れられたら捜すのが困難になる。

 

「すみません、作戦を立てます。一時集合していただけませんか?」

「集……合……?」

 

 端島が了承の意味で手を挙げる一方で、船木はその場から動こうとしなかった。

 ただ、俺の方を見て鳥の両翼を引っ張ったままのポーズで立ち尽くしている。

 

 船木を照らす、刻々と色を変えていく虹色の光は、まるでその複雑な心を具現化していようにも見えた。

 

 全身から変な光を放っている上に、先ほどまで近づく生命を霧に変えてた俺に恐怖を感じているのだ。

 

 仕方ないので、別の手を考えようとした時に、端島が船木の手を掴んで引いて俺の方へ連れてきた。

 

「上戸さんなら大丈夫だ。信じてくれ」

「信じろって言ったって……」

「確かによくわからないことは多いけど、騙し討ちで俺たちに危害を加える性格じゃない」

 

 端島が俺の肩に手を触れた。

 もちろん黒い球体はもうないので、今更何が起こるわけもない。

 

「作戦なんだ。今は協力してくれ」

「わかったわよ。わかってるわよ。協力でしょ」

 

 今回は色々な意味で空気を読まない端島に助けられたようだ。

 

「松葉を見つけ出す方法がわかりました。このスマホを使って居場所を見つけ出します」

 

   ◆ ◆ ◆

 

「なんだ? あいつら何をするつもりだ?」

 

 松葉健(まつばたける)の持つスマホのカメラアプリには、複数階に配置した無線カメラからの映像が映し出されている。

 

 カメラは、現在は頂上階を含む5ヶ所に配置しており、侵入者と処分対象4人の挙動を監視している。

 

 その5箇所の映像のうち、松葉が注視しているのは侵入者2人と船木がいる階層の映像だ。

 

 3人が床の一点を指差して何やら会話をしているようだ。

 

 カメラにマイクは内蔵されているものの、ノイズキャンセリング機能までは備わっていない。

 そのため、対象との距離があると、会話内容よりも雑音の方が大きく、ろくに聞けたものではない。

 

 音から得られる情報がないため、カメラに映る3人の一挙一動から動きを読み取るしかない。

 

 侵入者と処分対象を処刑するために松葉が放った寄生虫だが、何らかの不明な方法によって次々と駆除されている。

 

 松葉のスキルは総コスト内ならば追加生産も可能ではある。

 だが、敵の能力を見破らないことには、いくら送り込んでも同じ方法で消されるだけだ。

 

 侵入者たちも観察することで松葉の潜伏先を捜して、攻撃を止めようとしているようだが、観察しているのは松葉も同じだ。

 敵の能力を見極め、最適な擬似生物を作成して投入する。

 

 船木は勘違いしているようだが、松葉の能力は「虫」だけの創造能力ではない。

 キャラ名ガビーロールのスキル。錬金術により、様々な効果を持った擬似生物を製造、使役、召喚する能力だ。

 

 虫をよく使うのは、大量生産してもコストが安いことと、その割に様々な能力を持っているのでコスパに優れること。

 そして何より、虫使いだと思わせることで油断を誘えるからだ。

 

 実際、無線カメラを持って各階を移動しているのはヤドカリ型疑似生物だ。

 背中に物を乗せて運ぶヤドカリの生態が最適だと判断し、そのように創ったからだ。

 

 単純なスキルではない。

 使用者の知能に効果が左右される玄人向きのスキルだ。

 

 つまり、このスキルは自分には向いている。

 自分だから使いこなせると松葉は確信している。

 

 そうして監視を続けているうちに、3人に動きがあった。

 

 侵入者のうちの1人、少女の方が宙に魔法陣を出現させた。

 その後に、何か青白く光る弾丸のようなものが一本の光の線を残して床に激突する。

 

 同時に、松葉が潜伏している場所にも轟音と振動が響いてきた。

 

 派手に舞い上がった埃のために映像が真っ白で何も見えなくなったが、すぐに落ち着いた。

 

 理由はすぐに分かった。カメラの映像に人間が通過できるほどの巨大な穴が映ったからだ。

 

 先程の光弾によって床に穴を開けたのだろう。

 穴が開いたことで空気が流れて舞った埃を押し流したと。

 

 そして3人はその穴へ次々と飛び込んでいった。

 カメラの撮影範囲内にはもう3人の姿は映っていない。

 

「階の移動に階段を使わないのか? 確かに床に穴を開けることができれば迷宮を抜けるより最速ではあるが……」

 

 そうしているうちに耳をつんざくような衝撃音と振動が再度あった。

 またも下の階へ同様の手段で穴を開けたようだ。

 

「まさかこいつらオレの居場所が分かるのか?」

 

 間髪空けずに3度目の轟音と振動があったことで、松葉は胸を撫で下ろした。

 

 いとも容易く、十数センチある鉄筋コンクリートの床に穴を開ける火力は恐ろしくもある。

 だが、手当たり次第に撃ったところで当たるものではない。

 

 それほど回数も連射出来ないだろうし、発動前には事前に魔法陣の形成が必要のようだ。

 

 予備動作が分かっていれば発動のタイミングも見切ることが出来るので、発射前に潰せばいい。

 

 やはり観察は重要だ。

 情報を制するものが勝負も制する。

 

「こいつらは何も分かっていない。オレの居場所を特定出来ないので、ただ移動しているだけだ」

 

 松葉がそう確信したのは「4度目」と「5度目」の穴を開ける振動が有ったからだ。

 松葉が潜伏している階を通過して、下へ下へと移動している。

 

「ただし、観察は継続だ。慢心は必ず隙を生む。こいつらの位置に一番近いのはカメラ2か?」

 

 床の破壊は止まっている。

 侵入者たちは5層を移動したと解釈して良いだろう。

 

 塔の中心にあるエレベーターのシャフトを利用してカメラ2を運んでいるヤドカリ型擬似生物へ命令を出した。

 ヤドカリは複数ある脚を器用に動かし、侵入者がいる階へと移動していく。

 

「女の能力を全て把握できた。男の能力が分かった時点で攻撃を仕掛ける」

 

 カメラ2を運んでいたヤドカリが到着したので、監視を再開する――松葉がそう思った矢先、予想外の事態が発生していることに気付いた。

 

「いない? 侵入者どもはどこに隠れた?」

 

 上の階から移動するための穴は空いている。

 だが、カメラをいくら動かしても、侵入者たちの姿は全く映ることがない。

 

「カメラ3と4にも動きなし。床の破壊はフェイクで他の階に移動したのか? それとも、オレの捜索を後回しにして、キクのやつを救出するために向かったか?」

 

 松葉は誰もいない階を捜索しても仕方ないとヤドカリたちに命令を出す。

 

 1匹をキクが拘束されている階段の方へ。

 もう1匹を別の階へ。

 

 キクの方に向かったカメラが侵入者のうち女の方の姿を捉えた。

 

 女の方が、携えた箒の先に黒い球体を浮かべて、キクの体から何か黒い霧のようなものを吸い出しているようだった。

 

 松葉に届いた「寄生虫が駆除された」という信号を元に、ステータスを回復する治療系の能力だと推測する。

 

 だが、もう1人男の侵入者と船木の姿がどこにもない。

 

 階段の踊り場は狭い。

 近くにいれば姿が映るはずだ。

 

「どこだ? どこに消えた?」

 

 松葉は指がちぎれんばかりの勢いで画面をスワイプし、各フロアのカメラを切り替える。

 だが、画面に映るのは静まり返った迷宮の通路だけだ。

 

 落雷のような打撃音を伴う激しい振動の後に、松葉が潜んでいる場所すぐ近くの壁が内側へ向かって飴細工のように歪んだ。

 

 逃げようと足を踏み出した瞬間、二度目の衝撃が走る。

 厚さ数十センチの鉄筋コンクリートの外壁が、紙屑のように弾け飛んだ。

 

 逆光と粉塵の中、穴の向こう側から巨大な爬虫類が首を突き出した。

 昆虫の複眼のような眼がじろりと松葉を射抜いた。

 

 その後に、男の侵入者と船木がひらりと室内に飛び降りる。

 

「ったく、心臓に悪いわね」

「船木、こいつが松葉か?」

 

 船木は着地するなり、乱れた髪を掻き上げながら松葉を睨みつける。

 その顔は、奇襲の成功を喜ぶというよりは、ひどい乗り物酔いに耐えているそれだった。

 

「お前ら、なんで……ここは200メートル地点だぞ!」

「だからなんだ? 俺のドラゴンは空も飛べるし、塔の外壁に穴を開けるのも簡単だ」

 

 そういうことは聞いていないと松葉は心の中で毒づく。

 

 違う、聞きたいのはそういうことではない。

 どうやって自分の居場所を見つけ出した? 何故外から現れた?

 疑問は尽きない。

 

「乗り心地は最悪だけどね。お仲間さんから苦情とか出なかった?」

「それはよく言われる。だけど、奇襲作戦なんだから、我慢してくれ」

「人の話を聞けぇ!」

 

 松葉を無視して侵入者と船木が会話を始めたので怒鳴りつけた。

 人をバカにするにも程がある。

 

 だが、逆に考えればこれはチャンスだ。

 敵の方からノコノコと自分の射程距離内に攻めてきてくれたと。

 

 虫を扱うしか能力がないと油断をしている今こそが最大のチャンスだと。

 

 創り出すのは、この侵入者が破壊して出来たばかりの外壁を加工して作るゴーレム。

 

 まずは生物を操れる船木を、弱点である近接攻撃で仕留める。

 そうすれば、残った男の侵入者は寄生虫がトドメを刺せる。

 

 当初の予定から何も変わらない。

 

 松葉が能力を発動しようとした直後、腹から激痛が伝わってきた。

 痛みの正体は、腹に突然突き刺さった、なぜか飛んできたキツツキの激突だった。

 

「なんだこの鳥はぁ!」

「私の攻撃で一番速いやつ。どうせ何かやろうとしていたのは見え見えだから早打ち勝負で決めさせてもらったわよ」

「こなくそ!」

 

 松葉は痛みに耐えながらも能力を発動させる――その前に、端島が放ったパンチが頬にめり込んだ。

 

「お前の能力はわからんけど、手癖が悪いタイプっぽいし、このまま何もさせずに終わらせる」

「おいっ、ちゃんと知能バトルしろ」

「相手の得意フィールドに乗ってたまるか」

 

 端島の拳による追撃が顎にヒットし、松葉は昏倒した。

 

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