収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第32話 「熱々おでん」

 今の俺はパイプ椅子に腹のあたりを雑にビニール紐で縛られ、拘束されている。

 周りには屈強な顔をマスクで隠した男が2人。

 

「こうなった理由は分かるな?」

「またも独断専行で動いたことは謝る。だけど、これには事情があったんだ」

「ダメだ。許されない。拷問の時間だ」

 

 男の1人がプラ製の容器から、湯気が立ち上り、汁のしたたる塊を箸で取り出して、俺の口元に押し付けてきた。

 

「さあ、このアツアツおでんを食べろ」

 

 差し出されたそれが、唇に触れる。

 あっつい。

 

 そのままだと鼻に当たるので、仕方なく口を開いて一気にかぶりついた。

 

 口の中いっぱいに広がるだしの味。そして微妙に歯に引っかかる繊維。

 何度か咀嚼して飲み込むと、熱い塊が喉の奥を抜けていく感触があった。

 

「どうだ?」

「煮込みが足りないな。味がしゅんでないのはもちろん、大根は表面だけ煮崩れているのに、微妙に芯が残っている変な火の通り方をしている。つゆも醤油に頼りきりで塩分は濃いのに、味に深みがない。関東風にしろ、関西風にしろ、おでんの命はだしだ。一手間加えることで美味しさが変わる」

 

 大根の下処理が出来ていない、やや筋張っているなどの素材の話はコストとの兼ね合いもあるので、ここでは評価しない。

 

 ただし、いくら出来合いの市販品でも手を加えることで格段に美味しくなるのに、それを怠って温めただけなのは許容できない。

 

「言った通りでしょう。変なスイッチが入ったから、もう味の批評しかしないですよ」

「そこらのスーパーで買ったやつをレンチンしただけだし、これが限界だぞ」

「レンチンでも、耐熱容器に入れてワット数を調整した後に、余熱で味を浸透させる方法もあるはずだ。あと、だしは酒やみりん、顆粒だしで調整する方法もある。ヒガシマルのうどんスープは汎用性が高いので一家に1箱……いや、10箱ほど常備しておくと安心だ。今すぐにでもスーパーに行って買え。関東のスーパーにないのなら通販で買え」

「ほら、なんか語り出した」 

「ところで、さっきから何をやってるんだ?」

 

 俺と小森くん、カーターの3人の寸劇にようやく、端島からツッコミが入った。

 

 用意した拷問セットを片付けながら、状況を改めて整理する。

 

 東京タワー……と同じ場所に立っていた塔の制圧には無事成功した。

 そこで塔の防衛にあたっていた4人も、仲間になったかどうかはともかく、とりあえず和解することは出来た。

 

 4人を始末するために攻撃を仕掛けてきた松葉健(まつばたける)も拘束することが出来た。

 

 松葉は知略バトルがご所望。

 つまり、話し合いたいということなので、これからの尋問や説得もスムーズに進められると思っている。

 

 ただし、頂上階に設置されていたはずの何らかの設備は前日にどこかへ持ち去られていた。

 

 そのため、塔が何の役割を果たしているのかについては何も分からなかった。

 

 そのタイミングでカーターから電話が入った。

 

 柿原さんの調査結果……保土ヶ谷の公園に潜んでいる、塔に化けた謎の怪生物の情報の報告についての報告。

 

 そして、裏東京を今後どう対処していくべきかについて、小森くん、カーター、柿原さん、服部さんを含めて一度相談したいとの内容だった。

 

 そこで、合流したところ、俺が小森くんやカーターに黙って動いていたことを叱責されて、罰ゲーム……拷問が始まったというわけである。

 

「何の説明もなく連れてこられたけど、ここはどこなんだ? 結構広い豪邸って感じだけど」

 

 端島から当然の疑問が飛んできた。

 俺たちが今いる部屋はかなり広い応接室だ。

 

 質の良いソファーが何台も置かれており、普段から十人単位の来客が想定されていることが一目で分かる。

 

 天井から吊るされたプロジェクター用のスクリーンや、壁際に置かれた書架に並ぶ書物のタイトルなども、ただの応接室ではなく、会議室としての用途を考えてのものだ。

 

「協力者である議員の自宅です。と言っても、過酷な仕事が続いていて、ずっと議員宿舎の方に詰めたままで帰宅しておらず、ここが空いていると聞いて借りることにしました」

 

 東京タワーから連れてきた5人――

 

 船木小百合(ふなきさゆり)

 頂上階に居た少年と少女、木野一也(きのかずや)若林麻美(わかばやしあさみ)

 階段でオモシロ芸をしていたキクさん。

 

 そして虫使い、松葉健(まつばたける)

 

 ――この5人を警察や探偵に知られないところで、かつ、東京近郊で匿えるところとなると、協力者である市ヶ谷議員の自宅しかなかった。

 

 端島に説明した通り、議員宅は秘書が最低限の掃除以外に出入りする以外は全く使われていない。

 

 なので、2日間だけ、自宅をセーフハウスとして利用させて貰えないかと頼んだところ「快諾」してくれた。

 

「豆狸め」という言葉と舌打ちはあったが、あれはただのツンデレだと思う。

 

「今晩はここに泊まっていただきます。2階の書斎と一番奥の部屋以外は自由に使って良いらしいです」

「冷蔵庫もか?」

「秘書が片付けたので、今は消臭剤と保冷剤くらいしか入ってないですけどね」

「奥の部屋というと、学習机と制服がかかっていた部屋ですか? 誰か同年代の人がいるんじゃ?」

 

 合田たちは既に家の中のチェックを一通り済ませたようだ。

 

「そこは議員の娘さんの部屋なので、勝手に荒らされるのは困るとのことです。ご協力をお願いします」

「なるほど、今は出掛けているんですね」

「はい。出掛けています」

 

 この説明で合田たち女子組はみんな納得してくれたようだ。

 同年代女子の部屋に無断で他人が勝手に入るのは嫌だというのは分かるようだ。

 

「では、まずは情報源にいくつか質問してみようか」

 

 部屋の隅で拘束されている、虫の能力者にして、逢坂(おうさか)の協力者、松葉に近付いた。

 俺とは違い、本当に身動き出来ないようにロープで拘束されている。

 

 もっとも、能力を使われたらこんなロープなど何の役にも立たないので、ただの気休めだ。

 その気になれば、一瞬で切断されて逃げられるだろう。

 

 ただ、現時点でそれをしていないということは、戦力的に自分が圧倒的に不利な状況だと理解しており、逃げる気はないということだ。

 

「端島さんから説明が既にあったと思いますので、私から説明は省略します」

「黒幕と逢坂が繋がっていて、オレたちはただ利用されているという話だな。そんな話だけ聞かされて誰が信じるか」

 

 松葉は現状を理解しているにも関わらず、余裕の表情で不敵な笑みを浮かべた。

 

「そもそも、お前たちに与することで何が得られる?」

「元の世界を救えるチャンスがあります」

「そこだよ。お前らが勘違いしてるのは」

 

 松葉が睨みつけるような視線を俺に飛ばす。

 

「オレはもちろん、そこの船木も元の世界に未練はない。別に滅んだままでいいと思ってる」

 

 話題に出た船木の方を見ると、肯定の意味か頷いた。

 

「多分、キモ男についたメンバーはみんな似たような考えだと思うよ。麻美も木野も、ついでにキクさんも」

「キクさんじゃない。一文字だ」

 

 キクさんの言葉に反応するものは誰もいなかった。

 何事もなかったかのように会話が進行する。

 

「みんな、自分の家族や町が壊れたままで大丈夫なの?」

 

 梨本が尋ねるも船木は首を横に振った。

 

「いつか世界が壊れないかなと思っていたら急に壊れたのは望み通りってわけよ。だから現状に何の不満はない」

「わたしは嫌だよ、そんなの」

「あんたは嫌。私は嫌じゃない。それだけ。いや、ちゃんと不満はあるよ。せっかく異世界に来られた。ここでやり直せると思ったのに、世界は現実と何も変わらないんだから」

「そんな……」

「もちろん、私たちを侵入者もろとも始末しようとしたキモ男は絶対に許せないし、仕返しのために協力はしたいというのは本当の話。何か文句ある?」

 

 船木のように考える人がいてもおかしくはない。

 

 俺たちの世代でも、不満のある日本へ帰るよりも、異世界に残り続けて、新しい人生を生きる選択をした人たちは大勢いた。

 

 もちろん順風満帆とはいかなかっただろう。

 それでも、それぞれが満足な人生を生きた。

 

 この家の2階奥の部屋の主もそうだった。

 もう部屋に帰る者はいない。

 

 自分たちで選んだ道ならば、他人は否定出来ない。

 

「オレは船木と違って、逢坂を裏切るつもりはない。そもそも、オレが既定の時間までに帰らないイコール作戦が失敗したと逢坂に報告しているのも同じだ。お前らに対して次の攻撃が始まるぞ」

「自分が捨てられたとは思わない? キモ男が一緒に攻撃仕掛けてくるかも」

「仕掛けてくるだろうな。お前らを切る選択ができる非情な男が、作戦に失敗したオレを切らない理由がない」

「使い捨てのコマにされて満足?」

「オレたちは打算の関係だ。能力を示せば、まだ挽回すればチャンスはあるし、なんなら逢坂に代わってオレが主導権を握るチャンスでもある」

 

 松葉からすると、たまたま俺たちに返り討ちにあっただけで、別に逢坂に裏切られたわけではない。

 

 まだ逢坂との関係は残ったままなので、こういうスタンスになるのは当然だろう。

 

「そういうわけだ。オレにはお前らに協力するメリットはない」

「では、メリットがあれば協力してくれるんですね」

「ああ、もちろんだ。お前たちはオレにどんなメリットを提示できる? 金か? 権力か? オレは正義感では動かない。タダ働きなど問題外だ」

 

 そんなものはない。

 こちとら、ただのサラリーマンだ。

 

 何も与えられるものなどないし、チョイワルにーちゃんに与えるつもりもない。

 

 なので、論点をずらす。

 

「超強力なモンスターの情報を持っています。その制御権を奪えば、強力な力が手に入るでしょう」

「制御権……だと?」

 

 松葉の眉がピクンと動いた。

 超強力なモンスターという言葉と併せて興味を持ったようだ。

 

「待って、それってあの公園のやつ?」

 

 公園の調査を実際にした柿原さんが尋ねてきた。

 

「もちろんそいつ」

 

 柿原さんの言うとおり、保土ヶ谷の公園のアンテナに化けた潜んでいた尖塔のような怪生物のことだ。

 

 機械ではなく生物ならば船木や松葉の能力で制御出来るのではという目論見だ。

 

 もし、この2人が能力で制御することが出来れば、東京タワーから持ち去られた装置の行方を追う必要はなくなる。

 

 もし制御出来なくても問題ない。

 

 当初の予定通りに逢坂を含む実働部隊残り6人を無力化していくだけだ。

 

 それに、松葉が寄生虫を操って端島たちを攻撃していたのは事実だ。

 完全に味方に付けられると思えないし、そこまで信頼も出来ない。

 

 ただ、少なくとも攻撃を再開しないという約束くらいは取り付けておかないと、こいつの監視のために人手を取られる。

 

 ただでさえ人手不足の中、そんなことをしている余裕はない。

 

「こんなやつに渡したらとんでもないことにならない? 絶対ヤバいやつだよ!」

「ダメ元で言ってみただけですよ。今のところ、こちらの話は聞く耳持たないといった感じですし、だからといって、こちらから提示できる条件で出せそうなのは情報くらいなので。他の情報だと……」

 

 さすがに柿原さんとも付き合いは長い。

 今のわざとらしい説明を聞いて、俺の意図を察してくれたようだ。

 

 更に付き合いの長い小森くんとカーターは「またやってる」と当然のように呆れた顔をしている。

 

 それほど付き合いのない合田さんですら、俺が何かを仕掛けようとしていると察したらしく、様子を見守っている。

 

「まあ、松葉さんは船木さんと同タイプ。能力的には少し難易度が高い話かもしれませんし」

「みくびるな。オレの能力は船木以上だ。そこは訂正してもらおう」

 

 早速松葉が話に乗ってきた。

 

「語弊があり、申し訳ございません。松葉さんならば、制御のための何らかのきっかけを見つけることができると思います」

「分かればいい。話くらいは聞いてやる。そのモンスターはどんな能力を持っているか言ってみろ」

 

 はい、食いついた。

 

 柿原さんからの報告内容をかいつまんで説明する。

 

 尖塔のようなこの敵は、一般人から姿を隠す能力、見ただけで精神汚染を起こす外観、ヒトデのような形状のオプションを飛ばす能力を備えている。

 

 そして何よりも伝えたいのは、この尖塔のような形状の怪物は、関東圏にバラ撒かれたナノマシン的なものに命令を出して、世界を改変。裏東京を作り出しているという話だ。

 

 能力を説明する度に松葉が前向きになる。

 

 特に世界を改変の説明をしたところは露骨に食い付いた。

 

 少し離れた場所で我関せずを装っている船木も聞き耳を立てている。

 良い流れだ。

 

「以上の通り、ただのモンスターというよりも、神話に登場するような生物。災害に近いものです」

「話がどこまで盛られているのか分からん。判断は実物を見てからだ」

「受けていただけるので?」

「オレの能力は船木のような力任せではない。論理的に相手の能力を分析することで、更に強い制御権を得ることができる。なので、少しでも多くの情報が必要だ」

「分かりました。情報分析については私も協力します」

「その情報にはお前が嘘をついている、もしくは盛っている可能性を見極めるという意味も含まれている」

 

 ここで逆に牽制をかけていた。

 

 拘束されて戦力的に圧倒的に不利な状況だというのに姿勢を崩さないとは、やりにくい相手だが、面白くもある。

 

「それは実際にあなたの目で確かめていただけたらと思います」

「そこまで言うならば少しは期待しても良さそうだ。そいつを制御すれば逢坂がオレを口封じに来ても返り討ちにできるはずだ。お前らも力を貸せ」

 

 先程までは話を聞かないと言っていたやつが、俺たちと手を組んで逢坂と戦うという流れに乗っかった。

 

 あえて逢坂がこの偏屈な松葉を仲間に誘い入れたプロセスもおそらく同様で、このような論点ずらしを使ったのだと思われる。

 

 俺の思う方向に誘導されているのだが、本人は自分の選択だと思っているという心理的テクニックだ。

 

「カーター、悪いが車を出してくれるか? そのモンスターを実際に見てもらおう」

「ちょっと、本当に大丈夫なの? こんなやつにそんな強力なモンスターを与えるような真似をして」

 

 散々比較対象として使われた船木さんが不安を訴えてきた。

 

「心配なら船木さんも見ますか? 最強モンスター。同じ能力があるんですから、船木さんが制御しても良いんですよ」

「いや、私は見るだけ……」

「オレの方が船木よりも優秀なのだから、助けはいらんぞ。むしろ邪魔をするなよ」

「別に助けに行くわけじゃないんだけど」

 

 いちいち挑発を挟む松葉とそれに乗る船木。

 

 この2人を合わせれば、思わぬ化学反応を生むかもしれない。

 

「端島さん、松葉さんの拘束を解いてください」

「本当にいいのか?」

「少なくとも、公園のモンスターを確認するまでは暴れませんよ」

 

 端島と船木は不満があるようだが、それでも松葉の拘束を解いた。

 

 どの道、強引に脱出は可能だったのだ。

 

 こんなチャチなロープよりも、好奇心と約束で縛る方が確実に動きを封じてくれる。

 

「俺も行った方がいいか?」

 

 端島が質問してきた。

 

 やはり、船木や松葉が半分解放状態になるのが気になるようだ。 

 

「端島さんたちはここでキクさんや他の2人が逃げ出さないよう見張る役目ですよ」

 

 端島たちは留守番してもらう。

 

 キクさんのような戦闘力が高い上にまだ完全に信頼できていない能力者もいるのだ。

 議員宅側の戦力を手薄には出来ない。

 

「あと、傲慢と思われるかもしれませんが、あえて言います。私がこの2人に負けると思いますか?」

「私は戦わないから!」

「今は勝てん……今はな」

 

 松葉は本当にやりにくい。

 もう面倒なので神父が捕らわれている牢屋の隣にぶち込みたくなってくる。

 

「そう言われると仕方ないな」

 

 端島が留守番を納得したことで、話はまとまった。

 

「ラビさん、俺は柿原たちを自宅まで送っていこうと思うんですけど」

 

 今度は、小森くんが柿原さんと服部さんを帰すことを申し出てきた。

 

 今のところ戦闘力がない2人には、当面出来ることはない。

 念のために護衛を付けて、帰宅してもらうのは悪くない選択だ。

 

 柿原さんは小森くんがエスコートすることに満更でもなさそうだし、複雑そうな表情をしているのは柿原さんに気がある服部さんだけだ。

 

「ごめんね、私たちに能力が残っていたら何かできたのに」

「いえ、こちらこそ危険な任務を任せてしまい、申し訳ありませんでした」

「まあ、こっちが受けた話だし。ただ、埋め合わせは今度もらうから」

「はい、何か考えておきます」

 

 とりあえず柿原さんたちは小森くんに任せておけば大丈夫だろう。

 まずは、船木と松葉の2人をなんとかしたい。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 横浜市の保土ヶ谷の公園には、市ヶ谷議員の自宅から車で30分で到着出来た。

 

 ただし、公園には必要以上は近寄らない。

 

 まだ不明点が多いため、近寄って刺激を与えたくないのと、俺たちが「尖塔」の存在に気づいていることを「運営」並びに逢坂たちに伝えたくないからだ。

 

 公園近くの道路を車で走り、防音壁の隙間から少しだけ覗いてもらうのみにする。

 

 船木と松葉は最初こそ、近くで見られないことに不満を述べていたが、公園へ近寄るにつれて段々と無言になっていった。

 

 額には汗が滲んでおり、公園の方向を凝視したまま瞬きすらしない。

 

 だが、俺には何も見えないし、何も感じない。

 

 防音壁から覗くのは、何の変哲もない鉄柱の先にスピーカーとアンテナが付いた防災無線でしかない。

 

「具体的にはあの公園に何があるんだ? 俺には全然見えないんだけど」

 

 一応は見えているらしい、運転席で運転中のカーターに尋ねた。

 

「まあ、見えたり感じたりすると色々と健康に悪そうだし、見えないのが正解かもな」

「見える基準は何だよ?」

「魔力?」

「俺は一般人なので、そんなものはない」

「お前のような逸汎人(いっぱんじん)がいるか」

 

 そうは言っても魔力がないのは俺の責任ではないので、どうしようもない。

 

(そこらどうなってるんですか、結依(ゆい)さん)

《知らない》

 

 こいつ、融合してから全然役にたたんな。

 

 毒づくと、結依は俺の精神の中でふてくされ始めた。

 

 なんなんだよこいつ。

 本人もどうなるか分からなかったんだろうけど、消える消える詐欺とは一体何だったのか。

 

 仕方ないので。車の窓を開けて、使い魔一羽を空へと放った。

 視界を共有した使い魔から、すぐに公園の魔物の情報が伝わってきた。

 

 見た目は白い皮膚が張り付いた上に動物の眼球が生えたサンゴと言った感じだ。

 

 その表面にはいくつか五角形のヒトデのようなものが張りつき、それが表面から剥がれて手裏剣のように飛翔するようだ。

 

「なら、カーターが見ても平気なのはどういう理屈だよ」

「慣れだよ慣れ。今まで散々色々なものを見てきたんだし、今更こんなのが増えたところでだから何だと」

「確かにこの手の連中は何度も見てるしな」

「オレたちが慣れてるだけで、リアクションとしては、後部座席の2人が正しい」

 

 後部座席にいる松葉は何やらぶつぶつと呟いていて意外と元気そうだが、船木の方は明らかに顔色が悪い。

 

「気持ち……悪い……あんた達、よくこんなの見て平然としてられるわね」

 

 余程の脅威を感じているのだろう。

 ハンカチとペットボトルのお茶を渡した。

 

 船木は余程緊張していたのか、350ml入りとはいえ、ペットボトルのお茶を半分ほど飲み干した。

 そしてハンカチで汗を拭う。

 

「クッキーもいかがですか? 甘いものを食べると落ち着きますよ」

「それも貰うわ」

 

 クッキーを受け取ると一口で頬張り、残ったお茶を飲み干して、ようやく落ち着いたようだった。

 

「話は真実なようだな。確かに凄まじい力だった」

 

 松葉が額に浮かんだ汗を拭った。

 やはりそれなりのプレッシャーを感じていたのだろう。

 

「逢坂はこれを知っていて隠していた……このツケは高く付くぞ」

 

 だが、その顔浮かんでいたのは恐怖の表情ではない。

 

 どうやれば、制御権を奪えるか?

 奪った後どうすべきか?

 

 勝算はあるものの、現状では足りないものがあるが、それをどう調達すべきか?

 

 そんな顔だ。

 

「制御権を奪えそうですか?」

「やってみないことには結果は分からない。コンディション次第でいくらでも結果は変わる……そんな不確かな精神論に頼る気などない。オレは理論で動く。それには下準備が必要だ」

「必要なものがあれば教えてください。なるべく用意するようにします」

「チューナーだ」

 

 さすがに突飛すぎて言葉の意味を理解できない。

 もう少し追加説明が欲しい。

 

「チューナー? 何か電波の波長を合わせるような装置が必要ということですか?」

「チューナーとは、タワーの頂上階にあった機器だ。たった今まで、あれは何の効果があるのかわからなかったが『尖塔』を見て確信した。あの装置は、あいつに制御、命令を与えるためのもの。そいつと波長を合わせるためのチューニング機器。だからチューナー」

 

 一度言葉を切り、船木の顔を見た。

 

「お前はどう思う?」

「こいつと同じ結論。私も頂上階にあった謎の機器を見たから分かるけど、あれは通信装置だった」

 

 2人が共謀して嘘を付いているという可能性もある。

 

 だが、東京タワーの位置に何の意味もなくあんな塔が立っていたとも思えない。

 命令を与えるための機器ということの信憑性はある。 

 

「というわけだ。オレたちですら効果を知らなかった機器の効果を逢坂はなぜか知っていて、お前たちに渡したくなくて移動させた」

「では、その機器を取り戻せば、あの『尖塔』の制御権を奪えると?」 

「他にも問題がある。電源だ。あの機器はずっと電源が切れて動かない状態だった。電池か電源かがないと動かないんだろう」

「電源の話はまあ、その機器を取り戻してから考えましょう。まずは、逢坂がどこかに持ち去った機器をどう取り戻すかです」

「その通りだ。お前たちにはチューナーを提供してもらう。その代わりにオレはもうお前たちを攻撃しない」

 

 保土ヶ谷の公園の謎の敵……『尖塔』と、東京タワーの問題は何とかまとめて解決できそうだ。

 あとは、機器が今どこにあるのかと、どうやって取り戻すかというだけだ。

 

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