収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第35話 「大列車強盗」

 表の世界には飯倉交差点周辺に地下鉄へ降りる通路など存在しない。

 

 つまり、地下鉄の路線を使った貨物列車で荷を回収するためには、裏東京で地下に荷を下ろし、そこから表に出る必要がある。

 

 AM1時。

 前照灯が闇を切り裂いた。

 

 作業服姿の男の操るフォークリフトが、低いエンジン音と共に姿を現す。

 フォークの上には、小型の金属製コンテナが載せられていた。

 

 作業用のツナギを着た男、高野正(たかのせい)の誘導に従って、武藤衛(むとうまもる)がレバーを細かく動かし、金属コンテナを地面に下した。

 蓋を開けて荷物を積み込める状態にする。

 

「……妙だな」

 

 高野が周りを見回す。

 

「何がだ?」

「ここの守備を任せていたフンババの姿がない」

 

 高野は腰の懐中電灯を抜き、廃ビルの暗がりを照らした。

 

 内部には、立方体状の機器が4基、規則正しく並んでいる。

 高野と武藤が昨日運び出したばかりの機械だった。

 

「機械は無事だ。だが、フンババだけが消えている」

「あの怪物が命令を理解していたのか?」

「グガランナは従っている。フンババが例外である理屈がない」

「船木の線は? 出入り口から頻繁にコンビニに出入りしてただろう」

「あり得る。船木を侵入者と見誤って追いかけたか、それともコントロールを奪われたか」

 

 武藤がフォークリフトから降りようとしたところ、高野がそれを制した。

 

「荷は無事なんだ。予定通り積み込み作業を継続する。周囲の警戒は俺がやる」

 

 高野はフォークリフトの屋根部分に留具で引っ掛けていたスポットライトを降ろした。

 

 廃ビル内とコンテナを照らすようセッティングした後に、懐中電灯を頼りに暗闇へと歩いていく。

 

「油断するなよ」

 

 武藤は高野の背中に声をかけた。

 

「一瞬でやられなければ合図くらいは出せるさ」

 

 武藤が操るフォークリフトは手際良く廃ビル内へと入っていく。

 保管されていた機器を1基ずつ丁寧に運び出し、コンテナ内へ収めるという作業を、黙々と繰り返す。

 

 計画外の何かが起こっていることは間違いない。

 速やかに作業を終えて撤収したいところだが、ここでミスがあれば逆にタイムロスになる。

 

 焦る気持ちを抑えてレバーを慎重に操作する。

 フォークリフトのエンジン音と動作音だけが廃ビルに反響する。

 

 機器を全て詰め込んだところで、武藤は一度フォークリフトから降りた。

 コンテナに付いている落下防止のための簡易的な蓋を閉じる。

 

 作業を終えたところで高野が戻ってきた。

 

 懐中電灯は消され、代わりに小型のペン型ライトだけが足元を照らしている。

 高野の表情は、その弱い光の中でも険しさを隠していなかった。

 

 高野が親指を立てて背後へ向けた。

 

「そこの角でフンババが死んでた」

「誰がやった? 侵入者か?」

「分からん。だが、死体は酷い破損状態だった。野良モンスターに食われた分も差し引いて。相当強い攻撃だ」

「倒したやつが近くに居ると?」

 

 武藤は無言で汗を拭った。

 

 あの怪物を屠れる存在が、まだ周囲に潜んでいる。

 その事実だけで背筋が冷える。

 

「警戒レベルを上げる。列車にいる土間(どま)に無線は繋がるか?」

「地上と地下だ。無線が届くかわからん」

「ダメ元で呼びかけろ。あと、ライトはもう消せ。こちらの位置を教えているようなものだ」

「暗くて帰り道が分からんぞ」

「俺が誘導する。移動速度を抑えてエンジン音をなるべく立てるな。耳を頼りに付いてきてくれ」

 

 高野がスポットライトを回収し、来た時と同じくフォークリフトの屋根に留具でぶら下げた。

 武藤もフォークリフトの前照灯を消して高野の誘導に従って動き出す。

 

 高野が予備で持っていたペン型ライトの明かりで先導し、その頼りない明りで近くの立体駐車場の地下スロープを降りていく。

 

 静かな地下道内を、高野が落石を蹴飛ばして進路を確保する音と、フォークリフトのエンジン音だけが反響する。

 

 暗闇で視界が効かない中、走行するフォークリフトのタイヤが何かを……乾いた殻を持つ虫の群れのようなものを踏み潰した。

 暗いために何かまでは判別出来ないが、予想外の音に驚いてフォークリフトを停車させる。

 

「ここには虫が入ってきているのか?」

「外と近い場所だ。小動物がこっちの世界に紛れ込んでいるんだろう」

 

 前照灯なし、高野の小さなライトと音を頼りに進んでいるので、たとえ些細な音でも、大きな異常に感じる。

 

「たかだか虫に気負いすぎだ。クールダウンしていこうぜ」

 

 高野の言うとおりだと武藤は深呼吸して気分を改める。警戒に越したことはないが過敏すぎても問題だ。

 

 最下層まで降りたところで、今度は壁方向へ向かう。

 壁の一部のコンクリートは破壊されており、その先には細い通路が伸びている。

 

 その通路の中程から壁面には鉄道会社が設置したライトが埋め込まれていた。

 そこが表の世界との境目だとはっきりと分かる。

 

 これ以上何も起こってくれるなと思いつつも、通路を抜けると、その先に小型の貨物列車が停車している。

 

 本格的な貨物列車ではなく、トロッコに毛が生えた程度のメンテナンス用車両だ。

 

 それでも、鉄道用コンテナ数個やフォークリフトならば貨車に乗せて引っ張るくらいのパワーはある。

 

 逢坂の拠点へ荷を運ぶために、運転していた地下鉄会社の社員を拘束し、そいつに成り代わった土間が運転してきたのだ。

 

 これから地下鉄の路線を走って、逢坂が用意した倉庫まで、ちょっとした鉄道旅が始まる。

 

 高野が車両の運転席方向に手を振ると、了承の意味か、短く警告音が鳴った。

 

 その後、列車は少しだけ動き、空の貨車がフォークリフトの前にやってきた。

 武藤はレバーを操作して、機器を入れたコンテナをゆっくりと貨車の上に下ろす。

 

 高野が貨車の上に飛び乗り、金具とロープでコンテナを貨車に固定する。

 

 続いてフォークリフトも空の貨車に積み込み、同じように固定。これで作業完了だ。

 

「結局、襲撃者は来なかったな」

「油断するな。列車をハイジャックしてくる可能性も残っている」

「もちろん油断はしない。そのために俺達が控えているんだ」

 

 2人は貨車を牽引している先頭車両に乗り込む。

 

 腕時計を見ると、積み込み作業は30分で済んだようだ。

 計画に遅延なし。スムーズに進行している。

 

「終わったぞ、土間。出してくれ」

「ウキッ」

 

 運転席に座っていたのは仲間の土間ではなく、猿だった。

 2人の動きが凍りつく。

 

「なんで猿がこんなところに? 土間はどこに消えた?」

 

 土間が何かの攻撃で猿に変えられたということはないだろう。

 この猿は一体……。

 

「動くな!」

 

 暗闇の物陰から棒状の何かが高野のこめかみにめり込むほど強く突き付けられた。

 

「おっと、動かないでください。自慢ではありませんが、至近距離から放てば、人間の頭くらい軽く吹き飛びますよ」

 

 武藤の頭にも、同様に固い棒が突き付けられている。

 どちらも魔法使いの杖だということに気付く。

 

 高野は冷静に今の状況を襲撃者に列車をハイジャックされたと分析した。

 

「……列車はグガランナに守らせていたはずだが」

「牛のモンスターのことですか? それならもう倒しましたよ」

 

 武藤に狙いを付けている、女の魔法使いらしき人物が答えた。

 

「この短時間で?」

「同じような強さのフンババの死体を見ませんでしたか?」

「あれもお前たちの仕業か」

 

 フンババを倒せるならば、グガランナも倒せる。

 簡単な理屈だ。

 

 実際、障害を排除しているからこそ、こうやって高野や武藤に接近して脅しをかけてきている。

 

 脅しの内容に一切誇張はないだろう。

 至近距離から何の防御もないところに攻撃魔法を放たれたら、間違いなくフンババと同じ末路が待っている。

 

「土間はどこに消えた?」

「偽運転手ならば後ろで寝てます」

 

 それも真実だろう。

 だから、代理として猿が運転席に座っていた。

 

「降伏しろ。今なら殺しはしない」

 

 今度は聞き覚えのある男の声。

 先行して塔に向かったはずの松葉健(まつばたける)のものだ。本当に裏切ったのか?

 

「ミイラ取りがミイラになるとはな」

「ミイラになったつもりはない。単に利害の一致だ」

「キモ男……逢坂を倒すまでのね」

 

 女の声が聞こえたと同時に、運転席に座っていた猿が粒子になって消えた。

 

 猿の消滅を見て高野は確信した。

 タワーの警備を任されていた船木小百合(ふなきさゆり)の動物を召喚して操る能力だ。

 

 暗がりのため判別しがたいが、もう1人格闘家らしき人物がいつでも飛びかかれる位置に潜んでいる。

 

 味方は2人、敵は5人。

 圧倒的不利な状況だ。

 

「これだけの能力者に囲まれて、まだ勝てる自信がおありですか?」

 

 高野は武藤と顔を見合わせて頷いた。

 その瞳には絶望など微塵もなかった。

 

 どちらの魔法使いも人間に向けて殺意を持ってスキルを放ったことなどないだろう。

 その覚悟の違いが刹那の隙を生む。

 

「覚悟はとっくに出来ている!」

 

 武藤の言葉で高野も覚悟が決まった。

 闇を切り開いて勝利を掴む覚悟。それが勇気!

 

「そのために俺たちがいるんだ!」

 

 高野の全身の筋肉が岩のように盛り上がり、体表から眩い衝撃波が炸裂した。

 

 フォース・エクスプロージョン。

 周囲へ無差別に、暴力的なまでのエネルギー波を放出する高野のスキルだ。

 

「詰めを誤ったな! 俺たち相手に距離を詰めた自分の迂闊さを後悔しろ!」

「くっ、壁になる何かを」

「今更遅い!」

 

 狭い運転席内に強大な圧力の嵐が吹き荒れた。

 

 窓ガラスが衝撃で粉々に砕け散り、襲撃者たちの身体は容赦なく弾き飛ばされた。

 

   ◆ ◆ ◆ 

 

「武藤、無事か?」

「なんとかな……まさか、至近距離でお前の爆発を食らうとは思わなかったが」

 

 白煙が立ち込める中で2人の男が立ち上がった。

 

 武藤が爆発を至近距離で受けてボロボロになった作業着とシャツを身体から引き剥がしながら、筋肉隆々の裸身から青白い光を放った。

 

 新たな攻撃スキルかと警戒したが、どうも様子が異なる。

 

回復能力(ヒール)。これで元通りだ」

 

 武藤のスキルの1つは回復能力らしい。

 

 高野が至近距離に仲間がいるのに、躊躇せず、無差別攻撃スキルを使ったはずだ。

 傷ついてもすぐに治せる見込みがあったからだ。

 

 ズボンが破れていない理由は多分、気にしたら負けだ。

 

 まずは状況の確認だ。

 

 探偵事務所の倉庫から持ち出された品はもちろん、塔から運ばれた機器は渡せない。

 俺たちはそう決断したが、塔からの機器は重くて運ぶ手段がない。

 

 それならば、回収にやって来た連中に貨物列車に運んでもらい、その列車をハイジャックしよう。

 

 そのように計画した。

 

 列車を守っていた牛の怪物を瞬殺。

 運転手に成り代わっていた男を捕縛したところまでは良かったが、回収部隊の1人、高野の思わぬ抵抗で総崩れになった。

 

 反省会は後回しだ。

 今は立て直しに全力を注ぎたい。 

 

 船木と松葉は瞬時に何かを召喚して防壁にしたようで、なんとか身を起こすくらいは出来ている。

 

 合田は防御スキルを持っていないことを知っていたので、俺がギリギリ(シールド)を展開してガードした。

 

 だが、その盾は雲散霧消している。

 

 重機関銃の掃射にも耐える盾とはいえ、流石に至近距離からもろに敵のスキルを受けては限界を越える。

 

 果たして合田は無事なのか?

 

 自己回復スキルで傷を既に完治させている梨本が、合田の様子を見るために駆け寄っている。

 

「知らないやつが1人増えてるな。こいつは射程外にいたからか無傷か」

 

 これは、車両の後ろで土間を拘束していた端島のことだろう。

 爆発に気付いて慌てて奥から戻ってきたようだ。

 スキルの射程外にいたので当然無傷。

 

 そして……高野の目が俺と合った。

 

 衝撃波の直撃を受けて粉々になった箒の残骸を投げ捨てる。

 ホームセンターで買ったばかりの現地調達品ではあるが、破壊されて気分が良いわけなどない。

 

 何度か拳を握っては開く運動を繰り返す。

 各関節の動作に支障なし。

 結論から言うと――

 

「――無傷!?」

 

 外套の埃を払い落としながら、衝撃で線路上に飛ばされた黄金剣を拾い上げる。

 

「瞬時に何らかの防御スキルで防いだな。手強いぞ」

 

 残念ながら買いかぶりだ。

 盾は合田を守るために使用したので俺は無防備だ。

 

 ランクアップと限界超越。

 2度のパワーアップをしてことによる身体の強化と、限界超越時に生えてきた白い外套の防御力が高野が放った技の攻撃力を上回った。

 

 たったそれだけのシンプルな理由。

スペックでは勝ったが作戦では負けた。それだけだ。

 

 さて、問題はここから。

 殺害ならば簡単だが、生かした上で動きを封じるとなると難しい。

 

 とりあえず牽制攻撃で、相手の手札を場に出させることが優先だ。

 

 鳥の使い魔5羽を召喚。

 

 ただし2羽は背中側に出して、1羽は肩で待機。

 3羽の使い魔を召喚する能力と見せかけた上で、そのうち2羽だけを回転させながら前へ飛ばす。

 

 俺の最初の対人戦である眼鏡マン戦で使った戦法だ。

 

 まずは厄介な高野を仕留める。

 そのつもりで歩みを進めたところ、武藤が前に立ちはだかった。

 

「俺が出て、丸裸にしてみせる」

「女子を丸裸するとは卑猥ですね」

「グレネード級の爆発を至近距離で受けて無傷の女子などいるものか、この化け物め」

 

 上半身裸の武藤が足元からマンホールのような丸い盾を拾い上げた。

 

 元々は紐などで固定していたのだろうが、先程の高野の自爆でそれが破壊され、地面に落ちたのだろう。

 

「プロテクトウォール!」

 

 武藤の叫びと共に盾の前に青白い粒子で構成された円形の壁が出現した。

 防御系のスキルか?

 

 鳥を操り、敵の防御スキルの外へ移動させる。

 

「誘導弾のようだが、甘かったな。形態変化、(ネット)!」

 

 武藤の叫びと共に盾の前に展開していた「壁」が解けた。

 

 隙間のある網状に変化して大きく広がり、鳥の使い魔を捉えた。

 網に捉えられた鳥はそのまま霧散、消滅する。

 

 回復能力に変化する壁……こいつは小森くん互換の能力か?

 

 そうならば、個人に3つある能力のうちもう1つは武装の強化である可能性が高い。

 

 小森くんは(レア)キャラだけあって、能力そのものは平凡だ。

 

 悪い言い方をすれば、同系統の能力持ちが多々いる、量産型のザコキャラである。

 

 小森くんは、その平凡な能力を最前線で戦えるまで鍛え上げたが、こいつも同じパターンだ。

 

 平凡な能力を鍛え上げて、組み合わせることで上位能力に勝るとも劣らない力へと昇華させる。

 

 それでいて、基本的には単純な能力なので、種が割れたところで、特にデメリットはない。

 

 とんでもなく頑丈な壁が破られると隙が出来るというのは弱点と呼べるのかという話だ。

 

 ほぼ無傷の高野ではなく、負傷している武藤が向かってきたのはそれが理由だろう。

 完全に出し得の能力で、俺の能力の種を暴けば、後で高野が有利に戦えると。

 

 高野は武藤が自分のスキルに耐えられると信じて自爆技を披露した。

 武藤は高野のために自分が捨て鉢になってでも、敵の能力の正体を暴くと挑んできた。

 

 お互いに仲間を信じての行動。

 

 最期まで諦めずに活路を切り開く勇気と覚悟……こういう少年マンガ精神(マインド)な熱い連中は決して嫌いではない。

 

 だが、こいつが暴れる限りは、どんどん仲間が傷ついていく。

 合田たちの負傷も気になる。

 無力化させてもらう。

 

 この武藤の攻撃が小森くん互換ということであれば、次の攻撃はだいたい予想できる。

 

 武藤の盾が青白い光を放った。

 武装の威力強化スキル。これも予想通りだ。

 

 当然、そこから繰り出される攻撃は、強化スキルと決して壊れない「壁」の二重強化による「盾」の攻撃。

 

 そして――

 

 武藤が盾の裏側に付いている取っ手を右手で掴んで引っ張ると、重々しい金属同士が擦れ合う不快な音が静まり返ったトンネル内に響き渡る。

 

 盾の厚みからは想像もつかないほど太く、長い無骨な鎖が、まるで異次元から溢れ出すように体積など無視して次々と引きずり出されていく。

 

 どこに入っていたのかは気にしなくていい。

 どうせ理屈など分からないのだから。

 

 武藤の予備動作など無視だ。

 左手には黄金剣、右手にはバルザイの偃月刀を携えたまま歩いて接近する。

 

 武藤は鎖の端を持ち、頭上で投げ縄でも投げるように高速で回転させ始めた。

 回転速度を上げるごとに、猛烈な風鳴りへと変わっていく。

 

 遠心力に耐えかねた鎖が、武藤の筋骨隆々とした腕をミシミシと鳴らし、周囲の空気をかき乱した。

 

 遠心力で加速した「盾」は、空気を切り裂く咆哮を上げ、文字通り目にも留まらぬ速さで迫る。

 

 2つのスキルの掛け合わせ。

 巨躯と呼んでいい恵まれた体格と溢れる筋肉から放たれる「盾」の遠投。

 弱いはずがない。

 

 俺の身体能力では避けることも、剣で切り払うことも、それどころか目で追うことすら出来ないだろう。

 

 だが、強化+壁+武器の組み合わせによる攻撃は小森くんが何度も見せてくれた攻撃だ。

 たとえ視覚で追えなくとも動きは読める。

 迎撃出来る。

 

 先ほども言ったとおりだ。とんでもなく頑丈な壁を破壊すれば隙が出来る。

 

「真っ向勝負ってわけだ。いいぜ、真正面から粉砕してやる!」

「来い!」

 

 超音速に達したであろう「盾」が放たれるも、刹那、俺に到達する前に、空中で突然発生した猛烈な爆発に巻き込まれて、はるか彼方へ吹き飛んでいった。

 

「……えっ?」

 

 武藤と、すぐ後ろで俺の観察をしていた高野は何が起こったのか理解出来ないのか、間抜けな顔を晒したまま、動きを止めた。

 

 圧縮極光。

 通常は熱と衝撃を伴う光線を放つスキル、極光を収束させて、特定の一点、瞬間的に集中させて爆発させる。

 

 威力が上がることもさるものながら、最大の特性は、速度が「光速」ということだ。

 

 相手が音速だろうが雷速だろうが、余裕で撃墜出来る。

 

 攻撃力も、割と上級の悪魔が即死するくらいある上にノーモーション、事前動作なしでの発動が可能。

 

 欠点は、再使用までのインターバルが長いことと、俺が目標の位置を捉えられないと当てられないことだが、デメリットを説明する必要はない。

 

 素早く武藤の懐に飛び込み、黄金剣で斬りかかる。

 

 武藤もさるもの。

 すかさず反応して腕で防御姿勢を取るが、そこに攻撃を防ぐ盾は装備されていない。

 今の爆風でどこかへ吹き飛んでいったからだ。

 

 ガードの上から武藤の肩の腱を切り裂く。

 

 更に右手の短剣で手早く五芒星……旧神の印(エルダーサイン)を刻み込む。

 

 こちらは人外の生物や魔術に対しては強力な封印効果があるが、人間に刻んだところで効果は薄い。

 だが、スキルの効果を低下させることくらいは出来る。

 

 泥仕合になりかねない回復能力(ヒール)の阻害。

 

 追撃で、温存させておいた鳥の使い魔2羽を、油断し切っていた武藤のアキレス腱に直撃させた。

 

 四肢封じ。

 こいつは当分戦闘不能(リタイア)だ。

 

「バカな! 傷が……塞がらない……ッ!」

 

 刻まれた五芒星が、武藤のスキル効果を弱体化させていた。

 

 完全に封じているわけではないので、傷はわずかずつ塞がり始めているが、治癒速度は著しく低下しており、回復の進行は視認しづらい。

 

「武藤!」

「俺に構うな! やれ!」

 

 最後の一羽が武藤の顎にクリーンヒットし、巨体が糸の切れた人形のように線路上へ崩れ落ちた。

 

 これで、旧神の印に一定の効果は確認出来た。

 

「もう一人は任せましたよ!」

「応!」

 

 梨本の飛び蹴りと端島の剣が、ほぼ同時に高野へ向かう。

 

 視界の端で、倒れたままの合田が右腕を上げるのが見えた。

 なんとか盾の防御が間に合ったようで、致命傷は免れてくれたらしい。

 

 とはいえ、ここで再度高野の自爆スキルが発動すればさすがに持たないだろう。

 合田を肩に担ぎ、即座に安全圏へ移動する。

 

 意識はあるが、呼吸は荒い。

 治療を急がなければ危険な状態だ。

 

「船木さんと松葉さんもここから離脱を。2発目が来たら終わりです」

「無理だ……すぐに立ち上がれるか!」

 

 呼び掛けに対し、二人は立ち上がったものの、その場から動けないようで、力なくその場に座り込む。

 しばらくは自力歩行は不可能と判断する。

 

「スキルを使える体力があれば……あんた、ショップのタブレットは持ってる?」

「残念ながらこの通り」

 

 松葉が上着のポケットからタブレット端末を取り出すも、画面が粉々に割れており、内部の機械が露出している。

 とても正常動作は望めない。

 

「松葉さん、なんとか虫を出せないですか?」

「そんなコンディションじゃあない」

「無茶を承知でお願いします。後ろの貨車、拘束している土間というやつが同じタブレットを持っていたはずです」

 

 頼みの綱はショップ機能を使えるそのタブレットだ。

 手元には銀色のメダルが2枚を使って、体力の回復が出来るはずだ。

 

「物の回収だけならなんとか……」

 

 松葉の腕から溢れ出した無数のアリが、後部貨車のコンテナへ向かう。

 今の松葉の体力だとそれが限界なのだろうが、今はそれで十分だ。

 あとは時間との勝負だ。

 

「再攻撃前になんとか間に合うか?」

 

 戦闘の方に視線を戻す。

 

 梨本の動きが空中で止められ、そのまま空中で不自然なスライド移動で端島へと叩きつけられる。

 

 続けて、爆発で生じた列車の残骸が宙を舞い、2人を襲う。

 触れずに物を動かす念力系の能力か?

 

 梨本に向かった鉄塊は全て叩き落されたが、端島の方は迎撃に失敗し、一部を避けられずに傷を負った。

 

 だが、先程の自爆技に比べると威力は格段に低い。

 種が割れていれば対処もし易い。

 

 先程の自爆技を再度使用するための時間稼ぎであることは明白だ。

 

「また爆発するつもりか? その距離だと、そこで倒れている男も巻き込むぞ!」

「武藤は俺に構うなと言った。その覚悟は確かに受け取った!」

「バカなことを!」

「部外者が俺たちの絆の力を侮るなーッ!」

 

 (シールド)では完全に防ぎきれずダメージを受けることは先程の攻撃で分かっている。

 それでもやらないよりはマシだ。

 なんとか耐えてくれるかもしれない。

 

 ……否、解決方法は分かっている。

 一撃必殺でこいつの生命を絶てばいい。

 

 やるしかない。これは覚悟の問題だ。

 

 そう決断し、増幅魔法陣を形成しようとしたところ、背後の船木が身を起こした。

 

「なんでバイアクヘーでガードしないの!」

 

 船木の叫ぶような呼びかけは端島に向けてのものだった。

 

「ここじゃビアーキーは喚べない。狭くて動かせないし加速出来るスペースもない」

「部分召喚! 全部出すんじゃなく、体の一部だけを出す!」

「そんなことが?」

「私がスキュラの狼だけ出してたのを見たでしょ。それと同じ。風を起こして敵を吹き飛ばせば!」

「できるわけ――」

「――できなきゃ何人か死ぬ! 私も死ぬ!」

 

 さすがに無理だ。

 

 雑なアドバイスを言われたところで急に新必殺技のようなものが出来るわけが――

 

「――こうか? こうだな!」

 

 端島の腕の先から鞭のような長い生物の部位……ビアーキーの尾が出現していた。

 

「……やはり天才か」

 

 このタイミングで、雑すぎるアドバイスから能力を発動させた端島に対しては、そんな陳腐な感想しか出てこなかった。

 

 出会った時からそうだった。

 

 自分は選ばれた英雄だという妄想など、思い込みは激しかったが、理屈立てて話せば聞き分けるし、アドバイスを素直に受け入れる。

 

 育ちの良さ……もとい、切り替えの早さ。

 自分は最強だという思い込み……意志の強さが成長に繋がる。

 

「風をまとえ、ドラゴンテイル!」

 

 端島の物質に風をまとわせるスキルが発動し、ビアーキーの尾にまとわりついた。

 

 端島はその尾を、先ほど武藤がしたように頭上で投げ縄のように振り回し始めた。

 

 尾に風がまとわりつき、周囲の空気が急激に荒れる。

 渦が生まれ、暴風へと変わった。

 

 尾を鞭のように前方へ打つことで、一気に解き放つ。

 

「吹き飛ばせ!」

「全部吹き飛べ!」

 

 端島と高野のセリフはほぼ同じ。

 

 ただ、高野は全員の抹殺のため。

 端島は仲間を救うため。

 

 端島の上から伸びた尾から圧倒的な風圧が前方を薙ぎ払う。

 高野の全身が闇の奥へ吹き飛ばされるのと、全身が青く発光するのは同時だった。

 

 直後、重量物が壁に叩きつけられる音と振動が遅れて届く。

 

 路線は緩やかにカーブしている。

 だが風は通路の構造など無視して直進し、高野をそのまま壁へ叩きつけたはずだ。

 

 しばらく待つが、壁に叩きつけられた高野が戻ってくる気配はない。

 

 おそらく壁に叩きつけられた衝撃が大きく、意識を失うか、立ち上がれないほどのダメージを受けたのだろう。

 

 そうしているうちに、こちらでも動きがあった。

 

 無数のアリが土間の所持品の中から、タブレット端末を運んできたのだ。

 

「見つけたぞ、ショップ機能を使える端末だ」

 

 これさえあれば全員の治療が出来る。

 ギリギリではあるが、俺たちの勝利だ。

 

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