船木の操る猿がレバーを器用に操作して貨物列車を動かし、正規の路線とは異なる副本線へと入っていく。
何故猿が運転しているのかを、ようやく理解できた。
船木が喚び出せる動物シリーズの中で人間のように腕を使って細かい操作を行えるのが猿だけだからだ。
お猿の列車は、一般人がおおよそ知ることのない路線を進み、狭いトンネルの中を抜ける。
到着したのは、古く薄暗い蛍光灯がぼんやりと照らし出す駅のホームだった。
ブレーキが軋む音を立てて列車は停車した。
駅のホームのコンクリは黒ずんでおり、相当昔からこの秘密の線が何らかの目的で使われてきたことが分かる。
世間に公表されていない秘密の駅。
作成当時は、何か災害発生時に貴重な文化財などを外部へ退避させる役目などがあったのだろうが、これを悪用すれば、犯罪に使い放題というわけだ。
貨物列車が文科省の地下通路に到着すると、黒いスーツの上に上着を羽織った男たち4人が近付いてきた。
船木がタブレットで確認するが間違いない。
グッドフェロー、クリス、グレイブ。
リストの中に3人の名前が灯る。
もう1人の正体が分からない。何者だろうか?
「役人の人じゃないのかな?」
目の良い梨本が正体不明の1人を見ながら言った。
「割と立派なスーツを着てるように見える。年齢もかなり上だし」
「逢坂たちは完全に部外者なので、文科省の職員が立ち会いに出てきたというのはあり得る話です。もう少し情報はありますか?」
「この暗さだとそこまでわからないかな」
実際、ホームの照明は天井付近に埋め込まれた蛍光灯の明かりだけだ。
梨本の目で見えなければ、他の誰にも判別できない。
だが、不確定事項が1つだけで計画を中止にするほどではない。
油断はしないが、今は注意を払うのみの対応としておこう。
「約束は分かっているな。お前たちは露払いだ」
「分かってる。俺たち4人でクリスとグレイブの2人を相手にする」
「予定変更で。私がオオカミを出して、後ろの不明なやつを狙う。その間にあんた達を含めた5人で2人を潰す」
船木が会話に割り込んできた。
こいつも「逢坂を一発ぶん殴りたい」と共同戦線への参加を表明してきた口だが、意見が変わったのだろうか?
「さっきの爆発野郎みたいなパターンもあるし、油断はせず、戦力は固めて潰すべき」
「なら、逢坂のやつを制圧するのはこちらに任せるということか?」
松葉はあくまでも逢坂が目的に変わりはないようだ。
逢坂は戦闘用の能力を持っていないらしいので、力づくでの制圧ならば比較的簡単だろう。
ここは松葉に任せよう。
幸いにも、敵は単に列車で運ばれてきた荷物が搬入されるのを確認に来ただけのようだ。
手に武器はなく、スーツの上に羽織っているのも11月末早朝の寒さを凌ぐための単なる安物のジャケットだ。
能力さえ使わせなければ、脅威になりえない。
「ここの場所は文科省……いわば、政府機関の地下です。あまり長引かせると、社会的に悪人になるのはこちらです」
「逢坂たちを倒したら速やかに撤収。それでいいんだな」
「はい。防犯カメラなどの私たちの襲撃の記録を残す機器は私が潰します。だから、皆さんは速攻を。突撃タイミングは端島さんに任せます」
まずは作戦の第一段階。
貨車に飛び移り、積載しているフォークリフトの屋根に乗せているスポットライトを光量全開にして、薄暗いホームへ向けて照射した。
高野たちが用意した暗所作業用のものと、カーターから借りた、魚をおびき寄せるための夜釣り用のスポットライト。
暗さに慣れた目に突然この爆光を浴びせられて、目がくらまない人間などいない。
ホームにいた4人が目を手で覆ったのが攻撃開始の合図だ。
「全員総攻撃!」
端島の号令で先頭車両に乗っていた5人が飛び出した。
同時に、俺は俺にしか出来ない仕事をこなす。
鳥の使い魔を喚び出して敵に気付かれないように壁ギリギリを這わせるように飛行させた。
慎重かつ最速でカメラを探し出し、速やかに破壊する。襲撃の映像が残れば負けに繋がる。
「合田チャン、強化を!」
「分かっています!」
合田が強化スキルを発動。梨本の靴に青白い光が灯る。
更に梨本本人の脚力強化スキルが発動。
逢坂の付き添いの1人へ、スキル二重効果で強化された梨本の鋭い蹴りが刺さった。
「なんの」
敵もさる者。
後方へ飛ばされつつも、空中で身体を回転させてなんとかバランスを取ろうとする。
だが、二重強化された梨本のスピードがそれを上回った。
一足飛びで飛ばされた男に追いつき、更に回し蹴りを決めて、低い天井へ叩きつけた。
経年劣化で傷んでいたであろう天井の構造体の一部、そして不幸にもその位置に固定されていた防犯カメラがひび割れ、崩れて落ちていく。
「襲撃者!?」
もう1人の男が反応して懐へ手を差し入れた。
スーツの中に拳銃でも隠していたのだろうか?
だが、一手遅い。
「ドラゴンウイング!」
端島がビアーキーの一部……翼だけを部分召喚。
トンボの羽のような透き通った羽が高速で振動すると強風が吹き荒れ、男がバランスを崩した。
なんとか転倒するまいと両手を広げた男に1メートル以上の大きさの狼がのしかかった。
押し倒したところへ端島が剣を抜いて首元へ突きつけた。
「抵抗は無駄だ。降伏しろ!」
「それが甘いって言ってるでしょ!」
狼がスーツのボタンを食いちぎり、服の下に隠されていたガンホルダーから大口径の拳銃を器用に咥えて抜き取った。
拳銃をホームに投げ捨てると、後ろ足で猛烈に男の脳天を蹴り飛ばす。
「ちゃんと戦闘不能にしないと、またあの自爆男みたいに至近距離で自爆を食らうわよ」
「俺は食らってないんだけど」
「私が食らったの!」
敵に何もさせず秒殺。
これならば、高野、武藤戦の轍を踏むことはない。
「拳銃!? あんたたちは一体……」
後方にいた正体不明の人物……壮年の男が、ホームの上に転がり落ちた、鈍く金属光沢を放つ拳銃を見て後ずさった。
この反応は一般人だろうか?
だが、その反応だけで油断は出来ない。
男に狼3頭が迫り、周囲をグルリと取り囲む。
ただし、こちらは何もしない。
鋭い黄金の目を向けて威圧するような低い唸り声をあげながら、周囲を歩くのみだ。
「お前も降伏しろ。無駄な抵抗をやめれば、生命までは取らない」
「松葉か?」
取り巻きの2人が瞬殺されて何も出来ずに棒立ちしていた男……逢坂の前に松葉が立ちはだかった。
「どういうことだ? 何が起こっている? 説明してくれ!」
壮年の男がまた叫ぶように言った。
「あんたらは大臣のところで働いている……違うのか? 私を騙したのか?」
「いえいえ、ボクたちは確かに大臣のところで働かせていただいております、サポーターですよ」
逢坂が眼の前の松葉を無視して壮年の男に答えた。
「その方は部長さんですよ、テロリストさん」
「オレたちがテロリストだと?」
「実際その通りですよ。ボクたちは何もしてないのに、突然暴力を振るって襲いかかってきた。この光景は誰が見てもテロリストです」
逢坂はまるで舞台演劇の主演のようにわざとらしく芝居かかった動きで駅のホーム上部を向き……目を剥いて固まった。
丁度、俺が放った使い魔が、最後の防犯カメラを粉々に粉砕して、その残骸を運んでいる最中だったからだ。
「防犯カメラ7基、警報機2基でしょうか? カメラ7基はやりすぎだと思います」
破壊活動に成功した使い魔たちに残骸を掴ませて、全て手元に呼び戻す。
リアルタイム配信が可能なWebカメラと、固定式の防犯カメラの残骸がある。
残骸を回収させたのは、内部にSDカードやフラッシュメモリなどの保存媒体が残っている可能性を考えてだ。
逢坂が自分の身を守るために、常に動画で周囲の動きを撮影し、それを公開することは予測できていた。
その映像を使い、「自分たちは大臣の護衛だ。やましいところなど一切ない」と公表されたら、世間の敵になるのは俺たちの方だ。
松葉は塔で俺たちの動きを監視するために、無線で映像をリアルタイムで確認出来るカメラを複数使用していたが、それがヒントになった。
松葉と協力関係にあった逢坂も、同様にカメラを有効活用しない理由がない。
現代社会で情報は強力な武器だ。
「防犯設備を……カメラを……全部破壊したのか?」
「全部ですかね? まあ、見える範囲のカメラは一掃しましたよ。死角には残っているかもしれませんが、それはさすがにいいでしょう」
手元でスマホのWi-fiを確認するが、カメラが発していそうなSSIDはもう残っていない。
ミッションコンプリートだ。
「これらの粗ゴミは私たちの方で分別して処分しておきます」
「なるほど、カメラという監視の目のない場所での決着をご希望だと」
逢坂が受けて立つとばかりに身構えた。
だが、松葉から、逢坂は戦闘用の能力を全く持っていないと聞いている。
ならば、この戦闘姿勢はただのハッタリ……否、何か仕掛けた罠を発動させるトリガーだと考えていい。
たとえば、そこの文科省の部長とやらに何かが仕掛けられていて、殺傷される。
その犯人を俺たちになすりつけるなどだ。
「乗っては行けません。おそらく、カメラ以外に逢坂が仕込んだ罠が他にもあるはずです。この場で戦いを続ければ、不利になるのはこちらです」
どうやら図星だったらしい。
逢坂が悔しそうな顔で俺を睨みつけた。
「なら、見逃せというのか?」
「いえ、相手の有利な環境から、こちらにとって有利な場所へ移動するだけです」
俺は背後に停まったままの列車を指差した。
今は逢坂を連れて違い場所に移動するための乗り物がある。
せっかくなので、これを使わせて、罠も仕掛けもない、俺たちの有利なフィールドへ移動するのがベストだ。
「逢坂だけを列車に乗せてください。そこの2人と拳銃はホームに転がしたままで」
「それでいいのか?」
「はい。文科省の地下でよく分からない連中が暴れたのですから、これは間違いなく事件です。なので、ここから先は警察に処理してもらいます」
「襲撃者が警察を呼ぶ?」
「はい、悪いことをしたらおまわりさんが来ると教わりませんでしたか?」
手袋をはめた後に、逢坂のスーツからスマホを奪い取った。
「拳銃も持っているみたいですね」
「それはオレが没収しよう」
「ついでに、他にも電子機器を隠しているかもしれません。可能な限り、没収してください。相手の手札を減らすほど、こちらが有利になります」
「電子機器……電波を出しているものを検知すれば良いのか」
松葉が逢坂の身体検査を始めた。
先ほどの男が持っていたのと同じ大口径拳銃はまあいい。
スマートウォッチもまあ分かる。
ネクタイピン、ベルトのバックル、万年筆、財布にねじ込んでいたカードらしきもの、靴底に詰めていた小さいボタン状の機械。
一見すると何の変哲もない品ばかりだが、松葉が床に叩きつけて壊すと、中からは半導体部品が次々飛び出した。
それぞれが何かしらの通信機能、もしくは他の機能を持つ電子機器だ。
「こんなのどこで売ってるんですか?」
「さあな。ただ、これで何かをやるつもりだったのは間違いない」
身体検査をしていなければ、これらの電子機器を組み合わせて何かをやろうとしたことは間違いない。
「こっちも拳銃を隠してたよ」
梨本が蹴り飛ばした敵の懐から同様に拳銃を見つけ出した。
逢坂や先ほどの男が持っていたのと同じ大口径拳銃。
「44口径拳銃……魔法的なものではないようですが」
合田が銃の分析を行った。
拳銃の種類には疎いが、警察が持っている銃よりも明らかに口径が大きく、日本国内では入手困難な品であることは分かる。
こいつの入手ルートを追うだけで、かなりの大捕物に発展するだろう。
「なんだお前たちは……け、警察に通報するぞ!」
壮年の男がそう言ってくれたので助かる。
逢坂から没収したスマホから電話を掛ける。
掛ける先は、ここから2つ先にある、桜のマークが特徴のビルだ。
以前に
ここならば、普通に110番通報するよりも、間違いなく融通が利く。
ある程度、こちらの事情も把握した上で動いてくれる……はずだ。
スパイの存在だけが懸念事項ではあるが、そこを心配していても仕方がない。
「警視庁に繋がっています。通報をお願いします」
「えっ?」
「私たちはこの反社会的組織と敵対している組織の一員で、見ての通り抗争中です」
男と話している間にも、端島たちは早くも撤収準備を始めている。
逢坂も松葉が拘束して列車に乗せた。
「文科省のそれなりの役職者だとお見受けしますが、ここの駅は一般公開されている場所ですか? 世間に公表しても大丈夫でしょうか?」
「い……いや……」
「電話が繋がった先は、警視庁の中でも、この手の話が通じる部署です。同じ霞が関の仲間のよしみで、良いように処理してくれます」
「騙されんぞ。どうせ掛かっている先も反社会的な組織の部署なのだろう」
「では、私が代わって通報しますね」
まずは現在位置と詳しい状況を伝えた後に電話を切った後に、コンクリートの床に叩きつけた。
更に極光を放ち、粉微塵に破壊する。
何か仕込みが有ったとしても、これならば発動出来ない。
「お前は……お前たちは何者だ?」
よく考えると、この土曜深夜にわざわざ出勤してきて、こんなところで怪しい連中に付き合っている、この壮年の男。
状況からして、ほぼ間違いなく唯野の上司だ。
下手をすると唯野の結婚式のスピーチで鉢合わせである。
さすがにそれはシャレになっていない。
幸い、このホームは薄暗い上に、列車から爆光スポットライトで照らしているので逆光で顔はまともに見えていない。
何か適当にリアル情報と結びつかない名乗りで誤魔化すしかない。
芝居がかったセリフと無駄だらけの派手なポーズで見得を切る。
「心の怪盗団。予告通り、歪みの原因は頂戴した!」
嘘をつきました。
このタイミングで駅のホーム内に警報音が鳴り響いた。
赤色の回転灯がホームを照らす。
カメラは全て破壊できたが、警報機の破壊漏れがあったようだ。
「怪盗団全員撤収です。警察が来る前に逃げますよ!」
「誰が怪盗なんだよ」
回転灯の赤い光を受けながら、列車は出発した。
◆ ◆ ◆
列車は移動数分で警視庁の地下倉庫に戻ってきた。
本来ならば、ここで正規の運転手が地下鉄会社の整備基地まで運転して列車を戻すのだが、その運転手が行方不明だ。
黙秘を続けている
どこかに拘束されているはずではある。
だが、すぐには発見出来なさそうだ。
さすがに猿に運転させて整備基地まで運んで行かせたところで、後で大問題になることは分かる。
仕方ないので、丸一日は警視庁の地下の駅に停めておくことになった。
なお、一度は高野の攻撃で列車は派手に吹き飛びましたとは言わないでおく。
いくら修復されたとはいえ、借りたものが一度は壊れましたというのはあまり心象がよろしくない。
負傷していた
もう抵抗しても無意味だと悟ったようだ。
「それでどうしますか?」
「まずは尋問だな。こいつに全員が好き放題動かされたが、こいつの裏を知りたい」
松葉が逢坂の後頭部に手を当てて抑え込もうとした。
その手を端島が掴む。
「もうやめとけ。抵抗できない相手を痛めつけたところで無駄だ」
「お前は何も分かっていない。こいつには腕力もスキルも必要じゃない。言葉で全て操られるぞ」
「だからって」
「お前もオレにやっただろう。知略を潰すのに最適なのは単純な暴力だ」
それでも端島は松葉の手を離さない。
腕力だけならば、戦士タイプの端島の方が上だ。
松葉は「分かったよ」と手を引いた。
「話を聴くなら3人以上だ。こいつの言葉に誘導されそうになっていそうなやつがいたら、ぶん殴れ」
「そこまでか?」
「力のあるやつ、頭の回転が早いやつ、それなりの大きな会社でリーダーポジションだったやつもいた。なのに、そいつらを差し置いて、チームのリーダーはこいつだった。理由は分かるか?」
「ボクにそこまでの能力はないよ。あくまでも正しい道を説いただけだ。皆が付いてきてくれたのは、ボクの話にメリットを感じたから付いてきてくれた」
ここで逢坂が初めて口を開いた。
声はねっとりと……ヌメっていて、鼓膜や脳にまとわりつくという印象を受ける。
微妙にイラつくこの喋り方は、脳内に残る。
容姿は決して醜くないのに、船木が「キモ男」と呼ぶのも理解出来る。
マイナス要素の多い声は、記憶に残りやすい、感情を動かすという点だけを抜き出すと、大きなメリットに繋がる。
無個性で右の耳から左の耳へ抜けていくだけの声は、記憶に残りにくいのと対極だ。
この耳障りな声は、言葉を伝えるという点だけ見るとあまりに強い。
訓練では決して身につかない、天賦の才。
そうやって他人の自分の言葉を印象付けて残すことで、少しずつ影響を与えていくのだろう。
最終的に自分で正しい選択をしたと思い込まされて、この逢坂の言葉に誘導させられていく。
拘束されているというのに、にこやかで余裕のある表情は、こちらを説得出来るという経験から来る自信だろう。
もちろん、それに騙されたりはしない。
松葉を見た時と、防犯カメラを破壊された時のことだ。
計画が予定通りに進んでいないことに対しての驚き、悔しさ、怒り、様々なものが入り混じった本気の感情だった。
そこで感情を見せるようでは、本物のトリックスターとは言えない。
いくらでも切り崩しようがある。
「3人ならば、松葉さん、端島さんと私でいいですか?」
「待てよ、船木はいいのか?」
「私はいいよ。声を聞いてるだけでムカつくし、多分途中で殺したくなるから」
船木は辞退。
ただ、理由は別にあるかもしれない。
逢坂と話していると、また操られると。
「任せたからね。信じてるから」
「分かってる。こいつから必要な話を聞き出す」
逆に端島は大丈夫かもしれない。
単純な言葉に騙される可能性は高いが、良い意味で頭が悪いので、言葉の魅力というものが通じない。
ここにいるメンツでは最も強いかもしれない。
俺はというと、多分大丈夫だ。
他人の話を聞かないことには定評があり、身内を除くと、無貌の神やトナカイやペンギンたちがそれを保証してくれる。
……ろくなやつがいねぇな。
「では、尋問を始めようか」