収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第38話 「言葉の剣」

 逢坂への尋問が始まって5分ほど経った。

 

 何故か逢坂の弁論大会が始まったのだが、ほぼ無駄な情報だったので、要点以外は雑に聞き流し、脳内ではおでんの具材のことを考えていた。

 

 関東で関西の具材を手に入れるのは難しいようでいて、実は簡単だ。

 少し大きめの高級住宅地が近くにあるスーパーに行くと、料理好きの住民のために、日本全国の食材が普通に置いてあるからだ。

 

 がんもどきはひろうすの別名のようなので問題ない。

 

 ただ、はんぺんは関西では馴染みがそこまである素材ではなく、あまり使ったことがない。

 

 とりあえず、薄揚げの中に入れて炊いてみたい。

 銀杏を入れて茶碗蒸し風にしても、ミンチ肉と混ぜてロールキャベツ風味にしても美味いかもしれない。

 

「――以上がこれまでの経緯であります」

 

 ようやく講演会が終わったようなので、話を再開しよう。

 

「上戸さん、こいつにも事情が有った。根は悪いやつじゃないと思うんだ」

 

 僅か5分で釣られかけている端島にとりあえずデコピンを放った。

 あっさり騙されるんじゃあない。

 

「これがこいつの手口だ」

「わかってるって」

 

 松葉はさすが慣れているのか、口をへの口に結んだまま淡々と語った。

 

「確認なんですけど、逢坂さんの出身地はどこですか? やはり名前通り大阪ですか?」

「埼玉ですけど、それが何か?」

「ちくわぶという、ちくわでも麩でもない謎の食材をおでんに入れるって本当ですか?」

「えっ?」

 

 逢坂が固まった。

 

 まるで思考が理解出来ない生き物を見るような目で俺の方を見た。

 

「あの、ボクの話を聞いていましたか?」

「聞いていましたよ。それはともかく、ちくわぶってどう食べるんですか?」

「普通に煮込むと思うんですけど」

「そこが分からないんです。煮込みが足りないと、だしが染みないし芯が残ります。だけど、煮込みすぎると崩れるんでしょう。食べごろが分からなくて」

「きりたんぽの話だけど、うちはお湯で茹でた後に、食べる直前に入れてた。残すと全部溶けて翌日とんでもないことになるから必死だったよ」

 

 端島が代わりに答えてくれた。助かる。

 処理としてはきりたんぽと同じで良いだろう――

 

「――きりたんぽをおでんに!?」

「何がおかしいんだ?」

「いや、固定観念に囚われるのはダメですね。確かに和風だしとの相性は良さそうですので、今度チャレンジしてみます」

「それがお前の作戦か。話を聞かずに、全然関係ないことで頭を埋め尽くすことで、逢坂の話に揺さぶられない」

 

 松葉がよく分からないことを言い出した。

 

 そんなわけないだろう。

 切り崩しのためのヒントが含まれているのだから、聞かないわけがない。

 

「いえ、話は全部聞いていますよ。相手の話を聞かないのは失礼です」

「聞いてなかったんだろ。だから、突然にちくわぶの話をし始めた。もし、本当なら概要を説明してみろ」

「はい、いいですよ」

 

 無駄に長い逢坂の話をかいつまんでまとめるとこうだ。

 

 自分たちを召喚した黒幕が、特定の数人へ通信機を渡しており、デスゲームで有利に動けるように情報を与えていたことに気付いた。

 

 生命に関わることなので、そのうちの1人の男を「こいつがスパイだ。情報を持っている」と公表したところ、そいつは全員から袋叩きにされて死亡した。

 

 死んだ男が持っていた貴重な情報は、全員が生き延びるために使うべきだと考えて公開したが、またも争いが起こってチームが2つに割れた。

 

 チーム全員を生存させるために、賛同者と共に黒幕の裏をかいて行動を続けていた。

 

 ただ、1分で終わる話が、5分以上にも渡ってダラダラと流されたので、暇で途中で意識が飛んでしまい、脳内でおでんシミュレーションへ移行していたというわけだ。

 

「こんな感じですね」

「なんで、全部聞いてるのに、最初に出てくる話題がちくわぶなんだよ」

「でも、気になるでしょう。ちくわぶの食べ方」

 

 では、本題に戻ろう。

 

「今もボクはみんなが助かるために全力を尽くしたいと考えています」

 

 この話に嘘偽りはないのだろう。

 

 逢坂自身に与えられたスキルは戦闘向きではなく、デスゲームで生き延びるにはあまりにも不利すぎた。

 

 そこで、他人に媚びたり、手に入れた情報と引き換えに協力を頼み込むなどして、仲間を増やして生き延びることができた。

 

 動機は何であれ、実際、逢坂がもたらした情報と選択は、多くの迷える能力者たちを助け、導いてきた。

 

 木野(きの)若林(わかばやし)など、戦闘向きの能力を持っていない能力者は、逢坂がいなければチームも組めないまま、死んでいたかもしれないと感謝をしていたくらいだ。

 高野(たかの)武藤(むとう)は逢坂を守るために自らが傷つく自爆すらしてみせた。

 

 実際に、初期に亡くなった5人以外には死者は出ていない。

 その点だけは称賛されるべきだ。

 

 ただし、許されるのはそこまでだ。

 

 ちなみに、頻出ワードは「ボクたちは正しい」「何も間違っていない」だった。

 

 生まれた意味を知るRPGの全権大使みたいなことを言い出したのは、逢坂が「何かの選択を間違えたが、それを正当化したい」という自白だろう。

 無意識のうちにそれが節々に出てきている。

 

 もう既にボロが出ているのに、何故独演会など始めたのか?

 こいつを攻略するための鍵はそこにある。

 

「なら、船木たちをこの松葉に命令して殺そうとした理由は?」

 

 端島が逢坂の言葉に揺るがず、核心に迫った。

 

「それは――」

「――説明は無理だろう。こいつは今、仲間を助けるためと言っていたが、オレと船木との間で情報の齟齬があった理由を、その理屈で説明できない」

 

 松葉がそれに補足する。

 

「こいつはアジテーターだ。美辞麗句を並べて、すぐに話をすり替えようとする」

「俺もこいつの話は校長先生みたいだなと思って、後で上戸さんに要点だけ聞こうと思って半分聞き流した」

「人を頼りにするのをやめてください。いつか朝礼で怒られますよ」

「高校を卒業したらもう朝礼はないんだろ」

「えっ?」

「えっ?」

 

 俺と松葉の声がハモった。

 

 端島には後で、社会人になってからの朝礼の面倒さについて教えておいた方がいいだろう。

 

 学生のうちに、どうでもいい話は適当に聞き流して、要点だけを拾うというサボリのテクニックを身につけておくべきだと。

 

「船木は辞退したが、俺はあいつの分くらいは、お前を殴ってもいいと思っている。あいつは口も態度も悪いが、いいやつだ」

 

 端島が過激な発言をしたが、それは口だけだ。

 別に今すぐに殴りかかるような雰囲気はない。

 

 むしろ、暴力に訴えようとする松葉を止めようと考えているようだ。

 

「では、まずはオレからだ。会話をしようとしても流される。ならば、事実を元に確認だけをすればいい。そこに感情が挟まる余地はない」

「ボクはどう答えれば良いので?」

「オレの質問にイエスかノーの二択で答えろ。たったそれだけのシンプルな尋問だ」

 

 うまい。

 

 これならば、どれだけ弁舌に長けていようが関係ない。

 まともに会話をさせない。

 二択以外の解答は無視すれば良いのだ。

 

「お前はオレを利用して邪魔者を一掃しようとした。邪魔者の中にはオレも含まれる。イエスかノーか?」

「それは……」

「イエス、オア、ノー?」

 

 逢坂が突然ギャアアと酷い声で悲鳴を上げた。

 顔を苦痛に歪めながら松葉を睨みつける。

 

「おっと。この部屋は汚いから季節外れのムカデが出るみたいだな。気をつけた方がいいぞ。毒はないが、噛まれると激痛が走る」

 

 松葉は嫌らしい笑みを浮かべた。

 

 間違いない。逢坂がまともに答えないと判断し、机の下で目立たないようにムカデを召喚して噛みつかせたのだ。

 

 テーブルの下を覗き込んで虫を探しても無駄だろう。

 噛みつかせた後に召喚を解除すれば、痕跡すら残らない。

 

「止めろ!」

「もう一度尋ねる。イエス、オア、ノオ!!」

 

 やや遅れて、松葉がテーブルの下で何かをやっていることに気付いたのだろう。

 端島が叫ぶも、松葉は全く動じず、凄みを増して詰め寄る。

 

「イエス」

「処分しようとした理由は、オレは自分の利益のためだけに動いて、お前の命令など最初から聞く気などなかったから。イエス、オア、ノオ!!」

「……イエス」

「お前の行動パターンが変わったのは、全員の承認を得て『異世界電話』とかいうアイテムを買ってからだ。そのタイミングでお前の何かが変わった」

「それは……」

 

 松葉が睨みつけると、逢坂が小声でイエスと答えた。

 

「止めろ! こんなのはただの拷問だ」

「ああ、終わりだ。オレの聞きたいことは聞けたからな。次はどちらが質問する?」

 

 松葉は意外とすんなりと引き下がった。

 

 端島に制止されたからではなく、確認したいことは全て聞いたということだろう。

 

 松葉から逢坂への関心は既に失われているように思う。

 

「なんでこんなやつが……」

 

 端島の思いはおそらく正しい。

 さすがに松葉のやり方はやりすぎなところがある。

 

 その気持ちはずっと忘れないで欲しい。

 これからの人生を生きる上で大切なことだ。

 

 松葉や俺のような汚い大人になってはいけない。

 

「では、次は私が逢坂さんから話を聞きます」

 

 ここからはその汚い大人2号である俺の番だ。

 

 逢坂の行動パターンが、初期は仲間を守るためだったが、途中から運営のスピーカーに変わったことは松葉が問いただした通りだ。

 

 なので、俺が確認すべきは運営がどのくらい関与したのかとこいつの上司の存在の確認。

 そして、一部能力者に与えられた通信機の発信元の確認の2つ。

 

 ゴングを鳴らせ。試合開始だ。

 

「タブレットでショップ機能を確認しました。あれは便利ですね」

「何が言いたいんですか?」

「アイテム欄には様々なアイテムがありました。その中からピンポイントで『異世界電話』を選んだ理由は? これはイエスノーで答えなくとも良いです」

「黙秘します。こんな取り調べは公平ではない。もっと平等の条件下で話し合いましょう。お互いに得られるものがあるはずです」

 

 イエスノー以外の答えを認めた途端にこれだ。

 

 だが、これはただの自爆だ。

 

 逢坂が隠したい秘密は「異世界電話」

 この話をされることを極端に嫌がっている。

 

 松葉の質問でも、ムカデで痛みを受けること以上にその話題に触れられたくないようだと感じた。

 

 つまり、ここを攻めて、切り崩せばいい。

 相手の武器である言葉自体を罠に仕立て上げる。

 

「話を続けます。あなたは仲間の賛同を得てから、アイテムを購入したはずです。ゲームの運営側と直接交渉するつもりだったとか。松葉さんもこの話は知っているはずで、今のはただの事実確認です。素直に答えなかった理由は?」

「黙秘します」

「知っていますか? 嘘は整合性を取ろうとするほどに、脳のパフォーマンスが低下するんです。複数の嘘を付くほど、整合性を取るのが大変で更に下がる」

「何故そんなことが分かるんですか?」

「私も嘘吐きだからです。だから、あなたは松葉さんに伝えた内容をそのまま繰り返した上で、『それが正しい選択だと信じていた』という態度を貫くべきだった」

「そのアドバイスを受け取りましょう。ボクが素直に説明しなかった理由は、あなたが部外者で信用できないからです。でも、これだけは言える。ボクは正しい選択をした。人として正しい道を進んでいる」

 

 今の切り返しに矛盾はない。

 

 だけどいいのか?

 

 俺が余計なワードを付け加えたのにそれを認めて。

 俺が舗装した奈落への直通路だぞ?

 

「再確認します。その異世界電話からのアドバイスを受け取った結果として、仲間を危険に晒すどころか、口封じに処分するような命令も下した。松葉さんも滅ぶべきだと思っていた」

「それは……」

「今のは松葉さんの質問のリピートであり、あなたは既にイエスと回答している。あなたは、それを正しい道だと信じていたと認めた。何かおかしな点は?」

 

 こうなると回答は二択。

 間違っていたと認めるか、嘘を吐くか。

 

「別にあなたたちの話に付き合う義理なんて元々ないんです。暴力によってこんなところに連れてこられただけで、そこでの自白強要になんの意味があると?」

「そこですよ、勘違いは」

「えっ?」

 

 やはり今の状況を理解していなかったようだ。

 

「私たちは警察じゃありません。敵対組織の構成員が、敵のボスを捕まえたので、ダメ元でリンチしてでも情報を聞こうというだけです。話す気がないなら、誰もいない独房にポイっと投げ込んで終わり。あなたはいなくとも問題なし。自慢の話は便所コオロギ相手にどうぞ」

「野蛮すぎるでしょう。とてもまともな知能と理性を持った人間がやることとは思えない」

「口封じに仲間を始末しようとする方がよほど野蛮で悪辣だと思いますけど」

 

 逢坂の口が止まった。

 

 全て自分の話術で丸め込んでやるとばかりの自信に溢れていたその表情に陰りが落ちた。

 ここまでハッキリと存在を拒否された経験がないのだろう。

 

 それでも、脳内では反論の材料を集めて、必死で式を組み立てているはずだ。

 

「あなたの当初の目標は生き残ることだった。でも、手持ちのカードは頼りない非戦闘能力のみ。仲間を増やすことは必須条件だった。だから、通信機から入る情報を元に仲間を集めてチームを拡大。結果、多くの人たちを助けられた」

「その通りです。ボクの正しい選択で多くの仲間たちを救うことができた」

 

 そこは事前情報と本人の自己申告通りだ。

 

 逢坂自体は強い能力を何も持たない。

 弁が立つわけでも、カリスマがあるわけでもない。

 

 本当にただの小物だった。

 

 その小物が、頭を使い、情報を集めて食らいついた。

 

 足りない戦闘力を補うために仲間を増やし、情報を分析し、正しい選択へ導き続けた。

 

 動機は何であれ、その行動は実を結び、多くの人を助けた。

 魅力を感じて人がどんどん付いてきた。

 

 そこまでいけば、もはや小物ではない。

 立派なリーダーだ。

 

「そこに何の問題が?」

「論理矛盾があります。敵対組織が戦闘に長けていると知っているのに、口封じなどと言って、貴重な味方を無駄に損耗するのは、ただの自殺だ。事実としてあなたは追い込まれた結果、ここにいる」

 

 逢坂からの返事はないので、勝手に続ける。

 

「あなたの言動が急に変わったのは異世界電話入手のタイミングです。ここで現場を無視した異常な命令が与えられたとしか考えられない」

「あなたでは想像もできないような……異常とも言うべき困難があり、それを乗り越えるためには犠牲を避けられなかっただけです。電話の情報は、被害を最小限に収めるためのものです」

心理的な二重拘束(ダブルバインド)という悪徳商法の手口をご存知ですか?」

「いえ」

「不自由な選択肢だけを提示して、そのどちらかを選ばせることです。あなたはその状態に追い込まれていて、仲間の犠牲を伴う困難な任務を課せられていた」

 

 異世界電話を使って運営と交渉する試みは失敗したどころか、圧倒的に不利な条件を飲まされたのだろう。

 

 トロッコ問題……必ず犠牲が発生する2択を提示され、必ず犠牲が発生する選択を迫られる。

 

 その理不尽を正当化するため、自分の選択は間違っていない。正しいと思い込んだ。思い込まされた。

 

 視野が狭くなったために、そもそも犠牲が発生しない選択肢もあること、そもそもトロッコ問題なんて聞く必要すらなかったことに、気付くことが出来なかった。

 

「ボクがそんな不利な選択を迫られていたという根拠は?」

「異世界電話からのメッセージを誰から伝えられましたか? それを何人が聞いていましたか?」

「それに何の関係が?」

「これはただの推測ですので、間違っていたらすみません。あなたは通信機からの情報を元に、周防大臣のところに保護を求めた。もちろん、タダで匿ってくれるわけなんてありません。周防大臣からは保護の約束に交換条件を提示された。それが、手に入れたポイントでショップ機能を使用し、異世界電話を購入すること」

「ただの憶測です。聞くに値しない」

「様々な任務が異世界電話経由で伝えられたが、それは、仲間の犠牲を伴う危険な任務ばかりだった」

「止めていただけますか? 根拠のない話をいくら聞かされても時間の無駄です」

「せっかく多額のポイントで手に入れたアイテムだが、決して無駄にはしない。ボクの話術ならばきっと黒幕から有利な条件を引き出せる!」

 

 ここで逢坂の物真似で推理内容を読み上げる。

 イントネーションは似せたので雰囲気は有るだろう。

 

「お前の勝手な妄想を押しつけるな!」

 

 逢坂が声が裏返るほどの大声で激昂した。

 

 黙って成り行きを見守っていた端島と松葉も驚きを隠さずに逢坂を見た。

 

「ボクは騙されてなどいない! 間違ってなどいない!」

「落ち着いてください。どうして急に大声を出したんですか?」

「だってお前が……えっ?」

 

 俺はちょっとしたフックのつもりだったが、これが見事に顎にクリーンヒットしたらしく、過剰ともいえる反応が返ってきた。

 

 逢坂もすぐに我に返ったようだが、よほど今のモノマネはクリティカルだったのだろう。

 まだ目が若干泳いでいる。

 

「あなたは騙されてはいないのでしょう。私の話もただの憶測です。落ち着いて」

「落ち着いていますよ。電話からは様々な指示がありましたが、それらを鵜呑みにはしません。きちんと精査し、真意を読み取った上で、正しい選択を選びました」

「任務も無事に達成できたと」

「その通りです。ボクは何も間違ってなどいません。電話から与えられた任務は全て達成してきました。結果として、犠牲も最小限に抑えられた」

「ありがとう。その自白を待っていた」

 

 これで確定だ。俺の勝ちだ。

 

 逢坂は最初は意味を理解出来ないのか無表情だったが、時間が経つにつれ、失言をしたことに気付いたようだ。

 

「あなたは、たった今、異世界電話から命令を受け取り、その通りに動いていたことを自白しました」

「それは言葉のあやで……」

 

 だから言っただろう。

 嘘を吐くと脳のパフォーマンスがどんどん下がると。

 

 よりにもよって、「言葉のあや」とは……言い訳としても酷すぎる。

 

「松葉さん、いかがですか? 急に雑な嘘を付いて無茶苦茶な指示を出すようになった理由です。最初は自分で考えて動いていたようですが、途中から伝えられる命令のままに動くロボットになっていたんです」

 

 松葉は一度目を閉じて、眉間を何度か指で叩いて呟いた。

 

「クソだな。バカバカしくなった」

 

 松葉の興味は既に失せていたことが分かった。

 

「他人を犠牲にしてでも利益を独占するやつを屈服させて悔しがる顔を見るつもりだったが、ただの中間管理職に興味はない」 

「今からでも逢坂さんを倒したい気持ちは?」

「そんなことよりも、あの機器を持って『尖塔』の支配に向かうぞ」

 

 これに一番ショックを受けていたのは逢坂のようだった。

 

 先ほどまで、敵意を向けていた松葉がもう何の興味を持っていないこと。

 

 その理由が、既に自分はリーダーだと認められておらず、倒す対象とすら見られていないことだと。

 

「仲間じゃなく、どこの誰だか分からないやつの言うことを優先したのか?」

 

 さすがの端島も苛立ちを隠せないようだった。

 

 仲間の梨本がデマ情報に踊らされて心に傷を負ったことも合わせてのことだろう。

 

「指示は間違っていると切り捨てりゃ良かったじゃないか。途中からでも立て直す道を探すべきだった」

「いや、ボクは……みんなのために……」

「どんな独裁者が相手かと思ったら、なんなんだよこいつは」

 

 端島の言葉が更に逢坂を抉る。

 

 最初に独演会を聞いた時には、端島は逢坂にも理があると言っていた。

 

 それが、短期間でこの変わり様である。

 逢坂の言葉は弱々しく、逆に端島の声は強い。

 

 ただ、俺の追及はまだ終わっていない。

 

 通信機の謎と、異世界電話で繋がった先の話を聞かないといけない。

 

「では、次の質問です」

「……もう止めてくれ」

 

 逢坂は疲れ切った顔で答えたが、事情なんて知ったことではない。

 運営の命令に選択に振り回されて、どれだけの人間が迷惑したと思ってるんだ。

 

「最初に与えられた通信機についてです。あなたは、通信機からメッセージを伝えていた相手と直接対面した。これはイエス?」

 

 逢坂は声を発さず、首を縦に振った。

 ならば、異世界電話の通話先はそちらに聞こう。

 

 ただの鉄砲玉の大将が詳細を聞かされているとは思えない。

 

「地下の倉庫であなたは日本では入手困難な大口径の拳銃を所持していた。あれは警察の押収品の横流しである。イエス、オア、ノー?」

 

 またも首を縦に振る。

 

 信じたくはなかった。

 

 だが、全ての証拠からして、こうなる帰結が正しいと証明してしまっている。

 

 だからこそ確認したい。

 

 警察内部から情報が漏れているという時点で候補は絞られた。

 

 異界と化した八王子で同行者と別れて行方不明の時間があり、その間に梨本さんへ指示を送ることが出来る相手。

 

 つい魔術回路の説明をしてしまって、魔術の知識があることを見せてしまったうっかりさん。

 

 世田谷の端島さん達に近付けても誰も違和感を覚えない人物。

 

 そして、警察の押収品にアクセス出来る権限がある人物……役職者か……鑑識。

 

 スマホを取り出して、以前に撮影した写真を見せる。

 

 八王子で配電盤に隠された魔術の回路を説明した時に撮ったものだ。

 

 彼は、俺たちが回路の原理になかなか気付かないことに苛立ち、ついうっかり知識を披露して動作原理の説明を始めてしまった。

 

 どう見ても魔術師にしか見えない相手が実はただのコスプレで魔力なしとは気付かなかったために、単に勘の悪い人間だと思い込んでしまった。

 

明山大介(あけやまだいすけ)さん。写真の人物があなたの直属の上司で、指示を出していた人物ですね。そして、今は議員の近くに居る警察内のスパイである。イエス、オア、ノー?」

 

 しばしの無言。

 ややあって、逢坂が口を開いた。

 

「イエス」

 

 以上だ。

 全てを終わらせに行く。

 

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