逢坂たちや明山さんの身柄確保。
悪魔の尖塔を沈黙させてから早くも1週間が経った。
新聞やネットで調べてみたものの、文科省地下で発生した戦闘について、どのような力が働いたのか一切の報道はされていない。
ただ、新聞の社会面の下の方にとあるニュースが掲載された。
反社会的組織に所属する自称政治団体が敵対組織に攻め入ろうとしていたところに、事前に情報を入手した警察が突入。
凶器準備集合罪などの容疑で、6人を現行犯逮捕したというものだ。
ただし、逮捕された面々の氏名は公開されておらず、顔写真や素性の情報などもなし。
これらのニュースは暴力団絡みだとよくある話だとして流されて、ネットなどでもほぼ話題にならなかった。
1日経ち、2日経ち……3日経っても続報は一切なく、そして、人々の記憶からも消えた。
文科省勤めの
デパート価格だと丹波ブランドでとんでもないことになるが、現地で買うと安いし、迷惑料と情報提供の協力費も入っている。
元々5千円くらいのお菓子でも贈ろうと考えていたところなので、安いもんだ。
その時に、さりげなく聞いてみたが、上司は過労のために「ありもしない幻覚」を見たことになって、今週頭からしばらく休みになったらしい。
部署一丸で徹夜で必死で作り上げた資料は無事に廃棄。
徹夜作業は完全に無駄になったが、政治家が無茶振りで資料作成依頼をしてくるのは、いつものことなので問題なしとか。
地獄か。
唯野夫婦……じゃない、同棲中の彼女と2人で食べるだけならば米には当分困らないだろう。
米さえあれば、昼に弁当も用意出来る。
丹波の黒豆は豆ごはんにしても美味いぞと伝えると喜んでいた。
あまり煮物を食べるタイプではなさそうだが、豆ごはんなら手間を掛けず調理出来る。
東大卒で省庁務めの官僚でもそこまで生活費を削らないと迂闊に手を出せない、都内マンション怖い。超怖い。
和泉さんや端島からの連絡は……ない。
連絡がないのは良いこと……なのか?
そして、
「全部終わったよ」
◆ ◆ ◆
「最初は内部告発するつもりでした。だけど、ショップ機能とやらの存在を知ってしまった」
本人と故郷に住む両親の安全が確保されたことを確認した後にようやく語り始めた。
事情聴取の担当に当たったのは
奇しくも、異世界対策の組織が発足していれば上司になるはずだった男。
一度はチームを組んだ仲間でもある。
立ち会いは新鋭の
彼は1年前に兄が突然失踪したこと。
その理由が異世界召喚だと知ったことで、異世界対策の顧問弁護士になることを決めた人物だ。
この後は捕縛された
「異世界人は外国人の犯罪と同様として、処分は現地法でなされるべきであり、日本国は強制送還のみ行う」
という判決が出ることは内々で決まってはいる。
だが、形の上では「きちんと裁判をした」という体裁のために、羽田野が弁護につくことになっている。
既に警視庁の課長に成りすましたゲームマスターは公安が身柄を確保済だ。
こちらも強制送還先が伊原の住む世界に変わるだけで処罰は同じだ。
あとは、明山からの証言が取れたら、他の協力者についても順々に公安が拘束することが確定している。
「ショップ機能を見せてあげてください」
「あいよ」
羽田野の許可を得て安坂が証拠品を保管したビニールを取り出した。
中からはタブレット端末が現れる。
能力者ではない安坂や羽田野にはタブレットの操作権限はない。
だが、サスペンド状態でメニュー画面が表示されたままのタブレットを、再び点灯させることくらいは可能だった。
画面上部の表示は1。
メニューの大半はグレー表示されて選択することは出来ないが、ショップ機能の画面は見える。
「使いたかったのは10ポイントメニューだな。色々な機能が並んでいるが」
「死者蘇生」
明山はタブレットの画面を見もせずに淡々と言った。
安坂は手元の手帳を開いて、明山の言葉にあった効果を確認する。
「上戸の嬢ちゃんから一通りの効果の説明は聞いている。それで作られるのは記憶を持たないクローン。まあ、見た目が同じだけの別人だな。既に日本に何人かいるらしい。どこの誰かまでは教えてくれなかったが」
「その機能は上戸さんが使用された?」
「いや、逆に上戸たちを潰すために敵が死者を蘇生させてけしかけて来たとか。仲間なら攻撃できないだろうと。その洗脳を解いたことまでは聞いた」
「そうですか」
明山はしばしの沈黙。
それを破ったのは安坂だった。
「この機能以外に死者蘇生を行える神に会ったことがあるらしい」
「神?」
「何かの比喩か隠語かは不明だが、上戸はトナカイと呼んでいた。そのトナカイから『死者蘇生は出来るが、決して奨めない』とアドバイスを貰ったそうだ」
明山の脳裏に浮かんだのはトナカイではなくサンタクロースだった。
赤い服を着た白ひげの老人が「さあ願いを言え」と語りかけてくる。
安っぽいイメージではあるが、胡散臭い宗教の教祖や、目の前に表示されている安っぽいショップ機能よりは威厳も、望みが叶えられそうな雰囲気もあった。
「どんな内容だったんですか?」
好奇心は隠せなかった。
「ヒトは生き返らない。生き返る能力があるのはヒトではなく別の生き物だ」
「当然の話だ。そんなのナザレのイエスだけで間に合ってる」
「それもメモに書いてある」
「それはもうトナカイじゃなくただのインテリ気取りの暇人だろう」
「まあ、聞け。続きがある」
安坂が手帳に視線を戻して続きを読み上げる。
「願いには納得が必要だ。過去は決して覆らないと理解した上で受け入れて未来へ進む意思が大事だ……と。そのうえでなおも望み続けるかを決めろと」
「それは間違いなく神だ。説教っぽい話ではぐらかせようとするところがいかにも宗教らしい」
「ただ、こんなおもちゃみたいな機能で人間が生き返るなんて、ろくなものじゃないと思うぜ。人の生命はパチンコの景品じゃないんだぞ」
明山は改めてタブレットを見る。
派手な原色が多用されたレイアウトに、安っぽいBGM。
全体的に使用者を茶化すような雰囲気で書かれた「死者蘇生(魂なし)」の表示。
その機能で生き返ったとして、そこに尊厳はあるのか?
結果さえ良ければ問題なしと割り切れるのか?
それは本当に人間なのか?
何より、2度目、3度目の死者蘇生が必要になった時に、ポイントを集めるために連続殺人をしない自信は?
あの時生き返らせなければ良かった。ポイントを温存すべきだったと生命をないがしろにしないと言えるか?
明山の問いに答える者は誰もいない。
やはり神など存在しないのだ。
いるなら来てみろ。証明してみろ!
《呼んだね。今晩にでも伺うよ》
幻聴が聞こえたような気がした。
「所詮は子供だましの悪趣味なショーの小道具だな。こんなのに踊らされていたとか、バカみたいだ」
「お前が誰を蘇生しようとしたのかは聞かない。興味もない」
切って捨てる安坂の反応が逆に気持ちよかった。
「騙されていることは分かっていた。それでも、こんなクソみたいな社会で生きていくには希望が必要なんだ」
「お前が騙されて、異世界の連中の片棒を担いだことは、100歩譲って同情もしよう。敵も狡猾だからな。だが、警察の押収物の横流しについては、なかったことにはできない。業務上横領罪だ」
安坂が写真付きのリストをクリアファイルから取り出した。
そこには大口径拳銃を含めて、警視庁が保管していた様々な品が一覧になって表示されている。
警察内には他にも数人スパイが入り込んでいることは判明している。
全てが明山の横流しとは断定出来ないが、その中の数点は明山が関与していることは間違いない。
「横領といっても単に金を盗んだわけじゃない。拳銃は何の罪もない一般人が危険な目に遭う可能性が高い重大な犯罪だ。決して許されない」
「事態はファンタジーなのに、そういうところは現実から逃れられないのか」
「当たり前だ。俺たちはファンタジーじゃない。現実に生きているんだ」
「業務上横領は10年以下の懲役です。今回は横領した物品に拳銃が含まれているために更に重くなりますが、異世界人は法的に存在していないこと、前科がないことから、減刑は可能です。重くて3年と言ったところでしょう」
羽田野が安坂の話に付け足した。
生真面目な弁護士らしく、堅苦しい法律の話。
「不要だ。大人しく10年刑務所へ行くよ。どうせ生きている希望もない」
「ダメです。私は弁護士だ。人の罪は法の下で平等であるべきだ。だから、刑期は短くなる。3年以下だ」
明山は空……取調室の天井を仰いだ。
「人間が生きていくためには希望は必要だ。いつか報われて幸せになれると信じていられるから、生きていけると。その神に伝えてくれと上戸さんに言付けを頼みたい」
「お断りだ。そんなポエムを誰が伝えるんだ。それはお前が神に愚痴れ」
「宗教に興味はないよ。神は何も救ってくれない。この世界に救いはない」
この後、明山の証言を元に、他に警視庁内にいた3人のスパイが拘束された。
ただ、おそらくそれが全てではない。
公安は今でも綱紀粛正の徹底を続けて、他のスパイの所在について調査を続けている。
◆ ◆ ◆
期日までに裏東京で、尖塔を制御するために電池代わりになる装置を見つけ出す。
この任務は端島たち3人だけだとさすがに難しい。
そこで、合田の提案で、保護された能力者の中から何人かに助力を依頼することになった。
「今のところ手伝ってくれそうなのは?」
「
「誰だっけ、それ?」
「八王子で西の学校に行く時に見つけた人たちですよ。家に隠れて引きこもっていた女子高生3人チーム」
合田が眼鏡を上下しながらメモ帳をチェック。
端島に説明した。
「ああ、覚えてる」
「絶対に嘘でしょう」
「そんなことはない。でも、ずっと引きこもっていたということは、臆病なんだろ。大丈夫なのか?」
「それでも、勇気を振り絞って『世界のためなら』って言ってくれてるんです」
「それなら、
端島からすんなりと意見が返ってきたことに合田は驚きを隠せない。
雑な回答しかないと思っていたからだ。
剣士の
これから声を掛けに行くところではあるが、探偵たちが行った事前アンケートでは前向きな回答を出している。
「人手が欲しいので、本当は3人2チームで動いて欲しいところなんですけどね」
「動いてくれるだけで助かるんだ。それに、笠取たちは知っている顔だから話も通じるし、女子高生3人チームと組めると言ったら嫌がらないと思う」
だが、続く言葉がいけなかった。
合田は端島に冷ややかな視線を向けた。
「そんな合コンみたいな……」
「でも、やる気は大事だぞ。女子にいいところを見せたい。そういう単純な原動力が力になるんだ。境遇も似てるし、話は合うと思う」
「端島さんがそういうのを見せたところを知らないんですけど」
「そうそう、端島クンは、もっとやる気を出せばちょっとはわたしたちも考えたのに」
合田と梨本の冷ややかな視線が更に端島に突き刺さる。
「2人とも俺に対して何も恋愛感情はない?」
「端島クンは頼れるリーダーではあるけど、せめて3年くらい大人に成長して欲しいねぇ」
「そうですよ。3年は分かりませんけど、まだ1年くらいはチームを組むので、それまでに頑張ってください」
「そうだね、1年くらいの間に成長してね」
「ダメですよ。梨本さんは3年なんだから、勝手に縮めないでください。私は1年です」
「じゃあわたしは半年にするけど?」
「1年にしてください」
合田と梨本の間でよく分からない理由で口論が始まった。
端島はその雰囲気に口を挟めず、ただ様子をうかがうことしか出来ない。
そこに、涼しげな、だが火種を投げ込むような声が割り込んだ。
「じゃあ私は5ヶ月で立候補するから」
そう言って現れたのは船木だった。
彼女は端島の肩を叩きながら、合田と梨本に不敵な笑みを向ける。
「キクさんと
「キクさんは松葉さんが勝手に連れていきました」
「そこなんだけど、なんであいつ勝手に動き回ってるわけ? 他の逢坂の仲間はみんな拘置所送りなのに」
松葉は特に警察送りになることなく、独自で裏東京の調査をしている。
探偵からは「下手に拘束しても能力を使って逃げられるので、目的を与えて何かをさせていた方が悪さをしないのでマシ」と説明を受けたが、流石に納得できないところがある。
「あいつは悪いやつだけど、あの尖塔を制御するまでは大人しくしていると思う」
「だといいけどね。それはそれとして、チームは入れてもらうから」
「ダメです。船木さん、枠はもう埋まってます」
「3人チームとか、黒幕が勝手に作った縛りでしょ。他に空いてる前衛はいないのよ」
「他にもメンバーはいますよ。探します」
合田が手元のリストに目を落とすが、船木は両手を交差して、バツ印を作った。
「急に知らない人と組むより、知ってる顔と組みたいし、チームに入れてよ」
「別にいいだろ。何ならキクさんと松葉も誘って6人チームで調査するか」
端島がそう言うと、合田、梨本、船木が呆れきった顔をした。
「3年計画で」
「3年かな。もうちょっと育てないと」
「3年が妥当か。確かにこれは争奪とかそんな話じゃないわ」
女性陣の間で、未熟なところが多い端島をどう育てるべきかの話が始まった。
端島は口を噤むしかなかった。
彼が「男」として、あるいは「まともな人間」として認められる日は、彼女たちの計算によれば、まだ遥か先のことらしい。
◆ ◆ ◆
「丁度暇していたんだ。やるよ」
笠取からは快諾を貰うことが出来た。
3人は丁度小学生くらいの子供2人と遊んでいるところだった。
「その子供は?」
「最初の部屋に取り残されていた2人」
そう言われて端島も思い出した。
八王子で上戸たちが連れていた子供だ。
忙しさにかまけていたのと、しばらく入院が必要とのことで、その後、退院したくらいしか聞いてなかった。
「最近までずっと病室にいて、退院してからも親や友達と離れて寂しそうだったので、俺たち暇人が相手をしてたんだ」
「そうか……全然構えなくて悪い」
「いいってことよ。その分、お前たちがケンカっぱやい連中や、モンスターたちと前線で戦ってくれていたんだろ。役割分担だ」
話をしている最中に太田と西原がボールを持って子供たちと走って行った。
「でも、それだと調査活動している間は子供たちは寂しがるだろう」
「別に丸一日走り回るってことはないんだろ。俺たちもそこまで必死に調査をするつもりじゃないし。まあ、そこはうまくやらせてもらうわ」
端島は笠取と握手をした。
「そうだな、なんか気負いすぎてた。全員で協力して頑張らなきゃと思っていたけど、みんな人それぞれなんだ。無理のない範囲で協力を頼みに行けば良かったのか」
「そういうこと。これだけ能力者がいるんだ。全力でなくとも十分対処できるだろ。肩の力を抜いて程々で行こうぜ。もう敵はいないんだ」
「そうだな、程々で行こう」
端島たちの旅は……続く。
◆ ◆ ◆
拘置所の固いベッドで就寝中だった明山は、ふとどこからか視線を感じて目を覚ました。
ベッドくらいしかない狭い部屋の片隅に、何やら黒く大きい獣らしき影が浮かんでいる。
黒く長い毛を持った山羊か羊のような生き物。
だが、その輪郭は不鮮明だ。
闇とその黒山羊との境目が見て取れない。
明かりが付いていないからか?
それとも、これは全て夢なのか?
ストレスからありもしない幻影を見ているのか?
そもそも、拘置所の中に、そんな動物が入り込むはずもない。
これは夢だと切って捨てて、毛布を被ろうとした時に、それが話しかけてきた。
「話は聞かせてもらったよ。人はいつか報われて幸せになれると信じているからこそ生きていけると」
「お前は誰だ?」
自分では異常な行動をしていると分かっているが、それに話しかけざるを得なかった。
何故自分が安坂刑事に話した言葉を知っているのか?
「そうお騒ぎになるには及びません。私は耳が良いのでね。いや、自慢の鼻が役にたつのだったかな」
確かに記憶にある。
言葉通りならば、こいつは「神」だ。
だが、その姿はフレーズから連想できるトナカイではなかった。
もちろん神でもない。
近いのは……人を惑わす
「まさか、話にあった『トナカイ』……何の隠語かと思っていたが、実在していたのか?」
「博識でいらっしゃる。改めてご挨拶をいたします。常に悪を欲し、却って常に善を為す。そんな力の一部です」
トナカイが韻を刻むような独特のテンポで語りかけてきた。
それはまるで歌劇のような語り口だった。
「要領を得ないな」
「私の話を聞いた。そして、神は存在するのかと問うた。そして、その御姿を想像した。だからこそ縁が繋がった。縁とは契約でもあるのですよ」
「そんなトナカイが何の用だ? ここから脱獄させてくれるとでも?」
「いえまさか。どうも私には、人間の掛けた縄をとくことも出来ず、錠前を外すことも出来ませんね。出せるのは答えだけ。私は全知ではないが、色々なことを知っているよ」
いちいち語りが芝居がかっていて鬱陶しい。
何故にそれほど回りくどいのか。
「
明山の心の声にすかさずトナカイは反応した。
メフィストの真似?
「左様でございます」
「心が――」
「――読めますよ。失礼ではありますがね。ここは夢と
「そんな夢の世界の獏のようなやつがなんでここに?」
「おお、また有難い愛称をいただけました」
「回りくどい話はいい。結論から言ってくれ」
「死者蘇生がご要望とのことで」
明山はその言葉に反応せざるを得なかった。
難病で命を落とした妹が生き返るのならば、他に何も必要なかった。
「本当に叶えられるのか?」
「既に聞いておられるのでしょう。叶えることは容易い。それでも願いには納得が必要と。刹那的な感情に揺らされぬよう。選択に後悔なきよう、じっくりと熟慮されたし」
「容易いんだな? 本当に出来るんだな?」
「ええ、もちろん。あなたには十分の権利はある。3年経っても、なおも望むならば。正義よりも優先すべき純粋な願いがあるならば、九州の高千穂に来なさい。次元の壁が作られて、他の世界との遮断がなされても、そこだけは出口を開けて待っているよ。10年でも、100年でも、千年でも」
3年……明山はその言葉を何度か繰り返した。
あの弁護士は3年で求刑すると言っていた。
それならば、この「神」に3年で会いに行ける。願いを叶えられる。
人間は、希望があれば生きていける。
「それで、お前のことはなんと呼べばいい。トナカイは本名ではないし、もちろん悪魔でもないのだろう」
「私の異名は無数にあります。千の顔を持つとかいう『あいつ』には負けますがね」
トナカイはそこで言葉を切った。
「地母神。万物の母にして