収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第43話 「一期一会」

「ひいふうみいの……こりゃまたよく揃えたなぁ」

 

 久々に日本にやって来た伊原さんが、集まった異世界人……総勢45人を見て感嘆の声をあげた。

 

 帰還ゲートの設置場所は、解体予定のホテルの屋上階を使用することになった。

 

 ある程度の広さがある上に、45人+アルファを詰め込んで待機させておくだけのスペースもある。

 

 なんなら、元がホテルなだけに、毛布などの寝具を持ち込めば、前日から泊まってもらうことも可能だ。

 

 そこに所狭しとパイプ椅子を並べて、第4世界の能力者たちに待機してもらっている。

 

 各々が帰還のために私物を大量に抱えているので、集まった人数以上に圧迫感が大きい。

 

 俺たちの世界側は八頭(やず)さんと和泉(いずみ)さん。

 俺とカーターと伊原さん。

 

 アドバイザーとしてやってきた、弁護士の羽田野(はたの)さんという初見の方。

 

 あとは作業完了の見届け人としてやってきた、政府関係者の方が1人だ。

 

 総務省の役人の野村(のむら)と自己紹介されたが、それ以上の情報は不明だ。

 

「なるべく多く集めろとは言ったが、まさか全員集めるとはね」

「亡くなった方は残念ですが、可能な限り揃えました」

 

 八頭さんが畏まりながら言った。

 

 ここには、端島たちのような協力的な能力者だけではなく、逢坂のような犯罪を犯した人物、能生(のう)のような探偵事務所の放火襲撃犯も一堂に会している。

 

 八頭さんからすれば、逢坂以上に探偵事務所襲撃の実行犯である能生たちを許しがたいだろう。

 

 だが、それでも彼らをこの世界の法律では裁けない。

 

 ここでは国外退去でとりあえず第3世界……俺たちの日本からいなくなればそれ以上は咎めないとしている。

 

「ただし、故人についても、せめてものと思い、遺骨と位牌、遺品は故郷へ帰っていただくよう配慮はしています」

「ああ、上出来だ。魂だけ知らない世界に取り残されても救われんからな」

 

 伊原さんが屋上階の端……テーブルの上に置かれた骨壷の方へ視線を向けた。

 

 骨壷は亡くなった5人分の遺骨が納めされている。

 

 さすがに1か月近く遺体をそのままというわけにはいかないので、火葬はされたのだが、墓に入れる骨が帰ることが出来るだけマシと考えるべきなのだろうか?

 

「魂は存在するのですか?」

「さてね」

 

 伊原さんは魂について詳しく語らずに突き放した。

 

 今の現代の日本では、魂の概念を理解出来ない。

 

 そこに、魂が実際に存在すると分かるような証明がされてしまうと、宗教的、倫理的、政治的に様々な問題と混乱が発生することは間違いない。

 

 今のように無難な答えで流して、個人の解釈に任せるのが正解だろう。

 

 ただ、俺は魂が存在することを知っている。

 

 五感では何も感じることは出来ないが、犠牲になった方の魂が「そこにいる」ことならば分かる。

 

 俺が邪神の巫女だからだろうか?

 

 それとも、結依(ゆい)という幽霊的な存在と同居することで、魂の形を少しくらいは理解出来ているからだろうか?

 

 なんにせよ、45人と5人……召喚された50人の能力者は全員ここに集まっている。

 

 俺でもそのくらいは分かるのだ。

 

 伊原さんならば、亡くなった5人の魂がそこにいることがハッキリと見えることだろう。

 

「遺族への説明は、逢坂という人物に一任しています。敵対グループのリーダーだった男です」

「あいつか……まあ帰しても大丈夫みたいだな。他のやつにも付いてないから大丈夫だ。そこらは一般人よりしっかりしてる」

 

 伊原さんと八頭さんは、逢坂へ視線を向けた。

 

 それに気付いた逢坂は一礼をする。

 

 逢坂は以前に対決した時と比べると、ずいぶんとやつれたように見える。

 

 目の下には隈があり、拘束後から今まではあまり良い精神状態ではなかったことは一目で分かる。

 

 悪魔が挨拶と勧誘にやってきたなどと意味不明なことも言っていた。

 

 すぐに拒否して帰ってもらったなどと主張しているが、そんな答えが出てくる時点で、あまり良くない精神状態であることは確かだ。

 

 それでも、贖罪の気持ちがあるのか、故人の遺族への説明と謝罪は全て行うと自ら買って出た。

 

 逢坂の親派である護衛の2人、高野や武藤、木野や若林などもサポートするという。

 

 ただ、逢坂を完全に信じきれてはいない。

 

 故人が亡くなった責任を端島たちに押し付けて、対立が起こる可能性は0ではない。

 

 なので、そこだけはくれぐれも注意するよう、これから帰還する能力者たち全員には忠告している。

 

「確認いいか? その次元の門? とやらを通れば、元の世界に戻れるそうだが、その場合はどこに出るんだ? このホテルの屋上か?」

 

 挙手して質問したのは笠取(かさどり)……俺と和泉さんが八王子の異空間に入って最初に接触した能力者だった。

 

 その傍らには、以前に俺が最初の部屋から助けた子供2人がいた。

 どうやら、子供たちの面倒は彼らが見てくれていたのだろう。

 

 ずっと入院していて、退院したのは最近らしいが、あまり関東圏に通えない俺の代わりに面倒を見ていてくれたのは、本当に助かる。

 

「説明は任せる」

 

 伊原さんは説明を丸投げしたので、八頭さんが代わりに答えることになったようだ。

 

 八頭さんが演壇に上がり、マイクを手にした。

 

「皆さんが帰還するのは、召喚される前にいた時間と場所です」

「時間!? 場所は分かるが、時間もか?」

「時間と空間の概念はとても分かりにくいものです。ただ、この次元の門を越えると、皆さんは召喚される前にいた場所、時間の1秒後に戻るそうです」

 

 八頭さんの説明で一同がざわめきだす。

 

「つまり、この1か月ほどは全部なかったことに? 全部夢という扱いになるのか?」

「そうはなりません。現在の所持品そのまま帰還することになります。もちろん能力もです」

 

 八頭さんの説明でまたもざわめきが広がる。

 

 一応、全員に帰還についての説明が記載されたパンフレットが配布されたはずなのだが、そもそも読んでいないか、読んでも理解出来なかった面々が多いのだろう。

 

「俺たちは召喚される前と若干見た目が変わっている。剣やら鎧やらも日常生活では目立ちすぎる。なんとかならないのか?」

「そこで、私が認識阻害魔法という魔法をかける。これは容姿を変えるものでない。変な服装をしていたとしても、違和感を感じさせにくくする魔法だ。日常生活を送るのに支障はないだろう」

 

 ここで、伊原さんも演壇に上がった。

 八頭さんからマイクを受け取り、説明を始めた。

 

 またもざわめきが起こるが「静かに!」の一言で、波が引くように静まり返っていった。

 

「認識阻害魔法の効果は半年。今の容姿と元の姿のギャップが大きい連中は、さっさと着替えるなり、散髪に行くなりしろ。効果が切れる頃には周りはみんな最近ちょっと雰囲気が変わったなくらいで馴染む」

「違和感というのはどういう認識になるんだ?」

「いつも黒い服を着ているやつが急にピンクの服を着たら、変に思われるだろうが、さすがに別人だとは思われないだろう。原理はそれと同じだ。奇抜すぎる服装のやつはさすがに突っ込まれるから注意しろ」

「待って」

 

 それは、1年前にその魔法をかけられた俺たちも初耳の情報で、そんな効果だとは全く知らなかった。

 

「あの、伊原さん」

「ああ、君らに掛けたやつとはちょっと違う簡易版だ。生活に支障がないレベルで薄いやつをかける」

「それなら安心ですね……って、私たちは生活に支障があるレベルの魔法がかかっているということなんですけど」

「生活に支障があるレベルなのは君だけだ。成人男性が中学生女子になっているのを誤魔化すには、よほど強めに掛けないとダメだろう」

「それはそう」

 

 それは仕方ない措置だとしか言いようがない。

 

 何度も認識阻害魔法のバグに文句を言ってすまなかった。

 それだけ強い認識阻害を受ければ、周りの言動もおかしくなるはずである。

 

「ということは、ここを抜けたら全員バラバラになるのか。事前に連絡網を作っておくか」

 

 笠取が、ずっとチームを組んでいた太田(おおた)西原(にしはら)、それに子供たちと連絡先を書いたメモを渡し合った。

 

「俺達とも連絡先交換しようぜ」

「ああ。お前たちなら見知ってるし安心だ」

 

 端島の誘いを受けた笠取たちも連絡先を交換する。

 

「あの時の高校生チームか」

「こっちにも連絡を」

 

 他の八王子から救出した面々も端島たちと連絡を交換し合った。

 

 同じようにあちこちで、各人が仲の良かった仲間たちと連絡先の交換を始めた。

 

 この調子で全員が連絡を取り合える体制が出来上がれば良かったのだが、そうは問屋が卸さない。

 

 やはりここでも、逢坂率いるチーム、端島たちのチーム、どちらにも入れない単独組。

 派閥ごとで分断が生じている。

 

「あいつらとは組むのはちょっと……」

「逢坂さんと敵対してた連中だしな……」

 

 あちこちから小声で対立チームとの馴れ合いを拒否するような声が聞こえてくる。

 

 やはり能力者50人が最初に半分に分断され、以降は和解する機会がほぼなかったのは大きい。

 

 ただ、端島たちの世界をこれから滅ぼす元凶は強敵だ。

 

 俺たちのようにランクアップで強化していないのはもちろん、ろくに戦闘経験もなく、スキルも初期状態のままという能力者も多い。

 

 だからこそ、勝率を上げるためには1人でも多くの能力者が協力が必要なのだが……。

 

「はいはい、グダグダはここまでにしときましょ」

 

 その時、船木がわざとらしく手をパンパンと打ち鳴らした。

 

 端島が持っていたメモ帳を奪い取り、そこに連絡先をメモしながら、目立つ演壇の前に出てきた。

 

 やや遅れて端島もメモを取り戻すために前に出てきた。

 

「この端島ってやつは、別に頭も性格もそこまで良いやつじゃないんだけど」

「おい、いきなり何だよ」

「戦力的には頼りになるやつだし、私は組んでも良いと思う。元の世界は、別に好きじゃない、滅んでも仕方ない世界だと思っているけど、それでもキモチ悪い宇宙人に好き勝手にされるってのは嫌だしね」

「同じ下宿の仲間でもあるし、船木が手伝ってくれるのは助かる」

 

 今度は松葉も演壇の前に出てきた。

 

 やはり端島のメモ帳を奪い取り、連絡先を書き込んだ。

 

「オレも、本来なら協力なんてしたくないが、まずは、例の制御機器を手に入れないと話にならんからな。しばらくは手を組んでやる」 

「共通の敵相手に共闘するのは悪くない」

「もちろん僕らも」

 

 続いてキクさん、木野、若林……端島と同じ下宿の面子が続く。

 その様子を逢坂は黙って見ていた。

 

「逢坂さん?」

「ああ、まずはボクが模範例を見せるべきだ。そうでないと、この混乱は収まらない」

 

 船木と松葉が空気を読んで少し後ろに下がるのと入れ替えで、逢坂が演壇の前に躍り出てきた。

 

 大袈裟に客席側へ一礼した後に、端島に歩み寄り、やはりメモ帳に連絡先を記載した。

 高野、武藤、逢坂の護衛たちもそれに続いた。

 

「マイクをお借りできますか?」

「手短にならな」

「ありがとうございます」

 

 逢坂が伊原さんからマイクを受け取った。

 

「この協力関係は、敵を倒すというだけの話ではありません。ボクたちの異能力は、元の世界には存在していなかった力です。これをそのまま持ち帰って世間に公表すれば、間違いなく奇異な目で見られるでしょう。せっかく得た異能力のせいで、差別されて排斥される。それはボクは全く望みません」

 

 逢坂が大げさかつ芝居がかった口調で集まった能力者たちのいる客席側に呼びかけた。

 

 相変わらずねっとりとした絡みつくような声と、芝居がかった回りくどい喋り方が気持ち悪い。

 

「ですので、元の世界に戻った後に、一度どこかで集まれませんか? リアルだともちろん難しいと思いますので、まずは、ネットのコミュニティサイトなどで集まることを提案します」

 

 逢坂に付いていた面々から歓声が上がる。

 

 やはりこういう演説をさせるとうまい。

 

「端島さん、何か言わなくていいんですか?」

「いいんだ。まとめる能力に関しては、この中ではあの逢坂が一番だ。今度は好き勝手させなきゃいいんだ。一度は倒した相手だ。次も負けない」

 

 合田が逢坂側に傾きつつある流れを心配して端島に確認するが、特に何も言わずに静観するようだ。 

 

「安心しろ、オレが逢坂の好きにはさせない。あいつも倒して、お前らも倒す」

「あんたも信用できないんだよ」

 

 松葉が逢坂に向けて敵意を見せるが、この場合は別に松葉が端島の味方になるという話ではない。

 

 単に敵が2人に増えただけだ。

 特に何も解決していない。

 

「あいつの言うことに騙されないでくださいね」

「その場合は合田が止めてくれると助かる」

「私もずっと付いていられないんですから、自分でも騙されないように気をつけてくださいね」

「なら、ずっと近くに付いてアドバイスくれよ」

 

 端島がさも当然のように素のままで言った。

 自分が何を言っているのか、理解している雰囲気は一切ない。

 

「ほら、3年でしょ」

「3年ですね」

「うん、3年コースだ」

 

 合田、梨本、船木が集まって端島を指してブツブツとぼやき始めた。

 

 状況を理解していないのは端島だけだ。

 

 まあ、頑張れ。

 

「それで、彼らを帰還させるための次元の門は?」

「ああ、もう仕上げている。そこにゲートがあるだろう。それを次元の門にする」

 

 伊原さんは屋上に設置された園芸用のゲートを指差した。

 

 鉄の棒などを曲げて作った、幅と高さが3メートルほどある半円型をしたアーチ構造の飾り台だ。

 

 植木鉢を吊るしたり、蔦などを這わせて、ホテルの庭や公園などに設置するタイプのものだ。

 これ自体は、この帰還作業の2時間ほど前に、発注された業者が取り付けたものだ。

 

 そこに、カーターが汗をかきながら最後の仕上げをしている。

 

「門にするというのは?」

「文字通り。次元の門は物理的にではなく、そのような術が存在するいう意味だ。ただし、それは人間には理解し難い概念で作られており、利用も難しいので、実在のオブジェクトに重ねて目に見える形に作り上げる」

 

 伊原さんが手をかざすと、園芸用のゲートがまばゆく輝き始めた。

 

 アーチの内側の空気が揺らぎ始め、やがて半透明のビニールがかかったように、景色がぼんやりと歪む膜のようなものが展開された。

 

 それだけではなく、ホタルのように明滅する丸い光の玉のようなものが、フラフラとゲートの周りをたゆたっている。

 

「それが門だ。今は閉じた状態でまだ利用はできないが、門が開きさえすれば、すぐに帰還用のゲートとして発動する」

「門が開くということは、まだ手順が必要なので?」

「開門と動作テストだな。というわけで、君の出番だ」

「ちょっ、俺!?」

 

 伊原さんが突然に俺を指差した。

 

 伊原さんはスタスタと俺に歩み寄り、困惑している俺の手を取ると、壇上へ引き上げた。

 

「というわけで、この上戸がちょっと向こう側に行って、ゲートがちゃんと機能しているか、安全なのかをチェックしてくる。そして証拠として、第4世界ならではの物を証拠を持ち帰ってきてもらう」

 

 伊原さんがとんでもない無茶振りをしてきた。

 

 何故、その次元の門なる正体不明の物の動作テストを俺が人体実験しないといけないのか?

 

「伊原さん、待ってください。何故、私なんですか?」

 

 さすがに俺が行かないといけない理由が分からないので抗議をする。

 

「君ならちょっと行ってちょっと帰ってこられるだろう。私が行ったところで、人間が通っても無事だという証明ができない」

「大丈夫なんですか?」

「逆だ。大丈夫なのは分かっているが、それを証明するためだ。ゲートで世界を越えても無事だし、人体にも影響がないという確証がないと、ここにいる連中が納得しないだろう」

「無茶苦茶言いますね。これで第4世界に行って帰ってきたら、異世界移動3つ目ですよ。そんなやつ他にいます?」

「そのくらい気にするな。この調子で10でも20でも旅していこう。通りすがりの仮面ライダー」

「魔女なんですけど」

 

 ダメだ。まるで話にならない。

 

 しかも、悪意などなく、良かれと思っての善意100%だ。

 話の理屈も通っているだけに余計に手に負えない。

 

「向こうの世界からどうやって帰ってくればいいんですか?」

「銀の鍵だ。第4世界初訪問の君ならば、空間は移動せずに同じホテルの屋上に現れる。向こうの空間に門が残ったままだから、それを銀の鍵で開いて戻ってくればいい」

 

 理屈は分かる。

 だが、納得は出来ない。

 

「正直に言おう。実はこの帰還プロジェクトは、第4世界の能力者たちには、あまり信用されていない」

 

 八頭さんが小声で実情を語り始めた。

 

「次元間の移動なんて罠だという声が少なからずある。それでも、なお無理矢理集めた形だ」

「理由は分かります。こんなインスタントで帰還できると言われても説得力がないのは分かります」

「そこで、ここにいる多くの能力者に、多かれ少なかれ顔を知られている君が往復することで、少なくとも次元の門の向こう側は安全であると保証ができる」

 

 改めて客席の後輩たちを見回す。

 

 八王子で会った能力者はもちろん、逢坂の部下や、能生の部下とは実際に戦っているので顔は知られている。

 

 中にはローションが詰まったローション弾でヌルヌルにするという酷い倒し方をした連中の顔もある。

 

 良い意味でも悪い意味でも、一番顔が通っているのは俺だ。

 

 そんな彼らは、次元の門が安全であること。

 そして、証拠の品を持ち帰ってくるという伊原さんの話を信じて、俺の挙動を見守っている。

 

 さすがにこの期待は裏切れない。

 

 俺自身は何も納得は一切出来ないが、彼らが帰還する上での納得は重要なことだ。

 

 そうやって悩んでいる光景を見て、ゲートの準備に当たっていたカーターと和泉さんが壇上に上がってきた。

 

「本当に大丈夫か? さすがに無茶振りすぎるし、断ってもいい。どうしても行くというなら、オレも付き添っていいぞ」

「好意だけはありがたくいただいておくよ。でも、俺が往復することが、後輩たちに安心と安全を伝えられることくらい分かる」

「立場上、私からは何も言えませんが……」

 

 和泉さんの表情は複雑だ。

 

 まあ、当然だ。

 

 直属の上司である八頭さんと、重要な取引相手である伊原さんがいるのだから、立場上は反論出来ない。

 

 それでも心配してくれているのは分かる。

 

「どっちもありがとう。でも、大丈夫だ。ちょっと行ってくる」

 

 まずはコートの袖をまくって腕時計の時間を見せる。

 これが出発時刻だという証明だ。

 

 心配げに俺を見るカーターから銀の鍵を受け取り、ゲートへ歩いて向かう。

 

 会場にいる後輩たちの期待を裏切らないためにも、ここで引くわけには行かない。

 

 白い光に包まれた園芸用ゲート内は、まるでもやがかかったような歪んだ空間になっていた。

 ゲートの先に何があるのか全く見通せない。

 

「これを開ければいいんだよな」

 

 銀の鍵をその空間に差し込み、錠前を開くように左方向へ90度回転させると、ゲートの反対側の景色が見えた。

 

 見た限りは、ホテルの屋上の反対側が見えているだけだ。

 門の効果がただ消えただけのようにも見える。

 

 だが、理屈の上では、ゲートの向こう側は第4世界のはずだ。

 

「じゃあ3つ目の異世界に行ってくる」

 

 意を決してゲートへと飛び込み……ホテルの屋上に出た。

 

 景色はなんら変わらない。

 

 実は何も起こっていないのではと思うが、辺りを見回すと、先程まで屋上に溢れていた人々が誰1人としていない。

 ただ、俺一人だけが屋上にたたずんでいる。

 

 あっさりすぎるが、どうやら成功らしい。

 

「世界は崩壊したりしていないよな」

 

 少しだけ心配になって耳を澄ますと、ホテルの下から様々な音が聞こえてくる。

 

 雑踏の音、誰かが会話する声、車の走行音……ごくごく普通の東京都内の生活音だ。

 

 裏東京とは明らかに異なる。

 ここには俺たちの世界と全く同じ、平和な人々の日常が広がっている。

 

 背後には、空間の歪みがそのまま残っていた。

 

 帰る時は、このの歪みを通過すれば良いだけだ。

 

「じゃあ、何か証拠の品を買ってくるか。コンビニでいいんだよな……そもそも、第3世界の通貨って使えるのか? というか、第4世界にしかないものって何があるんだよ……そこらで買えるのか?」

 

   ◆ ◆ ◆ 

 

 ホテルの屋上を降りてすぐのところにコンビニがあったので、そこで新聞と万博のグッズを購入。

 

 第3世界の500円玉は第4世界でも問題なく使えた。

 

 最初は札を出そうと思ったが、下手をすると、同じシリアルナンバーの札が流通する可能性もありうるので、見た目では区別がつかない硬貨で支払うことにした。

 

 支払いを済ませた後にホテルの屋上階に戻り、そこにあった空間の歪みからすぐに帰還。

 現地滞在は10分ほどだろうか?

 

「ただいま」

「お帰り……って無茶苦茶早いな。ちゃんと買い物をしてきたか?」

「それはこの通り」

 

 出迎えてくれたカーターに購入してきた新聞紙と、第4世界で開催中である「つくば万博」公式キャラクターのキーホルダーを見せた。

 

「こっちだと、何分くらい経過した?」

「分どころか、入った途端に戻ってきたんだが……5秒も掛かっていないくらいだぞ」

「俺の体感だと10分ちょっとだったんだけど」

「腕時計を見せてみろ」

 

 カーターがスーツの左手の袖をまくり、腕時計を見せてきた。

 同じように左手を出してクロスさせ、後輩たちにもハッキリ見えるようにする。

 

 俺の腕時計とカーターの腕時計では、約15分の差が付いていた。

 

「ラビ助の時計は正確か?」

「一応は電波時計だぞ。親に大学の合格祝いで買ってもらったものだけど、ずっと正しく動いてる」

「オレのはビンテージロレックス。50年もので傷だらけだが、定期的にメンテに出してるので、年に1分以内の誤差しか出ない」

「ずいぶんと高い時計を普段使いしてるんだな」

「使わなきゃ逆にもったいないだろ。オレは部屋に置いて眺めるためでも投資するためでもなく、好きで身に付けたいものを買ってるんだ」

「お前のそういうこだわりは好きだよ」

 

 時間の差については証明された。

 

 これは時差と言うよりも、次元の壁が時間を補正してくれているのだろう。

 

「こっちだ。壇上に戻ってきてくれ」

 

 伊原さんの言う通りに壇上に戻り、購入してきた品を頭上高く掲げる。

 

 新聞の日付は10月31日。

 

 新聞の方は、遠くからだと日付なんて見えるわけがないので、反応は薄かった。

 

 だが、キーホルダーは違った。

 見せた途端にどよめきの声が上がる。

 

 第4世界だけで開催されている「つくば万博」の公式キャラクターのグッズだが、第3世界にこんなキャラクターは存在しておらず、グッズもない。

 世界を渡った証明にはなる。

 

 キャラは見るからに無個性で、どこに人気が出る要素があるのか分からない。

 

 色合いなどでファンシーに見せようとしているが、その地味さは隠せない。

 何故にそんな地味でパッとしないキャラクターを公式キャラに選んだのか?

 第4世界の人間の感性は何かおかしいのではないだろうか?

 

 ……冷静に考えたら気のせいだった。

 

 おかしいのは、俺たちの世界の万博公式キャラの方だった。

 

 すっかり見慣れてしまったので、可愛く思えるし、思わずグッズも買ってしまう。

 

 だが、冷静になって考えると、俺たちの世界の万博公式キャラクターはただのクリーチャーである。

 無個性どころか個性を通り越してクセしかない。

 

 俺達の世界に何が有ったのか?

 日本国民全てに集団催眠がかけられたのか?

 

 何も分からない。

 

 ただ、そのキーホルダーを見た第4世界の能力者たちは、ほぼ全員が「ポールくんだ」「ポールくんキーホルダーだ」「プレミアがついて全然買えないのに、どこで買ってきたんだ?」と、何かしら声をあげている。

 

 キーホルダーが珍しくて驚いているわけではなく、確実にゲートの向こう側は自分たちの故郷であることに対する驚きと喜びの声なのだろう。

 

 一部、本当に珍しくて驚いている声が混じっていたような気もしたが、そこは気にしたら負けだ。

 

「これで分かったと思う。君たちは元の世界へ帰ることができる」

 

 伊原さんが語りかけに対する反応は、最初は小さい声だった。

 

 ただ、時間が経つにつれて、ようやく実感となって理解出来たのだろう。

 

 どよめきの声は段々と大きくなり、やがて大歓声となった。

 

「行って良かっただろう」

「まあそうですけどね」

 

 この歓喜の声を聞いていると、悪くはなかったと思えてくるのは事実だ。

 

 事実なのだが、素直に「はいそうです」とは言いたくない。

 

「じゃあ、あまり待たせても仕方ないな。帰還の儀式を始めよう」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 帰還の儀式と言っても話は簡単だ。

 

 ゲートの幅が決まっているので、全員が押しかけても仕方ないのと、一気に何人も入ると、うまく元の場所、元の時間軸に戻れない可能性があるらしい。

 

 なので、俺と和泉さんの2人で整列させて、基本的に1人ずつ順番に入ってもらうよう誘導する。

 ただそれだけだ。

 

「あんたには世話になった。感謝してるよ」

 

 1人目は笠取だった。

 俺と和泉さんが最初に接触した第4世界の住人でもある。

 

 笠取はゲートの白い光を前に一度立ち止まり、眩しそうに目を細めた。

 

 その傍らには、俺がかつて助け出した二人の子供たちが、彼の服の裾をぎゅっと握りしめて立っている。

 

「この子供たちはあんたが助けたんだってな。ありがとうよ」

「いえいえ、私も助けたくてそうしただけですし」

 

 笠取は、まるで父親のような優しい手つきで子供たちの頭を撫でた。

 

「こちらも愛着が出ちゃってな。あまり寂しがらせないように、俺の次くらいに、このゲートに入れてやってほしい」

「承知しました。確実に後についていかせるようにします」

「頼んだぞ」

 

 笠取はそう言うと、ゲートへと歩みを進める。

 そのまま音もなく姿を消した。

 

「じゃあ、君たちも順番に、お兄さんの後についていこうか」

「うん」

 

 続いて、子供たちが不安げに、けれど俺に一度だけ小さく手を振って光の中へ消えていく。

 

「俺たちも笠取の後に行くよ。あいつが一応リーダーなんだし」

 

 続いて笠取の仲間2人。

 そして、彼らと組んでいたという女子高生チーム3人が続いた。

 

「のんびりしていると、時間がいくらあっても足りないぞ。どんどん行ってくれ」

「では、次はボクが行きましょう」

 

 ねっとりとした声が聞こえてきたと思ったら、逢坂だった。

 

 彼は5つの骨壷を、まるで壊れ物を扱うように、けれどもしっかりと腕に抱えていた。

 

 その隈の浮いた目は、贖罪の念か、あるいは執着か、複雑な光を宿している。

 

「ボクが行けば、仲間たちも後から付いてきてくれます。逆に、ボクが行かなければみんな警戒して帰還しないでしょう」

「まあ、そうでしょうね」

「ボクはまだ、あなたに負けたとは思っていません。そのうちリベンジを果たしますよ」

「またはないんですよ。これが今生の別れです」

「それは残念」

 

 俺が突き放すと、彼はフッと自嘲気味に笑い、背筋を伸ばしてゲートへと飛び込んだ。

 

「おい、お前の次はこのオレだ」

 

 そんな時、待機行列を割り込んで、松葉が1人飛び出してきた。

 鞄を乱暴に肩に担ぎ直すと、逢坂の背中を追って文字通り光の中へ突っ込んでいった。

 

「あいつ、何なんだ?」

「追うぞ! 逢坂さんが何をされるかわからん!」

 

 文科省地下で逢坂に付いていた護衛たちや高野、武藤……逢坂の仲間たちも、混乱に紛れるように次々とゲートへと飛び込んでいく。

 

「追いかけても出る場所は違うと言ってるのに」

 

 伊原さんは呆れ顔で呟くが、彼らの勢いは止まらない。

 情緒も何もあったものではない。

 

「列を守ってください。1人ずつです!」

 

 和泉さんが叫ぶが、流れはとまらない。

 

「では、僕たちも行きます」

「逢坂さんを追わないと。船木さんとキクさんも早くね」

 

 東京タワー組、木野と若林の2人もゲートの向こう側へと消えていった。

 

 そんな彼らの行動を見て早いもの順か何かだと勘違いしたのか、我先にと次々ゲートへ飛び込んでいく。

 

 そうしているうちに、残るは端島、合田、梨本、船木、キクさんの5人だけになった。

 

「じゃあ、俺たちも家に帰るよ」

「今までありがとうございました」

「また……会えるのかな?」

「残念ながら、もう会うことはないだろう。全員の転移を確認したら、この次元の門は閉じるからな」

 

 梨本に伊原さんが淡々と、けれど残酷な事実を告げた。

 

「じゃあ、俺たちが世界を救っても、それを和泉さんや上戸さんたちに伝える方法はないってことか」

 

 端島は少しだけ寂しそうに笑った。

 

「大丈夫ですよ。皆さんなら、必ずなんとかできます。私たちでもなんとかできたんですから」

「慰めじゃなく、言葉通りに受け取っておくよ」

 

 これで端島たちともお別れだ。

 

 別れる時は笑顔。

 その方針は変わらない。

 

 キクさんが前に出た。

 

「あんたには松葉が付けた寄生虫を取ってもらったりと助かったよ。一度、剣でも戦ってみたかったが、その機会がなくて残念だ」

「止めてくださいよ。私の剣術はオマケなので、そこまで戦えませんって」

「まあそういうことにしておくよ。じゃあな」

「さようならキクさん。お元気で」

「違う、キクさんじゃなくて一文――」

 

 キクさんの最後の言葉は、ゲートの輝きに飲み込まれて聞こえず、そのまま消えていった。

 

麻美(あさみ)も待ってるだろうし私も行くわ。あんた達は向こうに着いたらさっさと連絡してくること。いいわね」

「分かってるよ船木。また向こうで」

「また向こうで」

 

 続いて船木も消えた。

 

 最後に残ったのは、端島、合田、梨本の三人だ。

 

「じゃあ上戸さん、和泉さん、これでお別れだ。色々と助かったよ」

「いえいえ、こちらこそ。私が関東に住んでいない間、色々と調査をしていただいて助かりました」

「色々とありましたが、皆さんの努力には助けられました。その経験が活かせると信じています」

 

 月次ではあるが、俺と和泉さんでお礼の言葉を送る。

 

「俺は、せっかくチート能力を得られたんだから、大活躍してみんなにチヤホヤされたかったんだ。でも、世の中には色々なやつがいて、それぞれ得意分野があることも知った。1人で全部できる必要なんてなかったんだな」

「それはそれとして、端島さんはできないことが多すぎます」

「合田チャンもね。向こうに着いたら、またチームを組んで、色々と勉強していこう」

「梨本さんもですよ」

 

 この3人は、まだまだ成長途中のチームだ。

 

 向こうに着いてからも、世界の敵やら、逢坂やら、松葉やら、解決しないといけない問題は山積みだろう。

 

 それでも力を合わせて頑張って欲しい。

 頼れる仲間はいるはずだから。

 

「そうそう、忘れてた。和泉さんから借りてたスマホだ。カメラの画像データは抜き取ったから、返しといてくれ」

 

 端島たち3人が和泉にスマホと、調査用にと渡されていたカメラを返した。

 

「もうデータは大丈夫ですか?」

「必要な写真は全部カードに保存はしておいたから大丈夫……ちょっと待ってください。もう1枚だけ撮影いいですか?」

 

 合田が突然スマホの電源を入れて、何やら設定を始めた。

 

「どうしたんですか?」

「上戸さんと、和泉さんと5人で最後に記念写真を撮っておきたいです」

「そういや忘れてたな。2人には世話になったのに何も残してないや」

「5人で記念写真いいですか?」

 

 梨本が尋ねてきたが、断る理由などない。

 

「和泉さんもいいですよね」

「あ、ああ……特に問題はないが」

「なら、カメラを貸せよ。オレが撮ってやる」

 

 カーターが合田からスマホを受け取り、レンズをこちらに向けた。

 

 俺と和泉さん、端島、合田、梨本の5人がゲートの前に並ぶ。

 

「じゃあ撮るぞ。これが最後の記念写真だ!」

 

 撮影したデータは合田が操作してSDカードにコピー。

 そして、俺と和泉さんのスマホに近距離通信で共有された。

 

「あと、最後のお願いなんだけど」

 

 梨本がもじもじしながら俺に近付いてきた。

 

「ポールくんのキーホルダーを貰ってもいいかな? それ、最初の頃に売り出されたけど、すぐに売り切れてプレミアついてるやつなんで」

「えっ?」

「そうそう、そのキーホルダーをどこで買ったか、ずっと気になってた」

「このホテルを出てすぐのコンビニですよ。どれがいいか分からないので、雑誌コーナーのところにあったのを適当に掴んできました」

 

 梨本にキーホルダーを渡しながら、見てきたままの光景を説明すると、3人の表情が変わった。

 

「帰ったら買いに来ないと」

「穴場だったんですかね。私も買いに行きますよ」

「ここってビジネス街だから、グッズとか買う客がいなかったんじゃ。他にぬいぐるみとか残ってました?」

「そこまでは見てないです」

 

 なんだかわからないが、キーホルダー1つでここまで一喜一憂出来るのはうらやましい。

 

「じゃあな。湿っぽいのもなんだし、帰るよ。2人とも、一度家に荷物を置いたらコンビニに集合な」

「分かりました。ここのホテル前のコンビニですね」

「時間は朝一でいい?」

「一度電話するよ。あっ、それじゃあ」

 

 そうして、端島たちも門の向こう側へと帰って行った。

 

 まあ、なんだかんだで楽しそうなのが何よりだ。

 

 あまりにもカラッとした、ごく普通の別れだったので、特に感傷の気持ちも出て来ないが、別にそれで良いのだろう。

 それが一期一会というものだ。

 

 頑張れよ、後輩たち。

 

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