洋館の正体は全くの不明だ。
だが、物理ダメージを与えることで、逃走する……何らかの意識を持った存在ということだけは分かった。
寒風吹く中で、コートの襟を閉じながら、洋館が建っていた場所を見る。
目立たないように木々の陰になるように鳥の使い魔を放って、洋館跡地の監視を行う。
トンビが人の縄張りに入るなとばかりに、鳥の使い魔に対して牽制をするように上空を旋回して、威嚇の声を上げ始めた。
こちらは縄張り争いをする気などないし、長居はするつもりはないので、勘弁してほしい。
今のところ、目視で確認する限りでは、洋館の跡地や周辺には何も残っているようには見えない。
ただ、これは俺が魔力検知などの技術を持っていないからで完璧な調査ではない。
魔力探知などを行える技術を持っている人ならば違った結論を出せるかもしれない。
もちろん、痕跡が消える前に、この雪が降り続けている鳥取砂丘前に駆けつけてくれる人材などいない。
「俺はもう少し状況を見ていく。優紀は建物の中に入ってラーメンでも食ってろ」
「いいのか? 先に全部食べてしまうぞ。土産物コーナーで時間も潰すぞ。サンドのグッズがいっぱい売ってるんだ」
「それでいい。なるべく早く合流するつもりだ。ただ、もしかして敵が潜んでいて、それを逃したとなるとシャレにならないからな。これから何度でも襲われる危険が出てくる」
そう説明すると、優紀は建物の中に入っていった。
洋館跡を見渡せる場所に移動して、かじかむ手で電話を掛ける。
異変が発生しても、その位置からならば、すぐに対応できる。
通話が繋がった後は、洋館の発見と撃破について和泉さんに報告した。
『とても自然に発生した次元の歪みとは思えませんね。何らかの意思を感じます。他にお気づきの点などはありますか?』
「今のところはないですね。近くに能力者が潜んでいて、再度攻撃を仕掛けてくる可能性を危惧しているのですが、動きはありません」
さすがに雪が降り、寒風が吹く寒さに凍える駐車場の片隅で電話を掛けている俺に注目する者など誰もいない。
『そうですか。では、また何か動きがありましたらご連絡をお願い……』
和泉さんが突然、言葉を止めた。
電話の向こうで何か絶句しているのが分かる。
まさか和泉さんの方も何かの攻撃を受けているのだろうか?
「何かあったんですか? 教えてください? こちらと同じような攻撃ですか?」
『いえ、こちらの話です。お構いなく……』
そうは言ったが、言葉尻は何か重い。
あえてもう一度尋ねる。
「何がありましたか?」
『データです。上戸さんが遭遇したような怪異などの情報は、全てデータベースに逐一記録することになっているのですが』
やはり語尾を濁らせる。
言いたくない、言いづらいことがあるのだろうが、それでもあえて聞きたい。
それは俺たちの、そして和泉さんの安全にも関わってくるかもしれないならば猶更だ。
「変とはどういうことですか? 何かあったら教えてください」
和泉は躊躇があったのか、ワンテンポ開けてから答えた。
『入力した覚えのない、位置情報が既にデータベースに入力済なんです』
「外部からのハッキングなどではないですよね。探偵事務所を襲撃した
『いえ、編集履歴を見ているのですが、このデータは私が入れたことになっています』
「私もよくありますよ。多忙に追われすぎて朦朧として意識が飛んだ後、ふと我に帰ると、いつの間にか残っていたはずの仕事が終わっているんです」
『過労による記憶の混濁ですかね? そう言われてみると、私が入力したデータのような気もしました』
ダメだ。和泉さんが完全にお疲れモード。過労で倒れる寸前だ。
自分でやった仕事を夢でやったのか現実でやったのか区別出来なくなるのは、もうダメな状態だ。
休んだ方が良いですよとアドバイスしようとする前に話が続いた。
『横浜市南部、横須賀市北部を中心とした、位置情報が入った地図です。最初は、春に起こった横浜の事件の資料だと思っていたのですが』
横浜の事件……横浜と横須賀の市境という位置から考えると、金沢区に現れた能力者たちが殺し合いを行っていた事件のことだろう。
俺も解決に尽力した、その事件の情報がデータベースに載っているというのは、特におかしな話ではないと思うのだが……また別件だろうか?
『上戸さんも一度確認いただけませんか? 地図アプリ上で開くことが出来る位置ログです』
「メールで送信いただけますか? こちらでも確認してみます。ただ、今通話しているスマホで受ける関係で一度通話は切らせていただきますが」
『はい。よろしくお願いします。データ確認後、再度連絡をください』
一度通話を終えた。
いつの間にか頭や肩の上に降り積もっていた雪を払い、メーラーを起動させる。
気が荒そうなトンビが一羽、俺の近くギリギリに急降下して通り過ぎて行ったが、そんな挑発に乗る気はない。
むしろ逆だ。
所場代と迷惑料代わりにクッキーを取り出して空に投げると、トンビはそれを空中で咥え、満足気にどこか遠くへ飛んで行った。
最初からやっておけば良かった。
少し待っていると、和泉さんから位置ログが添付されたメールが届いた。
早速地図アプリに取り込んで情報を表示させる。
位置ログは2つあった。
1つ目の位置ログは横浜と横須賀中心。
最初の起点は横浜市金沢区の山地部だった。
そこから楕円を描くようなルートで西側の横浜市栄区に入る。
南下して葉山町、逗子市を経由して、東の横須賀市へと入っていく。
2周目は北向きだ。
横須賀、金沢区、磯子区と今度は縦向きの楕円を描き、また金沢区に戻ってくる。
まるで巡回バスだ。何か客でも拾っているのか?
動きは左回り。
移動間隔はだいたい1日。
「これだと起点は、日産の追浜工場か? それとも……」
起点と思しき場所の地図を確認すると、第3海堡の名前が目に飛び込んでくる。
宇宙人の円盤が隠れていた東京湾の海底遺跡。
そこへ至る通路を作成するために作り上げられたのが、海上砲台という名目で作成された人工島、東京湾第3
第3海堡自体は関東大震災で崩壊して海の底に沈んだが、海上通行の妨げになると、その残骸は海底から引き上げられ、一部が公園に移築。一般公開されている。
あくまでも本体は東京湾の海底にある海底遺跡であって、第3海堡自体はただの石の塊。
何もないと思っていたのだが、この位置ログを見ると、まるで第3海堡の残骸から何かが飛び出して動いているように見える。調査漏れがあったのだろうか?
位置ログを元に、脳内でシミュレーションを行う。
動きはランダムではない。
何故なら、この位置ログに登録された位置情報は、明らかに「それなりの大きな道」に沿って動いているからだ。
それでいて幹線道路ではない。
位置情報の周辺は工業、商業地区ではなく、住宅地ばかりだ。
和泉さんが最初に春に起こった横浜の事件と間違えた理由のも分かる。
これは、自然現象ではなく、人間が何かの目的を果たすための動きだ。
動機は現時点だと考えない。
情報が足りないので、ここで憶測を入れると、後で推理のノイズになる。
位置情報に添付された「時間」は早朝6時から8時、16時から18時、20時から22時の3つに分かれる。
前の2つは通勤、通学ラッシュの時間と一致する。
20時から22時の情報というのも、勤務場所が遠い会社員の帰宅時間と考えると違和感は消える。
「和泉さんが入力した」という前提を考えると、これは何かの目撃情報をまとめたログだと考えられる。
複数の目撃情報を繋げることで「何か」の移動パターンを分析しようとしたものだろう。
次の考察は「何故戻るのか?」
位置ログは、第3海堡を出発した何かは、そのままどこかに消えるのではなく、なぜか出発点に戻っているように見える。
出発点にこのデータに気付いた誰かを誘導したいのか?
それとも、データに気付く者などいないと高を括っている?
ともかく、何らかの理由で一定期間内に出発点に戻る必要がある。1周は約20日。
結論は出さない。やはりノイズになる。
出発点で5日待機後に今度は別ルートで再出発させる。
20日後元に戻る。
この移動ログはそこで終了している。
3周目はないのか、たまたま情報を集めた範囲が2周目までだったのかは不明だ。
1周目と2周目の移動距離、移動に掛かる時間はほぼ一致している。
これは、1度外に出すと戻るのに20日掛かるという過程が成り立つ。
では距離の方は?
第3海堡からの最も遠い距離は約5キロ。
これ以上遠くに行けないのか、行かないのか。
横浜の地理に詳しいわけではないので、
もし3周目があるのならば、今まで通ったことがない場所の可能性は高いと思う。
理由は、全く同じルート、一度目撃情報があった場所を何度も通ると、さすがに法則に気づく人間が増えるからだ。
その前提だと、3周目はどこに向かうのか?
「ここだな。能見台」
能見台は、金沢区北部の住宅地だ。
過去の2周と同じ法則で動くならば、住宅地を繋いでいき、磯子区、もしくは港南区のJR根岸線手前あたりで折り返して戻っていく、北西コースになると想定される。
2つ目の位置ログは……日本全国に散っていた。
東京、大阪、横浜、名古屋……大都市は多く、田舎は少ないという、だからどうしたというデータだ。
サンプル数があと100倍くらいあれば、何かしらの法則を見つけられるかもしれないが、日本全国でトータル60個。1県あたり1個、都市部は2、3個あっても何の法則も見つけられない。
「こっちは全然わからん。何かヒントを……」
おそらくこちらも何かの目撃例のデータなのだろうが、人口が多い地域は目撃例も多いという当然の話しかしていない。
和泉さんに再度電話を掛けた上で、推理内容を伝える。
「やはり怪しいのは第3海堡だと思います。あとは、能見台を抜けて根岸線手前でターンするコースに3周目データが見つかるかどうかですね」
『2つ目の移動ログは覚えはありませんか?』
「覚えはないと言われても……」
『私の口からは言えません。ただ、上戸さんの口から確認を取りたいのです』
和泉さんが意味深なことを言ってきた。
これは、俺の中に答えはもうあるし、推理も可能なはずだが、探偵の守秘義務なので直接答えは言えない。
ただし、俺が勝手に答えを導き出して話し始めたことに答えるのは有りということだろう。
「ちょっと待ってください」
第2の位置ログを思い出す。
俺と探偵が共通で知っていて全国区となると、日本から召喚された人たちの居住地情報だろうか?
その過程で俺の知っている人たちの情報を重ねてみる。
小森くんは横浜南部。エリちゃんは岡山の
ウィリーさんは横浜北部に住んでいて中華街でバイトしていたと聞いた覚えがある。
ガーネットちゃんは東京の……聞いていない。
ハセベさんは東北出身で今は東京に住んでいると言っていた。
商社マンだったらしいので、まあ東京でも真ん中の方だろう。
アデレイドは市ヶ谷議員の自宅だから、まあ東京だ。エビチャーハン食いたかった。
端島は調布、合田が品川、梨本が赤羽。全員東京と。
そして逢坂は埼玉。
俺が知っているのはそこまでだ。
中村は存在が消えていると伊原さんが以前に言っていたので、島根の出雲に点が付いていなくとも、気にする必要はない。どの道、過疎になりつつある漁村だ。目撃例はないだろう。
俺やカーターは運営と関係なく、うちの神様の案内で異世界に行っている。
なので、兵庫の加古川、山梨の甲州が入っていなくとも問題はない。
東京が多すぎてノイズにしかなっていないのだが、ポイントはエリちゃんが住んでいる和気だ。
他に注目されないであろうこの和気町にしっかり点が付いている。
「第2の移動ログは被召喚者の居住地と関係ありますか? 政府がリストを持っていたという」
『リストを元に、何か情報が残っていないか調べた際のデータだと思います。そこに次元の歪みがあったと私が入力したようです』
「なんで伝聞系なんですか?」
『それが今回の問題ですよ』
結局のところ、そこに問題が帰ってきてしまったようだ。
和泉さんの勘違いなのか、それとも何かしらの、かく乱なのか判断がつかないのが悩みどころだ。
「この旅行から戻ったら、年末までに一度関東に行きます。なので、今は作戦の仕込みだけお願いできないですか?」
『仕込みとは?』
「地図ログに、私が推理した能見台を通るコースを入力してみてください。もし、そのデータが何かの罠ならば、仕掛けた連中は何かしらの動きをするはずです」
『もし何もなければ?』
「データを消して元通りということで」
『今のところ侵入の痕跡は見つかっていませんが、試してみる価値はありそうですね』
電話の向こう側でキーボードをカタカタと叩く音がした。
早速入力していただいているようだ。
『入力してみました』
「ありがとうございます。私もそちらに行った後は、その移動ログ上に何があるのかと、第3海堡の調査を行いたいと思います」
再度頭に積もった雪を払い落とした。
洋館跡に犯人らしき人物が現れる気配はない。
俺一人でポツンと
もういいだろう。
使いすぎた頭をクールダウンさせるためにも再度頭の雪を払った。
「じゃあ、この調査は一区切りだ。早くうどんを食って温まろう」
◆ ◆ ◆
結局何も食べずに土産物コーナーでポケモンのサンドグッズを物色してた優紀と一緒に合流した。
とりあえずグッズはノーマルとアローラサンドのフォトスタンドセットを買った。
昼飯は俺はうどん、優紀はラーメンの初志貫徹。
お裾分けで貰った牛骨ラーメンはなかなかだった。
だしと脂の味がどこか洋風感あるのは、テールスープなどと共通点があるからだろうか?
豚骨とはまた違うアプローチで楽しめた。
うどんは……まあ、うどんだ。
京都系の優しい薄味でだし強めの安定の味。
何より温まるのが助かる。
「それでこの後は旅行中断か? それとも旅を続けるのか?」
「もちろん続ける。ちょっと急がないと日が暮れるが、今後のプランを確認するぞ」
現在位置はまだ鳥取砂丘だが、既に12時を過ぎている。
予定よりも3時間ほど遅れている計算だ。
城崎を出発した時は予定通りだったのに、何故こうなってしまったのか?
理由は分かっている。
玄武洞への寄り道と、先ほどの異空間だ。
当初の予定だと、
ウサギの神社である
倉吉のフィギュアミュージアムを見る。
ゴールは鳥取西部、
宿泊の予約も金も入れている。
翌日は島根の
だが、大山までは普通に車を走らせても2時間くらいかかる。
雪で車の速度を上げられないと更に時間はかかるだろう。
宿のチェックインは17時予定だ。
1時間くらいは遅れても大丈夫だろうが、それ以上の遅延は宿に迷惑がかかる。
残り2時間超でこの内容の観光はさすがに無茶だ。
絶対に駆け足になって楽しめない。
「コナンとウサギは外せない。毛利小五郎のブロンズ像と写真を撮るんだ」
「俺もコナンは外せない。コナンを見て育った世代だからな」
優紀がそう言うなら仕方がない。
倉吉、湯梨浜は涙を呑んで飛ばす。
ウサギはさほど時間はかからなくとも、コナンミュージアムで時間を吸い取られることくらい分かる。
「俺たち少年探偵団!」と童心に帰ってテンションを上げ、時間超過など気にせずに、延々と楽しみまくるに決まっている。
子供の頃は、どれだけコナンに影響されたことか。
「あなたが犯人なんですよ。○○さん」をやりたくて、どれだけ謎を解くことに憧れたか。
まさか実際に「あなたを犯人です」を実際にやったり、わずかな証拠から真実を推理したり、ローラーシューズならぬ箒に乗って爆発の中へ突入したり、本物の探偵と組んで事件解決に動くことになるとは思わなかったのだが。
それだけ現実にやっておいて、今更、名探偵がどうもないだろうと言われるかもしれないが、それはそれだ。
「じゃあ決まりだな。今日は俺とお前、2人で1人の探偵だ。魔女と相乗りする覚悟はOK?」
「もちろん、これが私たちのアンサーだ」
では、これで決まりだ。
旅行を続けよう。
◆ ◆ ◆
結局、敵の再襲撃はなかった。
和泉さんから続報のメールもない。
一応、大きな事件は起こっていないようだ。
白兎神社に参拝した後は駅長のウサギを堪能。
コナンミュージアムでは、ただひたすら童心に帰って楽しみ、町中に散らばったブロンズ像を探しては記念写真を撮るという楽しみであっと言う間に時間が溶けた。
旅館には30分遅れで到着。
まあ、ギリギリセーフではある。
「それで、蟹と温泉は分かったけど、なんでこんな鳥取の端まで来ることになったんだ?」
「
「まだ直哉の旅は続いていたのか」
暗夜行路では、主人公の
登山で人生の意味を考え直し、山頂から見た景色の美しさに心を打たれ、妻へのわだかまりを解消。
まさか謙作が自殺でもするのかと思い込んで慌てて駆け付けた妻と和解して終わる展開である。
「まあ、それだけじゃなくて、島根の
「私はまだ出雲大社に行っていないんだけど」
「あっ」
そう言われてみればその通りだ。
出雲大社は最終決戦の後に立ち寄ったが、よく考えると優紀をその時は連れてきていない。
「もう一日延ばすか?」
「いや、来年でいい。その時にリベンジを果たそう。ハワイも、出雲大社も、コナンも」
「コナンはもう散々見ただろ」
「いや、次は朝から見て回る」
来年の予定も確定した。鳥取、島根旅行のリベンジだ。
今度はちゃんと夏に来よう。
実は夜中にこっそり一人で抜け出して、箒に乗って大山頂上までひとっ飛び。
文豪が見たという景色を見ようと思っていたのだが、その必要はない。
今の俺に、妻……じゃない、優紀へのわだかまりなどないのだから。
来年の話をすると鬼も笑うというが、別に鬼も笑ってもいいだろう。
老いも若きも、鬼も含めてみんなで集まり、笑って踊ればハッピーエンドだと桃太郎も言っている。
「じゃあ、明日も朝から動き回るからな。今日はお休み」