収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第五話 「終わらないクリスマス1」

 12月26日の朝からスケジュールが詰まっている。

 

 そのため、12月25日、クリスマスの夜は早めに床についたのだが、妙な違和感があり、突然、目が覚めた。

 

「へくちっ」

 

 暖房が効いていたはずの室内はすっかり冷え切っていた。

 

 あまりの寒さに身を震わせる。

 

 今の服装は、パンツの上に浴衣を羽織っているだけ。

 防寒着どころか、まず服を着ていないので、寒いのは当然だ。

 

「暖房が切れたのか? 寝ぼけてリモコンのスイッチでも触ったか」

 

 寒さに凍えながら、布団に潜り込んで、暖房を入れ直そう。

 

 そう思ったが、布団がどこにも見当たらない。

 

 横で寝ていたはずの優紀の姿もどこにもない。

 

 それどころか、枕元に置いていたはずの荷物も着替えも……財布、車の鍵すら見当たらない。

 

「どうなってるんだ? 一体これは何が起こっている?」

 

 脳裏に浮かんだのは、昨日、鳥取砂丘周辺で遭遇した謎の洋館だ。

 既に攻撃は終わっていたと思ったのだが、どうやら攻撃は未だ継続中だったのだろうか?

 

「優紀は……優紀は無事か?」

 

 ところが、優紀の安否以前に、旅館の部屋には布団が敷かれていた形跡すらない。

 

 異常事態が発生していることは明白だ。

 

 取り乱したいところだが、そんなことをしても何の解決にもならない。

 

 寝ぼけ気味でまだ回転していなかった脳が、だんだんと回転するようになってきた。

 

 あくまでも冷静に行動を起こす。

 まずは状況の把握だ。今、何が起こっているのかを確認する。

 

「今の持ち物は何がある?」

 

 所持品は服さえない状態だ。

 

 この格好のままで外を歩いたところで痴女扱いされて終わりだし、それ以前に風邪を引いて身動きが取れなくなる。

 

 限界超越後は一切病気の類に罹った記憶がないのだが、だからと言って裸で良いわけではない。

 

 寒いものは寒いので、もちろん却下だ。

 

 荷物も全て消え去っている。

 そう思ったが、浴衣のたもとが妙に重い。

 手を突っ込んでみると、中からスマホが出現した。

 

 寝る前にスマホで新着メールチェックや、クリスマスおめでとうなどのメッセージ送信をした後にそのまま寝落ち。

 

 スマホを握ったまま眠ったために、浴衣のたもとに潜り込んだようだ。

 

 まずは電波の状況を確認する。

 

 アンテナは4Gが5本。

 郊外にある温泉旅館なので、5Gが入らないのは異常ではない。問題なし。

 

 地図アプリを開いてGPSを捕捉。

 

 現在位置は、鳥取県大山町の温泉旅館だ。

 ここは認識通りの位置なので、こちらも問題なし。

 

 スマホの電波が入ると分かったので、次の対応に移る。

 

 まずは優紀のスマホの位置の確認だ。

 

 スマホの友人を探す機能で優紀の現在位置……少なくとも、いなくなった場所がどこなのかは分かるはずだ。

 

 優紀のスマホは……昨晩の宿である城崎の温泉旅館の位置にあると表示された。

 

「なんで?」

 

 状況を改めて整理する。

 

 城崎の温泉旅館にスマホを置き忘れた可能性はない。

 

 何故なら玄武洞や鳥取砂丘、コナンミュージアムなどで俺と優紀はスマホのカメラで何十枚も撮影しまくったからだ。

 

 続いてスマホのアルバムアプリを起動させた。

 スマホ内に25日撮影の写真はそのまま残っている。

 

 スマホはただの機械であり、幻覚などの精神への攻撃が成立するわけない。

 なので、スマホ内にデータが残っている以上は、これは夢や幻ではない。

 

 アルバムアプリを閉じて、スマホのホーム画面に戻った時、ようやく現象が理解出来た。

 

 スマホに表示されている時間は12月25日の0時11分。

 

 たまたまスマホの時刻表示がおかしくなっただけの可能性を考えて、時刻の自動設定を行うが、やはり25日に再設定される。

 

 SNSを見てもみんな24日のクリスマスイブが終わったばかりのメッセージばかりで、25日はまだ未来の話だ。

 

 時間が丸一日逆行している……ただし、俺と、たまたま手に持っていたスマホを除いての話だ。

 

 続いてスマホのクラウドバックアップを確認する。

 

 スマホで撮影した写真は、自動的にクラウドへバックアップをするように設定を入れている。

 

 ただし、写真を携帯の回線で転送すると、契約プランの転送容量が全て食いつぶされてしまうため、Wi-Fiの圏内に入らないと同期しないよう設定してある。

 

 クラウドストレージに残っているバックアップは24日分まで。

 25日分がすっぽりと抜け落ちていた。

 

 もしかしたら、時間の流れ方が異なる別の異世界に投げ込まれた可能性もあるので、まだ結論は出さない。

 

 今はポジティブに考えよう。

 

 手元にはスマホがある。

 あらゆる道具の代替になるスマホさえあれば、現代社会だと出来ることはかなり多い。

 

 スマホの力を甘く見るなよ。

 

 まず報告すべきは優紀だ。

 こちらは電話を掛けるとすぐに出てくれた。

 

『夜中にどこへ行ったんだ? パンツも浴衣も布団の中に残したまま失踪とか、心配しただろう』

 

 なるほど、時間移動はそのように対応されるらしい。

 同じ時間軸に俺が増殖するわけではないようだ。

 

 からくりが一つ見えた。

 

「すまない。何か事件に巻き込まれたようで、宿から離れた場所に飛ばされた。俺は今のところ無事だが、優紀も無事か?」

『私はただ寝ていただけだからな。抱き枕にしていた佑が急に浴衣とパンツを残して消えたので心配になっただけだ』

「待って」

 

 それはさすがに俺の記憶にない話だ。

 昨晩は寝る前も起床時も、別の布団で寝ていたはずだ。

 

 俺の知らないところで何故そうなっていたのか?

 

「一応念のために確認したい。俺と優紀は城崎の温泉宿で蟹と但馬牛を食って温泉に入った、翌朝も早いからと早めに寝た。その後は何をしていた?」

『ソシャゲのデイリーミッションをこなして、メリークリスマスメールをあちこちに送って寝た』

「コナンミュージアムは?」

『それは明日に行く予定だろう』

 

 やはり優紀には25日の記憶がない……というより、まだ体験していないのだ。

 

 今のところ危険が迫っている雰囲気もない。

 

 現状、優紀の安否確認が取れたならば、下手に動き回られるよりも、宿でじっとしてもらっている方が安心だ。

 

 旅館の料金はチェックイン前に支払っているので、俺がいないことで発生する問題は特にない。

 今は対応は後回しでいい。

 

「すぐに戻るので、しばらく旅館で待っていて欲しい」

『それで今パンツ履いてるの?』

「セリフだけ聞くと変態にしか聞こえないから、他所で言うなよ」

 

 用件のみ伝えて電話を切った。

 荷物の回収も含めて、なるべく早く迎えに行く必要がある。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 続いて電話を掛ける。

 

 まずは和泉さんに報告兼情報収集だ。

 

 時間を確認すると、AM0時30分。

 

 少し躊躇したが、思い切って電話を掛けると、まさかの3コールで出てくれた。ありがたい。

 

「夜分遅く申し訳ございません。上戸と申しますが、和泉隆成(いずみりゅうせい)様の携帯でお間違いないでしょうか?」

『もしもし、こんな時間に電話とは、まさか異常事態が発生していますか?』

 

 和泉さんは冷静に対応してくれた。

 しかも、声が寝起きではなく、しっかりしている。

 

 これはもしや、この時間まで残業仕事をしていたのだろうか?

 クリスマスの晩だというのに、仕事熱心な人もいたものだ。

 

「簡単に説明します。私は12月26日0時から、24時間ほど過去に戻ってきました。今は何月何日ですか?」

『12月25日0時30分を少し回ったところですね。冗談だと切り捨てるところですが……』

「もちろん冗談ではありません。服も荷物もなく、12月26日にいた場所に私だけが取り残されていました」

 

 正確には位置が同じというわけではないのだろう。

 

 地球は自転と公転をしている。

 

 なので、位置は同じのまま時間だけ遡ると、おそらく外国のどこかか、下手すれば宇宙空間に投げ出されるはずだ。

 

 これが何者の攻撃なのかは不明だが、そこはちゃんと補正してくれているらしい。

 

 本当に助かった……助かっていない、ふざけるな。

 

 何故俺だけが取り残されたのか?

 ここに謎を解く鍵があるかもしれない。

 

 もちろん、俺がたまたま時間と空間を司るうちの神さんの巫女なせいで、時間への攻撃が一切通じなかっただけの場合はどうしようもないパターンが考えられる。

 

 誰かが世界改変をしたり、死に戻っていたり、セーブ&ロードしていたり。

 この時間逆行が俺と一切関係ない現象ならば、世界中を探し回って時間逆行の原因を突き止めないといけなくなる。

 それまで俺は延々と12月25日を繰り返すことになる。

 

 ただでさえ年中ハロウィンだのなんだの言われて迷惑しているというのに、ここに来て年中クリスマス要素まで投入したくない。

 時は未来に進むものだ。

 

『念のために確認しますね。この会話は何度目ですか?』

 

 今のわずかなやり取りの情報だけで、その質問を出せるあたりは流石だ。

 

「私の認識では1度目です。もちろん、認識外でループが発生している場合は、その限りではないですが」

『仮定の話をしているとキリがありません。見えている範囲の話をしましょう。さすがにこの時間ですので、世間に上戸さんと同じように時間変動を認識している人間が何人いるのか不明です』

「日本以外の国はどうですか?」

『SNSですね。さすがにそれならば、世界レベルのトレンドになっていそうです。調べてみます』

 

 電話の向こう側でカタカタとキーボードを叩く音が聞こえてきた。

 今は出来ることなどないので大人しく待つ。

 

『今のところ発見できずですね。もちろん、私を含めた他の誰も認識していません。上戸さんだけが認識している現象である可能性が高いと思います』

「なるほど、ありがとうございます。仲間にも確認してみます」

 

 今の所脳裏に浮かんだのはカーターと伊原さんの2人だ。

 

 ただし、伊原さんは元々時差がある異世界に住んでいる。

 こちらの世界の時間変動を認識出来る可能性は低い。

 

 それに、毎回神様に頼るのはダメだ。

 

 ジタバタして、本当にどうしようもなくなった時にだけ、最後の手段として頼る。

 それが本来の正しい道だ。

 

「今のところ、疑わしいのは25日の日中に発見した……いえ、これから発見する次元の歪みです。まずはその現場に向かって、調査を行いたいと思います」

『承知しました。何か新情報があれば教えてください』

「それについて、一言あるのですけど、よろしいでしょうか?」

『なんでしょうか?』

「和泉さん、働きすぎです。今日はもう寝てください。夜の間に私はまず宿に荷物を取りに戻りますので、次の報告は明るくなってからにします。おやすみなさい」

 

 ここで一度通話を切った。

 

 和泉さんはさすがに頑張りすぎだ。

 

 せめて、もう1人くらい誰か手伝ってくれる人がいれば違うのだろうが。

 

 続いて電話を掛ける先はカーター。

 こちらも起きていたのか、すぐにコールに出た。

 

「夜分遅く恐れ入ります、片倉――」

『――やっと電話を掛けてきてくれたか、友よ!』

 

 通話が繋がった途端、カーターが先に話しかけてきた。

 

「その様子だと、異常事態が起こっているんだな」

『確認したいが、この時間変動は何度目だ?』

 

 俺から話をするまででもなく、先にカーターの方から本題に入ってきた。

 

「俺の認識だと1度目。もちろん、認識外でループしている場合は知らない。今と同じ話を和泉さんとした」

『あいつか。それで、この異変はどの範囲で起こっている? オレは今、東京……じゃない、山梨の自宅だ』

「俺は旅行先の鳥取県。大山町ってところにいる」

『プロポーズ会に来ないと思ったら、そんなところにいたのか。暇なら来いって言っただろ』

「暇でも行かねえよ。なんて、他人がプロポーズをするところを、わざわざクリスマスイブに見なきゃいけないんだ」

『嫉妬か。うん、まあ、それは嫉妬だな。ラビ助はオレのことが好きだもんな、うん分かるよ』

「お前は何を言ってるんだ?」

 

 カーターは相変わらずで安心する。

 

 それはそれとして、俺だけではなくカーターも時間変動を認識していると確認出来た。

 

 これで更に条件を絞り込める。

 

 攻撃の範囲は中国地方と関東地方まで影響している。

 日本全国と考えていい。

 

 つまり、これは俺単体の攻撃ではない。

 

 全く別の目的のために時間への干渉を行ったが、その時間干渉が通じない対時間属性への耐性持ちがいた。

 それだけの話だ。

 

「話を本題に戻すぞ。26日0時から25日0時へと、時間が24時間巻き戻っている時間逆行現象が発生した。ただし、俺たちだけは26日に取り残されたままだ」

『魔力の発動は全く感じなかった。そんな地球規模の召喚現象が発生したら、絶対に気付くはずだ。なので、これは似たような世界に召喚されたのではなく、あくまでも時間が巻き戻っただけだと考える』

「自転と公転で地球が移動した分の位置移動がちゃんと反映されている理由は?」

『知らん。そもそも時間逆行の理屈が分かっていないのに、そんなことを考えても仕方ない』

「それはそう」

 

 俺たちは学者ではない。

 なので、理屈まで理解する必要はない。

 

 調べるべきは、どのように攻撃が発生したのか、それを阻止するためには何をやるべきかというだけだ。

 

『次の考察だ。0時から0時という点で何か気付いた点は?』

「日本時間0時に発生しているので、この事件の起点は地球の裏側とか宇宙の果てではない。日本時間0時で発生したのだから、これは日本起点の事件だ」

 

 これならば解明しようがある。

 

 時間逆行を起こした原因が地球の裏側や宇宙の果てだと手の施しようがなく終わりだった。

 

 日本時間の0時きっかりであることが、日本のどこかで現象が発生していると分かる。

 他国で発生しているならば、時差により発生時間がズレるはずだ。

 

 

 厳密には韓国、ティモール、インドネシア、オーストラリア中央部もUTC(きょうていせかいじ)+9時間エリアなので同じなのだが、ここは流石に除外して考えたい。

 

 人間の都合に合わせすぎな時点で、自然現象ではない。

 

 決まった時間に発動なので、偶発的に発動する死に戻りやセーブ&ロードでもない。

 

 0時きっかりというのは、タイマー起動で時間逆行を発生させていることの証明である。

 

 昔のミステリーに0時きっかりに人が死ぬという謎が有った。

 もちろん機械的な仕掛けが用意されていると推理させる材料なのだが、それと同じだ。

 

 人力でやろうとすると、どうしても時間はズレる。

 正確さがオート起動だと証明している。

 

 ちょうど25日なので、クリスマスを終わらせたくないという意思が動いている可能性もある。

 

『次に場所の特定だな』

「25日の日中に、鳥取砂丘近くに謎の洋館が出現するという事件が起こったんだ。それを破壊したら、そのまま消えたという事件が起こった。これに関係している可能性は?」

『今の話だけだと分からないな。ただ、因果関係は0とは言えない。一応同じことを試してみてくれ』

 

 今のカーターの話を聞いて一つ疑問が浮かんできた。

 

「もしかして、今から24時間後に、また時間逆行すると考えてないか?」

『現状だと情報が足りなさすぎるので、それもありかと思っている。少なくともこれから24時間は情報収集と、やれるべきことを全部やるのが良いと思っている』

「その度に大きな……取り返しのつかないことが起こる障害だったら?」

 

 これが問題だ。

 時間逆行することによって、同時に何か事件が進行していないという保証がない。

 

『なので、全力を費やす。和泉のやつも巻き込む。それでもダメならばの保険だ。ただし、次も記憶が保持される可能性はない、これがラストだという覚悟で挑め』

「分かった。何かあれば確実に連絡を取り合っていくこと」

『もちろんだ。とりあえず、オレは東京に戻らないといけない。荷物がそっちのホテルに置きっぱなしなんだ』

「そこの事情は同じか」

 

 カーターともそこで通話を切った。

 残り時間は24時間……を切って23時間だ。

 

 それでも、やれるだけのことをやるしかない。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 電子マネーというものは実に便利だ。

 スマホさえあれば、文字通り裸一貫で外に投げ出されても、どうとでもなる。

 

 とりあえずスマホの電子マネーに2万円分をチャージ。

 登録中のクレジットカードからチャージ出来るので、手元に金がなくとも、買い物ならばなんとかなる。

 

 旅館近くのコンビニに飛び込み、下着とTシャツ、上下スウェット、レインコート、タオル、靴下を購入した。

 

 旅館の部屋で着替えた後に、それまで着ていた浴衣は畳んで置いておく。

 

 さすがに24時間ずれていては、旅館の部屋は今の俺に使う権利がない。

 洗濯もせずに返すのは申し訳ないが、そこは24時間後になんとかするので勘弁して欲しい。

 

 箒を近所の民家から少し借りることにした。

 こちらは、後で返しに来る予定だ。

 

 これで、ようやく事態に対処出来る最低限の環境が手に入った。

 今回はスマホが手元にあったのでどうにかなったが、これがもし、本当の裸一貫ならば完全に詰んでいた。

 

 箒に折り畳んだタオルを巻き付けて、足を掛けられる(あぶみ)を作った。

 これがあるのとないのでは、長距離飛ぶ上で全く違う。

 

 まずは使い魔を5羽召喚2回で10羽召喚する。

 続けて箒にまたがり、呪文を唱える。

 

浮遊(フロート)

 

 ここから城崎まで飛んで戻るわけだが、低い高度はダメだ。

 地上から発見されて、後で大事になる可能性がある。

 

 レインコートのフードを被り、降りしきる雪を払いながら高度500メートルまで上昇する。

 

 ふと、地上を見下ろすと、美しいクリスマスの夜景が広がっていた。

 

 空は生憎の雪空で、星や月こそ見えないが、麓の町々の明かりは深夜1時をすぎてもなお明るい。

 

 北側には遠く境港や美保関(みほのせき)の灯台が暗い日本海の中で一際目立つ。

 

 日本海には漁船……イカを呼び寄せるためのイカ釣り船が海を照らす明かりが光の線のように走っていた。

 うっすらと見える海と陸の境界線、リアス式海岸と相まってなおも美しく見える。

 

 後方に大きくそびえるのは鳥取県最高峰の大山(だいせん)

 

 その向こうには鳥取西部と島根東部の中でも最大の町、米子の街の灯の向こう側に、島根の中海(なかうみ)もうっすらと見える。

 

 中海から繋がるのが宍道湖(しんじこ)ではあるが、さすがにそこまでは見えない。

 

「……直哉が小説で表現したかった景色はこれか」

 

 志賀直哉の小説、暗夜行路(あんやこうろ)終盤では、主人公が大山山頂から、これらの景色を見て感動するという描写がある。

 

 大山山頂は現地点よりも更に500メートル以上高いが、それでも描きたい風景はよく分かった。

 

 しばし、美しい景色に見とれた後に本来の目的を思い出した。

 いくら空路と言っても、あまり長居はしていられない。

 

 深夜のうちにスタート地点である城崎まで戻らないといけないのだから。

 

 箒が浮き上がったところで(シールド)を前面に展開。

 増幅魔法陣を形成した後に、魔法陣へと飛び込み、一気に加速した。

 

「力は重さと速さ! 最高速度でブチ抜いたる!」

 

 箒がグンッと前方向に飛びだした。

 凄まじい速度で景色が背後へと流れていく。

 

 前面に展開した盾が走行風を抑えてくれるので無風ではある。

 風を切る音と眼下に広がる光景からして、最低でも時速200キロメートルは越えているはずだ。

 

 仮に山陰新幹線というものが存在するならば、このような景色が見えるのだろうか?

 

 盾と増幅(ブースト)の効果は3分ほどで切れるため、定期的に止まって作成し直しにはなる。

 それでも小一時間あれば、城崎に到着出来るだろう。

 

「再現性の確認だと、鳥取砂丘に現れた屋敷の破壊は昼でいいのか?」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 なんとか午前3時には城崎の旅館前に戻ってくることが出来た。

 

 鳥取砂丘前にも一応立ち寄ったのだが、時間が異なるからなのか、それとも、時間逆行前に倒したからなのか、存在していなかった。

 

 時間が異なるので、まだ出現していないだけであり、昼頃になればまた出現する。

 その仮説を採用して、再訪予定だ。

 

 まず、駐車場に停めた車をチェックして、荷物などがそのまま載っていることを確認。

 部屋に戻り、荷物が無事なことに安堵した。

 

「あれ、もう帰ってきたのか? もう出発する?」

 

 荷物を物色していた音で目を覚ましたのか、寝ぼけ眼の優紀が布団を被ったまま、顔だけ俺の方に向けてきた。

 

「いや、さすがに寝ずに夜通しで動き回るのは辛いので、6時まで寝る」

「3時間とかナポレオンかよ」

「さすがにそこまで限界チャレンジはしたくないな。6時からは朝風呂に入って7時過ぎにチェックアウト予定なので、そのように頼む」

「私は朝風呂はいいや。出発ギリギリの7時まで寝るよ。おやすみ」

「おやすみ」

 

 優紀が再度眠りについていることを確認して、俺も床に就いた。

 

 このままなるべく多く休憩時間を取らないと、2回目の25日に活動する体力が持たない。

 

 そこから風呂に入って再始動。

 2回目の25日クリスマスのやり直しだ。

 

 そうして就寝した後……体感だと数分。実際の時間だと3時間後にメールの着信音で目覚めた。

 

 和泉さんか、カーターか、どちらから時間逆行事件についての続報があったのか?

 

 そう思い、スマホを確認してメーラーを開くと、メッセージの主は赤土恵理子(あかつちえりこ)……エリちゃんだった。

 

「大変。25日の夜に寝たけど今日も25日なの」

 

 どうやら、この時間逆行現象の影響は思っているよりも大きいようだ。

 なんとしても、この2回目の25日中に解決する必要がありそうだ。

 

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