収穫祭の魔女   作:れいてんし

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――Part5 「大人チーム横須賀に行く」

 横須賀市夏島町、夏島都市緑地内の公園に東京湾から引き上げられた遺構……第3海堡(かいほう)がある。

 

 普段ならば第一日曜日以外の一般開放は行われていない。

 保護処理がなされているとはいえ、百年以上前に建造され、そこからやはり百年近く海底に沈んでいた施設だ。

 いつ崩壊してもおかしくないため、完全一般開放というわけにはいかないのだろう。

 

「それでもな、一応、上司にかけあえば許可は取れたよな」

「根拠に乏しい、法的にもグレーなデータを追っていたら、その起点がここだと思いました。調べたいので許可を取ってください……通ると思いますか?」

「思わねえな」

 

 和泉隆成(いずみりゅうせい)の運転する車を公園前に停車。

 

 元片倉こと麻沼秀則《あぬまひでのり》はカードサイズに折りたためる双眼鏡……オペラグラスを使って柵の外側から遺構の観察を始めた。

 

「その双眼鏡って実用レベルなんですか?」

 

 双眼鏡に興味を示した和泉が尋ねた。

 元片倉は双眼鏡を覗き込んだまま答えた。

 

「全然見えない。実用で使うなら、ちゃんとしたレンズメーカーの製品を買ったほうがいい」

「なんでそんなものを使ってるんです?」

「趣味。配信ドラマに出てくる探偵が使ってるんだよ。面白そうなので買ったが、見た目だけのおもちゃだった。ただし雰囲気作りの小道具としては満点だ」

 

 和泉のわざとらしい溜息を無視して、元片倉はオペラグラスを折りたたみ、鞄の中に入れた。

 

「それで、まともな方の視力では何が見えました?」

「お前も、魔力探知の類ができるなら、とっくに分かってるんだろ」

 

 不満そうな元片倉の視線は第3海堡ではなく、柵の向こう、香住(かすみ)エレクトロニクスの工場に向いていた。

 

 そこには香住エレクトロニクス……有名なCMになぞらえるならばカスエレの巨大な工場群が、要塞のように鎮座していた。

 

 世間では何をやっているか分からないと言われているが、様々な機器の基幹部品の開発、製造という堅実な仕事で確実に利益を上げている世界的な大企業でもある。

 

「オレのはアメリカというかヨーロッパ由来の西洋魔術の探知式なわけだが、和風でも分かるだろう」

「それはもう。西洋式魔術なんて、ヨーロッパではとっくに廃れて、アメリカと日本の一部だけに残っている魔術なんでしょう」

 

 和泉がちくりと嫌味を飛ばすが元片倉は無反応だ。

 

「いや、オレも先祖から相続した本がたまたま魔術書で、それで覚えただけのにわかだから、ヨーロッパがどうとか一切知らんぞ」

 

 元片倉はむしろ困惑していた。

 これには言い出した和泉の方も反応に困る。

 

「雑すぎないですか? そんないい加減な知識で麻沼の家を継げると?」

「それは望美(のぞみ)と、うちの子たちがやってくれるから」

「いつ子供が産まれたんです?」

「そうなるといいなって」

「なるほど、あなたは願望の発露が下手」

 

 2人はスマホを取り出した。

 

 検索して調べた地図や会社が公表している情報から、工場内施設の確認を始める。

 

「研究棟か、あの一番魔力の光が出ている建物は」

「この距離。しかも、ある程度隠蔽していてあの光り方からして、よほどのことをやっていますよ。少なくともただの半導体研究ではない」

 

 2人の目……一般人には観測できない「魔力」を見通す「眼」は、カスエレの工場内にある「研究棟」から漏れ出した光が見えていた。

 

「横浜の空き地には『杭』があったんだろう。あれはどのくらいの重さだった?」

「計測したところ、約12キロでした。人間が持ち運んで長距離を歩くには、やや重い」

 

 元片倉がイメージしたのは、缶ビール1カートンが入った箱だ。

 

 500ml缶が24本入りで12キロ。

 イメージとしては掴みやすい。

 

「持ち運ぶとしたら車だな。しかも12キロの『杭』が複数存在するならば猶更だ」

 

 施設内は「工場」だけあって、駐車場内には輸送用の4トンや8トンのトラックが複数停車しているのが見える。

 

 港まではトラックで埠頭倉庫まで運び、そこでコンテナに積み替えて各国へ輸出されるはずだ。

 

 だが、12キロ程度の荷物を運ぶのに、そこまでのサイズの車は必要ない。

 

「あの位置ログにあった位置情報には、住宅地の細い道沿いもそれなりにあった。となると、デカいトラックよりも小回りが利く軽トラ、軽バンあたりか」

「あれでしょうかね?」

 

 和泉は「研究棟」の前に、白い軽バンが停まっているのを見付けた。

 

 車体後ろに申し訳程度に会社のカスエレのロゴステッカーが貼りつけられているが、よほど注意していないと見逃すだろう。

 

「考え方としてはオレたちが乗ってきた軽自動車と同じだな。通販の配送業者が使う軽自動車のバンやワゴン車は日本全国どこでも走り回っている」

「だから杭を設置したり、回収しても誰の記憶にも残らない。白いバンの中から作業員が出てきて何かを運んでいても、あまりに当然の光景過ぎて、目には見えても背景に溶け込んでしまう」

 

 2人の推理は一致した。

 

 ただし、現状では状況証拠からの憶測の域を出ていない。

 あくまでも「研究棟」から、謎の魔力に起因する光が発せられているというだけだ。

 

「配信ドラマの探偵は、こんな状況なら、どう動いていました?」

「銃を片手にフェンスを乗り越えて忍び込んだ」

「もしかして、入ってすぐにある無人の部屋に重要書類が置きっぱなしになっていたりします?」

「そうそう、書類をデカい声で音読したせいで敵に発見されて、窓を破って逃げるんだ」

 

 和泉は冗談のつもりでベタな展開を話しただけなのだが、どうやら正解だったらしい。

 元片倉がストーリーの続きを説明し始めた。

 

「学生たちに報告はしないよな」

「もちろんです。まだ疑惑段階とはいえ、世界的な大企業が何かを企んでいるなどとあまり考えたくもないですし、万が一短慮で工場の敷地内に突入して暴れたとなると……」

「確保するとしたら、こことは全然関係ないどこか住宅地のど真ん中でだな。上司に頼んで、警察を動かせば、職務質問からの車内の荷物あらためくらいには持ち込める」

「それをするにしても、もう少し証拠を固めてからですね」

「一度撤収か」

 

 元片倉は、近くにあった自販機横のゴミ箱へと缶コーヒーの空き缶を突っ込み、その場を去ろうとした。

 その2人の前に目つきの悪い短髪の男が近付いてきた。

 

 年齢や身長は和泉や元片倉と同じくらい。

 体格は何かスポーツでもやっていたのか、かなり良い。

 

 ただし、平日の午後に安物で皺だらけの布ジャケットに綿パン、薄汚れたスニーカーで「こんなところ」をうろついている人間だ。真っ当な仕事についている人間だとは思えない。

 町のチンピラ……それが的確な表現だ。

 

「よう兄弟、あんたも来てたのか」

 

 男は元片倉に、気さくに話しかけてきた。

 

「お知合いですか?」

「どこかの酒場で一緒に飲んだような、飲んでないような」

 

 元片倉の方は男のことを覚えていないようだった。

 

 生活態度などは問題のある男ではあるが、記憶力が悪い、反社会的な人物と交際などしない誠実さはある。

 

 それが、和泉の元片倉への評価だ。

 

 だからこそ、男の方は覚えているが、元片倉の方は忘れているという事実に、和泉は微かな違和感を覚えた。

 

「そうそう。あんたらにはこう言えば伝わるのか? ……オレは第3世界からの帰還者だ」

 

 男の口から突然に第3世界という言葉が飛び出したことに、2人は身構えた。

 

「おっと、あんたらと敵対する気はない。オレの用件とあんたらの用件、どちらも同じだと思ってるんだが」

 

 男は首をカスエレの工場……その中の「研究棟」の方へと向けた。

 

「『尖塔』の情報を求めてここに来たが、思わぬ収穫だ。世界的大企業、香住エレクトロニクス! その企業が密かに企んでいる『何か』! 金にならないわけがない!!」

「こいつ……」

 

 男の目的がカスエレの調査なのは和泉たちと同じなのだろう。

 

 ただし、動機は全く異なる。

 

 和泉たちはあくまで謎の解明の調査のために訪れた。

 対して、目の前の男は、カスエレが隠している「何か」の情報が金儲けに繋がると考えている。

 

「第3世界の呼び方が通じるってことは、既にあんたら探偵に誰か帰還者が接触済みだな。端島か? 船木か? ……それとも逢坂か?」

 

 松葉の声が「逢坂」の名前を呼ぶ時に少しだけ低くなった。

 

 男の外見、そして言動が、危険人物だと全力で主張している。

 

 2人は事態を把握できた。

 

 端島が危険人物だと警告していた3人のうち、今名前が出た逢坂以外の人物。

 つまり、能生(のう)松葉(まつば)のどちらか。

 

 そして、逢坂と敵対しているのは松葉の方だ。

 

「松葉……松葉健(まつばたける)か?」

「おっと身構えるな。今は敵対する理由なんてない。お互いに共通の敵がいる状況ではな。違うか?」

 

 和泉に対して松葉は無抵抗とばかりに両手を横に大きく開いた。

 

「私たちに何の用件ですか?」

「おっと、小学校の時に注意散漫、人の話を聞かないって通信簿に書かれなかったか、派手なホストの兄ちゃん?」

 

 和泉に対してあからさまな挑発が飛んできた。

 

 そこへすかさず、元片倉が松葉と同じように両手を広げて和泉の前に出た。

 

「よう兄弟。オレたちに出会ったのはたまたま、それくらいわかるさ……第3世界のオレとあんたは親密にやれてたってことでいいのか?」

「そこまで親密じゃないな。ただの酒飲み仲間ってだけだ。だが、馴れ合わない程度の付き合いでやっていけたらと思う」

 

 元片倉の言葉に松葉が反応した。

 

 松葉は決して善人ではないし、法を守る気などない、アウトロー側の人間だ。

 

 だが、話が通じないわけではなさそうだ。

 

 利害が一致する限りは敵対はしないし、つまらないプライドで余計な敵を作りたくないというのも分かる。

 

「悪いが今日は車で来てるんで、景気付けにビールで乾杯ってわけにゃいかないんだ」

「オレも車だぜ。まあ、バスだがな。さすが大企業様だけあって、カスエレ往復シャトルバスが無料なのは助かる」

「車で来てるなら缶コーヒーでいいな? 希望は?」

「カフェオレで。缶コーヒーのブラックは誤魔化しが利かない分だけ飲めたもんじゃない」

「見た目ブラックそうなのに、そこは意見の相違があるな。和泉は何にする?」

「お茶でお願いします」

「空気読めよ」

 

 元片倉は、自販機でブラック、カフェオレ、お茶を購入した。

 カフェオレ缶を松葉に投げて渡す。

 

 元片倉と松葉は缶コーヒーの缶同士をぶつけた。

 

「とりあえず今はこいつで乾杯だ。和泉も参加しろ」

「分かりましたよ」

「じゃあ、乾杯だ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 松葉がヨレヨレのジャケットのポケットから小さいカメラを取り出した。

 

 アクションカメラと呼ばれる、スポーツやTVのバラエティ番組などで使用される、動画撮影用小型カメラだ。

 

「話は聞いているだろうが、オレの能力は、様々な人造生物を作って、操ることだ」

 

 松葉の手のひらの上にあったカメラがわずかに浮き上がった。

 そのカメラの下から、2つの目と6本の足を持ったエビのような生物が姿を現した。

 

 同様の生物は次々と松葉の足元から生えるように姿を現す。

 

 カメラを背負ってはいないが、似たような形状の黒く四角い立方体を背負っている。

 

「今回生み出したのはヤドカリ。数多の小動物の中で、カメラを運ぶのに最適だとオレが判断したからだ。他の小動物を産み出しても、こいつ以上のスペックは出ない」

「イメージに左右される術式……不安定だが、噛み合えば強い」

 

 和泉の家系には、同様の術式も伝わっている。

 

 ただし、本人のテンションやコンディションで出力が乱高下するのは、洗練されていない不完全な術とされている。

 

 故に、和泉が使用するのは、正確に歩法、印、(しゅ)による儀式と手順を踏むことで、毎回同じ出力で発動する陰陽道由来の術。

 

 不完全な術は、敵対する術士が使用した際に対応する手段としてしか学んでいない。

 

 元片倉が使用する、西洋由来の魔術の方が一定の法則で起動するため、まだ理解出来る。

 

 この点だけでも、松葉とは決して相容れられないということだけが分かった。

 

「撮影できるのは、手のひらの1匹だけか?」

 

 元片倉が尋ねると、松葉は首を縦に振った。

 

「他のヤドカリはダミー兼交代要員だ。カメラを運ぶ個体が破壊された時に、その役目を引き継ぐ」

「それで、私たちは何をすればいい? 協力関係を申し出たのだから、私たちにも役目があるのだろう?」

「もちろんだ。オレのヤドカリは1キロくらいは遠隔操作が可能だが、このカメラ内蔵のWi-Fiは、せいぜい500メートルほどの範囲しか届かない。だから、この場を離れるわけにはいかないってわけだが」

「もし、敵に発見された場合、逃走の手伝いをしろと?」

「その通り。オレには足がない。走って逃げるわけにもいかないので、逃走手段がない。それに、カメラを操作中は強力な戦闘用モンスターを召喚できないので、身を守れない」

 

 松葉は和泉が運転してきた軽自動車を指した。

 

 日本国内のベストセラー車種だ。

 関東だけでも何万台も同型車が走っている。

 

 車種と色だけでどこの誰が乗っているのかを特定するのはほぼ不可能だろう。 

 

 日本全国どこでも自然に溶け込める車について、奇しくも和泉と元片倉が話していたばかりの話だ。

 

「仲間になる。なれ。そういう話じゃない。オレはカスエレが隠している『何か』の正体を調べる。あんた達はその情報と引き換えに、オレの逃走経路を確保する。それで解散。日が暮れるまでの緩い同盟関係だ」

 

 松葉の提案は悪い話ではない。

 

 すべての責任を松葉に押し付けつつ、工場内で何が行われているかを知ることが出来る。

 

 だが、道義的ではない。

 

 もし何の悪事も働いていない場合、企業の敷地内への不法侵入の片棒を担ぐことになるのだから。

 

「条件は悪くない。情報とこいつとの信頼関係を同時に得られるメリットが違法というデメリットを上回る。それに、あの魔力光の量はただごとじゃない。この機会を見逃すと、後悔するかもしれない」

「そういうことだ。あとはホスト探偵の答え次第だ」

 

 和泉は少しだけ悩んだ末に答えを出した。

 

「カスエレに瑕疵がない場合は、これはただの犯罪だ。いや、そもそもカスエレが悪だとしても、法的な許可も取らずに無断で敷地内に侵入して行う捜査……それに手を貸すのは違法行為だ。決して許されることではない。しかも我々は警察とも繋がりが深い団体でもある」

「それで?」

「私は何も見ても聞いてもいない。好きにやってくれ」

「ということだ、兄弟」

Good(グッド)!」

 

 松葉の合図で一斉にヤドカリたちが木陰や物陰を利用して移動を開始し、すぐに見えなくなった。

 

 松葉はスマホを取り出してカメラアプリを起動させた。

 ヤドカリが担いだカメラから映像が転送されてくる。

 

「どうやって施設の中に送り込む? 換気口か?」

「どうせ、フィルターなんかで途中が塞がっているだろう。なので、アプローチを変える」

 

 映像には、製造棟から出てきた台車を押す男が映し出されてた。

 台車の上には、半開きの段ボールが積まれている。

 

「ここだ!」

 

 ヤドカリは素早く駆け出し、その段ボールの中に飛び込んだ。

 

「荷物の運ばれる先がどこだか知らないが、少なくとも建物の中に入ることができる」

 

 施設内に入り込んだヤドカリは、適当なところで台車の段ボールからの脱出を果たした。

 

 そのまま壁をよじ登り、天井に張り付くように移動する。

 

 しばらく通路を進んでいるうちに、通路が丈夫な隔壁で隔離されて先へ進めなくなった。

 

「ダクトから移動は出来ないのか?」

「無理だな。近くに換気口が見当たらないし、そもそもヤドカリには換気口の蓋を外せるだけのパワーがない。誰かが通りがかった時に、共連れ(ピギーバック)を狙う」

「共連れ?」

「通りすがったやつの背中に張り付かせて一緒に中へ入る」

「なるほど、それでおんぶ(ピギーバック)か」

 

 そう話しているうちに、作業服を着た作業員が数人、ノートPCを持ちながら隔壁の前にやってきた。

 

 どうやら指紋認証と顔認証のダブルセキュリティらしい。

 

 一人ずつ認証を済ませて隔壁の奥へ入っていくので、ヤドカリは最後の一人の背中に張り付いた。

 

「今のところ順調ではあるが、このカメラはそこまで高性能じゃない。正直、そろそろWi-Fiの電波が限界だ」

 

 松葉が持つスマホの画面には「電波が弱くなっています」の警告が表示されている。

 ヤドカリ特派員からのライブ実況はそろそろ限界のようだ。

 

「ここから先はヤドカリを自動操縦に切り替えて、15分ほど偵察をさせて帰還させる」

「それは、リスクもそれなりにあるということでは?」

「それは覚悟の上だ」

 

 松葉はスマホを操作して、カメラのWi-Fi送信を停止させた。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 20分ほど経って、カメラを背負ったヤドカリが戻ってくるのが見えた。

 

 カスエレの敷地を出て、短い足を細かく動かし、近寄ってくる。

 

「戻ってきたか」

「ああ、ただし、余計な連中も連れてきたみたいだ」

 

 ヤドカリの背後に、人の形を模した黒い影がゆったりと立ち上がり、ヤドカリごとカメラを踏み潰さんとばかりに足を振り下ろした。

 だが、その足はヤドカリには届かない。

 

 松葉が左右の腕を交差させた合図と共に出現させた、体長1メートルほどの巨大ムカデが、その固い表皮で人影の足からヤドカリを守っていた。

 

「そのカメラは結構な値段がするんでな。壊されても困る」

 

 黒い人影を中心に紫色の霧が広がっていく。

 

 瞬く間に霧は和泉、元片倉、松葉の3人を包み込み……霧が晴れた時には、周囲は紫の空が広がる異空間と化していた。

 

「これが、例のカルト団体の能力者が使う術か。外から見られないのは助かるな」

 

 元片倉は、スーツの内ポケットからメモ帳を取り出して、パラパラとめくり始めた。

 

「ここは任せます。私はこの結界を破り、本体を狙います」

「オレってインドア派だから、直接の殴り合いって苦手なんだけどな」

「でもやれるでしょう?」

「当然。こう見えてもプロだからな」

 

 和泉は足でアタッシュケースを蹴飛ばして開封。中からナイフを取り出して構えた。

 

 そして、呪文を口ずさみながら、ダンスのようなステップを踏み始める。

 

 陰陽道にある悪を遠ざけるための呪術的歩法。その中でも、北斗七星の力を借りて加護を得る九星反閇(きゅうせへんばい)だ。

 

 カルト団体所属の能力者、真桑(まくわ)の結界も打ち破った実績がある。

 

「ここはお手並み拝見といくか」

 

 松葉はヤドカリを手元に呼び戻して、能力を解除した。

 ヤドカリや、それを守るように動いていた巨大ムカデの姿は消え、手元にはアクションカメラだけが残る。

 

 一方、正体不明の黒い影もそのベールを取り払い、真の姿を現した。

 

 ぬっぺりとした継ぎ目のない全身タイツのような表皮を持つヒトガタ。

 シルエットは「ヒト」と大きく異なる。

 

 腕は先の方に向かうに従って布のように薄くなっていき、末端は鞭のようになっている。

 

 頭部は目鼻口が見当たらないぬっぺらぼう。

 

 その怪人が上半身をゆらゆらと波打つように不気味な動きを繰り返しながら、ゆっくりと近付いてくる。

 

 元片倉はメモ帳のページを数枚破り、臆することなく、その怪人と対峙するように歩み寄っていく。

 

 怪人の腕が一瞬ブレた。

 

 鞭のように振り下ろされた腕が長く伸びながら、元片倉に向かう。

 

 だが、元片倉がメモの紙片をかざすと、鞭の軌道が紙片に導かれるように軌道がズレた。

 

 元片倉の数センチ手前で、するりと空を切る。

 コンクリ路面を打ち付けるが、元片倉には掠りもしていない。

 

「どうだ、どういう原理で攻撃が当たらないのか分からないだろう」

 

 怪人は何度も元片倉に向けて鞭を放つが、やはり同じように紙片を向けられただけで攻撃が逸れていく。

 

 紙片をかざし、まるで闘牛士のように敵の攻撃を巧みに捌いていく。

 

 紙片をかざすのが遅れると、もろに直撃を食らうような状況にもかかわらず、元片倉はあくまで冷静だ。

 

 怪人の攻撃を見切って対処していく。

 

「オレも原理は分からん! にわか魔術師だからな!」

「知らないで使ってるんですか!」

 

 和泉が歩法を一瞬止めて、元片倉にツッコんだ。

 

「西洋魔術で真理の追求なんて、気が狂うだけだぞ! 適当でいいんだよ、適当で! これなんて牛だから闘牛士くらいの感覚だ!」

 

 ここで振り回していた紙片が突然発火し、一瞬に炭となって燃え尽きた。

 

 だが、元片倉は動揺しない。

 全てが規定事項のように、次の紙片をかざした。

 

「ジンギスカン式、火精召喚!」

 

 怪人の伸ばした腕が突然に炎に包まれた。

 

 炎はそのまま腕を伝って本体へと燃え広がっていく。

 だが、怪人は燃えながらも、歩みを止めない。

 

 元片倉は間髪入れずに3枚の紙片を怪人へと投げつけた。

 

「四元素合成! アルス・パウリナ!」

 

 元片倉が叫びと共に左右の手のひらをパンと音を鳴らして合わせた。

 

 そこから手のひらを合わせたまま半回転捻ると、怪人の周囲に光の四方形が描かれた。

 

 その頂点から中心にいる怪人へ光が放たれて収束。

 

 怪人の全身が白い光に包まれたかと思うと、突然爆発した。

 

 煙が散った後は怪人の姿はどこにもなかった。

 

 ここで和泉が儀式を完成させ、展開された結界を打ち破った。

 

 隔離された空間は消滅し、3人は元のカスエレ工場前の広場に戻ってきた。

 

「よし、撤収するぞ撤収」

 

 元片倉が戦いの余韻も何もなく、そそくさと車へと向かう。

 

「今の戦闘……」

 

 松葉が元片倉に呼びかけるように声を掛けた。

 

「あえて普段と違う戦い方をしたな? オレに手の内を見せたくないという不自然な動きが目立った」

「気のせいだろ。そんなことよりも、早く引き上げないと、また追撃が来てキリがないぞ」

「そうですね。カメラが撮影した映像も気になりますし」

 

 和泉も車に乗り込む。

 

 松葉も頭をかきながら、車の後部座席に乗り込んだ。

 

「映像はカメラ単体だと画面が小さくて見辛い。パソコンに取り込む必要がある」

「わかりました。ノートパソコンを車に積んでいます。安全が確保されたと確認できたら、そこでゆっくり見ましょう」

 

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