通称カスエレの工場敷地内には研究棟というプレハブ2階建ての建物がある。
その内部映像を撮影したカメラから
5分区切りの動画ファイルが次々と表示されたので、それらを取り込んだ後にカードを松葉へ返した。
「前半はスマホの中継で見ていたから飛ばしてもいいだろう。再生するのはセキュリティエリアに入ってからの後半だけでいい」
「サムネイルの時点で区別できますね。全面が白衣の画面以降でしょうか?」
「それだな。約20分。全部見てもそれほど掛からないだろう」
マウスをクリックして再生ボタンを押すと、ノートPCの液晶画面が薄暗い車内を青白く照らし出した。
音は風切り音が酷くて、ボソボソとしか聞こえないが、一応は人の話し声らしいものも聞こえる。
アクションカメラ特有の小刻みなブレを伴いながら、しばらく単調な絵が続く。
窓のない通路が続くのは、建物の内側の通路を進んでいるからだろう。
カメラは淡々と通路を進み続け、人の姿が見えると、突然角を曲がって別の通路へと進んで行く。
「もしかして、ずっとこんな映像なんでしょうか?」
「自動操縦だからな。あくまでも単純な命令を自動的に実行するだけだから、あまり複雑な動きはできない」
「それで、同じところをグルグル回っているんですね」
「一応、マッピングくらいはできるけどな」
元片倉こと
部屋の位置関係や、通路の長さなどをどんどんと書いていく。
「ちょっとそこのところで映像を止めてくれ」
「ここですか?」
元片倉が和泉に指示して映像を一時停止させた。
映像には、狭いまっすぐの通路の先に、左右に分かれた丁字路が見える。
「その壁のところを拡大。何か張り紙があるみたいなんだが、読めるか?」
「滲んでいて読めないな」
和泉が映像を拡大する。
松葉と元片倉が覗き込むが、全く読み取れない。
アクションカメラの画質はそれほど良くないために、映像が滲んでしまっている。
「AIに画像解析を任せたらどうなる?」
「AIが出す画像は信ぴょう性がイマイチなんですけどね」
「それでも一応やってみてくれ。あとは人間の想像力で補完する」
和泉が映像から切り出した画像をAIに解析をさせた。
少し待つと、文字部分がやや鮮明になった画像が表示された。
AIの性能の問題なのか、それとも元の画像が不鮮明すぎるからなのか、不思議な文字が表示された。
象形文字のようにも見えるが、なんとなく雰囲気で読めなくはない。
「通路の右側は『地下倉庫』というプレートが貼ってあって、その上に紙に手書きした『臨時保管庫』という案内板があるように見える。2人の意見は?」
「同じに見えるな」
「私も同意です」
映像から切り出した画像とAIの解析結果、そのどちらも元片倉の推測を裏付けていると、和泉と松葉も結論づけた。
「地下に何かある?」
「しかも、ちゃんとした案内板を用意することもできず、手書きの紙で処理しなければならないような内容のものだ」
最新鋭のセキュリティを誇る半導体工場の研究棟。
その中心部に、まるでそこだけ時間が止まったかのようなアナログな紙きれが貼られている。
業者に発注すれば、簡単にプレートくらい作れるだろう。
それすらしたくない……外部の人間に「臨時保管庫」の存在を知られたくないという意思が見て取れる。
3人は思わず顔を見合わせた。
元片倉がメモ帳に書いた地図を和泉と松葉に見せる。
地図が正しければ、通路右側は建物の中心にある。
和泉の目には他の通路や部屋の位置を考えると、そこは行き止まりになっているように見えた。
「倉庫にしては狭いな。それに、オレがカメラを忍び込ませたのは地上1階部分と、そこから移動した2階部分だ」
松葉がメモ帳に描かれた見取り図の上を指で追った。
「そう考えると、答えは一つだろ。地下に行くって言ってるんだから、あるのはエレベーター室だ」
元片倉の知識に照らし合わせれば、貨物用と人間用のエレベーターが別に存在することは決して不思議な話ではない。
重量のある建築資材や機材を運ぶため、建物のど真ん中に専用のエレベーターを設置するケースはよくあるからだ。
「あのエレベーターはセキュリティエリアの奥にあっただろ。他の工場の作業員には見られたくないエレベーターと別に用意したかったんだ」
「そうなると、この手書きの案内板も気になりますね。妙に古い」
「ああ。紙に手書きした案内板をセロハンテープで貼っているんだろうが、端は黄ばんで見える。付けられたのは相当古いぞ」
「映像の続きを見ましょう。答えがあるかもしれません」
和泉が一時停止していた動画を再生させて最後まで確認する。
間取り図についてはほぼ完成した。
それ以外の情報も色々と分かってきた。
1階は従業員用のトイレ、休憩室、更衣室などの従業員用の部屋と、配電設備などが中心だ。
2階は会議室が複数と、搬入用エレベーター以外の敷地の大半はセキュリティエリアになっている。
セキュリティエリアの奥には研究室。それに隣接した実験室とサンプル保管庫がある。
人の往来が多かったために、カメラが撮影し切れていない未知のエリアがある。
元片倉が書いた地図では、狭い部屋が1つと想定エレベーターがあるだけだ。
元片倉は、そこにあるのは従業員用のトイレではないか?と想像した。
トイレの度に、いちいちセキュリティエリアを出入りするとは考えにくいからだ。
この研究棟は敷地面積の割には働く人間の数はそれほど多くない。
同じ顔が何度も登場するので、1階と2階、併せて10人程度しかいないだろう。
そのうち8人は2つある研究室とサンプル保管庫の間を往復している。
全員が白衣を着用しているので、研究員と考えて間違いなさそうだ。
残り2人は作業服を着た作業員だ。
外の別棟と往復して、荷物や書類を動かしている。こちらは雑用係だろうか?
「サンプル保管庫も気になりますね。あれほど頻繁に往復が必要なものでしょうか?」
「半導体の会社の研究なんて何をやってるんだか想像もできないしな」
今のところ映像だけでは何の結論も出ないというのが本音だ。
和泉も元片倉もいくつか疑わしい点を見つけることは出来たが、それが異変と直結するかどうかの判断がつかない。
「魔力反応の強さからして、相当大きなものが隠されているはずなんだが、カメラで見て回った中だと、それらしいものがない。サンプル保管庫は怪しくはあるが」
元片倉が地図を記載したメモ帳をヒラヒラと振る。
「なら、次は地下を調べる必要があるか」
「待ってください。今日は成り行きで調査を強行しましたが、次はそうは行かないでしょう。もっと下調べをしてからです」
「随分と前向きじゃねぇか、ホストの兄ちゃん」
あくまでも調査を続けようとする松葉がまたも和泉への軽口を飛ばした。
「和泉です。和泉隆成」
「悪い、覚える気はない」
松葉は和泉を軽くかわして、元片倉の方へ視線を向ける。
「調査プランに何か案はあるか?」
「その前に解決しないといけない問題がある。あんたは自分の能力を過信しすぎだ。それで手痛い失敗をした経験もあるんだろう」
元片倉の指摘が図星だったのか、松葉が俯いた。
「その上で聞きたい。襲ってきた敵は何だと思う? 人間がコントローラー持ってピコピコ操縦してる感じじゃなかったが」
「オレが召喚したヤドカリと同じだと考えている。一度命令を与えれば、それが完遂するまで自動的に動作する」
「話じゃ、あんたも他人のモンスターのコントロールを奪うってことができるんだろう? アレに対してやらなかった理由は?」
「召喚と制御権を奪うスキルを同時には使えない。今回はカメラを優先した」
「ならば、結局戦うのはオレたちって話だ。だけど、さっきはシンプルな物理攻撃しか使ってこなかったが、次に戦った時に面倒な能力を使ってきたら面倒だって話をしている」
「自動操縦にそんな判断はできない。プログラム通りに突撃するだけだ」
「つまり、人力で操作すれば、更に複雑な動きや特技を使えるってことだろう。オレたちは割に合わない相手が出たら逃げるぞ」
「それは困る」
「だから、敵に見つからないための作戦を考えようって話だ。まあ、席に着けよ、兄弟」
「もう座っている」
「会議に参加しろって話だ」
元片倉は今度は和泉の肩に手を置いた。
「あの研究棟が建てられたのっていつ頃か調べられるか?」
「それはまあ……」
「じゃあ、第3海堡……あの工場の近くにあった、あの石の塊がいつ引き上げられたのかも合わせて頼む」
元片倉の話が分からない和泉でもない。
「もしかして、カスエレが第3海堡ついでに、海底遺跡を引き揚げたということですか?」
「因果が多分逆だ。海底遺跡のついで……世間へのカモフラージュに第3海堡を引き揚げたんだ。もしかしたら、そこから手に入れた未知のテクノロジを自分たちの会社の技術に取り入れた……とかな」
「まさか……」
第3海堡が引き揚げられた年は約20年前だ。
テレビにカスエレのCMが流れ始めた年については不明ではあるが、和泉は小学生の頃にCMが流れていた記憶を探り当てた。
和泉がまだ小学生くらいの頃で、今の高校生にとっては誕生年とほぼ変わらないくらいだろう。
「カスエレの株価変動やプレスリリースの記録も調べてみます。もし、想像通りならば……」
「もちろん、単なる勘違いの可能性もあるけどな。まずは情報収集だ」
元片倉は今度は松葉の肩を軽く叩いた。
「ということだ。相手は世界レベルの大企業。真正面から戦ってもダメだ。切り崩すポイントを探す」
「なるほど、力業よりは勝ち目が見えてきた」
「そういうことだ。なので、しばらくは裏方作業に付き合ってくれ。ここからは大人の戦いだ」
◆ ◆ ◆
京急本線、
住宅や商店、雑居ビルが密集しているため、これでは洋館が出現できるようなポイントがどこにも見当たらない。
「なあ、これってここで合ってるのか?」
「過去のデータは見たでしょう。賑やかな場所じゃなくて、ちょっと外れた住宅地に出るんですよ。私たちが調査するのは、もっと西方向ですよ」
合田がさも当然のように端島にスマホの画面を見せた。
そこには航空写真に切り替えられた地図アプリが表示されていた。
地図アプリには、駅からは少し離れた自然公園の周辺、緑が多いエリアが中心に映し出されている。
現在位置からは2キロほど歩いた場所だ。
「私たちが向かうのはこの西側、
「じゃあ、なんでこんなところに来たんだ?」
「調査場所の近くには駅がないからですよ」
「なるほど」
身も蓋もない理由に、端島も納得するしかなかった。
駅がない以上は、最寄駅から歩いて向かうしかない。
「横浜チームは
「じゃあ私と梨本は駅の東側、
船木も同じようにスマホの地図を見ながらルートの確認を始めた。
「もしかしてこっちが当たりかもね。結構洋館が生えてきそうな空き地が多いみたいだから」
「お願いします。そこから八景島方面まで歩いて、何もなければまたここに戻ってきてください」
「何かあれば連絡して合流ってことでいいわよね。じゃあ行くわよ、梨本さん」
「じゃあまた。2時間後くらいに」
船木と梨本が駅の反対側、海方面に歩いて行ったのを確認して、端島と合田も微妙に山方面へ登っていく道を歩き始めた。
11月だというのに妙な陽気で、若干の汗ばむ暑さを感じながら、二人は山裾へと続く道を歩いていく。
何の変哲もない住宅地が続くだけで、これといって異常はない。
「今は手当たり次第に探しているけどさ、これって絶対に何か法則があるだろ」
「ありますよ、多分。それを見つけるために歩いているんです」
「そうじゃなくて、さっきも船木が言っていただろ、洋館が生えてくる空き地があるかどうかって」
「そりゃ、家が詰まって建っている場所には出てこないでしょう」
「それだけじゃなくて、誰もいないような……それこそ、自然公園の中とかには出てこないだろう。洋館も何かの効果を狙って生えてきているんだと思うんだ」
「効果、ですか?」
「そりゃ……特定のターゲットを狙ってるとか。例えば、能力者とかさ」
端島は完全にあてずっぽうのつもりだった。
だが、その言葉を聞いた合田が、ふいにピタリと足を止めた。
「ターゲット……狙い……」
合田はブツブツと呟きながら、慌てた様子でスマホのメモアプリを開き直した。
そこには、これまで収集した洋館の出現データと、SNSから拾い上げた目撃情報の位置データがまとめられている。
「なんで、そんな簡単な話に今まで気付かなかったんでしょう」
合田は完全に足を止めて、猛烈な勢いで画面をタップし始めた。
メモアプリと地図アプリを交互に表示して、検索を行い、検出して出た場所へピンを打っていく。
「何を検索してるんだ?」
「SNSですよ。今まで、住宅地の近くで、それでいて
「何か法則を見つけたのか?」
「私たちは今まで、洋館が何故出現するかの解明を後回しにしていました」
「それを確認するための調査だろ」
「いえ、答えはとっくに出ていたんです……答えは横浜の能力者です」
端島は意味が分からないとばかりに、わざとらしく首を傾げた。
「洋館の目的は、学生に能力を与えることだとしたら?」
「まさか……」
そんなわけがない。
端島は軽く切り捨てようとしたが、提示した仮説が、これまでの不自然な点を見事に繋ぎ合わせることに気がついた。
「ポイントは3つです」
合田が人差し指を立てて説明を始める。
「1つ目、横浜南部を中心にSNSで噂が広がっているのは、彼らが意図的に学生をターゲットにしているからです」
今度は中指を立てる。2つ目だ。
「2つ目、目撃情報が登下校の時間帯に極端に固まっているのも、学生の行動パターンに合わせているから」
最後に薬指を立てた。3つ目の根拠。
「そして3つ目。これが決定的です」
合田が突き出したスマホの地図画面には、赤色と青色のピンがいくつも打たれていた。
赤色のピンは、横浜チームが提供してくれた洋館の出現予想位置だ。
「じゃあ、この青色のピンは……?」
「SNSで噂があった場所付近にある、中学校、高校、大学の位置です」
「もしかして、これを証明できれば、一気に謎の解明が進むってことか」
「そういうことです。この情報をみんなに共有して、調べてもらいますよ」
◆ ◆ ◆
JR洋光台駅を出発した横浜の高校生チームは、合田からの連絡を受けて、駅周辺にある中学校近くの空き地や公園を中心に捜索を開始した。
それからわずか15分後、最初の杭が発見された。
「まさか、こんな簡単な話だったとはね」
「ローラー作戦は必要だけどね。地図だけ見ていても、実際に歩かないと、具体的にどこってのは分からないわけだし」
新坂と矢上の前には、数年前まで一戸建て住宅が建っていたであろう空き地があった。
そこの中心に、やはり怪しげな金属製の杭が一本刺さっている。
枯れ草の中で、その杭だけが異質な光を放っていた。
「この杭は抜かない方がいいんだよね。友瀬さんの分析だとどうなってる?」
「すみません、私の能力だとやっぱり分析できないみたいです」
友瀬は首を横に振った。
友瀬の能力は、敵の探索という点では東京チームの合田よりも範囲、精度は上ではあるが、アイテムの分析などには向いていないらしい。
「これを和泉さんに報告して終わりかな?」
「いや、全然。他に何本杭があるのか分からないんだし、結局、幽霊屋敷は見つけられていないんだし、とりあえず回れるだけ回りましょ。足を使った調査は私たちにしかできないんだし」
高校生チームの杭探しが始まる。