さすがにクリスマス3周目となると、どう動けば最適なのか、かなり効率よく動けるようになってきた。
少しだけ、無限サイクリングのオカリンやナツキスバルの気持ちが分かったかもしれない。
15521回繰り返した長門ほどはわからなくていい。
エンドレスエイトは8回もいらない。
まずは朝まで熟睡した後に温泉の朝風呂に浸かって体力を万全にした。
それからエリちゃんにメールを送信した。
内容は「岡山の山中の心霊スポットに突撃しているYouTuberがいないか調べて欲しい」というものだ。
ダム建設のために立ち退きになった村があるのに、肝心のダムは作られていない。
そんなおかしな話があれば、全く誰も食い付かないということはないだろう。
仮に隠ぺい工作があったとしても、ダムが存在しない事実までは誤魔化せない。
10年ほど前ならば、入手した資料のキャプチャなどを掲載した調査ページがあったに違いない。
だが、無料ホームページサービスが次々に閉鎖された現代では、個人ホームページがほとんど残っていない。
期待できそうなのは心霊スポット突撃の動画くらいだ。
城崎からは車で播但道路を一気に下り、山陽道に乗り換えて和気町まで出た。
そこからは下道で移動して、朝7時30分にはエリちゃんの自宅に到着した。
扉を開けるなり、家の中から土佐犬のわんちゃん(名前)が飛び出してきた。
何度か振り回したり、振り回されたりした後に、たるんだ顔の皮膚を引っ張った。
「わんちゃんも久々。お前は相変わらず可愛いな」
わんちゃんはここでようやく、家の外は雪が降っていて寒いという事実に気付いたらしい。
耳も尻尾も下げて情けない顔をしながら、自主的に家の中へ戻っていった。
わんちゃんは、もしかしたら土佐犬ではなくて座敷犬の仲間なのかもしれない。
入れ替わりに出てきたエリちゃんと、その祖母には城崎土産の蟹せんべいを渡して挨拶をした。
「待ってたよ、具体的にどこに行けばいいか分かる?」
「準備の方は?」
「もう済んでるよ。調査の方も怪しい動画を2つほど見つけた」
「それならOKだ。待ち時間の間にチェックしよう。帯域が心配なら、このモバイルWi-Fiに接続を」
エリちゃんにはモバイルWi-Fiを渡して、設定をしてもらう。
そこから和泉さんの連絡を待ちつつ、動画のチェックを行うことにする。
今のところ、時間逆行の起点は岡山の山中であるということしか分かっていない。
具体的な場所を聞かないことには、無駄な労力を使うだけだ。
動画のうち1つは、よくある心霊スポット探訪だった。
心霊系YouTuberがアクションカメラを付けて心霊スポットらしい場所を歩き回る。
そして、山林管理組合が作業用に建てた用具倉庫などを発見。
「○○の証拠!」と浅い分析からの断定をして帰るだけの動画だ。
大半は単調な山歩きシーンと本人の呟きで占められており、再生数があまり伸びない理由も分かる。
動画自体に興味はないので、シークバーをとにかく動かして、要点だけをチェックする。
ポイントは、最初に一瞬だけ映る航空写真と、後半にたどり着いたフェンスで塞がれた山道の二か所だ。
動画主が山道を塞ぐフェンスと「私有地につき立ち入り禁止」と書かれた案内板を見て、引き返していく場面でシークバーを止めて再生してみた。
動画主はフェンスの前で「サバゲーをやってるみたいですね」と薬莢をいくつか拾うが、それ以上深堀りはしない。そういうとこだぞ。
カメラの画質が残念ではあるが、薬莢は一目でモデルガン用ではないと分かる。
それでいて、猟師が使う猟銃のものとも異なる。
動画を一時停止してスマホで太平洋戦争で使用された米軍の標準ライフル銃の薬莢を調べると、形状はほぼ一致していた。
米軍がこの集落に介入したという話は真実で間違いないだろう。
もう1つの動画は画質がやたら悪い。
動画の説明文を参照すると、平成初期の頃に放送されたテレビ番組の録画を転載したもののようだ。
登場するメンツが今でも現役の関西の芸人ばかりで、一目でお笑い芸人のバラエティ番組だと分かる。
番組司会のお笑い芸人のおばちゃんが「オカルト雑誌に度々名前が挙がる謎の集落」とやらへ探偵……もとい、お笑い芸人を派遣し、その調査内容をレポート形式の映像で流すという形式だ。
「謎の集落」が映像で流れる箇所はほぼなく、大半は地元住民との雑談や麓の菓子店の紹介で占められている。
先ほど見たYouTuberと同じく、山歩きが中心で取れ高はなかったのだろうと理解した。
やはりこちらの動画でも「私有地につき立ち入り禁止」の前に到着した。
異なるのは、看板とフェンスを当然のように乗り越えて先へ進むところだ。
今なら大炎上間違いなしの、このノリが許されたのは、平成初期のローカル深夜番組だったからだろう。
しばらく落ち葉で埋まった道を進んでいくと、人間の腰くらいまで高く伸びた雑草に埋まった集落跡が姿を現す。
民家の大半は既に崩れて土に還っており、残った家屋も燃えて半ば炭になっていたり、柱が折れてへしゃげていたりと原型を留めていない。
レポーターのお笑い芸人が「雑草だらけで進めんなぁ」と、藪の中から半ば朽ちた「ダム建設予定地」と書かれた案内板を拾い上げて終わり。
スタジオで司会が「集落がなくなり50年。今更オチもありゃしません」と、オチを付けねば許されない関西人らしさを発揮して無理矢理終わる。
こちらの動画でチェックすべきは、残った民家の残骸に付いたままの住居表示と「霞」と彫り込まれた石の表札だ。
何かの会社名が右から左に書かれた相当古いブリキの看板も見える。
「なんとか通信工業」と書いてあるようではあるが、映像の画質が低いのと、看板自体の劣化が激しく、まるで読み取れない。
それでも一応は情報は得られた。
動画から得られたヒントを元に検索を行うと、10年以上前に作られた個人のブログが引っ掛かった。
ブログ主は大学生であり、講義のレポート課題を兼ねて調査を行っていたようだ。
紙の本で調べた信憑性の高い資料の写しなども掲載されている。
きちんと専門家の視点で調査、分析が行われているのがありがたい。
集落のルーツは、古代王朝の岡山山中に住んでいた、たたら炉……製鉄に携わっていた一族らしい。
中国山地に複数に存在した、これらの一族は、
その後、これまた色々あってこの一族の管轄は、大和朝廷の
そこから
物部氏と大和朝廷の関係。
そして「いにしえのもの」と鉄器、金属加工の関係については、以前に横浜の事件の際に調べた通りだ。
小森くんたちが通う横浜の学校が建っている場所も、千年以上昔は物部氏管轄のたたら炉だった場所だ。
そしてやはり「いにしえのもの」が眠っていた遺跡があった。
無関係とは思えない。
考察しているタイミングで和泉さんから連絡が入った。
色々と機密情報が含まれており、和泉さん経由では話せないため、蘆名さんから直接電話があるらしい。
「とりあえず、場所は分かったし、ある程度現地には近付いておこう」
蘆名さんの連絡待ちだと出発がどんどん遅くなる。
位置はある程度分かったので、とりあえず、エリちゃんを車に乗せて出発することにした。
「それで春日さんは?」
エリちゃんがシートベルトを締めながら言った。
「あいつは電車で城崎から今晩の宿に向かってもらったよ。これから戦いになるのに、連れ回すのは危険だからな」
「せっかくのクリスマス旅行が台無しになっちゃったね」
「エリちゃんも、受験勉強が忙しいのに、呼び出してごめん」
優紀もエリちゃんも、せっかくのクリスマスだと言うのにこんな渦中の案件に巻き込んでしまった。
それだけは申し訳なく思う。
俺もジョン・マクレーンばりに愚痴りたくなってくる。
「私は大丈夫だよ。1日分、余分に勉強出来たんだし」
「そういう意味では良かったのか、悪かったのか」
◆ ◆ ◆
和気町からは国道374号線を北上。適当なところで旧道から山の奥へと進んでいく。
深い山中に踏み入るため、携帯の電波が届くのがギリギリになるタイミングで蘆名さんから電話があった。
挨拶をした後に本題に入る。
「上戸さんは、
「いえ、寡聞にして知識がございません」
これは嘘だ。
つい先ほど動画で「なんとか通信工業」というブリキの看板を見たばかりだ。
香住通信工業なる企業が、廃集落と繋がる情報だということは明白だ。
同音の「
「戦後すぐに倒産した企業なので当然のことだよ。大正時代はラジオを作っていた小さい町工場。それが、戦時中の軍需で通信機などを作り、急成長を遂げた」
蘆名さんの話はいきなり変化球から飛んできた。
ただ、海軍関連の施設となると、一つ浮かぶことがある。
「もしかして、今年の夏に借りた無人島の所有者と関係がありますか?」
夏に探偵事務所からの紹介で格安料金で借り切った瀬戸内の無人島は、元は海軍関連の施設の疑いがあった。
実際、島を捜索したところ、島の裏側には半ば破壊された海軍の基地の址があった。
島の位置は広島の尾道や呉に近かった。
「ええ。あの島は元日本海軍の秘密基地であり、島の所有者は、倒産した香住通信工業の創業者の血筋でした。まさか、島が500年ほど前に海賊の砦として使われていたことまでは知りませんでしたがな」
つまるところ、あの無人島の事件はやはり探偵事務所……蘆名さんが仕掛けた罠だったということか。
蘆名さんは、昭和初期に岡山山中で起こった事件や、平成初期に香住通信工業の一族が不審死していた事件を知っていた。
だからこそ、島には魔術か異世界絡みの「何か」があることを知っていて、俺たちを派遣した。
結果として俺たちはタダで無人島を貸し切り夏のリゾートを満喫出来た。
島の所有者も海賊が遺した宝を手に入れることが出来た。
蘆名さんも新しい事件が起こる可能性を未然に防げた。
騙されていたことには良い気はしないが、三方良しなので、今更とやかく言うまい。
「昭和初期の香住はラジオを作るのが精一杯の下請け工場だった。それが、突如として大手通信機メーカーに躍り出た。香住製電探が、性能面で世界一として認められ、呉で建造された全ての船に採用されることが決まったからだ」
「もしかして、それは……」
「岡山の山中にあった古代遺跡から、宇宙人の技術を解析し、入手した技術を自社の製品に転用したからだ」
話だけ聞いていると、とんでもない話に聞こえてくる。
だが、そんな高い技術を持っている会社が、何故、現代には跡形も残っていないのか。
「もちろん新型の電探が一つ投入されたところで、戦局はひっくり返らない。日本は敗戦し、戦後を迎えた。香住も軍需という屋台骨を失って大赤字を抱えた。そこで、別の目玉商品が必要という状況で起こったのが――」
「――岡山山中の事件」
しばしの沈黙の後に蘆名さんは続けた。
「会社の命運をかけた新商品の開発のため、焦った香住は無理に古代遺跡の調査を行い――事故を起こして『いにしえのもの』を起こしてしまった」
「そこから先は以前に聞いた通りですね」
「地元警察隊だけでは歯が立たなかったところに、米軍がやってきて事態を収拾させた。そして報酬として『いにしえのもの』の遺体と、宇宙人の技術の一部を本国へ持ち帰った。そこから米国の半導体技術の進歩はご存じの通り」
たった今、聞いてはいけない、聞くと後戻り出来ない情報を聞かされてしまった。
というよりも、俺に後戻りさせないように、わざとこの話まで聞かせた気がする。
またも踊らされている気もするが、事件解決にはこの情報は必須だったので、今は飲み込む。
「やめてくださいよ。そんな話を聞いたら後戻り出来ないじゃないですか」
「米軍は最初から知っていたんでしょうな。自国のエリア51やカナベラル基地と同じような施設が日本にもあると」
エリア51とカナベラル。
その二カ所の地名を聞いてピンと来た。
この二か所は「運営」があちらの世界で拠点を作っていた場所だ。
俺たちゲームの参加者に分かりやすいように拠点を作っていたと思ったが、どうやらそれだけではなかったようだ。
「つまるところ、米軍が何から何まで持ち去ってしまい、岡山の山中には何も残っていない……そのはずだった」
「ところが、まだ残っていた」
「それが、今回の異変に繋がる鍵である可能性は高い」
蘆名さんからの通話は以上だ。
今のところは新しい情報はないという言葉を信じて、後ほど詳しい報告をする約束をした後に電話を切った。
「じゃあ、その廃集落に殴り込んでみるか」
◆ ◆ ◆
動画で見たとおりの「私有地につき立ち入り禁止」の案内板が付いたフェンスが行く手を遮ってきた。
もちろんそんな警告など無視だ。
雪降るクリスマスの日にこんなところに来るような、暇人などいないと確信して、フェンスの前に堂々と車を停めた。
脚力に自信のあるエリちゃんは軽くフェンスをジャンプで飛び越えた。
俺は箒にまたがって、低空飛行で余裕でクリア。
そのまま2人で落ち葉と雪が積もる山道を進んでいく。
思えば去年の年末も同じようなことをしていた気がするぞ。
茂った木が道の上にまで枝を伸ばしており、まだ午前中だというのに薄暗い。
真冬で木の葉は全て下に落ちているおかげで、完全に日の光を遮るまで至っていないことだけが救いだ。
人里離れた山奥である廃集落への道は、まるで別世界のようにしんと静まり返っている。
そんな中、落ち葉ごと、ひび割れたコンクリの路面を蹴るエリちゃんのテンポの良い足音だけが辺りに響いてこだまする。
「冬場で良かったかな。雑草は枯れてるし、虫はいないし」
「とはいえ、雑草が邪魔なら言ってね。進路上の枯れ草は全部薙ぎ払うつもりだから」
「このくらいなら大丈夫。固い笹やススキが出てきたら頼むと思うけど」
あちこちが経年劣化で、ひび割れて雑草が飛び出してきているとはいえ、集落への道までは舗装されているだけマシだ。
そんな道をたどると、広場のような場所が見えてきた。
実際は広場ではないのだろう。
かつて集落の多くの住民が住んでいた居住地域だ。
だが、この集落から人が途絶えて月日が経ちすぎたようで、今はもう何も残っていない。
背の高い雑草が辺りを覆いつくしており、通行の邪魔になりそうだったので、第3のスキル極光を放った。
広範囲に対して熱と衝撃を伴う光線を放つこの技は、威力こそ乏しいが、雑草などを刈り取るには効果は抜群だ。
照射範囲内にある枯れた雑草は、極光の熱と衝撃に耐えきれず、瞬く間に灰となって雪と共に土の上に降り積もった。
照射時間にも余裕はあったので、その勢いでついでに広場内の雑草を残らず薙ぎ払った。
焦げ臭さは一瞬だけ立ち込めたが、それらはすぐに雪交じりの寒風に吹かれて消えていった。
「建物は何も残っていないね」
「動画で見たバラエティ番組も平成初期だからな。そこから何年経っているのやら」
人が住まなくなった建物は朽ちるのが早いというのは本当らしい。
かつては集落だった場所だと言われても、何の説得力もない。
ブリキの看板も、もはや茶色い金属片が残るだけで原型を留めていない。
あちこちに転がる黒い石のようなものは、落下して壊れた瓦の残骸だ。
そんな中「霞」と書かれた石の表札だけは、泥で薄汚れたり、縁が欠けるなどしていたが、それでもなお存在感を保っていた。
まるで、この地は霞一族のものだと虚勢を張る亡国の王のようだ。
「それで、ここからどう進むの?」
「草を刈りながら、このコンクリ路面をたどっていこう。多分、集落の一番奥まで続いているはずだ」
◆ ◆ ◆
コンクリ路面に沿って少し進むと、この集落に入って初めての電柱が登場した。
その電柱から、絶縁用の樹脂でコーティングされた電線がだらりと垂れ下がっていた。
一瞬感電の危険を予見して、俺とエリちゃんの2人が同時に飛び退いた。
だが、よく見ると、進路上にある電線の大半は倒れており、まともに機能していないようであった。
地下配線ということもなさそうだ。
巨大な送電鉄塔から伸びる電線は、この集落周辺のどこにも繋がっていない。
「もう電気は流れていないよ。一応この集落はダムに沈む予定ってことで、電気会社がカットしたんだと思う」
「一応大丈夫ってことならいいかな」
そこから更に進むと、行き止まりにあたる場所の近くに変電所のような施設があった。
やはり予想通り、ここにも送電鉄塔から電線が全く繋がっていない。
変電所から、この集落に電気を行き渡らせていたのだろうが、これでは電力供給などされるわけがない。
そのすぐ近くには、元々はかなり広い邸宅が建っていたであろう、雑草と低木に占拠された広い空き地があった。
「霞」という表札が付いた豪華な門柱と、巨大な庭石、それに離れた場所にある蔵が3つ。
庭の端にいくつかの半ば溶けたタイヤが地面に埋まっているのは、遊具や不法投棄ではなく、駐車場にあった車が車体は朽ち、タイヤだけが残ったのだろう。
雑草に埋もれた瓦の残骸と、庭らしき場所に残る焼け焦げた庭石だけが、その屋敷の広さを物語っている。
「ここに秘密があると思う?」
「ここになかったら調査は振り出しに戻るので困るぞ。さすがにないと困る」
まずは手始めに屋敷跡地の雑草を一通り薙ぎ払った。