収穫祭の魔女   作:れいてんし

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――Part8 「エシュ」

「2人ばかり外で留守番させてるんだ。早めにお前が何者で、何を企んでいるのか話してもらうぞ」

 

 仮面を付けたスーツの男は、端島が召喚した通称「ドラゴンテール」に絡み取られ、動きを拘束されている。

 

 ただし、スキルの最大持続時間は3分だ。

 あまり長く拘束し続けることは出来ない。

 

 それを分かっているからこそ、無駄な動きは出来ない。

 だが、それを仮面の男に悟られるわけにもいかなかった。

 

 時間制限があると知られれば、答えを引き延ばして時間切れを狙われるだけだからだ。

 

「この迷宮化を解け! もう無駄な抵抗は終わりだ」

「不可能だ。この空間の歪みは私や館とは別の現象だ。私にはどうしようもない」

 

 仮面の男は、時間制限に気付いているのか、それとも別の理由があるのか、余裕のある態度を一切崩さない。

 

「ならこっちに来い!」

「良いだろう」

 

 予想外の反応だった。

 ドラゴンテールが胴体に絡みついたままの男は、特に抵抗する様子もなく、自分から端島の方へ歩いてきた。

 

「これで良いのかね」

「おっ、おう」

 

 男が歩み寄ってきたことで、長さの余ったドラゴンテールが地面に垂れ下がる。

 もはや鞭としては機能していない。

 

 自分で歩いている時点で、拘束も実質解除されているようなものだった。

 

 端島は効果が切れる前に能力を解除し、仮面の男を解放した。

 

「雰囲気に負けないでください」

「でも、仕方ないだろ」

「もう少しハッタリというものをですね……」

 

 合田は呆れたように呟く。

 だが、既に端島が能力を解除している以上、今さら出来ることはない。

 

「あなたは何者なんですか? それに、この洋館は一体何なのか。色々と聞かせてください」

「それなら、そんな穴の中から話す必要もないだろう。こちらに出てきたまえ」

 

 仮面の男はそう言うと、握れと言わんばかりに手を差し出してきた。

 

「手を繋いでいる状態なら、はぐれることはない。それが、君たちの作戦なのだろう」

 

 端島たちが警戒を続ける中、柿原が開いた穴から飛び出し、仮面の男の手を掴んだ。

 

 そのまま手を引かれ、暗い通路から屋敷の中へ歩みを進める。

 

「ここでウダウダしていても始まらないでしょ。たとえ罠があったとしても、私たちはこれに乗るしかない」

「そうだよな。罠があっても、後で対応を考えればいいだけだ。俺はその考えに乗った」

 

 端島が柿原の手を取り、反対側の手を差し伸べる。

 

「時間が勿体ない。せっかく向こうから来てくれたんだから、その話に乗ろう」

「じゃあ2番……じゃなくて3番もらい」

 

 梨本が合田の手を引き、端島の手を取って穴から外に出た。

 

「あんたたち、警戒心ってものをね」

 

 6人中4人が外に出た状況では、船木と新坂も文句を言っていられないと判断したのか、自主的に外へ出てきた。

 

 全員が通路から出たところで、船木の能力で開いた穴は自然に塞がっていった。

 

「では、こちらへ。応接室があるので、そこで話をしよう」

 

 一同は仮面の男の案内するまま、洋館の奥へ向かった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 案内された応接室は、「豪華な富豪の住まい」をイメージして連想される部屋と、表面上はよく似ていた。

 

 広さもある。

 調度品も質が良く、高価そうだ。

 

 だが、どこか違和感がある。

 

 客をもてなすというよりも、客を驚かせる、あるいは不快にさせるために調度品を選んでいるようにしか見えない。

 

 床には赤い絨毯が敷かれているが、その色はどことなく血液を連想させる赤黒さだった。

 

 壁には紫色を主体にした抽象画がいくつも掛けられている。

 

 タッチも独特で、何を題材にした絵なのかはうかがい知れない。

 見ているだけで不安をかき立てられる。

 

 壁際の収納棚――サイドボードの上には、いかにも高そうな花瓶が飾られていた。

 

 だが、そこに生けられているのは、完全に枯れた「花だったもの」だ。

 

 天井から吊るされたシャンデリアも、金具には悪魔を象った彫刻が施されており、趣味の悪さばかりが目立つ。

 

 部屋の中心には、唯一まとも……というより無機質な長ソファーが、テーブルを挟んで設置されている。

 

 そこだけを見るなら、妙に無機質で現実的だった。

 だからこそ、逆に浮いて見える。

 

 少し前に、探偵事務所として使われている機能的な洋館を見ただけに、この「幽霊屋敷」の異質さが際立つ。

 

 同じ洋館という形をしていても、まるで生活のために使われていたものとは思えない。

 

「まあ、掛けたまえ」

 

 仮面の男は、ソファーに当然のように腰を下ろした。

 同時に、もうもうと埃が舞い上がる。

 

 誰も仮面の男の言葉に従って、ソファーに座る気にはなれなかった。

 

「私からでいいよね、質問」

 

 柿原が確認を取ってきたので、端島は合田の顔を見た。

 

「俺たちは後でもいいよな」

「そうですね。今のうちに質問内容をまとめておきましょう」

 

 梨本と船木も異論はないようだった。

 

 柿原が仮面の男の前に立てるよう、残りの5人も少しずつ位置を移動した。

 

「まず、最初に聞きたいのは、私たちに力を与えた理由について」

 

 柿原は手に持ったライフル銃……甕速日神(ミカハヤヒノカミ)の銃口を仮面の男へ向けた。

 

「人に銃口を向けるのは失礼だと分かっている。だけど、私たちはそれだけの覚悟があると分かってほしい」

 

 柿原は低く落ち着いた声で語りかける。

 

「これを手に入れてから、私たちは世界の裏側が見えるようになった。あの世界は何なのか。私たちに何をさせたいのか。それだけは話してほしい」

 

「いいだろう。私は逃げも隠れもしない」

 

 仮面の男は、銃口を突き付けられているというのに微動だにしない。

 表情にも恐怖の色はまったく見えなかった。

 

「柿原さん。気持ちは分かるけど、今は落ち着いて話をしよう」

 

 新坂が声をかけると、柿原は銃を下ろした。

 暴力的な行為は本意ではなかったようだ。

 

「先に謝っておきます。銃を向けてすみませんでした」

「いや、良い」

「申し訳ないついでで何なんですけど、とりあえず、名前を聞いてもいい?」

「エシュ」

 

 仮面の男は端的に名乗った。

 

「じゃあエシュ。まず一つ聞く。私たちの能力……あれはあなたが与えたの?」

「違う」

「じゃあ、あの力は何なの?」

「君たち自身の可能性だ」

 

 仮面の男――エシュがそう言うと、その背後の空間が不気味にぐにゃりと歪んだ。

 

 半透明のカーテンのような白い幕が広がる。

 

 そこに蜃気楼のように、柿原と……館の外で待機している矢上と友瀬の姿が浮かび上がった。

 

 それぞれが使い魔を喚び出し「何か」と戦っている映像だ。

 さらに重なるように、新坂の使い魔ホルスが、やはり「何か」と戦っている映像が浮かび上がった。

 

「映し出されているのは、異なる可能性の世界。君たちに分かりやすいように説明するならば、並行世界……パラレルワールドだ」

「それって、第3世界のことなのか?」

 

 柿原の質問の時間だと今まで黙って話を聞いていた端島が会話に割り込んだ。

 

「質問の意味が分からない。第3とは何をもっての番号なのか?」

「俺たちが先週までいた世界のことだ。呼び方はそこにいた連中に聞いた。俺たち50人は、その世界に異世界召喚されていたんだ。能力はそこで手に入れた」

「なるほど」

 

 エシュは右腕を肩の位置にあげて、親指で背後に映る映像を指した。

 

「並行世界というのはそれこそ無数にある。後ろに映る映像もそのうちの1つ。第3かもしれないし、君の言い方に従うならば第4、第5、第6や、もっと大きな数字かもしれない」

「第4世界はこの世界のことだから違う。第3世界だと誰も能力を使っていなかったし、第5か?」

「ではそうなのだろう。ここは、それらの次元との交差点。私はその交差点を守る存在、エシュ。それだけだ」

 

 エシュが指をパチンと弾くと、背後に浮かんでいた映像もろとも白い幕が消えた。

 

「人間は本来、並行世界を移動したり、次元のエネルギーを使うことができない。その法則を破るために改造された人間がいる。それが君たち」

 

 エシュが左手で端島、合田、梨本、船木を順に指していく。

 

「少し話をしよう。人間の神話に、蛇から知恵の実を与えられた人間が神の世界から追放されるというものがあるだろう」

「なんだっけ、旧約聖書だっけ?」

「その話と同じだ。イタズラ好きの蛇は、神から盗んだ時間と空間……それらを操る技術と知識を、とある世界の人間に与えた」

「何のためにそんなことを?」

「蛇の歪んだ愛であり、愉しみでもある。実際のところは、その蛇にしか分からないがね」

 

 エシュの話は唐突で分かりにくいところが多く、困惑しかなかった。

 今のところ端島たちにどう繋がるのか分からないというのもある。

 

「ただ、過分な力を与えられた、神にも等しい能力を得た人間たちだったが、精神の成長は技術に追いつかず、置き去りになったことで、案の定、壊れた」

「廃人になったのか?」

「ある意味そうだ。能力は神にも等しいのに、精神は人間のまま。その歪な状態で溜まった鬱憤を他の次元に向け始めた。外の世界の人間に、自分たちの能力の一部を与えて、代理戦争をさせて楽しみ始めたんだ。コロシアムの剣闘士を観戦する観客といったところか」

 

 エシュは「剣闘士」の言葉と共に再度端島を指した。

 

「蛇のおもちゃにされた……自称エデンの住人から能力を与えられたのが君たちだ。精霊と契約した能力者とは起源からして異なる」

「自称おでんの住民というのは、俺たちが黒幕とか運営とか言ってる連中のことでいいのか?」

 

 端島の言い間違いに、他の5人の脳裏に浮かんだのは、土鍋の中に浮かぶおでんだった。

 

 合田と梨本は、更にそこから椅子に拘束され、熱々おでんを食べさせられていた上戸の姿を思い出した。

 

「能力を与えるってそういう……」

「呼び名は君たちが勝手に付けたもの。私の知るところではない。彼らが自身の神話になぞらえてエデンを名乗り始めた。君たちは、そのエデンの住民を満足させるために選ばれた剣闘士だ」

 

 エシュは端島への説明は終えたとばかりに、柿原の方に視線を戻した。

 

「そっちの東京チームの話は分かりましたけど、じゃあ私たちに能力を与えたわけは?」

「別のどこかの次元で、君たちの同位体は精霊と契約して力を得た。だが、その後に何らかの理由で力が放棄されたために、精霊は縁を頼りにこの世界にやってきた。私はその縁を繋ぎ合わせた。他にも10人ほど縁を結んだ」

「よく分からないけど、ようはおこぼれってわけか」

 

 柿原は今の話である程度納得したようだ。

 

「じゃあ、小森だけ能力を得られなかったのは?」

「小森というのが――」

「――この人です」

 

 柿原がすかさずスマホを取り出して、アルバムアプリから小森が写った写真を見せた。

 

「嫌がらせとかそういうのじゃないんですね」

「その少年なら覚えている。そちらの少年と同じく、別の世界でエデンの剣闘士として選ばれている。精霊と縁がないために、ここで得られる能力はない」

「別の世界で……」

「多分、それは第3世界のことだ。小森って人は俺たちと一緒に戦っていたんだが、ステゴロでやたら強かったんだ。あれは異世界帰りの能力者だったんだと思う」

 

 端島が第3世界で一時共闘した小森のことを説明すると、柿原は納得したような、そうでないような微妙な表情をした。

 

「そう……この世界の小森は能力を得られる機会はないってことか」

「では、次は私が聞きたいんですけど良いですか? 端島さんも、柿原さんも」

「え? ええ……それは、順番だから」

 

 柿原が横に移動して、今度は合田がエシュの前に立った。

 

「能力のことは分かりましたので、次はこの洋館について聞かせてください。ここは一体何なんですか?」

「ここは次元の交差点。本来ならば、いくつもの次元をランダムに飛び回る存在だが、この世界で儀式を行い、ルートを固定した輩がいるようだ。今はその流れに沿って動いている」

「それはもしかして、杭のようなものの影響だったりしますか?」

 

 合田は両手を広げて「これくらいの長さの」とジェスチャーで形状をエシュに伝えた。

 

「この館自体が時空的に不安定な状態になっていることから考えて、儀式に魔術的な道具を使用している可能性は高い。もちろん、その杭とやらは時間と空間を操るエデンの技術だろう」

「エデン……黒幕が私たちの世界でも、やっぱり何かをやろうとしているということですね」

 

 一連の話を信じるならば、エデン=合田たちを第4世界に召喚した黒幕が、この洋館とエシュを利用して何かを企んでいる可能性が高いだろうと考えた。

 

 第3世界に尖塔を設置して世界を改変、崩壊させようとしたのも黒幕だという。

 

 ならば、杭を実際に空き地に埋め込んだ「誰か」を突き止めることができれば、世界崩壊の原因に迫れるかもしれない。

 

「一応私は聞きたい話は聞けましたけど、他に皆さん何かありますか?」

「俺から一つ聞きたい」

 

 端島が挙手したので、合田が下がって位置を入れ替えた。

 

「この洋館の入り口ドアに大きな穴が開いていたんだが、あれは最近のことなのか? 多分、俺たちの知り合いがやったことだと思うんだが」

「攻撃は最近だ。遠距離から突然攻撃されて、発射元は確認できなかった。通常の次元とズレた位置にある館に攻撃が当たる時点で、エデンと同じく時空に干渉できる攻撃なことは確かだが」

「ということは、誰が撃ったのかは不明と」

 

 端島は、洋館を攻撃したのが上戸だと考えて、居場所のヒントを突き止めようとしたが、この話の通りだと詳細を知るのは難しいだろう。

 

「俺からはそれだけだ。他に誰か何かあるか?」

「最後に一つだけいいか」

 

 新坂がそう言うと、エシュの前に歩いてきたので、端島は場所を譲る。

 

「与えられた能力だけど、今の事件が片付いたら、返却したいんだが、どうしたらいい?」

「そうだった、それを聞くのを忘れていた!」

 

 柿原が突然叫んだ。

 本当に忘れていたようだ。

 

「その場合は再度この館を訪れると良いだろう。精霊が元々契約していた別次元の同位体の方へ返そう」

「それなら良かった。今のところ、この能力に不具合はないが、持ったままだと、将来的に何か厄介に巻き込まれそうな気がして」

「それはそうだよね。過度な力というか」

 

 柿原も新坂の意見に同意した。

 

「聞きたいことは以上だ。今度こそ終わりかな?」

 

 一同は顔を見合わせ、小声で「何かないか?」と呟いたが特に何もないようだった。

 

「以上です。ありがとうございます。また来ます」

 

 柿原が代表して頭を下げた。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 全員が洋館から出ると同時に、洋館は何の痕跡も残すことなく消滅。

 今まで建物があった場所は、ただの空き地に戻っていた。

 

「出ると消えるんだ」

「お帰り、首尾はどう?」

 

 洋館の外で待っていた矢上と友瀬が駆け寄ってきたので、柿原は指でVサインを作って返す。

 

「一応、聞くことは聞けた。私たちの能力のことも、その返却の仕方も一通り確認済」

「入って5分くらいだったけど、本当にちゃんと聞けた?」

「えっ、5分!?」

 

 柿原はスマホを取り出した。

 

 だが、スマホの時間は瞬時に補正されたのか、洋館に入った時間の5分後になっている。

 

 時間がずれているのかどうかの確認が取れない。

 

「誰か腕時計を着けてない?」

「私が着けています」

 

 合田が名乗り出て、腕時計を見せたのを、全員でのぞき込む。

 時間はスマホの時計と比較すると、約1時間ずれていた。

 

「時空が歪んでいる決定的な証拠だな」

「まあ、これは電波時計なので、すぐに補正されると思いますけどね」

「合田1人に頼るのも問題だし、次に入る時は100均でもいいから時計を用意しておこう」

「普通に腕時計を着けてくださいよ」

「私も着けるか」

 

 柿原が納得したところで、矢上が話しかけてきた。

 

「待っている間に和泉さんに電話したんですが、全員が戻ってきた段階で、一度場所を移動してくれってことです」

「移動ってどこに?」

「近くの喫茶店かファミレスか。人数が多いので、広い店が良いとかなんとか」

 

 矢上がスマホで和泉に電話を掛けながら言った。

 

「それは奢りか実費かどうか、それが問題だ」

「奢りらしいよ」

 

 矢上がそう言って、通話が繋がった和泉に状況報告を始めた。

 

「奢り!?」

「もしかして、タダで食べ放題ってこと?」

 

 それを聞いた梨本が早くもスマホの地図アプリで近隣の店の位置を調べ始めた。

 

「もう夜だろ。俺は飯を食いたいんだけど」

「そうだな。こっちも同意だ」

 

 端島と新坂が位置を調べている梨本に注文を付けた。

 

「じゃあファミレス?」

「私はデザートだけでいいから、ここかな?」

 

 今度は船木が注文を付け始めた。

 

「私もデザートが美味しいところが良いです」

「ファミレスで決まりね。男子もそれでいい?」

「異議なし!」

 

 合田と電話をかけている矢上以外の6人の意見が一致した。

 6人は、各々ファミレスのメニューを調べ始めた。

 

 そんな中、合田だけは空き地に突き刺さった杭を見つめていた。

 

「杭で誘導していると言っていたけど、なら、誰が何のためにそんなことを……」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 上戸佑(うえとたすく)は、残業2時間を終えて会社を退社。

 

 春に引っ越したばかりの東京都内のマンションに帰宅した。

 

 手にぶらさげたエコバッグの中には、少し遠回りして購入したスーパーで買った野菜が山ほど詰め込まれている。

 

「今日はスーパーに寄って帰れたのでセーフだな。キャベツが安くて助かった」

 

 妻とは共働きなので、料理は前日晩に作っておいて、帰ってきたタイミングで各々温めて食べるという生活が続いている。

 

 そのため、帰宅してからも、翌日の夫婦分&近所に住んでいる唯野(ただの)の弁当と夕食の調理を行うのが日課になっていた。

 

 玄関の扉に手を掛けたところで一瞬立ち止まる。

 

 部屋の中から見知らぬ男の声が聞こえてきた。

 

 最初は唯野が遊びに来たのかと考えたが、唯野は文科省の官僚だ。

 毎日、日が変わるあたりまで自宅には戻ってこない。

 

 何者だ?

 

 上戸も妻の優紀も東京に引っ越したばかりで、東京にそれほど友人はいない。

 

 少し警戒を強めながら扉を開けると、中から優紀が飛び出してきた。

 

「お帰り。なんか仕事のお友達って人が来てるけど」

「仕事の?」

 

 それで余計に分からなくなった。

 

 職場の知り合いはいるが、自分より先に自宅に着いているというのが分からない。

 

 みんな残業祭りで死にかけているので、早く帰ることが出来る日は、直帰してそのまま爆睡するはずだ。

 

 玄関を上がり、リビングに入り、そこに座っていた若い男と顔が合った。

 

「どうも上戸さん。第3世界ではお世話になりました。逢坂憂路(おうさかゆうじ)です。よろしく」

 

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