収穫祭の魔女   作:れいてんし

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――Part10 「町の過去の事件」

麻沼秀則(あぬまひでのり)、旧姓片倉は高校生達と共に香住エレクトロニクスの調査へ行く前に、事務所宛に届くメールチェックを行っていた。

 

 組織は興信所を名乗ってはいるが、一般の依頼は受けていない。

 

 元は東京守護であり、警視庁の部署から分離した、超常現象を解決するための組織だ。

 

 なので、一般にもメールアドレスは公表していない。

 それでも何とか突き止めてくる迷惑メールもあるが、数は少ない。

 

 ほぼ、業務関連のメールばかりだ。

 

 その中に、見慣れないアドレスから不明なメールが2通届いていることに気付いた。

 

 片方はいい。

 接触があった高校生達のうち、小森が調べた町の情報を送ってきたものとほぼ同じだ。

 既知の情報は多いが、元片倉が初見の情報もある。

 

 よく調べてあるので、これから向かう調査には役に立つだろう。

 

 問題はもう一通の方だった。

 

 元片倉はメールにウイルススキャンをかけながら、メールアドレスの検索を行った。

 その後に、同僚の和泉に声をかけた。

 

「おい、和泉、ちょっとこっちに来い」

「何ですか? 今日の予定は別でしょう」

「そうじゃなくてだな。メールが来たんだよ。上戸ってやつから」

 

 元片倉が画面を指した先には「上戸佑(うえとたすく)」という人物からのメールが届いていた。

 

 要件はシンプルだった。

 

逢坂憂路(おうさかゆうじ)を名乗る人物が突如として自宅にやってきて、第三世界とやらの話をした。その件について報告したい」

 というものだ。

 

「どう見ます?」

「罠の可能性が半分、本物の可能性が半分」

 

 パソコンのモニタには、メールには追跡プログラムなどが仕込まれていないことを示すメッセージが表示されていた。

 メールアドレスも、送信元偽装はなし。

 

 ネット検索では、本人の妻らしき人物のSNSがヒットした。

 本人は登録していないようだが、そちらからある程度情報は得られる。

 

 チラリと画面隅で見切れている写真から推測出来るのは、色々と器用な人間だということだ。

 

 上戸夫人が趣味の何かをSNSにアップする度に、上戸本人が必ずアシストに出てきている。

 

 二人とも、上戸と逢坂の名前は端島から聞いて知っている。

 

 今は少しでも情報が欲しい段階ではあるが、この連絡が本人からのものという保証が一切ない。

 

 元片倉も和泉も、どちらも上戸、逢坂のどちらの顔も知らないので、赤の他人がなりすましていたところで判別出来ないからだ。

 

「今は直接会ったり、チャットやWeb会議などでの連絡は避けましょう。メールでの文面だけならば、お互いに情報をコントロール出来ます」

「それでいこう。『興味はあります。メールで返信ください』とだけ返しておくぞ」

 

 元片倉はメールを返信した後に、高校生たちに合流すべく、事務所を出発した。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 端島、合田、梨本の三人+船木。

 柿原、矢上、新坂、友瀬、それに小森は学校の新聞部の部室に集まっていた。

 

「これは俺が調べてきた調査結果だ」

 

 端島は、小森裕和(こもりひろかず)から印刷された紙の資料を渡された。

 

 一通り目を通した後に合田に渡した。

 

「ちゃんと見てくださいよ」

「こういうのは分担した方が効率が良いだろ」

 

 合田は受け取った資料をめくり始めた。

 

 明治の文明開化の頃に日本国内に多数の外国人が入ってきたのだが、キリスト教の教会関係者が宗教弾圧を受けて、都市部から逃げて山の中に住むという事件があった。

 

 数年経って落ち着いてからは、彼らは横浜の中心部に戻っていったのだが、住みやすかったのか、そのまま山間部に住み続ける外国人がそれなりにいた。

 

 そんな外国人居留地が、当時は鎌倉、現在は横浜に区分されている山間部にあったという。

 

「なんで横浜の北部じゃなかったんでしょうね?」

「横須賀……というか、浦賀が近いんだよ。ペリーが作った基地もすぐ近くにあったし」

「なるほど、ここの方が外国人に理解があったと」

 

 合田の質問に小森が丁寧に答えた。

 

「そこで登場するのがこの洋館。形は似ていると思う」

「確かにそっくりですね」

 

 小森が区営の民俗資料館に行ってコピーしてきたという古写真には、以前に訪れた幽霊屋敷とそっくりの建物が写っていた。

 

「でも微妙に違うんですよ」

 

 友瀬が撮影した写真を合田に見せた。

 

 写真の洋館と資料を見比べると、窓の形や小屋根の角度などが微妙に異なっている。

 

 庭は松などが植えられた和式のもので、洋風のイングリッシュガーデンだったと思われる幽霊屋敷とは異なる。

 

「これと似たような建物が大正時代まで何軒か建っていたとか。写真の建物と同じものじゃないけど、建て方や材料は同じみたいだから、あの幽霊屋敷は近くに建っていたものかもしれない」

「なんで大正までなんですか?」

「関東大震災で軒並み基礎がやられた……ということになっている」

「ここで注目すべきは『基礎がやられた』ってことね」

 

 今度は柿原だった。

 

 部室のパソコンを操作して、モニタに画像を映し出した。

 古新聞のコピーのようだ。

 

「これが当時の新聞のコピー。関東大震災の各地の被害情報が載ってるんだけど、鎌倉市本郷村……今の横浜市上郷町の被害情報には、この外国人の建物が壊れたとは載っていない」

「不法に建てられてカウントされていないとか?」

「それも考えたんだけど、どうも違うみたい。この近くに神社があって、そこの宮司が色々と記録していたみたいなんだけど」

 

 柿原がマウスを操作して別のフォルダに入っている画像を開いた。

 

 今度はデジカメによる撮影のようで、若干反射してみづらいが、なんとか読み取れる。

 

「『関東大震災の日に、火柱が上がって台風のような風が吹き荒れた。家から外に出ると、民家がみんな燃えていた』というのが、要約した内容」

「民家が燃えていたって……被害はないはずじゃ」

「そう、何故か新聞や当時の本に載ってる記録にはカウントされてない。これは近くの神社の宮司が個人的に残していた日記だから残っているだけ」

「それで?」

「これで終わり」

 

 柿原はパソコンの画像アプリを終了させた。

 その後に学校の周辺地図を表示させた。

 

「なんでですか? ここから調査を進めれば、あの洋館の秘密だって分かるでしょう」

「俺に出来るのは、図書館に行ったり、古いことを知ってる人に聞きに行くまで。ただの高校生だからね」

 

 小森はあっさりと言った。

 

「一応区役所や民俗資料館で調べたりはしたけど、手が届くのはここまでだった。ここから先はどう進めたらいいものやら」

 

 合田もそれ以上は追及出来なかった。

 

 新聞や民俗資料館からも消えている記録を追う方法など、そうは思いつかない。

 

「それで、この昔の事件と、裏の空間ってどんな関係があるんだ?」

 

 今までのやり取りを分かっているのかいないのか、端島は柿原に尋ねた。

 

「それは実際見てもらった方が早いと思う。探偵とかオッサンとかが来る前、学生は学生でやるべきことをやりましょ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 柿原に案内されたのは、その学校の裏手にある古びた校舎だった。

 フェンスで囲われており、ドアや窓には「危険立ち入り禁止」と張り紙が張られている。

 

 端島も見覚えがあった。

 回収した杭を一時的に置いておいた旧校舎だ。

 

「これは能力を手に入れてから分かった秘密の方法なんだけど」

 

 柿原が、旧校舎の裏手にある壁に手を向けた。

 そのまま「何か」を掴んで回して引くと「扉が開いた」

 

「この中よ、入って」

「入ってと言われても……」

 

 柿原を先頭に中に入っていく。

 

 内部は広大な真っ白い空間だった。

 

 空は闇に閉ざされたように真っ暗だ。

 

 なのに、どういう原理なのか、空からは光が降り注ぎ、曇り空くらいの明るさで景色や仲間の姿を見ることが出来る。

 

 それでいて、何かの前衛芸術のような見た目も機能も分からない品があちこちに置かれている。

 

 外から見た旧校舎とは明らかに異なっていた。

 そもそも校舎という建物の中に、そんな広い空間が収まっていることがおかしい。

 

 空間の歪み的な何かがあるのだろう。

 

「俺達が知ってる世界と全然違うんだけど」

「裏の世界ってこんなところでしょ……違うの?」

「俺達が知ってるのは、もっとビルが倒れまくった廃墟みたいな場所だよ」

 

 端島、合田、梨本、船木は物珍しそうに、通路の脇に置かれたオブジェクトを見ながら歩いていった。

 

「それで敵は?」

「この校舎の敵は、だいたいみんなで倒したから、もう何も出てこないと思うよ。卒業前に全部倒しておかないとね」

 

 5分ほど歩いたところで全員が外に出た。

 

「多分、これと同じような裏の世界への空間が洋館があった場所の近くにあるんだと思う。それをみんなで探せば、すぐに見つかるんじゃないかな」

「待ってください。サンプルがあるならば調べられますよ」

 

 合田が眼鏡を上げ下げしながら、旧校舎の壁を見た。

 その眼鏡にはわずかだが光が灯っている。

 

 スキル分析(アナライズ)を使用して、出入り口を分析していた。

 

 しばらくして、首を縦に振って「なるほど」と呟いたので、端島は状況を尋ねた。

 

「分からないということが分かりました」

「やっぱりダメか」

「違います。分析結果は分かりませんけど、他の場所と違って『分からない』と出るから、分かるんです」

「日本語で」

「だから、何もない空間だと分析しようにも出来ませんけど、この出入口は『分析不可』ということが分かるので、出入り口があることが分かるんです」

 

 二度目の説明でようやく端島にも理解出来た。

 

「要するに、出入り口がある場所には『分析不可』と表示されるのか。それは表示が違うだけで、実質見えてるようなものだな」

「ゲームをやってると、何もない空間にカーソルが表示されるみたいなものかな?」

「ほぼそれです」

 

 横で聞いていた柿原にも理解出来たようだった。

 

「私達にはこれを見つけだす手段がなかったから、近くに敵が溢れ出して初めてって感じだったけど」

「私がいれば大丈夫です。大船に乗った気分でお願いします」

「頼りにしてるから」

 

   ◆ ◆ ◆

 

「遅かったな。早く出発するぞ」

 

 待ち合わせ場所に東京&横浜の高校生チームが到着した時には、既に松葉が退屈そうにしていた。

 

「遅れてないんだけど、オジサンはせっかち過ぎない?」

 

 船木が松葉を挑発するように言うと、松葉はギロリと目を剥いた。

 

「これから調査だろ。早めに行動するのが良いんだよ」

「何を調査するのか分かってないでしょ」

「香住エレクトロニクスの地下だろ。何を言ってるんだ?」

「その前に、裏の世界への入り口でしょ」

 

 船木と松葉がにらみ合いを始めるが、端島はいつものことだと無視して、来ていた和泉と元片倉に声を掛けた。

 

「じゃあ、今日はよろしく」

「それで、裏の世界の入り口とやらは?」

「多分こっちなので、付いてきてほしい」

 

 小森が、現在の地図と古地図のコピーを両手に持ちながら、先導に立って歩き始めた。

 

 少し歩いて、山間にある空き地の前で足を止めた。

 

 そこは、雑草を定期的に刈っているのか、草一本生えていない場所だった。

 

 一部をグラウンドとして整備して、用具収納庫らしきアルミの倉庫を置いている以外は何もない。

 

 町は元々山の中で、宅地開発で切り開かれて作られた町だ。

 なので、周りは急な坂ばかり。

 斜面に斜めに建っている家も多いのだが、その場所だけは不自然なくらいに平坦な空き地が広がっている。

 

 なのに、住宅が建つ気配すらない。

 

 グラウンドでは、すぐ近くで小学生の野球チームが試合をしているが、それくらいだ。

 夜になれば、人がいなくなるこの場所は静まり返るだろう。

 

「位置的にはこの辺りだ……合田さん、頼めるか?」

「ええ、任せてください」

 

 合田の眼鏡がキラリと光った。

 

 空き地の近くを歩きながら進んでいき、丘に登るために作られたであろう階段の前で立ち止まった。

 

「ここですね」

「何もない空間にしか見えないけど」

「でも当たりですよ。小森さんの地図が正確で助かりました」

 

 合田が何もないように見える空間を掴んで「開けた」

 

 日本中どこにでもありそうな風景の中に、突然長方形の形をした空間が姿を現した。

 

 その向こうには、空は黒、地は白というモノクロの世界が広がっていた。

 

「ここが出入り口ですけど、このまま中に入って大丈夫なんでしょうか?」

「おそらく一番詳しいのは地元民の君たちだろう。柿原さんか、新坂君、説明を頼む」

 

 和泉が尋ねると、柿原が前に出た。

 

「出入口は、このドアを開けっぱなしにしている限りは、ここから出入り出来ます。ただ、ドアを閉じられると向こうから帰る手段がなくなります」

「そうは言っても、ここはグラウンドに近い場所だ。そこに野球をしている小学生や、散歩をしている地元の方もいる」

「なので、誰かが残って、適当に時間を見計らってドアを開ける仕事を頼んでいます。いつもは小森に頼んでいました」

 

 和泉の視線が小森に向いた。

 

「俺にはこれくらいしか出来ることがないから。家も近くなので、ここで待っています」

「じゃあ、オレも後方支援役で残らせてもらうぜ」

 

 ここで元片倉が手を挙げた。

 

「誰かがこっちに残っていないと、何かあった時に困るだろう」

「もちろん任せるつもりでした。ちなみに内部から連絡する手段は?」

 

 和泉は柿原に尋ねた。

 

「ない……と思う。少なくとも電話は繋がらないし、薄いナイロン紐ならドアの隙間から通せるかなと試した時があったけど、ドアを閉じた時点で切断されてた」

「一応、いくつかの機器は持ち込むつもりですが、期待はせずにいきましょう。トランシーバーを使います」

 

 和泉は持っていたアタッシュケースから、小型の無線機を取り出した。そのうちの片方を元片倉に渡した。

 

「2キロくらいは通信できます。約束の時間になったら、ドアを開けて呼びかけてください。近くに帰ってきていたら、連絡が取れると思います」

「それで、時間は?」

「今が11時です。ここからカスエレまでは直線距離で約8キロ。徒歩2時間半というところでしょう」

 

 元片倉がスーツの袖を引っ張り、腕時計で時間を確認した。

 

「それなら、片道2時間半、現地調査2時間として7時間後、18時目途ってところか。異論は?」

「もっと遅くまで調査をしても大丈夫だろう」

 

 高校生たちは全員賛成のようだったが、松葉だけが不満を示した。

 

「何があるか分かりません。引き上げの目安は決めておくべきです」

「裏の世界がどうなっているか知らんが、暗くなったら調査は無理だろ。初回なんだから、無理せず行こうぜ」

 

 和泉と元片倉が続けて言うと、松葉もそこまで我を通すつもりはなかったようで折れた。

 

「決まりですね。調査に向かいましょう」

 

 異論は出なかった。

 

 調査経験が何度かあるという柿原たち横浜チームを先頭に、東京チーム、和泉と松葉を加えた合計十名は裏の世界へと突入していった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「さて、留守番組としては、特にやることもないわけだが」

「片倉さん? 麻沼さん?」

 

 小森が恐る恐るながら元片倉に話しかけた。

 

「おう、片倉でいいよ」

「片倉さん。和泉さんには聞けなかったことなんですけど、いいですか?」

「ああいいぜ。金の無心以外ならば。釣りとか趣味だったりする?」

「いいえ」

 

 小森は一度黙った後、少し時間を空けた後に再度話しかけた。

 

「この場所で昔は何が有ったんですか? 宮司さんの証言からすると、ここで何か爆発の類があったとしか思えなくて」

 

 元片倉はポケットからタバコを取り出して火を点けた。

 煙を吐き出しつつ小森の顔を見た。

 

「戻れなくなるぞ」

「真相を知りたいです」

「和泉には言うなよ。男と男の約束だ」

 

 元片倉が拳を突き出してきたので、小森もそれに合わせた。

 

「この場所で大正時代に魔術の実験をやったやつがいたらしい。その影響は大きく、関東の地盤すら揺るがした」

「それって……」

「関東大震災」

 

 元片倉はタバコの煙を大きく吸い込んだ。

 吐き出した後に、ポケットから携帯灰皿を取り出して中に灰を入れる。

 

「あの端島ってやつが、世界の崩壊がどうのと言ってたけど、それと無関係じゃないだろうな」

「なんでそれを言わないんですか?」

「確証がないし証拠もない。それに、この事件自体は世間には極秘になっているので、おいそれと教えられない」

「じゃあ、なんで俺には教えてくれたんですか?」

「なんでだろうな」

 

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