収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第12話 「犯人確保」

 12月27日。

 年の瀬も迫るこの時期に、俺とエリちゃんの2人は新横浜で新幹線を降りた。

 

 急ぎだったし、領収書をもらっておけば交通費は探偵事務所の経費で落ちる。

 駅前ロータリーで客待ちしているタクシーを呼び止めて乗り込んだ。

 

 目指すのは保土ヶ谷の公園だ。

 

「公園には誰かいるの?」

「京都の組織の人と……現場の責任者で須磨さんと、刑事の安坂って人が入ってる」

「カーターさんや和泉さんは?」

「早朝から別件の事件の調査に向かっているらしい。後で合流予定」

 

 スマホを取り出してメールチェックをすると、須磨さんから「儀式の準備を始めている」とのメッセージが到着していた。

 カーターたちからの連絡はない。

 まだ移動中か調査中かのどちらかだろう。

 

「どれくらいで着きますか?」

「この道路状況だと15分くらいですかね」

 

 運転手に尋ねると意外と早い予想が返ってきた。

 ならば、信号待ちと渋滞が入っても30分以内で到着できるだろう。

 

「今日は横浜には寄るの?」

「いや、ここも横浜なんだけど。むしろ、こっちの方が横浜の中心部に近いのかな?」

「じゃあ、裕和(ひろかず)の住んでるところは何?」

「昭和までは鎌倉だった」

「やっぱりあそこは鎌倉だったのか」

「今の行政区分だと横浜だけどね」

 

 そんな雑談をしているうちに、タクシーは帷子川(かたびらがわ)を越えて銀杏並木が広がる公園の一角に入っていた。

 駐車場まで行ってしまうと、広場が遠くなるので、適当な道の端にタクシーを停めてもらい、下車する。

 

 木の葉が落ちてすっかり冬の様相になった公園を歩いていると、関係者以外立ち入り禁止を示すテープが行く手を遮った。

 

 もちろん関係者なので、テープをまたいで乗り越えて先へと進む。

 メールにあった通り、既に儀式の準備作業が始まっていた。

 

 裏東京の東京タワーから持ち出した制御機械に様々なケーブルが接続され、その周りで男女4人のメンバーが紙に印刷された手順書を見ながらノートパソコンのキーボードをひたすらに叩く光景は、何かコンピューターのシステムを設計&構築しているようである。

 

 近くに簡易テントが立てられて、その幌の下に酒やら(しきみ)など、儀式に使うであろう品々が積み上げられているが、それ以外は一般的なイメージにある「魔術」とは全く別物である。

 

「魔法の世界も21世紀だなぁ」

「魔術も人間が作った技術ですからね。同じ技術ならば、科学的なアプローチも積極的に組み入れるべきという考えです」

 

 そう声を掛けてくださったのは、京都の組織の桂さんだ。

 俺とエリちゃんは軽く挨拶をした。

 

「宇宙船のシステムをMACでハッキングしているのと同じに見えるんですけど」

「インディペンデンスデイやトランスフォーマーの設定だと、地球のコンピューターは宇宙人のシステムを解析して作られたものなので、接続できるのは当然らしいですよ」

「なるほど……でも、それは映画の設定ですよね」

「そうですね」

 

 具体的にコンピューターで魔術の何を制御しているのかは不明だったので、岡山の古代遺跡に眠っていた宇宙船を米軍が回収したという話が脳裏をよぎった。

 

 宇宙船を解析した技術が現在のコンピューター開発に使われているというのは事実だ。

 

 だが、にこやかに笑う桂さんを見て、これ以上突っ込むのは藪蛇になりそうなので止めた。

 

「それで、どうですか、今の状況は?」

「芳しくないですね」

 

 そう答えた桂さんの表情が若干険しい。

 

 春先にやったのと同じ儀式を再実施するだけでは解決しないと、表情が物語っている。

 

「元々のシステムが別のシステムで上書きされているんです。なので解析からやり直しをしているんですが、これがかなりの手間で」

 

 桂さんはそう言うと腕時計を見た。

 

 やはり予定通りに進んでいないのだろう。

 どんなジャンルの仕事でも、事前に立てた計画通りにいかないというのは共通のようだ。

 

「別システムで上書きというのは簡単にできることなんですか?」

「元のプログラム構造を理解していないとできない内容です。元々システムを知り尽くした人間の犯行でしょうね」

 

 話を聞いてようやく状況が理解できた。

 

 既存のシステムを無茶苦茶なシステムに上書きするだけならば俺にだってできる。

 

 春先に第四世界の船木や松葉の力を借りてやった儀式も、システムのプログラムを書き換えるのではなく、システムの入出力部分を反転させる別のプログラムを追加して解決というシンプルなものだった。

 既存のプログラムの解析が困難だからこその苦肉の策だ。

 

 だからこそ、元のシステムを知り尽くした犯人が只者ではないと分かる。

 

「要するに、根本からプログラムが変更されているので、単純にオンオフや反転命令を付け足すだけじゃ解決しないってことですよね」

「そういうことです。完全解析までは必要ないですが、少なくとも基本構造は理解しないと作業を先に進められません」

「目途はどんなところでしょう?」

「日が暮れる頃に終わるか終わらないか……そんなところでしょう」

「それって、終わらないフラグですよね」

「終わりますよ」

 

 桂さんはそうは言うが、顔は一切笑っていなかった。

 

 話し始めてから5分も経過していないというのに、最低5回は腕時計を見ている。

 予定通りに行かず、相当焦っているのが分かる。

 

 簡易テントを改めて見ると、儀式に必要な祭具以外に、カップ麺や水の入ったペットボトル。

 それに、夜間作業用のスポットライトが置かれていた。

 

 明らかに夜通しの作業を覚悟した上の準備だ。

 

 何か手伝えることがあれば良いのだが、残念ながら俺は魔術もコンピューターも専門外だ。

 

「すみません、私には手助けはできそうにありません」

「いえ、お気になさらず。私たちもプロですので、受けた仕事はきちんとこなします」

 

 素人が生兵法で参加しても邪魔になるだけだろう。

 俺たちは俺たちでできることをやるだけだ。

 

 鳥の使い魔を喚び出して、鳥の目で尖塔を見ると、春先の儀式の後は閉じていたはずの「眼」が大きく開いていた。

 

 幸いにも、以前のように目が合っただけで手裏剣の形をしたヒトデのような生物を問答無用で投げつけてくるようなことはないが、それでも、いつ攻撃が再開されるか分からないという不安は残る。

 

「ちょっといいか」

 

 その時に声を掛けてきたのは刑事の安坂さんだった。

 軽く会釈をする。

 

「伝言を預かっている。二人が公園に来たら、現場に案内するよう言付けされているんだが……」

 

 安坂さんはそこで語尾を濁した。

 気持ちは分かる。

 

 わざわざベテランの安坂さんに運転手をさせる意味が分からない。

 

「現場というのは?」

「多分聞いているだろうが、今朝から色々と動いている事件の関係……らしい。だけど、私にすら細かい話が伝えられちゃいない。どうなってるんだ」

「安坂さんも聞かされていないんですか? それはさすがにちょっと……」

 

 安坂さんの困惑も当然だ。

 何の説明もなく「現場」なる場所に行けと言われても疑問しか浮かんでこない。

 

「でも、この場の現場監督的なポジションは必要ですよね」

「それはあちらの須磨さんが」

 

 安坂さんがそう言うと、簡易テントの近くでダンボール箱を運んでいた須磨さんがすっと右手を挙げた。

 

「多分、電話じゃできない話なんだとは分かるんだが」

「ありがとうございます。でも、さすがに納得できない点が多いので、当人に直接確認してみます」

「ああ、そうしてもらえるとありがたい」

 

 和泉さんかカーターかどちらに掛けるか少し考えて、あえて和泉さんの方に電話を掛けた。

 

 電話はすぐに繋がった。

 軽く挨拶をした後に事情を問いただす。

 

「さすがに説明が足りていません。もう少し納得できる状況説明をください」

『直接対面しないと話せない内容なんです。こうして話していることにもリスクがあります』

「なるほど、事情は分かりました。それでも、もう少し説明は欲しいです」

『謝罪はしますが、事情も察してください。この通話もこれで切りたいと思います』

 

 ここまで徹底するということは、携帯電話やメール、SNSの内容も傍受されている可能性があるということだろう。

 

 警察の内部に入り込んだ「運営」の声がかかった人間は公安が一通り洗ったらしいが、それでもなおスパイは健在ということだ。

 

「では、当たり障りのない話を聞きますけど、その場にカーター……片倉はいますか?」

『はい。岡山で手に入れたものはこちらに持ってきていただいて構いません』

 

 要件を確認したところで通話を終えた。

 

「電話で状況は把握できました。納得できない点は多いですが、今は指示通りに動くしかないようです」

「状況を把握してそれならば、仕方ないか」

 

 安坂さんも渋々ながら納得したようだった。

 

「安坂さん、お手数ですけどお願いします」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 安坂さんが運転する車が到着したのは、町はずれにある古い雑居ビル横にある駐車場だった。

 パトカーと軽自動車がそれぞれ1台ずつ停まっている。

 

 車を降りると、パトカーの前で何やら話していたカーター、和泉さん、制服姿の警察官……以前にも会ったことがある横川さんが一斉に俺たちの方を向いた。

 

「おう、来たか」

 

 目が合ったカーターが話しかけてきた。

 

「『来たか』じゃないんだよ。まずは事情を説明してくれ」

「公園はもう見てきただろう。そのシステム書き換えをやった犯人がこのビルに潜伏している」

「よく犯人を見つけられたな」

「町中にある防犯カメラの映像を警察が調べて足取りを追った……らしい。本格的に警察が動くとすごいな」

 

 横川さんが頭を下げた。

 

 さらりと「町中の防犯カメラ」と言っているが、公園の周辺だけでもどれだけ膨大なカメラが、考えなくともわかる。

 

 それぞ地道に調査するのには、かなりの苦労があったことは分かる。

 その点では感謝しかない。

 

「それで今は?」

「このビルに立てこもって抵抗を始めたので、被害が大きくならないよう、私が術で周辺を隔離しました」

 

 和泉さんにそう言われて気づいた。

 

 改めて駐車場を見回すと、広い駐車場に車が三台だけだ。

 

 現在地は神奈川と東京の都県境近く。

 

 日本でも有数の人口密集地だというのに、通行人の姿も、道路を走る車も一切ないのは冷静に考えると不自然だ。

 

「本来は警察と私たちで対処予定でしたが、敵の戦力はかなりのものなので、こうやって作戦を練っていたところです」

「そのタイミングで私たちが来た……というわけですね」

「本来は関係者だけで片付けるつもりで、上戸さんたちには迷惑を掛ける予定はなかったのですが」

「特に赤土にはな。未成年な上に受験前だろ」

 

 カーターがそう言ってエリちゃんを見た。

 その意見には俺も同意ではある。

 

「一応は私たちも関係者だし、やるよ」

 

 だが、本人はやる気だ。

 実際現場に来てしまったのだから、ここで何もせずに傍観していろとは言いづらい。

 

「戦力的に敵は手強く、私たちが必要ということですよね」

「その通りです。大変ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

 

 ならば仕方がない。

 速やかに敵を片付けよう。

 

「それで敵の戦力は?」

「犯人は強力な攻撃魔術を使います」

「それと、護衛に能力者が2人付いている……この世界に残った第四世界の人間だ」

 

 和泉さんとカーターが交互に説明を始めた。

 

 ビルの方を見ると、2階部分の窓が開いていた。

 その窓の向こうに誰か立ってこちらを見ているようなのだが、距離があるのと暗くなっているので顔までは判別できない。

 

「暗くて分からないけど窓のところに立っているのは1人だけかな? 20代くらいの男。フード付きのジャケットを着ていると思う。部屋の中に他に人がいるのかまでは見えない」

 

 視力に自信があるエリちゃんが額に手を当ててビルの中を睨むようにして見る。

 

 それでも手に入る情報はそこまでのようだった。

 さすがに暗い室内にいる人物までは見通せないようだ。

 

 状況確認のために鳥の使い魔を喚び出してビルに向けて放つ。

 

 その直後に、ビルの窓から火球のようなものが超高速で飛び出してきた。

 油断していたつもりはないが、偵察に放った使い魔は火球を避けきれず、爆音と共に撃ち落されて火球と共に消滅した。

 

 かなりの速度と精度での射撃だ。

 普通の警察官が撃たれたらひとたまりもないだろう。

 

「見ての通り、ライフルで狙撃してくるようなものです。一般の警察には一度下がっていただきました」

 

 和泉さんが使い魔が撃墜された地点に立ち上る白煙を指さした。

 

「怪我人は?」

 武装が拳銃のみで、しかも発砲には許可が必要な普通の警察では迂闊に踏み込めないというのは分かる。

 

 検証のためにもう一度、使い魔を2羽飛ばしてみる。

 

 鳥をビルに近づけたところで1羽がやられた。

 5秒ほど経ったあたりで次弾が飛んできて2羽目もやられた。

 

 敵の姿は一瞬窓から腕が出ているのが見えるだけだった。

 こちらからの反撃を警戒して、窓から一歩下がった位置から仕掛けているようだ。

 

「状況は理解できたか?」

「敵の射程距離は200メートルほど。攻撃は直進のみ。それに連射も効かない。自動攻撃ではなく、能力者が目視で攻撃を行っている。そこまでは分かった」

「よく今の一瞬で分かるな」

「ビルから直接この駐車場を狙ってこないからな。あとは使い魔を倒す動きからの逆算。攻略法もだいたい見えた」

 

 カーターがヒューっと口笛を吹いた。

 

 さすがに今まで積み重ねてきた経験値が違うのだから、これくらいは当然だ。

 

「じゃあ攻略を始めようか」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 駐車場の縁石代わりにコンクリブロックが置かれていたので、それを攻めの起点にする。

 

「まずはこのブロックを壊して」

 

 エリちゃんがさも当然のようにチョップでコンクリブロックを粉々に粉砕した。

 相変わらず物理がおかしい。

 

 一度割れたブロックは脆く、指で崩せば白い粉のようになった。

 ただ、建物への被害を抑えるには丁度良いかもしれない。

 

「これを適当にビルに投げつければいいんだね」

「そうそう。人には当てないように」

「分かってるよ。人に物を投げちゃいけないってのは基本だからね」

 

 エリちゃんが粉々に粉砕したコンクリブロックの欠片を拾い上げ、大きく振りかぶった後に、ビルに向かって投げつけた。

 

 空気を切り裂く轟音と共にコンクリの欠片は、空気抵抗によって空中で分解しながらも、その破片がビルの外壁に轟音と共に突き刺さる。

 牽制にはなったはずだ。

 

「じゃあ、あとは段取り通りよろしく」

「攻撃が止んだら追いかけるね」

 

 念のために盾を展開しつつ、駐車場からビルに向かって走る。

 

 予想通り、ビルから100メートルほどの位置に近づくと、俺に向かって火球が飛んで来た。

 

 だが、それは窓からすぐの場所、空中で炸裂して消滅する。

 

 エリちゃんが駐車場から投げつけたコンクリの欠片が火球の迎撃に成功したのだ。

 ちょっとしたCIWS……近接防空システムだ。

 

 そして、ビルの入り口まで一気に近寄る。

 

 ただし、ビルの中には入らない。

 2人以上いるという護衛の能力が分からない以上は、無謀な挑戦はしない。

 

 だが、能力者が目視で狙いを付けているならば、必ず動きはある。

 

 ビルの真下にいる相手を見るには、角度の問題で一歩下がった位置からだと見ることが出来ない。

 狙いをつけるには、窓から顔を出す必要があるからだ。

 

 狙いを定めて、能力者が窓から顔を覗かせる、その瞬間を――

 

「極光!」

 

 ――光速の熱線で狙い撃つ。

 

 単体で放った場合の威力はそこまでではないが、それでも熱による軽い火傷と衝撃によるダメージは入る。

 

 顔を出した能力者が痛みによる叫び声を上げ、室内へ逃げかえっていった。

 その隙に使い魔5羽を召喚して、室内へ飛び込ませる。

 

 室内にいたのは、たった今極光で顔と手を焼いたばかりで床をのたうち回っている火球の能力者。

 それと屈強そうな男が2人。

 それぞれ剣などの近接武器で武装している。

 

 他に敵戦力は見当たらない。

 つまり、この3人を無力化すれば勝利確定だ。

 

 慌てず急がず、室内に入った3羽の鳥たちで(シールド)を展開。

 

「跳ね返せ!」

 

 盾に命令を与え、発生させた斥力で室内にいる全員を吹き飛ばして壁へと叩きつけた。

 

「クリア!」

 

 俺が手を挙げて合図すると、和泉さんとエリちゃんが駐車場から全力でビルに向かって駆けだした。

 

 瞬く間にビルに迫り、俺の横をすり抜けてビルの非常階段を登っていく。

 

 やや遅れて、横川さんと安坂刑事が息を切らしながら追い付いてきた。

 

「2人が制圧中ですので、終わった後に犯人たちの捕縛と逮捕をお願いします」

「でも大丈夫なのか? 1人は若い娘さんだろう」

「まあ大丈夫だと思いますよ」

 

 そう言っていると、上の階から激しい乱闘の音が響いてきた。

 戦いが始まったようだ。

 

 その音は1分ほど続いたが、ビルを震わせるような振動が一度響いた後に、急に静かになった。

 

「終わったみたいです。行きましょう」

 

 俺たちが能力者たちが潜伏していたビルの3階に上がると、そこでは1人が体を折り曲げた体勢で失神。

 もう1人は和泉さんが後ろ手に手錠をかけて拘束しているところだった。

 

 火球の能力者はまだ床にのたうち回っているのを使い魔が確認している。

 もう抵抗できる相手はいない。

 

「今日の決め技は?」

「シンプルにジャーマンスープレックス」

 

 エリちゃんが満面の笑みで答えた。

 相手の背後に回り込み、腰を抱えて体を持ち上げ、ブリッジの体勢で相手をマット……床に叩きつける投げ技だ。

 

 

 これで犯人の拘束完了だ。

 

 こいつらから事情徴収すれば、どうやってシステムを書き換えたのか、何のためにそんなことをやったのかの謎が解ける。

 

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