収穫祭の魔女   作:れいてんし

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――Part12 「利害の一致」

 学生たちは裏の世界の調査後に帰宅していったが、和泉と元片倉は事務所に戻って、一度対策を練り直すことにした。

 

 香住エレクトロニクスの工場地下で、宇宙船を研究材料に、何らかの実験を行っている光景を見た。

 しかも、それには現役の総理大臣である周防も絡んでいた。

 

 だが、それだけだ。

 

 情報は裏の世界という異次元を通って大企業の地下工場に潜入したという調査方法で得たものであり、しかも映像証拠は何一つとして残っていない。

 

 明らかに何かやましいことを企てているのは間違いないのだが、追及の材料が現状だと全くないのが問題だ。

 

 仮に「地下の施設で宇宙人の遺産を解析して研究をしている」と発表したところで、そこから悪事に繋がる証拠が全くない。

 センセーショナルな話題は飛び出すだろうが、宇宙人が関わっていたとしても、違法要素がなければそれ以上の追及はできない。

 

 それに、香住は世界レベルの大企業。

 周防も総理大臣であり、動かせる権力は圧倒的だ。

 何の証拠もなしに動いたところで返り討ちに遭うだけだろう。

 

「最近発生している事件に香住が関わっているのは間違いないでしょう。ですが、それを止める手立てがない」

「田中正造だって一度は原敬に潰されてるからな。明らかな公害が起こっていても、敵側に政治家とデカい企業がいると問いただしにくいのは歴史が証明している」

 

 元片倉がパソコンの画面を見ながら和泉に答えた。

 

「企業による公害の話ですよね。水俣病でしたっけ?」

「栃木の足尾銅山だよ。明治の話だからな。中学生の時に東照宮のついでに見学したこともある」

 

 静かな事務所内にマウスのクリック音が淡々と響く。

 

 恒例のメールの整理作業だが、そのリズミカルな音が突然に止まった。

 元片倉は手の動きを止めて、画面に表示されているメールの文面を無言で読み始めた。

 

 マウスを操作して添付ファイルを開いて、またメールに目を戻す。

 

「……香住の件なんだが、良いアプローチ方法があるかもしれないぞ」

「何か進展があったのですか?」

「前に上戸ってやつからメールが来ていただろう。あれの返信メールが届いた」

「罠かもしれないと言っていたあのメールですよね」

 

 和泉はそう言いながら元片倉の後ろから画面をのぞき込む。

 以前にメールを送ってきた上戸佑(うえとたすく)からの返答メールだった。

 

 先日はまず連絡を取りたいと返したが、それに対してより具体的な話が書かれている。

 

「まだ罠の可能性は消えちゃいないが、それを含めても面白い情報がある」

「先に結論からお願いします」

「上戸ってやつに接触してきた逢坂憂路(おうさかゆうじ)は香住エレクトロニクスの社員バッジを付けていたらしい」

 

 元片倉がメールに添付された画像ファイルを開く。

 そこには動画から切り出したであろう写真が添付されていた。

 

 やや不鮮明な画像ではあるが、逢坂の顔と、胸元に付けている香住の社員バッジは判別できる。

 

「やはり、ここでも香住ですか」

「端島の話じゃ、逢坂は周防の下で動いてたらしい。第三世界じゃ文科大臣だったとか何とか。なら、こっちでも周防に繋がってると見るのが自然だろ」

「つまり、逢坂は香住と周防総理、その両方に繋がる可能性が高いと」

「そして、それを示唆するような上戸からのメール。香住と周防がダメならば、攻められるところから攻めていこう」

「では、表向きの名目は上戸氏宅への不法侵入で統一しましょう」

「報告書はオレが片づける。和泉は端島たちに回してくれ。逢坂の連絡先、知ってるんだろ」

 

 元片倉はそう言うと報告書を作成し始めた。

 所長の蘆名(あしな)に今の状況を伝えた上で、警察への連携を頼むためのものだ。

 

「ただ、逢坂の方は会ってくれるでしょうか?」

「呼び出すならエサが要る。さて、何を出すかだな」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 それから3日後。

 市営の公共施設は、昼間でも廊下がひんやりとしていた。

 

 会議室に入ると蛍光灯の白い光と、古い空調のこもった匂いが出迎えた。

 長テーブルにパイプ椅子を並べただけの殺風景な部屋だ。

 

 端島は自分たちが先に席に着いたのを確認してから、入口に近い壁に背中を預けた。

 扉から目を離さないためだ。

 

 探偵事務所を使わなかったのは、他人に余計な話を聞かれる必要がないのはもちろん、レンタルスペースなので、お互いに事前に盗聴器や罠などを仕掛けることが困難なことが理由だ。

 

 定刻の2分前、廊下に革靴の音が聞こえた。

 

 扉が開いた瞬間、端島の肩がわずかに上がった。

 

 先頭の逢坂憂路は薄い灰色のスーツを着て、口元に薄い笑みを浮かべていた。

 

 その左右に高野(たかの)武藤(むとう)が一歩引いて並ぶ。

 

 合田が眼鏡の位置を直した。

 梨本が膝の上で指を組んだ。

 

「お招きいただき、光栄です……と言っておくべき場面でしょうか」

 

 スーツ姿の逢坂が頭を下げた。

 

 高野と武藤がそれに倣う。

 端島は高野の手の位置を無意識に確認してから、ゆっくりと椅子を引いた。

 

 対するのは、探偵の和泉と元片倉。

 

 そして、端島、合田、梨本の3人が長いテーブルにパイプ椅子を人数分並べただけで作った最低限の会議スペースに集まっている。

 

 端島は船木と松葉も誘ったものの「逢坂とは会いたくない」とのことで、来ることはなかった。

 

「そんな怖い顔をしなくとも、暴れたりはしませんよ。そういうのはもう終わったんです」

 

 高野が視線を微妙に逸らす。

 武藤は逆に端島の顔を真っ直ぐ見たまま、表情を動かさなかった。

 向こうも割り切れているわけではなさそうだ。

 

「早速だが要件から入りたい」

 

 そんな微妙な空気の中、和泉が逢坂に話しかけた。

 

「弊社……香住エレクトロニクスの件、という理解でよろしいですね」

 

 逢坂は歯に衣着せず和泉に答えた。

 

 端島を通して逢坂には「香住が地下施設で宇宙人の遺産を使って何かをやっていることを知っている」までの内容は伝えている。

 

 もちろん、その情報入手経路については秘密のままだ。

 

「もう情報は掴んでいるんでしょう。ならば隠すだけ無駄です。当然ながら全ての情報は明かせませんが……お互いに」

「この場は、その前提を共有した上で、事態を好転させるために何をすべきかを整理する場だと考えています」

 

 元片倉が議事録を作成するためにキーボードを叩く音だけが響く。

 しばしのにらみ合いの後に、和泉が一息入れてから話し始めた。

 

「私たちは、香住が地下施設で行っている実験の影響で、この世界に大きな事件が起きるのではという推測をしています」

「その点については、ボクも同意見です。世界が壊れて困らない人間など、そうはいないでしょう」

 

 逢坂の話を聞いた和泉が片方の眉毛を微妙に上げた。

 やや遅れて、横にいる高野と武藤が顔を見合わせた後に逢坂の顔を見た。

 

「ボクたちは破滅主義者ではない。周防大臣も香住も、少なくとも建前の上では同じでしょう」

「だけど、それはうまくいっていない」

「だからこそ、ここで利害を擦り合わせる余地があると考えています」

 

 逢坂はそこでクリアファイルを取り出してテーブルの上に置いた。

 何かのアプリケーションのキャプチャ画像を印刷したもののようだ。

 

 名前はジェームス・ジョンソン。

 国籍はイギリス。

 業務コンサルタントという肩書が書かれており、茶色髪、茶色の目の白人男性の顔写真も付いている。

 

 ただ、コンサルを名乗る割に過去の学歴や経歴など、実績に繋がる情報が何も書かれていない。

 

「香住は会社の周辺で何やら儀式めいた作業を行っているようですが、それは彼の提案によるもののようです」

「それってあの杭――」

 

 端島が話そうとしたところ、合田がすかさず手を伸ばして口を塞いだ。

 逢坂はそんな端島の言動を、明らかに無視して続けた。

 

「彼の出した強引な施策については社内でも不満は出ていますよ。素性の知れない男を、なぜ経営陣がそこまで庇うのかと」

「そこが付け入る隙になると?」

「それも含めて調査いただきたい」

「その前に確認させてください。あなた方が直接動けない理由は何ですか」

「形の上では、ボクたちも香住の社員です。もっとも、新参者で胡散臭い余所者でもある。内部から声を上げても、まともには扱われません」

「だからこそ、この点に関してならば協力できると?」

「ボクたちにとっては目の上のたんこぶを潰すチャンスですし、そちらには突破口ができる。悪い話ではないでしょう?」

 

 和泉は書類を手に取って再度読んだ後に、書類をそのまま端島に渡した。

 端島は顔写真を見た後にすぐに合田に渡した。

 

「なんで私に渡すんですか?」

「見ないなら、こっちにくれ」

 

 合田は奥でキーボードを叩いていた元片倉に書類を渡した。

 

「シンプルすぎる名前……あからさまに偽名だし、この書類の内容から手に入る追加情報はなさそうだけどな」

「もちろんです。ジョンソンは社内でも謎の人物扱いされています。こんな人物をどこから連れてきたのかと」

 

 元片倉の独り言に逢坂が答えた。

 

「それが答えみてえなもんだ。社員が押しつけだと感じてるなら、外からねじ込まれた人間ってことだろ。たぶん周防総理の紹介だ」

「根拠は?」

「さっき、目の上のたんこぶと言っただろ。そりゃつまり、このジェームス何某と同じ側にいるって白状したようなもんだ」

 

 元片倉が立ち上がり、逢坂に近寄ると書類を直接手渡した。

 

「お前らと同じ筋で周防総理から入ってきた。それだけで、こいつの正体はだいぶ絞れる」

 

 元片倉から話を聞かされた逢坂も、素性が知られたというのに表情を何一つ変えることはなかった。

 

「和泉さんより話は通じるようですね。それで答えは?」

「オレ達は雇われの身だから、この場での即答はできない。だが、上司には協力の方向で説得するつもりだ」

「私の判断を飛ばして話をまとめないでください」

「和泉も腹は決まってるだろ。大企業と総理を正面から殴りに行くより、このジェームス何某を潰す方がまだ現実的だ。上もそう言う」

 

 和泉は無言で目を閉じて肩をすくめた。

 

「高校生チームもそれでいいな」

「ああ。信用しきるつもりはないけど、今は手を組む理由がある」

 

 端島は逢坂に手を伸ばした。

 逢坂はその手を取って握手をした。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「帰ったか?」

「タクシーに乗ったのが見えたよ。もう500メートル以上は離れてると思う」

 

 一番、目が良い梨本が会議室の窓から半分身を乗り出しながら答えた。

 

「それなら安心だな。それだけ距離が離れているのに盗聴を続けられるような能力者はあの中にはいない」

「機械的な盗聴は?」

「一応ない……とは思うが、念には念を入れるか」

 

 元片倉が会議室のドアを指さした。

 

「そこの非常階段がいいだろう。周りが分厚いコンクリで囲まれているから、電波が届きづらい」

 

 全員異論はなかったので会議室を出て非常階段に移動した。

 

 非常階段は、防火壁を兼ねた金属の扉の向こうに、四方をガッシリとしたコンクリの壁で囲まれた狭い空間だった。

 スマホの電波の入りも悪い。

 元片倉の言う通り、盗聴対策にもなるだろう。

 

「逢坂の話はどこまで本当なんだか」

「でも、明らかな嘘はないと思います」

 

 合田が眼鏡を上げ下げしながら端島に答えた。

 

「顔に書いてありましたよね。せっかくだから利用してやると」

「そういうことだ。お互いにメリットがあるからこそ組む旨味がある」

 

 元片倉も合田と同じ意見のようだった。

 

「これからの調査だが、ジェームス何某はオレたちで追おうと思う」

「あの情報だけでどうやって?」

「私たちの職業を思い出してください。興信所勤めの探偵ですよ。情報を調べることについては本職です」

 

 和泉が端島に答えた。

 

「じゃあ俺たちはどうしたらいい?」

「あの裏世界の調査を頼みたい。ジェームス何某とか、お前が言ってる世界崩壊の話はあくまでもまだ情報だけのものだ。だけど、あの異常な世界は現実に差し迫った『危機』だ」

 

 元片倉が「危機」を強調して言った。

 

「あれがまともな空間に見えたか? ただの自然現象で存在して良いものだったか?」

「いや……さすがにあれはおかしかった。幽霊屋敷もおかしかったけど、あの空間は異常だ」

 

 端島の脳裏に「裏世界」の光景が浮かぶ。

 

 黒い空。白い大地。現実の「何か」をブロック玩具のように積み上げたようなオブジェクト。

 それに、地面のあちこちから突き出た巨大な水晶。

 

 全てが異常だった。

 

「でも、あの空間は横浜の連中が色々調べたけど分からなかったんだろ」

「そこで、お前たちの異世界……第三世界で得た経験と知識が力になる。何か心当たりはないか?」

「保土ヶ谷の公園……」

 

 端島ではなく合田が代わりに答えた。

 

「現実の世界だと保土ヶ谷の公園には何もありませんでした。だけど、あの裏世界が別の世界の影響を受けて作られた世界というなら、保土ヶ谷の公園へ行けば何かあるかもしれない」

「それだ! 近くに出入り口があるかどうかは合田の能力で分かる」

 

 端島はスマホを取り出して現在時刻を確認した。

 日暮れまでにはまだ時間がある。

 

 電車やバスを乗り継いで移動しても、そこまで時間はかからない。

 

 公園を見て帰るだけならばなおさらだ。

 

「まずは保土ヶ谷の公園を見に行こう。そこで何か分かるかもしれない」

 

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