犯人と護衛2人が立てこもっていた雑居ビルの部屋は閑散としていた。
元々事務所として利用されていたようだが、退去後、空き室のまましばらく放置されていたという雰囲気だ。
残置物であろうオフィス用のデスクと背もたれの布が裂けた椅子が数脚。
他には壁際に、引き出しをすべて取り外されたキャビネットが置いてあるだけ。
全体的に埃っぽく、ここで生活するのは辛そうだ。
ここはあくまでも短期の潜伏先であり、本来の拠点はまた別の場所にあるのだろう。
そんな中、警察の横川さんがスマホの画面を見せながら和泉さんに何かを話していた。
聞こえてくる内容は、犯人の素性と関係するもののようだ。
「犯人について何か分かりましたか?」
「この男は、以前から警察が指名手配していた男です。所持していた運転免許証から確認できました」
さすがに部外者の俺には画面までは見せてくれなかったが、説明だけはしてくれた。
「以前から能力者だったんですか?」
「教団に協力していた雇われの魔術師が数人いたことは覚えていますよね」
「
「その仲間です。掛かっている容疑は家宅不法侵入、障害、窃盗……山ほどあります」
そう説明されると、犯人が相当の凶悪犯に見えてくる。
人間の思考回路なんて単純なものだ。
「世間には野良の魔術師ってそんなに大勢いるんですか?」
「本来はいるはずないんですが、近年はどこからか魔術の力を得て、あまつさえそれを犯罪に使っている連中がいまして」
「それは教団が作り出した能力者のような?」
「能力をどこで手に入れたのかも含めて調査したいところですが、捕まえた能力者はトカゲの尻尾切りなのか、能力の入手ルートを辿れない場合がほとんどです」
「まあ、オレみたいなパターンもあるから微妙なところだな」
カーターがそう言いながら安坂刑事と一緒に部屋に入ってきた。
危険が完全になくなるまでは安全圏である駐車場に残ったままだったのはさすがだ。
「古書市場で普通の古書に混じって本物の魔術書が飛び交ってるからな。にわか魔術師は全てが秘匿されていた昔に比べると格段に生まれやすくなっている。グローバル化による弊害ってやつだ」
「そんなことある?」
「オレも一歩間違えたら本物の魔術書をeBayで売るところだったからな。実際、検索したら何点か本物の魔術書が出てきたので値付けの参考にはした」
それを聞いて、本物の魔術書とやらに少し興味が出てきたのでスマホで検索しようとしたところ、和泉さんが眉間に深いしわを作りながら近づいてきた。
「個人間の取引についてどうこう言う権利はないのですが……やめてくださいね」
「はい」
「はい」
語気は強かった。
単刀直入ならぬ単刀を直輸入するようなものだ。
現時点で日本国内に存在していない危険物を、わざわざ取り込む必然性は全くない。
カーターも「うちに置いてる魔術書は、適当なタイミングで望美の実家に送り付ける」と言っているので大丈夫だろう。
和泉さんは一度わざとらしく咳ばらいをした。
この話はもう終わりにしようということだろう。
「ただ、そうやって生まれた即席の魔術師は、基礎を学んでいないので、大半は魔術の知識がありません。あの塔のシステムを書き換えられるような技術はないはずです」
「つまり、こいつに指示を出して、システム書き換えをやらせた黒幕がいるということですね」
「以前からフリーの魔術師として活躍していたこの男の素性からして、それは間違いないでしょう」
改めて犯人の顔を見る。
上半身に極光の直撃を受けたので、あちこちが赤く腫れており、髪はチリチリに焼け焦げている。
被っていたフード付きの服もボロボロになっており、見るからにダメージが大きい。
拘置所の前に先に病院直行になり、取り調べがかなり遅れそうなので、今の間に聞ける話は聞いておきたい。
「誰に頼まれて、何をやったのか教えてもらえますか?」
にこやかに近づくと、犯人が「ひぃ」と悲鳴を上げて露骨に顔をそらした。
余程俺の攻撃のダメージが効いたようだ。
「素直に喋ってくれたら、もう攻撃はしません。ですが、黙秘するようならば……」
犯人の方に手のひらを向けた。
スキルはノーモーションでも放てるのだが、いかにも攻撃をするというフリを見せた方が脅しにはなる。
「これは違法捜査だ! 警察権力の暴走だ! 弁護士を呼べ!」
だが、どうやら脅しすぎたらしい。
犯人の口から予想外の言葉が飛び出した。
法の裏でコソコソ活動している裏家業の人間からとは思えない言葉だ。
「この業界長いんですよね? そういう理屈が通る世界じゃないって分かって言ってるんですよね?」
「いいから弁護士だ!」
「捜査は公正公平に行うべきという意見には同意です。弁護士を呼びましょう。どこの誰さんですか? 契約している人か事務所があるんですよね」
「もちろんだ!」
横川さんの顔を見ると、明確に気を利かせて犯人の所持品であろうスマホが入ったビニール袋を渡してくれた。
画面には大きなヒビが入っていたが、電源は入っており、ロック画面が表示されている。
ロックの解除方法など分からないので、ビニール袋ごとスマホを渡した。
「スマホに連絡先は登録されていますか?」
「もちろんだ。今から弁護士に電話を掛ける!」
犯人がビニール袋からスマホを取り出し、電話帳アプリを開き、通話ボタンを押した。
これを俺たちの目の前でやるのは、完全に冷静さを失っていると断言できる。
もちろん、手袋を付けた和泉さんが犯人からすかさずスマホを取り上げた。
「何をする!」
「最初に言ったじゃないですか、そういう理屈が通る世界じゃないって」
軽く睨みつけると、犯人はおとなしくなった。
そもそも、直撃すれば命も危うい魔法を俺たちに何発も撃っておいて、今更になって法律に助けてもらおうというのは理屈がおかしい。
「今の架電先を含む、登録されている電話番号を一通り調べてください」
やはり手袋着用済みの横川さんが和泉さんからスマホを受け取り、電話帳アプリに表示された連絡先をスマホで撮影していく。
「公園で何をやったのか具体的に教えてもらえませんか?」
「黙秘する」
「メールで指示が来て、その通りに実施しただけだったりしますか?」
「黙秘する」
「手順を教えられてもそれを理解できる知識も技術もないんだろう。ならば可能性としては紙だな」
カーターが俺の肩越しにスッと顔を出した。
「あらかじめ、何らかの術を仕込んだ護符のような紙を用意しておく。それを装置に貼り付けると術が発動して、システムを改変するという仕組みだ」
「術が発動した後はどうなるんだ?」
「普通の紙に戻る。そうなれば、適当に町のゴミ箱に投げ込めばいい。部外者にはただの紙か証拠かの区別がつかない」
犯人の眉がピクリと動いたのを見た。
カーターの推測は、完全な正解とは言えないが、無視できない事実が含まれているのだろう。
その動揺が、僅かだが表情に浮かんだ。
そして、かなり重要な情報が没収したスマホの中に入っているのも分かる。
証拠隠滅をする暇もなく俺たちに没収されたからだろう。
あまり詳しく調べられるとマズいというのが顔に出ている。
「ただ、証拠の品が追えなくなっても、それの入手経路を追うことはできる。誰からどうやって入手したかを調べればいい」
「紙のやり取り……手紙か?」
「手紙は違うな。配達に時間がかかるし、何より受け取るための住所が必要だ。リスクが大きすぎる」
今の推測に対して犯人の表情は動いていない。
手紙説は見当違いということだ。
俺は横川さんの方を見た。
今も犯人のスマホに登録されている連絡先をチェック中だ。
ついでに調べてもらえばいい。
「そのスマホのメールやSNSに取引の連絡が入っているはずです。時間は24日から25日早朝にかけて……犯行時間から逆算すると、16時から21時頃の間だと推測されます」
「24日の20時にそれらしいショートメールがありますね。『横浜駅のコインロッカー』後ろの数字は番号でしょうか?」
「やめろ!」
犯人が唐突に叫んだ。
ショートメールとコインロッカーの番号がクリティカルだったようだ。
「世間が浮かれているクリスマスの最中に工作活動とは、随分と働き者もいるんですね。ちなみに、私はその時間、城崎で蟹を食べていました」
「駅のロッカーの番号まで分かっているなら、防犯カメラの映像から色々と追えるはずだ。こっちで調べてみよう」
安坂刑事が手帳にロッカーの番号を書き記した。
「お手数をおかけしますがよろしくお願いします」
「なんのなんの。何十年と飯を食ってきてるんだ。慣れたもんよ」
そうしているうちに、戦闘が終わって和泉さんが結界を解除したからだろう。
窓の外から何台ものパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
サイレン音はすぐ近くで止まり、直後に車のドアを開ける音が聞こえてきた。
応援の警察が到着したようだ。
「外に来ている警察は信用しても大丈夫な方々ですか?」
「指名手配犯が抵抗したところを現行犯逮捕というので、政治的に介入の余地がありません。送致までは大丈夫だとは思います」
和泉さんからなんとも煮え切れない回答が返ってきた。
前に話があった通り、政治的な圧力が警察に来ているのだろう。
政治の方で力を持っていた東議員や周防議員については事実上無力化したものの、政府内にも警察内にも、まだ抵抗する勢力がいるのは聞いている。
電話での連絡を避けて、直接対面にこだわったのも、ここらが理由のはずだ。
「逮捕から送致までの最初の48時間は弁護士や、こいつの雇い主がしゃしゃり出てくることはない。日本の警察システムはそうなっているからだ」
「だけど、48時間後はそうはいかないと」
安坂刑事が頷いた。
これから先の警察対応は、安坂刑事と横川さん。それと和泉さんに任せよう。
その間に、俺たちで全てを片付ける。
◆ ◆ ◆
「これが岡山の古代遺跡で見つけた赤い宝石だ」
幸いなことに尖塔のシステムを書き換えた犯人が立てこもっていたビルは、空きテナントだらけの無人スペースだ。
犯人が立てこもっていた2階部分は警察が現場検証中なので使うことはできないが、他のフロアは打ち合わせには最適の場所だった。
3階に集まったのは俺とエリちゃんとカーターの3人。
いつもの異世界帰還組だ。
まずはカーターに岡山の古代遺跡で手に入れた赤い宝石を鑑定してもらうことにした。
エネルギーの放出を止めるために包んでいた鉛板を外して、実物をカーターに見てもらう。
何度もクリスマスが繰り返された時間逆行現象は今のところ止まっているが、いつ事象が再発するか不明な状況だ。
他にも問題は山積みであるが、当面の問題を先に解決したい。
「この宝石は何だと思う?」
「結論から言うとわからん」
カーターが悪びれもせずにさも当然のように言った。
文句を言おうとしたところ、鉛板を宝石に巻きなおしながら、話を続けた。
「ただ、機能自体は分かるぞ。時間と空間……次元のエネルギーが凝縮された結晶だ。こいつを指す固有名詞が分からんというだけだ」
「
「あれは別次元へのゲートがメインで、それを展開するためのエネルギーを貯めているものだ。逆にこっちは純粋なエネルギーの塊。魔力結晶の親分みたいなもんだ」
どうにも分かりにくい説明だ。
横にいるエリちゃんの顔を見ると、真剣な顔をしていたが、多分何も分かっていない。
「今の話って分かった?」
「具体的に説明をお願い」
「ということだ。分かりやすい別の何かにたとえてくれ」
カーターは首を捻った。
「パソコンにUSBケーブルを挿してもスマホの充電はできるが、モバイルバッテリーに繋いだ方が充電の効率は良い」
「わかりやすい」
エリちゃんが分かれば大丈夫だろう。
「それで、この赤い宝石と時間逆行現象との関係は?」
「色々考えたんだが、術の誤動作が原因だと思う。メリットデメリットを考えると、わざわざクリスマスをループさせる必然性がない」
「26日が来るのが問題だったとかいうのはないのか?」
「その理屈だと、今日はもう27日だぞ。そういう問題を考えていくと、術者にも想定していない現象だったと考えられる」
こちらの方は分かったような分からないような理屈だ。
ただ、カーターもここらはハッキリと明言していない。
情報が足りず、推測の域を出ていないというのは分かる。
「大規模なエネルギーを抱えていたこの結晶が反応して、何らかの術を発動させたんだ。だけど、誤動作を起こして、時空間に
カーターがペンを探していたので、鞄の中からタブレット端末を取り出して、タッチペンと一緒に渡した。
メモアプリを起動させて、そこに説明を書きこんでいく。
「でも、岡山のあんな山奥で誰がどんな術を発動させたんだ? 集落を仕切っていた霞の一族なんてとっくにいないのに」
「そこも分からない。もしかしたら、公園の尖塔が関係しているのかもしれないが。時間的には術の発動と塔のシステムが書き換えられたのは25日で一致している」
「横浜にある塔の影響が岡山で出るのは意味が分からないんだが」
「それは分からん。オレもちょっと魔術の知識があるってだけで、別に専門家ってわけじゃないんだ」
カーターが25日、時間逆行、魔力結晶、保土ヶ谷の尖塔……一連の事件で気になる言葉を次々と書き込み始めた。
俺も予備のタッチペンを取り出して、岡山の地下遺跡、運営、霞一族など、追加で書き込んでいく。
とりあえず思いついた内容を次々に書き出した後に、それぞれを連結させて考えを深める……ブレインストーミングの手法だ。
そのメモを眺めているうちに、あることに気づいた。
カーターからタッチペンを受け取り「岡山」の文字を消す。
「私の地元が消されたんだけど」
「今はちょっと置いておこう。俺もまだ岡山はあまり観光したことないから、ゆっくり回ってみたい。デミグラスソースの利いたえびめしとか」
「えびめしは味が濃いめだから、オムライスっぽいアレンジで優しい味にしてる『えびめしや』が好きかな」
「おーい、話題がそれてるぞ!」
カーターの一言で我に返った。
危ないところだった。
過去に何度もやらかしたように、岡山のローカルフードに話題が脱線した後に、本題に戻らなくなるところだ。
重要なワードを拾ってまとめると「霞一族が12月25日に大規模な術を発動させるが失敗して時間逆行現象が起こる」「尖塔の影響で第四世界とリンクしている」だ。
「カーターの言う通りだ。今はえびめしもかつめしも置いておこう」
「かつめしってなんだよ? 新しい謎ワードを出すな」
「かつめしというのは、いつの間にかうちの地元のソウルフードになっていたカツの乗ったハヤシライスだよ。駅前にはかつめしのイメージキャラ、デミーちゃんの像が――」
「――だから脱線するな! デミグラスソースに頭を支配されてんのか?」
危ないところだった。
過去に何度も――いや、この下りはもうやった。
「もしかすると、尖塔の影響で第四世界と繋がっているせいで、向こうで発動した術がこっちの世界に影響を起こしたのかもしれない」
「どういう根拠なんだ、それは?」
「岡山の地下遺跡は完全に無人で人がいた形跡なんてなかった。なら、そこで術を使う人間も当然いないんだ。じゃあ、誰が術を使ったのかという話になる」
俺の説を聞いたカーターが額に指を当てて考え始めた。
「無理があるし、根拠も乏しい。だけど、尖塔のせいで2つの世界が繋がっている今の状況だと、ありえない話じゃない……のか?」
「この説が正しければ、どういう対策が考えられる?」
「尖塔を修復して並行世界間のリンクを断つ。その上で、動力源になるその結晶を処分する。説が正しければな」
「説を証明する方法は?」
「……専門家の意見を聞くか」
カーターがタッチペンを俺に返してきた。
「魔術の専門家がすぐ近くで作業をしてるんだ。せっかくだから直接話を聞きに行こう」
「京都の組織の桂さんか」
「他に聞ける相手と言ったら、気まぐれでしか現れない伊原しかいないだろう。その二択なら、信用できるのは京都の組織の人間だ」
「それはそう」
伊原さんには悪いが、細かいところが色々と雑なのと、色々と達観しているので、こういう場面では全然頼りにならない。
桂さんは尖塔の作業で忙しいのは分かるが、専門家としての意見を聞きたいのは事実だ。
「行ったり来たり悪いが、保土ヶ谷の公園に行くぞ」
◆ ◆ ◆
「説としては十分ありうる話です」
保土ヶ谷の公園に戻ってきたところ、桂さんがタブレット端末に書いたメモを見ながら唸った。
その後に、仮設テントの下で休憩を取っていた京都の組織の人たちにメモを見せていくと、どよめきが起こった。
全員がノートパソコンを広げて、素早くキーボードを叩き始めた。
「今のメモで何か分かりました?」
「ええ……発想の転換というか。上戸さんはハイパーバイザーというものをご存じですか?」
「いえ……」
いまいちわからなかったので尋ねる。
「パソコンの……サーバなどで使われている仮想システムです。ハイスペックな機器だと、1つの物理的な機械で、1つのシステムだけを動かすのは性能の無駄遣いになりがちなので、並行して複数のシステムを動かすんです。それらを制御するのがハイパーバイザーと呼ばれるシステムです」
「コンピューターの話ですよね。それに何の関係が?」
「この尖塔も同じです。私たちは今まで、既存のシステムが別のシステムで上書きされたという前提で調査と解析をしていました。ですが、これがハイパーバイザー上で動く別のシステムがインストールされたのであれば、元のシステムはそのまま残っているわけです」
一度脳内で話を整理をする。
要するに俺と
魔女の体のシステム制御をしていた結依を、後からやってきた俺が制御を乗っ取った。
一応システムとして並行して動いているものの、俺がシステムを完全掌握しているので、結依は何もできない。
結依さん感想をどうぞ。
《なんか違うと思う》
「要するに俺と結依さんの関係らしい」
「なるほど」
《違うんだけど》
エリちゃんが納得してくれたので、まあ良しとする。
《良くないんだけど。扱いが雑じゃない?》
消える消える詐欺師の言うことはとりあえず無視だ。
「ハイパーバイザー形式の特徴は、余所で動いている別のシステムをそのまま持ってきて動かせるんです。どうやって高速でシステム上書きなんて神業をやってのけたか不明だったんですが、並行世界で動いている仮想マシンをそのままコピペで持ってきたとなれば納得です」
「よく分からないですけど、システム修復できるんですね」
「もちろん」
桂さんはここで腕時計を見た。
「……3時間くらい?」
語尾が少し上がる疑問形なのは少し怪しかったが、解決の糸口が見えたのは救いだ。
絶対に3時間で解決しないこと以外については問題なしだ。
使い魔を喚び出して、改めて尖塔の現在の状況を確認する。
肉眼ではただの放送用ポールにしか見えないが、鳥の目にははっきりと、「目」が浮かんだ不気味な白亜の尖塔の姿が見える。
「あれ?」
尖塔の手前に人影のようなものが立っているのがうっすらと見えた。
「何かあるのか?」
「いや、間違いじゃないならいいんだけど……」
見間違いかと思って改めて見直すが、やはり人影が存在する。
剣を持った少年、魔法使い風の少女が2人、巨大な爪のついた手甲を付けた少女が1人。
あとは、偉そうに腕組みをしたオッサンが1人。
そのシルエットには見覚えがある。
第四世界に戻ったはずの端島たちだ。
ぼんやりとした影しか見えないが、確かに5人の人間が塔の前に立って何やら話しているのが見える。
「なんだこれ? 裏の世界が見えているのか? それとも別次元に繋がりかけているからか?」
「どうした、何が見えるんだ?」
「多分、第四世界の光景が見えている。元の世界に戻った端島たちの姿が見える」
そう説明すると、カーターが目を凝らして尖塔の前を見ようとするが、やはり何も見えないようだった。
「あいつらは世界崩壊の原因を調べると言ってたが、もしかして、第四世界のこの場所で何かやってんのか?」
「明らかに怪しいのはこの塔だからな。真っ先に調査をしていてもおかしくはないと思う……思うんだが」
「ハッキリしないな。何が問題なんだ?」
「さすがに別の世界の光景が見えるのはおかしいと思うんだ。それに、なんだかボヤけてハッキリと見えないのも気になる。どういう状況なんだ?」
「もしかしたら、その5人は中間……狭間の世界にいるのかもしれません」
俺たちの話を聞いていた桂さんが話しかけてきた。
「私たちの世界でも、別の並行世界でもない、2つの世界がリンクして一時的に生まれた中間にある狭間の世界」
「最近まであった裏東京のようなものでしょうか?」
「おそらくは。この塔のシステムを修復して、2つの世界を断絶すれば、その空間も消えるとは思いますが」
「その場合、その狭間の世界に入っている人たちはどうなるんでしょう?」
それを聞いた桂さんが口を一文字に結んだ。
しばらく沈黙した後に、言いづらそうに口を開いた。
「……その狭間の世界にずっと閉じ込められるか、下手をすればその空間ごと消えるか……」
「さすがにそれはマズいですよ。危険だと警告しないと」
「警告って何をする気なんだよ?」
カーターが訊いてきた。
俺の身を案じてか、少し心配そうな表情と声だ。
「こっちも裏東京と呼ばれていた世界……狭間の世界に行って、警告をしてくる」
「でも、そうなるとお前も閉じ込められる危険があるだろ」
「今からシステムを修復しても、別に狭間の世界がすぐに消えるというわけじゃないですよね」
念のため、桂さんに尋ねる。
「はい……今から元のシステムを再起動する予定ですが、一瞬で世界が修復されるわけではないでしょう。完全にシステムが遮断されるまでは数日かかるかと」
「なら、大丈夫だ。ちょっと行って警告だけしたらすぐに戻ってくるから」
「じゃあ私も行くよ。何かあったらマズいでしょ」
エリちゃんが挙手しながら言った。
「俺一人だけでいいよ」
「またそんなこと言って。ラビちゃん一人だけだと何をするか分からないでしょ」
「ハッキリそう言われると、否定はできない」
俺一人だけで行って手早く終わらせるつもりだったが、エリちゃんが同行するとなれば、慎重に動かざるを得ない。
首輪を付けられたようなものだ。
「分かったよ。最低限の警告だけ済ませてすぐに戻ってくる」
「なら、こいつはお守りだ。持っていけ」
カーターはそう言うと、スーツの内ポケットから銀の鍵を取り出した。
「これがあれば、最悪何かあっても脱出できるだろ」
「魔力結晶の方はこっちで預かっておく。だから、代わりにそいつを持っていけ」
「ありがとう。これがあれば、最悪第四世界からでも帰ってこれる」
「無理はするなよ」
「もちろんだ」
まずは近場にある裏東京の入り口を目指し……中間世界から端島たちとコンタクトを取る。