収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第14話 「議員事務所殴り込み」

 狭間の世界から元の世界に帰ってきた。

 出入り口を見つけてから端島たちに会って軽く情報交換。そして帰還。

 トータルで30分といったところだ。

 

「体感だと20分くらい狭間の世界に行っていたんだけど、こっちだと何分経った?」

「15分ってところだが、誤差みたいなもんだな」

 

 カーターが腕時計を見ながら答えた。

 俺のスマホも開いた直後に自動的に時刻補正がされており、腕時計の時間と約5分の差が出ていた。

 

「前に第四世界に行った時は向こうの1分がこちらだと1秒くらいの時差が出たけど、それに比べると誤差みたいなもんか」

「短時間だとそんなもんで済むけど、長時間だともっと影響が出るだろ。端数を切捨てた概算でも25%の差があるんだぞ」

「安定してあの空間が存在するなら、時間差を利用して何かできそうだな」

「たとえば?」

 

 パッと言われても思いつかない。

 差があるということで、思いつくことを色々と考えてみる。

 

「温度差があればタービンが動くんだから、時間差でもタービンを動かして無限に発電できるかも。相転移エンジンだかタキオンエンジンだかの完成だ」

「なるほど。永久機関の発明だな」

「ノーベル賞は俺のもんだぜ」

「まあ、あんなものが安定して存在していることが世界の危機なんだけどな」

 

 もちろん、回避はしてほしいところだ。

 公園で作業中の桂さんたち京都の方々を見ると、現在進行形で世界の危機と交戦中だった。

 

 その真剣な表情からは、決して声を掛けてはいけないような、そんな雰囲気が感じられる。

 

「どれくらい掛かりそうかな?」

 

 桂さんに聞こえないよう小声でカーターに囁いた。

 

「さっき聞いたら、あと3時間だとさ」

「……30分前もあと3時間と言っていた気がしたけど」

「多分、日が暮れても、あと3時間と言っていそうだな」

 

 ゴールは見えている。

 そこまで着実に歩みを進められている。

 

 だけど、思っている以上に遅いペースでしか進めない。

 

 登山などではもちろん、会社でもよくある話だ。

 

「ここは桂さんたちに任せて、俺たちはできることを進めていこう」

「何をやるんだよ。世界を隔離する以外に何かあるのか?」

「さっき、狭間の世界で端島……というか合田さんから向こうの世界の話を聞いたんだよ。お互いの世界がリンクしているなら、向こうで起こったことがこっちでも起こるはずだ」

「具体的な説明を」

「それは私も聞きたい」

 

 エリちゃんからも要望が来たので、例によってタブレット端末のメモアプリを起動させて軽く説明を書いていく。

 

「俺たちの世界では香住通信工業という戦後すぐに倒産した会社が、第四世界では香住エレクトロニクスと名前を変えて生き残っていた。そいつらが周防議員……それと運営と組んで何かを企んでいる」

「香住って岡山に昔あった会社だよね」

「あの廃集落に住んでいた霞一族であり、サマーキャンプに行った無人島の所有者でもある」

 

 ここで香住の下に横線を引いた。

 

「ただ、こっちの世界だと香住も倒産して影も形もない。じゃあ、俺たちの世界で暗躍しているのは誰だ? って話になる」

「政府の中に裏切り者が他にいるって話だろ」

「じゃあ、動くのはこいつしかいないだろうとなる」

 

 メモの「周防議員」と書いた場所を丸で覆った。

 

 文科省大臣の周防議員が、端島たち第四世界人の召喚や、第三世界を別次元から隔離するための次元の壁建設の邪魔をしていたことは既に判明している。

 

 警察は事件を調査し、周防議員がどこまで関連したかについての証拠はすべて握っている。

「周防議員は警察に目を付けられており、逮捕は秒読み段階である」という話は既に政界内で広まっており、何もできない状態だとは聞くが……

 

「周防議員はもう何もできないんじゃなかったのか?」

「安坂刑事が調査をしてくれているけど、待っている時間が勿体ない。俺たちの方でも並行して調査してみよう」

「調査って議員の事務所をか? 一応は現役の政治家だぞ。そこを調べるのは犯罪だぞ」

「調べると言っても事務所の中に踏み込むってわけじゃない。塔のシステムを書き換えたやつが捕まったことが、警察を通して周防にも伝わっているはずだから、外を見張っていれば、何かしらの動きがあるはずだ」

「そういうのも警察任せで良いんじゃねぇかな」

「さすがの警察も令状がなければ、政治家の事務所を見張ってはくれないだろ」

「それはそうだが……」

 

 俺はスマホを取り出して電話帳アプリを開いた。

 五十音順にしているので、1ページ目に表示されるのが楽でいい。

 

 相手は蘆名天彦(あしなあまひこ)。探偵事務所の所長にして、警視庁のOBだ。

 

「一応話を付けておこう。俺たちには逮捕権がなくとも、怪しいやつが出入りしているのが分かれば、善良な市民として通報くらいはできる」

「善良ねぇ……」

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 周防議員の事務所は東京都内。新橋駅の近くに建つ雑居ビルの一室にあった。

 

 本来の選挙区は別の場所らしいが、衆議院議員にして文科省の大臣だけあって、国会議事堂の近くに事務所を構えておいた方が色々と便利なのだろう。

 

 同じフロアには、周防議員と同じ党の議員が事務所を借りているようだ。

 党本部に集まるほどでもない、同じ派閥所属の議員同士の打ち合わせは、この事務所で行っているのだろう。

 

 かつては逢坂たち第四世界人も、このビルに選挙事務所のスタッフとして出入りしていた。

 

 そこから導き出される結論は……このビルを借りている議員全員周防の仲間なんじゃないか? という予想だ。

 

 ビルの前を一度横切ったタイミングで、ビルとビルの間のスペースに鳥の使い魔を5羽、忍ばせておいた。

 そこから通風孔などを通して、建物の内部へ潜入させる。

 

 監視するのは、ビルの外側の正面入り口、裏口、エントランス、エレベーターホール。

 そして、周防議員の事務所が入っているビルの5階だ。

 

 全羽を同時監視するのはさすがにハードルが高いので、任意タイミングで監視対象を切り替えることにする。

 

「しかしすごいなこのビル。3階から最上階の7階まで全部政治家の事務所で埋まってるぞ」

「そんなに大勢いるのか?」

「リアルタイムで見てるからな」

 

 セキュリティ対策なのか、ビルのエントランスにある銘板には何も書かれていない。

 だが、忍び込ませた鳥に5階フロアを探索させると、各部屋のドアの前に政治家の名前が入ったプレートが取り付けられているのが分かる。

 

 議員の名前を読み上げると、カーターがスマホを取り出して検索を始めた。

 

「ビルに事務所を持っている議員は全員グルみたいだな。調べてみたら、どいつもこいつも東啓一郎(あずまけいいちろう)が開いていた政治塾の出身者ばかりだぞ」

 

 ビルから誰かが俺たちを見ていることを警戒しているのか、カーターは顔を動かさず、ビルの方向に視線だけを送った。

 そして、俺にさりげなくスマホの画面を見せてきた。

 

 画面には周防議員が主催する勉強会のホームページが表示されていた。

 

 そこに掲載されているのは、勉強会……という事実上の派閥に所属する議員の一覧。

 

 顔写真と簡単な経歴がセットで紹介されているので、誰が仲間なのか一目瞭然というわけだ。

 

「蘆名さんや警察は全員の罪状を把握済みってことでいいんだろうな」

「そりゃ公安と繋がって調査しているんだから、当然ビルにいる連中は全員調査済みだろ。何かあればすぐに逮捕状を取って早朝にピンポンするわけだ」

「こわいこわい。そりゃ表立っては動けるわけがないな」

「張り込みする以上は、なるべく短期で動いて欲しいところだがな」

「動くだろ。何しろ工作員の一人があっさり捕まったんだから」

 

 ビルの近くにいると警戒される可能性が高いので、そのまま少し歩いたところで、コンビニを見つけた。

 

 張り込みが長時間になることを考えて、そこでお菓子や飲み物などを購入。

 コンビニの前にやや大きい公園があったので、その公園の東屋のテーブルに買ってきた品を並べた。

 

「ここから東京タワーは意外と近いんだな」

 

 公園に植えられた木の合間から見える東京タワーを見ながら呟いた。

 

 東京タワーで戦った時はやった時には全然気付かなかったが、歩いても30分程度で到着できるだろう。

 

 東京タワーを護っていた松葉が北方向から来たという話を聞いた時は、どこからやってきたのかと思っていたが、なんということはない。

 近くにある周防議員の事務所を拠点にしていて、そこから通っていただけだった。

 

「ラビ助って本当に東京の地理を全然知らないんだな」

「住んでいないからな。東京駅からうちの会社への往復ルート以外は何も知らないぞ。最近になって探偵事務所とか半蔵門の場所は覚えたけど」

「新宿駅には行かないのか?」

「新幹線は新宿に停まらないだろ。だから全然知らない」

 

 コンビニで買ってきた紙パックの無調整豆乳にストローを突き刺した。

 

 そして、続いて一緒に買ったアーモンド&小魚をつまんで頬張り、豆乳を飲む。

 

 乾燥ジャコとアーモンドを一緒に摂ることで、成長に必要な栄養を一気に摂取できる。

 

 これだけ栄養を取れば、身体が成長して当然というものだ。

 今日は調子が良かったので、身長も1センチ増えていた。良い兆候だ。

 このままどんどん成長すると服も下着も全部買い替えになるな。困るなー。

 

「豆乳を飲むと胸が大きくなるというのは俗説らしいぞ」

 

 カーターがノンアルコールビールのプルタブを押し込みながら言った。

 

 プシュッと景気の良い音が鳴った直後にビールが噴き出すが、それを一滴もこぼすまいとビール缶に口を付けて一気に吸い込む。

 

 その後に俺が買ってきたアーモンド小魚を勝手に食べ始めた。

 なんてやつだ。

 

「怪情報には踊らされないぞ。豆乳にはイソノボンボンが大量に含まれていて成長に役立つんだ」

「それが怪情報だぞ。それに磯野のボンボンってなんだよ。世田谷で中島君と野球でもすんのか?」

「真実が必ず人を助けるとは限らない。優しい嘘もあるんだよ」

「自分で嘘と言ってるじゃねぇか!」

「多分気のせい」

「なんで自分の成長に関することだと、そこまで知能が下がるんだ?」

「重要なことなんだよ。神に見放されたら自分の手で掴み取るしかないんだ」

「そんなことを気にせず食べたいものを食え。赤土を見てみろ。ドクペにスナック菓子だぞ」

 

 カーターが言う通り、エリちゃんはドクターペッパーを飲みながら、スナック菓子を食べていた。

 栄養のことなど何も考えているとは思えない。

 

「何故ここでドクペ?」

「いや……地元だと全然見かけないから、せっかくだし」

「幻のジュースが売っていれば買いたくなるという気持ちは分かる」

「どこが幻なんだよ。そこらで普通に売ってるだろ」

 

 カーターのツッコミに何か言い返そうとしたタイミングで議員事務所の方で動きがあった。

 

 サングラスを付けてパーカーのフードを深々と被っているという、明らかに議員事務所へ出入りするような風体ではない男が、慌ててビルの中へ駆け込む姿が使い魔の目を通して見えた。

 

 ためらうことなくビルの中へ入っていき、誰もいないエントランスを通過。

 迷わずエレベーターに直行して、上ボタンを連打する。

 

 だが、何度かボタンを押して、エレベーターが動かないことに気づいたのか、上着のポケットから鍵を取り出した。

 金属扉を開けると、その奥は非常階段になっていた。

 

 大きくため息をついた後に、非常階段をゆっくりと歩いていく。

 

「動きがあったぞ。余程慌てていたのか、明らかな不審者がビルの中へ入っていった」

「ビルに警備員はいないのか? 不審者がいたら止められるだろう」

「エントランスの奥の方に貼り紙があったけど、あのビル全体が年末年始の休みに入ってるみたいだ。来年の正月明けまで『誰もいない』ってことになっている」

 

 これはビルの外側だけ見ていると分からない情報だ。

 

 どうやら、政治家の事務所は年内の営業を終えており、それに合わせてビル全体が年末年始の長期休暇に入っているようだ。

 

 警備員室にも誰もいない。

 室内にあるホワイトボードには定期巡回の時間が書かれていたので、1日に数回は誰かが定期巡回しているようだが、その時間以外は誰もいないようだ。

 

 フロアの照明は完全に消えており、非常出口を示す緑色のライトがぼんやりとフロアを照らすのみだ。

 

 エレベーターが動かないのは、電源自体が落とされているようだ。

 各フロアもセキュリティのためなのか、金属製の防火扉が閉じられている。

 

 鍵を使って、防火扉に取り付けられた小さな扉を開けないと、中に入れない仕組みになっている。

 普通の方法では侵入できないだろう。

 

 そして、今の不審人物は、当然のように鍵を取り出した。

 見た目は不審人物だが、明らかにこのビルの関係者だ。

 

「事務所に入ったということは、中に誰かいて報告しようとしているのか。でも、なんで電話を使わないんだ?」

 

 カーターの疑問は妥当なものだ。

 俺もそう思う。

 

「和泉さんが俺と電話で会話をしなかったのと同じだろう。盗聴を警戒して、直接対面でやり取りしようとしている」

「リアルで動いているのが見られる方がマズいだろうに、本末転倒すぎないか?」

「木を見て森を見てないんだろ。ただ、ビル全体がほぼ封鎖されているようなものだから、普通は気付かれない」

 

 張り込ませていた使い魔たちを一度解放する。

 外の見張りを1羽だけ残し、残り4羽は5階の監視に回す。

 

 明かりが落とされた暗い事務所内では3人の男がソファーに座って何か話をしていた。

 

 1人は皴が深い老人。周防議員本人だ。

 テレビの報道番組で見た顔なので間違えようがない。

 

 他の2人は壮年の男性。

 顔に見覚えはない。先ほどカーターが見つけたホームページにも載っていなかった。

 

 第四世界人でも議員でもないとなると、事務所スタッフか秘書か。

 

 どちらか片方が先ほどの不審人物なのだろうが、上着を脱いでおり、どちらかは特定できない。

 

 3人は何やら話しているが、残念ながら俺の使い魔が共有できるのは視界のみで、音は聞こえない。

 

 カーターとエリちゃんへ情報共有のために、見えた内容を説明する。

 

「何を話しているのか分かるか?」

「残念ながら。ただ、不審者が周防議員に怒られているのはわかる」

「読唇術とかできると良かったのにな」

「そんな都合の良い能力が急に生えてくるわけないだろ。彼岸島じゃないんだぞ」

 

 そうして様子を伺っていると、周防議員が突然に片方の男に手元にあった金属製の灰皿を投げつけた。

 かなりのパワハラだ。

 

 その時、異変が起こった。

 

 灰皿を額に受けた男が突然ソファーから立ち上がった。

 血が流れている額ではなく、傷などついていない喉をかきむしり、全身を震わせ始める。

 

 男の服の隙間から黒い触手のようなものが次々と飛び出し、不気味に蠢き始める。

 ミミズのようにいくつも節がついている。

 タコともイソギンチャクのような海生生物の物とは形状が異なる。

 見た目が一番近いのはムカデだろうか? ともかく、陸に住む「虫」に近い形状をしている。

 

「なんだこりゃ?」

「どうした? 何があった?」

「議員に灰皿を投げつけられた男が……怪物に変わっていく」

 

 触手はついには服を突き破り、更にその数を増していく。

 男の外観は既に人間ではなく、人の形をした黒い触手の集合体と化していた。

 

 周防議員ともう1人の男は、その男の変化にただ驚愕し、足を止めて震えている。

 触手の力はかなり強いようだ。

 

 鞭のように振り回された触手は、3人が座っていたソファーのクッションを瞬く間に引き裂き、背もたれ部分を天井近くまで弾き飛ばした。

 

「何が起こっているのか全然分からんが、マズいぞ。怪物化した男が、議員を襲おうとしている」

 

 さすがにこの状況を傍観してはいられない。

 怪物化した男に議員が襲われたら、間違いなく負傷する。下手をすれば死ぬ。

 

「まさか助けに行くつもりなのか? 議員の危機をどうやって知ったかを問われたら、違法な調査を行っていたことを説明しないといけなくなって不利にはなる状況ではある。助けに入れば、建造物不法侵入も乗っかってくるぞ」

「それでも人が死ぬよりはよっぽどマシだ」

 

 カーターは呆れたように肩をすくめた後にスマホを取り出した。

 

「近くを歩いていたら助けを呼ぶ声が聞こえたということで通報するぞ」

「それで頼む。俺は周防議員を助けに行く」

 

 立ち上がってビルの方へ向かおうとしたところ、エリちゃんも立ち上がった。

 

「待って、私も行くよ」

「エリちゃんは来年すぐに受験があるだろ。今は余計なことはしなくていい」

「それでも誰かピンチなんでしょ。それを無視なんてできないよ」

「それでも……いや、今は口論している時間はない。細かいことは後で考えよう」

「賛成!」

 

 俺とエリちゃんはビルの方へと駆け出した。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 ビルのエレベーターは停止している。

 非常階段を駆け上がり、何枚もの金属製の防火扉で妨害された5階の事務所へ正規ルートで向かうのはあまりに効率が悪い。

 

 ならば、これしかないだろう。

 

「極光!」

 

 ビルの5階。事務所の窓ガラスを粉微塵に砕いた。

 

 俺は箒に乗って空から。

 エリちゃんは雨どいや壁面を駆け上がり、ガラスを失ってできた出入り口から室内へ侵入する。

 

 誰かが通報したのか、それとも、触手の怪物が暴れて自動的に検知されたのか、室内では防犯用のサイレンがうるさいほど鳴り響いていた。

 

 周防議員ともう1人の男は触手の化け物に部屋の隅に追い込まれていた。

 その全身には触手が絡みついている。

 

「爺の触手プレイなんて誰が喜ぶんだよ!」

 

 もう鳥の使い魔に室内の監視を続けておく必要はない。

 即座に使い魔状態を解除して、2人の男に絡みついた触手へと体当たりをさせた。

 

 触手はあっさりと引きちぎれたが、直後に新しい触手が生えてきて再生された。

 耐久性がない代わりに、都度再生して手数で攻めてくるタイプだ。

 

「本体を狙わないとキリがないタイプだけど……」

「当てれば……多分、死んじゃうよね」

 

 エリちゃんも、俺があっさりと触手を引きちぎったことで気付いたようだ。

 

 攻撃力はそれなりにあるようだが、耐久性はあまりに低い。

 ほぼ一般人と変わらないのではないだろうか?

 

 もちろん、攻撃で傷を負わせると触手と同じく無限再生する可能性もあるが、再生しなければ、下手をすると一撃死する可能性も高い。

 

「怪物が人間に戻れる可能性が消えたわけじゃない。だから、無力化の手段を考える」

 

 議員たちは部屋の隅で相変わらず震えている。

 ただ、下手に動きまわられるよりも、じっとしてもらっている方が護りやすいし、安全ではある。

 

「ちょっと借りますよ」

 

 床に丈夫そうな杖が転がっているので、隅にいる周防議員に一応確認を取った。

 無言で首を縦に振っていたので、使用はOKということだろう。

 

 杖は樫の木製だろうか?

 漆か何かが塗られたその杖は、意外とズッシリとした重みがある。

 それなりに丈夫そうだ。

 

 杖を剣に見立てて振り回し、俺へと伸びてきた触手を切り払う。

 

 命中したところで所詮はただの杖であり、触手を切断したり、叩き潰したりはできない。

 軌道を変えて直撃を避けることが精いっぱいだ。

 

 ただし、ゴムのような弾力のある触手に杖が命中する度に、ミシミシと嫌な音が聞こえてくる。

 

 武器でもなんでもない、ただの杖を振り回して力任せに触手へ叩きつけているのだから当然だ。

 いくら丈夫でも、何度か切り結べば、あっさりとへし折れるだろう。

 

「無力化って、どうやって?」

「そうだな……」

 

 部屋を見回すと、隅に頑丈そうなスチールの本棚があることに気付いた。

 

 室内で触手の怪物と派手に戦っているというのに、微動だにしない。

 この室内で最も頑丈なのは、その本棚であることは明白だ。

 

「あれはどうかな?」

「なるほど、了解」

 

 エリちゃんはその短いやり取りで意図を察してくれたようだ。

 伊達に長い付き合いをやっていない。

 

 即座に壁近くへ飛び、本棚を豪快に持ち上げると、収められていた政治や法律関連の分厚い本が音と埃を立てて一気に落下する。

 

 触手の怪物が体を捻って、エリちゃんの方を向いた。

 

「おいイソギンチャク男! お前の相手はこっちだ!」

 

 樫の杖で近くにあった机を叩くと、安っぽい樹脂の天板がポコポコと愉快な音を立てた。

 迫力も緊張感も欠けるが、挑発するには十分だ。

 

 何度か繰り返していると、触手の怪物が俺に向き直り、腕を俺の方へ向けた。

 その腕の先から五本の触手がグネグネと蛇がうねるような動きで伸びて来た。

 もしかすると、元々は指だったのかもしれない。

 

「遅い!」

 

 蛇行する動きは嫌悪感を起こしたり、軌道を読まれないようにする役目があるのかもしれないが、惑わされずに冷静に動きを見極めれば、どうということはない。

 無駄を省いた直進ならばもっと速いだろうに、無駄な動きが入るせいで、攻撃速度が落ちている。

 

 伸びてくる触手を横や上から次々と殴りつけて軌道を変える。

 

 そうやって四本目の触手を裁いた時に、杖がついに音を立てて割りばしのように折れた。

 

 想定内の動きだ。

 ささくれた杖の断面を五本目の触手へ突き刺して、攻撃を回避する。

 

 俺の手元から武器がなくなったことを好機ととらえたのだろう。

 触手の怪物は前傾姿勢になり、俺の方へ真っすぐに突進してきた。

 

 相手が不利になった隙をついての攻撃……これが一対一のタイマン勝負ならば有効な手段だったかもしれない。

 だが、この戦いはチームプレイだ。

 

「えいっ!」

 

 触手の怪物の意識は、完全に俺だけに向いていた。

 なので、先ほどから不審な動きをしていたエリちゃんのことが意識から消えていたようだ。

 

 隙を見つけたエリちゃんが、スチール製の本棚を触手の怪物へと叩きつけた。

 

 棚板部分が勢いよく天井まで吹き飛び、バウンドして床に落ちた。

 

 元々細いボルトで止めているだけの構造なので、天板が当たったこと自体のダメージはほぼないようだ。

 

 だが、怪物を倒すことが目的ではないので問題ない。

 

 本命は、本棚を構成している頑丈な四隅の鉄のフレーム部分だ。

 

 棚板が吹き飛んだことで、怪物は鉄の檻に閉じ込められたような状況になっている。

 

 もちろん、今のままだと鉄フレームと怪物の体の間には隙間があるし、重量も大したことはない。

 それだけで無力化はできない。

 

 それだけでは……だ。

 

 使い魔を追加で5羽喚び出して、鉄フレームへと勢いよく突撃させた。

 同時にエリちゃんも、フレーム部分へ素早いチョップを入れていく。

 

 鉄フレームは攻撃が当たる度にどんどん歪んで、怪物の体に絡みついていく。

 

 もはや檻ではなく拘束具だ。

 

 先ほど杖で触手を迎撃している時に気付いたが、この怪物の力自体はたいしたことはない。

 歪んだ鉄フレームでできた拘束具を力任せに破壊して、拘束を脱出することは不可能だ。

 

 フレームが歪む度に怪物はまともに動けなくなり、ついには足を一歩も動かせなくなり、床に転倒した。

 なんとか脱出しようともがいてはいるが、やはり予想通り、鉄の拘束具を引きちぎる力はない。

 

 俺はなおも部屋の隅で震えている周防議員に声を掛けた。

 

「警察はもう呼んでいますが、到着前に、具体的にここで何があったのか説明いただけますか?」

 

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