収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第15話 「陽動」

 周防議員は部屋の片隅で、もう一人の壮年の男性と密着するようにしてなおも震えていた。

 

 たまに触手の怪物が拘束具から逃れようと身をよじって暴れるたびに、体をひきつらせて怯えた表情を露わにする。

 

 目の前の人間が突然怪物化して暴れた後に、今もなお拘束を破ってまた攻撃を仕掛けてきそうな状況だ。怯えるのはおかしくはない。

 

 ただ、違和感がある。

 

 目の前の男たちは、単純な恐怖ではなく、また別のものに恐怖しているように感じる。

 特に周防の方は、海千山千の怪物だらけの政界で生き残ってきた老獪な男だ。

 

 いくら怪物が暴れたとて、ここまで怯えるだろうか?

 

「私は……まだ挽回できるはずだ……」

 

 鳴り続ける防犯のサイレン音で聞こえにくいが、周防が小声で呟いたのを拾えた。

 

「挽回?」

 

 周防の視線は眼前にいる俺たちではなく、なおも拘束具を外そうともがいている触手の怪物に向けられていた。

 

 怪物は触手を伸ばし、巻き付け、なんとか拘束具から脱出しようとしている。

 だが、無理矢理叩いて捻じ曲げた鉄のフレームで作った拘束具は、そう簡単に曲げたり引きちぎったりはできない。

 

 全身は拘束されている。

 体重を掛けたり、全身の関節をうまく組み合わせたり、遠心力などの力を付けるなどできない体勢だからこそ、なおさらだ。

 

 周防はしばらく観察を続けていて、当分は命の危機はないということに気付いたようだ。

 横の男はなおも動揺しているというのに、周防の方が立ち直りが早いのはさすがというべきか。

 

 大きく息を吐いた後に、何故か自分の手を見た。

 それから、俺とエリちゃん、そして、俺たちが侵入するのに破壊した窓ガラスの方を見回した。

 

「助けてくれたことには一応は礼を言っておこう」

 

 周防は感謝の気持ちを述べてはいるが、口とは違って声のトーンも表情も、どちらもそれは本心ではないと告げていた。

 

「まずはこのうるさいサイレンをどうにかしてくれんかね」

「私には消し方は分かりません」

「辻田!」

「はっ、はい……」

 

 周防の隣にいた辻田と呼ばれた壮年の男が立ち上がった。

 なおも顔は青ざめており、足もおぼつかないようだが、それでも周防の命令には逆らえないという雰囲気だった。

 

「止めてこい。警備会社にもメンテナンス中に起こった事故なので問題ないと伝えろ」

「か、畏まりました」

 

 辻田が部屋から出て行ってすぐに、鳴り響いていたサイレンは止まった。

 

「さて……」

 

 周防が威圧するような目線を俺たちに向ける。

 

 一般人ならば、大臣まで務める人物の圧力に負けるかもしれないが、俺たちは別にどうということはない。

 

 威厳や威圧感という意味では度会(わたらい)知事の方がはるかにあったし、底が見えないという意味では蘆名(あしな)さんの方が面倒だ。

 何より、本物の化け物である伊原さんに比べたら、人間というだけで些事である。

 

 どうやら周防の方も、俺たちが見た目通りのただの少女二名ではなく、威圧は効かないと気付いたようだ。

 

「窓ガラスを破っての不法侵入……そちらも警察が来ると困るのは同じでは?」

「窓ガラスが割れたのは、そこに転がっている怪物が暴れたからでしょう。この部屋の破壊状況も同じ。何を言っているんです?」

 

 俺は倒れている触手の怪物に目を向けると、一瞬周防が顔をそらした。

 

 やはり、周防は何かを恐れている。

 単純に人間が怪物化したということや、戦闘能力うんぬんの話ではない。

 

「先ほど、『警察はもう呼んでいる』と聞いた記憶があるのだが、今から取り消しは可能かね?」

「既に出動している警察を止められはしないでしょう。『それ』の始末の件もあります」

 

 周防は騙し合いをご所望らしい。

 お互いに少しでも有利な条件を勝ち取るための戦いだ。

 

 俺たちの勝利条件は情報。

 周防の勝利条件は……それを把握することが、勝利への一歩になる。

 

 今のところ分かるのは、少なくとも警察に逮捕されることは嫌だということだけだ。

 

「人間が怪物と化した……ということで間違いないでしょうか?」

「どこからか覗いていて知っているのだろう。だから、まさにというタイミングで突入して来ることができた。だが、盗撮に建造物侵入……明らかに違法行為だ。誰の権限でこんなことをしている?」

「覗いてはいません。助けてくれと言わんばかりの外まで聞こえる爆音で警報のサイレンが鳴っていたでしょう」

 

 お互いに顔を見合わせて少しだけ笑みを見せる。

 

 腹の内の探り合いが始まった。

 ゴングを鳴らせ! 戦闘開始だ!

 

「『それ』について何か情報を得ているのだろう?」

 

 今まで得てきた情報の中にヒントが含まれていないかを思い返す。

 

 恐れているのは何かの喪失……政治家としての権力や地位……目の前の怪物で何かを企んでいたことや、「運営」との繋がりが堂々と露見して警察に逮捕されることになればそれは発生する。

 

 たった今、警察が来るのを止めようとしていたこともそれと関係するだろう。

 

 警察への引き渡しで駆け引きをするか?

 

「もちろんです。完全ではありませんが、ある程度の情報は掴んでいます。私たちも関係者ですので」

 

 否……周防が運営と通じていた話は既に公安が調査済だ。

 周防の方もそれを理解していたからこそ、大きな動きは控えてきた。

 

 今更、警察が脅威になるとは思えない。

 

 だが、今回はその上で外部の人間を雇うというリスクを負ってまで大胆な行動に出た。

 

「とはいえ、一般の警察には話が通っていないというのも事実です」

 

 ここで回答をミスれば、一気に不利になる。

 だが、あまり回答をじらせば、こちらが会話の裏で何かを必死で考えていることがバレて、やはり不利になる。

 

「お互いに警察が来るのは困る……というわけか」

 

「運営」の言うことを聞いて、何かの野望を叶えようとした?

 

 ……違う。既に大きなことをやるための権力も手駒もない。

 それでもなお「運営」の言いなりになってやらなければならないことがあった。

 

 人間の怪物化……赤い宝石?

 いや、違う。

 

 ヒントは丁度クリスマスイブの日に掛かってきた電話だ。

 内容は「トナカイが逃げた」

 

 そして、第四世界人が帰還する時に聞いた話。

「運営」に繋がるはずの直通電話の接続先が、なぜかトナカイにすり替わっていた。

 

 そのため、電話に近づいた人物は、トナカイと変な契約を結ばされた可能性がある。

 

 トナカイは自分を善の神だと思い込んでいる、邪悪な生き物(?)だ。

 

 善意を以て人間の願いを叶える契約を結ぼうとするが、それはトナカイの独自の価値観によって歪んでいる上に、望んだ人間の体が耐えられるかどうかは、全く考慮に入っていない。

 

 結果、過分な願いを望んだ人間は、その体が変異して化け物のようになる。

 

「そこで倒れている『それ』が一般の警察に見られたら困るでしょう」

「お互いに困る理由があるということだ」

 

 第四世界人や警察関係者がうっかり契約を結んだ分については、伊原さんが無理矢理クーリングオフさせた。

 だが、「運営」と組んでいた政府関係者……周防議員の周りについては伊原さんが自業自得だとばかりに契約解除を拒否した。

 

 伊原さんは「運営」側に付いた人物に対しては手厳しい。

 ただの敵としか思っていない節がある。

 

 つまり、周防やその周辺人物については、トナカイとの契約はクーリングオフされていない。

 そのため、突然に周防の体が変化して怪物化する可能性は0ではない。

 

 周防がチラチラと自分の手を見ていたことも、自分の体が変異することを恐れていたとなると筋が通る。

 

 周防もそれは理解しているだろう。

 

「私も議員の逮捕で終わりという結末は望んでいませんが、『それ』……人体が変異する『奇病』の対処は必要だと考えています」

 

 周防議員も、トナカイと結ばされた契約の話はしたくないだろう。

 なので「奇病」ということにする。

 

「……なるほど、奇病か。対策はあるのか?」

「あります。警察関係者にも発症のリスクがありましたが、既に治療方法は確立しています」

 

 そう説明すると、周防議員の眉毛が露骨に動いた。

 

 周防議員が「運営」に何かの命令を受けている。

 そのヒントは「挽回」という言葉だ。

 

 周防は自分の怪物化を避けるため、『運営』に縋った。

 そこで提示された交換条件が、尖塔のプログラム上書きだったのだろう。

 他にも何か命令されているかもしれない。

 

 ならば、周防にとってさらに有利な条件を提示して「運営」から切り離す。

 

 味方に引き込むつもりはない。

 敵でなくなれば良いのだ。

 

 今まで治療の条件が「運営」について違法行為をやることのみだったところに、日本の組織である警察の保護下に入るという選択肢が増えた。

 後者を選ぶ可能性は高いだろう。

 

 それに、周防はあくまでも、日本の法律で処罰されるべき人物だ。

 異世界やわけのわからない怪物の干渉によって処罰されるのは、正常な状態とは言えないだろう。

 

 一般人である俺たちの仕事はそこまででいい。

 

 そこから先の政治や法律の話については、専門家に任せる。

 

「先ほど、東京の外れで廃ビルに立てこもっていた不審者の身柄を警察が確保しました。何らかの武装を所持しており、建物が破損したようです。その犯人が、この事務所でも暴れていたことにします」

「不審者が? 時系列的にも無理がないかね?」

「ならば都会に現れた凶暴なアーバン熊ということにしますか? 私たちはそれを退治するために激しい光に導かれて現れた正義の味方です」

「熊?」

 

 周防は触手の怪物に目を向けた。

 もちろん、先ほどまでとは全く違う意味でだ。

 

「議員も私も被害者であるとするための設定の話です」

「だが、さすがに熊は無理がある。不審者ということにしよう」

 

 二度見、三度見した後に、触手の怪物を「熊」で押し通すのは無理だと感じたのだろう。

 不審者案に同意してくれた。

 

 俺も犯人を熊に仕立て上げるのは無理があると思う。

 

「不審者が便宜を図れと言ったが、断ったら暴れられてこうなった」

 

 周防は破壊された部屋をアピールするよう大げさに両手を広げた。

 

 そういうシナリオで行くので話を合わせろということだろう。

 事実がどうとかは関係なく、この設定で進めるという合意の話だ。

 

「不審者が暴れた結果、防犯のサイレンが鳴り始めて、たまたまビルの近くを通りかかった私たちがそれに気付いて警察に通報した」

「……それで問題ない」

「承知しました。その設定で進めましょう」

 

 周防が頷いた。

 これで契約成立だ。

 

 例の指名手配犯の罪状が一つ増えたが、そこは「調査の結果無関係でした」で通せるので問題はない。

 

「周防議員の安全を確保するため、警察が周防議員の身柄を一時的に保護いたします。もちろん、それは不審者の仲間からの報復や『奇病』から守るための措置です」

 

 周防は口を結んで何やら考え始めた。

 俺が警察関係者ではないのと、今の話は口約束でしかないので、身の安全の確約がないところが懸念事項か。

 

 それでも、周防には他に選択肢がないのは事実だ。

 この話を蹴ったところで、他の解決策が急に出てくるとは思えない。

 

 あとは伸るか反るか。

 

「机の上には、その不審者が残した書類がある。警察が不審者を逮捕するのに使うといい」

 

 周防議員が触手の怪物の攻撃で傷だらけになっている机を指さした。

 

 怪物が暴れまわったからか、机の上に置いてあったであろう書類は大半が床に落ちていたが、残っている書類もある。

 

 その資料には一人の外国人の写真が貼られていた。

 茶色髪、茶色の目の白人男性だ。

 推定年齢は30後半から40中盤くらいの間。

 

 第四世界でジェームス・ジョンソンを名乗っていた人物なのだろう。

 

 この情報を提供するというのは、敵に情報を売っているのに等しい。

「運営」に関係する人物にもう接触する必要はない……縁を切るので、その代わりに報復から身を護れという解釈で良いだろう。

 

「この人物はジェームス・ジョンソンというイギリス人ですか?」

「知らんぞ、そんなやつは。イギリス人なのは合っているが、本人はオーガスタと名乗っていた。名前か苗字かすら分からない。どうせ偽名だろう」

「ありがとうございます」

 

 その時、遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。

 どうやら警察がようやく到着したらしい。

 

 外で待機しているカーターに電話を掛ける。

 

「トナカイの仕業だった。議員とその秘書らしき人物……2人。1人は怪物に変異している。これ以上変異が進行しないよう対策頼む」

『無茶言ってくれるな。オレは専門家じゃないんだぞ。まあ、やるだけやってみるが』

「それで外に来ている警察は話が通っているやつか?」

『蘆名経由で呼んでいるから、魔術のことはともかく、口が堅くて素性がハッキリしているメンツが来ているはずだ』

「ならば良し」

 

 そのタイミングで辻田が部屋に戻ってきた。

 警察を招き入れるために、ビルの各所を封鎖している防火扉を開けさせるよう、周防経由で頼んだ。

 

 これで尖塔のプログラムを書き換えた依頼主についてもクリアだ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「どうだ? 治せそうか?」

「いや、何がどうなってるのか、さっぱり分からん」

 

 カーターが首を横に振った。

 警察隊と共に駆け付けて、触手の怪物に変異した男の状態を確認してすぐのことだった。

 

 ちゃんとチェックしていないとは思わない。

 パッと見ただけでも元が人間だと判別できない状態だ。

 

 ここからすぐに治せますと言われても逆に困惑する。

 

「誰なら対処できそうだ?」

「これは状態異常じゃなくて、神の奇跡みたいなもんだから、多分、人間にはどうしようもないぞ」

「それでも何か魔術でどうにかできないのか?」

「たとえばだな……ランクアップで状態異常は全て治るはずだけど、お前はいつまで経っても中学生女子のままだろ」

「納得した」

 

 カーターのたとえは分かりやすかった。

 ランクアップを行うと、状態異常が全回復するはずなのに、俺は元の体には戻れなかった。

 

 最初からそういう人間であり、異常ではなくそれが正常というように変化してしまっているからだ。

 

 今回のケースもそれと同じということだろう。

 

「人間の技術だけでなんとかしたいところだが、今回ばかりは相手がイレギュラーすぎる。だから、神の力を借りる」

「神というのは、どこのどちら様?」

「メール一本で連絡がつく神がいるだろう。前はクリスマスイブに来たらしいが、次はいつ来るんだっけ?」

 

 スマホのスケジューラーをチェックする。

 次に色々とダメな神が来日するのは翌年の正月明けとなっていた。

 

「あと二週間だな。午前中は次元の壁の修復打ち合わせが予定されているけど、午後はフリーのはずだ。昼食の要望は日本酒と肴が旨い店だ」

「真昼間から飲む気かよ、伊原は」

「アルコールを飲んでも酔わないから別にいいんだろう。付き合わされる方はたまったもんじゃないけど」

 

 伊原さんの飯案件に付き合わされるのは俺か和泉さんか市ヶ谷議員の三択だ。

 

 ただ、次回は日本酒メインと言っているので、俺は除外される。

 つまり、犠牲になるのは和泉さんか市ヶ谷議員だが、議員は午後からも仕事が入っているので酒は飲めない。

 必然的に和泉さんが犠牲になる。

 

「和泉さんが気の毒だからお前も参加してあげてほしい。飯代は交際費として立て替えてくれる」

「オレは運営の仲間扱いで伊原から微妙に嫌われてるからな……誤解は解けたけど、お互いに良いイメージがない」

「お前がいないと和泉さんの胃が死ぬんだよ」

「なら仕方ない。一応義理の従兄弟になるんだし、付き合うか。それで飯は何を頼むんだ?」

「長崎のクエか下関のフグのコースを予定していたけど、冬が旬の魚ならなんでもいいと思う。そこらは和泉さんと調整して決めてくれ」

「それは後で考えよう。今は仕事の話だ」

 

 カーターが周防と辻田の方へ視線を向けた。

 

「2週間放置は何が起こるかわからんな。他の2人も変異するぞ」

 

 周防議員を安全な場所へ移送するという話でまとまったはずなのだが、色々と条件を後付けで足して、警官を困らせているようだ。

 やはり、このまま拘留からの逮捕に繋がることを警戒しているようだ。

 

 俺は(蘆名さんを通して)顔は利くものの、別に警察関係者でもなんでもない上に、口約束しかしていないのが引っかかるようだ。

 

「とりあえず、トナカイからの力の流入を防げばなんとかなると思う」

「それなら結界で隔離しよう。それで伊原が来るまで時間は稼げる」

「結界はどうやって作るんだ?」

望美(のぞみ)に頼む。ああ見えて魔術的な力を遮断する術については卓越している」

 

 麻沼(あぬま)さん……じゃなくて、もう片倉夫人になるのか?

 コンビニで買ってきた塩おにぎり、カップ酒、アロマを使った冗談のような儀式を目の当たりにした時は少し疑問だったが、効果だけは間違いなく本物だった。

 

「麻沼さんの力は俺も見て知ってるけど、あんな緩い感じの儀式で神の力も遮断できるのか?」

「望美の術は奈良時代からあっちこっちで荒神を封じてきた(まじない)が起源だからな。トナカイも荒神の一種みたいなもんだろ」

「トナカイは高千穂の結界を破れずに閉じ込められていたな……相性はいいのか」

 

 トナカイは並行世界をポンポン移動して人間を超越して死者蘇生すらできるような存在だ。

 なのに、高千穂で千年以上前に修験者たちが作った山の神を鎮めるための結界に引っかかり、身動きが取れなくなっていた。

 

 きちんと展開させれば、影響を防ぐことなら何とかできるかもしれない。

 

「あとは、このジェームス・ジョンソンだかオーガスタだか言うやつを確保すれば、一応は全解決か」

 

 手元の資料を読むが、特に大したことは書かれていない。

 第四世界だと香住エレクトロニクスのコンサルタントとして入ってきたらしいが、こちらの世界では単なる不審人物の域を越えていない。

 

 おそらく「運営」の手駒だった東啓輔(あずまけいすけ)か神父のどちらかの紹介で、周防議員に近づいてきたというだけだ。

 周防議員が手を組む決断をするに至った釣り餌は何かあるのだろうが、それは資料には一切書かれていない。

 

 周防議員もバカではない。

 自分に繋がる証拠など何もないからこそ、俺にこの資料を渡したのだ。

 

「こいつがまだ暗躍を続けているとして、どういう動きが考えられる?」

「もう動かせるやつは誰もいないだろうしな。金と権力を使える最大の駒は周防だったが、それも無力化した」

「あと動かせる駒と、やらなければいけないことは……」

 

 この世界の東一族は既に何もできない。

 周防議員も潰した。

「星の智慧」教団も既にない。

 

 あとは塔の修復が完了すれば、全て断たれる……。

 

「逆に考えると、塔の修復を阻止することで最後の抵抗ができるのか」

 

 塔のシステム修復は今も桂さんたち、京都の組織の方々が必死に行っている。

 一応普通の警察や探偵の須磨さんも護衛には付いているが、もしそこに強力なモンスターや能力者が投入されたら……。

 

 京都の組織の方々は、知識や技術の継承がメインで、戦闘はそれほど得意ではないという話だ。

 物理的に狙われたらひとたまりもない。

 

 そして、桂さんたちが負傷なりしてシステムの修復が中断されたら、残された俺たちでは、塔のシステム修復を行うことができない。

 

 頭の中でパズルのピースが繋がっていく。

 

 逃げ道などない廃ビルに立てこもる、塔のシステムの改変を行った犯人。

 同時に周防議員の事務所で発生した人間の変異事件。

 

 俺たちはそちらの対処のために塔がある保土ヶ谷の公園から離れなければならない。

 なので、当然塔はガラ空きになる。

 

「ただの杞憂ならいい……だけど、俺たちがこうして横浜を離れて東京にいることが陽動に掛かった結果だとしたら?」

「まさか……」

 

 カーターの顔が青ざめていく。

 

 スマホで現在位置を再確認する。

 時間は帰宅ラッシュで道路も鉄道も混雑する時間になっていた。

 

 この時間から、公園へ移動するには……スマホの案内では公共交通機関乗り継ぎで45分となっていた。

 もちろん、帰宅ラッシュに巻き込まれたら、そこからさらに伸びる。

 

 1時間といったところだ。

 

「犯人も周防議員も無視できない内容だったし、俺たちが動いたことに間違いはなかった。だけど……」

 

 周防議員の方をチラリと見ると、警察が約束を違えないよう、ついて来いとばかりの表情で俺の方を見ていた。

 さすがに、ここで警察に丸投げというわけにはいかない。

 

「仕方ない。爺さんにはオレが付いていく。ラビ助と赤土の2人は念のために公園に戻れ」

「いいのか? 周防議員はお前で納得してくれるか?」

「どの道、望美と合流して結界を張らなきゃいけないんだ。オレが同行した方が話は早い。京都の連中の作業が終われば、合流してくれたらそれでいい」

 

 カーターはそう言うと周防議員に近づいて行って何やら話し始めた。

 

 議員も実際に結界を張ってトナカイの干渉を防いだり、その儀式のための調整の話を聞いて納得したようだ。

 俺への興味はなくなったようだった。

 

「悪い。公園の方が終わればすぐに戻る」

 

 カーターの背に声を掛けると、返事の代わりに無言で腕を上げた。

 

「でも、どの道1時間かかるのか……なんとか早く戻る方法はないか」

「それなんだけど、あの公園は横浜でしょ。裕和(ひろかず)に行ってもらったら早いんじゃない?」

「まあ、そうなんだろうけど……小森くんは受験も近いし」

「大丈夫、大丈夫。ちょっとだけならすぐに行ってくれるよ」

 

 エリちゃんは俺が止める間もなく、スマホを取り出して電話をかけ始めた。

 

「もしもし、オレオレ。今、東京に来てるんだけど、保土ヶ谷の公園って何分くらいで行ける?」

 

 エリちゃんが親しき中にも礼儀ありという言葉など一切ない内容で小森くんに無茶ぶりを始めた。

 

『全然分からない。一体何の話か説明してくれ』

「それはいいから。急げば何分で行ける?」

『……自転車を全力で漕げば20分かな? それより事情を説明してくれ。もしかしてラビさんもそこにいるのか? また何か事件なのか?』

「事件だよ。とりあえず代わるね」

 

 エリちゃんから、とんでもないキラーパスがやってきた。

 

 小森くんには、隠し事はせずに力を貸してほしい時は連絡しろと最近言われたばかりだ。

 なので、説明しづらいのだが、こうなってしまっては仕方がない。覚悟を決める。

 

 そういえば、時間逆行現象の話もしていなかった気がする。

 それらを隠していたことがバレると、また怒られそうだが仕方がない。

 

 今までの経緯を含めて全部説明する。

 その上で、俺たちが到着するまでの間、公園に行って念のために待機してもらう。

 

「もしもしオレオレだけど――」

 

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