収穫祭の魔女   作:れいてんし

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―Part15 「ジェームス・ジョンソン」

「東京、港区のタワマンとか、いいところに住んでるな」

 

 元片倉と和泉の2人はモニタ上に表示されている映像を見ていた。

 

 香住エレクトロニクスのコンサルタントとして入っているジェームス・ジョンソンなる人物の住居に指定されている場所の映像が映し出されている。

 

 須磨が操作するドローンから転送されてくるリアルタイムの映像だ。

 

 ドローンには夜の低照度でも使える暗視カメラが搭載されている。

 カラーではなく白黒の画像ではあるが、夜の闇に紛れて撮影しているにもかかわらず、鮮明な映像が表示されている。

 

 窓は薄いカーテンがかかっているが、うっすらと室内の様子が透けて見える。

 

「人が住んでいるとは思えませんが」

 

 和泉が素直な感想を漏らす。

 

「見える範囲に家具家電なし。完全にモデルルームだな」

「他の窓に移動してもらえますか?」

 

 和泉が頼むと、須磨がドローンの操作を行う。

 

 今回使用したのは飛行型ではなく、ワイヤーと吸盤を併用して車輪で進む蜘蛛型ドローンだ。

 場所が場所だけに、飛行型は音や存在がどうしても目立ってしまう。

 そのため、今回は移動の自由度は減るが、隠密性が高い蜘蛛型を採用した。

 

 まるで月面着陸船のように、吸着するタイヤで壁面に張り付いたドローンがゆっくりと移動を開始した。

 

 マンション西側に移動させたが、やはり映像には人が住んでいる痕跡は見当たらない。

 

「今から赤外線カメラに切り替える」

「頼みます」

 

 須磨が端末を操作すると、モニタの表示が鮮明な画面から、不鮮明な白黒の濃淡だけで作られた映像へと変化した。

 だが、全体的にぼんやりとした状態で、ほぼ何も映っていないのと同じ状態だった。

 

「故障ですか?」

「いや……この室内に熱源がないということだ」

「冷蔵庫とかもないってことか? あれってかなり熱を持つだろ……ブレーカーでも落とされているのか?」

 

 元片倉が画面をのぞき込むが、やはり変化がない。

 

「このマンションは24時間セキュリティで、玄関ドアも電子制御だ。電源が落ちるということはないはずだが」

「じゃあ、やっぱり誰も住んでいないのか」

「空振りですね。別の方向から再調査です」

 

 和泉がそう言うと須磨がドローンを操作した。

 蜘蛛型ドローンが動いて、画面が変わる。

 

「待った、今の角度でもう一度撮りなおしてくれ」

 

 元片倉が須磨の肩に手を掛けながら画面を指差した。

 

「何か見えましたか?」

「画面が切り替わる瞬間に何かチラっと見えた。窓からだと見えにくい場所に何かあるぞ」

 

 元片倉の注文を受けた須磨がドローンの位置を調整していくと、薄い灰色で埋め尽くされた画面に、一瞬だけ濃い白色が映り込んだ。

 

 横幅はそれほど大きくないが、高さは床から天井近くまである。

 最低でも2メートルは越えているだろう。

 

「もう少し見える角度はないのか?」

「いくら赤外線カメラでも壁までは透過して見えたりはしない。これは窓がない位置に置かれた何かの一部が見えているだけだ」

「窓のない部屋ねぇ……」

 

 元片倉が印刷された図面を机の上に広げた。

 マンション建設時の設計図面だ。

 

「図面からすると、この場所はキッチンだ。それでいて、縦横1メートルで高さが2メートル越え。常識的には、キッチンにあるこのサイズの機器は冷蔵庫なわけだが」

「冷蔵庫は背面と側面からの熱放射だ。この映像の熱とはパターンが異なる」

 

 須磨がボソリと呟いた。

 

 ドローンの操作については須磨が詳しい。

 赤外線カメラで室内を撮影した時に、何がどのように表示されるかを知っている須磨の発言には説得力があった。

 

「では何だと?」

「放射される熱と形状はラックサーバに似ている。データセンターなどで使われている業務用のPCが複数格納された金属製のラックだ」

「そんな業務用の機器が誰も住んでいない、家具すら置かれていない無人のマンションのキッチンに?」

 

 元片倉が画面から顔を離して、にやけた顔を見せた。

 

「空振りかと思ったが、これは何かがあるぞ」

「どうするつもりですか? 令状もないのに警察は踏み込めませんよ」

「忍び込むに決まってるだろ。この機械が何かを確かめる」

「正気ですか?」

「正気じゃこんな職業やってられん」

 

 元片倉が机の上にある図面を指差した。

 1階の設計図面から、ジェームスの部屋がある40階までのルートを辿っていく。

 

「入り口からエレベーター、部屋まで防犯カメラをはじめとしたセキュリティだらけですよ。どうやって忍び込むつもりなんです?」

「だから、その裏をつくぞ。決め手は、5階ごとにあるメンテナンス用の設備だ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

「エントランスには警備員。そこから先はオートロック。当然防犯カメラの監視もある。駐車場から勝手口に抜けるとエレベーターに直行は出来るが、どの道、防犯カメラからは逃れられない。さて、どうします?」

「真正面からに決まってる。40階まで非常階段とかキツい運動なんて真っ平だ」

 

 元片倉が鞄の中から、茶色く焼けた紙のカバーが掛かった本を和泉に見せた。

 

「こいつがオートロックを開けてセキュリティを突破するカギだ」

「なんなんですか、それは?」

「だから鍵だよ」

 

 そのまま、特に詳しい説明をすることなく、スマホを取り出して電話をかけ始めた。

 すぐに相手が出たようで何やら話し始める。

 

「ああ、オレオレ。近くに来たので寄ってみた。例の本が手に入ったんだけどどうする? 集合ポストに入れとくか?」

「何の話なんです?」

 

 元片倉は和泉を無視してなおも通話を続けた。

 

「……そうだな、集合ポストは不用心だよな。良ければ直接部屋に持っていくけど……OK。そうしとくので、オートロックを開けてくれ」

 

 通話を切ったタイミングで、ロックされていた玄関前の自動ドアが開いた。

 

 元片倉は堂々とエントランスにいた警備員に挨拶をした後にエレベーターのボタンを押した。

 和泉はその後ろについていき、すぐに下りて来たエレベーターへ一緒に乗り込んだ。

 

 高級タワーマンションらしい高性能のエレベーターは何の振動も感じさせずに一気に上昇していく。

 

「磯釣りをしている時にたまたま知り合った釣り仲間のオッサンが、このマンションに住んでいるというのを思い出して利用させてもらうことにした」

「ただの釣り人がこんなところに住んでいるんですか? 高級マンションですよ」

「社長をやっているらしいから小金持ちではあるよ。ただ、釣り場でフグと格闘している分には、どこにでもいるただのオッサンだ」

 

 元片倉がカバーが掛かった本を広げてみせると、マンガ的な釣り人のイラストと共に大きなフォントとひらがなが多めの文章が書かれているのが分かった。

 

「鍵に使うのは50年くらい前に発売された小学生向けの魚釣りの本だ」

「希少なものなんですか?」

「古本屋のワゴンに300円で突っ込まれた本だぞ」

 

 エレベーターはジェームスが住む40階ではなく、27階で止まった。

 元片倉は迷うことなく廊下を歩いていき、ドアの前に付いた部屋番号を確認した後に、近くにあるメーターボックスを開けて、中のスペースへ本を投げ込んだ。

 

「オッサンは、小学生時代にこれと同じ本を買って、文字通り擦り切れるまで読んだらしい。釣りの趣味を始める切っ掛けになった、文字通り人生を変えた一冊だから、機会があれば、また読みたいと言っていたのを思い出した」

「鍵というのはそういうことですか」

「そういうことだ。世間の価値は300円でも、オッサンにとっては思い出というかけがえのない価値がある」

 

 元片倉は廊下を歩きながらスマホを操作してメールを送信した。

 

「オッサンの家族もここに住んでいるから、この時間から来客となると、色々とややこしそうだ。メールだけ送っておく」

 

 エレベーターホールに着いたタイミングで、元片倉は和泉の方を見た。

 

「ここからはお前の仕事だよ。できるんだろう、隠形術」

 

 和泉は無言で手に持っていたアタッシュケースを広げて祭具を取り出した。

 ナイフのような形状の短刀を振りかざしてエレベーターホールの前を歩き回る。

 

「オン!」

 

 和泉が声を上げるのと、エレベーターの自動ドアが開くのはほぼ同時だった。

 

「もう術は発動済みか?」

「ええ、防犯カメラに映らないのはもちろん、人間の目にも映りません」

「じゃあ、目指すは40階だ」

 

 ボタンを押すと、エレベーターが上層階へ動き出した。

 

 電光掲示板に「40」と表示されると共に自動ドアが開くと、そこは全ての色が抜け落ちたような灰色の空間が広がっていた。

 

「これは術の影響……じゃないよな」

「なんらかのカウンタートラップですね。術に反応して自動的に作動する仕掛けなんでしょう」

「じゃあ、この空間で動き回っているやつは、当然人間じゃないと」

 

 元片倉が親指で、通路の先から歩いてくる人影を指した。

 

 灰色の空間で、その人影だけははっきりと色が付いていた。

 まるでデジタルノイズのような、赤緑青が入り混じった複雑な色合いの表皮を持つ、形だけは人間のシルエットの怪人だ。

 

 衣服のようなものは見られず、全体的にぬっぺりとした造形だ。

 目も鼻も口もない頭部を元片倉と和泉の方へ向け、猿が威嚇行動をとるように、両腕を広げて真っすぐ近寄って来る。

 

「カスエレの工場近くで見たやつの仲間か」

「裏の世界でも似たような敵を視ました。もっとも、これほどサイケデリックな色合いではありませんでしたが」

「直接戦闘経験があるなら任せていいか?」

「私は隠形術の維持で手一杯です、戦闘は任せますよ」

 

 元片倉はスーツの内ポケットから数枚の紙を取り出して、器用に片手だけで広げた。

 描かれている魔法陣を確認して、向かってくる人影へと向ける。

 

「あまり派手にやると隠形術が解除されます。静かに、かつ速やかにお願いします」

「注文が多いが、なんとかやってみるさ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 元片倉が、怪人の頭を靴のかかとで踏みつぶした。

 泥の塊のようにあっさりと砕けて、粒子となって散っていく。

 

「これで3匹と。自動防衛プログラムの割にはなかなか手ごわかったな」

「運動不足気味じゃないんですか? もっと効率良く倒せたでしょう」

「こういうのは結果が全てだぞ。倒せりゃいいんだよ、倒せりゃ」

「まあ……そうですけど」

「それよりも、次の問題は部屋の前のオートロックだ。どうする?」

 

 ジェームスの部屋の玄関は電子制御のオートロックになっていた。

 もちろん鍵が開いているということはなく、扉は固く閉ざされている。

 

「少し待ってください。そのドアロックはカスエレ製ですよね」

「どれどれ」

 

 元片倉がオートロックに顔を近づけて、のぞき込むとハウスメーカーのロゴと共に「KasumiEC」と小さく書かれているのを見つけた。

 和泉は手帳を取り出して、ページをめくっていく。

 

「こんな事業もやってたんだな」

「組み込み電子機器のメーカーですからね。駅の改札やら何やら、カスエレ製の機器は町中の至る所にありますよ。このマンションも建築自体は大手不動産会社の手によるものですが、電気工事関係で関連会社が動いていたようです」

「ジェームスがこのマンションに住んでるのは偶然じゃないんだな」

「会社の斡旋もあったと考えるのが自然です。ところでシリアルナンバーも一緒に書いていないですか? 3桁の数字の後に続く、16桁の数字です」

「よん、はち、じゅうにの……それもあるな」

「では、読み上げてください」

 

 元片倉が数字を読み上げると、和泉はペンを取り出して、それをメモしていく。

 復唱して再確認した後に、オートロック横に付いているタッチパネルに近づいた。

 

「言うとおりに数字をタッチしてください。0を4回タッチした後に『#』。0から9まで順番にタッチして最後に『#』を押すとメンテナンスモードに切り替わります」

「どこの情報だよ」

「大手メーカーですからね。こういう情報も手に入りやすいんですよ。ほかの大手4社の機器のメンテナンスモードへの切り替え方も分かります」

「ガバガバセキュリティだな」

 

 メンテナンスモードに切り替わった後に、和泉が読み上げる数字を元片倉がタッチすると、モーター音の後に電子ロックが解錠する音が鳴った。

 ドアノブを掴むと、驚くほど簡単に扉が開いた。

 

「解雇されたらコソ泥にでも転職するか。どこのマンションでも侵入したい放題だ」

「私は遠慮しておきます」

 

 玄関を開けると、まず猛烈な熱気が流れ出してきた。

 室内の気温も相当高い。

 

 天井のダクトファンが唸っているので、常時空調は利いている。

 

 ただ、何かの物体から発せられる高熱に対して、常時空調の冷却が追いついていない雰囲気だ。

 

 天井のファンとは別に、奥の部屋から冷却ファンが唸る音も聞こえてくる。

 

「須磨が言ってた通り、業務用のサーバでも置いてあるのか?」

「それを確かめることが、ジェームスの正体に繋がるとは思いますが」

 

 玄関から見える室内は、人が住んでいる気配がない殺風景な場所だった。

 入り口すぐのところに靴を収めるためのシューズクローゼットがあるが、靴がないのはもちろん、靴が置かれていた形跡すらない。

 

 唯一の例外が、入り口に放置されている透明のビニール傘だ。

 

 床には泥と雨で付いたであろうシミが残っており、誰かしらが部屋を利用した痕跡だと言える。

 

「靴は脱ぐか? それともそのまま?」

「使い捨てスリッパを出します。これなら足跡も残りません」

 

 和泉が鞄から折り畳み式のスリッパを取り出した。

 靴の上から履いて、音が聞こえる方向へ向かっていく。

 

 音と熱源……キッチンにあったのは、機械とも生物とも判別しがたい、黒い表皮を持つ奇妙な物体だった。

 

 表皮に浮かんだ血管のような模様は脈打つように動いており、排熱口のようなフィンが付いた穴からは熱風が噴き出している。

 それらを冷却するためなのか、工事現場などで使われる送風機が数台周囲に置かれていた。

 

 元片倉はスーツの袖で汗を拭った。

 汗は噴き出す熱風のせいだけではない。

 

 熱風だけではない。背中に、冷たい汗も混じっていた。

 

「由緒正しき魔術師の家系の和泉さんに確認したいんだがね」

「私も知りませんよ、こんなもの」

「これって、高校生チームが探していた『塔』ってやつじゃないのか」

「当たりだ。よくここを見つけたな、侵入者ども」

 

 その時、2人の背後から、誰とも知れない声が聞こえてきた。

 

 慌てて振り返ると、そこには黒いスーツを着た外国人の男が1人立っていた。

 

 色褪せて茶色に見える金髪と茶色い目を持つ西洋人。

 資料で確認したジェームス・ジョンソンその人が、鋭い目つきとは裏腹に、つまらなさそうな表情で、2人へスローテンポの拍手を送っていた。

 

 痩身ではあるが、不健康という印象は全くない。

 むしろ、ただ立っているだけだというのに、肉食獣のような圧迫感がある。

 

「隠形術はまだ効いているんだよな? 防犯カメラにも映っていないはずだ」

「術の効果以上の探知能力があるということです」

「スマホの接続は?」

「それを遮断する能力はありません」

「なるほど……」

 

 元片倉と和泉の2人は後ずさって距離を取りながらやり取りをする。

 

「片方は知らないが、もう片方は知っている。カーターの異世界同位体か」

 

 ジェームスの目が元片倉の方を向いた。

 

「なんといえばいいのか……ジェームス・ジョンソンは偽名だろう」

「ジェームスでいい。この世界では他の名前は使っていない」

「『この世界』だの、異世界同位体だの、まるで別の世界があることを認識しているようだが……おたくは『運営』か?」

「『運営』という意味は分からないが、立場としては『ゲームマスター』だ。今回のゲームを管理している」

「そこはお互いに説明会が必要だな。適当な固有名詞を使っているから、何のことだかわからない」

「その必要はないだろう。君たちは消える。戻ってきた参加者も全て消す」

 

 ジェームスが右手を掲げると同時に、不可視の衝撃が2人を襲った。

 瞬時に後方へ吹き飛ばされて、壁に激突して止まる。

 

「この隔離空間に入ったのは失敗だな。お前たちを処分しても、その情報は外部には伝わらない。このままこの世界から消えてもらう」

「……そうかい」

 

 元片倉が血の混じった唾を吐き捨てた。

 

「なら、こっちも保険を適用させてもらう」

 

 元片倉が、壁に叩きつけられた衝撃でひび割れたスマホの画面をジェームスへ見せた。

 

 割れた画面の一部に表示が浮かんでいる。

 

 表示されている文字は「通話中 松葉健」

 

「南側のガラス窓だ! 来い!」

「よっしゃぁ!」

 

 キッチンの隣、リビングの窓の一枚が、外側からの圧力を受けて割れた。

 

 海辺らしい湿気の混じった強風が部屋に切り込んでくる。

 その風に乗るようにして、外から巨大なムカデが長い体をくねらせながら侵入してきた。

 

 無数の脚が床を掻く硬質な音。

 

 体節を波打たせるたびに、油を塗ったような黒い甲殻がぬらりと光る。

 

 ジェームスが目を見開いてムカデの方を見るや否や、彼の体は突進になぎ倒された。

 

「なんだ? 2人ともボロボロじゃねぇか」

 

 ムカデと共に室内へ飛び込んできた松葉がコートの裾を翻して着地する。

 割れたガラスを革靴で踏み砕く音が、やけに大きく響いた。

 

「とりあえずは撤退だ。戦力を立て直してから再戦する」

「オレにこいつを倒せないとでも?」

 

 松葉はムカデが壁に叩きつけたジェームスを見る。

 だが、その表情がすぐに強張った。

 巨大なムカデの体が、ジェームスが触れた部分から黒ずんでいく。

 

 炭化は脚から胴へと這うように広がり、燃え尽きた木のように灰となって崩れ落ちた。

 

 焦げた匂いすら立たない。

 

 ただ、音もなく質量だけが消えていく。

 

「倒すのは後だ。今は一度撤退する」

「いい判断だ」

 

 残ったムカデの後ろ半分が砂のような塵に解けていった。

 

 その塵が宙で渦を巻き、一か所に集まって別の形を成していく。

 新しく現れたのは、軽自動車ほどもある巨大なカナブンだった。

 

 艶のある背甲が、割れた窓から差す月明かりを鈍く照り返す。

 松葉は元片倉と和泉を両脇に抱えて窓へと走った。

 

「逃がさん!」

「逃げる!」

 

 カナブンは足で松葉たち3人の体を掴むと、背中の羽を羽ばたかせて窓の外へと飛び出した。

 

 刹那、ジェームスの放った不可視の衝撃波が、カナブンの羽を捉える。

 硝子を砕くような乾いた音。

 

 カナブンもろとも、松葉たちの体は地上へと真っ逆さまに落ちていく。

 ジェームスは絡みついた巨大ムカデの残骸を振りほどき、ひと撫でで完全に分解した。

 

 割れた窓へ歩み寄り、40階の高さから地面を見下ろす。

 

「いない!?」

 

 はるか下の地面にはカナブンはもちろん、松葉たちが落下した痕跡はどこにもない。

 

「海からの強風に煽られた……にしても、そこまで遠くにはいかないはずだ」

 

 ジェームスは窓から離れてスマートフォンを取り出して、電話をかけ始めた。

 

「この拠点はもう駄目だ。システムを移転させる」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 息も絶え絶えの元片倉と和泉は、松葉に肩を借りて何とか「35階」のエレベーターホールにたどり着いていた。

 

「このまま下へ降りればいいんだな」

「隠形術はまだ維持できています。今の間に外に出て、須磨に回収してもらいます」

 

 和泉が痛みで顔をしかめながら言った。

 

「35階のメンテナンス用の窓を開けて、体が細長いムカデを壁伝いに這わせる……事情を知らない奴には、ムカデが空を飛んできて外から窓を割ったように見える。なかなか良い作戦だな、兄弟」

 

 松葉が腕組みをしながら元片倉の肩を叩いた。

 

「よくこんな作戦を思いついたな」

「大学時代に建築学を勉強していたんでね。ここに住んでるジェームスよりはオレの方が建物に詳しい自信はあるぞ」

「だが、あのジェームスなんとかはかなり手強い。どうやって戦う?」

「オレたちはこの怪我じゃ戦いは無理だ。未成年を戦闘に参加させるのは避けたかったが……」

 

 元片倉は破壊され、ついに何も画面が表示されなくなったスマホの画面を見た後に、和泉に呼びかけた。

 

「端島たちに連絡を。ジェームスがこの拠点を引き払って、どこか別の場所に行く前に、先にあの『塔』を確保するんだ」

 

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