収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第17話 「制御装置を取り戻せ(前)」

 空から最短ルートで現場に急行した俺よりやや遅れてエリちゃんが到着した。

 

 エリちゃんは今もその場でジョギングのポーズで足踏みを続けている。

 返答が遅れると、俺を置いてでも、そのまま保土ヶ谷の公園へ駆けだしそうな雰囲気だった。

 

「ラビちゃん、寄り道してないで急がないと!」

「もちろんそれは分かっている。だけど、ちょっと見てほしいものがある」

 

 今こうしている間も、京都の桂さんたちが襲撃を受けている。

 そのため、一刻も早く駆け付ける必要がある……あるのだが、それでも足を止めないといけない理由があった。

 

 新橋駅近くから裏世界に入り、そのまま横浜市方面へ急行する途中、静まり返った裏の世界で激しい戦闘の音がどこからともなく聞こえてきたからだ。

 基本的には無人の世界で戦闘の音など、ただ事ではない気になって駆け付けてみると、第四世界に帰った端島たちと巨大な翼竜のようなモンスターが交戦中だった。

 

 何故、端島たちが裏世界で巨大モンスターと交戦中なのかは分からなかった。

 だが、面識のある相手でもあるし、ランクアップもしていなければ戦闘経験も少ない端島たちでは、それなりに苦戦することはすぐに分かった。

 

 なので、最低限の支援だけして立ち去るつもりだった。

 だが、端島たちが戦っている相手のせいで、すぐに立ち去ることが出来なくなった。

 

「あっ、どうも」

 

 エリちゃんが近くにいる端島たちにようやく気付いたようだ。

 軽く会釈をした後に、倒れている男の方を見た。

 

 茶色い髪をした外国人の男……これが俺が足を止めなければならない理由だ。

 

 今は後頭部に強い衝撃を受けたために、完全に失神して、地面に倒れ伏している。

 起き上がる気配は全くなく、これが演技ならば主演男優賞も夢ではないだろう。

 

「この倒れているのは誰?」

「俺がここに残っている理由だよ。ジェームス・ジョンソン……周防議員が『オーガスタと名乗っていた』と言っていた運営の仲間……だと思う」

「この人が!?」

 

 エリちゃんが驚くが、俺もまだ半信半疑ではある。

 黒幕であり、そのうち俺たちに強大な敵として立ちはだかってくると思っていた人物が、いきなり裏世界で倒れているというのは、さすがに出来すぎな話ではある。

 

 念のためにスマホを取り出して、周防議員の事務所で手に入れた資料の画像を表示させる。

 顔写真があったので見比べてみると一致していた。

 本人だと断定しても良いだろう。

 

「もちろん、ここで倒れているのは運営とは関係ない第四世界人で、パラレルワールドの別人が第三世界側に健在という可能性も考えられる」

「さすがにそうなんじゃないかな……ボスっぽい人がこんなところで倒れているのもおかしいし」

「俺もそう思う……思うんだけど……」

 

 問題は、この人物が「運営」の関係者だった場合だ。

 

 多次元に展開している「運営」ならば、第三世界と第四世界に同じ顔の別人が来ている可能性は低い。

 同一人物が「ゲームマスター」という中間管理職として、2つの世界を走り回っていてもおかしくはない。

 

 急いで公園へ向かわないといけない状況は常々理解しているが、ここで黒幕の情報が手に入るならば、短時間ならば付き合うことに支障はない。

 

「とりあえず所持品検査だな」

 

 端島が倒れているジェームスに近付き、衣服のポケットなどを探り始めた。

 

「何か色々入っているな」

「とりあえず一通り出してみてください」

「もちろんだ」

 

 最初に出てきたのは折り畳みの財布だ。

 中にはジェームス・ジョンソン名義の外国人登録証、香住エレクトロニクスなる会社の社員証、コンサルとしての名刺とクレジットカードが入っていた。

 

 オーガスタ名義の身分証は持っていない。やはり別人なのだろうか?

 

 財布に硬貨や紙幣などの現金が一円も入っていないのは、近代的というかなんというか。

 

 続いて現れたのは、画面が粉々になっているだけではなく、半ば崩壊したスマートフォン。

 よほど強い衝撃を受けたのか、フレーム部分はもちろん、中の基板まで折れ曲がっている。

 

 破損状態が酷く、情報を取り出せるとは思わない。

 

 今のところ、普通の人間が持っていてもおかしくない持ち物しか出ていない。

 これには調査を始めた端島も期待外れだったようで、困った顔をして合田の方を向いた。

 

「合田、分析を頼む。何が怪しいかわからん」

「分かってますよ……とりあえず、ネクタイピン、腕時計、右手に付けている指輪の3つを取り上げてください。全てマジックアイテムです」

 

 合田が眼鏡を光らせながら端島に答えた。

 様々な物質から情報を読み取ることができる分析(アナライズ)の能力で、所持していた魔術関連の品を見つけ出したようだ。

 

「それぞれの効果は?」

「分かりません。ですが、マンションの戦闘の時は、何か能力を使おうとした時には必ず右手が光っていました。なので、指輪が能力の発動に必要な可能性は高いです」

「それなら没収はしておいた方がいいな」

「絵面がおじさんを襲って金品を奪うヤバい集団みたいになってるんだけど」

 

 船木が誰に言うでもなくボソリと呟いた言葉で全員の動きが一瞬止まった。

 誰となく横にいた相手と顔を見合わせた後に、無言で端島がアイテムの没収を再開した。

 

 端島がジェームスから外した指輪を合田に、腕時計を梨本に、ネクタイピンを船木にそれぞれ手渡した。

 

「アイテムは効果が分からないけど、一人がまとめて持ってると全部を奪われる可能性がある。3人でそれぞれ分けて持っていてくれ」

「ジェームス本人は?」

「まだ話を何も聞けていないけど、起きたところで、取り調べ素人の俺たちじゃ、ろくに話を聞けそうにないからな。連れて帰って探偵たちに引き渡す」

 

 端島はまだ意識がないジェームスの腕を取って自らの肩に回した。

 ジェームスをそのまま担いで連れ帰るようだ。

 

「とりあえず戻ろう。みんな、俺たちが突然消えたと思って心配してるだろうし、塔の近くに松葉一人が残ってるのも気になる」

「そうよね。あいつ一人がほぼノーダメージのまま残ってるとか、何をするか分からないし」

 

 船木がそれに応じた。

 

「というわけなんだけど、上戸さん、この近くの裏世界の出入り口知らない? こいつの魔法で無理矢理連れてこられたので出口が分からないんだ」

「それならJRの新橋駅近くです。ここからだと北西方向の……」

 

 そう答えたものの、俺がおかしなことを言っていることに気付いた。

 

 俺が裏世界に入ったのは第三世界からだ。

 その出口の場所を教えても、出る先は第三世界に出るだけだ。

 第四世界から来た端島たちにとっては別世界への入り口であって、帰り道ではない。

 

「私たちが入ってきたのは第三世界への出入り口ですよ。第四世界には出られないんじゃないですか?」

「そう言えばそうだ。第四世界の出入り口はどこだ?」

 

 端島はキョロキョロと周囲を見回すが、それで出入り口が見つかるわけなどなかった。

 

「ここから一番近い出入り口ってどこだ?」

「どこなんでしょう……あの保土ヶ谷の公園近くならばわかりますけど」

 

 合田が首を傾げながら答えた。

 確実な出入り口の場所をあまり知らないようだ。

 

 ただ、偶然なのか、それとも何か運命的なものなのか。

 保土ヶ谷の公園ならば、俺たちも今から向かうところだ。

 ここで誘わない手はない。

 

「私たちも保土ヶ谷の公園近くの出入り口を目指しています。なので、第四世界へ戻る前に、少しだけ手伝っていただけませんか? 第三世界でも少し厄介な事件が起こっているんです」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 俺……小森裕和が京都の組織の桂さんたちと合流してから20分ほどが経過した。

 

 先ほどから頻繁に腕時計とスマホのホーム画面を見ているが、ラビさんからの連絡が入る気配はない。

 こちらかで電話を掛けても不通。SNSも未読のままだ。

 まだ電波が入らない裏の世界を移動中なのだろう。

 

「体育館に潜んでいる警官からの連絡です。目の前に影が近寄ってきているので見つかるのも時間の問題だ。援軍はまだかと?」

 

 俺がスマホの画面を見ている横で、誰かと通話していた桂さんが話しかけてきた。

 どうやら、警官との定期連絡を行ったらしい。

 

 何度目か分からないが、腕時計に目をやる。

 秒針が刻々と動くが、電話がかかって来る気配はない。

 

「そろそろ着いてもおかしくないけど……」

 

 この独り言も何度目だろう。

 

 ラビさんが出発する前に、あと30分ほど掛かると言っていたが、既に最後の通話から40分が経過している。

 

 裏の世界を抜けて移動すると言っていたが、東京の新橋から公園までは直線距離でも30キロ近い。

 道なりでの移動ならば、40キロ近いだろう。

 

 いくら2人が人の目を気にせず、全力で移動すると言ってもフルマラソンとほぼ同じ距離になる。

 さすがに30分での移動は無理があったのではないだろうか。

 

 到着を待っていては、警官の方たちが危ない。

 

「すみません、皆さんを放置することになりますが、俺だけでも体育館へ向かいます」

 

 槍を杖代わりに立ち上がった時、手に持っていたスマホにようやく待ちに待った着信が入った。

 ラビさんからだ。

 

『遅れてすまない。現状は?』

 

 向こうも時間との勝負だということが分かっているのか、単刀直入に入ってきた。

 こちらもなるべく短く、それでいて正確に情報を伝える必要があるだろう。

 

「警官2人と探偵1人が京都の組織の方々と分断されました。警官側は体育館近くに潜伏。負傷者あり。俺は京都の組織の方々と自販機が並んでいる休憩所にいます。負傷者なし」

 

 電話でも分かるように簡単に状況を説明する。

 魔術師を倒すことは大事だが、まずは要救護者との合流が最優先だ。

 

『俺の現在位置は公園の上空約100メートル。ものすごく濃い霧が上空まで立ち上っていて、公園全体が白いドームみたいになっている。外から霧の中の様子は見通せない』

 

 そう連絡を受けて思わず空を見上げた。

 

 全面が白い霧に覆われており、視界など全くないが、真上にラビさんが箒で飛んでいるのだろう。

 

「霧の中には目的地へたどり着くのに時間がかかる魔術的な効果があるらしいです。なので、こちらから指示を出すまで入らないでください。下手に霧の中に入ると、合流がどんどん遅れます」

『分かった。じゃあ俺たちはどこに向かえばいい?』

「確認します。援軍はラビさんと恵理子だけですか?」

『実は援軍は他にあと4人ほどいるけど、まだ誰も入っていない状況だ』

「4人? 探偵たちが間に合ったんですか?」

『探偵たちじゃない。探偵たちも近くには来ていたんだけど、別の容疑者を確保したので、そっちの護送を任せた。なので今回の作戦には参加しない』

「容疑者? 護送?」

 

 なんだかよく分からない。

 

 ただ、ラビさんがまた黙って何かの事件に関わっていたということだけは分かった。

 さすがに過保護も何とかして欲しい。

 ちゃんと後で説明を要求したい。

 

『ともかく、今は6人が動ける。全員が能力者だ。なので、全員が同じ場所に固まって動いても非効率なので、チーム分けして、並行で作戦を進めたいと思う。今の優先事項を1、2、3で付けてほしい』

「何が優先と聞かれたら、もちろん人命です」

 

 この方針に間違いはないはずだ。

 なので、何をどうすれば全員が助かることができるかにウェイトを置いていきたい。

 

「回復能力を使える俺が警官たちに合流すれば助けられます。ただ、この霧のせいですぐに到着するのは難しいです。ですが、俺が離れると、京都の方たちを守る人間が誰もいなくなってしまいます」

『つまり体育館に先行して彼らを守る戦力が必要。同時に、桂さんたちの護衛も必要と。それが1と2だな』

「もちろん、それだけでは事件解決には繋がりません。なので、3番目……公園中に溢れているモンスターを倒す必要があります」

『モンスターの特徴は?』

「出雲で出現した影人間と似たような感じです。そして、塔の近くには、そいつらを大量発生させている魔術師がいます」

『この霧はどうする? 先に解除した方がいいのか?』

「霧は一番後回しでいいです。霧は移動の支障になるので、出来れば消したいところですが、霧が晴れると、公園内に溢れている影が外……町の中に飛び出して行って暴れる可能性があります……」

 

 そこまで説明した後に、隣に座っていた桂さんの目を見た。

 俺の認識が合っているかどうかの確認だ。

 

 桂さんは無言で頷いた。

 俺の説明で合っていたようだ。

 

「以上です。チーム分けは任せます」

『分かった……そういう話ならば、1、1、4でチーム分けしようと思う。体育館と桂さんたちの護衛はそれぞれ1人でいい。なるべく大勢を、魔術師と影人間の討伐に回したい』

 

 最後の言葉は俺へのものではなく、近くにいる誰かへ向けたもののようだ。

 何人かの話し声に混じって、虫の羽音のような音が聞こえてくる。

 

 ややあって、ラビさんが電話口に戻ってきた。

 

『桂さんたちの護衛にはエリちゃんに頼む。公園の入り口から入ってもらうけど、霧の性質が迷わせることならば、合流は少し遅れるかもしれない』

「ラビさんはどうします?」

『俺は空から体育館へ直行して、警官たちの護衛に向かう。霧の外から移動すれば、最短で到着できるはずだ』

「助かります」

『警官たちと桂さんたちを助けて公園の外へ逃がした段階で、端島たちに合流して、全員で魔術師を叩く。お互いの連絡は……通話だと手が塞がるので、基本的にはショートメッセージを使おう』

 

 だいたいの方針は固まった。

 防戦一方の状態から、逆転の目が少しだけ見えてきた。

 

「分かりました。それでお願いします……ところで端島って誰ですか?」

『味方だよ』

 

   ◆ ◆ ◆

 

 端島たちが乗せた、鳥の翼を持つ竜――ビアーキーは、塔の位置を確認すると霧の中へ急降下していった。

 

 ただの霧ではなく、魔法的な結界のようなので、突入した後の様子はまるで分からないが、端島たちならばそう簡単にやられたりはしないだろう。

 うまくやってくれたら、塔の前の敵だけではなく、魔術師も倒してくれるかもしれない。

 

 その間に俺は塔の北側にある体育館の方へ移動した。

 霧で地上の様子はまるで分からないので、GPSの位置情報を元に位置合わせを行っている時に、良い作戦を思いついた。

 

 鳥の使い魔を喚びだして、鞄の中から取り出したタブレット端末とモバイルWifiルータを1羽の鳥に持たせた。

 鳥にはその場で待機を命じる。

 

 視界の共有も移動も必要ない。

 余計なエネルギーを使うことなく、その場に留まれる持続時間を少しでも延ばす。

 

 命令通り、鳥の使い魔が翼を広げたままの体勢で空中で動きを止めた。

 羽ばたきもせずに、どうやって浮いているのかを考えてはいけない。

 

 意を決して深い霧の中へ突入した。

 

 体中に激しい雨の中を歩くような、水滴が当たる圧力に耐えていると、うっすらとだが地面が見えてきた。

 減速した後に、ゆっくりと地上へと降り立った。

 

 箒は、紐は二重のたすき掛けで自分の体に括り付けた。

 いざという時は、それで体を吊り上げて空へ逃げることができる。

 

 鞄から取り出したハンカチで顔を拭った後にスマホを表示させる。

 霧の外側……上空に残した鳥の使い魔が持つタブレットとはしっかり通信ができている。

 

 霧の内側と外側でスマホの通信ができるということから思いついた作戦だ。

 

 もし霧に方向感覚を狂わせ、目的地にたどり着けなくする効果があったとしても、それはあくまで霧の内側だけの話だ。

 鳥の使い魔を、静止衛星のように同じ位置に待機させておけば、灯台のように正しい方角を示してくれる。

 

 五感からの情報は無視して、まずはスマホのGPSの位置情報を参考に歩いてみる。

 

 右方向に蟹歩きをすると直進。

 逆に左方向へ歩くと右に移動する。

 

 俺自身の感覚がどれだけ狂わされているか分かる。

 

 目的地に到達できないとはつまり、五感からの情報を狂わせて、同じ場所をグルグル回らせて時間稼ぎをさせるという術のようだ。

 幻覚と空間操作の合わせ技なのだろう。

 

 もちろん、これは種が分かればどうということはない。

 

 霧の外側に固定したタブレットを基準点にして移動方向を確認した上で歩くと、正確に進むことが出来た。

 魔術の影響を受けない場所を基準にしているのだから当然だ。

 

 早速、今の情報を小森くん、エリちゃん、端島たち、桂さんにショートメールで送信する。

 タブレットの位置情報を目印にすれば、霧に惑わされずに進むことができるはずだ。

 

 小森くんとエリちゃん、桂さんからの返事はすぐにあった。

 ただし、端島たちからの返事はない。

 

 そもそも、端島たちが持っているスマホは第四世界のものであり、第三世界ではキャリアとの契約がないので、繋がるわけがないことに今更気付いた。

 

「この情報がもう少し早く分かれば、もっと効率良く動けたかもな」

 

 須磨さんに電話を掛けて、現在位置を確認した。

 

「もしもし、上戸です。たった今体育館の前に着きました。現在位置はどこですか?」

『裏手に用具倉庫が3つほど並んでいるうちの1つに隠れている。今すぐ来て欲しい。こうしている間にも扉がこじ開けられようとしている』

「分かりました。すぐに向かいます」

 

 スマホを切って駆けだそうとしたところ、霧の結界があることを思い出した。

 急ぎだが、GPSの信号を確認しながら歩かないと、逆に時間がかかることになる。

 

 腰に下げた黄金剣を抜いて右手に構えた。

 

 霧に惑わされないように摺り足でゆっくりと移動すると、金属を固いもので殴打する音が聞こえてきた。

 音のする方向に須磨さんたちが隠れている倉庫があり、そこが襲われているのだろう。

 

 気ばかりは急かされるが、飛び出すわけにはいかない。

 スマホからの情報を頼りに、一歩一歩地面を踏みしめて歩みを進める。

 

 少し歩くと、ようやく霧の向こうに並んで建っている倉庫と、その扉に群がる5体の黒い人影が見えてきた。

 

 武器は持っていないようだが、代わりに肩にモーターでも埋まっているように腕が360度回転しながら、金属の扉を殴打している。

 パワーはさほど強くない……だが、それでも風切り音と共に腕が当たる度に、扉は凹み、削れていっている。

 

「極光!」

 

 注意を引き付けるために、スキルを放った。

 

 極光は極彩色の光線が放つ攻撃スキルではあるが、性質はレーザー光線に近いために、霧のように空気中に多量の水分がある状態だと、水がレンズとして光線を乱反射させるので、うまく直進しない。

 

 結果、乱反射した光線が、目の前に万華鏡のような幻想的な紋様を作るのみだった。

 

 わずかに光線は影に到達したようだが、輪郭を浮き上がらせるように照らす程度ではまともなダメージなど入るわけもない。

 

 ただし、敵の注意を引き付けるには十分な効果があったようだ。

 

 一斉に俺の方を見る影たち。

 回転する連中の腕が、プロペラのように更に速度を上げて、俺の方向へ一斉に向かってくる。

 

 正直気持ち悪い。

 だが、効果的な戦法なのだろう。

 

 腕力に加えて、遠心力をプラスすることで威力を倍増。

 しかも、人間ではありえない動きすぎて、次にどういう行動をしてくるか読みにくい。

 

 なんなら足や腰も回転するかもしれないし、人間には関節がない場所が突然動き出してもおかしくはない。

 

 そんな不規則な動きを読んで避けることができるか?

 考えなくとも分かる。無理だ。

 

 なので、接近戦を避けて敵の射程外からスキルで仕留めたいところだが、鳥の使い魔は上空に待機させており使えない。

 極光はたった今見た通りで、霧の中では役にたたない。

 

 飛車角落ちのハンデで対処しなければならない。

 

 あまりに不利な状況すぎて、逆に笑えてきた。

 

「なんだこれ? 何の罰ゲームなんだよ!」

 

 影たちに背を向けて全力で駆けだした。

 すると、5体の影たち全てが俺を追いかけて来た。

 

「自動操縦型の弊害が見事に出てるな」

 

 やはり、影たちにはほぼ知能がなく、与えられた命令を実行するだけの存在のようだ。

 

 俺を追いかけるのは2体か3体だけで、残りは扉をこじ開ける作業を継続すれば良いだろうに、何故か5体全てが俺を追跡してくる。

 単体では状況分析も、どう動けば効率が良いのかも考える知能がないのだろう。

 もちろんチームプレイもだ。

 

 それぞれの個体が、事前に与えられた命令に従って機械的に動いているだけ。

 そこに付け入る隙がある。

 

浮遊(フロート)!」

 

 背中に括り付けたままの箒に意識を集中させると、鋭い加速と共に俺の体は垂直に跳ね上がった。

 

 宙づり状態のカッコ悪い体勢ではあるが、それでも俺の体は急速に宙へと浮きあがり、白い濃霧の中に埋もれた。

 

 霧の結界は、目的地にたどり着けなくなる効果があるらしい。

 その上に、視界を妨げる効果もある。

 

 ただ真上に浮上するだけの動きで、5体の影たちは、俺の居場所を完全に見失ったようだった。

 

 人間は、何の予備動作もなく、宙にふわりと浮かび上がるような動きをすることはできない。

 ジャンプくらいは考えられるようだが、俺がいつまで経っても落下してこないという、常識では考えられない状況に混乱しているのが目に見えた。

 

 先程影たちが腕を機械のように振り回すという、人間の常識では計り知れない動きを取って、こちらの思考をかき乱してきたが、今度はそれをやり返す。

 

 ありえない動き……嘘で相手を翻弄し、思考をかき乱す。

 俺の得意分野だ。

 そして、連中の困惑が最大に達したところで――

 

「――意表をつく!」

 

 箒に命令を出して高速飛行をする。

 5体の影の背後へと回り込み、通りがかりざまに黄金剣で一気に2体の影を背中から切り裂いた。

 

 残り3体が振り返って反撃の体勢を整える前に、再度空高く舞い上がり、宙の霧の中へと消える。

 

 今度は宙から逆向きにぶら下がって、真上から敵に音もなく近付く。

 隙を見せたところで、無防備な脳天へ剣を串刺しにする。残り2体。

 

解放(リリース)!」

 

 ここで箒の浮遊を解除した。

 重力が戻ってきたことで、霧の天井から一気に地面に落下する。

 

 膝を曲げて着地の衝撃を殺すと共に、低い姿勢から剣を横方向へ薙ぎ払った。

 不意打ちが決まり、わずかな抵抗と共に、無防備な影は横に両断された。

 

「はい圧縮極光!」

 

 最後の一体は至近距離からの極光だ。

 極光は霧で威力が拡散すると言っても、減衰しない至近距離から放てば、さすがに敵を倒すことができる。

 

 圧縮、収束した光線は、電子レンジの原理で対象を瞬時に加熱させ、大気中の水蒸気を巻き込んで爆発させる……んだと思う。原理的には。

 ともかく、爆発による高熱によって、わずかにだが、周りの霧が少しだけ晴れた。

 

 霧が戻ってくる前に倉庫へ駆け寄って声を掛けた。

 金属製の横開きの扉が開くと、そこには須磨さんの姿があった。

 制服を着た警官2人も、倉庫の隅に座り込んでいる。

 

 全員の顔は、あちこち擦り傷だらけで、頭部には裂傷もある。

 服もボロボロで、脱いではいないが、かなりの負傷だということは分かる。

 

「近くの敵は倒しました。援軍もすぐに駆け付けますので、もう少しだけ待っていてください」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 簡易ナビゲーションシステムはかなり有用だったようだ。

 

 俺が須磨さんたちのところに駆けつけた直後、すぐにエリちゃんから「桂さんたちと合流した」とショートメールが届いた。

 そこから5分程度で、簡易医療キットを抱えた小森くんがたどり着いた。

 

 迷わせるという霧の効果を限りなく低くできている。

 

 小森くんは、早速回復能力(ヒール)で3人の傷の治療を始めた。

 3人の傷は瞬く間に回復したが、それでも小森くんの表情は渋い。

 

「すまない、助かった」

「いえ、俺はできるだけのことをしただけです。それよりも、皆さん、頭に打撲を受けているようですので、今すぐ病院で精密検査を受けてください。俺の回復能力は、外傷しか治療できません」

「だが、我々はここの護衛の任務を受けている。独断で現場を離れるわけには……」

 

 須磨さんと警官たちは顔を見合わせた。

 

 目に見える傷は治癒されており、出血も止まっている。

 体力は失っているようだが、自分の足で立って動けるまでには回復しているので、職務放棄して途中離脱することに抵抗感があるのだろう。

 

「我々はまだ行動できる。塔の奪還を手伝わせてほしい」

 

 今度は小森くんが困り顔で俺の顔を見た。

 ここで医療的見地などを説明した上で説得できれば完璧なのだが、そこの経験が足りないのは仕方ない。

 

 ならば、ここは俺の出番だ。

 

「私たちは、これから京都の組織の方たちを、安全のためにこの公園から避難させる予定です。ですが、まだ戦闘は継続中ですので、安全圏まで付き添うということができません」

「それは……」

「護衛の任務継続をお願いします」

 

 そう説明すると、須磨さんたちもさすがに折れた。

 任務の内容には塔の防衛だけではなく、非戦闘員である、京都の組織の方たちの安全確保ももちろん含まれている。

 

 ここで突っぱねることは、やはり任務の放棄に繋がる。

 

「分かった。我々が病院まで付き添おう」

「ありがとうございます」

 

 これで、問題は一つ解決だ。

 あとは端島たちに合流して、魔術師とやらを倒すだけだ。

 

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