収穫祭の魔女   作:れいてんし

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―Part17 「制御装置を取り戻せ(中)」

 端島の命令でビアーキーは濃霧の中へ突入する。

 

 普通ならば、霧の水滴が豪雨のように顔などに当たってくるのだろうが、ビアーキーが飛行中は常に周囲に風をまとっている。

 

 その風が霧を吹き飛ばしながら、霧のドームに地上へのトンネルを作り上げた。

 

 眼下の広場には、黒い絨毯のように、数え切れないほどの影人間が溢れかえっている。

 

 澄み切った冬の月明かりに照らされてもなお、輪郭すらはっきりしない、漆黒のヒトガタは、おそらく腕だと思われる器官を空から迫ってくる端島たちへと伸ばしていた。

 

「まずは遠隔攻撃だ。ぶちかませ!」

「レーザー行きます!」

 

 ビアーキーが風で作り出したトンネル内に霧はない。

 合田の放ったレーザー光線は、何にも阻害されることなく、地上に群がる影人間たちに直撃した。

 

 黒い影人間の頭部が一瞬赤く染まった後に、炭のように白く燃え尽きて、灰となって散っていく。

 

 だが、レーザーで倒された穴を、すぐに押し寄せた影人間たちが塞ぎ、またも地上のアスファルト路面が見えなくなった。

 

「今ので10体は潰したよな……数が多すぎるだろ」

「この仕事って割と面倒で、割に合わないと思うんだけど、手伝う必要ある?」

 

 船木が眼下に溢れる大量の敵を見ながらうんざりするように言った。

 

「見過ごせないのは確かだろ。まあ、この公園の敵を倒したら、見返りに第四世界での事件解決を手伝ってもらうつもりだけど」

「事件解決って、あとはもうマンションの部屋に置いたままの塔を動かすだけでしょ。手助けとかいる?」

「和泉さんたちが怪我をしてるだろ。人手が足りないのは確かだから、そこだけでも手伝ってほしい」

「まあ、それもそうか……」

 

 なんだかんだで船木も端島に協力的なようだった。

 事件解決までは協力してくれるだろう。

 

「あとは、第三世界に置いたままになってる、俺たちのバイト代を回収しないと」

「それだよ! すっかり忘れてたよ」

 

 端島の言葉に、梨本がポンと音を鳴らして手を叩いた。

 

「確か、10万くらいあるんだよね」

「頑張って稼いだもんな。でも、札はそのまま持って帰れないみたいだし、どうやって現金化するか……」

 

 真剣に悩む端島と梨本へ合田は冷ややかな視線を向けた。

 

「その話は今の状況ですることですか?」

「ごめん」

「それでどうします? 再度攻撃を仕掛けますか?」

 

 合田は杖を構えた。

 だが、スキルの連発はできないので、どこかで再使用までの時間を稼ぐ必要があるはずだ。

 

「ビアーキーの召喚時間がもう残り少ない。効果が切れて空中から投げ出される前に、どこか敵が少ないポイントに着地したい」

「ではあそこはどうですか?」

 

 合田が指さした先は、広場から芝生を挟んだ反対側にある駐車場だった。

 霧で視界が悪く断定はできないが、広場には敵が溢れているというのに、駐車場にはそれほど数がいないように見える。

 

「よし分かった」

 

 端島はビアーキーに命令を出し、塔のある広場から少し離れた場所にある駐車場に着陸させた。

 

 真後ろには街路樹と駐車料金が書かれた看板、それに公園の見取り図がある。

 敵がもし押し寄せてきたとしても、それらが防壁代わりになるはずだという見込みだ。

 

「普通車220円。大型車は630円でーす」

 

 梨本がふざけて、すぐ近くにあった料金表を読み上げた。

 

「ドラゴンは何になるんだ? 大型か?」

「普通車用の白線をはみだしてるし、大型かな?」

 

 梨本がビアーキーの背から降りながら、路面に引かれた白線を指差した。

 本体はともかく、長い尻尾と翼がはみ出しているのは明白だ。

 

「緊急事態だ。踏み倒そう」

 

 端島は全員が下りたところで、ビアーキーを消した。

 召喚していられる時間もあまり残っていなかったので、無理に出しておく必然性もないからだ。

 

 風をまとったビアーキーが消えると共に、まとっていた風も消えて、周囲に深い霧が押し寄せてきて、一気に視界が悪くなった。

 

 船木の肩にはいつの間にかスキルで喚び出したのだろうフクロウが乗っていた。

 普通のフクロウとは異なり、夜の闇の中で丸い目だけが黄色く光っている。

 

「向こうの広場はとんでもないことになってるわね」

「見えるのか?」

「ある程度はね。影人間の数は百は超えてる……と思う」

「さすがに数が多すぎるな。単体だと弱いみたいだけど」

「弱いと言うくらい余裕があるなら、手伝ってくれないかな?」

 

 振り返ると、梨本が手甲に付いた爪で近寄ってきた影人間の一体を切り裂いていた。

 爪が当たりさえすれば、あっさりと倒せているようにも見えるが、影人間の動きが攻撃を当てるまでが大変そうだ。

 

 影人間は人間よりも関節の可動範囲が広いらしく、各関節が360度回転したりととにかく動きを読みづらい。

 その動きを予測して、攻撃を避けて、反撃で倒すのはかなり大変そうだ。

 

 端島も剣を握って近くにいた影人間に近付き、勢いよく切りつけたが、影人間はダンスのように回転する動きで、ギリギリのところでそれを避けた。

 命中させるには、あと一歩だけ速度とリーチが足りない。

 

「合田、強化(エンチャント)を!」

「もうかけました」

 

 剣が合田のスキルで強化されて光を放ったのを確認して、端島は改めて剣を振り下ろす。

 先程は、あと一歩が届かなかったが、今度は強化の光で少しリーチが伸びた分だけ、切っ先が影人間を浅く切り裂いた。

 

 影人間の動きが遅れたところで、足を一歩踏み込み、手首を返す。

 剣を斜め上へ振り上げる、日本の剣術だと逆袈裟切りが決まった。

 

 抵抗はほとんどなく、剣は驚くほどあっさりと影に食い込んでいき、両断した。

 

 周囲に敵がいなくなったところで剣を収める。

 

「耐久度は全然ないけど、攻撃を当てにくいな」

「打たれ弱いというのを、数と変な動きで補っているんだと思います」

「なるほど。作戦としては悪くないのか」

 

 一体だけを頑丈にしても、倒される時はあっさり倒される。

 ならば、簡単にやられてしまっても数の暴力で攻めた方が相手の体力や集中力を奪える。

 

 うまいんだか、下手なんだか分からない戦法だ。

 

「数だけ増やしてもね。これを出してるやつの能力自体は高いんだろうけど、その後のコントロールもできてないし、生かせる頭もない感じ」

 

 船木が消滅しつつある影人間の残骸を蹴飛ばしながら言った。

 

「同じ召喚系能力者から見ると、この魔術師が能力を手に入れたのは割と最近で、使い慣れていないんだと思う。万能の力を手に入れたと勘違いして、自分の力に酔いしれてる感じ」

「根拠は?」

「単体と群体、どっちも制御が甘い。なのに、数が多いからそれで補えるという、自分の力に振り回されてるという未熟さと慢心が見える」

「言われてるぞ、端島クン」

「やめてくれよ。俺はそこは反省したんだよ」

 

 梨本に言われて端島は頭をかいた。

 

「でも、弱点をつくとしたらそこね。オートで雑な命令をこなすだけのロボットになってるから、割と簡単な陽動で誘き寄せられると思う。実際、こっちの駐車場にはほぼ敵が来てないでしょ。細かいコントロールを全然できてないのよ」

 

 船木の言うとおり、芝生を挟んだ先には、途中に濃い霧があるというのに、多数の影人間がうごめているのがわかるくらいだ。

 なのに、まるで見えない壁でもあるかのように、影人間たちは芝生を越えてこない。

 

「オートで動くように命令を出しているとして、優先順位はなんだと思う?」

「多分、最優先は、塔と制御装置の確保。次に、自分たち以外の敵を見つけたら排除しろ……かな?」

「塔の確保を最優先にしている敵をどうやっておびき出すか……上戸さんに相談したいところだな。電話は繋がらないのか?」

 

 端島の言葉に合田は首を横に振った。

 

「私たちの持ってるスマホは第四世界製だから、第三世界のスマホには繋がらないですよ。ほら、電波も立ってないでしょ」

 

 合田がスマホを取り出して画面を見せると「サービスなし」になっていた。

 ただ、その横にWifi接続のマークが付いている。

 

「おい、Wifiが繋がってるぞ。ネットは使えるんじゃないか?」

「えっ? なんで?」

 

 合田がスマホの画面を見直した。

 その後にネット接続を確認するために検索欄に天気予報と入力して検索すると、最新の天気予報ページが表示された。

 続いて公園のライブカメラを表示させるが、こちらは霧で何も見えない状態だった。

 ただ、リアルタイム接続、つまりインターネットに繋がっていることは証明された。

 

「この世界でもフリーWifiは繋がるんじゃないか?」

「フリーWifiもキャリアからユーザ名とパスワードをもらっているから繋がるのであって、一度も接続していないWifiに……」

 

 合田はそこで言葉を切った。

 スマホの画面を操作して、設定画面を表示させて、接続されているWifiの名前を確認する。

 

「分かりました。以前に上戸さんが持っていたモバイルWifiに繋いだことがありますが、その履歴が残っていたからです」

 

 合田が霧で覆われた空の彼方を指差した。

 同時に眼鏡の奥の目が光る。

 

「こちらの方角に上戸さんのモバイルWifiルーターがあるみたいです。方向と距離感覚が歪んだ霧のドームの中だと分かりにくいですが、実距離だとかなり近い距離です」

「要するに、通話は無理でも、メールなら通じると」

 

 合田は頷いて、メッセンジャーアプリを起動させた。

 第三世界滞在時に連絡用に使用していたものだ。

 

「これならばリアルタイムで情報交換ができます。お互いの今の情報を伝えましょう」

 

 合田が今の状況を説明する文章を作成して、メッセンジャーアプリで送信した。

 

 それから、たまに近寄って来る敵を倒して待っていると、上戸さんから返信があったようだ。

 

「どうやら、京都の組織の人たちが、塔の制御装置のパーツを外して持っているらしいです」

「なんでそんな面倒なことを」

「制御を奪われないためと、いざという時の盾にするためですね。ただ、そのせいで、敵に延々と追われているので、あまり良いやり方とは言えませんが」

「でも、そのおかげで、さっきの作戦は実行できそうだな」

 

 上戸から次々にアプリに情報が送られてくるが、敵の目標は塔と制御装置の確保だという推測は当たっていたようだ。

 つまり、確保している制御装置のパーツを囮にすることで、影人間たちを広場から引き離すことができるということだ。

 

「上戸さんに連絡を取ってくれ。俺たちが今いる場所は敵がほとんどいないことと、制御装置の部品で敵を引き寄せる作戦について」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 10分後に上戸たち3人が駐車場に合流した。

 

 上戸の手には制御装置の部品らしきものがあった。

 接続端子などが付いた電子回路で、パソコンのグラフィックボードのようにも見える。

 

「全部で5枚ありましたが、そのうち3枚だけを借りてきました」

 

 端島がその3枚の部品を受け取った。

 

「全部じゃなくていいのか?」

「作戦が失敗した時に奪われるリスクは避けたいです。なので、あえて分散させました。囮にするにはこれで十分だと思います」

「十分でしょう。敵はこれを無視することはできないし、この少ないパーツの確保のために戦力を割くリスクも理解できないはずです」

 

 更に部品は合田に渡された。

 運びやすさを考慮してか、合田はその部品をコンビニのビニール袋に入れた。 

 

「今まで顔を何度か合わせていると思いますが、正式な自己紹介はこれが初めてでしょうかね? 私の仲間の小森裕和と赤土恵理子です」

「小森です。回復能力と壁を作る防御スキルが使えます」

「赤土です。私は格闘専門で、殴るだけが取り柄だけど、まあよろしく」

 

 上戸の紹介で、ポンチョを着て槍を持った少年、小森と、どう見てもどこかの繁華街からそのまま迷い込んできたような服装の少女、赤土が挨拶をした。

 赤土とは先ほど裏の世界で軽く挨拶を交わしたばかりだ。

 

 赤土は全く戦闘に向いている服には見えないが、この公園内にいる影人間を倒して回っている時点でただものではないことは分かる。

 

「第四世界のあんたには会ったよ。今も力を貸してもらっている」

「はぁ……」

 

 小森が困ったような顔で答えた。

 

「端島さん、見た目は同じでも別次元の別人なんですから、会ったよと言われても困るでしょう」

「それもそうだ。短い間だけどよろしく」

 

 端島たちは小森たちに改めて簡単に自己紹介をした。

 その後に作戦会議を始める。

 

「見ての通り、広場には敵が大量にあふれかえっている。あいつらの数を減らさないことには、魔術師には到達できない」

「そこで、この部品を囮にして、別の場所へおびき出す必要があるわけです」

 

 合田が部品の入ったコンビニ袋を持ち上げた。

 

「敵を引き付けて広場から引き離す囮役、外へ連れ出した敵を一網打尽にする攻撃役、それ以外は広場へ攻め入る役です」

「広範囲攻撃だとラビ……上戸さんが良いんじゃないですか?」

 

 小森が挙手して提案をしたが、上戸が首を横に振った。

 

「私の攻撃は霧の中だと減衰して使い物にならないか、威力が強すぎて公園の設備や塔ごと破壊するかのどちらかです。この作戦には向きません」

「同じく私のレーザーも同様ですね。風で霧を払えることを含めて、この役目を果たせるのは端島さん以外ありえません」

「俺は魔術師を攻めに行きたかったんだけど仕方ない。そっちに回るよ」

 

 合田に推薦された端島がしぶしぶながら頷いた。

 

「じゃあ囮は?」

「それは私が一番じゃないかな。リスクを考えても」

 

 そう言う船木の周りには、いつの間にか長くねじ曲がった角を持つ鹿が2頭現れていた。

 スキルで作り出した鹿は、船木からの指示を待って微動だにせずに立っていた。

 

「この子たちなら足も速いし、いざという時はジャンプを併用して立体的に逃げられる。しかも、万が一倒されてもノーダメージ。最悪の場合、鹿が公園を飛び出しても、そこまで騒ぎにはならない」

「いや、さすがに町中を鹿が飛び跳ねていたら騒がれるだろ。ニュースで見たぞ。奈良で鹿が逃走って」

「謎のモンスターに比べたら常識範囲内じゃない? それともイノシシの方が良い?」

「それなら狼でいいだろ」

「狼だとジャンプ力がね……平面でしか動けないから」

 

 端島と船木の話を聞いていた上戸が、肩から下げていた鞄を開けて、中から折り畳みのエコバッグを2袋取り出した。

 布地のバッグなので、ビニール袋よりも丈夫そうではある。

 

「鹿が激しく動くとコンビニ袋じゃ簡単に破けますよ。袋はこれを使いましょう」

「上戸さんは船木が囮役で賛成ってことか?」

「このメンバーだとベストだと思います。端島さんは船木さんを守ってあげてください」

「おっおう……」

 

 他に異論はないようだった。

 合田は未だに多数の敵がうごめく広場の方を向いた。

 

「囮作戦でもせいぜい全体の3割を動かせたら良い方でしょう。残り7割は広場に残ったままだと、敵の数が多すぎて、倒しながらまっすぐ進むことも困難だと思います」

「かなり多いですね」

「ここからさらに数を削りたいところですが、何か作戦はありますか?」

「そうですね。少し考えます」

 

 上戸が人差し指を額に当て、目を閉じて唸り始めた。

 何やら作戦を考えているようだ。

 

「囮作戦を何度か繰り返すのはどうだ?」

「2回くらいは有効かもしれませんが、さすがに釣られる数は減ると思います」

 

 上戸が作戦を考えている間に端島は別の提案を出してみるが、合田の反応は渋い。

 

「俺から提案だけど、魔術師を直接狙う手は?」

 

 今度は小森が意見を述べた。

 

「魔術師の周りには大量の敵がいると思いますけど、その場所を特定して、周りの護衛をどうやって蹴散らします?」

「魔術師をピンポイントで攻めるという手はなかなか良いと思いますよ」

 

 長考していた上戸が目を開けた。

 船木が喚び出した鹿の角に掛けていたエコバッグのうち、一つを外して手に持った。

 

「囮作戦を少し変更しましょう。これならば、敵の数を減らしつつ、魔術師の居場所を特定できるはずです」

「それはどうやって?」

「もしかしたら、魔術師が何らかの手段で私たちの会話を盗聴している可能性がありますので、ここからは筆談でお願いします」

 

 上戸はそう言うと胸ポケットから手帳を取り出した。

 その手帳にボールペンで作戦を書いていくのを、全員がのぞき込んだ。

 

 上戸、合田、船木の3人がボールペンを回して、それぞれ手帳に各々の考えを書き込んで作戦の詳細を詰めていく。

 トータルだと3分ほど。

 長いようで短い作戦会議が済んだ。

 

「なるほど、この方法ならうまく特定できそうですね」

「この作戦だと重要なのは私ってわけか」

 

 船木が鹿を呼び寄せて、手を当てた。

 上戸からエコバッグを返してもらって、再度角に掛け直す。

 

「この手筈通りに魔術師を戦闘不能に追い込めば、あとの影人間は自然に消滅するはずです。主軸は接近戦専門の2人」

「よろしくね、梨本さん」

「うん、分かってるよ。これは私たちの協力が必要だもんね」

 

 上戸が言うと、梨本と赤土……接近戦専門の2人が握手をした。

 

「ではポジション変更。囮部隊は端島さん、船木さんに小森くんがサポートに付いてください」

「私と上戸さんが魔術師の居場所を特定します。これでいいですね」

 

 異論は出なかった。

 全員がそれぞれ作戦決行に向けて準備を進めていく。

 

「では、作戦は5分後に開始します。それぞれ準備を始めてください」

 

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